世界の出版事情―各国のバベル出版リサーチャーより第76回

ドイツ語書籍レポート  

ドイツ語圏で日本の小説が好評


                    篠田珠(日本翻訳協会 ドイツ語翻訳能力検定2級)


ここ数年オーストリアの書店やネット上で、ドイツ語訳された日本の小説を見かけることが多くなりました。漠然と多いなと感じはするものの、具体的にどのくらいの数に上るのか知りたくなり、調べてみることにしました。便利なネット検索を駆使すれば、クリック一つですぐに一覧が出てくると思ったのですが、それは少々甘い考えでした。検索キーワードを変えて何度も試した結果、完全網羅とはいかないでしょうが、かなり情報が出てきました。これを元に、2000年から2026年現在までに新たに紹介された作家と、その数を見ていきたいと思います。

21世紀の状況を見る前に、少し90年代を振り返っておきましょう。ドイツ語圏の書店で見かける日本の現代作家といえば、村上春樹、吉本ばなな、そしてノーベル文学賞受賞者の大江健三郎が主でした。各作家の作品は、現在まで数多くドイツ語訳されています。しかし上記の作家以外は、日本での話題作や受賞作であっても英訳に比べると、ドイツ語に訳されるのはわずかな作家に限られていました。上記の作家以外には、90年代初めに津島裕子の作品、文学以外の分野では戸川昌子の推理小説「大いなる幻影」、98年には吉村昭の時代小説「破船」などがあります。

21世紀に入り、2015年頃までの翻訳作品を見ると、小川洋子、村上龍、川上弘美の作品が中心です。特に小川の作品は、現在までに10作以上紹介され、安定した人気があるのが分かります。村上龍は80年代末に最初の作品が紹介された後、90年代は新たな翻訳は無かったものの、2000年以降現在まで8作品のドイツ語訳があります。川上の作品も、現在まで新たな作品の翻訳が続いています。他には金原ひとみ、辻仁成などの作品が2006年から2010年にかけて翻訳されています。2015年から新しい作家の翻訳が相次ぎます。中村文則、青山七恵、村田沙耶香、20年以降は川上未映子、伊藤比呂美、宇佐見りん、そして小山田浩子となっています。上に挙げた以外にも、新しい作家と作品が続々とドイツ語圏に紹介されています。
ここで、ドイツ在住作家多和田葉子の名前を挙げておかねばいけません。80年代後半からドイツ語による創作を行い、1996年非ドイツ語圏出身の作家に授与されるシャミッソー賞受賞、2016年にはドイツの文学賞クライスト賞を受賞。なおかつ、日本語による創作でも芥川賞など数々の文学賞を受賞している、異才の作家です。両言語よる多数の作品があります。

大きな変化としては、2016年にドリアン助川の作品が翻訳された頃から、エンタメ系の小説が多くなってきたことです。そして2021年前後から、一気に新しく翻訳される作家の数がうなぎのぼりに増えました。太田紫織、夏川草介、柊サナカ、原田ひ香、望月麻衣、柚木麻子の他、日本で受賞作品や話題となった作品のドイツ語訳が相次いでいます。2000年~2026年の初めまでに新たに翻訳された日本の現代作家(文学、推理小説含む) は、確認出来た範囲で約80人に上ります。その半数以上が2021年以降、つまりこの5年間に紹介されたものです。エンタメ系では青山美智子、柏井壽、川口俊和、名取佐和子、八木沢里志などは、すでに3作品以上が続いて翻訳されるという人気ぶりです。

推理小説の分野も、2015年頃までは新しい作家はわずかしか紹介されておらず、残念な状況でした。桐野夏生の作品は、2003年の「OUT」があるのみ。東野圭吾の作品は「レイクサイド」が2003年に翻訳されたものの、その後はしばらく紹介されなかったのですが、2012年以降にようやく5作品が出版されています。宮部みゆきは「火車」が2011に翻訳されたのみです。他には、戸川昌子の新たな作品が翻訳されている程度です。2016年以降、高野和明、誉田哲也、湊かなえ、など少しずつではありますが、紹介される作家が増えました。横山秀夫は2019年に「64」でドイツ推理小説賞国際部門賞を受賞しており、3作品の翻訳があります。2022年以降は、綾辻行人、伊坂幸太郎、恩田陸、雨穴、嘉門七海、小西マサテル、貫井徳郎などの作品のドイツ語版出版が相次いでいます。イギリスのブッカー賞受賞した王谷晶の「ババヤガの夜」も、ようやく今年の夏にドイツ語版が発行予定となっています。

最新の作家だけでなく、一昔前の文学作品や推理小説にもその波が広がっています。太宰治の新訳や未訳作品の翻訳を見かけるようになりました。一昔前の推理小説といえば、「犬神家の一族」などで有名な横溝正史の金田一耕助シリーズが2年前から翻訳出版されており、現在6作品が書店に並んでいます。両足が池から出ている表紙絵はインパクトがありますね。また松本清張作品は、2024年の「点と線」に続いて今年後半には別の作品もドイツ語版が出版予定。江戸川乱歩作品では「陰獣」の翻訳が近日出版とのことで、興味深いです。

日本の作品が好まれる要因は様々あるでしょうが、インターネット、漫画、アニメ、旅行などで日本の文化に触れる機会が増え、日本文化への理解が進んだこと。日本独特の文化、社会の中で創作される小説は、欧米言語圏の作品とは異なり、ドイツ語圏の読者には新鮮であり、魅力的で読書意欲をそそるのだろうと考えます。

これからも次々新しい日本の作家、作品がドイツ語訳されるのを期待しています。特に推理小説好きとしては、さらに多くの日本の推理小説がドイツ語圏に紹介されるのを楽しみにしています。


筆者:しのだたま
ドイツ語翻訳能力検定2


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