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2024/12/7

漫画と癒し系小説(米国での人気)

谷口知子:バベル翻訳専門職大学院修了生

 私がNYへ移住したのは、80年代半ばである。縁あって住むことになった街から、日本を外から眺めるという環境に置かれたわけであるが、日本出身ということもあってアンテナは日本へむき、日本という国はアメリカ人にはどのように映るのか。世界経済の中で日本はどのように受け入れられているのかなど、その動向が常に気になった。経済の変動と同様に、輸入される日本からの文化も、供給と需要がバランスするごとく、時代ごとに変化していった。外からみる各国からのリアクションこそが、今の“日本“という国の力、世界の中での立ち位置、国家としての重要性あるいは希少性を教えてくれる良き指針でもあった。

 80年代、日本の代表的な文化といえば、マーシャル・アート(武道)だった。日本は空手や柔道といったスポーツ発祥の国、在米日系人たちの渡米のきっかけも、武道の先生として招待されたというケースが多かった。当時、米国で有名な日本人の一人であった、故ロッキー青木氏(Benihanaレストランの創業者)なども、レスリングの日本代表として渡米したのが、彼の米国進出の第一歩である。このように、今までは、日本文化と言えば、どちらかというと国技としての武道、あるいは、琴や和太鼓、お茶や生け花といった古典芸能が多く紹介されてきた。産業分野にしても、廉価で性能が高いトヨタやホンダといった車の生産、ゲーム・ボーイを発明した任天堂、世界初でカセットレコーダーを縮小製品化したWalkman(ウォークマン)を発表したSonyなど、世界に誇る産業を生み出す国として知られていた。しかし、現在、日本といえば”Manga“というほど、漫画発祥の地としての知名度が高くなり、日本は、漫画やアニメを求めて外国人が訪れる、という国になった。

 日本を紹介するジャパン-フェスのようなイヴェントは各州で行われるが、現在の一番人気は、コスプレ(アニメの人気キャラクターの扮装)で、参加者はほとんどが米国の若者である。日本発祥の漫画を読む、人気アニメのキャラクターに近づくことに人気が集まる。NYCで行われるコミ・コン(コミック・ブック・コンベンションの略)も、すでに15年ほど毎年開催されており、集客数も1回で200万人を超える規模となり、その経済的効果も大きい。米国の書店や図書館でも“Manga”コーナーが設けられており、日本語のままのコミック本、英語に翻訳された漫画本も数多く並んでいる。この傾向は、NYCという都会のみならず、田舎の書店でもおおむね変わりはない。また、日系の商店では、フィギュア(キャラクター・グッズ)が必ず人気商品として陳列されている。それほどにアニメ・漫画といった日本文化は、米国市場に広く溶け込んでいる。日本語のままのコミック本でも売れるというのだから、その人気も高いことが解る。(ファンである人に聞いてみたところ、言葉は読めなくても、巧妙な絵でストーリーは追えるらしく、その繊細な絵のタッチやコマ割りという独特の書き方などが魅力とのこと)又、ニューヨーク・タイムズ紙の日曜版に掲載されるBook Reviewでは、一般書籍と並んで“Manga”欄もあり、今週のベストセラーTop10が毎週発表される。漫画本を理解したいが為に日本語を勉強し始めた、という声も実に多い。テレビで放映されるアニメも多い為、テーマソング(日本語)を意味を理解しないまま音だけで覚える、そういうファンのカラオケ・コンテストなるものもあるらしい。80年~90年代、日本語を勉強しているアメリカ人に理由を聞くと、(当時人気のあった)日系企業への就職、エコノミスト的視点からの外国語習得、いわゆる日本という国からの経済効果を意識した理由が多かったが、最近ではその理由はほとんど聞かない。日本文化の捉え方は激変してしまった、とも言えるだろうか。

 日本漫画の歴史は古く、平安時代の「鳥獣戯画」が日本最古の絵巻物とされ、庶民向けの漫画のルーツとされる。老若男女問わず庶民に広く受け入れられ、発展を遂げてきた。戦後、娯楽が限られていた日本では、紙に絵を書いて楽しむという質素な子供用の遊びからさらに発展を遂げ、絵やストーリーの詳細に凝り、大人をも魅了するストーリー、そしてアニメ化へと進化を遂げていった。米国にももちろん独自のアニメはあるが、スパイダーマンといったヒーローものや、デイズニ―にみられるようなファンタジーものが主流であり、そのストーリーも単一的である。一方、独特な表現や繊細なストーリーを主とする日本の漫画は、「世代を問わず楽しめる」「ジャンルが豊富」で、独特なコマ割りと表現力など、その魅力が多いとされる。コマ割りも、読者の目線を誘導するように細かく配置されているという。又、「機動戦士ガンダム」に代表されるリアルロボットアニメは、従来の子供向けアニメとは一線を画し、より大人の視聴者を取り込むことに成功したとされる。日本漫画の最近の複雑化したストーリーは、小説並みのタッチで読者をさらに引き込む。日本では、テレビドラマ化される人気漫画も多く、内容も実用教本的なもの、近未来予想に的を絞ったもの、精神性を追求したものが多いと聞く。私の子供時代の漫画・アニメとはすでに一線を画しているらしい。

 漫画本だけではなく、最近の日本現代文学も米国に輸出されている。“Healing Fiction” (癒し系フィクション文学)として、川口俊和さんの「コーヒーが冷える前に」は、注目すべき文学として、ニューヨーク・タイムズ日曜版で、“In Tumultuous Times, More Readers Are Reaching for Magical “Healing Fiction” (November 10th, 2024)1面記事として取り上げている。同書は2015年に日本で発売以来、国内ベストセラーとなったが、2020年からは翻訳本が輸出され、外国市場でも注目を集めているという。シリーズ化された小説(4冊)は米国でもすべて英訳本が発売されている、また、米国での映画化も決定している。癒し系の代表小説として、すでに46か国語に翻訳され、売上総部数は600万部以上に達しているというから、その読者数には驚かされる。同記事では、癒し系小説の代表作として、その他の日本作家も紹介している。望月麻衣(満月珈琲店の星詠み):青山美智子(お探し物は図書室まで):柊サナか(鴨川食堂):有川浩(旅猫レポート):夏川草介(君を守ろうとする猫の話)石田祥(猫を処方いたします:来年、米国市場で翻訳本がリリースされる予定)いずれもすでに米国で翻訳本が出版されている。外国人に受ける現代日本作家は村上春樹だけ、という時代は過ぎさったのだろう。いずれのストーリーにも共通するのは、後悔、やり残したこと、違う選択をしていたらと、誰でもが心に抱く「あの時」にフォーカスし、タイムトラベルで遡ったり、猫(ペット)視点から人間へアドバイスする、といった特殊な設定である。「やり残したこと」がもう一度できる、という仮想経験が読者の心のひだに触れるらしく、諸外国での人気も高いという。外国人の読者のコメントで、何度読んでも涙してしまう、といったファンの「推しの理由」も紹介されている。このように、心の奥底に入り込み、感動させる執筆のテクニックに長けているのも、どうやら日本人作家の手腕であるのかもしれない。世界情勢など、戦争で索漠とした状況が続く中、癒しを求める人は多いのだろう。国を超えて、心を病んでいる人への癒し、あるいは心の平和を求めて小説の世界に入り込む、それは、漫画に追い求める癒しと同様なのかもしれない。こういった風潮はさらに続くことと思われる。

(書籍紹介): Anime’s Knowledge Culture ―Geek, Otaku, Zhai
(著者紹介):Jinying Lee:ジーヤン・リー、ブラウン大学助教授(現代文学専門)                                          出版社:University of Minnesota Press (April 2024)      

 漫画と言えば日本が発祥の地、近隣のアジア圏で人気を得て、さらに欧米へと輸出されていったが、各国での漫画の受け入れられ方や時代背景による人気の出方に違いはあるのだろうか。中国系米人である筆者は、自身が現代文学専門家でもあることから、漫画が現代文化へ及ぼした影響に注目しながら、漫画文化の発展の歴史と今後の展開にフォーカスしている。近代日本では“おたく”といった若年層によって広まったと位置付けされる漫画文化であるが、筆者は各国でのオタクに位置づけされる層にも注目、Geek(米国)、Zhai(中国)とされる若者層―Z世代へ、インターネットやSNSを背景として、どのように浸透して受け入れられていったのかを分析している。おたく/Geek/Zhaiと称される彼らと漫画やアニメーションの世界はどのように繋がり、文化継承に役立っていったのか、その影響力を、現代文学の学者という目線から解説している書籍で、読者層のみならず、漫画から波及した映画、マスメディアへの影響、時代によるファンの立場の違い、地域による発展性の相違などについても言及している。漫画文化史を研究・勉強する人には参考的な書籍でもある。


谷口知子
バベル翻訳専門大学院修了生。NY在住(米国滞在は35年を超える)。米国税理士(本職)の傍ら、バベル出版を通して、日米間の相違点(文化/習慣/教育方針など)を浮彫りとさせる出版物の紹介(翻訳)を行う。趣味:園芸/ドライブ/料理/トレッキング/(裏千家)茶道/(草月)華道/手芸一般。

 

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