2025年6月23日 第366号 World News Insight (Alumni編集室改め) がんばりすぎていませんか? バベル翻訳専門職大学院 副学長 堀田都茂樹
“ゆるむ力”が、現代人の心と体を救う
「もっと頑張らなきゃ」「自分はまだ足りない」、
多くの人が、知らず知らずのうちにそんな思いに縛られながら生きています。効率、成果、スピードが求められる社会では、「ゆっくりする」「力を抜く」ことは、怠惰や甘えのように見なされがちです。
けれども、実は逆なのです。
本当に力を発揮したいときに必要なのは、“もっと頑張る”ことではなく、“ゆるむ”こと。
その真理を、科学的な裏づけとともに教えてくれるのが、高岡英夫氏の名著『身体意識を鍛える(The Power of Body Awareness)』です。
学術的知見に裏打ちされた「身体意識」の概念
著者の高岡英夫氏は、東京大学大学院で教育学を修め、長年にわたり運動科学や身体論の探究を続けてきた第一人者です。本書では、彼が到達した核心的なテーマ―「身体意識(Body Awareness)」という概念が丁寧に解説されています。
身体意識とは、筋肉や骨格といった構造的な部分だけでなく、動き、感覚、エネルギーの流れをも含めて、身体を統合的に感じ取り、使いこなす能力のこと。
私たちはふだん身体を「使っているつもり」でも、その多くは非効率で緊張に満ちた動きにすぎません。
高岡氏は、「本当の意味で身体を使う」とはどういうことかを問い、身体意識の向上によって、心身の能力が飛躍的に高まると説いています。実際、身体意識が育つと、動作が滑らかになり、無駄な力が抜け、同時に心も落ち着いてくる、そうした変化が多くの実践者の間で報告されています。
「7つの身体操作の秘密」──日本伝統の叡智から生まれた体系
本書の中心には、「日常動作の中に潜む7つの身体操作の秘密」があります。これは著者が日本の武道や芸能、職人技、伝統芸術などに伝わる身体文化を徹底的に研究し、抽出した動きの核です。
たとえば、
• 体幹のゆるみと安定のバランス
• 骨盤や背骨の自然な連動
• 筋肉の弛緩と連動による“伝導性”の動き
• 重心移動の微細な感知と制御
などが含まれ、それらを無意識下で体得していくことこそが、現代人が失いつつある“本来の身体”への回帰につながるのです。
この“7つの秘密”を現代人にも実践可能な形に落とし込んだのが、「ゆる体操(YURU EXERCISE)」です。
「ゆる体操」がもたらす変化
ゆる体操は、読んで字のごとく、「ゆるめる」ことを主眼に置いた運動法です。激しい筋トレや有酸素運動ではなく、座ったまま、寝たままでも行えるほど簡単な動きによって、筋肉や関節の緊張をゆるめ、神経系をリセットしていきます。
その効果は驚くほど多面的です。
• 姿勢や歩行の改善
• 慢性的な肩こり・腰痛の緩和
• 自律神経の安定、睡眠の質の向上
• 思考の明晰さ、集中力、判断力の回復
• 不安感やイライラの減少
こうした変化は単なる“健康のための効果”にとどまりません。
自分という存在の在り方そのもの――「存在の質」全体を底上げする力を持っているのです。
「がんばらない」ことが「本気を出す」ことにつながる
高岡氏は、現代社会の最大の病理は「慢性緊張」だと言います。仕事でも人間関係でも、「気を張る」「頑張る」「負けないようにする」といった“収縮のエネルギー”ばかりが使われており、これが心身のバランスを崩し、創造性や柔軟性、集中力といった本来の力を封じ込めてしまうのです。
そこで必要なのが、「ゆるむ」という選択。
力を抜いてゆるめることで、神経と筋肉が解放され、本来の呼吸が戻り、身体の感受性が目覚めていく。すると、
• 無意識に抱えていた緊張に気づく
• 頑張らなくてもできることが増える
• 自然な集中力が戻る
• 判断ミスが減る
• 生き方に“芯”ができる
という、静かだが確実な変化が起こってくるのです。
このプロセスは、「リラックスする」というよりも、むしろ**「本来の自分に目覚める」**という言葉がふさわしいでしょう。
「身体意識の発達」は人間的成長の道である
重要なのは、高岡氏がこの“ゆる”を、単なる健康法やリラクゼーション法としてではなく、人間の成長プロセスとして捉えている点です。
身体がゆるみ、整うことで、感情の反応や思考のクセにも変化が生じ、やがて人間そのものが成熟していく。これはアスリートや演奏家だけでなく、医師、教師、ビジネスリーダー、子育て中の親など、あらゆる人にとって普遍的に有効な成長の道なのです。
人生を変えたいなら、まず身体を変えよう
私たちは、つい頭や思考から変わろうとします。
けれども、身体こそが最も深く、確実な変容の入口なのです。
『身体意識を鍛える』は、こう語りかけてきます。
「ゆるむことは、目覚めること。
本来の力は、がんばらなくても、すでにあなたの中にある。」
「ゆるみ」は、誰でも日常のなかで始められます。
小さな習慣として、「ゆる体操」を数分取り入れるだけでも、自分の内側に起きる静かな変化を感じられるでしょう。
忙しさや不安に追われているときこそ、自分に問いかけてみてください。
「私はいま、ちゃんと“ゆるめて”いるだろうか?」
そこから、あなたの新しい生き方が始まるかもしれません。