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「翻訳とは何か?翻訳に関わり続けた四十八年を振り返る—その②」

バベル ・グループ 代 表  湯浅 美代子

 前号では、この間の48年に亙る回想の第1回を書きましたが、今回はその第2回を書きたいと思います。そこで、四十八年間と言うと分かりにくい感じもしますが、1974年4月だと表現すると、大分リアルな感じがします。やはり、この時間認識、空間認識の複合体としての世界認識という感覚は、我々人間、いや、人類にとっては、様々な感覚を駆使して初めて実感が湧き、理解できることなのだと感じます。それは、今、私が存在している2022年10月という時空間にとっては、1974年という時空間とのつながりを、そう簡単にリアルな実感のイメージを抱くことができないからなのです。

 いきなり、SF口調になりましたが、言わば、哲学思考のプロセスとは、こう言った前提条件、思考の方法や認識レベルなど、様々な前提条件への理解を必要とするのです。ところが、一般には、このような前提の擦り合わせなどお構いなしで、識者の意見を聞くのが通常ですから、二人の会話であっても、前提条件、つまり、既知の情報の多さや、深さなどの認知レベルの違いにより、意見の食い違い、諍いが起きることが多いのです。勿論逆もまた然りで、なぜかすごく話があったのに、深く理解が進むと、こんなはずではなかった!などという体験が起きてくると言えます。(笑)

 また、自己の体験、経験であっても、その当時の自分自身の理解レベル、認識レベルによって、得られた情報への認識の深さ、浅さが異なってくるというわけです。「翻訳」という作業には、そのようなかなり難度の高い、または、深い認識、理解、許容、情報の多様さのレベルが必要となります。ですから、単に辞書を引いて単語の語彙や用例を見て理解するだけでは不十分なのです。この様な、難易度の高さ、深さが、私の探求心に火をつけた!とも感じます。翻訳者の皆様もそのような実感を抱いておいでの方も多いと思います。そうして、勿論、【翻訳ビジネス】ですから、一定の時間内に【間違い、誤解のない完成度の高い】翻訳原稿に仕上げなければなりません、その時の緊張感はかなりの高レベルにあると言えるでしょう。

 でも、翻訳業を重ねれば重ねるほど、その限界のない魅力に引き寄せられていくように感じておいでの方々が多いと思います。ご自身の作家としての作品もそうだと言えますが、「翻訳」という言わば二人三脚の成果ともいえる業の体験は、単に一人の作家の作業を超えた複合的な精神作業でもあると言えます。更に、そのような視点で考えれば、「翻訳」とは一つの言語体系・文化構造の中に、異なる二つの言語体系相互の関係と評価分析を行うことによって、異なる二つの言語間の等価の言語価値を見出す、という価値を包含している作業だと言えます。

 そういう経緯で、「翻訳」とは、すっかり私を虜にした重要なテーマとなったのです。その頃私は、この翻訳について更なる探求をするべく、翻訳の専門誌を発行して、翻訳についての研究と普及活動をしようと考え、月刊「翻訳の世界」という雑誌を創刊したのです。

 「翻訳の世界」の創刊当時を思い返すと、出版流通の関係者の方々から「そんな専門誌、誰が読むの?」「そんな専門的な雑誌は、とても売れないでしょう!!」といった、大変悲しい回答であったにもかかわらず、私の心はひるみませんでした!

でも、それは、当時、翻訳に従事されていた方達の実感だったでしょうし、出版業界の実情だったと言えます。それでも、出版流通の取次各社のご理解を得て、有力な書店には配本、販売していただけることになり、確か一万数千部もの部数が書店に配本いただけることになったのです。昭和52年頃ですから、まだ雑誌の発行といった出版活動はポピュラーな芸能誌や食品、衣料品関連の雑誌はあっても、『翻訳』という「聞きなれない言葉」についての専門誌ともなると、一般にはまず売れないだろう!という回答が出てきたことは、驚くに当たらない時代だったと言えます。

 今考えると、ビジネス活動をするという事は、社会の本当に各種、各様の多くの人々の連携、ご協力、ご支援無くして実現することは無い!と実感いたします。

「そんな、希少な「翻訳の世界」という月刊誌を刊行し続けることができ、また、翻訳一筋の道を歩むことができたその入り口を開いていただいたのが、この「月刊 翻訳の世界」という雑誌だったと思います。

 出版販売業界の皆様は、決して表に出られることはありませんが、世にも稀な月刊誌「翻訳の世界」を世に生み出していただいた出版業界の取次各社のチャレンジ精神というか、許容力の大きさ懐の深さであった、と深く感謝する次第です。

 そして、そんな時であったからこそでしょうか、捨てる神あれば、拾う神あり!で、多くの既存の翻訳関係者の想いを尻目に、珍しいタイトルで、新鮮な知的探求心を呼び起こしたのか、それなりに書店の店頭に並び、探求心を持つ方々にご購入いただきこの時を迎えることができたのです。重ねて感謝申し上げる次第です。

 そんなわけで、1974年4月に翻訳のビジネス活動に参入して以来、飽きることなく、ただ一筋の「翻訳」の道を歩み続けて、あと少しで50年という一つの節目へ近づいた!と思うと、深い感慨が湧いてきます。

読者の皆様には、お読みいただいて感謝の気持ちでいっぱいです。

いつも、有難うございます!

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