ドイツ語書籍リポート
知求図書館 9月7日号WEB雑誌「今月の知恵」コラム

今回はEU、ドイツの難民政策の問題点を扱った一冊「Die Asyl-Lotterie難民保護という宝くじ(直訳)」を紹介したいと思います。
ドイツ移民研究の専門家である著者が、大量の難民が押し寄せた2015年から2022年2月のウクライナ戦争勃発までのEUとドイツ政府の難民政策を振り返り、本政策が抱える問題の数々を指摘し、大胆な改革を提言しています。
著者は、EU難民保護「アジール」制度は末期症状だと述べています。その理由の一つは、本制度が本来の目的を果たせていないことです。難民保護制度は、戦争/紛争や迫害等により住む場所を追われ危険にさらされている人々を保護する制度です。しかし、EU領域に自力到達できる人々は庇護を享受できますが、体力、年齢、地理的事情などで戦火/迫害から脱出する術を持たない人々は見捨てられているのです。アフリカから欧州への海路では、多くの人々が命を落としています。しかし保護されている人々の中には、保護を必要としない「経済移民」もいます。保護を受けられるかは、体力、地理的状況といった運に左右されるような不公平な現状であり、「難民保護という宝くじ」という本書タイトル正に的を射た表現だと思います。
さらに本制度は、難民受け入れ側であるEU加盟国間の問題も多くあります。EU領域内で保護された人々の難民審査を行うのは、基本的には難民が最初に入国した各EU加盟国。実際はスペイン、イタリア、ギリシャなど特定の国々のみに負担が偏っている状況です。一方大半の難民たちは、ドイツ、フランス、北欧諸国での難民申請を望み、難民を目的地に送り込みたい国々とそれを阻止したい国々。また旧東欧の加盟国は、欧州以外からの難民受け入れにはほぼ無関心で、受け入れ人数は極端に少なく、他国と比べると明らかに不均衡となっています。EU諸国内で難民政策に関しての意見の対立や亀裂が起きているのが分かります。
ドイツでは難民審査には申請者数の倍の人手が必要であると著者は記します。そして申請却下された場合も再申請、あるいは控訴など裁判で申請却下が確定するまでに時間がかかるケースも多くあるようです。確定後は国外退去となり、手段は自主的退去または強制送還ですが、出身国が受け入れ拒否する、または治安が悪い、そして身分証を持たず身元不明の人物などの場合は強制送還出来ないという現状を知り、制度が抱える問題の複雑さを感じます。これに関連して、ドイツを含めた難民受け入れ国における治安の問題も深刻です。ドイツでは、難民申請却下後の不法滞在者や難民申請者による犯罪が近年増加し、難民/移民受け入れに否定的な政党がこれに後押しを受けた形で台頭してきました。
2015-2016年の大量難民については、政治が無策であったことが原因だというのが著者の考えです。シリア内戦が起こり、周辺国に難民が大量に押し寄せ大きな負担がかかり、いずれEU諸国にも影響があると予想出来ていたにも関わらず、政治家たちは何も対策を取らなかったのだと。
著者は、各国の政治状況に左右されない難民保護制度確立の必要性を訴えています。保護を必要とする人々が等しく保護され、途上で命を落とす悲劇を減らし、また治安の観点からも根本的な制度改革を提言しています。
著者の改革提言の手本となっているのはオーストラリア方式で、現時点で最善案だとしています。オーストラリアでも一時難民が押し寄せ、問題となっていました。しかし周辺国での申請方式に変更以降、収容所は人権侵害と非難があったものの、難民が押し寄せることは無くなりました。その理由の一つは、難民たちが安易に船などでオーストラリアを目指しても入国できなくなったことです。最初に収容されるのは周辺国。難民申請が通って初めてオーストラリアへ入国できるのです。この方式により、海上で不幸にも命を落とす人が無くなりました。同国は人道ビザの発行などでも難民を受け入れています。同じ問題を抱えるEUも、これに習って難民をEU以外の周辺国つまり、例えばアルバニア、モルダウなどに協力を求め、収容施設と申請機関を設置するという具体案が本書では示されています。難民認定された者のみをEU各国に振り分けるというものです。これにより、イタリア、ギリシャなどの負担はほぼ無くなります。安易にEUを目指す移民/難民の数は減少し、難民申請却下された者の不法滞在者という問題も解消されます。戦争/紛争下にある国の難民、あるいは移動が困難な難民については、現地で難民申請を行う、人道ビザの発行により受け入れ国へ移動するなどの方法を提案しています。EU各国の難民受け入れ数は、「有志」の国々が自主的に年間の難民受け入れ数を決め、それに従って難民を受け入れる、という難民受け入れに消極的な旧東欧諸国にも考慮したものとなっています。またアフリカなどからの経済移民を正規に受け入れる新な制度の運用など、不法移民削減への具体案も示しています。
上記の案は、難民保護制度が本来の目的を果たし、また各受け入れ国の治安の視点からも実現可能な改革案との印象を受けました。本書発行から2年後の現在、大量の難民に苦慮するイタリアは、アルバニアに男性専用収容施設を建設し収容開始したものの、人権団体の批判、イタリア、EUの裁判所から収容を認めない判断が下され、収容は停止しています。著者の提言は理想論で終わってしまうのでしょうか。
タイトル:Asyl-Lotterie (難民保護という宝くじ)
著者:Ruud Koopmans ルード・コープマンス
発行年:2023年