東アジア・ニュースレター
海外メディアからみた東アジアと日本
第188回

バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座
中国は、トランプ米大統領が自国の同盟国への威圧を気にしないだろうと踏んで、豪比日に対する横暴な行為をエスカレートさせている。そして、こうした攻撃的な行動を米国がペルシャ湾で足止めを食らうにつれてエスカレートさせ、5月のトランプ・習首脳会談後はさらに踏み込んだ動きを見せているとメディアが指摘する。
台湾が「漢光」と呼ばれる年次軍事演習に乗り出した。演習には、偽情報対策から水陸両用上陸への備えに至るまで、中国の多面的な攻勢に対抗するための幅広い活動が含まれている。中国の大規模な軍事力に対してどれだけの期間持ちこたえられるか、そして同盟国が到着するか、あるいは中国が撤退するまで生き残れるかどうかを図る目的があるとされる。
韓国の通貨ウォンが7月、対ドルで8%近く上昇し、世界で最も堅調な動きを見せた。要因についてメディアは、韓国半導体メーカーによる海外ドル建て利益の還流、米国ハイテク株の下落がこれに巨額を投資していた韓国人投資家による資金流出、すなわちウォン売りを和らげた可能性、金融引き締め政策による下支えの3要因を挙げる。
北朝鮮でスマートフォンが普及しているとメディアが報じる。人口約2,600万人の同国に既に635万件以上の携帯電話契約があり、スマートフォンにはオンラインバンキングから医薬品の配送、ナビゲーションなどに至る豊富なアプリが搭載されているとされる。これはエリート層を満足させ、政権への忠誠心を維持しようとする金正恩指導者の都市開発への投資の一環だと伝える。
東南アジアでは、先月、突然辞任したインドネシア中央銀行のペリー・ワルジヨ総裁の後任に暫定総裁を務めていたデストリー・ダマヤンティ上級副総裁が指名された。前任総裁の辞任理由は個人的事情によるとされ、辞任はプラボウォ政権下でバンク・インドネシアの独立性に対する監視が強まる中で起きたという。
インドで教育制度が大きな問題を抱えて、モディ政権に難しい課題を突き付けている。しかもこの課題解決は、Z世代の若者たちが先月引き起こした全国規模の抗議運動、あるいは、人口ボーナスの恩恵を享受できる時間が限られていること、などに示されているように喫緊の急務となっている。モディ政権の対応が注目されている。
主要紙社説・論説欄では、高市政権の経済財政政策に関する主要メディアの論調を観察した。そのあまりにも緩和的な金融、財政政策が市場にショックを引き起こすのではないかと警告を発する。
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北東アジア
中 国
☆ 影響圏拡大を目指して専横的姿勢を強める中国
中国は、ドナルド・トランプ大統領が自国の同盟国への威圧を気にしないだろうと踏んで、オーストラリア、フィリピン、日本に対する横暴な行為をエスカレートさせていると7月30日付エコノミスト誌が以下のように論じる。
「彼らは我々を馬鹿にしている」と、フィリピンのギルバート・テオドロ・ジュニア国防相は7月23日、マニラで記者団に不満を漏らした。その3日前、南シナ海で両国が領有権を主張するセカンド・トーマス礁において、中国海警局の隊員がオールを振り回して海軍艦艇に乗船していたフィリピン人船員を殴打する様子が撮影されていた。短い乱闘の末、ショートパンツとTシャツ姿のフィリピン人船員たちは、海軍の制服とオレンジ色の蛍光ベストを着用した中国海警局の隊員たちを撃退したが、その後、フィリピン人船員のうち2人が入院した。
この乱闘は、アジアの島嶼地帯で最近相次いでいる一連の事件のほんの一例に過ぎず、それらが積み重なることで、攻撃性を増す中国の姿が浮かび上がっている。3月には、北朝鮮に対する国連制裁を執行していたオーストラリアのヘリコプターが、黄海上空で中国機による危険な妨害を受けたと報告した。7月初旬には、中国が南シナ海の潜水艦から弾道ミサイルを発射し、フィリピン上空を越えて南太平洋へと飛翔させた。また、セカンド・トーマス礁での乱闘のちょうど前日には、中国船がフィリピン東方の日本の排他的経済水域で実弾射撃訓練を実施していた。
こうした攻撃的な行動の増加には一定のパターンが見られる。中国は、2025年10月に釜山で行われたトランプ大統領と習近平国家主席の会談直後から米国の同盟国への探りを入れ始め、3月には米国がペルシャ湾で足止めを食らうにつれてその活動をエスカレートさせ、5月にトランプ氏と習氏が北京で首脳会談を行ってからはさらに踏み込んだ動きを見せている。「これは、米国がどの程度反応し、この地域の同盟国をどの程度防衛するかという試金石だ」と、ブリュッセルに本部を置くシンクタンク「国際危機グループ(ICG)」のフオン・レ・トゥ氏は述べる。しかし、同期間において米中関係は改善している。アジアの外交官らによると、中国はトランプ氏がその傾向を損なうような行動は取らない、ましてや中国に対し同盟国を放っておくよう要求することなどないだろうと踏んでいるという。
こうした事案は、日本の北部から台湾を経てフィリピンに至る一連の島々、いわゆる「第一列島線」に沿って発生し ている。中国はこれまで米国の同盟国を順番に標的にする傾向にあったが、今回は中国人民解放軍が複数の国を同時に威圧しているようだ。フィリピンは、これまでのところ最も厳しい扱いを受けている。偶然ではないが、同国はこの列島線の中で最も脆弱な米国の同盟国であり、米国によるコミットメントが長らく最も不安定に見えていた国でもある。2024年、同国のフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領は、南シナ海で人命が失われるような事態は「我々が『戦争行為』と定義するものに極めて近い」ものであり、米国からの対応を期待すると述べた。しかし、ドナルド・トランプ氏がマルコス氏の期待通りに米国の公約を果たすかどうかは疑わしい。
7月20日にセカンド・トーマス礁付近で発生した小競り合いは、とりわけ危険なものであった。この人里離れた岩礁が紛争の火種となっているのは、1999年に主権の表明として座礁させられた、錆びついたフィリピン海軍の艦船「シエラ・マドレ」の存在によるものだ。米国は、フィリピンが領有権を主張する他の係争中の島々を防衛する義務を負っているわけではないが相互防衛条約に基づき、シエラ・マドレ号とその船上に駐留する少数のフィリピン海兵隊員を保護する明確な義務を負っている。一部のアナリストは、中国がフィリピン国民に対し、米国がこうした約束を果たすことは期待できないと示すことで米国とフィリピンの間に亀裂を走らせようとしていると考えている。
オーストラリアと日本に対する圧力は、より慎重に調整されているものの、その存在感は決して弱くない。中国による南太平洋への弾道ミサイル発射実験は、オーストラリアがフィジーと相互防衛協定に署名したまさにその日に行われた。日本の排他的経済水域(EEZ)での実弾演習に先立ち、6月下旬には中国とロシアの核搭載可能な爆撃機による日本周辺での共同哨戒飛行が行われた。これは、高市早苗首相が昨年11月、台湾をめぐる紛争において日本が何らかの役割を果たす可能性を示唆して中国を激怒させて以来、2度目の同様の飛行であった。
東京にある防衛省のシンクタンク、防衛研究所の飯田雅文氏は、中国が米国の同盟国を同時に締め上げている背景には、アジアにおける米国の影響力が衰えつつあり、イランでの戦争によって米国の関心がそらされているという中国の認識が一部反映されていると分析する。「中国の視点から見れば、ドナルド・トランプ氏は自ら墓穴を掘っていることになる」。米軍が完全に不在というわけではない。米国のマルコ・ルビオ国務長官は、7月20日、米沿岸警備隊の巡視船がセカンド・トーマス礁のすぐ近くまで接近し、負傷したフィリピン人2人を救助して安全な場所へ搬送したと述べている。米国当局者は、通常アジアに駐留している一部の部隊が中東に展開されていることを認めている。しかし同時に、米太平洋軍は同盟国に対する中国の侵略を阻止するため、米国内の基地から艦船、航空機、部隊、ミサイルを西へ送り込み、第一列島線に展開させている。同司令部は、夏の終わりまで日本とフィリピンの両国に最先端のミサイルシステムを配備しており、7月21日には、米国のミサイル兵器体系の最先端である長距離極超音速システム「ダーク・イーグル」が、初めて中国本土の射程圏内に配備された様子を示す写真(撮影から数週間が経過したもの)を公開した。
しかし、これは中国を思いとどまらせるには至らなかったようだ。問題は、米国の軍事力というよりも、むしろトランプ氏の意図にある。5月の首脳会談で、トランプ氏と習近平氏は中国側が「建設的な戦略的安定」と呼ぶものを維持することで合意した。米国当局者もすぐにこの表現を取り入れたが、彼らにとってそれが何を意味するのかについては、まだ明確にしていない。クライシス・グループのレ・トゥ氏は、中国が軍事活動を通じて、この言葉の意味を「中国により大きな影響圏を与えるもの」と定義づけようとしていると指摘する。シンガポールの南洋理工大学のジェームズ・チャー氏もこれに同意する。「中国はこうした活動を『常態化』させようとしている」と同氏は述べ、「中国に対して友好的でない国に打撃を与える能力があることを世界に示そうとしているのだ」と語る。
以上のように、中国はトランプ大統領が自国の同盟国への威圧を気にしないだろうと踏んで、豪比日に対する横暴な行為をエスカレートさせている。そして、こうした攻撃的な行動を米国がペルシャ湾で足止めを食らうにつれてエスカレートさせ、5月のトランプ・習首脳会談後はさらに踏み込んだ動きを見せていると指摘する。こうした中国の行動の狙いについて、米国がどの程度反応し、この地域の同盟国をどの程度防衛するか試している、あるいは、米国と同盟国との間に亀裂を入れようとしているこうした活動を常態化させて中国に非友好的な国に打撃を与える能力があることを世界に示そうとしている、などの専門家の見方を紹介する。
しかし、中国の意図や戦略は各国それぞれで異なるのではないかと思われる。例えば、対豪州では太平洋島嶼地域戦略、フィリピンとは南シナ海戦略、そして日本とは主に台湾と東シナ海戦略との関係で威嚇的で専横的な姿勢を示しているのではないか。その意味で記事が、5月の米中首脳会談で合意された「建設的な戦略的安定」について、中国側がその意味を「中国により大きな影響圏を与えるもの」と定義づけようとしているとの見方を伝えているが、これが現在の中国側行動を包括的にとらえた、より正確な見解であると思える。それと対日政策では、台湾問題に関連して国内への目配り、つまり内政としての比重が大きいと思われる。それだけに問題の根は深いと言えよう。いずれにせよ、トランプ氏が自ら墓穴を掘る行動に出ている現状、日豪比は韓国や台湾を含むアジア諸国との関係について経済、外交分野でさらに結束を強化していく必要があるのではないだろうか。
台 湾
☆ 中国侵攻を阻止するための戦争計画を検証
台湾は8月5日に10日間にわたる軍事・民防演習を開始し、中国による侵攻を阻止するための戦略を推進した。同日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、この年次軍事演習で台湾は米国やイラン戦争から得た教訓を検証することを狙っていると、以下のように報じる。
その究極の目標は、米軍が救援に駆けつけなかったとしても、台湾攻撃にはそれに見合うだけの代償が伴うことを中国に示すことにある。演習の主な見どころは、2万人の予備役兵の動員、数百万人のモバイルインターネット通信速度の制限、そしてイランがより強力な敵に打撃を与えた手法に一部着想を得たドローン演習などが予定されている。台北の軍事計画担当者によると、この年次演習は、中国の軍隊を撃退するために策定された新たな計画や戦術を検証する機会となっている。「我々の演習は、持続的な戦闘能力の確保を目的としている」と、クー・ウェリントン国防相は少人数の記者団に語った。「我々の核心的な信念であり、最終的な作戦目標は、中国による全面的な侵攻を確実に失敗に終わらせることだ」。この演習は、中国が軍事演習や「グレーゾーン戦術」のさまざまな手段を通じて、民主的に自治を行う台湾への圧力を強めている中で行われた。前日、中国は台湾周辺に戦闘機21機と軍艦9隻を配備し、戦闘準備パトロールを実施した。台湾国防部によると、これは今年に入って20回目となる同種の作戦である。
今年の台湾の「漢光」演習には、偽情報の対策から水陸両用上陸への抵抗に至るまで、中国の多面的な攻勢に対抗するための幅広い活動が含まれている。台北にある軍系機関「国防安全研究所」の研究員、蘇子雲氏は、「『漢光』演習は統合的な共同作戦だ」と述べた。「これは、我々の非対称戦が実戦での作戦上のニーズを満たしているかどうかを全方位的に検証するものだ」。この戦略は、台湾が中国の遥かに大規模な軍事力に対してどれだけの期間持ちこたえられるか、そして同盟国が到着するか、あるいは中国が撤退するまで生き残れるかどうかに一部かかっている。米国は武器販売や訓練支援を通じて台湾軍を支援しているが、米国は通常、台湾が中国と戦う際に支援を行うかどうかについては明言を避けてきた。トランプ大統領が最近、「9,500マイルも移動して戦争をする気はない」と発言したことは、台湾が自力で戦う能力をさらに高める必要があるという台湾国内の多くの見解を裏付けるものとなった。
防衛当局者によると、今年の演習の一つでは、海軍と沿岸警備隊が台湾に対する仮想の封鎖線を突破して船舶を護衛するシナリオが盛り込まれている。中国軍は航路を封鎖することで台湾を包囲・封じ込め、エネルギーやその他の重要な輸入品の供給を遮断する可能性を示してきた。海底ケーブルを介してインターネットに接続している台湾にとって、インターネットサービスもまた脆弱性の一つとなっている。来週行われる30分間の演習において、台湾は初めて、TSMC (台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー)の本拠地であるハイテク拠点・新竹を含む島内の一部地域で、モバイルインターネットの速度を低下させる計画だ。この半導体大手は、自社の事業に支障が出ることはないと述べている。「今年の『漢光』演習は、社会のレジリエンス(回復力)の側面をより多く取り入れており、台湾に対する中国共産党の最大の脅威は、サイバー技術を活用した経済戦争キャンペーンである可能性を暗に認めている」と、ワシントンを拠点とするシンクタンク「民主主義防衛財団(Foundation for Defense of Democracies)」のシニアディレクター、マーク・モンゴメリー氏は述べた。
台湾が新設した沿岸作戦司令部は、今年「漢光演習」に初参加し、対艦ミサイル、海雷、ドローンなどの装備を用いて、中国軍が台湾沿岸に到達するのを阻止するという任務を実証する予定だ。今年の大規模な予備役動員には、台北の旅団も含まれており、首都防衛の一環として、1月に米国がベネズエラのニコラス・マドゥロ指導者を排除した事例に見られるように、台湾の指導部を排除しようとする可能性のある動きへの備えも含まれている。台湾軍当局者によると、ドローンの活用も重点課題となるという。
同当局者らは、ウクライナとロシアの戦闘から得た教訓を取り入れるだけでなく、台湾はイランでの最近の紛争からもコスト効率の高い防衛兵器としてのドローンの活用について知見を得たと述べた。ある当局者によると、台湾の戦略の一つはドローンを用いて中国の高価な精密兵器の注意をそらし、台湾のミサイルが軍艦などの標的を攻撃するための隙を作ることを目的としているという。また今年は、通信が途絶えた状況下でも兵士が効果的に行動できるよう、分散型の軍事指揮体制を検証するための演習も実施される予定だ。これらの演習には、指示を受けた者が確認のためにその内容を指導部に復唱する「バックブリーフ」の運用手法の確立も含まれている。米国は常にパートナー諸国に対してミッション・コマンドと分散型実行を推進しようとしている」と、米海軍で30年以上勤務した元海軍少将のモンゴメリー氏は述べた。「これにより、通信が制限された高強度の環境下での戦闘能力が強化されると我々は考えている」と同氏は語った。「バックブリーフのような手法により、部下はそのような環境で成功するために必要な戦闘スキルを身につけることができるのだ。」
以上のように、台湾が「漢光」と呼ばれる年次軍事演習に乗り出した。演習には、偽情報対策から水陸両用上陸への備えに至るまで、中国の多面的な攻勢に対抗するための幅広い活動が含まれており、中国の大規模な軍事力に対してどれだけの期間持ちこたえられるか、そして同盟国が到着するか、あるいは中国が撤退するまで生き残れるかどうかを図る目的もあるとされる。そのため演習には、エネルギーやその他の重要な輸入品の供給遮断や海底ケーブルを介してインターネットに接続する台湾のインターネットサービスの脆弱性へのレジリエンスの検証、サイバー技術を活用した経済戦争キャンペーンへの備えなども含まれているという。さらに、ウクライナ戦争やイラン紛争から得たドローンの知見活用と通信途絶状況での兵士の効果的行動を可能とする分散型軍事指揮体制の検証などの演習も予定されている。
韓 国
☆ 通貨高に転じた韓国ウォン
韓国ウォンが7月、ハイテク株の売り圧力にもかかわらず、ドルに対して8%近く上昇し、世界で最も堅調な動きを見せた。これについて8月1日付フィナンシャル・タイムズは、以下のように伝える。
韓国ウォンはアジアで最悪のパフォーマンスを示した通貨の一つから、世界で最高のパフォーマンスを記録する通貨へと転じた。半導体メーカーの利益還流、ハイテク株の売り圧力、金融引き締め政策がウォン相場を下支えしたためだ。7月のウォンは対ドルで8%近く上昇し、世界で最もパフォーマンスが良かった通貨となった。木曜日には1ドル=1,419ウォンまで急騰したが、金曜日に財務当局者が「韓国は為替問題について米国や日本と緊密に連携している」と発言したことを受けて、1,438ウォンまで下落した。ウォンは今年上半期、数十年ぶりの安値圏で数ヶ月間推移し、政策当局者を懸念させる一方、韓国がAIチップの輸出に支えられた大幅な貿易黒字を計上していたことから、為替市場関係者を困惑させていた。一時は、2008~09年の金融危機以来の水準まで下落し、アジア諸国の中で最もパフォーマンスの悪い通貨の一つとなり、イラン戦争によるエネルギーショックの影響を受けやすいフィリピン・ペソ、インド・ルピー、インドネシア・ルピアに次ぐ位置付けとなっていた。
アナリストらはこの反転の一因として、半導体メーカーの国内拡張計画がドル建て海外収益の持続的な本国送金を引き起こすとの投資家の見通しを挙げた。RBCキャピタル・マーケッツのマクロストラテジスト、アッバス・ケシュヴァニ氏によると、サムスン電子とSKハイニックスは6月、韓国国内にAIインフラと半導体工場を建設するため、数年にわたり1兆ドル以上を投資する計画を発表した。これは同国の年間GDPの3分の2に相当する。「これは、非常に長期間にわたるドル売りが続くことを意味するだろう」と同氏は述べた。SKハイニックスも先月、米国での大型上場により265億ドルを調達しており、その収益の大部分は国内投資に充てられる予定だ。トレーダーらの推計によると、7月中旬から8月中旬にかけて、スポット市場や先物市場を通じて1日あたり約10億ドルが韓国に還流しており、一時的ではあるがウォン需要の追加的な源泉となっている。
先月、KOSPI株価指数が価値の4分の1近くを失ったにもかかわらず、ウォンは堅調に推移している。これは、AIブームの持続性に対する懸念から、世界的に半導体メーカー株から資金が流出している状況を反映している。バークレイズのアジア為替・新興市場マクロ戦略責任者であるミトゥル・コテチャ氏は、株価の急落が外国人投資家による株式やウォンの売り圧力を和らげる一因となったと述べた。今年上半期、KOSPIの急騰により多くのグローバルファンドマネージャーがベンチマークの配分比率に比べて韓国株の保有比率が高くなりすぎたため、彼らは株式を大量に売却して利益確定を行った。「外国人投資家は依然として売り越し状態にあるが、その勢いは6月と比べて大幅に弱まっている」と、ソウルにある教保証券の為替アナリスト、ウィ・ジェヒョン氏は述べた。米国ハイテク株の下落は、Nvidia、Micron、SpaceXなどに巨額を投資していた韓国人投資家による資金流出を和らげた可能性もある。「ファンダメンタルズに加え、資金フローの動向がわずかに変化し、ウォン高を後押ししている」と、JPモルガンのアジア債券部門最高投資責任者(CIO)であるフリオ・カレガリ氏は述べた。
また、この反発は、金融政策の転換によって後押しされている。先月、韓国銀行は3年余りぶりに利上げを行い、政策金利を0.25ポイント引き上げて2.75%とした。通常、金利の上昇は国内資産の収益性を高め、海外投資に比べてその魅力を高めることで、通貨を押し上げる。「政府は、企業や家計に対し、より多くの資金を韓国に還流させるよう促すため、組織的な取り組みを行っているようだ」と、ファースト・イーグル・インベストメンツのポートフォリオ・マネージャー兼シニア・リサーチ・アナリスト、イダンナ・アッピオ氏は述べつた。韓国銀行のタカ派的な姿勢は、予想を上回る経済指標が相次ぐ中で示されたもので、第2四半期のGDP成長率は3.7%に達し、6月のインフレ率は3.2%に加速した。水曜日の国会公聴会で韓国銀行の辛鉉松(シン・ヒョンソン)総裁は、インフレ率が「相当な期間」目標を上回る状態が続く可能性が高く、これを抑制するためには「利上げの傾向を維持することが最も合理的な方法だ」と語った。
以上のように、韓国の通貨ウォンが7月に対ドルで8%近く上昇し、世界で最も堅調な動きを見せた。この原因について記事は、半導体メーカーの利益還流、世界的なハイテク株の売り圧力の後退、金融引き締め政策による下支えの3要因を挙げる。第1の要因については、韓国半導体メーカーが国内拡張計画のためにドル建て海外収益を持続的に本国向けに送金する動きを挙げる。すなわち、サムスン電子とSKハイニックスは国内におけるAIインフラと半導体工場建設のため、数年にわたり1兆ドル以上を投資する計画を発表しており、このため今後、非常に長期間にわたるドル建て海外収益のウォン転が続くだろうとの専門家の見通しを報じる。
第2のハイテク株の売り圧力の後退については、Nvidia、Micron、SpaceXなど米国ハイテク株の下落がこれに巨額を投資していた韓国人投資家による資金流出、すなわちウォン売りを和らげた可能性があること、また、こうした株価の急落が外国人投資家による韓国株式やウォンの売り圧力を和らげる一因となったとの関係者の見方を伝える。第3の韓国銀行の金融政策については、先月、韓国銀行は3年余りぶりに利上げを行い、政策金利を0.25ポイント引き上げて2.75%としたと述べ、政府は企業や家計に対し、より多くの資金を韓国に還流させるよう促すため、組織的な取り組みを行っているようだとの見方を報じる。第1と第2の要因は今後、解消する可能性があることは否定できないが、当局によるウォンテコ入れの動きは継続する可能性が高いとみられる。
北 朝 鮮
☆スマートフォンから垣間見る市民生活
北朝鮮の人々はインターネットにアクセスできない。しかし、それにもかかわらず、かなりの割合の人々がスマートフォン(以下、スマホ)を購入していると7月26日付ワシントン・ポストが報じる。記事は、北朝鮮のテクノロジー専門家であるマーティン・ウィリアムズ氏の協力を得て、同国で最新型のスマホ2台を入手、これらは、世界で最も閉鎖的な国の一つにおける日常生活を垣間見せる貴重な窓となっていると報じる。北朝鮮の一般市民の生活ぶりの一端を示して興味深い。以下はその概略である。
スマホは、首都平壌のエリート層に集中している贅沢品だ。最高級機種の小売価格は約750ドルだが、これは多くの人々が正規の給与としてごくわずかな額しか得られず、さらに副業で何とか稼いだ分しか収入がない国では法外な金額であり、大多数の人々にとっては手の届かない貴重品だ。しかし、平壌ではスマホが十分に普及しているようで、国営メディアは、スマホを長時間使用して目の疲れを感じている人々に向けたアドバイスを放送するほどだ。ここでは、北朝鮮政府が許可し、奨励しているように見えるデジタルライフのめったに見られない実態を伝える。
オンラインバンキング
北朝鮮は長らく現金に依存してきたが、スマホを持つ人々にとっては、電子財布アプリがその状況を変えつつある。電子財布アプリを使えば、支払いや受け取りが可能になる。北朝鮮のエリート層は、これを利用して交通機関の運賃を支払ったり、ATMで銀行口座に入金したりしている。ソウルに拠点を置く世宗(セジョン)研究所で北朝鮮経済を研究するピーター・ウォード研究員によると、オンラインバンキングにより、国家は通貨の流通、為替レート、物価、課税に対する統制力を強めている。これは1990年代から国家が目指してきたことだという。「すべての店舗に防犯カメラが設置され、帳簿がきちんとつけられていると仮定すれば、こうした統制は間接的には可能だが、一般の人々がオンラインバンキングを利用し始めない限り、現金取引を大規模に監視するのは非常に難しい」とウォード氏は語る。
北朝鮮の人々は、自国通貨(青色)に加え、北朝鮮ウォンよりも安定している米ドルや中国人民元などの外貨(赤色)も使用している。これらのアイコンは、電子財布へのチャージ、携帯電話料金、データ通信料、穀物購入券、寄付など、さまざまな機能を示している。またアプリ内には様々な広告が表示されている。広告主には、キャベツの健康飲料メーカーや建材会社などが含まれている。政府はかねてより穀物の供給に対する統制を強化し、流通経路における窃盗や汚職を取り締まろうとしてきたが、電子決済の普及によりこうした取り組みが可能になったとウォード氏は述べる。
近年、平壌を訪れた人々によると、スマホを用いたQRコード決済の利用が広がっており、露店商でさえも利用しているという。北朝鮮旅行を手配する「ヤング・パイオニア・ツアーズ」のスティーブン・チャン氏によると、人々は電子ウォレットを使って公共交通機関の運賃を支払ったり、タクシーを予約したり、出前を注文したり、映画のチケットを予約したりすることもできるという。
北朝鮮は米国を悪者扱いしている一方で、そのアプリでは英語学習を目的として、多くの米国製アニメ映画が提供されている。ディズニーの名作(『アラジン』、『ピノキオ』)、女性の自立を描いた作品(『モアナ』、『アナと雪の女王』)、その他の人気アニメ(『レミーのおいしいレストラン』、『ウォーリー』)などだ。各タイトルの右下には「ポイント」が表示されており、アプリ内でクレジット制の決済システムが採用されていることを示している。ワシントンに拠点を置くスティムソン・センターの韓国プログラムおよび「38 North」プロジェクトの上級研究員であるウィリアムズ氏は、こうした多様なコンテンツの提供は、国外製のテレビ番組や映画が違法に国内に流入することに対する取り締まりが強化される中、北朝鮮国民に国家が承認した選択肢を与えるための手段であるようだと述べる。政府は特に、密輸された韓国のドラマや映画に対して厳格であり、それを流通させると死刑に処されるとされる。
エリート層の特権
北朝鮮では、2008年に携帯電話が利用可能になって以来、ここ数年でユーザー数が急増している。研究者によると、人口約2,600万人の同国に635万件以上の携帯電話契約があるという。そのうちスマホがどれほどあるかは不明だが、通常は中国の端末に北朝鮮製のソフトウェアが搭載されたものである。国内の大部分で4Gネットワークが利用可能であり、国が承認した数百のアプリと、少なくとも24の国内携帯電話ブランドが存在する。北朝鮮製のアプリが広く利用されていることは、同国のソフトウェア工学の高度化を示唆していると同氏は語る。平壌での生活は世代的な特権であり、首都の外ではほとんど考えられないような快適さ、さらには過剰とも言えるほどの贅沢さえも享受できる。専門家によると、平壌におけるスマホの普及は、エリート層を満足させ、政権への忠誠心を維持しようとする金正恩指導者の都市開発への投資の一環である。また、ワシントンを拠点とするシンクタンク「スティムソン・センター」の北朝鮮研究プログラム「38 North」の分析によれば、これは金正恩氏がエリート層を新型コロナウイルスのパンデミックによる経済的打撃からいかに隔離してきたかを浮き彫りにしている。
医薬品の配送
北朝鮮では、医療インフラが崩壊に瀕し、科学的に実証されていない治療法がしばしば開発されているが、国産および輸入の医薬品は入手可能だ。現在、ユーザーが医薬品を購入し、配送を受けられるアプリが登場している。ウィリアムズ氏によると、これにより医薬品の購入履歴を電子的に追跡できるようになり、盗難が難しくなるだけでなく、政府が医薬品の供給状況を厳重に監視できるようになる可能性が高いという。このアプリは、咳止め薬から肝炎治療薬まで、3,000種類以上の医薬品を全国に配送すると謳っているが、そのサービス範囲は平壌に限定されている可能性が高い。
ナビゲーション
国営メディアの報道や、過去2年間に同市を訪れた人々によると、スマホを持つ平壌市民は、QRコードをスキャンして支払いを済ませたり、電子書籍リーダーで国営メディアの記事を閲覧したりできるようになった。また、世界の他の地域でUberやLyftを利用するのと同様にタクシーを呼ぶことも可能で、ラッシュアワーや深夜には料金が割増しになる。「ヤング・パイオニア・ツアーズ」の共同創業者、ローワン・ビアード氏によると、45分の乗車料金はピーク時の割増料金で約8ドル、それ以外の時間帯は5ドルだという。研究者らは、こうした技術的進歩は、新型コロナウイルスのパンデミック以前と比べて経済的に活気を取り戻しているように見える北朝鮮の首都に一部見られることであり、その背景には、政権による仮想通貨窃盗活動や、ウクライナ戦争におけるロシアへの支援から得た資金の流入がある可能性が高いと指摘している。昨年以来4回同国を訪問しているビアード氏によると、平壌のスカイラインには新しい高層マンションが立ち並び、道路にはかつてないほど多くの車が溢れ、交通渋滞を引き起こしているという。
北朝鮮の最新型スマホは、一見すると外部の世界と多少似たようなデジタル世界を垣間見せてくれる――それは、外国人なら必ずしも北朝鮮の閉鎖的な生活と結びつけないような世界だ。本紙がこれらのスマホへのアクセスを得るのを支援したウィリアムズ氏は、少なくとも一部の人々にとっては北朝鮮の生活を「正常化」させることを目的とした新たな贅沢品を導入しつつ、統制力を発揮できるという金正恩氏の自信が高まっているからこそ、このような状況が可能になったと述べる。同氏は、金正恩政権は「人々がテクノロジーをどのように利用するかについて、統制できると確信している」と指摘した。「もし政府がこれを容認していなければ、これほどの活動は起こり得ないだろう」。北朝鮮におけるスマホの普及は、その制限を考慮すれば、国境を越えた情報へのアクセス拡大にはつながっていない。外部のインターネットにアクセスしようとする人々は、命を危険にさらしている。彼らは闇市場でSIMカードを購入し、国境近くの中国の携帯電話基地局からの電波をキャッチしなければならない。たとえそうしても、彼らは中国のデジタル監視やファイアウォールの対象となる。
以上のように、記事は北朝鮮におけるスマホの普及程度について驚異的ともいうべき情報を伝えている。人口約2,600万人の同国に既に635万件以上の携帯電話契約があり、これはエリート層を満足させ、政権への忠誠心を維持しようとする金正恩指導者の都市開発への投資の一環だと報じる。スマホにはオンラインバンキングから医薬品の配送、ナビゲーションなどに至る豊富なアプリが搭載されている。こうしたスマホの普及は、急速にデジタル化が進む北朝鮮社会の現状を物語っていると報じる。しかし、得られる情報は国内イントラネットに限定されており、政府による新たな統制手段となっていて、国境を越えた外部情報へのアクセス拡大にはつながっていない。外部のインターネットにアクセスしようとする人々は、命を危険にさらしているという。とはいえ、たとえ限定的なデジタル生活であっても、一部の内容は日本を含む西側諸国と肩を並べる程の水準にあるのが注目される。
東南アジアほか
インドネシア
☆ 中央銀行総裁にデストリー・ダマヤンティ氏を指名
7月27日付ロイター通信は、インドネシア中央銀行(バンク・インドネシア)のペリー・ワルジヨ総裁が突然辞任し、東南アジア最大の経済大国が通貨安圧力に直面するなか、中央銀行の独立性に対する投資家の懸念が高まっていると報じる。報道によれば、プラボウォ・スビアント大統領はワルジヨ総裁の辞任を受理した。ベテランの中央銀行家であるワルジヨ氏は、辞任の理由を個人的な事情によるものと説明した。後任が正式に任命されるまでの間、デストリー・ダマヤンティ上級副総裁が暫定総裁を務める。辞任発表を受けてインドネシア・ルピアとインドネシアの主要株価指数は小幅下落した。
2018年からバンク・インドネシアを率いてきたワルジヨ氏は、積極的な市場介入や利上げを通じてルピアの安定化に取り組んできた中心人物であった。先週には、中央銀行が政策金利を5.75%に据え置くという予想外の決定を下す一方、海外からの資本流入を促進するための措置を導入したばかりであった。今回の辞任は、プラボウォ政権下でバンク・インドネシアの独立性に対する監視が強まる中で起きた。同政権は経済成長目標を支援するため、より強力な政策協調を求めてきた。ルピアが今年アジアで最も弱いパフォーマンスの通貨の一つであり続けるなか、格付け機関は以前から中央銀行の自律性に対する懸念を示していた。
こうした状況のなか、インドネシアのプラボウォ大統領は、インドネシア銀行(中央銀行)のデストリー・ダマヤンティ総裁代行を唯一の次期中銀総裁候補として指名したと8月10日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルが伝える。プラスティヨ国家官房長官が10日、国会に提出した人事案を発表した。7月下旬にペリー・ワルジヨ氏が予想外に総裁を辞任して以降、世界の投資家から注目を集めてきた後任選びが前進したと記事は報じ、デストリー氏は市場からの信頼が厚く。大統領とも建設的な関係を構築していると補足、さらに次のように伝える。
デストリー氏は、7月下旬に個人的な理由を挙げてインドネシア中央銀行総裁を辞任したペリー・ワルジヨ氏の後任となる。同氏はワルジヨ氏の辞任以来、暫定総裁を務めてきた。インドネシアの法律に基づき、大統領は指名候補者を議会に提出し、適格性審査を受けさせなければならない。この立法手続きには通常、数週間を要する。市場は中央銀行の指導部交代を注視しており、アナリストらは今回の任命を政府にとっての重要な試金石だと評している。CreditSightsのアナリストらは、独立した政策立案者と見なされる後任者が投資家の信頼回復に寄与する可能性がある一方、政治的影響力への懸念が市場心理を圧迫する恐れがあると指摘した。1963年にジャカルタで生まれたデストリー氏は、インドネシア大学で経済学の学士号、コーネル大学で地域科学の修士号を取得している。彼女は、英国駐インドネシア大使の上級経済顧問としてキャリアをスタートさせ、その後、インドネシア大学で研究員および講師を務めた。その後、マンディリ・セクリタスおよびバンク・マンディリのチーフエコノミストを歴任し、2015年に預金保険公社の理事に就任した。デストリー氏は2019年にバンク・インドネシアの上級副総裁に任命された。
以上、先月、突然辞任した中央銀行のペリー・ワルジヨ総裁の後任に暫定総裁を務めていたデストリー・ダマヤンティ上級副総裁が指名された。順当な人事と言えるが、あまりに順当すぎるようにも思える。そもそも前任総裁の辞任理由が個人的事情によるとされ、報道によれば、辞任はプラボウォ政権下でバンク・インドネシアの独立性に対する監視が強まる中で起き、格付け機関は以前から中央銀行の自律性に対する懸念を示していたという。市場は中銀指導部交代を注視し、アナリストらは今回の任命を政府にとっての重要な試金石だと評しているとも報じられている。ただし、新総裁は民間エコノミストとしての経験もあり、市場からも独立した政策立案者と見なされているようである。報道されているように、投資家の信頼回復に寄与する可能性に期待したい。
インド
☆ 噴出する教育制度への怒り
インドでは7月の数週間、Z世代の若者たちの抗議活動が主要都市の街頭を揺るがした。7月28日付ニューヨーク・タイムズは、学校で何も学べていないと抗議するZ世代の怒りはモディ首相への試金石だと、以下のように警鐘を鳴らす。
ここ数週間の騒動は、学校の教室で打ち砕かれた夢から始まった。これこそが、インドの人口構造が秘める可能性の「アキレス腱」である。インドは世界最大の若年人口を抱えており、これは原則として経済成長を後押しし得る要素だ。インドの子供たちのほとんどは学校に通っている。しかし、家族がこれまで以上に教育費を負担し、子供たちの将来に大きな期待を寄せているにもかかわらず、そのうちの何百万人もの生徒が大学進学はおろか、就職に必要な準備も十分に整わないまま卒業している。これが重要なのは、インドの若年層――15歳から29歳までの3億6,700万人――が、世界最大のZ世代の集団だからだ。しかも、研究者によると、インドの増加し続ける若年人口の伸びは2030年までに鈍化すると予測されており、これは同国が人口ボーナス(人口ボーナスの恩恵)を享受できる時間が限られていることを意味する。今週末、街頭デモはインド教育大臣の辞任をもって終結したものの、同国の教育制度に対する怒りは、ナレンドラ・モディ首相の12年にわたる政権にとって、これまでで最も深刻な課題の一つとなっている。
「ここでは何も学べていない。まったく何も」と、19歳の大学生アビール・アガルワル氏は、先週インドの首都で数千人のデモ参加者に加わりながら、学校で過ごした年月についてこう語った。「私たちの学校は基準に達していない」。学校は、子供たちが学ぶべきことを教えていない。アガルワル氏が自身の教育の質について抱く不満は、データによっても裏付けられている。政府による最新の言語能力評価によると、インドの9年生のほぼ半数が、ニュース記事のような基本的な文章の要点を要約することができない。数学、理科、社会科の評価における彼らの成績は、さらに低い。特に農村部の学校の状況は深刻だ。独立系団体が実施した「2024年教育状況年次報告書」によると、農村部の学校に通う中学2年生の約30%が、小学2年生レベルの文章の読解に苦労している。約半数が基本的な算数に苦戦している。「先生たちは、私たちが勉強しているか、理解できているか、あるいは学校に来ているかどうかなんて、まったく気にしていない」と、ウッタル・プラデーシュ州の農村地区出身で、農家の息子であり高校を卒業したばかりのアンシュル・ヤダヴさん(20)は語った。大学進学は論外だと彼は言う。大学入試を突破するための補習授業の費用を払う余裕が、彼の家族にはないからだ。その代わりにヤダフさんは陸軍入隊試験の準備を進めている。
多くの学校では、依然として基本的な設備が整っていない。政府の公共政策研究機関による最近の調査によると、10万校以上の学校で「正常に機能する電力」が不足しており、9万9,000校近くで女子用トイレがなく、公立中等学校のほぼ半数に理科実験室がないことが判明した。特に農村部では教員が不足しており、多くの教員は十分な準備ができておらず、「担当学年の教科試験で60~70%未満の得点」にとどまっていた。報告書は、「授業は主に教科書を終わらせなければならないというプレッシャーに支配されており、基礎的な学習が犠牲になることがよくある」と指摘している。インドのZ世代は、インド経済の開放後に生まれ、その多くは、初等教育の無償化と義務化を約束した2009年の画期的な法律によって学校へ送り出された。彼ら自身の野心は高く、親の野心も同様に高い。その結果、2017年と2025年の両年の政府調査によると、家庭教師への支出は2倍以上に増加した。
この野心を示すもう一つの指標として、公立学校からの継続的な流出が挙げられる。中等教育を受ける生徒のうち、公立校に通うのはかろうじて半数に過ぎず、わずか20年前には70%以上だった。私立校の方が優れていると見なされているが、必ずしもそうとは限らない。21歳の医学生ハビバ・ジネラ・ムジュードさんの家族は、2025年の医学部入試対策として、1年間の予備校に約2,000ドルを費やした。これはインドの1人当たり年間所得にほぼ匹敵する金額だ。彼女によると、この出費は家族にとって容易なものではなかったが、その願いは叶った。彼女は試験に合格したのだ。幸いなことに、彼女は今年220万人の受験生が直面した事態に遭遇しなくて済んだと語った。試験問題の一部が事前に漏洩していたことが発覚したため、その入試は取り消され、受験生は後日再試験を受けるよう命じられた。「昨年、試験問題の漏洩が起きなかったことを心から感謝している」とムジュードさんは述べた。この漏洩事件は、インドのZ世代の怒りのダムを决壊させた。政権が直面している圧力の大きさを示すように、モディ首相は日曜日、大学入試制度の改革策を検討するため、独立したタスクフォースを設置すると発表した。インドの教育制度に関するより広範な懸念に対処するための計画については、政府は現時点で何も発表していない。
過去40年間で特に女性の大学進学率が急増し、現在ではインドの若者の4分の1以上が大学に進学している。大学の数は大幅に増加したが、特に専門職学位の取得にかかる費用ははるかに高騰している。「State of Working India」の調査によると、現在、医学や工学の学位を取得するための費用は、貧困世帯の一人当たり支出を上回っている。「貧困世帯には専門職学位の取得費用を賄う余裕がない」と、同報告書は率直に指摘している。大学進学には法外な費用がかかる一方で、その見返りは乏しいことが多い。大学卒業資格があっても、何百万人もの若い卒業生にとって、就職が保証されるわけではない。マドラス大学の大学院生、シェーン・M.氏にとって、その確実性を与えてくれるのは富だけのように思えた。「お金さえあれば、より良い学校に通えて、英語も上手に話せるようになる」と彼は言う。名門大学に入学するための私立の予備校に通う余裕もできるし、家族に適切な人脈があれば、最終的に就職につながるインターンシップも見つかる。彼の父親はバスの車掌として働いている。彼は、予備校の授業料が払えなかったため、工科大学に進学するという夢を諦めた。「どんなに一生懸命勉強しても、この制度はあなたを打ちのめす方法を見つけてしまう」と彼は語った。「就職できるかどうかは、常に大きな疑問符がついている。勉強するくらいなら、牛の放牧をしたほうがましだ」
以上のように、インドの教育制度は大きな問題に直面している。すなわち、子供たちが学ぶべきことを教えていない学校、教員不足、電力不足に悩む設備が整っていない学校、法外な費用がかかる大学進学、専門職学位の取得費用を賄う余裕がない貧困世帯、しかも、何百万人もの若い卒業生にとって、就職が保証されていないことなど、モディ政権に難しい課題を突き付けている。しかもこの課題解決は、Z世代の若者たちが先月引き起こした全国規模の抗議運動、あるいは、人口ボーナスの恩恵を享受できる時間が限られていること、などに示されているように喫緊の急務となっている。モディ政権の対応に注目したい。
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主要紙社説・論説欄から
高市政権の経済財政政策―タカノミクスと「骨太ショック」と「リズ・トラス・モーメント」
今回は、タカノミクスと略称されている高市政権の経済財政政策についての主要英文メデイアの論調を観察した。筆者論評は末尾の「結び」を参照。
7月23日付けエコノミスト誌は、「Japan’s popular prime minister is burning political capital fast (日本の人気首相、政治的資本を急速に消耗)」と題する記事で、高市政権に対して市場と国会からの抵抗が高まり、高市首相の支持率も急速に低下し、同首相は政治的資本を急速に失っていると伝える。記事によれば、高市氏の横暴な姿が、イデオロギーが多様で意見が分かれている野党勢力を結束させ、高市政権に対抗する原動力となり、その結果、高市首相の法案成立ペースは、直近の3人の首相の誰よりも遅くなっていという。さらに記事は、高市首相の経済財政政策についても市場を含む各筋からの反発が高まっていると概略以下のように伝える。
首相は経済政策においても、反対派を圧倒している。彼女の最初の「骨太」とそれに伴う成長戦略は、大規模な産業政策の推進を告げるものである。新たな成長戦略では、現在から2041年までに官民合計で370兆円(2.3兆ドル)の投資を目標としている。政府は、AIからアニメに至る17の分野、62の具体的な製品分野にわたって、景気刺激策に積極的に関与する予定だ。その実現に向け、高市首相は新たな複数年度の予算枠組を導入した。また、政府の財政目標を、長年掲げてきた「利払い前の予算黒字達成」から、「GDP対債務比率の低下軌道への移行」へと転換した。消費減税については引き続き公約しているが、その実施は先送りされている。こうした動きは、支出の財源確保に関する明確な計画がないまま、財政規律を緩めることに他ならない。
これに対し、首相への反発が各方面から高まっている。市場も彼女の大規模な支出計画に反発を示した。先月、政府が「骨太」草案を公表すると、10年物国債の利回りは30年ぶりの高水準まで急騰し、アナリストたちはこれを「骨太ショック」と呼んだ。(高市氏とその支持者らは、国債相場の動きは彼らの浪費的な計画とは無関係だと主張している)。7月21日に「骨太」の最終案が承認された際、日本銀行(日銀)の独立性を強調する文言が追加されたが、それにもかかわらず、翌日には円相場が40年ぶりの安値まで下落した。その一因として、政府からの圧力に直面した日銀が利上げに消極的であるとの見方があったことが挙げられる。投資銀行のモルガン・スタンレーMUFG証券は、最近の調査レポートで、日本の経済政策に対する投資家の懸念は「将来の政府支出拡大の潜在的な規模をめぐる、より一般的な不確実感に起因していると指摘している。
上述のような情勢のなか、6月21日付けフィナンシャル・タイムズは「Japan is flirting with its own Liz Truss moment (自国版「リズ・トラス・モーメント」の瀬戸際に立っている日本)」と題する記事で、高市政権が進めるエネルギー補助金や財政刺激策、それに進行する通貨安と中央銀行の独立性への脅威などを挙げ、高市首相がかつて英国の女性宰相、リズ・トラス氏が体験したような悲惨な状況に追い込まれているのではないか、との疑問と警告を発する。
ちなみに、リズ・トラス・モーメントとは、2022年9月、英国第78代の首相に就任したメアリー・エリザベス・トラス(Mary Elizabeth Truss)氏が引き起こした市場の大混乱を指す。トラス首相は選挙公約に従って就任早々、大規模な減税政策とエネルギー費抑制のための巨額財政支出策を発表した。これが財源の裏付けのない唐突な政策変更として、急激な通貨安、株安、国債価格の下落(長期金利の急騰)を引き起こし、市場は大混乱に陥った。このためトラス首相は就任後49日で辞任に追い込まれ、英国史上最短の首相在任期間という記録を残した事件である
以下は、6月21日付けフィナンシャル・タイムズ記事「Japan is flirting with its own Liz Truss moment (自国版「リズ・トラス・モーメント」の瀬戸際に立っている日本)」のほぼ全文である。記事は冒頭で、次のような命題、すなわち、エネルギー補助金、財政刺激策、通貨安、そして中央銀行の独立性への脅威を挙げて、どこか聞き覚えがあるのではないかと問いかけ、高市早苗首相率いる政府は、緩和的な金融・財政政策を好むようだが、構造改革にはあまり重点を置いていないようだと次のように警告を発する。
巨額のエネルギー補助金によって日本のインフレ率は抑制されており、大規模な財政拡大が間近に迫っているとの見方も出ている。円安は続き、日本政府の借入コストは急速に上昇しており、日本銀行の独立性が脅かされているという議論が国内で盛んに行われている。先週、実情調査のために東京を訪れた際、2022年にリズ・トラス氏が英国首相を務めた短期間かつ悲惨な在任期間との類似点を無視できなかった。もちろん、日本には英国を参考にすることなどないという自尊心がある。日本のメディアは、英語圏の人々がスキャンダルに「-gate」を付けるのと同様に、危険を意味する言葉に「-ショック」という接尾辞を付けることを好む。現在、毎年夏に発表される政府の経済財政政策基本方針は「ホネブト」と呼ばれており、公表された原案だけで既に借入コストを押し上げ、円安を招いている。
したがって、誰もが口にする疑問はこうだ。日本は差し迫った「ホネブトショック」に見舞われるのだろうか。その疑問に答えるための出発点は、地域の景況感に関する実態報告を含め、最新の経済指標であるべきだ。これらの指標は堅調である。日本はエネルギーや工業用原料において輸入石油への依存度が極めて高いにもかかわらず、世界経済の回復力により、米国によるイランへの攻撃に伴うエネルギーショックによる抑制効果を上回るほど、日本の経済活動は押し上げられている。AIブームは、日経225で最も比重が大きい2社、東京エレクトロンとアドバンテストに直接的な恩恵をもたらしている。報告によると、AIデータセンターのブームは、国内の至る所に富を広めているようだ。小さな光ファイバーコネクタメーカーや銅鉱山向けの重機メーカーから、韓国や台湾からの観光客が急増している沖縄の観光業界に至るまで、その恩恵は多岐にわたっている。
日本がデフレや名目賃金・物価の停滞を過去のものとし、所得・支出・物価の好循環を確固たるものにしたことは、もはや疑いの余地がない。根強いデフレ圧力の打破は、日銀にとって30年にわたる戦いであったが、その戦いに勝利したよう。過去5年間、賃金と物価は着実に上昇している。もちろん、名目賃金や物価の上昇は先進国にとっては当然のことである。この現象が今や日本でも生じていることで、日銀は金利を他国並みに引き上げる点で進展できた。日銀は1カ月前、政策金利を1%に引き上げ、1990年代半ば以来の最高水準とした。湾岸戦争の激化による下振れリスクは明らかであり、今年後半にはより深刻なスタグフレーションのショックを引き起こす可能性がある。しかし、家計がそれを信じていなくとも、経済の回復力に対する楽観的なムードが漂っていた。日銀の家計調査によると、消費者の大多数は経済状況が悪化しており、今後も悪化し続けると考えている。
しかし、一つ明らかなことがある。日本経済の正常化には、政府の借入コスト上昇という大きな問題が伴う。10年物日本国債の利回りは3%に近づいており、これは30年ぶりの水準である一方、日本の政府債務総額は国民所得の200%を超えている。単に利回りの上昇や債務返済コストの増加を見て、これを問題だと考えるだけではいけない。日銀がイールドカーブ(利回り曲線)コントロール政策を正式に終了したのは、つい2024年3月のことである。この政策は利回りを人為的に抑制していた。現在、ブレークイーブン・インフレ率は2%前後で推移しており、市場のインフレ期待が日銀の目標通りである状況下で利回り曲線が右上がりになっていることは、日本の金融政策にとって理想的な「スイートスポット」にあると言えるだろう。
しかし、日本がすべて順調だと考えるのは短絡的だろう。政府は止まらない円安を食い止めるために繰り返し介入してきたが、円はさらに下落している。ここで大きな疑問が浮かび上がる。高市早苗首相率いる新政権は、金融・財政の信頼性を損ない、市場を動揺させるような「本物ショック」を引き起こそうとしているのだろうか。高市首相率いる新政権を、緩やかな財政政策、緩和的な金融政策、そしてコーポレート・ガバナンスの改善を重視した構造改革という「3本の矢」からなる、故・安倍晋三元首相の「アベノミクス」の復活と見なすのは誤りである。高市政権は、金融・財政の緩和を好むようだが、構造改革にはそれほど重点を置いていないようだ。
また、大々的な数字を掲げる政治も好んでいる。骨太草案における注目すべき数字の一つは、2040年までに370兆円の投資を喚起したいという意向であり、これはGDPの約4.6%に相当する官民投資の拡大を示唆している。これに加え、すでに実施されているGDPの約0.5%に相当するエネルギー補助金、食料品の消費税率を8%から1%へ引き下げる計画(GDPの0.8%に相当)、そして防衛費をGDPの約1%から3.5%へ引き上げるという目標がある。もしこれらが、日本がもはや経済刺激策を明らかに必要としていない時期に施行されれば、日本の基礎的財政赤字は、G7諸国の中では比較的健全に見えるものから、金融市場を戦慄させるようなものへと一変することになるだろう。しかし、私が出会った有識者たちは、政治的なインパクトを狙った発表と、実際に実施される政策との違いを考慮すべきだと指摘した。インフレが名目GDPの押し上げに寄与していることから、税収は堅調であり、公的資金の支出は発表内容に比べて大幅に遅れることがよくある、と彼らは付け加えた。
ロイター通信によると、政府は「骨太」における日銀に関する表現を和らげ、「経済のさらなる活性化を図るための金融政策の指針の重要性」への言及を削除し、代わりに「安定したインフレを達成するためには、適切な金融政策が必要である」という当たり障りのない文言に置き換える方針だという。では、こうした状況下で日銀はどのような対応をとるのだろうか。おそらく、典型的な「冷静さを保ち、通常通り業務を遂行する」という姿勢を取り、短期金利がもはや緩和的ではないと判断するまで、ゆっくりと金融政策を正常化していくものと思われる。6月に日銀が実施した意識調査で意見を述べた人の80%以上が日銀に信頼を寄せているため、高市政権から暗黙の不承認を受けていても、日銀はこうした対応をとることができる。高市政権が、比較的軽微な変更を加えつつ財政支出の拡大を打ち出す限り、日本経済は英国が2022年に経験したような悲惨な事態を回避し、急速に高齢化が進む先進国経済としてはあり得る範囲で、比較的健全な状態を維持できると見られる。
結び:以上のようなメディアの論調を次の3つの観点からまとめてみたい。第1は、日本の金融経済の現状に関する認識、第2に、高市政権の経済財政政策に関する見解、第3に、それに対する市場の反応と今後の経済情勢に与える影響に課する見方である。
第1の日本の金融経済の現状に関する認識では、いくつかの問題点を指摘するが、結論としては、長年のデフレ圧力を克服し、金融正常化を達成したようだと次のように論じる。インフレ率は巨額のエネルギー補助金によって抑制されているが、円安が続き、日本政府の借入コストも急速に上昇するなか、日本銀行の独立性が脅かされていると指摘、政府の経済財政政策である「骨太」の基本方針原案が公表されただけで借入コストが押し上げられており、2022年にリズ・トラス氏が英国首相を務めた短期間かつ悲惨な在任期間との類似点を無視できないと述べる。
そして、日本は差し迫った「骨太ショック」に見舞われるのだろうかとの疑問を提起し、答えの出発点は、地域の景況感に関する実態報告を含め、最新の経済指標であるとし、これらの指標は堅調だと述べる。その原因として米イラン戦争によるエネルギーショックの抑制効果を上回る世界経済の回復力、AIデータセンターのブームを挙げる。特に、AIブームは大手半導体製造装置メーカーだけでなく、光ファイバーコネクタメーカーや銅鉱山向けの重機メーカーから、韓台の観光客が急増している沖縄の観光業界に至るまで国内に富を広めていると指摘する。
そのうえで、日本がデフレや名目賃金・物価の停滞を過去のものとし、所得・支出・物価の好循環を確立したことは疑いの余地がなく、日銀は根強いデフレ圧力打の戦いに勝利したようだと述べる。日銀は1カ月前、政策金利を1%に引き上げ、1990年代半ば以来の最高水準とした。現在、ブレークイーブン・インフレ率は2%前後で推移しており、市場のインフレ期待が目標通りである状況下で利回り曲線が右上がりになっていることは、日本の金融政策にとって理想的な状況にあると指摘する。
以上のような金融経済情勢にあるだけに、高市政権の経済財政政策が正常化した金融経済状況に大きな波乱を引き起こさないかが問題となる。これにつき次の項で観察する。
第2の観点として、高市政権の経済財政政策に関する見解をみていく。記事はまず、高市政権は緩和的な金融財政政策を好むようだが、構造改革にはあまり重点を置いていないようだと述べ、3本の矢の一本として構造改革を重視した故・安倍晋三元首相の「アベノミクス」の復活と見なすのは誤りであると主張する。また、大々的な数字を掲げる政治も好んでいるとして、骨太草案で示唆している2040年までにGDPの約4.6%に相当する370兆円の官民投資の拡大や、すでに実施されているGDPの約0.5%に相当するエネルギー補助金、食料品の消費税率を8%から1%へ引き下げる計画(GDPの0.8%に相当)、そして防衛費をGDPの約1%から3.5%へ引き上げるという目標などを挙げ、これらがもはや経済刺激策を明らかに必要としていない時期に施行されれば、日本の基礎的財政赤字は金融市場を戦慄させるようなものへと一変するだろうと警告を発する。そのうえで、高市政権は、金融・財政の信頼性を損ない、市場を動揺させるような「骨太ショック」を引き起こそうとしているのだろうか、と問題提起する。ただし、インフレによる名目GDPの押し上げのために堅調な税収、政治的な計画と実際の政策との違いなどを挙げて、この懸念を払拭するとの見方を伝える。しかし、こうした懸念は本当に杞憂に終わるのだろうか、という疑問は根強く残る。この疑問について次の項で観察する。
第3は、高市経済財政政策に対する市場の反応と今後の経済情勢に与える影響に関する見方についてである。記事は結論として、財政支出拡大の若干の手直しによりリズ・トラス・モーメントの回避は可能となろうと述べる。記事はまた、湾岸戦争の激化による景気下振れリスク、政府の借入コスト上昇、止まらない円安などの懸念材料を挙げ、日本がすべて順調だと考えるのは短絡的だと指摘する。その一方で、政府が「骨太」における日銀に関する表現を和らげ、当たり障りのない文言に置き換える方針であることに触れ、そうした状況下で日銀が「冷静さを保ち、通常通り業務を遂行する」という姿勢を維持し、短期金利がもはや緩和的ではないと判断するまで、ゆっくりと金融政策を正常化していくと思われ、高市政権から暗黙の不承認を受けていても、日銀はこうした対応をとることができるだろうと述べる。そのうえで、高市政権が、比較的軽微な変更を加えつつ財政支出の拡大を打ち出す限り、日本経済は英国が2022年に経験したような悲惨な事態を回避し、急速に高齢化が進む先進国経済としてはあり得る範囲で、比較的健全な状態を維持できると見られると結論する。
以上を要するに日銀の独立性の確保に加え、責任ある財政政策が順守され、特に財政赤字への懸念に慎重に対処する限り、骨太方針が市場に過激なショックを与えることは回避できそうだと言えよう。ただし、そうだとしても、消費減税や成長戦略の帰趨と経済や市場に耐える影響については目が離せない。特に成長戦略はアベノミクスの3本の矢のうち最も成果が上がらなかった分野とされ、高市政権としても力点を置いていくと考えられる。しかし、その計画は広範にわたりかつ大規模であり、的を絞った推進が必要と思われ、今後、注視していく必要がある。
主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。韓国聯合ニュース、中国人民日報(日本語版)も参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。
前田高昭
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