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NY からひとこと 頭脳明晰
知求図書館 11月7日号WEB雑誌「今月の知恵」コラム
頭脳明晰で生まれたとなれば、本人にとってはとても有難いことであろう。その後の人生にも役立つことは多いだろし、多くのチャンスがやってくるはずだ。しかし、どの国に生まれたかで、その頭脳明晰性が役に立たない、どころか、人生を負の方へ引っ張ることにもなりかねない。その国の国民として生まれたが為に、運命が激変してしまう、という例もあるようだ。少し前の例だが、60 年代から 70 年代半ばにかけて、中国では文化大革命が実行された。多くの文化人や国際政治学者などが抹殺されてしまい、国の運営が著しく滞った。その後、疲弊した国民を再起させて国力を回復させるのに、20 年以上費やしたとされる。
世界上位大学ランキングのトップ 7 割近くが米国に存在している。移民の国である米国が、早くから移民誘致や移民の頭脳を米国へ引き入れて最大限に利用してきた政策の結果であろう。また、米国は、移民や学生に限らず、究極の才能と言えるノーベル賞学者も次々と他国から呼び込んで、自国の力としてきた。国別ノーベル賞受賞者の輩出数を見ると、米国がダントツ 1 位を誇り、その数は受賞者全体の 8 割をも占める。しかし、その出生地を見れば、大半が他国出身者で、米国へ誘致され研究を続けて、米国で受賞したというケースが多い。一方で、米国から他国に出て受賞した「頭脳流出」はほとんどいない。つまり、米国人に頭脳優秀者が多いのではなく、人材として、頭脳明晰者を呼び込み、自国の糧としてしまう「頭脳流入」の技術に長けているのだ。この国は、世界のビッグブラザーとして、単にフレンドリーに移民に門戸を開いているわけではない。
2022 年、イギリス政府は、国際ランキング有名大学卒業生には、イギリス優遇ビザを提供する、という政策を発表した。技術革新や起業の「国際拠点」づくりが狙いで、現地企業との雇用契約がなくても就労ビザを出すという。つまりは、外国人を的にした頭脳の青田刈りである。日本生まれで、頭脳明晰・才能に恵まれている者も数多く存在するが、すでに外国に取り込まれている若者も多い。吉村妃鞠(天才バイオリニストと称される若干 12 歳)は、幼少期から各国コンクールで数々の優勝を納め、その才能には早くから欧州が目を付けていた。現在は、超難関校とされる米国カーチス音楽院に最年少で入学し、さらに高い技術を磨いている。
蚊に刺されやすい人か否かという点に興味を持った、田上大喜君は、高校生時代の夏休み研究課題として発表したが、その研究方針や精度に注目が集まり、その後、米国コロンビア大学へ進学して研究を続けた。現在は英国オックスフォード大学院で博士号過程に就き、遺伝子細胞と蚊の誘因相関性を調べている。いずれも、日本にはない、飛び級制度や、召喚奨学金制度などから実現した経歴である。こう言った取り組みは、各国による頭脳への先行投資とも言え、これらの人材達が開花した暁には、その国へ大きな経済効果をもたらすこととなる。若く類まれな才能は、あっという間に世界中から注目されて、あるいは他の国へとリクルートされていってしまう中で、残念ながら、日本は頭脳を流出させやすい国となっている。
雅子妃(現皇后さま)の頭脳明晰さも稀にみるもので、日本人では稀有な才能の持ち主と言える。皇室に入らなければ、多分、国際舞台でかなりの活躍をされた事だったと思うが、皇室という閉ざされた世界に入られて、その後、精神疾患を発症、あわや国民からもバッシング対象とされた事は、見方を変えれば、閉鎖的な「頭脳の無駄使い」といっても過言ではないだろう。イチロー選手や世界の指揮者と称された小澤征爾さんなども、日本国内での軋轢から米国へ転出、見事に開花したが、その経済的効果は、米国側で計上されてしまったとも言える。現在では、大谷翔平選手が良い例で、この国に計り知れないほどの経済効果をもたらしている。しかし、もし彼が日本という環境下に居続けたとしたら、果たしてこんなビッグ・スターが誕生したのか、という疑問点も残る。(もちろんご本人の度量と人並み外れた努力性は大きな要因であるが)優れた人材を国がどのようにマーケティングしていくのか、という相互関係・相乗効果による所が大きいと言えるだろう。
今後、人口減少が大きな障害とならざるを得ない日本は、こういった将来有望の人材こそ、自国の戦略として確保する育成政策や優遇制度を持つべきであろう。指摘されている日本の弱点として、社会構造の閉鎖性、経営幹部の能力や国際経験の不足、言葉の壁などが挙げられている。移民法やビザ発給サポートにしても、生活環境の提供にしても、融通性をもたないと、誰も移民してこない、(中身の薄い)経済国となり下がってしまうだろう。
世界情勢の風向きで、人間の移動経路も変わる。ロシアのウクライナ侵略後、20万とも30万ともされる人々が国外に流出、その多くはIT分野の人材とされる。また、米中対立の激化で風向きは変わりつつあり、今後、頭脳明晰者は果たしてどちらへ向かっていくのか。半導体や量子、人工知能などの重要分野では米国は頭脳流出に神経をとがらせる。欧州や日本も警戒を強める中、高度人材の争奪戦が今後の覇権争いの焦点の一つともなるだろう。魅力的な国家形成と各国へのアピール、移民優遇性、国民の育成方針など、やがては国力の源となる、重要な要因と認識すべきである。
(書籍紹介):The Algebra of Wealth -a simple formula for financial securityScott Galloway(Author) Publisher: Penguin Random House LLC, (Apr 2024 release)
スコット・ギャロウェイの最新著作。世界 22 か国で翻訳され、ベストセラーとなった The Four :The Hidden DNA of Amazon, Apple, Facebook, and Google : 2017 年出版)
(邦題名:GAFA―4騎士が創り変えた世界)は、世界経済を牽引するまでに成長した 4社を解説したビジネス書であったが、その後出版した Algebra of Happiness(邦題名:幸せへの方程式)は、がらりと視点を変え、ビジネス成功者としての経験から、成功へ導く内面性、自己管理力、幸せを呼び込む方法論などを解説した自己啓発書。本書は、Algebra ~シリーズ第2版目となり、自己投資・管理方法などに焦点をあてたもの。4 月2024 年出版予定。
(著者紹介)スコット・ギャロウェイ:NYU ビジネススクール大学院教授。国際デジタルマーケティングやブランド戦略を専門とする。自らも 9 社を起業して成功裡に導いた実績を持つ。世界のビジネススクール TOP50 教授にも選出。また、多方面からの収入の一部は、勤務先 NYU の留学生奨学寄附金とするなど、次世代への育成にも強い関心を示す。2017 年出版の The Four :The Hidden DNA of Amazon, Apple Facebook, and Google (邦題名:GAFA―4騎士が創り変えた世界)はベストセラーとなり、日本語翻訳本でも 15 万部を売り上げた。
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谷口知子
バベル翻訳専門大学院修了生。NY 在住(米国滞在は 35 年を超える)。米国税理士(本
職)の傍ら、バベル出版を通して、日米間の相違点(文化/習慣/教育方針など)を浮彫り
とさせる出版物の紹介(翻訳)を行う。趣味:園芸/ドライブ/料理/トレッキング/(裏千
家)茶道/(草月)華道/手芸一
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