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2022年7月22日 第320号 World News Insight (ALUMNI編集室改め) 

発行:バベル翻訳専門職大学院 ALUMNI Association

90年代前半の元気な日本、日本型資本主義を取り戻そう !   

バベル翻訳専門職大学院(USA) 副学長 堀田都茂樹
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九州大学大学院比較社会文化研究院教授の施光恒さんがその著書「本当に日本人は流されやすいのか―今こそ和魂洋才に立ち戻れ」としてやる気を失ったとされている日本、日本人の再生方法を説いています。

アメリカのギャラップ社という世論調査会社があります。 そのギャラップ社の2017年の調査によると、「熱意あふれる社員の度合い」というものの国際比較調査をしたらしいのです。 そうすると、何と「熱意あふれる社員の度合い」というのが、日本は世界最低クラスだったらしいのです。何と、熱意あふれる社員の割合というのが、日本は6%しかいなかったらしいのです。アメリカは32%で、こちらも少ないですけれども、日本では6%しかいなかったのです。この国際調査は139カ国を対象としたものですけれども、それが132位と最下位クラスだったということなのです。

振り返ってみますと、日本の社会は大体1990年代後半に急激に疲れてくる感じがあるのです。 これは自殺者数の推移と言いますか、自殺者の統計ですけれども、やはり急激に1997年ぐらいから増えていますよね。それからしばらくは高い水準でずっと推移していっています。日本の社会では1990年代後半、特に19971998年くらいから急激にみんな倦怠感を覚えるようになってきているのです。そんなふうに思うのです、と施さんは言います。

では、一体何が90年代後半から約25年くらいの間に変わったのでしょうか。 「何か が変わったから日本人のやる気が失われてしまったのだろうか?」ということなのですが、これは日本人の意識が変わった、つまり個人主義化したというとかそういう話ではなくて、それを取り巻く制度とか企業文化の方が変わってしまったのではないかと思います。ですので、日本人の心の形の方が変わったわけではなくて、それを取り巻く制度とか企業文化が変わったので、やる気を失ってしまった、悪い方に制度や企業文化が変わったのではないか、そんなふうに施さんは言います。

1990年代後半、大体 1997年~1998年くらいから2000年代にかけて、いわゆる構造改革というのが本格的に始まりました。 構造改革、これは新自由主義といいますか、小さな政府主義の考え方に基づいて、グローバル化を目指そうとしています。 グローバル化というのは、言ってみればアングロ・サクソン型といいますか、英米型の、特に アメリカ型ですけれども、グローバルなやり方、そういったグローバル・スタンダードに合わせていこうということです。 そういう動きが、日本では1996年に金融制度改革というのが始まりましたが、その辺りから さまざまなものをアメリカ型に変えていくことによって、「アメリカ型がグローバル・スタンダードだ」ということで、日本のローカルなやり方をグローバルなスタンダードに変えていきましょうというような動きです。 それを俗に構造改革と一般に言いますけれども、それが徐々に行われていったのです。

それまでは日本人のやる気を引き出して、日本人が働きやすい、そして国民を豊かにするよう な、いわゆる国民経済というものを重視した経済政策というものが行われていたと思うのですが、経済政策の目標がグローバル化対応みたいになってしまったと思うのです。 90年代半ばくらいまではよく「日本型資本主義」とか「日本型経営」ということが言われてきたのです。 資本主義も、また市場経済の進め方というのも各国それぞれである、日本は日本型の経済の進め方とか制度というのがしっかりあって、それが日本人が働きやすい環境というのを良くも悪くも作っています。 そういうふうに言われてきたわけなのですけれども、それが「日本型資本主義とか日本型経営 と言われたものを、どんどん変えてよりグローバルなものにしていきましょう」、そんなふうな形で過去25年間改革が行われてきたのです。 この改革が日本人のやる気をそいだのではないかと思うのです、と。

グローバル化では、ヒト、モノ、カネ、サービスの国境を越えた移動の自由化、活発化していこうとしますので、そのため、グローバルな共通の制度やルールというものを、できれば形づくっていこうというふうに考えるわけなのです。 例えばTPPとか、アメリカの方だったらNAFTAとか、そういう自由貿易協定みたいなものが 活発に結ばれていくようになります。そして、ヒト、モノ、カネ、サービスというのが自由に動き回れる世界を広げていこうという のがグローバル化なのです。

各国は、グローバルな投資家や企業の顔色を伺って政策をつくりますので、各国の一般庶民の 声が政府に届きにくくなるのです。それで、民主主義の働きが悪くなりまして、例えば、アメリカでトランプ大統領の支持者がとても増えたとか、フランスなどのヨーロッパ諸国で、いわゆるポピュリズムの運動というのか、 庶民が新自由主義的な政策に反発して、「右派的な政党に入れよう」みたいな動きがあるのです。右派だけではないですが、いわゆる反グローバル派の政党に投票しようという動きが各国で見られるようになって、それを「ポピュリズム」とかマスコミは言っています。けれども、そういう動きが強くなったというのは、そういうものが背景にあるのです。各国の一般庶民の声が、やはり政策に届きにくくなっているのではないかということが、よく言われるようになったのです。

投資家や株主に外国人も増えてきますので、これは日本人もそうかもしれないですけれども、  日本人も、「グローバル・スタンダードでいこう」みたいな人が増えてきてしまったということもあるのかもしれませんけれども、日本型経営とか日本型市場経済というような、日本人が試行錯誤の末につくり上げてきた、日本人のやる気を引き出すような制度というものがだんだん衰退していったのではないかということです。それが、グローバルなスタンダードでやっていこうという方向になってしまったわけです。それで、普通の日本人のやる気や能力を引き出すということが最近はうまくいかなくなってしまっているのではないか、それが日本人ビジネスマンのやる気の低下につながっているのではないかというふうに思うのです、と施さんは言います。

中谷巌さんという経済学者がこう言っています。「実際、私の知っているある企業の幹部に言わせると、かつての日本企業では何でもお互いに心の内をさらけ出し、共通の目標に向かって一丸となって突き進むという雰囲気があったが、今ではそんなことを望むことさえできないという。」「たとえば、非正規社員にはボーナスが出ないのが普通だから、ボーナスの話は非正規雇用社 員のいるところではタブーになった。そうした『タブー』の話題がいっぱいあるものだから、今では会社の帰りに一緒に酒を飲んでもいても心から打ち解けることができない。」 「かつてのような一致団結、一枚岩の感覚など、日本の企業風土からどんどん消えているのだという。これでは、日本企業が誇る『現場力』はいずれ過去の話にもなりかねない」というふうに書いているのです。

また、エマニュエル・トッドというフランスの歴史人口学者がいますけれども、このエマニュエル・ トッドは、最近は日本でもよく知られるようになった人ですが、このエマニュエル・トッドというフランスの学者は、現在はすでに脱グローバル化の時代になっているのだと言うのです。ポスト・グローバル化の時代というものがもう始まっていると、かなり前から言っています。 エマニュエル・トッドは、イギリスのEU離脱やアメリカでトランプ前大統領が選出される以前からもうポスト・グローバル化の時代は始まっているのだと言っていました。このトッドさんはグローバル化疲れ、globalization fatigueという言葉をよく使っています。

加えて、ダニー・ロドリックという、ハーバード大学の経済学の先生が 「政治経済のトリレンマ」という議論をしています。 ロドリックさんはこう言っています。 民主主義と国民国家、国としてのまとまりぐらいでいいかもしれませんが、そういう国民国家というまとまり、そしてグローバル化の3つは同時には成り立たないそうです。 3つの内1つは捨てなければいけないと言い、これをトリレンマと呼びます。 トリレンマはあまり聞かない言葉ですけれど、3つの事柄がある時に、3つ同時には成り立ちません、どれか1つは捨てなければいけません、というものがトリレンマなのです。

3つのうち1つは捨てなければいけないというのがトリレンマと言われる事態です。ロドリックは民主主義、その国民国家、グローバル化のこの3 つは同時には成り立たなくて、1つは捨てなければいけないと言います。

施さんは続けます。ではそのあたらしい「日本型資本主義」、 それはどうなるだろうか考えてみたいと思います。 あたらしい「日本型資本主義」、あたらしい日本型市場経済、それはどういうものになるべきなのかということです。 その時、私はやはり日本の文化的特徴、日本人がどういう時に一番働く意欲が湧いて、働く時の充実感が得られて安心して暮らせるかという日本人の、日本だったら日本人のことをよく知る必要がある、と言います。

かつて、ロナルド・ドーアさんという日本研究の第一人者だった、イギリス出身の社会学者がいました。この人は社会学者で、経営以外のこともいろいろ研究していた人ですけれども、割と日本の日本型経営、日本型市場経済というのを高く評価していた人です。このドーアさんは、日本の企業文化というのはアメリカ、イギリスに比べると、性善説に立って作られているという言い方をしていました。 「アメリカ、イギリスだと人間というのはあんまり働きたがらないし、だからサボらないように監視したり、罰則をつけたりしていかなきゃいけない」というのがアメリカ、イギリスの経済社会であり、企業文化だとしたら、日本はずっと性善説だと言うのです。人間は働くことに喜びを見出すし、下手をすると放っておいてもある意味働くことに喜びを見出す人々であるから、働かせるのに監視をつけたり、何か金銭的な報酬などを釣り上げたりする必要はさほどない。日本の場合は下手をすると、日本人労働者を一番動機付けるのは周囲からの賞賛だったり、次に大きな仕事を任されることだというようなことをドーアさんは論じています、と。

例えばその文化心理学の研究結果によりますと、簡単に言うとアメリカと日本ではだいぶ動機 付けが違うのだそうです。 11人の、例えばその働く動機付けなどというのがだいぶ違うと言います。 例えばアメリカだと一番動機付けが高くなるのは、自分で決めたという状態がある時です。 自分で決めた仕事だからとか、自分でこの職務を果たすということを決めたからという時に一番動機付けが高まるらしいのですが、日本だと他者の期待に応えるためにとか、他者の期待を裏切らないようにというのが一番高く動機付けられる時らしいのです。そういうふうに、アメリカだと自分で選択したことで動機付けが高まるらしいのですが、日本だと他者に頼りにされて、少し古い言葉ですけれども、意気に感ずるのです。他者から頼りにされていて、意気に感ずるという言葉があるのですが、その意気に感ずる時が一番やる気が高まるというように社会心理学、文化心理学ではよく言われています、と。

玄侑宗久さんという、芥川賞をとった作家さんがいます。お坊さん兼作家の人ですが、この玄侑宗久さんが以前の本の中で、日本語の幸せという言葉は、 仕事を合わせるという意味で、互いの行為を合わせるという意味で、仕事の「仕」に「合わせる」という字を書いたのだと言っています。 つまり、幸せというのは、人々が互いに行為をすり合わせて調和的関係を築いて協力する喜び、 そこを得ることこそ幸福の、日本人が幸福だと感じる原型だというふうに、玄侑宗久さんは言います。

テレビ番組でかつて『プロジェクトX』というのがありました。 これは普通の日本人が組織で仕事をすることによって新幹線を造ったとか、黒部ダムを作ったとか、東京タワーを建てたとかです。 そういう普通の日本人がみんなで協力して大きなプロジェクトを成し遂げたというのが『プロジェクトX』のテーマでした。その後番組が『プロフェッショナル 仕事の流儀』という、今もやっているNHKのテレビ番組があります。同じく仕事を描いた番組ですけれども、こちらは個人に焦点を当てているのです。ですから個人の達人みたいな、その専門家がいい仕事をしているのを描いているドキュメンタ リーですけれども、やはり『プロジェクトX』の方が何か社会現象的に話題になって、視聴率も高かったと思うのです。

施さんはまとめます。日本人の感覚をもっと信頼すべきではないかなと思うのです。日本型経営、日本型資本主義、日本型市場経済、そういうものをつくれる国際経済秩序をつく り、そのもとで時代に合った日本型経営、日本型市場経済、日本型資本主義というのを作っていくというのがポスト・グローバル化の目標になると思うのですけれども、その時に日本人の感覚ですね。 こういう社会、こういう経済の在り方というのが日本人のやる気を一番引き出すし、倫理観にもかなっている、何かそういう自分たちの感覚をもっと信頼した社会づくり、国づくりというのをやっていくべきではないかと思います、と。そういう国際経済秩序づくりとか、庶民中心の国づくりというのは、これは他の国の国づくりとか、ポスト・グローバル化の世界秩序構造を考えるうえでも、大いに役立つのではないかなと思います。だから、日本がそういうものを目指して国際協調や国づくりというのをやっていこうとすることは、日本だけではなくてほかの国のためにもなるのではないかなとも思うのです。そして世界の各地域が自分たちの文化的土壌に合った国づくりをして、文化的に多元的な世界を作れるようにしていく、そこで日本がリーダーシップを発揮すること、それを今後の日本の目標とすべきではないかというふうに思うわけです、と。

翻訳が個々の言語、その背景の文化を大事にして、相互作用の中で生まれてくるように、国のシステムも、英語で統一するのではなく、その言語と文化を大事にして相互作用の中でその違いも意識しつつ、新たな価値を共創していく。そんな次の時代を意識していく必要があるのではないでしょうか。

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