2026年4月22日 第386号 World News Insight (Alumni編集室改め)                                                    変容するグローバル言語の地平―Plain Englishとの相関性
バベル翻訳専門職大学院 元副学長 堀田都茂樹

変容するグローバル言語の地平
寺澤盾氏の著作『世界の英語』2026年3月25日発行(中公新書)は、現代における英語の多様性と変容を「言語学的・歴史的・社会学的」な視点から鋭く分析した名著です。同著の趣旨を論考形式でまとめ、バベル(BABEL)が提唱する「Plain English(プレイン・イングリッシュ)」との相関性について今回は考えます。

序論:「English」から「Englishes」へ
 本書の核心は、単一の規範(Standard English)としての英語観を解体し、世界各地で独自に進化を遂げる「複数の英語(Englishes)」の実態を提示することにある。かつて英語は、イギリスやアメリカといった「内圏(Inner Circle)」の所有物であったが、現在は非母語話者が母語話者を圧倒的に上回る「ポスト・コロニアル」な局面にある。寺澤氏は、この言語的パラダイムシフトを、歴史的背景と最新のデータを用いて詳述している。

英語拡散の歴史的重層性
 寺澤氏は、英語の世界的普及を二つの波で説明する。第一の波は17世紀から19世紀にかけての植民地定住(北米、豪州など)であり、第二の波は19世紀後半以降の植民地支配(インド、アフリカ、東南アジアなど)である。
特に重要なのは、第二の波によって誕生した「制度化された非母語英語(New Englishes)」の存在である。これらは単なる「誤った英語」ではなく、現地の文化や言語体系と融合し、独自の語彙、文法、発音を確立した「変種」として機能している。本書は、英語がもはや特定の民族の文化を運ぶ器ではなく、グローバルなインフラへと変質したことを示唆している。

三つの同心円モデルと権威の崩壊
 ブラジュ・カチュルーが提唱した「三つの同心円」モデルを引き合いに出しつつ、寺澤氏はその境界が揺らぎ始めていることを指摘する。
 • 内圏(Inner Circle): 英米など、英語を母語とする国。
 • 外圏(Outer Circle): インド、フィリピンなど、公用語や第二言語として使用する国。
 • 拡充圏(Expanding Circle): 日本、中国など、外国語として学習する国。
これまでの言語教育では「内圏」の規範が絶対視されてきた。しかし、本書が強調するのは、拡充圏同士のコミュニケーション(例:日本人とタイ人が英語で交渉する)が主流となる中で、母語話者の慣用句や文化的文脈を重視する「ネイティブ信仰」が、実利的なコミュニケーションの妨げになり得るというパラドックスである。

共通語としての英語(ELF)の台頭
 本書のハイライトの一つは、「English as a Lingua Franca (ELF)」という概念の提示である。ELFにおいては、相互理解(Intelligibility)が最優先され、ネイティブ特有の微細な文法規則(三人称単数のsの欠落など)は、意思疎通を阻害しない限り許容される傾向にある。
しかし、寺澤氏は単なる「簡略化」を推奨しているわけではない。多様な英語を認めつつも、国際的な公用語としての「緩やかな標準」をどこに設定すべきかという、現代英語が抱えるジレンマを浮き彫りにしている。

日本人の英語観への提言
 最終的に本書は、日本人が抱きがちな「完璧なネイティブ英語」へのコンプレックスを相対化することを促す。英語はもはや「借り物」ではなく、自らの意見を世界に届けるための「道具」である。寺澤氏の論考は、英語の多様性を肯定的に受け入れることが、真の意味での国際化への第一歩であることを論理的に導き出している。

バベル(BABEL)の「Plain English」との関係性について
 寺澤氏が説く「世界の英語」の実態と、翻訳・教育機関であるバベルが推進する「Plain English」は、「コミュニケーションの民主化と効率化」という一点において深く共鳴しています。
1. 「理解されること」への重点(Intelligibility)
 • 『世界の英語』の視点: ネイティブの規範に固執せず、多様な背景を持つ人々が理解し合える「相互理解可能性」を重視する。
 • Plain Englishの視点: 「伝えるべき相手に、一度で、正確に理解させる」ことを目的とする。難解な語彙や複雑な構文を排除する姿勢は、ELF(共通語としての英語)が求める「実用的な明快さ」と合致する。
2. 権威主義からの脱却
 • 『世界の英語』の視点: イギリス英語・アメリカ英語という「特定の権威」からの解放。
 • Plain Englishの視点: 法律用語や官公庁の「お役所言葉(Legalese/Bureaucratese)」という、一部の特権階級にしか理解できない英語からの解放。情報を市民に開かれたものにするという民主的な精神において、両者は共通している。
3. グローバル・スタンダードとしての親和性
 バベルが提供するPlain Englishの指針(能動態の使用、短い一文、具体的な語彙)は、拡充圏(日本など)の英語話者が、外圏や内圏の人々と対等に渡り合うための強力な武器となります。
寺澤氏が指摘する「多様な英語が混在する世界」において、Plain Englishは「最小公倍数的な共通言語」として機能します。つまり、寺澤氏が描く「世界の英語」というカオスな状況を、実務的に整理・運用するための方法論がバベルの「Plain English」であると位置づけることができます。

4. まとめ…補完関係 

視点 寺澤盾『世界の英語』 バベル「Plain English」
役割 現状の分析・記述(記述的) 運用の指針・処方(規範的)
対象 言語の多様性と歴史的変遷 文書作成とコミュニケーションの技術
共通目標 「ネイティブ信仰」の打破 「伝わらない英語」の改善

 寺澤氏の著作を読み、英語の「多様性」という大局を理解した上で、バベルのPlain Englishという「具体的手法」を学ぶことは、現代のグローバル社会を生き抜く上で非常に整合性の高いアプローチと言えるでしょう。

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