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「翻訳とは何か?翻訳に関わり続けた四十八年を振り返る—その③」                                 バベル・グループ代表 湯浅美代子

 前号では、1974年からこれまでの48年に亙る回想の第2回を書きました。今回はその第3回となります。

 今回のテーマは、月刊誌『翻訳の世界』を創刊して『翻訳とは何か?』を探求していこうとした次第、足跡について、振り返ってみたいと思います。ところで、読者の中に、この『翻訳の世界』というタイトルの雑誌についてご存知の方はおいででしょうか?何しろ、創刊は1976年10月ですから、未だ生まれていない方も多いかと思われます!! 

 このタイトルを何故つけたかと言うと、まさに、哲学専攻の大学院を中退して、実業つまりビジネスの世界へと足を踏み入れたわけですが、何といっても自分本来の思考パターンが変わるわけではなく、学術研究の世界よりうんと刺激的な【実業=つまりビジネスの世界の探求】へと足を踏み出したのですから、さあ!これから何をすれば『翻訳』について自分が取り組む新たな事業を展開できるだろうか!!と考えました。そして、いろいろ考えた末、「翻訳をテーマにする専門月刊誌を創刊して『翻訳』について探求をしていこう!」と決めたという訳です。そこで、本誌が世間ではどういう風に見られているのかを引用してみます。 

翻訳の世界 - Wikipedia

『翻訳の世界』(ほんやくのせかい)は、バベル(バベルプレス)発行で、月刊刊行されていた、主に翻訳学習者に向けた翻訳業界専門誌。1976年11月創刊。名称を2000年7月号より『eとらんす』に、2005年2月号より『e trans learning』に、2008年8月号より『The Professional Translator』に変更し、2010年2月号からはWebマガジンとして刊行している。 

主な編集長

  • 杉浦洋一(~1985年)
  • 丸山哲郎(1985年~)
  • 今野哲男(1993年~)
  • 坂本久恵(1995年~)
  • 堀田都茂樹(1998年~)

とあるように、5人、5代の編集長の皆さんに、色々と試行錯誤をしながら「翻訳の世界」とは何か?という探求のプロセスを展開していただいたという訳です。

 ところが、ちょっと表には出てこない創刊時の事情、裏話を書くと、初代編集長となっている杉浦編集長の計らいで、創刊号だけは、ある程度私がイメージを作っていたので、それを思いやっていただきイメージしていた企画を採用してもらったのではないかと思います。

 ところで、あなたは「翻訳の世界」というタイトルを見て、読んで、どのように感じますか? 「世界は翻訳である!」とは言っていませんが、しかし、「翻訳の世界」というタイトルには、そのような意味、意図を含めて名付けたのです。大学院を中途で退学し、研究者からビジネスで自立していくという新世界秩序?!へ、と参入していこうとする心の在りかを表現したかったとも言えます。 

 この様な体験の経路を通り抜けながら、月刊誌「翻訳の世界」は誕生したことを思い出します。今、久しぶりに回想しながら目にしてみると、なかなか適切な名称をつけることができた!と感じます。哲学の教室から、現実のビジネス世界に足を踏み入れ、翻訳という二重国籍を足場としながら、それを統合、超越する世界へと足を踏み入れてこそ実現したタイトル表現だったと言えます。

 かなり、我田引水ですが!?(笑) 

 タイトルというのは、主張したい内容の趣旨を端的に表現するものですから、始めて翻訳というものに取り組み、その意味や趣旨、それ自体の仕組み、構造とか、社会的な意義、役割、価値など多様な側面をもっていることに深く入り込んでいくわけですが、これらを、単に一つの連なりとして辿ることもできるし、また、多様性の観点から、関連のキーワードごとに区分け整理していくこともできます。月刊誌ですから、これらを毎月、常連の執筆者の方々と多様な読者の方々を出合わせ、つなぎ合わせるという、ある種の創造活動ともいえる興味深さと同時に、テーマの本質へとたどりつけるのかどうか?という不安が沸き上がってくるのです。

 月刊雑誌の編集・発行という作業は初めての体験でしたが、とても興味深く感じていました。もちろん編集作業を自分自身が担当するのではなく、創刊者としての自分の意思・理念を代弁して、雑誌としての商品価値に変換・表現する実際の編集者⇒「編集長」の企画力、表現力の力量に負うところが大きいわけです。始め、発行者と編集長を同一人でできるといいなと考えたわけですが、私自身は翻訳の世界の探求者というより、翻訳教育事業の企画運営、月刊「翻訳の世界」誌を創刊し、さらに翻訳出版事業へとどう成長させるか、という事業進展のかじ取りを担っていたための取り組みであったと言えるのです。 

 そこでは、翻訳者を育てたその後の彼らのビジネスをどう継続発展させればよいか? とか、検討課題としてあげられるテーマはたくさんあったのです。それは、つまり、よく言えば、やりたい放題!だったとも言えるのです。そして、もっと言えば、手立てはゼロで、既成の仕組みを応用すればよかったというレベルではなく、「翻訳」という新しい概念をいかに現実のビジネスとして誕生させるか?を、試行錯誤しようという状態で、まさに『スタート』であり、原初の状態にあったと言えます。 

 ビジネスも初体験、教育事業運営も雑誌の創刊も初体験、そんな状態で、誰かに相談することもできない状態で始めた「翻訳教育と専門月刊誌の創刊」でしたが、意気込みだけは元気いっぱい、というような状態だったと思い出します。まさに、怖れを知らぬ初心者だったと言えます。然し、ある意味で、これがこの50年を継続できる為のまさにスタートの実態であったことを思い出します。今、思い返せば、何という幸運、ビジネスチャンスに恵まれたスタートだったのだろう!という感動が沸き上がります。

 さて、翻訳をテーマにして翻訳の世界について探求していこう!という意志を明確に表現したタイトルとなった、月刊「翻訳の世界」を創刊してどんどん時は過ぎていき、言わば、高度成長期ともいうべき社会の変化、それに伴うような事業の成長、市場の変化に合わせて、そのタイトルも『翻訳の世界』から、『eとらんす』へと変換していきました。今振り返ってみれば、翻訳の世界から次の【eとらんす】へと伝達、変換されながら、『翻訳とは何か?』の探求を継続することができたのです。素晴らしい幸運に恵まれたとしか言いようがありません。読者、受講生の皆様、講師の皆様、編集・運営スタッフの皆様など関係するすべての皆様に、感謝の念が沸き上がってきます。皆様、本当に有難うございました。

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