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第51回 アメリカ書籍レポート

第 51回 アメリカ書籍レポート-柴田きえ美

世界の出版事情― 各国のバベル出版リサーチャーより 第 51 回
アメリカ書籍レポート
歴史小説の人気、じわりと広がる 柴田きえ美(バベル翻訳専門職大学院生)

今、小学生たちの間で実話を元にした創作物語「I Survived」シリーズが人気沸騰中です。物語に登場するキャラクターは想像上の人物ですが、実際に起きた事件・事故をもとに創作された「歴史小説」です。読者と同年代の少年少女が物語の語り手となって体験談を語る形式をとっています。著者は、各出来事について入念なリサーチをしており、本の後半には関連する歴史的事実や、同時期に起きたその他の出来事などが書かれています。また、参考になる書籍や関連する料理のレシピなども記載し、子供たちの知的好奇心を刺激する工夫がされています。

学区域の枠を超えて流行っているらしく、子供たちがこぞって読んでいます。特に、ファンシーな物語を卒業し、よりリアリスティックな書籍に興味が出始める高学年の子たちに大ヒットしています。ちょうど読みやすいスタイルかつ分量なのも人気の秘密でしょう。漫画化もされており、小学一年生の子までも読んでいました。学校の読書課題でこのシリーズの本を選ぶ子も多いようです。しかしながら、Amazon や Barnes & Noble 等のオンライン上では目立っていないところをみると、あるいは局所的なブームなのかもしれません。

本シリーズが気になったので調べてみると、原著は、現在までに 22 巻出版されています。和訳版は 8 巻出版されており、他にもフランス語やベトナム語、韓国語など世界中で翻訳出版されていました。日本語版はイラストも柔らかい印象の日本の漫画的な絵柄に差し替えられているようです

 


I Survived シリーズ(2010~)

著:ローレン・ターシス
絵:スコット・ドーソン
邦訳:「ぼくはこうして生き残った! シリーズ」
訳:林 純子、河井 直子、他
出版社:KADOKAWA/メディアファクトリー
対象年齢:小学 2 年~中学 1 年

作品について:
シリーズの中でも、個人的に気になったタイトルは、シリーズ 19 巻、『I Survived: The Great Molasses Flood, 1919』(2019)「日本語仮題:モラセス洪水からの生き残り」です。著者がこの事故について知ったのは、ファンからの手紙がきっかけでした。Molasses とは、糖蜜のことです。砂糖に代わる甘味料として重宝されています。1919 年、ボストンの北部、移民が多く住む、とある町に設置された Molasses の製造会社のタンクから糖蜜があふれ出し、町中がドロドロ・ベタベタした黒い液体に浸食されました。まるで映画か漫画のような突拍子もない話ですが、現実に起きた事故でした。実は、事故が起きる以前からタンクの劣化・整備不良は指摘されていました。そ
れにもかかわらず、製造会社が管理義務を放棄した結果、子供を含む 21 人が命を落とし、150 人近くの被害者たちが生涯治癒することのない大怪我をしました。この事故は津波や地震、ハリケーンといった自然災害とは異なる、人災でした。

著者:
コネチカット州在住の児童書作家・編集者。新しいことを学ぶことに貪欲で、様々なことに興味を持って調べていった結果、この『I Survived』シリーズが誕生。New York Times のベストセラーに選ばれ、小学校高学年の子供を中心に大ヒットした。
2022 年も年末が近づき、今年一年を振り返ってどのような本が人気だったのか、ざっと眺めてみたところ、Amazon でも Barnes & Noble でも「歴史小説」が高ランクにいくつもランクインしていました。そのうちの一つがこちらです。

 


Lessons in Chemistry (2022)

著:ボニー・ガーマス
邦題::なし

作品について:
今年発売された小説の中で、注目を集めている「歴史小説」です。今年の Amazon ベストブックにも選ばれています。1960 年代のアメリカに生きる、個性の強い女性が主人公の物語。人生とは「計算外」ばかり起こるもの。当時では珍しい、女性化学者のエリザベスは、ひょんなことからアメリカで最も人気のある料理番組「Supper at Six」にキャスティングされることとなります。化学的なアプローチで、まるで理科の実験のように淡々と料理をするエリザベスの料理番組は、たちまち人気を集めます。また、シングルマザーのエリザベスには、彼女の才能を受け継いだ幼い娘がいます。周りの子供たちよりずっと難しい言葉を読めるのに、学校ではみんなと「違う」ことに気づかれないよう、読めないふりをして過ごす。友達に嫌われないよう、自分のお弁当を貢いでしまう。そんな娘の目には、母の姿はどのように映るのでしょうか。60 年代といえば、女性には選択肢が少なかった時代です。それでもエリザベスは強く、自分らしく生き、時には男たちをやり込めてしまうこともあるほどです。彼女の料理番組を見るファンたちにとっても、ただ料理学ぶだけでなく、現状を変える勇気を与えてくれるスターなのです災でした。

著者:
薬学、テクノロジー、教育を得意とするコピーライター兼クリエイティブディレクター。カリフォルニ
ア在住。本書が小説家としてのデビュー作。

 


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