世界の出版事情―各国のバベル出版リサーチャーより第65回
アメリカ書籍レポート - 12月
Barnes & Noble、ベストブックオブザイヤー2024
柴田きえ美(バベル翻訳専門職大学院生)
12月に入り、すっかり寒くなってきました。今年は酷暑から秋をすっ飛ばしていきなり冬がやってきたように気温が急降下し、体調を崩す人が多かったです。秋の収穫の時期と重なり、空気が非常に悪くなる時期でもあるのですが、私も体調がやや悪い状態が続きました。
さて、今年もBarnes & Nobleが2024年を締めくくるベストブックオブザイヤーを発表しました。いずれも書店やデパートの書籍コーナーで見かけた話題作です。特に絵心のない私としては、小説家として活動する一方でとても美麗な鳥のイラストを描くことができるAmy Tan氏の才能に驚きました。趣味から一冊の本が出版され、話題作として書店に並ぶというのは、夢がありますね。
James (2024年3月19日)
著者:Percival Everett
邦訳:なし
作品について:
本作は、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』を、奴隷のジムの視点から再解釈した小説です。スピード感あふれるアクションと、ほの暗いユーモアを掛け合わせた、読み応えのある一冊です。スティーブン・スピルバーグ監督による映画化企画進行中。
ある時、奴隷のジムは、自分がニューオーリンズの男に売られ、妻や娘と永遠に引き離されることを耳にします。そこで一時的に近くのジャクソン島に身を潜め、家族が離れ離れにならないように何か方法はないのか、打開策を思案します。一方その頃、ハック・フィンは暴力的な父親から逃れようと、自分の死を偽装します。こうして、世代を超えて広く知られる、かの物語は展開してゆきます。
自由を求めてミシシッピ川を下る旅を描きつつ、ジムの主体性や人間性を現代の新しい観点から描き出しています。本書は、全米図書賞受賞やカーカス賞を受賞し、ブッカー賞でも最終候補作品となりました。
著者紹介:
パーシヴァル・エヴェレット(Percival Everett)は南カリフォルニア大学(USC)の英文学の特別教授。これまでにも多くの著名な文学賞を受賞している。代表作は『Dr. No』(2022年)や『The Trees』(2021年)があり、小説『Erasure』(2011年)を原作とした映画『American Fiction』はアカデミー賞を受賞している。現在はロサンゼルスに妻で作家のダンジー・セナと家族と共に住んでいる。
The Backyard Bird Chronicles (2024年4月23日)
著者:エィミ・タン(Amy Tan)
邦訳:なし
作品について:
本書は、ニューヨークタイムズベストセラー作家、エィミ・タンによるバードウォッチング日記です。カリフォルニア在住の彼女の自宅の庭に訪れる様々な鳥を観察し、自然の美しさや人生の静けさを描いた作品です。2016年当時、悪意に満ちたフェイクニュースが日々SNSを騒がせ、米国全土で騒乱が巻き起こっていました。そんな世間の喧騒に疲れ、平穏を求めたエィミ・タンは、バードウォッチングへと関心を寄せます。本書は、ユーモアと機知に満ちたエッセイやイラストを通じて、鳥たちとの静かな対話を記録し、読者に新たな視点を提供します。繊細なスケッチとコミカルな鳥のセリフはまるでマンガのようです。著者の想像力の豊かさや子細に観察していることがうかがえます。
Barnes & Nobleでは、著者のインタビュー動画が作成され、より詳しい本書の作成秘話などが語られています。
著者紹介:
エィミ・タンは、自然豊かなカリフォルニア生まれ、カリフォルニア在住。処女作『ジョイ・ラック・クラブ』(角川文庫 1992年、訳:小沢瑞穂)は映画化され、彼女自身、共同プロデューサーおよび共同脚本家を務めました。また、アメリカン・バード・コンサーベンシー(American Bird Conservancy:鳥類保護活動に携わる団体)の理事を務めています。
最後に、児童書のカテゴリーから、2024年ベストブックをご紹介します。
Impossible Creatures (2024年9月10日)
著者:キャサリン・ランデル
邦訳:なし
作品について:
本書は、ありとあらゆる魔法生物が住む秘密の島々「アーキペラゴ」を舞台に、クリストファーとマルの2人が衰えゆく魔法を救う冒険を描いたファンタジー小説です。二人はスフィンクスやドラゴンに相談し、凶悪なクラーケンと戦いながら、なぜ魔法が弱まり魔法生物が衰弱していっているのかを探ります。そうして、他の誰でもない、二人にしか魔法生物たちを救うことはできないことを次第に実感し、アーキペラゴを救うために奮闘します。感動的でエネルギーに満ちた物語で、60以上の美しいイラストとともに読者を魔法の世界へと誘います。Publishers Weeklyでも、今年のベストブックに選ばれた物語です。
著者紹介:
キャサリン・ランデルは、ボストングローブ・ホーンブック賞など多数の賞を受賞した児童書作家。代表作には『The Wolf Wilder』(邦題:「オオカミを森へ」小峰書店 2017年、訳:原田勝)や『The Explorer』(邦題:「探検家」ゴブリン書房 2024年、訳:越智典子)があります。イギリス出身で幼少期はジンバブエ、ブリュッセル、ロンドンで育ち、現在はオックスフォード大学のオール・ソウルズ・カレッジの研究員として活動しています。また、大人向けの著作も執筆しており、『Super-Infinite: The Transformations of John Donne』(ベイリー・ギフォード賞受賞作)や『Why You Should Read Children’s Books, Even Though You Are So Old and Wise』といった書籍も出版しております。
柴田きえ美
カリフォルニア在住。2017年1月からバベル翻訳大学院生として法律翻訳を勉強中。これまでに7冊の翻訳出版に参加。JTA 公認リーガル翻訳能力検定試験2級を取得し、フリーランスで翻訳をしながら課題にも取り組む。
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