ドイツ語書籍レポート
ドイツ語圏で好評の日本のノンフィクション作品 篠田珠(日本翻訳協会 ドイツ語翻訳能力検定2級)
今回は、ノンフィクション作品にスポットを当ててみたいと思います。ノンフィクション分野は範囲が広く、実に様々な作品が翻訳されています。範囲が広すぎて終わりのないリサーチになりそうなので、ドイツ語圏でベストセラーになった日本の作品を中心に紹介したいと思います。最近のベストセラー作品では、下記の作品が見つかりました。作品名の後に記した年は、ドイツ語翻訳の出版年です。
ベストセラー1冊目は、近藤麻理恵の「人生がときめく片づけの魔法」2013年。片付けの悩みは世界共通なのですね。本作品は増刷を重ねており、人気の高さが分かります。他に同氏の作品は、現在まで約10作品のドイツ語訳があります。上記の作品は日本語からの翻訳ですが、英訳からのドイツ語訳(重訳)も混在しています。
次は、岸見一郎/古賀史健による「嫌われる勇気」2018年。オーストリア出身のアルフレッド・アドラーが創始したアドラー心理学を元に、自己の受け入れや他者との関わり方を分かりやすく解説し、ベストセラーになりました。上記作品および、両氏による次作「幸せになる勇気」2020年はいずれも英訳からの重訳です。先日2026年4月に出版された岸見氏著「つながらない覚悟」は、日本語からのドイツ語訳です。
世界でベストセラーとなった茂木健一郎の「生きがい」2020年。ドイツでは、5週間連続ベストセラー一位を獲得するほどの大ヒットでした。次作「なごみ」2023年も好評のようです。両作品共に原書は英語です。また「生きがい」が発表された前後から、「Ikigai」をタイトルにしたドイツ語書籍が多く出版されています。これについては後述します。
最後は斎藤幸平の「人新世の「資本論」」2023年。地球の温暖化など地球の危機的状況の原因は資本主義にあるという厳しい指摘。そして脱成長、マルクス思想に解決策があるという新しい視点。ドイツ語圏の各紙も高く評価しており、ベストセラーとなりました。こちらは日本語からの訳です。2024発行の『大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝』の原書は英語。最新作のドイツ語訳(日本語から) も近々発行予定となっています。
日本或いは英語圏でベストセラーになった作品では、以下の作品が見つかりました。東田直樹「自閉症の僕が跳びはねる理由」2014年/「自閉症の僕の七転び八起き」2018年。どちらも英訳から。「本田健「Happy Money(幸金)」2020年、および打谷珠美「Yoshuku予祝」2025年はどちらも英語が原書。佐々木典士「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」2020年は英訳から。村山彩「あなたは半年前に食べたものでできている」2018年は日本語から。
ここで、外山滋比古の「思考の整理学」のドイツ語版が今年後半にようやく出版されるという情報を見つけたので、付け加えておきたいと思います。40年以上前の書籍でもロングセラー作品などは、まだまだ翻訳のチャンスがあるということです。
次に、近年よく見かける書籍として挙げたいのが、日本文化ブームです。茂木氏の著作が出版された頃から「Ikigai/生きがい」をタイトルにした書籍が非常に多く出ています。日本の著者らしき名前も見かけますが、不明です。このタイトルでは、出版社を通さないIndependently publishedも多く見られました。
また「Wabisabi/わびさび」というタイトルも見かけます。そして「わびさび」の精神の一部ともいえる「Kintsugi/金継ぎ」という伝統的な修復技法。環境問題、再生利用などが欧州では大きな関心事であり、質素な生活、物を大切に使うというわびさび、金継ぎから学ぶことは多いのでしょう。「わびさび」をタイトルとした書籍は多くあるものの、英訳からのドイツ語訳、あるいはドイツ語が原書の作品ばかりで、日本語が原書のものはリサーチの範囲では見つかりませんでした。金継ぎに関しては、技術を解説する書、金継ぎの精神を元に人生のアドバイス書など。こちらも原書が日本の書籍は見つからず。
他には、「Kaizen/改善」をタイトルにした書籍も見かけましたが、今井正明の英語書籍からの翻訳が2000年代初めに出版されていたものの、最近見かける書籍のほとんどがドイツ語圏の著者によるものです。
さて、仏教は長年ドイツ語圏でも興味を持つ読者が多く、仏教関連の書籍は以前から数々あります。近年も日本の僧侶たちによる著書が次々ドイツ語訳されています。松本紹圭「お坊さんが教える心が整うそうじの本 」2014年、枡野俊明「禅-シンプル生活のすすめ」2019年等、両氏ともに現在まで複数の作品が紹介され、関心の強さを示しています。ただし、英訳からの重訳がほとんどです。
「禅」に関しては、特に人気がありますが、上記の著者を除けば、最近のものは禅を学んだ欧米人著者のものや、「ZEN」の考えを通じて心の安らぎを得るアドバイス的な書籍が中心のようです。英訳からのドイツ語訳も見つけましたが、大半がドイツ語で書かれたものでした。
今回紹介した作品のうち、英訳からの重訳が多いのが目立ちます。これは英語圏で好評/ベストセラーになった日本の作品がドイツ語圏へ入って来るという状況を反映しています。原書日本語からの翻訳ではないのは残念ですが、先に紹介した岸見氏の著書のように最初は英訳からの翻訳でも、最新書は日本語からの翻訳へ変更したケースも出ています。リサーチを始めた時には、原書からの翻訳が当然なのに、と重訳を否定的にとらえていました。しかし、リサーチを続けていくうちに、日本の作品が英語圏以外の言語圏に広く紹介される手段の一つとして、重訳が果たす役割があるのだと理解出来ました。
近年のドイツ語翻訳作品は、原書(日本語)からの翻訳だろうと勝手に思い込んでいました。今回のリサーチをきっかけに、翻訳作品を見つけたら原書からの翻訳か、重訳か、まず確かめるのが習慣のようになっています。
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筆者:しのだ たま
ドイツ語翻訳能力検定2級
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