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東アジア・ニュースレター

海外メディアからみた東アジアと日本

第163 回

前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教

メディアは、中国在住の外国人襲撃事件の発生に関連して、外国人排斥は習近平国家主席が推進するナショナリズムの台頭に影響されているとし、習主席は中国対世界というメンタリティを採用して世論を誘導していると指摘。特に日米を標的とした憎悪の生態系が今後どのような展開を示すかに懸念を表明する。

台湾で高配当の上場投信(ETF)に対して熱狂的な買いが殺到している。個人投資家が銀行預金から資金を引き出し、また新ETFの購入のためにローンを申し込むという事態に発展している。台湾中央銀行はETF市場の急成長に伴うシステミック・リスクについて個人投資家に警告を発している。

韓国政府は、半導体競争は国家間の全面的産業戦争であり、自国経済が生き残るために不可欠だとの尹錫悦大統領の号令の下、世界最大の半導体製造クラスターの構築支援方針を打ち出した。ただし、半導体中心の経済はその成否に多くのことがかかっているとメディアは指摘する。

 北朝鮮を訪問したロシアのプーチン大統領は金総書記と包括的戦略パートナーシップ条約を締結。日米韓の民主的陣営とロ朝中の独裁的陣営との間の溝が鮮明となり、北東アジアの緊張が一段と高まった。ロ朝の盟約は長期的戦略であり、韓国内でも核武装議論が再燃するなど注視すべき事態となった。

東南アジア関係では、ロシアのプーチン大統領が訪朝後にベトナムに向かった。狙いは、孤立を深めるロシアがアジアの古い同盟国であるベトナムとの関係を再強化し、まだ世界的な影響力を保持していることを誇示するためと考えられている。一連の外遊は、ウクライナ戦の長期化で窮地にあるロシアの現状を示している。

インドのエレクトロニクス生産が急拡大している。中国依存度を下げたい欧米ハイテク企業の願望と、スマートフォンのような画期的なデバイスを持ちたいという14億人のインド国民の欲望が組み合わさったものとメディアは報じる。インドは将来、世界の電子機器工場として中国を駆逐することが期待されている。

主要紙社説・論説欄では、最近の欧州中央銀行(ECB)の金融政策とユーロ圏経済情勢及び単一通貨ユーロの現状に関する報道や論調を観察した。 

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北東アジア 

中 国 

☆ 高まるナショナリズムと外国人嫌い

政府が厳しく情報を検閲する中国で、オンライン上に排外主義的なコンテンツが流され、外国人嫌いや極端なナショナリズムを煽っているのではないかということが議論の的になっていると、74日付ニューヨーク・タイムズが伝える。記事によれば、先週、中国東部で中国人の男が日本人母子を刺した。その2週間前には、アイオワ州の大学から訪れた4人の講師が中国東北部で刺された。このため一部の国民は、ネット上の言論が現実世界の暴力を扇動する役割を果たしたのではないかと疑問を呈している。他方、政府は政治、経済、社会の問題や国家指導者については、発言できることとできないことについて厳格な規則を定め、インターネット企業には検閲官を配備している。しかし、中国のインターネットには、政府に批判的な一部の国民だけでなく、日本人、米国人、ユダヤ人、アフリカ人に対するヘイトスピーチがあふれている。日本や米国に関する虚偽の情報は、定期的に人気検索の上位を占め、大量の再投稿(リポスト)や「いいね!」が寄せられているという。中国外務省の報道官は、最近の外国人襲撃事件は単独犯であると述べた。地元当局は多くの情報を共有していない。しかし、ソーシャルメディア上では、襲撃事件と犯人を称賛するコメントが多い。

ネット上で起きていることは、習近平国家主席の指導の下、中国で推進されているナショナリズムの台頭に影響されている。習近平主席は中国対世界というメンタリティを採用している。ライバル国との緊張の悪化に対する中国の対応のひとつが「戦狼」外交である。これは地政学において超国家主義的でしばしば敵対的なアプローチを表す言葉として使われている。もちろん、ネット上のヘイトスピーチや偽情報は中国特有のものではない。しかし中国政府は、特定の国やその国民に向けられたこの種のメッセージを容認し、奨励さえするよくできた世論誘導マシーンを動かしている。

当局は、デマを正そうとする声や、デマの発信者と理屈をこねようとする声を黙らせる。インターネット企業は、排外主義的なコンテンツが引き寄せるオンライン・トラフィックで利益を得る。そして、ソーシャルメディアのインフルエンサーたちや草の根の人々、習近平時代の最も有名な知識人や作家たちはトラフィックと収入を得る。ソーシャルメディア「微博(ウェイボー)」で170万人のフォロワーを持つネット誤報コンサルタントの段聯氏は、東パレスチナの悲劇について、事実と誤報を分けようとする記事を投稿した。彼は国民に誤った情報に騙されないよう呼びかけた。この記事は1,000回以上リポストされ、そして削除された。彼の微博(ウェイボー)アカウントは、ネット規制違反を理由に約3カ月間停止された。

上海の科学ブロガー、劉洙(リウ・スー)は、日本を標的にした政府の組織的キャンペーンについて記録を正そうとしたため検閲を受けた。2023年、中国は廃墟と化した福島第一原子力発電所から放射性物質を含む処理水を海に放出するという日本政府の決定の安全性について偽情報を流した。中国では"核汚染廃水"として知られているものに対する恐怖と怒りが盛り上がった。劉氏がその内容に異議を唱える記事をいくつか書いた後、誰かが上海のインターネット規制当局に通報した。劉氏は記事を削除し、謝罪文を掲載し、時事問題にコメントしないことを約束した。その後、彼の公開WeChat (ソーシャルメディアアカウント)6ヶ月間停止された。劉氏は、ネット上での外国人非難に懸念を表明する数多くの中国知識人の一人である。彼は今年、WeChatの別の記事で伝統的な中国医学を称賛する一方で西洋医学を軽んじる風潮を批判し、再び通報された。「社会のバックボーンがナショナリズムの潮流に完全に埋没してしまえば、その国の将来の運命は予測できる」と書いた。

ネット上でヘイトを広めるもうひとつの力は、動画プラットフォームのドウインなどで人気のある短編ドラマのジャンルだ。動画の中でインフルエンサーたちは、中国人が日本人に辱めを受け、武術の技を使って殴りかかるシーンを演出する。あるいは、シーン全体が日本人を侮辱し、殴るだけのこともある。反米感情も人気だ。駐中国米国大使のニコラス・バーンズは、先週のウォール・ストリート・ジャーナル紙記事で次のように述べる。「私はこの2年余りの間、中国政府が米国を誹謗中傷し、米国社会、米国の歴史、米国の政策について歪曲したストーリーを語ろうと非常に積極的に取り組んでいることを懸念してきた。中国政府が利用できるすべてのネットワークで毎日起きていることであり、ネット上では高度な反米主義が存在している」。

628日、中国の人々は、中国東部で日本人母子への襲撃を止めようとした52歳の女性、胡友平さんが負傷のため亡くなったことを知った。多くの人々がソーシャルメディア上で彼女を追悼した。日本人をターゲットにしたこの犯罪は、中国のナショナリスティックなネット環境と関係があるのだろうかという声も聞かれた。中国最大のインターネット・プラットフォームは週末、日本人を標的にし、極端なナショナリズムを煽るヘイトスピーチを取り締まるという異例の通達を出した。この通達自体にも多くの意地悪なコメントが寄せられた。

上記のように報じた記事は最後に、次のように問題提起する。こうしたことはいつまで続くのか。憎悪を生み出してきた生態系をどれだけ変えられるのか。そして、政府が再び日本や米国を政治的な意図から悪者として使おうとしたら、どのような事態が起きるのか。

以上のように、記事は中国在住の日本人や米国人などの外国人が襲撃された事件に関連し、こうした外国人排斥事件は、習近平国家主席の指導の下で推進されているナショナリズムの台頭に影響されていると指摘。習主席は中国対世界というメンタリティを採用し、よくできた世論誘導マシーンを動かしていると報じる。また日本の福島第一原発の処理水を"核汚染廃水"と呼び、中国国内で恐怖と怒りが高まっていることに触れ、それに異議を唱える記事をインターネットに掲載したジャーナリストは当局に通報され、記事の削除や謝罪文の掲載に迫られ、以後、時事問題をコメントしないことを約束させられたと報じる。記事が最後に問いかけるように、特に日米を標的とした憎悪の生態系がどのような展開を見せていくのか、十分注視していく必要がありそうだ。

 台 湾 

 中央銀行、ETFブームに警告

台湾証券市場で、上場投資信託(ETF)が急成長している。特に株式ETFの成長が著しい。このため台湾中央銀行は、現地ETFの影響が「間違いなく増加し続ける」と予測し、ETF市場の急成長に伴うシステミック・リスクについて個人投資家に新たな警告を発していると620日付フィナンシャル・タイムズが報じる。

記事によれば、台湾中央銀行は613日の合同監督委員会の会合後、3月から4月にかけてのETFブームが台湾株式市場に与えた影響を分析した報告書を発表した。報告書では、台湾人投資家の株式市場への積極的な参加、特に高配当ETFの購入が台湾株を過去最高値に押し上げたと結論づけている。また、地元の資産運用会社による台湾株の継続的な買いも株式市場を押し上げる有力な要因となっており、67日現在で3,499億台湾ドル(108億ドル)が投資されている一方、外国人投資家の台湾株への投資は450億台湾ドルにとどまっている。

台湾中銀によると、台湾でのETF総資産は2018年末には7,556億台湾ドルに過ぎなかったが、4月末には47,800万台湾ドルに増加した。しかし、国内株式ETFの資産増加は同期間に指数関数的に1,071億台湾ドルから19,200億台湾ドルに増加し、台湾の株式時価総額の120%の成長率を「はるかに上回った。台湾株式ETF4月末までに台湾株式市場の2.71%を占めた。台湾株ETF1日の平均売買高は、昨年は株式市場全体の約2.14%を占め、今年4月末までの4カ月間で3.09%に増加した。中銀は報告書の中で、「割合は高くないが、資産規模や投資家の参加が急速に増加していることから、(台湾株ETF)株式市場への影響力は今後間違いなく高まるだろう」と述べた。

中央銀行はまた、政府当局はETF市場を注意深く監視し、個人投資家が合理的に投資するよう教育すべきだと助言した。「高配当ETFに投資する台湾の投資家の多くは、配当の高さだけに注目し、価格リスクを無視している。規制当局は投資家教育を強化し、個人投資家がやみくもに市場に出入りしないよう注意喚起し、損失を回避できるようにすべきだ」と付け加えた。

台湾の株式市場は67日現在、今年に入ってから21.9%上昇し、ウエイトの60%を占めるエレクトロニクス株は28.6%の急上昇を記録した。高配当ETFへの熱狂は3月に熱を帯び、個人投資家が銀行の定期預金から資金を引き出し、新しいETFに申し込むためにローンを申し込むという報道さえあった。台湾最大のETF発行会社であるYuanta Fundsの高配当ETFは、わずか5日間で1,752億台湾ドルを調達し、これまでのETFの初回資金調達記録を5倍以上更新した。先週発表された中央銀行の報告書では、国内ETF市場の急成長は、集中リスクやトラッキングエラーなど、株式市場に大きなリスクをもたらす可能性が示唆された。中央銀行は、ETFが採用しているプライマリーマーケットの取引メカニズム(構成銘柄の同時売買)は、リスク分散効果を低下させ、金融市場のシステマティック・リスクを増大させる可能性があると指摘。また、投資家が台湾株ETFの売買を急いだ場合、複数のETFが保有する構成銘柄の短期的な価格変動が大きくなる可能性があるという。

以上のように、高配当ETFへの熱狂は3月に熱を帯び、個人投資家が銀行の定期預金から資金を引き出し、新しいETFを購入するためにローンを申し込むという事態に発展していた。特に台湾人投資家の株式市場への積極的な参加、とりわけ高配当ETFの購入が台湾株を過去最高値に押し上げたと記事は報じる。その問題点として、高配当ETFに投資する台湾の投資家の多くは、配当の高さだけに注目し、価格リスクを無視し、このため集中リスクやトラッキングエラーなど、株式市場に大きなリスクをもたらす可能性があると警告する。トラッキングエラーが大きくなると運用するポートフォリオベンチマークに対するリスクを大きく取っていることになり、好ましくない。57日付ロイター通信によれば、資産運用会社は、大規模な相場反転のリスクが高まると指摘していると報じている。しばらく証券市場の動きを注視する必要があろう。 

韓 国 

 半導体大国の維持に全力を挙げる政府

4月上旬、今繰り広げられている半導体競争は産業戦争であり、国家間の全面戦争だと尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は政財界の関係者に向かって語った。こう報じた610日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは、尹大統領は自国経済が生き残るためになぜ半導体が最も重要であるかを至極明瞭な言葉で説明したとコメントし、さらに概略以下のように伝える。

韓国は将来の半導体製造に向けて、民間投資だけでおよそ4,500億ドル(70兆円)という巨額の「軍資金」を用意している。最近の業界推計によれば、これは米国の半導体生産向けに充てられている金額とほぼ同じである。尹政権は2050年近くまで見据えた計画で、37の工場が8都市にまたがり300万人を超える雇用を創出するという世界最大の半導体製造クラスターの構築を支援する方針だ。

半導体製造でアジアの2大大国である韓国と台湾は米国の同盟・友好国であり、安全保障・政治面で利害が一致することも多い。しかし半導体に関しては、韓台は激しく競い合っている。両国は明確な優位性を持っているが、米国が再び半導体生産に力を入れようとする中で積極的に対策を講じている。韓国と台湾は、低コストや短工期、さらに確立されたサプライチェーン(供給網)のメリットを売りにしている。少数の韓台企業が製造拠点を米国に拡大している一方で、最先端テクノロジーはまず自国で展開している。韓国半導体大手のサムスン電子とSKハイニックスは次世代メモリー半導体を韓国で製造する予定で、同国政府は技術者・天然資源・供給業者に迅速にアクセスできるよう調整している。このような半導体中心の経済では、その成否に多くのことがかかっている。半導体は韓国の輸出の約5分の1を占める。

ジョージタウン大学安全保障・先端技術研究センター(CSET)の特別研究員ジョン・バーウェイ氏は「(韓国と台湾が)優位に立っているのは、サプライチェーンのあらゆる側面において広範なサプライヤーのエコシステムを有しているからだ」と語る。確かにNVIDIA、クアルコム、アップルといった米企業は世界最高の半導体を設計している。しかしここ数十年、製造能力の大部分はアジア諸国にある。半導体製造国としての米国の将来的な利益は、議会から追加資金が提供されるか、TSMCやサムスンとの三つどもえの先端ロジック半導体製造競争における唯一の米企業であるインテルが大躍進すれば、増幅される可能性がある。台湾海峡や朝鮮半島で軍事衝突が起きれば、アジアのリードも危うくなる。2032年までの最新予測によれば、先端ロジック半導体の世界生産に占める米国のシェアは大幅に拡大するが、先端ロジック半導体生産とメモリー半導体を含む主要分野では、アジアの2大チップ大国である韓台が強さを維持する見通しだ。

韓国、台湾、中国政府からの攻勢は続いている。5月、韓国政府は半導体産業の強化に向けた190億ドルの支援策を発表した。ほんの数週間前に発表した金額を2倍超に引き上げた。台湾では昨年、研究開発費に対する25%の税額控除などの政府支援策が制定された。これらの資金は現在、現地企業による申請が可能となっている。中国が最近、国策半導体ファンドに過去最大の約480億ドルを拠出すると表明したことで半導体競争は激しさを増している。ただ、政府資金が流入しても中国は米国の規制対象となっているため、高性能製品で台湾や韓国に早期に対抗できるかは疑わしい。

韓国は半導体産業向けの190億ドルの支援策に加え、現在構築中の半導体メガクラスターの一環として、国外の主要パートナーの研究開発施設を誘致することに既に成功している。その一つがオランダの半導体製造装置大手ASMLホールディングスの施設で、同社は最先端半導体を製造できる最先端リソグラフィー(露光)装置の唯一のメーカーである。韓国政府はAIの研究開発支援にさらに約70億ドルを投入する計画で、AIコンピューティングに不可欠な特殊メモリー半導体「高帯域幅メモリー(HBM)」のさらなる進化などを後押しする。この分野で高いシェアを誇るのはSKハイニックスであり、同社は現在NVIDIAHBMを独占供給している。韓国科学技術情報通信省で「AI半導体イニシアチブ」を監督するユン・ドゥヒ氏は、研究開発はどこででも可能だが、最新の高性能メモリー半導体の量産施設の近くでなければ、そうした進化は実現しないと述べた。「(そのような工場は)ほとんどここにある」

以上のように、韓国政府は半導体競争は国家間の全面的な産業戦争であり、自国経済が生き残るために不可欠だとの尹錫悦大統領の号令の下で巨額の軍資金を用意し、世界最大の半導体製造クラスターの構築支援方針を打ち出している。韓国は台湾と共に低コストや短工期、さらに確立されたサプライチェーン(供給網)のメリットを売りにして競争優位に立っている。韓台企業は製造拠点を米国に拡大する一方で、最先端テクノロジーはまず自国で展開している。さらにオランダの有力半導体製造装置大手ASMLホールディングスを国内誘致に成功している。ただし、記事が指摘するようにこうした半導体中心の経済は、その成否に多くのことがかかっている。半導体が韓国の輸出の約5分の1を占めるなどリスク分散の必要性も高まっていると言えよう。 

北 朝 鮮 

☆ 復活した朝ロ相互防衛協定

 618日、ロシアのプーチン大統領は北朝鮮を訪問し、金正恩総書記と会談し、北朝鮮と軍事や経済に関する「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結した。6月20日付ニューヨーク・タイムズは、プーチン大統領が北朝鮮を訪問し、冷戦時代の相互防衛協定を見事に復活させたことで、北朝鮮に最も近い日本や韓国に対する圧力が高まったと概略以下のように報じる。

プーチン大統領と金正恩総書記は、一方の国が戦争状態に陥った場合、他方の国が「遅滞なく、保有するすべての手段で軍事的およびその他の援助を提供する」ことで合意した。ウクライナにおけるプーチン氏の戦争や朝鮮半島における将来の紛争など、この協定がどこまで及ぶのかアナリストたちはまだ整理していない。しかし、この誓約はロシアが北朝鮮の核能力開発を支援する可能性を示しており、日韓の政府関係者を動揺させた。

韓国はウクライナにロシアとの戦争で使用する殺傷力のある武器を提供しないという方針を「見直す」予定だと、尹大統領の国家安全保障室長の張浩鎮(チャン・ホジン)氏は述べた。外部の支援を切望している2人の権威主義的な指導者の会談は、米国とそのアジアの同盟国にとって危惧していたような展開となった。これら各国は近年、北朝鮮や中国からの安全保障上の挑戦の高まりに備え、時にはそのために国内の政治的逆風に直面してきた。長年にわたる冷え切った関係の後、岸田首相と韓国の尹大統領は両国間の関係を強化することで合意し、相互の安全保障体制の構築を米国との3者協力で推進してきた。

金正恩氏は韓国に対する敵対心を強めており、今年、韓国との統一という長年の目標を放棄した。そして今や金氏は韓国を必要であれば核戦争によって征服しなければならない唯一の敵と表現している。また、弾道ミサイルを日本に向けて飛ばす実験をたびたび行い、旧宗主国に対する北朝鮮の挑発的な姿勢を示している。金氏とプーチン氏の同盟は、アメリカ、韓国、日本の民主的なパートナーシップとロシア、北朝鮮、中国の独裁的な陣営との間の溝を鮮明にし、北東アジアの緊張をエスカレートさせるだろうとアナリストは言う。ソウルに本部を置く韓国統一研究所の元所長であるコ・ユファン氏は、「北朝鮮が核・ミサイル技術を進歩させるのを阻止しようとする国際的な努力にとって、これは悪いニュースだ」と語った。

プーチン氏はウクライナ戦争の長期化により、金氏との関係を深めている。米韓当局者によれば、プーチン氏は北朝鮮から旧ソ連並みの弾薬を求め受け取ったというが、ロシア政府も北朝鮮政府もこれを否定している。ウクライナでの戦争は、この地域に大きな影を落としている。「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と日本の岸田文雄首相はよく言っている。「プーチン大統領が北朝鮮との軍事技術協力を否定しなかったことを深刻に懸念している」と、岸田内閣の官房長官である林芳正氏は東京での記者会見で述べた。韓国は、朝鮮半島とウクライナでそれぞれ戦争を仕掛けた歴史を持つ北朝鮮とロシアが、先に攻撃を受けることを前提とした軍事協力を約束するのは「詭弁であり不条理だ」と、この合意を厳しく批判した。「北朝鮮の軍事力強化を直接的、間接的に助けるような協力は国連安保理決議に違反し、国際的な監視と制裁の対象となるべきだと強く主張する」と韓国政府は声明で述べた。また、北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対抗するため、米国や日本との防衛協力を強化することも宣言した。在日米国大使館によれば、昨年1年間で3カ国は60回以上の外交会議、軍事演習、情報共有に参加したという。日本は国内からの反発にもかかわらず、防衛予算を増やすと宣言している。「バイデン大統領、岸田首相、尹大統領がいかに先見の明を持って政治的資産を投入したかを示している」と、ラーム・エマニュエル駐日米国大使はインタビューで語った。「政治的見地からだけでなく、戦略的見地からも先見の明があった」。

北朝鮮とロシアが冷戦時代の相互防衛誓約を復活させたことは、この不安定な世界情勢の中でこの地域の国々を怯えさせた。ワシントンのヘリテージ財団でアジア研究のシニアリサーチフェローを務めるブルース・クリングナー氏は、「私が危険だと思うのは、この関係がおそらく我々が当初考えていたよりも長期的で、取引よりも戦略的なものである可能性を示していることだ」と語った。「各国がどこまで互いを支援するのか、そのパラメーターはわからない。少なくともロシアが国連の制裁を平気で無視していることは確かだ。ロシアと東アジアの関係を専門とするテンプル大学東京キャンパスのジェームズ・D・J・ブラウン教授(政治学)は、「ロシアが北朝鮮に対する国連制裁を支持していたのは、それほど昔のことではない」と言う。「ロシアは制裁そのものを実施しないだけでなく、積極的に制裁を弱体化させ、北朝鮮が制裁を逃れる手助けをしようとしている」。

ソウルではプーチン・金会談によって、韓国が核武装を検討すべきかどうかの議論が再燃し、ドナルド・トランプ氏が米国大統領に再選された場合に何が起こるかを予測し始めた。世宗研究所の朝鮮半島戦略センターのチョン・ソンチャン所長は、「韓国は、北朝鮮の核の脅威に対抗するために米国の核の傘にほぼ全面的に依存している現在の安全保障政策を根本的に見直す時期にきている」と述べた。ロシアと北朝鮮の結びつきが強まることで、最近復活した日韓関係や米国との3者協力がより強固なものになるという側面もある。多くのアナリストは、米国や韓国の政権交代がこうした関係を危うくするのではないかと懸念している。(日本は比較的安定していると考えられている)。

ワシントンのランド研究所で日本を専門とするシニア政治アナリストのジェフリー・ホーナング氏は、「ある意味、トランプ政権が誕生した後、あるいは韓国で進歩派政権が誕生した後でも、三国間主義を継続するための正当な理由ができたことになる」と語る。「日韓両政府がなすべきことに変化はないにせよ、彼らが考慮しなければならない新たな要素が加わったことは間違いない」。

しかし、ソウルの左派系日刊紙『ハンギョレ』の社説は、日米韓の緊密な協力の効果を疑問視し、「韓国を朝鮮半島の政治情勢に大きな影響力を持つ中国やロシアと一貫して対立させてきた。この偏った外交アプローチが、北朝鮮とロシアの関係発展に寄与する効果がなかったかどうか反省すべき時だ」と批判する。今週の平壌でのドラマにもかかわらず、一部のアナリストは、この地域にとって最大の懸念は、中国の軍事的野心の高まりにあると語る。「東シナ海や南シナ海での海洋進出、宇宙やサイバー、マルチドメイン戦争能力など、これらはすべて我々の新しい政策を正当化するものだ」と元日本の外交官でキヤノングローバル戦略研究所特別顧問の三宅邦彦氏は言う。プーチン氏の北朝鮮訪問は、アジアにおける脅威の「もうひとつの例であり、最大の例ではない」と同氏は述べた。

以上のように、今回の金・プーチン盟約は、まさしく日米韓の民主的なパートナーシップとロシア、北朝鮮、中国の独裁的陣営との間の溝を鮮明にし、北東アジアの緊張をエスカレートさせたと言えよう。さらに懸念されるのは、ロ朝の盟約が当初考えていたよりも長期的で戦略的なものである可能性があること、韓国内で核武装議論が再燃したなどの指摘である。また多くのアナリストは、米韓の政権交代が日米韓の協力関係を危うくするのではないかとの懸念も表明している。いずれも注視していくべき指摘や懸念であろう。 

東南アジアほか 

ベトナム 

☆ 古い同盟国の支援を求めるロシア

 620日、北朝鮮を後にしたロシアのウラジーミル・プーチン大統領はベトナムを訪問した。2017年以来初めてとなる訪問である。同日付ワシントン・ポストは、ウクライナ戦争が長引きロシアが西側諸国から孤立を深める中、古い同盟国であるベトナムからの支援を強化するのが目的だと報じる。記事によれば、620日未明に首都ハノイに到着したプーチン大統領は、トー・ラム国家主席に迎えられた。ロシアの通信社『インタファクス』によると、両首脳はエネルギーと原子力科学技術の研究に関する協力を強化することで合意したという。プーチン大統領はアンドレイ・ベローゾフ国防相とともに、ロシアとベトナムはともに「武力不行使と紛争の平和的解決の原則に基づき、アジアにおける強固で適切な安全保障体制を構築する」ことを確信していると述べ、「閉鎖的な軍事・政治ブロックは存在しない」と付け加えた。訪問に先立ち、プーチン大統領はロシアのウクライナ戦争に対するベトナムのバランスの取れた立場に謝意を表明したという。
 最近、国家主席に就任したベトナム共産党の強硬派であるトー・ラムは、非公開の交渉が始まる前にプーチンを賞賛し、彼のリーダーシップの下でロシアの世界的地位は「着実に向上している」と述べた。「国民と私個人は、二国間関係の発展を非常に重要なものと考えており、両国の関係に対するあなたの支援に非常に感謝している」と述べた。冷戦時代からロシアとベトナムは緊密な同盟関係を築いてきたが、近年は、ベトナムが中国の影響力とのバランスを取るために対米関係の改善を進めてきたため、ロシアとの関係の輝きは薄れてきていると政治アナリストは指摘する。ベトナムはロシアの防衛装備品への依存から徐々に脱却し、昨年には米国との関係を最高レベルに格上げし、中国やロシアと同等の地位を与えた。米国は今やベトナム最大の輸出市場であり、特にベトナムが中国軍の侵攻に直面している海上での安全保障支援を強化している。

プーチンは先月中国を訪問し、今週初めには北朝鮮を訪れ、金正恩と新たな戦略協定に署名した。ホノルルにあるアジア太平洋安全保障研究センターの教授でベトナムの外交政策を研究しているアレクサンダー・ヴヴィング氏は、プーチンにとってベトナム訪問は、ロシアがまだ世界的な影響力を保持していることを示すチャンスだと言う。ベトナムは「重要な地域の重要な国」であり、世界の超大国からますます求愛されているとヴヴィング教授は言う。「ロシアはもちろん、まだ友人であることを示したいのだ」と付け加えた。

以上のように、プーチン大統領の2017年以来初めてとなるベトナム訪問は、ウクライナ戦争が長引きロシアが孤立を深める中で古い同盟国であるベトナムとの関係を強化し、ロシアがまだ世界的な影響力を保持していることを誇示するチャンスでもあった。しかし、ベトナムは中国軍の侵攻に直面している海上での安全保障問題を抱えて米国との関係改善を進めており、通商面でも米国は今やベトナム最大の輸出市場となっている。ただしロシアにも切り札がある。ロシアは、旧ソ連時代からベトナムに対する最大の防衛装備供給国であり、記事が触れているようにエネルギーや原子力科学技術に関する協力でも重要な役割を演じている。とはいえ、今回のプーチン大統領の一連の外遊は、ウクライナ戦争の長期化で疲弊し窮地に立たされたロシアの現状を物語っていると言えよう。 

インド 

 躍進するエレクトロニクス産業

インドにおける製造業の発展ぶりをみるには、バンガロール郊外にあるフォックスコンの工場建設地を視察するのがよいと、620日付フィナンシャル・タイムズが伝える。ここは米国の巨大ハイテク企業アップル向けのiPhone (アイフォーン)を生産する3番目の工場となると次のように報じる。バンガロールはインドの大手IT企業の本拠地であるが、ハードウェアよりもソフトウェアでよく知られている。しかし、新しい工場は、少なくともある産業においてはインドが製造大国へと変貌を遂げようとしている努力が実を結んでいることを示唆している。エレクトロニクス製造業(スマートフォン、テレビ、その他のガジェットを製造するビジネス)は、インドで盛んだ。電子機器の生産額は、20163月期から20233月期の間に、370億ドルから1,050億ドル(GDP3%)に増加した。政府は2026年度までにこれをさらに3倍にしたいと考えている。インドのエレクトロニクス生産は世界全体の3%に過ぎないが、そのシェアは他のどの国よりも急速に拡大している。

そのエレクトロニクス産業の半分近くを占めるスマートフォンの生産ほどこのブームが顕著なところはない。同国は、中国に次ぐ世界第2位のスマートフォンメーカーである。2015年度、インドはスマートフォンのほぼ5分の4を輸入していた。現在はほとんど輸入されていない。アップルはiPhoneの約7台に1台をインドから調達しており、これは1年前の2倍である。韓国のライバルであるサムスンは、インドに最大のスマートフォン製造工場を持っている。

他社に代わって製品を製造する受託製造業者もインドで急速に拡大している。インド製iPhone3分の2近くを組み立てているフォックスコンは、現在30以上のインド工場を持ち、4万人のインド人労働者を雇用している。フォックスコンのインド事業が総売上高に占める割合は5%未満だが、同社は着実に投資を増やしている。バンガロール工場には26億ドルを確保している。昨年、フォックスコンのボスであるリュー・ヤングは投資家に対し、これまでにインドに投資した数十億ドルは「始まりに過ぎない」と語った。アドバイザリー会社のPWCは、インドで生産されるスマートフォンの付加価値に占めるインドの割合は、2014年の2%から2022年には15%に増加すると推定している。

インドにおける携帯事業に参入したのは外資系企業だけではない。タタは2021年、iPhoneの旧モデルの部品を製造することで初めてスマートフォン製造に参入した。当初は品質管理に問題があったが、同社は足場を固めた。11月には台湾企業ウィストロンのインド事業を買収し、iPhoneの組み立てを開始した。タタは現在、アップルとのビジネスでより大きなシェアを獲得するため工場の拡張を計画している。デバイス製造の大当たりから利益を得ているもうひとつのインド企業は、インド最大の国内電子機器メーカーであるディクソン・テクノロジーズだ。30年前に地元市場向けのガジェットを作り始めた同社は、外資系企業向けのスマートフォン生産に乗り出した。従業員数は10年前の2,000人から27,000人に増えた。過去1年間で株価は150%上昇した。

インドの電子機器ブームは、アップルのような欧米のハイテク企業が中国への依存度を下げたいという願望と、インドの14億人の人々がスマートフォンのような画期的なデバイスを欲しがっているという欲望が組み合わさったものだ。政府からの手厚い支援は、インドでの生産を検討している企業にとって好条件となっている。2020年、政府はエレクトロニクスを含む様々な業界のメーカーを対象とした「生産連動型インセンティブ」プログラムを発表した。ディクソンのスニル・ヴァチャニ社長は、政府がインド製造業の可能性を信じ、それがインドの「考え方の変化」をもたらしたと評価している。インド政府は確かに外国メーカーの誘致に奔走している。1月にはフォックスコンの劉氏にインドで3番目に高い民間賞であるパドマ・ブーシャンを授与した。バンガロールのシンクタンク、タクシャシラ研究所のハイテク地政学プログラム委員長であるプラナイ・コタスタ氏によれば、政府はサプライチェーンを形成できるような「アンカー(大口)投資家」となるフォックスコンのような企業を誘致しているという。

インドはいつの日か、世界の電子機器工場として中国を駆逐できるようになることが期待されている。ナレンドラ・モディ首相は今月初めに行われた選挙で過半数を失ったが、その目標への熱意が冷めたようにはみえない。モディ新政権は製造業支援の継続を表明している。インドの進歩は確かに期待できそうだ。3月末までの12ヵ月間でインドの電子機器輸出額は前年同期比24%増の290億ドルに達した。それでも、中国が昨年輸出した9,000億ドル近い電子機器には遠く及ばない。まだまだやるべきことが多々ある。インド人実業家のナウシャド・フォーブスは、インド企業が技術的なノウハウを深めるために投資しない限り、チップ製造のような高度な分野で競争するのは難しいだろうと主張する。インドがアジアの隣国との貿易障壁の引き下げに消極的なことも障害になっている。エレクトロニクスの生産に必要な原材料や部品の輸入関税は、ベトナムなど中国から生産を奪おうと競争している他の国よりも一般的に高い。

以上のように、インドのエレクトロニクス生産は現在、世界全体の3%に過ぎないがシェアはどの国よりも急速に拡大している。これは欧米ハイテク企業の中国依存度を下げたいという願望とインドの14億人の人々がスマートフォンのような画期的なデバイスを持ちたいという欲望が組み合わさったものだと記事は説明する。アップルや韓国のサムスンはインドで活発に携帯電話を生産し、受託製造業者も急速に事業を拡大。フォックスコンは現在30以上の工場を持ち、4万人のインド人労働者を雇用している。国内の有力企業タタもスマートフォン製造に参入している。政府も「生産連動型インセンティブ」プログラムを発表するなど、手厚い支援策を講じている。確かに、インドは世界の電子機器工場として中国を駆逐する態勢を整えてきていると言えよう。 

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主要紙の社説・論説から 

欧州中央銀行の金融政策と単一通貨ユーロの近況

 ―利下げを決断した欧州中銀と改革がなお必要なユーロ 

現在、欧州連合(EU)の加盟国は27ヶ国で、そのうち19ヶ国が単一通貨ユーロを導入している。そのユーロ経済圏の金融政策を取り仕切る欧州中央銀行(ECB)66日、利下げを発表した。政策金利を含む主要金利(1)4.00%から3.75%に引き下げたのである。これによりECBは、米連邦準備制度理事会(FRB)やイングランド銀行(BOE)に先駆けて金融緩和に踏み切ったことになる。 

(1)主要金利とは、政策金利(主要リファイナンス・オペ金利。現在は4.25%)、限界貸付ファシリティー金利(オーバーナイト貸し出し、翌日返済。同4.50%)、預金ファシリティー金利(ユーロ圏民間銀行からの預金金利。同3.75%)である。 

以下は、今回のECB利下げに関する主要メディアの報道と論調の要約である。まず、ECBの利上げに先立って、その利上げを予想する65日付ニューヨーク・タイムズの「Europe’s Fed Problem (欧州のFRB問題)」と題する記事からみていく。記事は、ECBが木曜日(6)に利下げに踏み切るとの見方が強いが、どこまで下げられるかは、最終的にはFRB次第かもしれないと、概略以下のように論じる。

明日、クリスティーヌ・ラガルドECB総裁は利下げを発表する予定だ。しかし、ECBFRBとインフレによって今後の動きを阻まれるかもしれない。木曜日はECBにとって重要な日だ。同行は金利を4分の1ポイント引き下げ、2019年以来の利下げを実施し、借入コストの引き下げにおいてFRBを上回るとの見方が強い。投資家は、それがブリュッセル以外の金融政策にどのような影響を与えるか、また世界貿易、株式市場、ドル相場にどのような影響を与えるかを注視するだろう。

気になる大きな質問は、ラガルド総裁は7月と9月の会合でさらなる引き下げを示唆するのだろうか、また、FRBが据え置いた場合、ECBはどこまで踏み込めるのだろうか。良いニュースは、エコノミストたちは、世界的な金利上昇の時代は終わりつつあると言う。しかし、粘り強いインフレが中央銀行の手を縛り、借入コストを大幅に引き下げることを制限するだろうとも付け加えている。ベレンベルク銀行のエコノミスト、ホルガー・シュミーディング氏は本紙の金融ブログ「DealBook」の取材に対し、政策決定者は「より短く、より浅く」という段階に入っている可能性が高いと語った。ECBFRBより一歩先を行っていると考えられている。水曜日の先物市場では、FRBの利下げは選挙前に1回、おそらく9月と見られている。とはいえ、金曜日の雇用統計でサプライズがあれば、その確率は変わるかもしれない。

 ECBが利下げに踏み切れば、ドルは対ユーロで上昇する可能性が高い。エアバスや自動車メーカーなど欧州の輸出企業にとっては朗報かもしれない。同じ現象が世界の投資フローにも影響を与える可能性がある。マッコーリーグループのリサーチ責任者であるダン・マコーマック氏は、DealBookの取材に対し、「ECBが利下げを行い、FRBが利下げを行わないというシナリオでは、欧州株にとってプラスに働く可能性が高い」。FRBはもうひとつのワイルドカードだ。米国経済は堅調でFRBの利下げスケジュールを狂わせインフレリスクを生み出している。ジェフリーズのエコノミスト兼ストラテジストのモヒト・クマールは、「FRBが利上げを据え置けば据え置くほど、中央銀行の政策の違いがドル高、そして国内インフレを押し上げると懸念する他の中央銀行にとって重荷になる可能性がある。「FRBが今年全く利下げをしないというシナリオでは、ECBは今年3回の利下げではなく、2回の利下げを行うことになるだろう。 

ニューヨーク・タイムズ記事の予想どおりECB0.25%の利下げを行った。これについて6日付英ガーディアンは「ECB、主要金利を0.25ポイント引き下げ」と題する経済欄記事で、ECBが利下げ競争でFRBBOEを引き離したと以下のように報じる。

 ECBは、約5年ぶりに主要金利を引き下げ、ユーロ圏全域の借り手に対する圧力を緩和した。インフレ率の持続的な低下を理由にECBは預金金利を過去最高の4%から3.75%に引き下げると発表。金融市場は、20199月以来のユーロ圏の利下げを熱望し、ECBの主要なリファイナンス・オペレーション金利にも影響を与え、4.5%から4.25%に低下した。ECBは声明で次のように述べた。「9ヶ月間金利を高水準に維持したことで、インフレ率が低下した。金融政策の制限の程度を緩やかにすることが適切だ」と述べた。

しかし、ECBは今年と2025年のインフレ率が3月の予想よりわずかに高くなると予想している。2024年の平均インフレ率は2.5%、同じく2025年は2.2%で、それぞれ前回予想の2.3%2%を上回るとしている。ドイツ銀行のチーフ欧州エコノミストのマーク・ウォール氏は、インフレ率が前回予想を上回ったことで、ECBの政策担当者は今後の利下げに慎重になるだろうと語る。金融市場は、今年中に1回、来年中に3回の追加引き下げを行い、2025年末までにユーロ圏の金利をさらに1%ポイント引き下げると予想している。ウォール氏は次のように言う。「今回の声明は、次に何が起こるかについて、予想されていたほどガイダンスを示さなかったことは間違いない。その意味で、当面のトーンはタカ派的な引き下げだ。これはECBが政策緩和を急いでいないということだ。ただしUBSグローバル・ウェルス・マネジメントのユーロ圏チーフ・エコノミストのディーン・ターナー氏は、ECBの最新予測に示されたインフレ見通しは、今年後半のさらなる利下げを示唆していると述べた。「利下げのタイミングは不透明であるが、ディスインフレのプロセは確実に進行中で、ECBは他の中央銀行とともに、おそらく四半期に1回のペースで政策緩和を行う自信があるはずだ」

パンデミックやウクライナ紛争の初期影響からの回復スピードが加盟各国によって異なるため、ユーロ圏内にひずみが表れると予想されている。最近ユーロに加盟したクロアチアとルーマニアは、欧州委員会によれば、今年3%以上の成長が見込まれる国のひとつであり、インフレ率はそれぞれ3.5%5.9%である。欧州委員会の予測によると、フランスとオランダの今年の経済成長率は1%未満で、インフレ率は両国とも2.5%である。ラガルド総裁は、ECBは通貨圏全体のばらつきを認識しているが、成長率とインフレ率の平均に基づいて金利を設定するのが中央銀行の仕事だと述べている。ECBは、ユーロ圏の平均成長率は2024年に0.9%2025年に1.4%2026年に1.6%になるとしている。 

次に、利下げに関する主要メデイアの論評をみていく。66日付フィナンシャル・タイムズは、「The ECB’s precautionary first cut (ECBの予防的な最初の利下げ)」と題する社説で、クリスティーヌ・ラガルド総裁は、その後の動きについて口を閉ざしたままだが、ECBはピークにある金利の緩和については慎重に見極める必要があると以下のように論じる。

利上げサイクル開始から約2年、ECB6日に初の利下げを実施した。4%から3.75%への4分の1ポイントの引き下げは、ラガルド総裁がここ数カ月に予告していたとおりで、ECBは示唆していたことを実行し、現実的で予防的な動きをした。欧州の借り手はいくらか安心できるだろう。

中央銀行の仕事はリスクを計量することである。パンデミック以後、金利が十分に制限的でない場合、インフレ率の上昇がスパイラル状に高まることが懸念されてきた。しかし、その力学は徐々に変化してきた。現在、インフレ率は低下傾向にあり、先進国全体で2%に近づいているため、信用コストの高さが経済活動に与える影響が注目されている。金利が高すぎる状態を長く続ければ、インフレ率は過度に低下し、成長率も低下する可能性がある。ユーロ圏のインフレ率は、先月若干の上昇を見せたものの、今年に入ってからは2%に向かって緩やかに下降している。先行指は有望である。また、求人情報サイト「インディード」が追跡している求人広告に掲載されている賃金の下落もそうだ。

物価上昇ペースが鈍化するディスインフレ傾向が続くという兆候は、18ヵ月に及ぶ弱い四半期経済成長率と相まって、最高水準にある金利規制を撤廃する十分な根拠となる。最近の指標では、経済活動はより楽観的にみえるが、貸出状況は厳しく、雇用計画は減少しており、依然として抑制的であることを示唆している。ラガルド総裁は、ECBのその後の動きについて口を閉ざしたのは賢明だった。 

上記のように論じた社説は、5月にユーロ圏のインフレ率が上昇したことと、サプライチェーンや関税体制をめぐる世界経済の不確実性が続いていることを併せ考えると、物価にはまだ上昇リスクが残っていることがわかると述べ、従って、本日の25bpの引き下げは、ECBの政策を相対的に制限的に維持するもので、ユーロ圏経済の弱点を弱めるための慎重な措置と見るべきであり、矢継ぎ早に緩和サイクルを始めようとするものではないと論じる。 

同じく67日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは、「The ECB’s Leap Ahead of the Federal Reserve (日本版記事:【社説】ECBFRBに先んじた利下げ)」と題する社説で、ECBのラガルド総裁は欧州のインフレ鈍化継続を想定して利下げを決断したが、他のリスクを生み出したと概略以下のように論じる。

 ECBは、主要政策金利を0.25%引き下げて3.75%とした。ECB独自の経済モデルで示されたインフレ率の低下継続見通しに基づいて利下げに踏み切った。危機の広がりを背景としない政策金利の引き下げは、ECB20年以上の歴史の中で初めてだ。利下げがユーロ圏のリセッション(景気後退)のリスクを抑制すると考えているが、この決定によって他のリスクが生じることになる。現時点で利下げに踏み切るのは、ディスインフレ(インフレ率の低下。disinflation)が進むとされている中で、インフレが鈍化すれば実質金利が上昇するため、金融政策が意図した以上に引き締め的になるリスクがあるということを根拠としている。ECB当局者は、緩和政策を今実行しなければインフレ率が目標を下回る恐れがあると述べている。つまり、彼らの政策が成長を阻害する恐れがあるということだ。

これは実際にユーロ圏で起きているのだろうか。インフレ率がECBの目標である2%に徐々に向かっているかどうかは不明だ。5月の消費者物価総合指数の上昇率は前年同月比2.6%(それ以前の2カ月の2.4%から上昇)で、最も重要なドイツでは同2.8%だった。ECBが安心材料としているモデルは、インフレの原因(および特にインフレ期待が果たす役割)についての仮定に依拠しているが、これらは近年、当てにならなくなっている。ラガルド氏は、FRBのパウエル議長が抵抗感を示しているリスクを取ろうとしている。パウエル氏は、インフレ目標を達成しつつあることを示す具体的な証を確認するまでFRBは米国の金利を引き下げないとの考えを示している。

ユーロ圏の経済成長は実質金利の上昇にもかかわらず、あるいはそのためか、かなりよく持ちこたえている。ユーロ圏の今年1-3月期のGDPは前期比で0.3%増となり、それまで2四半期続いていたマイナス成長を脱した。欧州は経済成長の問題に直面しているが、それはECBが解決できる問題ではない。それよりも、ドイツの製造業を阻害しているグリーンエネルギー政策や生産性の低い企業を保護するイタリアの破産法、起業家精神をくじくフランスの税率を廃止すべきだ。

 ECBにとって最大のリスクは、為替レートに関するものだ。為替レートの変動はFRBとその他の中央銀行の政策の相違によってもたらされる。そして、ラガルド氏はユーロが下落する可能性を高めている。ユーロは、ECB当局者がここ数週の間に6日の利下げがほぼ確実だと示唆したことを受けて、対ドルで値を下げ始めていた。ユーロは6日の会合までの2日間に対ドルで0.31%下落していた。為替レートの変動は悪影響をもたらす。そうした影響の中には、投資の流れの混乱、エネルギーを中心とする輸入価格のさらなる上昇、そして2期目のトランプ政権が関税を課す口実をみつけた場合に新たな貿易戦争が起きるリスクなどがある。1回の小幅な利下げは決して急進的な変化(radical shift)ではないが、金融緩和はただで手に入るものではないのだ。 

最後に、金融政策と並んで注目される単一通貨ユーロの在り方に関する最近の論調を観察する。612日付フィナンシャル・タイムズは、「Why Europe must safeguard its global currency status (欧州が世界通貨としての地位を守らなければならない理由)」と題する市場関係の論説記事で、地政学的な変化の中でユーロがその役割を維持・強化するには、さらなる改革が必要だと以下のように論じる。筆者は、ECBの政策決定機関である政策理事会のメンバーであるピエロ・シポローネ氏。

この四半世紀の間、ユーロはドルに次ぐ重要な世界通貨であった。コロナウィルスの大流行、ロシアによるウクライナ戦争、中東の悲劇的な紛争にもかかわらず、ユーロはその回復力を示してきた。国際通貨に占めるユーロのシェアは19%以上と推定され、この5年間はほぼ安定している。とはいえ、ユーロの国際的役割に関するECBの報告書が示しているように、ユーロの国際舞台での地位は当然のものとは言えない。さらなる改革が必要だ。世界貿易における中国の役割はますます大きくなり、自国通貨の利用を促している。2023年までに、中国の貿易インボイスに占める人民元の割合は、商品で約4分の1、サービスで約3分の1にまで上昇する。人民元はユーロと競争し、貿易金融で2番目に使用される通貨になる。

歴史は、世界の通貨の進化が世界の地政学的秩序と深く関わっていることを示している。多極化が進む世界では、グローバル通貨システムの分断はもはや遠くない可能性である。地政学的リスクの分散と防御のため、中国を筆頭とする中央銀行は、第二次世界大戦後最速のペースで金を蓄積している。また、ロシアを制裁している国の通貨ではなく、自国の通貨を国際貿易取引でより多く使用する方法を模索している国もある。しかし、国際決済においてほどグローバルな通貨システムの分断化のリスクが目に見える分野は他にない。決済システムを統合し、複雑さと利用者のコストを軽減すべき時に、一部の国々は既存のグローバル・インフラに代わる別のプラットフォームを意図的に構築している。例えば、中国、イラン、ロシアは独自のクロスボーダー決済メッセージングシステを構築し、BRICS加盟国はデジタル決済と決済をつなぐ「ブリッジ」プラットフォームについて議論を始めている。こうした動きは、資本の円滑な流れを乱し、グローバルな金融システムの効率を低下させる可能性がある。

このような変化を考えると、ユーロの世界通貨としての地位を維持しようとする経済的、政治的な理由には説得力がある。この地位は、国際資本市場での借入コストの低さや為替レートの変動からの保護など、欧州市民に具体的な利益をもたらす。さらに、分断化された地政学的状況において、ユーロの世界通貨としての地位は、欧州の人々を外的な金融圧力から守ることで、戦略的な自律をもたらしている。

国内的には、外国人投資家にとってのユーロの魅力は、物価の安定と健全な経済政策への十分に定着した期待に支えられたユーロの安定性に対する信頼の維持にかかっている。また、ユーロの魅力は、安全なユーロ建て債券の市場規模と流動性、そして特にストレス時の避難先としての基盤となる市場インフラの回復にかかっている。公的準備当局者の大半はユーロの保有を増やすことに関心を示しているが、ユーロの魅力は高格付けの資産や中央政府発行の債券の不足によって妨げられていると指摘している。

したがって、安定した技術的に強靭で深みのある国際的に通用するユーロ債市場の構築が不可欠である。だからこそ、EU各国の資本市場を統合して単一の資本市場の創設を目ざす試みである欧州資本市場同盟の構築は、単一通貨ユーロを創設したEU経済通貨同盟の財政的側面をさらに強化する努力と手を携えて進められなければならない。対外的には、欧州は主要なパートナーとの間でユーロによる国境を越えた決済を行うためのインフラをさらに整備する必要がある。これには、例えば、ユーロ圏の即時決済システムを二国間リンクを通じて、あるいは共通の多国間プラットフォームに接続することによって、他の法域の高速決済システムと相互リンクさせることが考えられる。このような措置は、新興国を含む主要なパートナーとの貿易・金融関係を強化することができる。また、将来的に中央銀行のデジタル通貨が国境を越えた決済に使われる道を開く可能性もある。故ロバート・マンデル(ユーロ創設に多大な影響を与えたノーベル経済学賞受賞者)はかつてユーロについてこう語っている。「ユーロは、経済的に改善が期待されたすべての面において、目を見張るような成功を収めた」。安全性、流動性、連結性を強化することでユーロは確実に世界の通貨システムの要として強化され続けられよう。 

結び:以上のようなメディアの論調を次の4つの観点からまとめてみたい。第1ECBの金融政策における今回の利下げの意義、第2に今後のECB金融政策の展望、第3に利下げのユーロ圏経済へ及ぼす影響、第4に単一通貨ユーロの在り方に関する論議である。 

1に今回の利下げの意義については、肯定的見方と批判的見解に分かれている。前者の見方を示すフィナンシャル・タイムズ社説は、ECBは示唆していたことを実行し、現実的で予防的動きをしたと評する。理由として、18ヵ月に及ぶ弱い四半期経済成長率に触れて、金利が高すぎる状態を長く続ければインフレ率は過度に低下し、成長率も低下する可能性があると述べ、ユーロ圏のインフレ率は今年に入ってからは2%に向かって緩やかに下降していると指摘する。これに対してウォ-ル・ストリート・ジャーナル社説は、ECBは景気に対して引き締め的になるのを回避するために利下げをしたが、これはFRBが取ろうとしていないリスクを取り、他のリスク、すなわち為替レートの変動可能性を高めたと批判する。為替レート変動の悪影響として、投資の流れの混乱、エネルギーを中心とする輸入価格のさらなる上昇、新たな貿易戦争が起きるリスクなどを挙げ、1回の小幅な利下げは急進的ではないが金融緩和は代償を伴うと指摘する。

確かに、利下げはユーロ圏経済の最近における成長率やインフレ率の動きを踏まえた予防的施策と言え、利下げに備えてECBは事前に市場に対してメッセージを発信し、慎重に事を運んだと言える。ただし利下げがユーロに対して下落圧力をもたらすことは否定できない。これはドル円の金利差を主因とする厳しい円安に悩む日本の現状を考えれば十分理解できよう。ECBもそうした事態を十分考慮したうえで決定したと思われ、そのデメリットよりもインフレや景気情勢の動向をより重視したと考えられる。 

2ECB金融政策の今後の展望については、フィナンシャル・タイムズ社説は、5月のユーロ圏インフレ率の上昇とサプライチェーンや関税体制をめぐる世界経済の不確実性が続いていることを考えると、物価にはまだ上昇リスクが残っているとして25bpの利下げは、ユーロ圏経済の弱点を補うための措置と見るべきであり、矢継ぎ早に緩和サイクルを始めようとするものではないと論じる。これが大方の見方と思われるが、ニューヨーク・タイムズが別の観点から、ECBの利下げが阻まれる可能性を指摘しているのが参考になる。同紙は、FRBがひとつのワイルドカードだと述べ、FRBが今年全く利下げをしないというシナリオでは、ECBは今年3回の利下げではなく、2回の利下げを行うことになるだろうと予想し、そのFRBの利下げについては11月の米大統領選挙前に1回、おそらく9月と見られていると述べ、雇用統計次第でその確率は変わるかもしれないとコメントする。ただし、ディスインフレのプロセが確実に進行中だとして、ECBは他の中央銀行とともに、おそらく四半期に1回のペースで政策緩和を行うとの英ガーディアンの見方にも留意しておくべきだろう。いずれにせよ、ユーロ相場の変動可能性との関連もあり、FRBの今後の動きを注視していく必要がある。 

3の利下げの欧州・ユーロ圏経済に与える影響については、まず、パンデミックやウクライナ紛争の初期影響からの回復のスピードは各国によって異なるため、ユーロ圏経済にひずみが表れるだろうとのガーディアンの予測に注目したい。これについてラガルド総裁は、ECBは通貨圏全体のばらつきを認識していると述べ、成長率とインフレ率の平均に基づいて金利を設定するのが中央銀行の仕事だと語っており、今回の利下げもそうしたユーロ圏のひずみを考慮したうえでの決定と理解できる。なおECBは、ユーロ圏の平均成長率を2024年が0.9%2025年が1.4%2026年が1.6%になると予想し、成長率が上昇傾向にあるとの楽観的といえる見方を明らかにしている。今回の利下げもそうした予想をテコ入れする試みと言えるかもしれない。

また、もう一つの論点として経済成長はECBが解決できる問題ではないとするウォ-ル・ストリート・ジャーナルの指摘がある。社説は、金融政策よりもドイツの製造業を阻害しているグリーンエネルギー政策や生産性の低い企業を保護するイタリアの破産法、起業家精神をくじくフランスの税率を廃止すべきだと論じる。これは金融政策の限界を指摘する主張として理解しておくべきだろう。さらにユーロの変動可能性の高まりがもたらすユーロ圏経済に与える影響を注視すべきであり、第1の観点で触れたような諸点の欧州経済に与える影響を注視していく必要がある。 

4に通貨ユーロの在り方に関する論議では、まずウォ-ル・ストリート・ジャーナル社説が、ECBは景気に対して引き締め的になる金融政策を避けるために利下げしたが、他のリスクを引き起こしたとし、為替レートの変動可能性を高めたことを挙げているのが注目される。他方、今回の利下げとは直接関係はないが、フィナンシャル・タイムズがユーロを世界通貨としていっそう強化すべきだと論じている。これはECB理事の見解であるだけに貴重な提言と言える。特に多極化が進む世界では、グローバル通貨システムの分断の可能性が近づいているとし、その分野として国際決済を挙げ、中国の人民元がユーロと競争し貿易金融で2番目に使用される決済通貨になると懸念を示している。これは経済安保面の問題として欧州で高まる中国に対する警戒感を反映した見方として理解できよう。記事は中国、イラン、ロシアによる独自のクロスボーダー決済メッセージングシステも引き合いに出し、既存のグローバル・インフラに代わるプラットフォームの意図的構築として危惧を表明している。これも同様な問題意識によるものと言えよう。

また注目すべきは、ユーロの世界通貨としての地位の維持確保が、国際資本市場での借入コストの低さや為替レートの変動からの保護などの観点から欧州市民に具体的な利益をもたらすこと、また外国人投資家にとってもユーロの安定性に対する信頼の維持が重要で、安全なユーロ建て債券の市場規模と流動性、そして特にストレス時の避難先としての基盤となる市場インフラの回復力がユーロの魅力となるとの指摘が、世界通貨ユーロの強化を主張する意義を明解に説明していると言える。

そのために、安定した強靭で深みのある国際的に通用するユーロ債市場と欧州資本市場同盟の構築推進を挙げているのは、EU加盟国間で資本市場と財政統合を同時並行して進める提案として注目したい。同時にユーロ圏の即時決済システムの二国間リンクや多国間プラットフォーム接続による他法域高速決済システとの相互リンクを挙げ、それにより新興国を含む主要パートナーとの貿易・金融関係の強化や中央銀行デジタル通貨によるクロスボーダー決済への道を開く可能性があると提言している。世界通貨としてのユーロの強化に資すると同時にグローバル通貨システムにおける国際決済システムの分断を未然に防止する提案として意義があると言えよう。

要すれば、欧州経済の核となるユーロ圏は、通貨統合は果たしたものの財政と資本市場の統合が依然として大きな課題として残されており、記事は、ユーロのグローバル通貨としての地位を万全とするにはユーロ経済圏の共同予算編成や共通債券発行が可能となる財政統合が必要だと改めて主張していると言えよう。米ドルの強みの一因は、米国債に対する強い信頼感とそれを支える奥深い米国債市場にある。ユーロもEU債の発行流通の促進とそれを支える奥深いユーロ建てEU債市場の構築が欠かせない。ユーロ圏の即時決済システム強化の提議は、第1EU債の発行流通、第2にユーロ債市場の整備、そして第3に分断の危機にある国際決済分野でユーロ圏の即時決済システムを強化し、グローバル通貨、ユーロを支える3本メ柱として強化しようと訴えているといえよう。

以上を要約すると、今回のECBによる利下げは現実的で予防的な対応といえるが、見方を変えるとFRBが取ろうとしていないリスクを取ったことを意味し、それはまた、別のリスク、すなわち為替レートの変動可能性を高めたと言える。今後を展望すると、ECBは成長率やインフレ率などのデータと共に予想しがたいFRBの動きとユーロ圏経済のひずみへの対処という課題の下で金融政策を進めていくことになる。しかも、経済成長については金融政策に限界があり、EUや各国当局の協力が欠かせない。有力な打開策はEUが通貨統合をさらに進め、財政の統合という聖域に踏みこむことである。金融、通貨政策はもともと政治からの独立という中立性のコンセンサスがあるが、財政は国家主権の本丸にある。これを放棄するには強い抵抗感がある。それを乗り越えていくのがEU、ひいてはユーロの発展拡大に不可欠な挑戦となっている。EU・ユーロ圏は正念場を迎えている。

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(主要トピックス) 

2024

618日 ロシアのプーチン大統領、北朝鮮を訪問。金正恩総書記と会談。

19日 訪朝中のロシアのプーチン大統領、北朝鮮と軍事や経済に関する

「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結。

中国の李強(リー・チャン)首相、マレーシアを訪問。アンワル

首相と会談。

20日 ロシアのプーチン大統領、ベトナムを訪れ共産党の最高指導者の

グエン・フー・チョン書記長らと会談。

米財務省、外国為替政策報告書で為替操作の有無を注視する「監視

リスト」に日本を追加。

21日 中国の司法・国家安全当局、台湾独立勢力による「国家分裂」行為に死刑を適用する新指針を発表。

23日 韓国の次期駐日大使に朴喆熙(パク・チョルヒ)国立外交院長が内定。

25日 日韓財務会合、開催(ソウル)。

26日 対ドルの円相場、一時1ドル=160円39銭まで下落。

27日 中国共産党、中央政治局会議で李尚福前国防相と魏鳳和元国防相の党籍剝奪を決定。重大な規律・法律違反が理由。

29日 中国政府、レアアース(希土類)を国家所有と明記した管理条例を10月1日に施行すると発表。

7月 2日 中国とフィリピン両政府、マニラで南シナ海の領有権問題に関する外務次官級協議を開催。

3日 上海協力機構(SCO)首脳会議、カザフスタンの首都アスタナで開幕。ベラルーシの加盟で加盟国は10カ国に拡大する見通し。

8日 日本、フィリピン政府、南シナ海における現状変更防止を目的としたハイレベル外務防衛会議を開催。

9日 インドのモディ首相、ロシアを訪問、プーチン大統領と会談。ウクライナ侵攻の対話での解決を提議。

10日 日本と太平洋島しょ国、都内で初の法相会合を開催。「法の支配」の重要性を共有。

12日 中国国防省、中ロ両軍が広東省湛江沖で合同演習を開始と発表。9〜11日に開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議を牽制。

15日 中国共産党、第20期中央委員会第3回全体会議(3中全会)を開催。中長期の経済改革を議論。

 

主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)THE GUARDIAN (ガーディアン)BLOOMBERGBUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)TIME (タイム)THE ECONOMIST (エコノミスト)REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。 

バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教授

前田高昭 


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