
東アジア・ニュースレター
海外メディアからみた東アジアと日本
第186回

バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教
中国が「100年に一度の大変革」という新たな規制を打ち出した。外国企業を対象にした4月の規制に続き、海外投資を目指す中国企業を対象にして国家安全保障審査を義務付けた。メディアは、中国が自国の技術とサプライチェーンの周りに築き上げた「経済要塞」の新たな青写真になると指摘する。
台湾問題では、中国の習主席がトランプ米大統領との首脳会談で「トゥキディデスのわな」という故事を引用して警告を発したとメディアが伝える。習発言の意図は、台湾に関する中国の野心への干渉排除と米国による台湾への武器売却の阻止にあったとみられれているが、この歴史への言及にだまされてはならないとメディアは警告する。
韓国の造船会社は世界の受注総数の21%を占める強力な立場にあり、政府は昨年、関税回避策の一環として、米国での造船プロジェクトへ1,500億ドルの投資を約束した。しかし、業界は人口減少に加え、危険で低賃金のため若者離れが進み深刻な人材不足に陥っており、外国人労働者への依存が高まっている。
北朝鮮を中国の習主席が訪問した。この訪朝は2つの意義があったとみられる。第1は中国にとって北朝鮮の対ロ傾斜に歯止めかけ、北朝鮮にとっては中国から経済技術的援助獲得に結び付くことになった。第2に北朝鮮が核保有国であることを中国に暗黙に認知せしめたことである。
東南アジア関係では、インドネシア中央銀行が通貨安定とインフレ率の目標範囲内維持を目的として25bpの政策金利引き上げを決定した。中央銀行は、ルピア建て証券の利回りの引き上げや海外投資家向けのヘッジ用スワップコストの引き下げなどの外資流入措置も講じたが、投資家の一部は依然として懐疑的だとメディアは報じる。
インド政府は外貨資金の流入促進と通貨ルピーのテコ入れを目的として、外国機関投資家を対象に国債の売却益にかかるキャピタルゲイン税などを免除すると発表した。大統領令により、国債から得られる利子およびその売却、交換、譲渡によるキャピタルゲインが、税務当局への所定の情報提供といった条件を満たすことで非課税となる。
主要紙社説・論説欄では、米連邦準備制度理事会(FRB)議長の交代人事に関する主要メディアの報道と論調を観察した。新議長は前任者と同様に大統領からの圧力に抗せることを早急に証明する必要があると論じる。
§ § § § § § § § § §
北東アジア
中 国
☆ 経済の要塞を築く中国
世界的な緊張の高まりを受け、中国が経済の要塞を築いていると6月5日ニューヨーク・タイムズが伝える。記事は、中国政府はこうした措置は国家安全保障のために必要だと主張しているが、中国企業の海外での成長に向けた取り組みを困難にする可能性があると次のように報じる。
中国は資金、技術、企業の国外流出を防ぐための壁を築き上げている。政府は今週、中国企業の海外進出を鈍化させる規則を発表した。政府の最高意思決定機関である国務院は、海外投資を目指す中国企業に対し、国家安全保障審査を義務付ける新たな規則を発表したのである。この動きは、外国企業がサプライチェーンを中国国外に移転しようとした際に当局が介入することを認めた4月の規制に続くものだ。これらの措置を総合すると、欧州や米国との緊張が高まるなか、中国が自国の技術とサプライチェーンの周りに築き上げている「経済要塞」の新たな青写真となる。この規則は、数十年にわたり世界の大部分を支配し、中国の驚異的な台頭を後押ししてきた「開放市場」と「自由貿易」という経済原則がより分断された時代へと道を譲りつつあることを示す新たな兆候である。
ワシントンからブリュッセルに至るまで、世界最大の経済大国は経済統合の深化よりも貿易障壁を選択している。その背景には、原材料、製造品、技術における中国の世界的な支配力への懸念の高まりや、世界中で中国製品が急増していることが一因としてある。「法律によって資本、人、技術、貿易の流動が容易に認められていた世界からは、すでに離れてしまった」と、香港のホーガン・ロヴェルズ法律事務所のパートナーで貿易専門家のベン・コストルゼワ氏は述べた。「20年前に構想された『チャイメリカ』経済は、結局のところ幻想に過ぎなかった」と、同氏はかつて流行した中国とアメリカの合成語に言及して語った。
中国当局はこの新時代がどのようなものになるか、すでにその一端を示している。中国人のエンジニアが設立した人工知能(AI)企業マナス(Manus)のメタ(Meta)による20億ドルの買収を阻止した。米国から制裁を受けた中国の製油所に対し、制裁に従わないよう指示した。また、国営のセキュリティ機器メーカーに対し、欧州連合(EU)の調査官との協力を拒否するよう命じた。こうした一連の行動により、中国当局は米国や欧州との対立へと一歩ずつ近づいている。中国の政策立案者たちは、外国政府による関税やその他の制限措置への対応として輸出規制や対抗措置、貿易制裁という武器を次々と整備してきた。国務院の新規則は、その取り組みを中国企業の海外活動にまで拡大し、中国の投資が制限された場合に中国政府が外国企業や個人に対してどのように報復できるかを概説している。
また、この規則は当局に対し、海外でのビジネス機会を求める中国企業を精査する新たな権限を与え、投資を「奨励」「制限」「禁止」の3つのカテゴリーに分類する国家安全審査の対象とする。弁護士らによると、この措置の動機の一部は中国が競争優位性を持つ分野における資金、人材、知的財産が国外に流出するのを防ぐことにあるという。中国に進出している外国企業はこの措置が広義に解釈され、調査や投資審査の一環として国際的な規制当局に提供を義務付けている中国国内事業からのデータまで対象に含まれるのではないかと懸念している。中国は10年前にも対外投資を規制し、ウォルドルフ・アストリアのような「優良資産」を求める大企業による、いわゆる「非合理的な」取引を標的にした。しかし、当時の介入は国内の金融リスク低減を目的としており、主に銀行規制当局が企業の貸借対照表を精査する形をとっていた。新たな枠組みは異なる。その焦点は国家安全保障にあり、取り組みははるかに組織的だ。
さらに今週公表された規則の新たな点は、中国企業の海外進出を鈍化させようとする取り組みにある。これらの措置は、当局が具体的にどの分野を該当させるかは定義していないものの、機密性が高いとみなされる分野における特定の人材の移動を制限するものである。当局には資本の移動を審査するより広範な権限が与えられ、国家安全保障上の懸念が生じた場合には、投資家に株式の売却や投資の中止を強制する権限も含まれる。さらに、これらの規則は外国政府が中国の投資に対して取った措置への報復として、規制当局が外国企業に対して中国での投資や事業運営を禁止し、場合によっては国外追放する法的根拠も定めている。
一部の専門家にとって、これらの規則がもたらす最も顕著な影響は、こうした規則が中国企業の野心を抑制しかねないという点にある。実際、中国企業は新たな市場開拓への強い圧力にさらされ、同国の輸出は過去最高水準に達しているのである。「中国はこれまで、企業が海外に進出して生産拠点を設立し、投資を行い、中国国内の製造業に存在する制約を回避するよう奨励してきた」と、長年の中国専門家でウィルマー・ヘイル法律事務所のシニア・カウンセルを務めるレスター・ロス氏は述べた。しかし、これらの新規制はそうした動きを複雑にする可能性があると、同氏は付け加えた。
中国当局は、この新規制を対外投資における「画期的な出来事」と呼んでいる。しかし多くの投資家にとって、「国家安全保障上の懸念」を構成する要素の定義が曖昧であることは、大きな不確実性をもたらしている。企業や個人が海外投資を行う際に承認が必要だという考え方は、異例に思えるかもしれない。しかし、中国はかねてより国外への資金流出を制限しており、現在、個人の年間海外送金額は5万ドルに制限されている。経済成長が鈍化するにつれ、この手段はますます重要になっている。また、対外投資を審査する国は中国が初めてではない。バイデン政権は2024年、中国の半導体、量子コンピューティング、AI分野への米国の資金提供に制限を課した。EUもまた加盟国に対し、これら同じ敏感な分野への投資を見直すよう促している。
しかし、米国や欧州とは異なり、中国政府は国家安全保障の定義をはるかに広範に定めている。それに応じて、その規制もより広範なものとなっている。弁護士や貿易アドバイザーにとって、複数の政府による一連の規制はある時代の終焉を告げるものだ。中国政府は国務院の新たな規則の正当化として「100年に一度の大変革」を挙げた。この主張は、中国の法律事務所「君和」の弁護士、周勇氏の共感を呼んだ。「法的な観点から見れば、国際的なビジネスルールの再構築は、大国間の競争と技術の進歩によってもたらされたものだ」と周氏は述べる。「中国は」と彼は付け加えた。「独自の手段をいくつか持っておきたいと考えている」。
以上のように、中国政府がまたもや「100年に一度の大変革」を名目に新たな規制を打ち出した。この規制は、サプライチェーンを中国国外に移転しようとした外国企業を対象に当局の介入を認めた4月の規制に続き、今度は、海外投資を目指す中国企業を対象に国家安全保障審査を義務付けたものである。記事は、米欧との緊張が高まるなか、中国が自国の技術とサプライチェーンの周りに築き上げている「経済要塞」の新たな青写真となると指摘する。この規則は当局に対し、海外でのビジネス機会を求める中国企業を精査する新たな権限を与え、投資を「奨励」「制限」「禁止」の3つのカテゴリーに分類する国家安全審査の対象とすると解説し、次の4つの問題点を提起する。第1は、今回の措置の狙いの一部は、中国が競争優位性を持つ分野における資金、人材、知的財産の国外流出の防止にあり、それにより中国企業の海外での成長に向けた取り組みが困難となり、中国企業の海外進出を鈍化させる可能性があること。第2に当局に資本移動を審査するより広範な権限が与えられ、国家安全保障上の懸念が生じた場合に投資家に株式の売却や投資の中止を強制する権限を認めたこと。第3に外国政府が中国の投資に対して取った措置への報復として、規制当局が外国企業に対し中国での投資や事業運営を禁止し、場合によっては国外追放する法的根拠も定めたこと。そして第4に「国家安全保障上の懸念」を構成する要素の定義が曖昧であるため、多くの投資家にとって大きな不確実性をもたらしたことを挙げる。記事が指摘するように、この「国家安全保障上の懸念」による外国投資家への規制強化や報復措置が今後、中国に進出した外国企業にとって大きな不確実性をもたらすことは間違いないだろう。
台 湾
☆ 台湾巡る「トゥキディデスのわな」
5月25日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは、「台湾巡る『トゥキディデスのわな』」と題する社説で、中国を台頭勢力、米国を衰退勢力と考える習氏はその見方を再考すべきだと、以下のように論じる。
中国の習近平国家主席が古代ギリシャ史を学んでいたとは意外だった。習氏は14日の首脳会談でドナルド・トランプ米大統領に対し、いわゆる「トゥキディデスのわな」について警鐘を鳴らしたが、この歴史への言及にだまされてはならない。習氏の真意は、必要なら武力を用いて台湾を奪取するという中国のもくろみに干渉し、戦争を引き起こすリスクを冒さないようトランプ氏に警告することにあった。古代の偉大な歴史家トゥキディデスはペロポネソス戦争を分析し、勃興してきた新興国アテネが大国スパルタに恐怖を抱かせたことが戦争につながったと主張した。ハーバード大学の政治学者グレアム・アリソン氏は、台頭する国が既存の覇権国を脅かした結果、戦争が起きたことがこれまでの歴史の中で十数回あると指摘し、それを「トゥキディデスのわな」と呼んで注目を集めた。第1次世界大戦はその一例で、勢力を増しつつあったドイツが欧州の覇権国だった英国を脅かした結果だとされた。
習氏がこの主張のどのような点が気に入っているかが分かるだろうか。彼の見立てによれば、中国は台頭しつつある国、米国は追い抜かれるのを恐れている覇権国である。彼はトランプ氏に対し、中国の野心に干渉しないよう求め、そうした場合は破壊的な戦争になる可能性があることをあからさまに警告している。だが、米国は中国に対し、武力を行使すると脅すようなことはしていない。米国は長い間、中国による世界貿易機関(WTO)加盟を容認したり、中国がリベラルな国際規範に従うことを期待して中国を支援してきた。習氏こそが、アジア太平洋地域、特に台湾に関して武力行使の脅しをかけている指導者だ。
首脳会談でのやり取りに関する報道によれば、習氏はトランプ氏に対し、「台湾問題は中米関係において最も重要な問題だ」と強調した。その上で、「これが適切に対処されれば、両国関係は全体として安定を保てる。そうでなければ、両国は衝突し、さらには紛争にすら至り、関係全体が重大な危機に陥ることになる」と述べた。しかし台湾を巡り今、戦争が起きるとすれば、それは相互不信から生じる偶発的な事態ではないだろう。それは習氏の決断によるものであり、すなわち米国が海上封鎖や軍事攻撃、あるいは台湾の離島占拠に介入することはないという賭けとなる。封鎖の予行演習やサイバー攻撃などさまざまな手段で平和を少しずつむしばんでいるのは、習氏だけだ。台湾はただ、中国共産党の圧政下に置かれることなく、現状を維持したいと望んでいるにすぎない。
習氏の「トゥキディデスのわな」への言及に対し、トランプ氏は一切反応しなかったと伝えられている。われわれは、これが良い兆候であることを期待したい。トランプ氏と共に北京入りしているマルコ・ルビオ国務長官はNBCテレビに対し「中国側は常に(台湾の扱いを)取り上げてきた」と述べるとともに、「われわれは常に(台湾に関する)米国の立場を明確にした上で、別の問題に話を移してきた」と語った。ルビオ氏はさらに、中国が台湾を武力で奪取しようとすれば「ひどい失敗」になるだろうと述べた。トランプ氏が次に決断を迫られるのは、長らく保留されてきた米国の台湾向け武器売却を実施に移すかどうかだ。習氏は、この武器売却を阻止したいと考えている。しかし台湾は、2030年までに年間の防衛費を域内総生産(GDP)の5%まで増やす計画の中で、抑止力として米国からの兵器を必要としている。
「トゥキディデスのわな」に関するリスクを一つ挙げるとすれば、それは、強国として台頭する中国が他国を属国として従える新たな「中華帝国」になり得ると、習氏が本当に信じてしまうことだ。彼が率いる中国の経済は、雇用面で輸出に過度に依存している。高齢化は急速に進んでおり、また、中国軍は何十年も本格的な戦争を経験していない。中国が戦争のリスクを冒せるほどに米国が衰退していると習氏が本気で考えているならば、彼が警告したその「わな」に、彼自身がはまることになるかもしれない。
以上のように、社説は習主席が「トゥキディデスのわな」という古代ギリシャの故事を引用してトランプ米大統領に警告を発したと伝える。「トゥキディデスのわな」とは、古代アテネの歴史家・軍人であったトゥキュディデスが、その著作『戦史』でペロポネソス戦争の原因を「アテネの台頭と、それがスパルタに対して植え付けた恐怖とにより、戦争が不可避な状態になった」と分析したことに由来するとされる。習発言の狙いは、台湾に関する中国の野心への干渉排除と米国による台湾への武器売却の阻止にあったとみられるが、台湾武力行使の脅しによってアジア太平洋地域情勢を不安定化させているのは習氏自身であり、台湾をめぐる紛争が現実のものとなるか否かは習氏の決断にかかっている。従って社説が指摘するように、同氏が警告した「わな」にはまるのは自分以外にいないといえよう。まさに、この歴史への言及にだまされてはならないのである。習発言に対して、トランプ氏は一切反応しなかったと報じられているが、それは「トゥキディデスのわな」と言っても何のことかわからなかったためという可能性もあるが、結果として、最善の対応であったと思われる。
韓 国
☆ 造船ブームを脅かす人材不足
「故郷には仕事がない」と、タイ出身の溶接工ウィチットは言うと、6月4日エコノミスト誌記事は冒頭で伝え、次のように報じる。韓国南東部の都市、蔚山(ウルサン)では彼は仕事に事欠かない。彼は韓国のHD現代重工業(HHI)で働いている。ウィチットのような移民労働者たちは、HHIのような企業が液化天然ガス(LNG)運搬船や低燃費コンテナ船に対する海外からの注文急増に対応するのを支えている。今、彼らの存在が波紋を広げている。英国の海運調査会社クラークソンズによると、2025年、韓国の造船会社は世界の受注総数の21%を獲得し、中国に次ぐシェアとなった。韓国政府は最近、ドナルド・トランプ米大統領の「アメリカの造船業を再び偉大にする(Make American Shipbuilding Great Again)」という目標を支援するため、韓国のノウハウを共有することを提案し、韓国政府は昨年、関税回避策の一環として米国での造船プロジェクトに1,500億ドルを投資することを約束した。
だが、造船所には深刻な人材不足という課題が立ちはだかっている。韓国の世界で最も急速に人口の高齢化が進んでいる国の一つだ。2000年代の好景気時に業界を牽引した労働者の多くは、すでに退職するか管理職に転身している。韓国の若者たちは、造船業を危険で過酷かつ低賃金な仕事と見なしている。造船所の死亡率は、平均的な産業現場の4倍にも上る。そのため、彼らは造船業の盛んな地域から続々と離れていった。蔚山では、40歳未満の成人の割合はわずか24%だ。この数字は過去10年間で6ポイント減少した。
その代わり、造船各社はインドネシア、スリランカ、タイ、ベトナムなどの国々から労働者を呼び込んできた。現在、造船労働力の4分の1近くが外国人であり、その割合は10年前の4倍に達している。政府は2022年に可決された熟練労働者向けのビザ規則の改正を通じて、この動きを後押ししてきた。造船会社の経営陣は新規参入者を歓迎しているが、蔚山などの地元住民は不満を抱いている。蔚山の不動産業者、イ・スウォン氏は、かつて海運業界の好況期は沿岸地域の多くの中小企業にとって好機だったと語る。HHI近くの飲食店は、シフトが終わるたびに満席になっていた。
しかし、もはやそうではない。イ氏によると、外国人労働者は「ほとんどお金を使わず、外食もほとんどしない」という。彼らの多くは、ビザ取得を手助けするブローカーに数千ドルを支払わなければならず、入国する前から借金を背負わされている。また、海辺の町で散財するよりも収入の大部分を故郷に送金する傾向にある。ウィチットさんは、タイの故郷パタヤにいる家族に毎月3万バーツ(920ドル)を送金しているという。これは彼の収入の約5分の2に相当する。
地元住民の不満は、もはや無視できないほど高まっている。最近、李在明(イ・ジェミョン)大統領が造船会社の雇用や賃金慣行を批判したかのような発言をした。こうした圧力を受け、各社は契約社員への賞与支給について話し合いを始めた。また、外国人労働者が家族を韓国に移住させるのを支援する取り組みを強化すると約束している(これにより、国外への送金意欲が低下するという考えからだ)。造船会社の経営陣は、外国人労働者の総数を削減する方向で動きを見せ始めている。しかし、韓国の若者を呼び戻すためにできることには限界がある。
以上のように、韓国の造船会社は世界の受注総数の21%を占める強力な立場にあり、政府は昨年、関税回避策の一環として米国での造船プロジェクトに1,500億ドルを投資することを約束している。しかし、造船業界は人口減少に加え、危険で低賃金のため若者離れが進み、深刻な人材不足に陥っている。このためインドネシア、スリランカ、タイ、ベトナムなどから労働者を呼び込み、現在、造船労働力の4分の1近くが外国人である。彼らは借財の支払いや郷里送金のために地域にあまり金を落とさず、これに蔚山などの地元住民は不満を抱いている。政府、業界は待遇改善や雇用数の削減などの対策を講じているが、韓国の若者を呼び戻す施策には限界があると記事は指摘する。
北 朝 鮮
☆ 北朝鮮の対ロ傾斜を封じ込める中国、習主席の訪朝
6月8日、中国の習近平国家主席は北朝鮮を訪問し、金正恩総書記と会談した。習主席の平壌訪問は7年ぶりとなる。同日付ニューヨーク・タイムズは、中国が北朝鮮のロシアへの傾斜を封じ込めるべく存在感を改めて強調したと述べ、習主席は異例の北朝鮮訪問において結束をアピールするとともに金正恩氏に対し、両国の同盟関係において中国が主導的な立場にあることを改めて認識させようとしたと、次のように報じる。
中国の最高指導者である習近平氏は月曜日、北朝鮮に到着し、アナリストらが「中国こそが、最近勢いづいている同国の独裁者、金正恩氏にとって最も重要な支援者であり、経済パートナーであり、米国に対する防波堤である」という事実を巧妙に再認識させるようなメッセージを発した。中国国営メディアが発表した首脳会談の公式要約によると、習近平氏は金正恩氏との「緊密な戦略的コミュニケーション」と、「あらゆるレベル、あらゆる分野」での交流強化を呼びかけた。また、習近平氏は「新時代」において金正恩氏との関係を深める用意があると述べた。「新時代」とは、習近平氏が世界舞台における中国の増大する力をアピールするために用いてきた表現である。
多くの点で習近平氏の2日間の訪朝は、2年前に北朝鮮と相互防衛協定を締結したロシアからの影響力とのバランスを取るための試みである。この協定により、金正恩氏は切実に必要としていた石油、食料、兵器技術と引き換えにロシアと武器や兵力を取引できるようになり、北朝鮮経済の回復に寄与したほか、習近平氏との交渉において金正恩氏の立場を強めることにもつながった。習近平氏は、到着時に金正恩氏と妻のリ・ソルジュ氏に出迎えられた。車列は軍の名誉衛兵と両国の国旗を振る大勢の市民によって迎えられ、子供たちは踊りながら色鮮やかな風船を手にしていた。北朝鮮は、習近平氏が前回平壌を訪問した際にも同様の歓迎を行った。金日成記念館での会談で習氏は貿易、農業、科学、観光、医療の分野で金氏と協力することを約束した。
月曜日の夜遅くの時点で北朝鮮はこの会談に関する声明を発表していなかった。金総書記は、習近平氏に対しさらなる経済支援と、おそらくは北朝鮮の核兵器計画に対するより大きな容認を求めるものと見られていた。中国の概要発表では核計画には言及されず、代わりに両国が「地域の平和と発展を共同で守っていくべきだ」と強調していた。中国はかねてより、北朝鮮が核保有国となることに反対の立場をとってきた。主な理由は米国の同盟国、韓国による核兵器保有の動きを招くことを懸念しているためだ。かつて両国は外交交渉の際、核計画の終結に向けた取り組みについて言及するのが定石だったが、昨年9月に金総書記が軍事パレード出席のため北京を訪問して以来、そうした言及は省かれている。
ソウルに拠点を置く研究機関「韓国統一研究院」の北朝鮮専門家、ホン・ミン氏は、「過去7年間で北朝鮮に対する中国のアプローチは、北朝鮮と米国の非核化協議における仲介役から米国に対抗する強力な戦略的パートナーへと著しく変化した」と述べた。この変化は、中国が北朝鮮をなだめたいという意向を反映している可能性がある。しかしアナリストらは、核武装した北朝鮮が米国や韓国に対する抑止力となるという中国政府の見解を示唆している可能性もあると指摘した。習近平氏は、朝鮮戦争で共に米国と戦った両国の歴史に言及し、金委員長に対し両国の「伝統的な友好関係」が「血で築かれた」ものであることを想起させた。「北京がこの首脳会談を通じて発信したい全体的なメッセージは、両国間の結束と断ち切ることのできない絆だ」と、国際危機グループの上級アナリスト、ウィリアム・ヤン氏は述べた。
月曜日に北朝鮮の主要国営紙『労働新聞』に掲載された書簡の中で、習近平氏は中国と北朝鮮の関係が「新たな歴史的出発点」にあると宣言した。習氏が「覇権主義と力による政治に反対する」よう呼びかけたのは、米国への間接的な言及である。また、数ヶ月にわたり対立が続いている日本を暗に批判し、習氏は「軍国主義を復活させ、地域の安全保障と安定を損なうことを目的としたあらゆる企てや行動」にも反対すべきだと記した。ロシアやイランと同様、習氏は北朝鮮を中国が米国の支配や干渉と見なすものから解放された新たな世界秩序における親密なパートナーとして位置づけている。
金総書記は、経済をさらに活性化させ外貨を獲得するため、北朝鮮は中国との貿易を拡大すべきだと述べてきた。しかし、石炭、鉄鉱石、魚介類、繊維製品といった主要輸出品はすべて国連制裁により依然として禁止されており、中国との間で巨額の貿易赤字が生じ、外貨準備の枯渇を招きかねない状況にある。習近平氏の貿易・観光に関する提案はこれを変える可能性があるが、国連制裁に違反せずに実現できるかどうかは不透明だ。
しかし近年、米国との緊張が高まるにつれ、中国とロシアはともにこうした制裁措置の執行に消極的になっている。習主席とロシアのウラジーミル・プーチン大統領は先月発表された共同声明の中で、北朝鮮に対する「外交的孤立、経済制裁、武力、および圧力」の使用に反対するとの立場を表明した。こうした後ろ盾により、金正恩氏は核兵器を保持し続け、核保有国として扱われることを主張する姿勢を強めている。習主席の訪韓に先立ち、金正恩氏はミサイル工場と稼働を開始したばかりの兵器級ウラン濃縮施設を視察し、「わが国の核戦力を飛躍的に強化する」と誓った。
以上のように、今回の習主席訪朝は2つの意義があったとみられる。第1は中国にとって北朝鮮の対ロ傾斜に歯止めかけたこと。しかし、それは北朝鮮にとって中国から経済技術的援助獲得に結び付くことになった。第2に北朝鮮が核保有国であることを中国に認知せしめたことである。首脳会談では、核問題は触れられなかった模様だが、中国がこの問題で沈黙を守ったこと自体が北朝鮮にとっては中国が暗黙に核保有を認知したことになる。注目すべきは中国が黙認に転じた理由として、核保有した北朝鮮が米韓両国に対する抑止力となるとみているという指摘である。習主席は、今回の訪朝によって中国が米朝協議の仲介役から米国に対抗する強力な戦略的パートナーへと著しく変化したことを強くアピールした。中国と北朝鮮の両国関係は、まさに「新たな歴史的出発点」に立ったと言えよう。
東南アジアほか
インドネシア
☆ 中央銀行、ルピア安抑制のため予想外の利上げ
インドネシア中央銀行であるバンク・ネガラ・インドネシア(BNI)がルピア安を食い止めるため予想外の利上げに踏み切ったと、6月9日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルが報じる。記事によれば、BNIは火曜日、高まる内外圧力により自国通貨が圧迫されるなか緊急措置として予定外の利上げを決定した。東南アジア最大の経済大国である同国の政策当局者は、政策金利を25bp引き上げて5.50%とし、外国投資を促進するための優遇措置を含むルピア支援策を発表した。また、オーバーナイト預金ファシリティ金利と貸出ファシリティ金利をそれぞれ25bp引き上げ、それぞれ4.50%と6.25%とした。
BNI広報部のラムダン・デニー・プラコソ氏は声明で、これらの措置は中東紛争に起因するボラティリティの高まりの中でインドネシア通貨を安定させ、インフレ率を目標範囲内に維持することを目的としていると述べた。発表後、ルピアは上昇し、国内の主要株価指数も上昇幅を広げた。ドルは直近で0.6%安の1ドル=18,060ルピアとなった一方、ジャカルタ総合指数は5%超上昇し、4営業日連続の下落を止める勢いを見せている。発表された措置の中で、BNIは外国人のポートフォリオ投資の収益を高めるため全期間にわたるルピア建て証券の利回りを引き上げるとした。国債を裏付けとするこれらの証券は、流動性および為替レートの変動を管理するために使用される。また、海外投資家向けのヘッジ用スワップコストを引き下げ、ルピアを支えるための市場介入を強化するとした。
こうした通貨防衛策の強化は、地域通貨全体に圧力がかかる中、ルピーを支援するために様々な非金融手段を投入している中央銀行の措置と軌を一にする。BNIはまた、財政当局との連携を強化すると誓約し、統合的な政策ミックスがマクロ経済の安定と成長を支えるのに役立つと述べた。同銀行は外部からのショックにもかかわらず、経済のファンダメンタルズは依然として堅調であると付け加えた。
しかし、一部の投資家は依然として懐疑的だ。ここ数ヶ月、投資家の信頼喪失、国内の政策決定への懸念、関税やイラン危機をめぐる地政学的不安を背景に同国の資産は大きな圧力にさらされている。懸念が高まり始めたのは昨年9月、外国の観測筋から財政健全化の柱と広く見なされていたスリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相が辞任した後のことだ。戦略的商品の輸出を一元化する動きを含むプラボウォ政権の一連の政策は、介入主義的でポピュリスト的な政策運営への懸念を煽っている。中東での紛争の勃発は、インドネシアの資産への圧力をさらに強め、原油価格に敏感なルピアを直撃し、インフレの加速に伴う財政不安を煽り、投資家の間で安全資産への逃避を助長している。
火曜日に小幅に反発したとはいえ、ルピアは年初来で対ドルで8%以上下落しており、JCI (ジャカルタ総合株価指数)はアジアで最もパフォーマンスの悪い指数の一つであり続けている。昨年は22%上昇したものの、今年は30%以上下落している。格付け機関のムーディーズ・レーティングスとフィッチ・レーティングスは政府の政策決定について懸念を表明しており、指数プロバイダーのFTSEラッセルとMSCIもインドネシアの投資適格性に関する問題を提起している。インドネシアの規制当局は市場の透明性を高めることでこうした懸念の一部に対処する措置を講じているが、アナリストらは信頼を回復するにはより根本的な変革が必要だと指摘する。
CreditSightsのゼルリナ・ゼン氏は、ルピアが下落し続ける中、BNIには利上げを行い、通貨を守る以外に選択肢がなかったと述べたが、その措置がどれほど効果的かについては疑問を呈した。「市場は、財政の持続可能性、ガバナンス、成長、燃料費、銀行セクターの流動性逼迫、そして海外資本流出に対するシステミックな脆弱性など、他にも多くのマクロ経済的な問題を懸念している」とゼン氏は述べた。キャピタル・エコノミクスのジェイソン・トゥーヴィー氏にとって、今回の緊急引き締めはせいぜい一時的な対処に過ぎない。「結局のところ必要なのは、政府が投資家にとってより友好的な政策立案へと方向性を明確に転換することだ」と、同エコノミストは述べた。しかし、その兆しは当面見られないようだ。来週予定されているBNIの会合が予定通り行われるかは依然として不透明だが、もし開催されれば、その結果は今後数日間におけるルピアの動向にかかっていると、トゥーヴィー氏は述べた。「もし通貨が今日の上昇分を戻すようなことがあれば、BNIが投資家を安心させるために、さらなるそしてより積極的な金融引き締め策を打ち出しても驚くことではないだろう」
以上のように、BNIは通貨安定とインフレ率の目標範囲内維持を目的として25bpの政策金利引き上げを決定した。このほかにも、ルピア建て証券の利回りの引き上げや海外投資家向けのヘッジ用スワップコストの引き下げなどの外資流入措置を講じた。しかし、投資家の一部は依然として懐疑的だと記事は報じる。こうした懸念は昨年9月、財政健全化の柱と広く見なされていたスリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相が辞任してから高まり始めたと述べる。特に戦略的商品の輸出を一元化する動きを含むプラボウォ政権の一連の政策が、介入主義的でポピュリスト的な政策運営への懸念を煽っていると記事は指摘する。ムーディーズ・レーティングスとフィッチ・レーティングスは政府の政策決定について懸念を表明し、アナリストらは信頼を回復するにはより根本的な変革が必要だと述べ、今回の緊急引き締めはせいぜい一時的な対処に過ぎないと批判している。今後はBNIの金融政策に加え、政府のポピュリスト的政策の動きと共にインドネシアの格付け動向も注視していく必要がありそうだ。
インド
☆ 外国人投資家の国債キャピタルゲイン税を撤廃
事情に詳しい関係者が明らかにしたところによると、インド政府は国債への外国人ポートフォリオ投資に対するキャピタルゲイン税を撤廃する方針としたと6月5日付ロイター通信が報じる。狙いは外貨資金の流入を促進し、通貨ルピーをテコ入れすることにあると以下のように伝える。
ルピーは、原油価格の高騰や株式市場からの海外ポートフォリオ資金流出に圧迫され、年初来5%以上下落している。政府は、こうしたルピーへの下押し圧力に対抗するため海外資本の誘致を目指している。3日の閣議で同計画が承認されたことを最初に報じたのは、経済紙「エコノミック・タイムズ」だった。財務省は、ロイターからのコメントを求めるメールに対し直ちには回答せず、この計画がいつ発効するかは直ちには明らかとはならなかった。インドのベンチマーク債券利回りは、取引開始時に1bp低下して7.01%となった。エムケイ・グローバル・ファイナンシャル・サービスのチーフエコノミスト、マダヴィ・アローラ氏は、「税制緩和は、多少なりとも資金流入を後押しするはずだが、現在の状況下では特効薬にはならないだろう」と警告しつつも、中期的にはプラスに働く可能性があると付け加えた。
外国人投資家は、上場株式および債券を12ヶ月以上保有した場合、12.5%の長期キャピタルゲイン税が課される。また、国債の利子所得に対して支払っている20%の源泉徴収税も撤廃される可能性があると、情報筋は述べた。インドは株式課税に関してはほぼ国際基準に沿っているが、非居住者による債券への資金流入に課税している数少ない国の一つだと、この情報筋は述べた。同氏は、決定内容が機密でありまだ公表されていないため匿名を条件とした。外国投資家は今年、インド国債への純流入を維持し、14億ドルを投資しているが株式市場からは280億ドル近くが引き揚げられている。
ここ数年、インドは外国資本の誘致を強化する取り組みの一環として、いわゆる「フル・アクセシブル・ルート」の下で特定の証券に対する投資制限を撤廃してきた。これにより、J.P.モルガン・エマージング・マーケット・ボンド・インデックスやブルームバーグ・エマージング・マーケット・ローカル・カレンシー・ボンド・インデックスといった主要なグローバル債券指数への組み入れが実現した。ただし、ブルームバーグは1月、より広く追跡されている「グローバル・アグリゲート・インデックス」へのインドの組み入れ決定を先送りした。この決定については、6月に再検討される見通しである。
以上のように、インド政府は5日、外貨資金の流入促進と通貨ルピーのテコ入れを目的として、外国機関投資家を対象に国債の売却益にかかるキャピタルゲイン税などを免除すると発表した。具体的には、大統領令により、国債から得られる利子およびその売却、交換、譲渡によるキャピタルゲインが税務当局への所定の情報提供といった条件を満たすことで非課税となる。債券市場やルピー相場への影響は、予想どおりの内容だったために大きな変動は見られなかったものの、今後の外資流入状況やルピー相場の動向を注視する必要があると思われる。
§ § § § § § § § §
主要紙社説・論説欄から
米連邦準備制度理事会(FRB)議長の交代人事について
5月22日、世界で最も重要な中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)のトップが交代した。現FRB議長のジェローム・パウエル氏が退任し、トランプ大統領が指名していたケビン・ウォーシュ氏が就任したのである。今回はこの交代人事に関する主要メディアの報道と論評を観察した。以下はその要約である。筆者論評については後述の「結び」を参照。
5月1日付フィナンシャル・タイムズは、「Powell’s defiant curtain call (パウエル氏の意気揚々とした退任)」と題する社説で、後任に指名されたケビン・ウォーシュ氏に対して、米大統領に立ち向かえることを証明する必要が依然としてあると呼びかけると共に、退任するパウエルFRB議長の業績について以下のように論じる。
激動の8年間を経て、ジェイ・パウエル氏は水曜日、FRB議長としての最後の舞台に立ち、同理事会は3回連続で政策金利を据え置いた。さらに、彼は「一定期間」FRB理事を務めることを選択し、慣例を破ったことも特筆すべき点だ。彼の在任期間に欠点がなかったわけではない。しかし、信用コストの引き下げに固執するドナルド・トランプ大統領からの圧力に直面してもパウエル氏は世界最重要の中央銀行の独立性を断固として、かつ効果的に守り抜いてきた。彼が引き続き在籍することは、FRBの信頼性を支えることになるだろう。
パウエル氏の後任として米大統領が指名したケビン・ウォーシュ氏が5月中旬に就任する見通しとなった。先週金曜日、司法省は、FRB本部の25億ドル規模の改修工事を巡るパウエル氏に対する疑わしい刑事捜査を取り下げる方針を明らかにした。この捜査が、上院銀行委員会の指名承認を阻んでいた。パウエル氏が留任することでFRB理事会は大統領の影響力に対するより強固な防波堤となることが確実となった。この決定により、トランプ氏の傀儡と広く見なされているスティーブン・ミラン氏は、理事の座を明け渡さざるを得なくなる。最高裁は現在も住宅ローン詐欺の疑い(本人は否認)を理由に、トランプ大統領が別の理事であるリサ・クック氏を解任しようとした件について審理中だ。
パウエル議長の在任期間中、FRBは新型コロナウイルス感染症からトランプ氏の「解放の日」関税に至るまで前例のない経済的課題に直面してきた。この期間中、パンデミック後のインフレ急騰への対応が遅すぎたことや、バランスシートが過度に膨張してしまったことについて正当な批判が寄せられている。それでも、トランプ政権2期目からの激しい法的・言辞による攻撃の中でパウエル氏がFRBの独立性を力強く擁護した姿勢は称賛に値する。圧力に屈せず立ち向かったことで、彼は金融市場の混乱やさらなるインフレの加速を回避することに貢献した。
しかし、ウォーシュ氏が就任するのは試練の時だ。FRBはイラン情勢や関税による物価上昇圧力を食い止めるための利上げと、現状維持との間で板挟みになっている。大統領が利下げを望んでいることは彼も承知している。生活費の高騰に対する有権者の懸念が高まるにつれ、最高司令官である大統領の支持率が低下しているからだ。パウエル議長が留任を決めたことも市場の変動を招く可能性がある――もっとも、彼は「影の議長」としてウォーシュ氏の権威を損なうつもりはないと述べている。
表面的には、ウォーシュ氏は信頼できる人物だ。彼はすでにFRB理事を務めた経験がある。2010年には、「独立への賛歌」と題した演説を行っている。先週の公聴会では、中央銀行を改善するための合理的な方策をいくつか提示した。彼はFRBがより幅広いデータを検討し、メディアでの政策発言を控えるべきだと主張している。政策発言は時にFRBのメッセージを曖昧にしてしまうことがあるからだ。また、FRBのバランスシートの規模を制限する意向も示しており、適切な調整がなされればこれは理にかなっている。
実際には、彼がトランプ大統領の圧力に抗えることを証明する必要がある。彼は多分、大統領の機嫌を取るためにかつてのタカ派的な姿勢を後退させている。また、AIが生産性を十分に押し上げ、インフレを引き起こすことなく利下げができるという見解を支持しているが、この技術の経済的影響を確信するには時期尚早である。ウォーシュ氏は、大統領の怒りを避けるために理事会の多数決――そしてそこにパウエル氏が名を連ねていること――を盾にする道を選ぶかもしれない。しかし、ガソリン価格の高騰が物価上昇圧力を強め、インフレ期待を高めている現状では、前任者と同様、早急に「肝が据わっていること」を示すのが、世界中の市場や中央銀行関係者にとって望ましいだろう。
5月23日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは「Trump Picked Warsh to Cut Rates. Markets Are Bracing for the Opposite. (日本版記事:ウォーシュFRB議長、利下げ迫る政権と問われる独立性)」と題する記事で、過去1年間にわたり要求してきた利下げを確実なものにするため、トランプ米大統領はFRBの議長にケビン・ウォシュ氏を選んだと以下のように報じる。
ウォーシュ氏は22日、ホワイトハウスでFRB議長として就任宣誓した。FRB議長がホワイトハウスで宣誓を行うのは、1987年のアラン・グリーンスパン氏以来となる。世間が注目した数カ月に及ぶ指名争いの末、トランプ氏が1月に同氏を選んで以降、両氏がそろって公の場に姿を現すのも今回が初めてだった。ウォーシュ氏は、リスクに満ちた局面で議長に就任した。インフレは上昇し、長期債利回りは上昇を続けている。FRBの次の一手はトランプ氏が望み、ウォーシュ氏が実現するために起用された「利下げ」ではなく、「利上げ」になるとの見方を強める投資家が増えている。
トランプ氏がウォーシュ氏をFRB次期議長に指名した1カ月後に始まったイランとの戦争が政策の優先課題を一変させた。インフレ低下や労働市場の過熱感後退など、利下げを後押しする条件は手の届かないところへ遠ざかった。問題をさらに複雑にしているのは、AIブームが需要と経済成長の原動力のように映り、短期的な物価上昇圧力を和らげるどころかむしろ高めていることだ。ここ数週間、米政権はトランプ氏が望むものと、市場が許容するであろうものとのギャップを埋める方法を固めつつある。トランプ氏の経済閣僚2人が今月展開した主張は、現在金利を高止まりさせているインフレは一時的な供給ショックに過ぎず、FRBはこれを静観できるというものだ。したがって、トランプ氏が望む利下げは依然として行われるものの、時期が後ずれするだけだという論理だ。
一方、政府の借り入れコストを決定する市場は、ますます異なる見方をするようになっている。投資家は利下げへの期待を捨て、債券利回りを押し上げている。それが結果として、借り入れコストをさらに上昇させている。一部のエコノミストは現在、FRBは金利を据え置くだけでなく、利上げを真剣に検討せざるを得なくなると主張している。FRBが据え置きを維持してもインフレが上昇し続ければ、FRBは何もしないことで事実上、金融緩和政策を採用したことになる。ウォーシュ氏は政策決定と金利決定について、その正当性に基づいて判断を下すと述べている。または、利下げについては、トランプ氏といかなる合意も交わしていないとしている。
トランプ氏は保守系メディア、ワシントン・エグザミナーとの19日のインタビューで、ウォーシュ氏率いるFRBが利下げではなく利上げを行うことを容認するかと問われ、「彼がやりたいようにやらせるつもりだ」と言葉を濁した。BNPパリバのチーフ米国エコノミスト、ジェームズ・エゲルホフ氏は、トランプ氏の発言により、ウォーシュ氏率いるFRBに対して投資家が想定する現実的なシナリオの幅が広がったと述べた。「以前は多くのクライアントの間でホワイトハウスが利上げに強く反対し、そのためFRBは利上げを思いとどまるだろうとの認識があった」と指摘。だがトランプ氏の発言は「債券市場が利上げを織り込む動きを後押しした」と述べた。
一方、政治的制約がなくなったとは確信していないストラテジストもいる。スタンダードチャータードのスティーブ・イングランダー氏は今週、顧客向けのメモで「もしウォーシュ氏の独立性に疑いの余地がなければ、われわれは2026年後半から27年にかけての利上げを予測していただろう」と記した。だが実際は、27年まで金利は据え置かれると予想している。ホワイトハウスの報道官は「ケビン・ウォーシュ氏は民間部門での功績と、08年の金融危機時のFRB理事としての経験を生かし、FRBの意思決定に対する信頼と能力を回復できると米国人は確信できる」と述べた。
トランプ氏は昨年、ジェローム・パウエル前議長が利下げを拒否したことやFRBが利下げに踏み切った際も利下げ幅が不十分だったとして、パウエル氏への批判に多くの時間を費やした。米政府とウォール街では、ウォーシュ氏や他のFRB当局者が利上げが正当だと判断した場合、トランプ氏は自ら指名したウォーシュ氏に対し、パウエル氏を口撃したのと同様に牙をむくのではないかとの懸念が広がっている。ウォーシュ氏の盟友らは、当面はそうした事態を避けられるとみている。事情に詳しい関係者3人によると、先月の指名承認公聴会までの期間、トランプ氏はウォーシュ氏に電話をかけて経済について意見を求めるようになっていた。この関係性こそがパウエル氏になかった強み、すなわちトランプ氏に直接影響を与える能力をウォーシュ氏にもたらす可能性があると盟友らは示唆している。パウエル氏はそうした立ち回りをFRB議長の職務の一環とは考えていなかった。
同様に重要なのはベッセント氏だと複数のアナリストは指摘する。トランプ氏が本来なら望まないであろう政策であっても同氏を納得させるには、ウォーシュ氏はベッセント氏の支持が必要になるだろう。「内輪における立ち回りで大きな鍵となるのは、まずベッセント氏を味方につけることだ」と、TSロンバードのスティーブン・ブリッツ氏は述べた。問題をさらに複雑にしているのは最近のインフレ再燃が、トランプ氏が決断したイラン攻撃に起因していることだ。これがホルムズ海峡封鎖につながり、エネルギー価格が高止まりしている。米政権がFRBに対し、自らの政策に起因する物価上昇圧力を静観するよう求めるのはこれが2度目だ。前回はトランプ氏の関税政策による物価への影響は一時的なものにとどまると主張していた。
ウォーシュ氏が直面する経済の難題は、さらに根深いところにあるかもしれない。一部のアナリストは、債券売りは単なるインフレ懸念の表れではなく、高金利の世界への構造変化を反映していると主張する。変化の背景にあるのが、財政赤字の拡大とAIブームだ。AIブームは経済成長と生産性を押し上げ、経済が耐えられる金利水準そのものを引き上げる可能性がある。ウォーシュ氏は指名承認公聴会で潜在的な相反する問題(トレードオフ)にどう対処するのか、一切の指針を示すことを拒否した。SMBC米州のチーフエコノミスト、ジョセフ・ラボーニャ氏は、ウォーシュ氏が金融引き締めの検討へと向かう連邦公開市場委員会(FOMC)の流れを食い止められるかどうか、そして、そもそも同氏がそれを望んでいるのかさえも全く不透明だと指摘する。「政策当局者の大多数は団結して防衛線を張り、経済データに基づいて行動するだろう」と語った。
そうなれば、債券市場がウォーシュ氏の代わりにFRBの役割を果たしてくれるかもしれない。長期国債売りそのものが金融引き締めを維持する根拠となる。利下げに踏み切ること、あるいはインフレに弱腰な姿勢を見せるだけでも借り入れコストをさらに押し上げかねないためだ。BNPのエゲルホフ氏は、ウォーシュ氏の議長就任後の最初の数週間から数カ月は、異例なほど重大な意味を持つと述べた。ウォーシュ氏はキャリアの大半において、中央銀行はインフレに強硬姿勢で臨むべきだと警告してきたからだ。あらゆる利下げ路線が封じ込められている現状は、まさに同氏が自らの(インフレ対策での)信頼性を証明できる絶好の機会でもある。エゲルホフ氏は「これは試練だ」としつつ、「同時にまたとないチャンスでもある」と話した。
4月26日付エコノミスト誌も「Will Kevin Warsh Trumpify the Federal Reserve? (ケビン・ウォーシュは連邦準備制度を「トランプ化」させるか」」と題する記事で、次期FRB議長は体制転換を望んでいると語るが、変革は起こりそうにないと以下のように論じる。
政治家たちは、通常、米国の中央銀行には手を出さない傾向にある。金融政策に直接注目する有権者はほとんどおらず、インフレに気づいた時には、責任を転嫁できる相手がいると都合が良いからだ。ドナルド・トランプは、ありきたりな政治家ではない。金利が高すぎると考えるトランプ大統領は、2期目に入りFRBを激しい訴訟で攻撃し、ジェローム・パウエル議長(「手遅れ」のパウエル)をソーシャルメディア上で激しく非難し、パウエル氏を威圧するためにでっち上げの刑事捜査を開始した。これまでのところ、大統領による激しい非難は期待した効果をもたらしていない。むしろ、FRBの擁護者たちの決意を固める結果となり、逆効果になった可能性さえある。最高裁はトランプ氏がFRB理事のリサ・クック氏を解任する権利を認めない見通しだ。市場は今やトランプ氏によるFRBへの度重なる批判を意に介していない。
ウォーシュ氏は、FRBをトランプ流の型に作り変えることができるだろうか。彼は確かに、揺るぎない姿勢を見せた前任者よりも柔軟な印象を与える。彼は、生涯にわたるインフレタカ派としての姿勢を捨て、ホワイトハウスの「ハト派の首領と立場を一致させることで、名獲得を確実なものにした。概して退屈な上院の指名承認公聴会において、彼はトランプ氏が2020年の大統領選でジョー・バイデン氏に敗れたと明言することを拒むことで「MAGA (トランプ支持)」の純粋性テストに合格した。また、トランプ氏の耳には「YMCA」と響くであろう表現を用いて、中央銀行における「体制転換」を求めた。しかし、ウォーシュ氏がFRBで何をしようとしているのか、そして現実的に何を実現できるのかを詳しく見てみると、はるかに控えめな計画であることがうかがえる。なぜなら、彼のアイデアは些末なものか、見当違いなものか、あるいはFRB議長一人の力では実現不可能なものばかりだからだ。
まず、ウォーシュ氏が計画していないことから見ていこう。FRB内部の関係者は、彼が変えようとしている体制が文字通りFRBの人事そのものであるのではないかと懸念していた。主な懸念は、彼が地域連銀の総裁(うち5人は金融政策の投票権を持つ)を解任し、トランプ氏のおべっか使いに置き換えようとするのではないかという点だった。上院の公聴会で彼がこれを否定したように見えたことで、多くの関係者の不安は和らいだ。「体制転換」が地区連銀総裁の粛清を意味するのかと直接問われた際、ウォーシュ氏は「私が言いたかったのは政策の体制転換のことだと述べている。
それは心強いことだ。というのも政策に関しては、しばしばウォーシュ氏は「マイナーな革命家」のような側面を見せるからだ。彼は些細な細部にまで過度にこだわる傾向がある。彼の最大の不満の一つは、政策金利決定者が変動の激しい食料品や燃料価格のみを除外した「コア」インフレ率に過度に注目し、一方で、最も大きく上昇または下落した価格を除外した「トリム平均」指標には十分な注意を払っていない点にある。トリム平均インフレ率はコア指標よりも低くなる可能性があり、それゆえに利下げを正当化する根拠となり得る。しかし、現在を含め、ほとんどの場合この2つはほとんど区別がつかない。
ウォーシュ氏が最も重視する他の提言も時代遅れで、実際にはほとんど効果がないだろう。彼は、金融政策の決定を気候変動や社会正義といった政治的な色合いの強い領域から切り離したいと考えている。FRBは賢明にもすでにこれを実行している。彼は、雇用促進という中央銀行の使命を過度に拡大解釈することに警戒感を抱いている。コロナ禍において、こうした解釈は物価安定を維持するというFRBのもう一つの役割を損なう恐れがあったからだ。FRBはこれらの問題についてもすでに決着をつけている。
ウォーシュ氏は、実質的な改革に向けて基本的に2つの具体的な構想を持っている。1つは、FRBのバランスシートを早期に縮小したいという意向だ。7兆ドルに達するFRBのバランスシートは肥大化しているという点で、多くの観測筋が一致している。ウォーシュ氏は、中央銀行の債券保有高を猛烈なペースで縮小させることには賛成しない意向を示しているものの、その方向へのいかなる動きも保有債券の満期到来を待つことでバランスシートを徐々に縮小させる「量的引き締め」を終了するというFRBの最近の決定に真っ向から反することになる。債券売却は価格を下げる効果をもたらし、価格と利回りは逆相関関係にあるため利回りを押し上げる可能性がある。住宅ローン金利など経済における他の金利を決定づける利回りの上昇を相殺するため、ウォーシュ氏は短期金利を引き下げるだろう。しかし、FRBの債券売却が利回りに与える影響は不確実であるため、巧みに扱わなければ事態は破綻しかねない。
ウォーシュ氏のもう一つの主要な提言は、「フォワードガイダンス」に対する懐疑論である。金融政策の将来的な道筋を示すことは、2007年から2009年の世界金融危機以降、世界中の中央銀行における標準的な手法となっている。これは市場に意図を伝える手段であり、市場が不意を突かれることがなければ、その変動は小さくなる。フォワードガイダンスは、中央銀行が直接設定しない長期借入コストの形成にも寄与する。ウォーシュ氏は、この慣行が政策担当者に頑なに態度を固めさせ、自らの誤りを証明する新たな情報を無視させることで害の方が利益を上回ると懸念している。大半のFRBウォッチャーはそのトレードオフは価値があると考えている。フォワードガイダンスの廃止とバランスシートの急速な縮小は、FRBにとって重大な転換となるだろう。しかし、これらはウォッシュ氏個人の裁量で決定できるものではない。ウォッシュ氏は議長として影響力を行使できる立場にあるものの投票権は1票に過ぎない。彼は他の理事を説得して自身の提案に賛同させなければならないため、その提案内容は相応に穏健なものになる可能性がある。
結び:以上のようなメディアの論調を次の4点から整理してみたい。第1は議長交代時における米国経済の現状に関する見方、第2に退任するパウエル議長の在任中の業績に対する評価、第3に新任のウォーシュ議長に関する見解、第4に新議長が抱える課題である。
第1の米経済の現状についてメディアは、イラン情勢やトランプ高関税による物価上昇圧力が強まり、インフレ期待が高まるなかで長期債利回りは上昇を続けているという認識を示す。FRBとしてもインフレを食い止めるための利上げと現状維持との間で板挟みになっていると述べる。特にイランとの戦争が政策の優先課題を一変させたとし、インフレ低下や労働市場の過熱感後退など、利下げを後押しする条件は手の届かないところへ遠ざかったと指摘する。問題をさらに複雑にしているのは、AIブームが需要と経済成長の原動力のように映り、短期的な物価上昇圧力を和らげるどころか、むしろ高めていることだと述べる。
第2のパウエル前議長の業績について、同氏がパンデミック後のインフレ急騰への対応が遅れたことやバランスシートを過度に膨張させてしてしまったと批判する一方、世界最重要の中央銀行の独立性を断固として、かつ効果的に守り抜いてきたと賞賛する。最後の理事会でも3回連続で政策金利を据え置き、さらに慣例を破って「一定期間」FRB理事を務めることを選択したことも特筆すべきだと論じ、同氏留任でFRB理事会は大統領の影響力に対する強固な防波堤となり、その信頼性を支えると強調する。なお、他のFRBの理事メンバー人事では、トランプ大統領の経済諮問委員会(CEA)委員長でトランプ政権の関税政策に大きな影響を与えているスティーブン・ミラン氏が理事を退任したことも注目される。同氏は昨年8月末にトランプ氏の肝いりで2026年1月までという限定でFRB理事に就任していた。トランプ政権は同氏を留任させるため種々画策したが奏功せず、退任に至った。
第3に新任のウォーシュ議長に対する見方について、メディアはウォーシュ氏がリスクに満ちた試練の時に就任すると指摘し、表面的にはウォーシュ氏は信頼できる人物だと評する。理由として、FRB理事を務めた経験や2010年に行った「独立への賛歌」と題する演説、そして、先週の公聴会で中央銀行を改善する合理的方策を幾つか提示したことを挙げる。そうした方策として、FRBは幅広くデータを検討し、メディアでの政策発言を控えるべきだとの主張やFRBバランスシートの規模縮小論を挙げる。またウォーシュ氏はキャリアの大半において、中央銀行はインフレに強硬姿勢で臨むべきだと警告してきたと述べ、あらゆる利下げ路線が封じ込められている現状は、まさに同氏が自らの(インフレ対策での)信頼性を証明できる絶好の機会でもあると論じる。
ただし、同氏がおそらく大統領の機嫌を取るためにかつてのタカ派的姿勢を後退させていると述べ、トランプ大統領の圧力に抗えることを証明する必要があると主張する。また同氏はAIが生産性を十分に押し上げ、インフレを引き起こすことなく利下げを可能にするという見解を支持しているが、その経済的影響を確信するには時期尚早だと批判する。そのうえで、パウエル氏が名を連ねる理事会の多数決を盾にする方法やベッセント財務長官を味方につけるなどの方策もあるが、前任者と同様、早急に「肝が据わっていること」を示す必要があると提言する。理事として留任するパウエル前議長は、「影の議長」としてウォーシュ氏の権威を損なうつもりはないと述べているが、理事の一人として当然、そうした役割が期待されていると言えよう。
第4にウォーシュ新議長の課題について、メディアはFRBの次の一手は「利下げ」ではなく、「利上げ」になるとの見方を強める投資家が増えていると報じる。これに対してトランプ政権の経済閣僚は、インフレは一時的な供給ショックに過ぎず、FRBはこれを静観でき、利下げは依然として行われるものの時期が後ずれするだけだと主張していると伝える。ただし、市場は異なる動きを示し、投資家は利下げへの期待を捨て、債券を売って債券利回りを押し上げ、一部のエコノミストは現在FRBは金利を据え置くだけでなく、利上げを真剣に検討せざるを得なくなると主張していると報じる。さらに一部のアナリストは、債券売りは単なるインフレ懸念の表れではなく、高金利の世界への構造変化を反映していると主張する。この変化の背景にあるのが、財政赤字の拡大とAIブームだ。AIブームは経済成長と生産性を押し上げ、経済が耐えられる金利水準そのものを引き上げる可能性がある。そうなれば、債券市場がウォーシュ氏の代わりにFRBの役割を果たしてくれるかもしれない。長期国債売りそのものが、金融引き締めを維持する根拠となる。
他方、ウォーシュ氏は政策決定と金利決定について、その正当性に基づいて判断を下すと述べている。または、利下げについてはトランプ氏といかなる合意も交わしていないとしていると報じる。このウォーシュ氏について、ホワイトハウス報道官は「同氏は民間部門での功績と08年の金融危機時のFRB理事としての経験を生かし、FRBの意思決定に対する信頼と能力を回復できると米国人は確信できる」と述べているという。しかし、トランプ氏は自ら指名したウォーシュ氏に対し、パウエル氏を口撃したのと同様に牙をむくのではないかとの懸念も広がっているが、ウォーシュ氏の盟友らは、当面はそうした事態を避けられるとみている。関係者によると、先月の指名承認公聴会までの期間、トランプ氏はウォーシュ氏に電話をかけて経済について意見を求めるようになっていた。この関係性こそが、パウエル氏になかった強み、すなわちトランプ氏に直接影響を与える能力を、ウォーシュ氏にもたらす可能性があると盟友らは示唆している。パウエル氏はそうした立ち回りをFRB議長の職務の一環とは考えていなかった。
メディアは、トランプ大統領がパウエル前議長を激しく攻撃したことに対して、FRBの擁護者たちの決意を固める結果となり、逆効果になった可能性さえあると述べる。最高裁はパウエル議長に対するトランプ政権の訴訟を却下し、トランプ氏のFRB理事のリサ・クック氏を解任する権利を認めない見通しであり、市場は今やトランプ氏によるFRBへの度重なる批判を意に介していないと伝える。メディアは、こうしたパルエル氏と対比してウォーシュ氏は、生涯にわたるインフレタカ派としての姿勢を捨て、ホワイトハウスの「ハト派の首領と立場を一致させることで指名獲得を確実なものにしたと指摘、さらに公聴会において「MAGA (トランプ支持)」の純粋性テストに合格したと辛辣に報じる。さらにトランプ氏の耳に心地よく響く表現を用いて中央銀行における「体制転換」を求めたが、その内容は些末で見当違い、あるいは単独では実現不可能なものばかりであり、地域連邦銀行の総裁をトランプ派の人物に代えることではなく、政策の転換だと述べているが、政策に関しては、ウォーシュ氏はしばしば「マイナーな革命家」のような側面を見せると批判する。
同氏の「コア」インフレ率重視批判と「トリム平均」指標重視の主張や金融政策の決定を、気候変動や社会正義といった政治的な色合いから切り離すべきだとの主張を挙げ、同氏は些細な細部に過度にこだわる傾向があり、同時に時代遅れの提言をしていると切って捨てる。またメディアは、ウォーシュ氏のFRBバランスシートの早期縮小論が、保有債券の満期到来を待ち徐々に縮小させる「というFRBの最近の決定に真っ向から反し、せっかちな債券売却は利回りを押し上げる可能性があると懸念を表明、また同氏の「フォワードガイダンス」に対する懐疑論」を挙げ、ウォーシュ氏は、この慣行が政策担当者に頑なに態度を固めさせ、自らの誤りを証明する新たな情報を無視させることで害の方が利益を上回ると懸念している。しかし大半のFRBウォッチャーは、そのトレードオフは価値があると考えていると反論する。
以上を要すれば、メディアはウォーシュ新議長は前議長と同様に中央銀行の独立性を確固として守り、個別政策でもイラン情勢やトランプ高関税による物価上昇圧力が強まり、インフレ期待が高まるなかで中央銀行責任者としてインフレ対策を強力に推進すべきだと主張する。このためトランプ政権に対抗できる力を早急に示すべきだと提言する。新議長がインフレタカ派としての本来の姿勢を取り戻し、この路線を守れるならば、金融引き締め的政策が継続し、その結果、ドル高状態も続くと考えられる。
主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名)THE WALL STREET JOURNAL(ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES(フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES(ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST(ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN(ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK(ブルームバーグ・ビジネスウイーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、 REUTER(ロイター通信)など。韓国聯合ニュース、中国人民日報(日本語版)も参考資料として参照し、各国統計数値など一部は本邦紙も利用。
PDF版























