世界の出版事情―各国のバベル出版リサーチャーより第66回
ドイツ語圏書籍レポート - 1月
推理小説で気分転換
篠田珠(日本翻訳協会 ドイツ語翻訳能力検定2級)
ドイツ語を学び始めてずいぶんと時間が経ちましたが、未だに、すらすら読める域には達していません。読むのは遅いし、難しい本は途中で挫折してしまうことが多々あります。それでも今までドイツ語の読書を続けられたのは、推理小説のおかげです。難解な本に挫折した時には、いい気分転換になります。単語の意味が分からなくても、物語の場面から大体想像ができるので、比較的早く、気楽に読めるのが嬉しい。早く結末が知りたい、と興味をかき立てられる作品に出会えると、読む楽しみも倍増します。期待外れな結末には、読まなければ良かったと後悔することもあります。そういう時は早々に気持ちを切り替え、次の作品に期待することにしています。どの作家のどの作品を読もうかと、作品探しに費やすのも楽しい時間となります。
ドイツ語圏にも推理作家は多くいますが、現在ベストセラー作家として有名なのはSebastian Fitzek (セバスティアン・フィツェック)をはじめ、Andreas Gruber (アンドレアス・グルーバー)、Charlotte Link (シャルロッテ・リンク)、Nele Neuhaus (ネレ・ノイハウス)、 Ursula Poznanski (ウルズラ・ポツナンスキ)などで、上に挙げた作家の作品の邦訳書籍があります。
さて、邦訳されていない推理作家や作品も数多くありますが、今回はその中から2作品を紹介したいと思います。
まずはサイコスリラーから。
作品名:FAKE (フェイク)
著者:Arno Strobel (アルノ・ストローベル)
発行年2022年8月
著者紹介:1962年ドイツ、ザールラント州生まれ
スリラー、サイコスリラーを得意とする作家
主な作品:「Offline」、「Die App」、「Sharing」
また「Mörderfinder」シリーズなどがある
あらすじ:パトリックは、妻と二人幸せな毎日を送っていた。ある朝、刑事が自宅を訪れ、彼がある女性の失踪に関与している、と疑う証言があると告げる。女性や証言者の名前に心あたりは無い。だがこれを契機に、彼に不利な出来事が次々起こる。アリバイは崩れ、ストーカー犯の嫌疑もかけられる。そして証言者、失踪者が相次いで死体で見つかり、彼に対する疑惑は深まる一方だった。証言者宅の隠しカメラ映像が発見され、そこに映るパトリックが動かぬ証拠になった。逮捕後も彼は、無実を訴え続ける。彼は本当に殺人を犯したのか、それとも無実なのか。
ドイツ、シュピーゲル誌上のベストセラーリストで1位を獲得しているだけあり、一気に読んでしまいたくなる話の展開となっています。拘置所にいる主人公が、そこに至るまでを第三者的視点で語り始め、途中で現在進行形となります。物語の合間に主人公の独白挿入という独特の形式が、読者を惹きつける要素になっています。サイコスリラー小説が好きな人にお勧めの作品です。
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次の作品は、歴史推理小説です。私は日本の時代小説が好きなので、ドイツ、オーストリアなどを舞台にした歴史もので、かつ推理小説を読みたいと思い、見つけたのが本作品です。この作家以外にも、19世紀を舞台とした推理小説が出版されています。
作品名:Fluch der Venus (ヴィーナスの呪い)
副題:Wiener Abgründe (ウィーンの闇)
著者:Peter Lorath (ペーター・ローラート)
発行:2022年9月
著者紹介:1960年オーストリア、ウィーン生まれの医師
本作品はシリーズ化され、既に第2弾「Tanz der Furien (鬼女の踊り)」が発行されている。第3弾は2025年に発行予定
あらすじ:1880年6月ウィーン。美人高級娼婦が死体で見つかる。死者と懇意であった老貴族の要請により、警察本部長マルクスベルクは死因解明の解剖に立ち会う。死体に外傷はなく、梅毒罹患が認められたが死因ではなかった。だが腹部内は大量出血しており、大動脈損傷による他殺と原因が特定された。娼婦の客層は貴族など上流階層の者に限られ、通常の捜査は出来ないと悟ったマルクスベルクは、部下で娼婦界隈に詳しいケルンに秘密裏の捜査を命じた。ケルンが捜査を始めると、傷の無い不審な死体は他にもあり、界隈では秘かに恐れられていることが判明。また死の約2か月前まで、娼婦はある男爵と交際していたこと、彼女はロシア貴族の客を秘かに受け入れ、定期的に高級売春宿へ出かけていたことを、ケルンは突き止める。一体誰が、なぜ娼婦を殺したのか。
本作品は、2023年ドイツ推理小説新人賞であるHarzer Hammer (ハルツァーハンマー)賞を受賞し、また同年ウィーン市とオーストリア書店協会が主催する推理小説賞Leo Perutz Preis(レオペルッツ賞)にノミネートされています。
著者は現役の医師ということで、作中の病気や解剖など関する記述は、専門的で詳細です。上記あらすじや、副題「ウィーンの闇」から察する通り、全体的に暗い内容です。それでも最後まで読者の興味を惹きつける見事な構成になっており、読み応えのある作品です。新人賞の受賞とネット上の読者の高評価が、それを裏付けています。
しのだ たま:オーストリア在住。ドイツ語翻訳能力検定2級取得。
推理小説だけでなく、様々なジャンルのドイツ語圏の作品を紹介したいと思い、読書に勤しんでいます。
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