第18回 海外の出版業界情報(2025年10月)
Sci-Fi関連書籍の出版情報
今年も厳しい暑さが続きましたが、今回はPublishers Weeklyのレビューから、最新のSF/気候変動をテーマとした注目作を紹介します。
The King Must Die
Kemi Ashing-Giwa/Simon & Schuster(Saga Press)/2025年11月4日刊行予定
Publishers Weeklyのレビューはこちら。
人類が地球の人口過多から逃れて500年後、新惑星「Newearth」で暮らす世界を描くディストピアSFです。異星人「Makers」の協力で移住したものの、入植者たちはテラフォーミング*を無謀に進め、重大な環境問題を引き起こしました。生態系の危機が迫るなか、「犯罪傾向は遺伝する」という理論を盾に異論を抑えつけるNewearthの独裁者たち。
主人公フェンは幼少期に父親を投獄され、貴族オナスの護衛として仕えますが、フェンを殺せと命じられたオナスは彼女の逃亡を助けます。やがてフェンは反乱組織「Broken Masks」へ向かい、そこで目にする現実は彼女の未来への希望を複雑なものにしていきます。
ケミ・アシング=ギワは南カリフォルニア出身のSF作家兼研究者です。ハーバード大学で統合生物学と天体物理学を学び、現在はスタンフォード大学 地球惑星科学専攻の博士課程に在籍。創作と科学の双方を楽しむ姿勢がそのまま作品に反映されています。デビュー作『The Splinter in the Sky』(Saga Press、2023年)はUSA Todayのベストセラーとなり、短編も各種賞やリストに選出されています。
地球放棄後の社会や環境破壊をテーマにした本作は、日本でも関心の高い「未来の地球」や「環境SF」と重なります。独裁政権や遺伝学的階級制度といった設定は現代社会への示唆に富み、驚きの展開や科学者ならではの緻密な世界構築、共感できるヒロインの成長も見どころです。
*テラフォーミング(terraforming):本来人類が住めない惑星や衛星を、意図的に地球のように改造すること。
The Long Heat: Climate Politics When It’s Too Late
Wim Carton & Andreas Malm著/Verso/2025年10月7日刊行
Publishers Weeklyのレビューはこちら。
気候変動研究者によるノンフィクション。二酸化炭素排出の削減時期を逃した現代社会が提示するのは「新しい常態への適応」「大気からのCO₂除去」「太陽光を遮断して地球を冷やす"ジオエンジニアリング"」という三つの選択肢です。しかし著者たちは、これらすべてが化石燃料の継続使用を正当化し、地球温暖化と同程度の危険を招きかねないと批判します。例えばCO₂回収でも、捕集したCO₂を石油増産のために地中へ戻すなら無意味です。また、太陽放射を減らすジオエンジニアリングは何世紀にもわたり継続しなければならず、停止すれば急激な温暖化が起こると指摘します。
著者の結論は厳しく、「現行の秩序に雪崩のような崩壊が起こる以外、私たちを救うものはない」と断じ、化石燃料の即時停止と国が主導するCO₂除去を求めています。学術的知見に裏打ちされながらも平易な文章で、気候変動対策の議論に役立つ一冊です。
フィクションとノンフィクションをそれぞれ紹介しましたが、このように書籍という形で問題提起を行うことには大きな意義があります。フィクションは発想力を広げ、ノンフィクションは現実の裏付けを与えてくれます。これらの本を通じて読者の間に議論の場が生まれることも期待されます。
SNSや短命な記事に流されがちな現代だからこそ、「腰を据えて読むこと」「考える時間」を取り戻す重要性を改めて感じさせられました。
村山有紀(むらやま・ゆき)
IT・ビジネス翻訳歴10年以上。国内外の様々な場所での生活と子育ての
経験をふまえ、自分らしい発信のスタイルを模索中。