新着動画

2026年2月23日 第382号 World News Insight (Alumni編集室改め)                                                    トランプ・ダボス演説が告げた新自由主義の終焉と               「強い日本」の期待
バベル翻訳専門職大学院 元副学長 堀田都茂樹

ダボスに響いた「葬送曲」
 2026年1月、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム(WEF)。かつてグローバリズムと新自由主義の聖地であったこの場所で、ドナルド・トランプ大統領が行った演説は、一つの時代の終焉を告げる「葬送曲」であった。

 トランプ氏は、国境を低くし、資本の移動を自由化すれば世界は幸福になるという「グローバル・エリートの幻想」を真っ向から否定した。彼が突きつけたのは、国家主権に基づく徹底したリアリズムと、自国産業の保護という「常識の革命」である。

 齋藤ジン氏がその著書『世界秩序が変わるとき』で予見していた「新自由主義からのゲームチェンジ」は、今や理論の域を超え、物理的な地殻変動として世界を揺るがしている。我々は今、冷戦終結から続いた「市場至上主義」という長い夢から覚め、国家間競争という現実に直面している。

新自由主義が残した「焦土」と脆弱性
 齋藤氏が鋭く指摘するように、過去30年以上にわたる新自由主義の猛威は、社会の根底を支える「公共性」を摩耗させてきた。効率という名のもとに、医療、教育、インフラ、そして中間層の家計までもが削ぎ落とされた。

 その結果、何が起きたか。パンデミックや地政学リスクという「有事」に際し、グローバル・サプライチェーンは脆くも崩れ去った。安価な労働力と引き換えに生産拠点を海外へ放り出したツケが、戦略物資の欠乏とエネルギー価格の高騰となって、市民の生活を直撃したのである。
 トランプ氏が主導する「関税による国内回帰政策」は、単なる保護主義ではない。それは、新自由主義が無視し続けてきた「国家のレジリエンス(回復力)」を取り戻すための荒療治である。齋藤氏の言葉を借りれば、世界は「ジャスト・イン・タイム(効率)」から「ジャスト・イン・ケース(備え)」へと、その生存戦略を根本から切り替えた。

日本にとっての「逆説的な勝機」
 この大転換の中で、日本はかつてない「逆説的な勝機」を手にしている。
新自由主義の全盛期、日本は「非効率」だと叩かれ続けた。終身雇用の残滓、重層的な下請け構造、そして過剰とも思える品質管理。しかし、世界が分断され、中国のような権威主義国家とのデカップリング(切り離し)が進む中、この「日本の実直さ」が最強の武器に反転した。

 トランプ政権下の米国が今、最も求めているのは、信頼できる供給網(フレンド・ショアリング)である。安価な労働力に頼る中国モデルが限界を迎え、社会不安が増大する中、高い技術力、教育水準、そして何より「社会の安定性」を維持してきた日本は、世界で最も安全な投資先として再定義されている。

 齋藤氏が提唱する「ルイスの転換点(労働過剰から労働不足への移行)」は、日本において「賃金上昇を伴う成長」への扉を開く鍵となる。人手不足こそが、企業のDX投資を加速させ、労働者の価値を高める。新自由主義的な「買い叩き」の時代が終わり、真の「実力」が評価される時代が到来したのである。

「日米新秩序」における日本の立ち位置
 2026年現在、カナダ首相が「世界秩序が破裂した」と嘆くほど、既存の多国間枠組みは機能不全に陥っている。しかし、トランプ大統領が描く新秩序において、日本はもはや単なる「追従者」ではない。

 半導体をはじめとする戦略物資の供給拠点として、また対中抑止の防波堤として、日本はアメリカにとって「対等に近い取引」が可能な唯一のパートナーになりつつある。齋藤氏が説くように、日本は自らの価値を再認識し、自律的な経済圏を構築する勇気を持つべきだ。

 アメリカから「強くあってほしい」と請われるという、歴史上稀に見るチャンス。これこそが、齋藤氏が予見したゲームチェンジの正体である。

主権者としての覚悟
 新自由主義という長い冬は終わった。しかし、その後に来るのは自動的な繁栄ではない。
齋藤ジン氏が我々に問いかけているのは、「主権者としての覚悟」である。効率という甘い言葉に酔い、国家の基盤を売り渡す時代は終わった。これからは、自らの産業を、自らの技術を、そして自らの国民をどう守り抜くかという、冷徹かつ情熱的な意志が必要とされる。

 世界秩序が「破裂」した今こそ、日本は「失われた30年」という呪縛を振り払い、再び世界の中心へと躍り出るべきだ。我々の手の中には、既にそのための「鍵」が握られている。

棲み分けの時代に入る国際秩序
 戦後80年、日本はグローバル化の恩恵を最大限に受けてきた。自由貿易、国際分業、共通ルールの拡張は、世界を一つの市場へと統合した。しかし今、その秩序は静かに終焉を迎えつつある。

*参考文献 『世界秩序が変わるとき』文春新書 斎藤ジン著

おすすめの記事