前号で、1970年代は米国経済が歴史的転換期を迎えた時期だと述べました。第2次世界大戦の敗戦国である日独が経済で復興を果たすなか、米国はベトナム戦争などで国力を消耗し、貿易と財政の双子の赤字に苦しみ、米ドルも信認が揺らぎ始めていました。そうしたなか、ニクソン・ショックと称された衝撃的事件が幾つか起きました。

全くの私見ですが、ニクソン・ショックは3つありました。第1は、国際金融史上の出来事です。19718月の日曜日の夜、失業とインフレーション問題への対処に迫られていた共和党出身の37代米大統領、リチャード・ミルハウス・ニクソンがホワイトハウスから全米向けのテレビラジオ放送を行いました。そこで金とドルの交換停止を宣言したのです。これにより戦後の国際金融秩序を主導したブレトン・ウッズ体制が終焉し、円を含む主要通貨は最終的に変動相場制に移行していきました。円の対ドル相場も360円の時代が終わり、円はひたすら円高の道をたどりました。この時、ニクソン大統領は次のような声明文を発しました。

「第二次世界大戦の終結時、欧州やアジアの主要工業国の経済は壊滅的な打撃を受けていました。これらの国々が再生し、自由を守れるよう支援するため、米国は過去25年間にわたり、430億ドルの対外援助を行ってきました。それは私たちにとって当然の行動でした。今日、主に私たちの支援のおかげで、これらの国々は活力を取り戻しました。そして今や、私たちの強力な競争相手となり、我々はその成功を歓迎しています」。こう述べたニクソン大統領は、次のように訴えます。ここは原文で見てみましょう。

「The time has come for them to bear their share of the burden of defending freedom around the world. The time has come for exchange rates to be set straight and for the major nations to compete as equals. There is no longer any need for the united states to compete with one hand tied behind her back」。この50年余り前の演説に盛り込まれた「(欧州やアジアの主要工業国が)世界の自由を守るために応分の負担をすべき時が来た」という文言は、20261月に就任したトランプ米大統領の「米国第1主義」の主張と酷似しているのが、注目されます。

次いで翌年の19722月、第2のニクソン・ショックと呼ばれる事件が起きます。ニクソン大統領が中華人民共和国を電撃訪問し、毛沢東共産党主席や周恩来国務院総理と会談、日本に先立って米中国交正常化を果たしたのです。日本は頭越しの米中外交として衝撃を受け、時の田中角栄政権も大慌てで対中国交正常化に動きました。米中関係を和解へと転換し、第二次世界大戦後の冷戦時代の転機となった出来事といわれています。

さらに翌年の1973年、ニクソン大統領にまつわる政治的スキャンダルが発生しました。ウォーターゲート事件です。これはニクソン・ショックとは呼ばれていませんが、いわば、極め付けの、第3のニクソン・ショックだと思います。これにより彼は職を失うことになったのです。事件は1972年6月、ワシントンのウォーターゲート・ビルにあった民主党本部で起きました。数人の男が侵入し逮捕され、彼らが共和党に雇われ、盗聴器を仕掛けていたことが判明、ニクソン大統領補佐官などが逮捕起訴されました。その証言からニクソン大統領みずからが隠蔽工作に関わっていたことが暴露され、ホワイトハウスが提出を命じられた盗聴テープからもニクソンの関与が明確になり、下院司法委員会による大統領弾劾裁判での訴追が決まりました。19748月、追い詰められたニクソン大統領は辞任します。因みに、任期途中での大統領辞任はニクソンが初めてです。辞任に至るまでの日々、メディアも大々的に報道し、私もオフィス内で同僚と固唾を飲んで見守っていました。

70年代には米国にとって国家的慶事もありました。米国は2026年7月、建国250周年を迎え、トランプ米大統領が盛大な式典を催し、その政策をアピールする演説を繰り返したのは記憶に新しいところです。その50年前の1976年7月4日、米国は建国200周年を迎えていたのです。私が米国勤務を終えて帰国した数日後のことです。当時、フォード米大統領が「建国の地」フィラデルフィアで演説を行い、ニューヨークでも各国軍艦による国際観艦式や花火大会が催されるなど、諸々の祝賀イベントが計画されていました。そうした盛大なイベントを目にすることができず、後ろ髪をひかれる思いとはこういうことをいうのでしょうか、1976年6月末、万国旗が色鮮やかにはためくニューヨークを後にしたのでした。

ライタープロフィール

前田 高昭
金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教授
現在、The Professional Translatorのコラムに『英文メディアで読む』と『東アジア・ニュースレター』を毎月寄稿。

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