第11回 世界のライターズマーケット近況(2025年6月)
オーディオブック向けライティングのヒント
ここ数年、オーディオブック市場は世界的に急成長を遂げています。特に海外では、AIナレーションの進化やSpotifyなどの大手ストリーミングサービスの参入により、「聴く読書」はすでに一つの文化として定着しつつあります。日本でも、紙の書籍に代わる情報摂取の手段として注目が高まっています。
海外のトレンド:AI化と「聴く習慣」の定着
米国やヨーロッパでは、オーディオブック市場が年率10~20%前後の勢いで拡大しています。とりわけ注目されているのは、AI音声によるナレーションの導入と、ポッドキャストや音声ドラマのような演出要素を取り入れた作品の台頭です。Spotifyは2023年以降、オーディオブックのサブスクリプション提供を開始しており、英語圏では「耳から本を楽しむ」スタイルが日常の一部となっています。
また、Audibleなどの大手配信サービスでは、児童書やインタラクティブ作品*の開発も活発化しており、「本を聴く」ことが単なる代替手段ではなく、より能動的な読書体験として確立されつつあります。
*インタラクティブ作品:リスナーが「選択」を通じてストーリーの展開に参加できる作品。物語の結末や場面が選択内容に基づいて変化します。オーディオの場合は、音声認識などを使って、リスナーが声で操作します。単に聞くのではなく、「能動的に体験するオーディオ」として注目されています。
日本の状況と今後の展望
日本でもオーディオブックの認知度は高まりつつあり、2024年時点で認知度は59%、利用経験者は15%と、いずれも前年より上昇しています。特に自己啓発書やビジネス書のジャンルで人気が高く、「目が疲れない」「家事や散歩中に“ながら聴き”ができる」といった理由から、中高年層の支持も広がっています。
一方で、英語はアルファベットという表音文字で構成されているのに対し、日本語は漢字・ひらがな・カタカナといった多様な文字体系を持ち、視覚情報の密度が高いため、文字として作品を読みたいという傾向も見られます。したがって、英語圏におけるオーディオブックの隆盛がそのまま日本に当てはまるとは限りません。
とはいえ、新しい表現形式に取り組むことによって、これまで接点のなかった読者=リスナーとつながる機会が生まれるかもしれません。
「耳で読ませる」ためのライティングの工夫
オーディオブック向けの文章には、紙の書籍とは異なる工夫が求められます。海外の記事では、オーディオブック向けライティングについて以下のようなヒントが紹介されています。
• まず大きな文脈を提示し、それから詳細を説明する(例:背景からキャラクターへ)。
• 章やセクションの長さは、30分(およそ4,000語)を目安にそろえる。
• 短く、リズミカルな文にする。長文やダッシュ、多すぎる修飾は避ける。
• 各文や段落の最後にキーワードを置き、「印象的な着地(landing)」を意識する。
• 注釈や箇条書きは、音声でも理解しやすい構造に整える。
• 書き終えたら音読し、発音しにくい箇所や冗長な表現を見直す。
• 他の人に読んでもらったり、読み上げツールを使ったりして確認する。これにより、繰り返しや冗長さに気づきやすい。
こうした「文脈から詳細へ」といった構成や、段落の終わりに要点を置く手法は、むしろ日本語の文章構造とも相性が良いといえるかもしれません。
耳で届ける物語や情報には、目で読む文章とは異なる文体感覚や技術が求められます。また、自作を英語などの言語に展開する際にも、オーディオブック化は新たな選択肢となるでしょう。
まずは、自分の文章を「耳での聞き心地」という視点で観察してみるとよいかもしれません。
村山有紀(むらやま・ゆき)
IT・ビジネス翻訳歴10年以上。国内外の様々な場所での生活と子育ての
経験をふまえ、自分らしい発信のスタイルを模索中。