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ブックコミュニティ第14回
2025年上半期 欧米ブックコミュニティのトレンド

2025年上半期、欧米の読書文化はこれまで以上に多様化し、読書体験が書籍の枠を超えて広がりを見せています。とりわけ注目すべきは、「ジャンルの再編成」「ソーシャル読書の拡大」「デジタルコミュニティの進化」、そして「文学とファッションの融合」という4つの潮流です。今回は、それぞれのトレンドを具体的な事例とともに紹介します。

1. ロマンスファンタジーと気候系フィクションの急成長

今年上半期、TikTok内の「#BookTok」コミュニティの影響を受け、ロマンスとファンタジーを掛け合わせた“Romantasy(ロマンタジー)”が一大ブームとなりました。とくにRebecca Yarrosの新作『Onyx Storm』は、発売後わずか2週間で100万部を突破し、ヤングアダルト層を中心に話題をさらいました。エンターテインメント性に加え、恋愛と自己成長、そして戦争や階級闘争などを巧みに織り交ぜたプロットが多世代に受け入れられています。
一方、環境問題をテーマにした“Cli-Fi(気候変動フィクション)”や“ソーラーパンク”といったジャンルにも新たな注目が集まっています。持続可能性をキーワードに、ディストピアではなく希望的未来を描く作品が支持され、翻訳出版の可能性も広がっています。

2. ブックバーと読書リトリート──「読書」は場所と体験へ

読書の「場」が変わりつつあるのも、2025年の大きな特徴です。ロンドンでは、書店とバーを融合させた「ブックバー」が若者の新たな憩いの場となっています。中でも話題なのが「Bàrd Books」。詩集を片手にカクテルを楽しみながら、気軽な読書会に参加できるスタイルが、インスタグラム世代を中心に人気を博しています。
さらに、読書と旅行を融合させた「読書リトリート」も各地で開催されています。米国の「Ladies Who Lit」などは、トスカーナやバルセロナを舞台に、女性作家の作品をテーマとした文学旅行を企画。旅行と知的体験を掛け合わせたこのスタイルは、読者と本との関係をより立体的なものにしています。

3. デジタル読書コミュニティの深化と細分化

これまでGoodreadsが一強とされてきた読書SNSに、新たな風が吹いています。「StoryGraph」や「Fable」など、より直感的かつ細かなレコメンド機能を備えたプラットフォームが支持を集め、個々の読書体験を可視化・共有する文化が根付きつつあります。
また、Meta社の「Threads」では“BookThreads”というタグが人気を集め、文学作品について深く語り合うサブコミュニティも成長中です。こうした流れは、従来のランキング主義から、共感や価値観を軸にした「共鳴型」の読書推薦へと移行していることを示しています。

4. 文学とファッションが交差する広告戦略

注目すべきは、ファッション業界と文学とのコラボレーションです。Pradaは作家 Ottessa Moshfeghに短編集『Ten Protagonists』を依頼し、Carey Mulliganが登場するキャンペーンと連動。読書という営みをラグジュアリーなライフスタイルの一部として再提示しました。
さらにDKNYは、モデルのKaia Gerberと共同でオンラインブッククラブ「Library Science」を立ち上げ、Z世代を中心に新しい“読む人像”を発信しています。書籍が広告の主役となるこの潮流は、出版と他業種との連携の可能性を示唆するものでもあります。

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2025年上半期、欧米の読書文化は「読む」ことそのものを問い直し、より身体的・社会的な体験として再構築しています。出版関係者にとっては、翻訳出版の新たな可能性を探るヒントとなるのではないでしょうか。読書が「個の営み」から「共有される文化」へと移行するいま、テキストを深く読み解く知と、読者との接点を設計する感性を往復できることが、これからの翻訳者・編集者にとっての新しい教養になるのかもしれません。

<ライタープロフィール>

今田陽子(いまた・ようこ)
BABEL PRESSプロジェクトマネージャー。カナダBC州在住。シャワー中もシャンプーボトルのラベルから目が離せない活字中毒者。

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