AIリテラシーを高めよう
――AI時代の「翻訳の地頭」を鍛えるために
第3回 AIに質問する力――プロンプト以前の問題
――翻訳の目的・読者・品質基準を設計する
AIを使うとき、「どんなプロンプトを書けば、よい答えが返ってくるのか」がよく話題になります。
「具体的に指示する」
「役割を与える」
「条件を詳しく書く」
たしかに、こうした工夫は役に立ちます。
しかし、その前にもっと重要な問題があります。
それは、「自分はAIに何をしてほしいのか」を、利用者自身が分かっているかということです。
翻訳なら、なおさらです。
誰が読むのか。
何のために読むのか。
どこで使うのか。
何を優先するのか。
こうしたことが決まっていないまま、「翻訳してください」とAIに頼んでも、本当に必要な訳文が得られるとは限りません。
問題は、プロンプトが短いことではありません。
翻訳そのものの設計ができていないことなのです。
「自然に訳してください」では、何も決まっていない
たとえば、次のようなプロンプトを考えてみましょう。
「次の英文を自然な日本語に訳してください」
よくある指示です。
一見すると、特に問題はないように見えます。
しかし、「自然な日本語」とは何でしょうか。
大学教授が読む論文として自然なのか。
一般読者向けのWeb記事として自然なのか。
中学生が読む教材として自然なのか。
文学作品として自然なのか。
読者が変われば、適切な訳文も変わります。
たとえば、
The findings suggest that further investigation may be warranted.
という英文があったとします。
学術論文なら、
「この結果は、さらなる検討が必要である可能性を示唆している」
とするのが適切かもしれません。
一方、一般読者向けの記事なら、
「この結果からは、さらに詳しく調べる必要がありそうです」
とした方が伝わりやすい場合もあります。
どちらが正しいのでしょうか。
原文だけを見ても、一つには決められません。
誰が読むのか。
何のために読むのか。
どの程度の専門性を保つのか。
それによって判断が変わるからです。
つまり、
「よい訳文」は、原文の意味や表現だけを見て、一つに決められるものではありません。
原文の意味や表現を踏まえたうえで、読者と目的との関係によって、適切な訳し方が変わるのです。
AIに丸投げすると、「見えない判断」まで任せることになる
「この英文を訳してください」
とAIに頼めば、訳文はすぐに出てきます。
「もっと自然にしてください」
と言えば、さらに滑らかな文章にしてくれるでしょう。
しかし、そのときAIは、単に単語を日本語に置き換えているわけではありません。
専門語をそのまま使うか。
文章を分割するか。
主語を補うか。
説明を追加するか。
原文の硬さを残すか。
断定の程度をどう表現するか。
こうした語彙・文体・説明量・断定の強さに関する判断まで、AIが行っています。
つまり、利用者が翻訳方針を決めていなければ、本来は翻訳者が行うべき判断の一部まで、知らないうちにAIへ渡していることになります。
しかも、AIの文章は流暢です。
そのため、「なぜこの表現になったのか」を考えないまま、そのまま採用してしまうことがあります。
これが、丸投げの怖さです。
問題は、AIが間違えることだけではありません。
人間が判断すべきことまで、いつの間にかAIに決めてもらってしまうこと。
そこに、より大きな問題があります。
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