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ブックコミュニティ第18回
読書と恋愛の蜜月

 欧米のブッククラブや読書コミュニティの風景が、様変わりしつつあります。若い世代を中心に、「恋愛」が新しいかたちで読書文化に組み込まれているのです。この流れには二つの側面があります。一つは、ブッククラブが恋愛や友情の出会いの場になっていること。もう一つは、恋愛とファンタジーを融合させた「ロマンタジー」というジャンルの台頭です。

 まず前者について。アメリカでは、ブッククラブがデートアプリに代わる「出会いの場」として注目されています。New York Postに掲載されたある調査では、男性の38%、女性の16%が「読書会は恋愛につながりやすい」と答えました。オンラインでの出会いが一般化する一方で、価値観や趣味を共有できるオフラインの場を求める傾向が強まっているものと思われます。本について語り合うことで、相手の人柄や世界観を早い段階で知ることができ、自然に親密な関係が生まれやすいのです。

 出版にとって、これは見逃せない動きです。読書会が「作品を語る場」から「人とつながる場」へ変化することで、本は社交の媒介として再評価されていると言えます。出版社や書店が出会いを意識した読書イベントを企画すれば、従来の読者層を超えた参加者を呼び込めるかもしれません。翻訳出版の観点からは、共感や感情交流を呼びやすい恋愛小説やエッセイが新しい需要を生み出す可能性がありそうです。

 もう一つの潮流は「ロマンタジー」の広がりです。ロマンスとファンタジーを掛け合わせたこのジャンルは、Z世代の間で急速に人気を集めています。TikTokでは「#Romantasy」の投稿が数百万件を超え、口コミでベストセラーが次々と誕生しています。出版直後に紹介動画が拡散し、数日で完売することも珍しくありません。読者はここに「現実からの逃避」と「自分らしさの確認」を同時に求めています。

 このジャンルの特徴は、多様なジェンダー観や自己認識を取り込み、ヒロイン像を自立的に描く点にあります。ファンタジーの舞台が社会的テーマを寓話的に表現する器となり、これまで二流として扱われがちだったロマンスが新たな評価を得つつあります。文学的にも商業的にも存在感を増しているのです。

 ロマンテジーは「グローバル言語性」を持つジャンルです。魔法や異世界という普遍的モチーフに恋愛を組み合わせることで、文化の異なる読者にも共感されやすい特徴があります。また、映像的な世界観や強い感情表現はSNSで拡散されやすく、翻訳書のプロモーションにも適しています

 二つの潮流——出会いの場としての読書会とロマンテジーの隆盛は、どちらも恋愛という普遍的な関心を軸に、読書を新しい形で社会に接続する現象です。前者は人と人を直接結び、後者はSNSを介して世界中の読者をつなげます。読書が人間関係の構築に役立つ時代において、本は「共感と交流の触媒」としての価値を帯びているのです。

 翻訳出版にとって、この変化は大きなチャンスです。従来「軽い娯楽」と見なされることもあった恋愛やファンタジーが、いまや若い世代の文化的基盤となっています。出版の未来を考えるなら、「恋愛を媒介とする読書文化」をどのように翻訳・紹介していくかが、新しい読者層を開拓する道標となりそうです。

<ライタープロフィール>

今田陽子(いまた・ようこ)
BABEL PRESSプロジェクトマネージャー。カナダBC州在住。シャワー中もシャンプーボトルのラベルから目が離せない活字中毒者。

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