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2026年2月7日 第381号 World News Insight (Alumni編集室改め)                                                    翻訳・創訳と神話再編
バベル翻訳専門職大学院 元副学長 堀田都茂樹

棲み分けの時代に入る国際秩序
戦後80年、日本はグローバル化の恩恵を最大限に受けてきた。自由貿易、国際分業、共通ルールの拡張は、世界を一つの市場へと統合した。しかし今、その秩序は静かに終焉を迎えつつある。

トランプ政権以降、アメリカは「世界の警察」から「自国圏の守護者」へと戦略を転換した。ロシアは旧ソ連圏を軸とする勢力圏を再構築し、中国はアジアを中心とする独自圏を形成しつつある。日本はアメリカと同盟しながら東アジアの安定に関与する立場にある。

これは単なるパワーバランスの変化ではない。世界は「一つの正義で統治される時代」から、「複数の文明が棲み分ける時代」へと移行している。

この構造を理解する上で重要なのが、渥美育子氏の提示する文明コードの分類である。

第一は西欧世界の「リーガルコード」である。法と契約、制度によって正義を定義し、個人の権利を最上位に置く世界観だ。アメリカやEUはこの論理で動いている。
第二は日本を含むアジアの一部に見られる「モラルコード」である。そこでは法よりも関係性、制度よりも調和が優先される。「人としてどうあるべきか」という倫理が社会を支える。
第三は中東・イスラム圏を中心とする「レリジアスコード」である。神の掟が最高原理となり、世俗法より宗教法が正義の基準となる文明圏である。

 これまでのグローバル秩序は、リーガルコードを普遍化しようとした試みであった。
しかし、それは他の文明コードを周縁化し、抑圧する構造を生んだ。その反動として、各文明は再び自らの原理に立ち返りつつある。

多極化とは、混乱ではなく「文明の復権」である。
重要なのは、これが対立だけを意味しないという点である。単一の価値観が支配する世界よりも、複数の価値が並立する世界の方が、人類史的にはむしろ自然な姿である。

この中で日本の位置は特異である。日本は西欧の法制度を受け入れつつ、アジア的モラルコードを保持し、宗教的原理主義に陥らない文明である。言い換えれば、日本は文明間の「翻訳者」となり得る国である。

これからの世界秩序は、覇権国家による支配ではなく、文明圏同士の対話によって維持される構造へと移行していくだろう。そのとき必要なのは軍事力ではなく、言語、文化、思想を媒介する知である。

多極化とは分断ではない。それは人類が再び多様な価値を認め合う成熟段階への移行である。その中で、日本は橋を架ける文明として、新たな役割を担うことになるだろう。また、その時にこそ、バベル的翻訳、バベル的創訳が意味をもつだろう。

(参考)
「世界で戦える人材」の条件 グローバル企業で30年間伝え続けてきた
(PHPビジネス新書)
英語版:
 Developing Global Talent: Competing against the best in the world (Babel Press)

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