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2026年3月7日 第383号 World News Insight (Alumni編集室改め)                                                    根無き草とならぬために-日本神話の再生とその意義
バベル翻訳専門職大学院 元副学長 堀田都茂樹

沈黙する神々
 現代日本の教育カリキュラムにおいて、日本神話は「歴史」の枠組みからほぼ排除され、わずかに国語や社会科の隅で「古い伝承」として触れられるに過ぎない。義務教育の9年間を通じて、イザナギ・イザナミによる国生みや、天照大御神の岩戸隠れ、あるいはスサノオの八岐大蛇退治といった物語を、体系的に学ぶ機会は失われている。

 歴史学者アーノルド・J・トインビーは、「12、13歳までに自国の神話を学ばなかった民族は例外なく滅びる」という警句を残した。この言葉の真意は、神話を科学的真実として信じるか否かにあるのではない。その民族が共有する「価値観の核」や「美意識」を継承できなくなったとき、集団としての生命力と誇りが枯渇することを指摘しているのである。

神話は「民族の記憶」である
 神話とは、文字が普及する以前から語り継がれてきた、その民族の「記憶の貯蔵庫」である。日本神話(記紀神話)には、この列島の風土、気象、そしてそこに暮らす人々の気質が色濃く反映されている。

 例えば、西洋の神話が「絶対的な創造主と被造物」という断絶した関係を描くことが多いのに対し、日本神話は「神・自然・人間」が地続きである。神々は失敗もすれば、涙も流し、時には互いに譲り合う。この「共生」と「和」の精神こそが、数千年にわたって日本文化の底流を成してきた。

 神話を教育から排除するということは、子供たちから「自分たちはどこから来たのか」という問いに対する、最も直感的で豊かな回答を奪うことに等しい。アイデンティティが希薄になった若者が、自己肯定感を持てずに苦しむ現代社会の背景には、この「物語の欠如」という根深い問題が潜んでいるのではないか。

戦後教育の断絶と「神話のタブー化」
 なぜ、日本では神話が教育の場から消えたのか。その理由は明確である。戦前・戦中の
国家神道体制において、神話が軍国主義の正当化や天皇の神格化に利用されたことへの反省と、連合国軍総司令部(GHQ)による徹底的な排除があったためだ。

 1945年の敗戦後、教育基本法や学習指導要領の変遷の中で、神話は「非科学的な迷信」あるいは「危険な思想の源泉」として扱われるようになった。確かに、神話を政治的に利用した歴史は真摯に反省されるべきである。しかし、道具としての利用を恐れるあまり、包丁そのものを捨ててしまったのが現代の日本である。

 その結果、私たちは自国の古典に無知なまま、諸外国の文化や思想を追いかけることとなった。フランス人がギリシャ神話を語り、イギリス人がアーサー王伝説を愛するように、自国の神話を語ることは本来、至極当然な文化的営みである。日本人が自国の神話を語ることを「右翼的だ」と忌避する風潮こそが、戦後日本が抱え続けている精神的な歪みの象徴であると言わざるを得ない。

神話が育む「倫理観」と「感性」
 神話を学ぶ意義は、単なる知識の習得に留まらない。それは、論理的な思考以前に備わるべき「倫理性」や「感性」を養うことにある。

 日本神話における「罪」の概念は興味深い。それは「悪」というよりも「穢(けが)れ」として捉えられる。穢れとは「気枯れ」、すなわち生命のエネルギーが枯渇した状態を指す。そして、それを「禊(みそぎ)」によって洗い流し、再び清らかな状態に戻る。この「やり直しができる」「常に清らかさを目指す」という楽観的かつ倫理的な精神構造は、現代の不寛容な社会において、救いとなる考え方ではないだろうか。

 また、草木や岩石に至るまで神が宿ると考える「八百万の神」の思想は、現代における環境倫理の先駆けとも言える。自然を支配の対象とするのではなく、共に生きるパートナーとして敬う。この感性は、神話を通じてこそ子供たちの心に自然に染み込んでいくものである。

グローバル社会における「個」の確立                                              「国際化」が叫ばれて久しいが、真の国際人とは、自国の文化と歴史に深い理解と誇りを持ち、その上で他者の価値観を尊重できる人間を指す。

 自国の神話を知らない日本人が、海外で自国の文化について問われた際、何も答えられないという場面は少なくない。私もその一人だった。自分のルーツを語れない人間が、他国のルーツを真に理解し、対等な対話を築くことは不可能である。神話は、異文化の荒波の中で自分を見失わないための「錨(いかり)」の役割を果たす。

 神話を学ぶことは、決して他民族を排斥することではない。むしろ、自らの「物語」を大切にするからこそ、他者が持つ「物語」の尊さにも気づくことができるのである。

次世代へつなぐ物語
 「滅びる」というトインビーの言葉を、今一度噛み締める必要がある。もし私たちがこのまま神話を忘れ去れば、日本人は「日本人という名前を持った、どこの誰でもない集団」へと変質していくだろう。それは、歴史という長い時間の連なりから脱落することを意味する。
教育現場において、神話を復活させることは急務である。それはかつてのような教条的な教育ではなく、文学として、芸術として、そして先人からのメッセージとして、自由で豊かな感性で触れさせる教育であらねばならない。

 八百万の神々が躍動する物語を、子供たちの想像力の中に再び解き放つこと。それこそが、乾いた現代社会に潤いを与え、私たちが未来に向かって再び力強く歩み出すための第一歩となるはずだ。神話は過去の遺物ではない。私たちが明日を創るための、永遠の現在地なのである。

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