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韓国の読書事情

お気に入りの一節をおしゃれなノートに書き写す。本とコーヒーを並べた映える写真をSNSに投稿する。読書会やブックトークに足を運ぶ——そんな新しい読書文化が、韓国の若者のあいだで「Text Hip(テキストヒップ)」と呼ばれ、もてはやされている。Text(文字、文章)とHip(かっこいい、流行の、センスがいい)を組み合わせた造語だ。

本離れが世界的に懸念され、ショート動画が日常に浸透するなか、時間をかけて文字を読むことが、なぜ若い世代にとって「ヒップ」なのだろう。Text Hipが韓国で注目されるようになったのは2024年ごろだ。その特徴は、読書を、一人で完結する趣味ではなく、自分の好みや感性を表現し、他者と共有するものとして楽しむところにある。アイドルが紹介した本をファンが手に取りベストセラーになる「アイドルセラー」という現象もまたその一例だ。

この動きは、これまで紹介してきた欧米のブックコミュニティとも重なる。「BookTok」では、読者が好きな本について語り合い、その投稿をきっかけに過去の作品が再び注目される。「Silent Book Club」のように、同じ本を読む必要さえなく、同じ場所でそれぞれの本を読むコミュニティも広がった。本を読むという個人的な行為が、SNSやリアルな集まりを通じて、「人とつながる行為」へと広がっているのである。

ただし、韓国のText Hipには、もう一つ興味深い側面がある。韓国は、進学や就職、キャリア形成などをめぐる競争の激しさがしばしば指摘される社会だ。そのなかで読書は、自分を高めるための「自己啓発」の手段にもなってきた。一方、現在のText Hipでは、小説や詩、古典文学など、必ずしもすぐに「役に立つ」とはいえない本にも関心が向かっている。速さや効率、成果を求められる日常だからこそ、一冊の本を開き、時間をかけて読むことが新鮮に映るという逆説である。

そして2024年10月、韓国の読書界に大きな出来事が起きた。作家ハン・ガンが、アジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞したのである。『菜食主義者』『少年が来る』『別れを告げない』など、ハン・ガンの作品が問いかけるのは、暴力や傷、記憶、そして人間の尊厳だ。速く読んで答えを得るというより、立ち止まり、考えることを求める文学である。Text Hipという若者の読書熱がすでに生まれていたところに、この受賞が大きな追い風となった。

ただし、Text Hipを単純な「韓国の若者の読書復活」と捉えるのは早計である。韓国文化体育観光部の「2025年国民読書実態調査」によると、成人の総合読書率は38.5%と過去最低。一方、20代は75.3%と高いものの、2023年にもすでに74.5%だった。つまり、「本を読まなかった若者が突然読み始めた」というより、もともと本を読んでいた若い世代の読書が、SNSなどを通じて可視化され、一つのカルチャーとして存在感を増した、と見るほうが実態に近いのかもしれない。

また、「読書する自分」をSNSで見せたいだけではないか、という批判もある。こなれたブックカバーや文房具をそろえ、限定グッズを求めてブックフェアに並ぶ。「本を読む人」より「本の周辺で消費する人」が増えただけではないか、という見方だ。しかし、本との出会い方が、書評や新聞だけでなく、SNSや好きなアイドルへと広がったことで、読書への入り口が多様になったともいえる。

欧米のBookTokやSilent Book Club、そして韓国のText Hip。地域も形も異なるこれらの現象に共通するのは、デジタル化によって読書が消えていくのではなく、むしろデジタル空間を経由して、本との新しい付き合い方が生まれていることだ。

知るために読む。物語を楽しむために読む。そこに、自分を表現するために読む、誰かと共有するために読む、そして速すぎる日常から少し離れるために読むという理由が加わった。「Text Hip」という少し不思議な言葉が映し出しているのは、そんな読書の現在地なのだ。

<ライタープロフィール>

今田陽子(いまた・ようこ)
BABEL PRESSプロジェクトマネージャー。カナダBC州在住。シャワー中もシャンプーボトルのラベルから目が離せない活字中毒者。

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