AIリテラシーを高めよう
――AI時代の「翻訳の地頭」を鍛えるために
第2回 AIは「正解を出す機械」ではない
―もっともらしい訳文をどう疑うか
AIに英文を入力すると、数秒で自然な日本語訳が返ってきます。
文法的にも整っている。文章もなめらかで、読んでいて特に違和感がない。すると、ついこう思ってしまいます。
「これでいいだろう」
しかし、ここにAI時代の翻訳で、最も注意しなければならない問題があります。
自然な訳文であることと、原文に即した訳文であることは同じではありません。
明らかに不自然な訳文なら、人は疑います。ところが生成AIは、意味を少し取り違えていても、論理関係を変えていても、流暢な日本語として提示することがあります。
文章が自然だからこそ、間違いや解釈の偏りまで自然に見えてしまうのです。
前回、AI時代の「翻訳の地頭」を、
原文を深く読み、複数の訳を比較して選び、その選択を根拠とともに説明し、責任を負う力
と定義しました。
今回は、その出発点となる「疑う力」について考えます。
ここでいう「疑う」とは、AIは信用できないから使わない、という意味ではありません。AIの出力を最初から正解とみなさず、一つの仮説として受け取ることです。
「正しそうに見える」がいちばん危ない
たとえば、会社で次のような会話があったとします。
“Where is Yumi?”
“Her computer is off, and her coat is gone. She must have left already.”
AIが、次のように訳したとします。
「由美はどこ?」
「パソコンの電源は切れているし、コートもない。もう出発したに違いない」
英文と日本語を対応させれば、大きな誤りはないように見えます。leaveには「出発する」「去る」「離れる」といった意味があり、must have leftも「出発したに違いない」と訳すことができます。
しかし、この場面は会社です。パソコンの電源が切れていて、コートもないことから、話者は由美がすでに帰宅したと推測しています。
したがって、自然な会話としては、
「もう帰ったんじゃないかな」
「もう帰ったみたいだね」
などの方が適切でしょう。
ここで重要なのは、辞書に載っている意味だけではありません。
leaveが、この場面ではどこを離れることなのか。話者は事実を確認しているのか、それとも状況から推測しているのか。人物同士はどのような関係にあり、どの程度くだけた話し方をするのか。
そこまで考えて、初めて訳文を選ぶことができます。
AIが「もう出発したに違いない」と整った日本語を提示すると、それが唯一の解釈であるように見えます。しかし、AIが示したのは、考えられる訳の一つにすぎません。
翻訳者がそこで思考を止めれば、AIの訳文だけでなく、その訳文の前提となっている解釈まで、無意識のうちに受け入れることになります。
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