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海外の出版業界情報 2024年5月

主に欧米の出版業界誌や出版協会の情報を取り上げていきます。

【アメリカ】
アメリカの出版業界誌Publishers Weeklyによると、全米出版者協会に売上を報告している出版社1,225社の2023年の売上高は、速報で125億7,000万ドル、前年より0.4%増となりました。全体的な売上は微増にとどまっていますが、デジタルオーディオブックの売上が大きく伸び、成人向けカテゴリーで14.9%増となっています。

今月の初めにPublishers WeeklyがWestchester Publishing Services社と共同で開催したウェビナーでは、出版業界でのテクノロジーの活用例が紹介されました。その主な内容を紹介します。

<出版市場の動向>
2024年初頭のデータでは、本の売上は全体的に約2%減少しており、残りの期間でも減少が続くことが予測される。ここ最近は売上が2019年の水準を上回っているにもかかわらず、マージンが圧迫され続けていることが懸念事項。

<技術面の影響と課題>
今後の出版社のビジネスモデルにおいて、特に権利売買の管理や効率化のための新しいツールが期待されている。また、パンデミック以来、サプライチェーンの改善が進んでいるが、ツールや協力体制の強化が必要。

<テクノロジーの具体的な活用例>
・倉庫管理と印刷プロセスの自動化
・ビックデータを使用した卸売注文の予測や、書籍の知的財産侵害の検出
・販売管理と予測のためのCRM(顧客管理システム)の導入
・小規模出版社でも利用できる低コストまたは無料のツールの活用(Amazonでのキーワード最適化ツールや、SEOツールなど)、AI(人工知能)の全面的な活用
・独立系出版社と印刷業者を結びつける双方向マーケットプレイスの開発
・小売業者が直接注文できる卸売サイトの立ち上げ

<その他の課題>
・権利売買は、特に子供向けの書籍で拡大しているが、成人向けでは課題も残っている。
・オーディオブック市場は今後も成長過程にあると予測され、特にSpotifyの市場参入が影響を与えている。一方で、Kindleダイレクト・パブリッシングの仮想ボイス導入によって合成ナレーションが普及することで、オーディオブックの価値が下がる可能性には注視する必要があり、品質の維持が重要視される。
・AI技術の導入にはサーバーの負荷なども大きくかかる。これを軽減するため、大規模言語モデル(LLM)から小規模言語モデル(SLM)に移行する動きがある。

上記の「小規模言語モデル(SLM)」ですが、大規模言語モデル(LLM)と異なる特徴があります。LLMは膨大なデータを使って訓練されるため、多様な情報を学習することができますが、その中には必要のない情報も含まれることがあります。一方、SLMはより厳選された情報源のみを使って訓練されるため、使用されるデータは限られていますが、その分、関連性が高い情報に絞り込まれています。Forbes誌の記事では、2024年は「マルチモーダルAI」と共に「小規模言語モデル」が生成AIの重要トレンドになると予測しています。

日本においても、電子書籍やオーディオブックなどの新しいフォーマットへの適応は、さらに進める必要があると考えられます。また、自動化やAI(人工知能)を利用した生産性の向上は、コスト削減だけでなく、質の高い出版物をより速く市場に提供するために必須の取り組みとなるでしょう。そして、小規模な出版社でもアクセス可能なツールやリソースを積極的に探して活用していくことが成長のカギとなりそうです。

詳細は下記の外部リンクを参照してください。
- [Publishers Weeklyの記事] (https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/industry-news/financial-reporting/article/94669-publishing-sales-inch-up-in-2023-per-aap-sales-report.html)
- [Westchester Publishing Services社のサイト(ウェビナー)] (https://www.westchesterpublishingservices.com/)
- [Forbes誌の記事:「マルチモーダルAI」「小規模言語モデル」2024年の生成AI重要トレンド] (https://forbesjapan.com/articles/detail/68408)

【イギリス】
Publishers Association(英国出版協会)による調査報告を紹介します。

2023年度の正式なデータはまだ発表されていませんが、2022年度におけるイギリスの出版部門の売上は2021年度からの成長を維持し、69億ポンドに達しました。注目すべきは輸出市場で、8%増加しています。

また、2024年4月の調査報告によると、イギリス経済全体に対する出版部門の貢献額は110億ポンドにのぼり、イギリス経済において出版業界が重要な地位を占めていることがわかります。政府からの適切な支援があれば、出版部門の貢献額は2033年までに56億ポンド増加すると見込まれ、出版部門が将来さらにイギリスの経済に貢献する可能性があることも示唆されています。

この報告書には、同協会が政府に検討を求めている重要事項も示されています。主なものは以下のとおりです。

・知的財産や人間の創造性を犠牲にすることなく、AI(人工知能)の成長を確実にし、経済全体にAIの可能性を広げること。
・イギリスが世界的に有利な位置にある知的財産と著作権の枠組みを、積極的に保護すること。
・出版輸出アクセラレーターを設立すること。
・読書(オーディオ)に対する課税を廃止すること。
・図書館と識字率向上への投資を行うこと。

ここで、「出版輸出アクセラレーター」というのは、出版物の海外市場での販売と流通を加速するためのプログラムや取り組みのことで、具体的には翻訳支援、マーケティング戦略の策定、国際的な書籍フェアへの参加支援、外国市場での販売促進支援などが考えられます。
「読書(オーディオ)に対する課税」ですが、イギリスでは物理的な書籍や電子書籍へのVAT(付加価値税)が廃止された一方で、2024年現在、オーディオブックには20%の標準VAT税率が適用されています。英国議会内では、特に視覚障害やその他の読書障害を持つ人々にとってのオーディオブックの重要性を考慮し、オーディオブックのVATを廃止することが議論されています。廃止されれば、オーディオブックの需要がますます高まるのではないでしょうか。

また、協会が提案している重要事項は、日本の今後の出版業界においても活性化のヒントになりそうです。言葉や文化の違いによる困難さはありますが、日本のより多くの作品が国境を越えて読まれる機会の創出が望まれますし、それに対する政府の支援も望まれます。

詳細はPublishers Association(英国出版協会)の記事を参照してください。
外部リンク:https://www.publishers.org.uk/new-research-shows-uk-publishing-sector-is-worth-11-billion-to-uk-economy/

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