東アジア・ニュースレター
海外メディアからみた東アジアと日本
第167 回
中国がトランプ米前大統領の再登場に備えて欧州やアジアの米同盟国に接近しようと模索している。中国製品に最大60%のトランプ関税が課されると中国経済の成長率が押し下げられ、輸出と製造業を主なエンジンとする成長モデルが破綻する可能性があり、しかも中国は米同盟国との接近戦略で苦戦しているとメディアは伝える。
台湾政府は企業に対する二重課税廃止のため米国政府と協議を開始することになった。台湾の狙いは、中国向け投資が減少するなかで米国向けを増加させることにあり、米国は台湾の対中依存度の減少と台湾企業の誘致による自国半導体産業の育成強化を狙っている。この動きに中国は反発しており、トランプ新政権の対応が注目される。
韓国国民はトランプ氏の再登板で朝鮮半島における米国の軍事的影響力の後退や、北朝鮮を核保有国として認める、核兵器を含む軍事資源で韓国を守るというバイデン米大統領との約束を反故にするなどの恐れがあると身構えており、北朝鮮抑止のために核兵器製造の検討を始めるかもしれないとメディアは伝える。
北朝鮮がロシアに特殊部隊を送り込んだと報じられた。メディアは、北朝鮮からの兵員導入は労働者や兵員不足というロシアが抱える構造的問題が背景にあり、露朝の軍事同盟が顕著な前進をみせたと指摘する。西側諸国のみならず日韓中などのアジア諸国にも重大な影響を及ぼす可能性があり、事態を注視していく必要がある。
東南アジア関係では、インドネシアでプラボウォ・スビアント氏が新大統領に就任した。前任者は大イベント開催や首都移転など壮大な計画を推進したが、新大統領は生活改善に直結する行動を優先する。鉱物資源が豊富で米中争奪戦の場となるなか、全方位外交を展開し、既に中露を訪問した。日本とも親密な関係にあり、その動静から目が離せない。
インド経済に赤信号が灯っている。インド準備銀行(RBI)は原動力である消費と投資需要は勢いを増しており、成長ストーリーは変わらないとの強気の見方を示しているが、エコノミストの間では、今後のインフレ動向や成長率見通しおよびRBIによる利下げのタイミングなどについて意見が分かれている。
主要紙社説・論説欄では、日本製鉄によるUSスチール買収案件に関する主要メディアの報道と論調を紹介した。米大統領選後の新政権と日本政府の対応が注目される。
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北東アジア
中 国
☆ トランプ前米大統領の再選に備えて動き出す政府
米国大統領選でドナルド・トランプ氏が再選されたことで中国政府が対応策に動き出した。11月11日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは「中国、米同盟国に秋波 トランプ次期政権にらみ」と題する記事で概略以下のように報じる。
ドナルド・トランプ氏が中国製品を米国市場から締め出し、中国経済に打撃を与えると公約するなか、中国政府はその対応として米国の同盟国に接近する方法を模索している。トランプ氏は選挙戦で中国製品に最大60%の関税を課すと表明。これは習近平国家主席が推進する経済成長モデルを脅かすことになる。習体制は製造業の拡大と輸出で景気低迷を脱することを柱に据えている。中国政府は経済がすでに不安定ななか、潜在的な打撃を相殺する方法を検討している。欧州とアジアの米同盟国に対して関税引き下げやビザ(査証)免除、中国からの投資などのインセンティブ提供を考えていると、事情に詳しい関係者らは語る。
関係者筋らによれば、中国政府はトランプ政権が発足すれば対話に応じる用意がある一方で、米国との競争が激化する中で時間とレバレッジを得るため米国の伝統的なパートナーに接近する機会をとらえようとしている。習氏の経済ブレーンである何立峰氏は最近になり、欧米各国のビジネスリーダーらとの会合を複数回開催している。同氏はその中で、欧州やその他のアジア諸国との外国投資と貿易を促進するため、さまざまな分野で「積極的な」関税引き下げを検討していることを示唆したと事情に詳しい関係者らは述べている。また関係者らによれば、中国は対象とする相手国を考慮し、電気・通信機器や水産物、その他の農産物などの分野に焦点を当てているという。
だが、中国政府はこの戦略を推し進めることにも苦戦している。欧州連合(EU)はここ数年、中国に対する姿勢を硬化させており、ウクライナ戦争で中国がロシアを支援していることに怒りを示し、また中国からの提案を警戒している。すでに懸念されるトランプ政権との亀裂がさらに深まるような立場に追い込まれることは避けたい考えだとみられる。欧州の当局者らは、以前から中国政府が過去の貿易に関する約束を履行していないと指摘。さらに市場アクセス拡大が中国企業による欧州の技術盗用の隠れみのになる可能性も懸念している。日本、韓国、フィリピンなどアジアの米同盟国も強引な姿勢を取り続ける中国に警戒を強めている。また中国政府はここ数カ月の間にオーストラリア、ニュージーランド、デンマーク、フィンランド、韓国など約20カ国からの旅行者に対するビザ要件を撤廃した。中国政府内では「一方的な開放」と呼ばれているこの戦略は、長年にわたり経済・外交面での見返りを重視してきた指導部にとって戦術的な変化を意味する。
11月7日、習氏はトランプ氏に祝賀メッセージを送ったものの中国との新たな経済的対立を招かないよう暗に警告し、「両国は協力から利益を得、対立から損失を被ることは歴史が示している」と述べている。関係者によると、欧州・アジア諸国はトランプ氏が1期目によくやったように米国の同盟・友好国に敵対姿勢を示すことを警戒しており、中国政府は新たな開放戦略を通じてそうした懸念を利用しようとしている。トランプ氏が今年の選挙活動中に北大西洋条約機構(NATO)に十分な資金を拠出しない国を攻撃するようロシアを促すと述べたことで、欧州全体に不安が広がった。
中国指導部はトランプ氏の再選を好機と捉えている。意思決定に近い複数の関係者によれば、指導部の考えはこうだ。トランプ氏は不安定なディールメーカー(取引者)である。習氏は米国が唯一の世界大国としての地位を徐々に失っていくと考えており、トランプ氏がそれを加速させる可能性がある。米国にさらなる政治的・社会的混乱が起き、バイデン大統領が取り戻した同盟・友好国も離れていき、中国が欧州諸国などとの関係を再構築する上で追い風となるというものだ。関係者によれば、中国は主導権を握ることで米国に圧力をかけ、その同盟・友好国を分断させようとしている。中国は米国から閉め出される可能性がある市場の多様化を進めることが急務となっている。中国は発展途上国には進出しているが、欧州・アジア市場へのアクセスが拡大すれば、より大きな影響力を持つことになる。
政策による押し上げを受けた中国の輸出は現在の中国経済の数少ない明るい材料の一つだ。そのため、トランプ氏が関税公約を実行に移せば中国経済への影響は1期目よりもはるかに大きくなる可能性がある。米共和党の一部ストラテジストによると、トランプ氏は就任後、米中が2020年に署名した「第1段階」の貿易協定を完全に履行しなかった中国に焦点を当てて、関税公約を実行し始める可能性が高い。この協定では、中国が2年間で米国からの製品・サービス購入を2,000億ドル(約31兆円)増やすことが求められている。米国はこの協定に基づき、中国が順守しなかった場合に対中関税を引き上げる権利を有している。マッコーリー中国担当エコノミストのラリー・フー氏の推計によると、米国が関税を60%引き上げた場合、その後12カ月間の中国の経済成長率を2ポイント押し下げる可能性がある。「貿易戦争2.0によって、輸出と製造業が主な成長エンジンである中国の現在の成長モデルが終わりを迎えるかもしれない」とフー氏は言う。
EUの米国との経済関係は重要であり、輸出額は中国への輸出額の2倍以上だ。しかし、中国市場へのアクセスが拡大すれば、EUはトランプ政権との難しい貿易交渉で一定の交渉力を得る可能性がある。欧州の指導者を引き付けるために中国は小さなアメを提供することができる。例えば、過去1年間に始めたEU産乳製品・豚肉製品輸入に対する貿易調査を終了したり、最近課したEU産ブランデーに対する一時的な関税を撤廃したりすることだ。さらに、中国の政府調達市場へのアクセスを容易にしたり、EU諸国への投資を拡大すると約束したりするかもしれない。しかし、中国が対EU投資を増やすという約束は、EU加盟国間で分裂を引き起こすリスクがある。ドイツのシンクタンク、メルカトル中国研究所の外交プログラム責任者であるアビゲイル・バセリエル氏はそう話す。EUが中国に求めている主なことは、欧州市場への低価格製品の流入を抑える効果的な措置と中国によるロシア支援の打ち切りだと同氏は述べた。どちらの点についても「現時点で中国に対応する力はない」。
以上のように、中国政府はトランプ再登場に備えて米国の同盟国に接近しようと模索している。トランプ氏は選挙戦で中国製品に最大60%の関税を課すと表明しているが、それはその後12カ月間の中国の経済成長率を2ポイント押し下げ、ひいては輸出と製造業を主なエンジンとする中国の現在の成長モデルを終わらせる可能性があるとの見方を記事は伝える。しかも中国は欧州や日韓などのアジアの米同盟国への接近戦略で苦戦している。ただでさえ暗雲垂れ込める中国経済はトランプ再登場で大きな不安材料を抱えることになった。
台 湾
☆ 二重課税の廃止に動く米台両政府
米国と台湾の両政府が企業に対する二重課税を廃止するために協議を開始しようとしている。10月30日付フィナンシャル・タイムズは、この協定により米国の半導体製造業に向けた台湾からの投資が増加し、中国への投資が引き揚げられるだろうと以下のように伝える。
米国と台湾は、互いの企業が両方の管轄区域で納税する義務をなくす協定を交渉する準備を進めている。米財務省によると、両国の投資フローの足かせとなっている「二重課税」に対処するため、両政府は数日中に協議を開始する予定だという。台湾は本案件を自由貿易協定と並んで米国との経済関係を改善するための願望リストのトップに挙げ、その合意を長い間求めてきた。しかし、1979年に米国が中国の外交承認を台湾から中国に切り替えて以来、米国と台湾は公式な関係を結んでいないため二重課税の解決は複雑な問題となった。この問題解決への関心は近年高まっており、米国の議員や政府関係者は、台湾への主権を主張する中国の圧力が高まるなか、台湾を経済的に支援する方法を模索している。
米国はまた、台湾の中国への経済的依存度を下げたいと望んでいる。同時に米国としても台湾から半導体製造産業を誘致したいと考えている。米国議会は2022年8月に半導体製造の強靭化を目的とした「CHIPSおよび科学法」を可決し、米国の半導体産業を強化するため、外国企業を含む関連企業に500億ドル以上の補助金を支給することになった。財務省は、「特に完全な半導体エコシステムにとって重要な中小企業」に対する台湾の対米投資を促進するために二重課税の障壁を軽減すると語っている。
頼清徳総統は5月の就任以来、訪米した米国の議員団やシンクタンクの専門家との会談で少なくとも6回にわたり、二重課税を解決することの重要性に言及している。台湾の政府関係者や業界幹部は、西側民主主義諸国の中国への依存度を下げようとする動きが台湾の製造業への投資を中国から遠ざけているため、税制上の取り決めは極めて重要になっていると述べる。シンクタンク、ジャーマン・マーシャル基金の中国専門家であるボニー・グレーザー氏は、二重課税の回避に関する米台協定は何年も前から議論されており、すでに期限切れになっている」と言う。「このような協定が結ばれれば、投資の障壁が取り除かれ、米国と台湾のビジネス関係が強化される」と指摘する。
台湾の経済省によると、昨年の台湾の対外直接投資額は97億ドルで、その中で米国がドイツとシンガポールを抜いてトップとなった。これは、台湾の直接投資の大半が中国に流れていた10年前とは全く逆の結果である。台湾の対米新規投資は、主に2022年チップス法の補助金で支援されたプロジェクトが牽引している。世界最大のチップメーカーである台湾積体電路製造(TSMC)は、アリゾナ州に2つの製造工場を建設し、3つ目の工場を計画している。同社はまた、サプライヤーに追随するよう促しているが、二重課税の問題で多くのサプライヤーが二の足を踏んでいる。TSMCに洗浄用化学薬品を供給するLCYのヴィンセント・リュウ社長は、この問題は「大きな頭痛の種」だと述べる。同社は米国に事業所を構えているが二重課税の問題が取り除かれない限り、グループの拡大はあり得ないと語る。劉氏は、税制上の取り決めは「多くの台湾企業に米国への投資を促し、大波を引き起こすだろう」と付け加えた。ただしワシントンの中国大使館は、中国は「いかなる国も中国の台湾地域と主権的な意味合いや公的な性質を持つ経済貿易協定を交渉することに反対する」と述べ、バイデン政権に対して「台湾とのあらゆる公式な交流を停止する」よう求めている。
以上のように、米台両政府は企業に対する二重課税廃止のための協議を開始することになった。その狙いは、台湾としては中国向け投資が減少するなかで米国向けを増加させることであり、米国は台湾の対中依存度の減少と台湾企業の誘致による自国半導体産業の育成強化であると言える。ただし中国は当然この動きに反発している。トランプ新政権の対応に注目したい。
韓 国
☆ トランプ前米大統領の再登板に身構える国民
「トランプは金正恩と仲直りするのかと韓国人は心配している」と、11月11日付ニューヨーク・タイムズが報じる。記事は、ドナルド・J・トランプの2期目は、核の緊張が高まる朝鮮半島に不確実性をもたらし、北朝鮮の指導者は再関与の機会到来と見るかもしれないと報じ、以下のように論じる。
韓国国民は、トランプ氏がホワイトハウスに戻ってくることへの不確実性と不安を募らせながら身構えている。トランプ氏は、韓国が費用負担を大幅に増やさない限り、米軍を韓国から撤退させると再び脅し、外交面で金総書記と計算外の親密な関係を再燃させるのではないかと危惧する声もある。ソウルにある極東問題研究所の北朝鮮専門家、イ・ビョンチョル氏は「韓米関係は嵐の中に突入する一方で、金正恩とトランプが再びラブレターを交換する姿を見ることになるだろう」。
北朝鮮はトランプ氏の当選に反応していない。しかしアナリストによれば、金総書記はこれをトランプ氏と初めて会ったときよりも交渉力を増した状態で再会する好機ととらえている可能性があるという。当時と今とでは、北朝鮮の核とミサイルの能力は大幅に向上しており、金氏は核開発プログラムについて譲歩するために高い代償を要求できるようになったとアナリストは言う。両氏が協議を再開することになれば、金はトランプに対し、北朝鮮の長距離弾道ミサイル計画を凍結し、核兵器保有を(排除はしないが)制限する見返りとして、制裁を緩和し、半島における米国の軍事的影響力を減らすよう説得することが広く予想される。何十年もの間、米国とその同盟国は、北朝鮮の核計画の「完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄」を推進してきた。「ソウルに本部を置く韓国統一研究所の元所長であるチョン・ソンフン氏は、「金正恩は、米国が核兵器を既成事実として受け入れ、軍縮交渉に参加することを望んでいる。「そのような交渉が行われれば、北朝鮮を核保有国として認めることに等しいため、韓国は衝撃と混乱を引き起こすだろう」。
トランプ氏と金委員長は、2017年の大半を個人的な侮辱と核戦争の脅威の応酬に費やしたが、2018年に彼らは一転してシンガポールで初の首脳会談を行った。トランプ氏は、同盟の意志を象徴し、北朝鮮や最近では中国を抑止するための韓国との合同軍事演習を中止または縮小することで金氏との外交を円滑に進めた。トランプ氏は後に、北朝鮮の独裁者と「恋に落ちた」と語った。この間、多くの韓国人は世界で最も長く続く火種となっているこの半島で、両首脳が歴史に残るような平和協定を交渉してくれることを願い、懐疑と期待の両面で両首脳の会談を見守っていた。しかし、その交渉は2019年に決裂した。金氏が経済発展のために強く必要としていた国際的制裁からの解放と引き換えに、北朝鮮が核開発をどこまで後退させるべきかについて意見が対立したためだ。
その後、金総書記は新たな道を見つけ、核兵器を急速に拡大する一方で米韓両政府との対話をすべて断ち切った。また、ロシアと新たな同盟関係を結び、ウクライナとの戦争を支援するために武器と兵力を輸送した。2022年の就任以来、韓国の尹錫悦大統領はバイデン政権と協力し、同盟国が参加する合同軍事演習を復活、拡大してきた。トランプ氏が「非常に費用がかかる」と称するこれらの軍事演習を再び縮小し、北朝鮮が韓国を対話の相手として拒否している今、金総書記との交渉を再開すれば、尹氏は自らの政治的遺産が危険にさらされることに気づくだろう。木曜日にトランプ氏がユン氏と電話で話したとき、トランプ氏は「北朝鮮に関心」を示し、最近のミサイル発射実験や韓国に送り込まれた「ゴミ風船」の攻撃など、北朝鮮についての議論を始めたという。両首脳は近々会談することで合意したと、尹氏は付け加えた。
尹氏は、米国の政治家たちから自分とトランプ氏は「相性」を共有しているのではないかと言われたと語った。おそらく、両者とも他の分野で生涯を過ごした後に政治の世界に入ったからだろう。トランプ氏と金正恩氏は、シンガポールで初めて会談したとき、彼らもそのような相性を持っているように見えた。しかし、2019年にベトナムのハノイで行われた2回目の首脳会談は、金総書記にとってとてつもなく恥ずかしいものとなった。それどころか、手ぶらで帰ってきたことで弱く見られる危険性もあった。
トランプ氏が現職の米大統領として初めて北朝鮮に足を踏み入れ、南との境界線を短期間通過したとき、両首脳は3度目の会談を行ったが対話は頓挫し、金氏はその後、さらなる会談には関心がないと宣言した。ソウルにある梨花女子大学の政治学者、パク・ウォンゴン氏は、「第1次トランプ政権との交渉での屈辱を繰り返さないために今回はより慎重に、会談に厳しい前提条件を設けようとするだろう」と語った。
韓国とその指導者にとって問題を複雑にしているのは、トランプ氏が同盟関係を取引的にとらえる傾向があることだ。トランプ氏は、選挙に勝てば在韓米軍を駐留させるために韓国に100億ドルを支払わせると述べている。現在は10億ドル強を支払っているが、2026年までに年間拠出額を11億3,000万ドルに増やすという合意をバイデン政権と交わした。トランプ氏は先月、ブルームバーグにこう語った。「我々は彼らを北朝鮮や他の人々から守っている」。トランプ氏の登場で、多くの韓国国民に防衛のために同盟にどれだけ、いつまで頼ることができるかを考え、北朝鮮を抑止するために核兵器も製造すべきかどうかを問うようになるかもしれない。調査によれば、韓国国民の約70%はすでに自国が核兵器を持つべきだと考えている。
尹大統領は、2026年までに米軍駐留経費を10億ドルから11億3,000万ドルに増額するというバイデン政権の計画に署名した。尹氏はかつて、韓国に核武装させるというアイデアを温めていた。この宣言では、韓国は核不拡散を約束し、米国は核兵器を含むすべての軍事資源で同盟国を守るという約束を再確認した。韓国の世宗研究所のシニアアナリスト、チョン・ソンチャン氏は、「トランプ大統領はワシントン宣言を紙くずにしてしまうだろう。韓国は外交・安全保障政策を根本的に見直さなければならなくなるだろう。そして、核武装を支持する韓国人が増えるだろう」。
以上のように、記事はトランプ氏と初めて会ったときよりも交渉力を増した金総書記は米国に対して、北朝鮮の核兵器を既成事実として受け入れ、軍縮交渉への参加を認めさせようとするだろうと述べ、それは北朝鮮を核保有国として認めることに等しく、韓国に衝撃と混乱を引き起こすだろうと指摘する。さらに、長距離弾道ミサイル計画の凍結や核兵器保有制限の見返りとして、経済制裁の緩和や半島における米国の軍事的影響力の後退を要求かもしれないと予想する。韓国の尹大統領はバイデン米大統領との会談で核不拡散を約束し、米国は核兵器を含む全軍事資源で同盟国を守るという約束を再確認したが、この約束をトランプ大統領は紙くずにしてしまうだろうとも予測する。こうしたメディアの論調からすれば、トランプ氏の再登場で多くの韓国国民が防衛のために米韓同盟にどれだけ、いつまで頼ることができるかを考え、北朝鮮抑止のために核兵器の製造の検討を始めるかもしれないと身構えるのは当然と言えよう。実際、韓国国民の約70%はすでに自国が核兵器を持つべきだと考えているのである。日本としてもこうした隣国の動向に目を凝らしていく必要がある。
北 朝 鮮
☆ ロシアに兵員を派遣
武器弾薬を供給してウクライナに侵攻したロシアを支援している北朝鮮が、遂にロシアに特殊部隊を送り込んだと報じられている。10月20日付ガーディアンは、「ウクライナにおける北朝鮮人に関するガーディアン紙の見解:外国人労働者を戦争に利用するロシア」と題する社説で、ロシアは戦争継続のために外国から徴用した兵士や労働者に頼っていると以下のように論じる。
ロシアによるウクライナ戦争では、約100万人の兵士が死傷したと考えられている。ウクライナの民間人と軍人の膨大な犠牲者に加え、ロシアの平均犠牲者数は9月に1日あたり1,200人以上と過去最高を記録したと報じられている。ロシアにはその4倍の兵士がいるが、自国の戦闘員が「肉挽き機」と表現する戦争によって、兵士の数は急速に減少している。推定では侵攻以来、10年間にアフガニスタンで死亡した旧ソ連軍の7倍のロシア軍兵士が死亡している。ウクライナの元司令官で現在は駐英大使を務めるヴァレリー・ザルジニ氏は、戦争において「通用するのは数字だけだ」と発言した。ロシアは優位に立つために武器、装備、その他の資源だけでなく、紛争に必要な戦闘員や労働者を海外に求める傾向が強まっている。
目を引くのは、北朝鮮の特殊部隊1,500人がウクライナに向かっているという韓国情報機関の発表だ。通信手段やその他の問題から、彼らは戦うというよりもロシア軍を支援する可能性が高いのではないか、あるいはドローン戦について学ぶためにウクライナにいるのではないかと推測する者もいる。そのエリート的地位は、どのように使われるかというよりも政治的な信頼性を示すものだろう。北朝鮮はすでに労働者と武器を送っている。それにもかかわらず、これは両国関係における重要な一歩である。ウクライナのゼレンスキー大統領は、合計で1万人の兵士が派遣される可能性があるとの見方を示している。
ロシアは出生促進政策をとっても人口減少に歯止めがかからず、現在では中央年齢が40歳になっているため、外からの人間を必要としている。ロシアは長い間、人口不足を補うために移民労働者に頼ってきたがパンデミックによってその数は減少した。昨年は480万人の労働者が不足した。おそらく100万人の若いロシア人が戦争のために職場を去り、軍需産業はそれを生産する工場と人手を求めて競合しているのだ。
中央アジアがこれまでほとんどの移民労働者を供給してきた。しかし、タジキスタン人が有罪判決を受けた3月のクロッカス市庁舎テロ事件をきっかけに外国人嫌いが強まった。当局による取り締まりが行われるようになり、他の国々がそこで仕事を求めることを躊躇するようになった。一部の中央アジア諸国はまた、ロシアのために戦うと処罰すると自国民に警告した。
このためロシアは遠くへ目を向けるようになっている。移民たちの中には、給料や市民権の早期取得の約束によって兵役に誘い込まれる者もいる。また、騙されたり強引に入隊させられたりする者もいる。ロシアやドイツ、ドバイで働くと思っていたインド人やネパール人の労働者がウクライナの最前線で戦うことになった。AP通信が今月報じたところによると、約200人の女性がウガンダ、シエラレオネ、その他のアフリカ諸国から徴集され、タタールスタンで攻撃用無人機の組み立て作業に従事し、そこで腐食性化学薬品にさらされたという。
ロシアは発展途上国の友好国を装っているが、消耗品の戦闘機と貧困国からの安価な労働力に依存している。ウラジーミル・プーチン大統領は、彼らの領土を大ロシアに取り込もうとしているが発展途上国のその大ロシアは外国人労働者によって支えられているのだ。このことは、急成長する発展途上国との友好関係の強さというよりも、ウクライナ侵略を開始する以前からロシアが直面していた根本的な国内問題を物語っている。そして侵略はウクライナを荒廃させ、多くの自国民を殺害しているのだ。
以上のように、ロシアは現在ウクライナ戦争によってアフガン侵攻による旧ソ連軍の7倍に相当する兵員を失っている。100万人程度の若いロシア人が戦争のために職場を去り、軍需工場などで深刻な人手不足が発生している。しかも人口の高齢化も始まり、現在では中央年齢が40歳になっているとされる。政府は出生促進政策をとっているが人口減少に歯止めがかからず、若い労働者を補給するために中央アジアやインド、ネパールなど海外から移民を導入している。社説は、北朝鮮からの兵員導入はこうしたロシアが抱える構造的問題が背景にあると指摘する。とはいえ、社説が述べるように軍事同盟関係を結ぶ露朝関係の顕著な前進と考えられ、西側諸国は勿論、日本、韓国、中国などを含むアジア諸国にとっても重大な影響を及ぼす可能性があり、事態を注視していく必要がある。
東南アジアほか
インドネシア
☆ プラボウォ・スビアント新大統領が就任
2月の選挙で次期大統領に選出されていたプラボウォ・スビアント元国防相が10月20日、新大統領に就任した。これに先立ち10月14日付タイム誌は、「プラボウォ・スビアント大統領はインドネシアの未来をどう舵取りするか」と題する記事で、同氏の経歴と今後予想される動きについて報じている。以下はその概略である。
プラボウォはインドネシアの最高権力者を決める2月の選挙で9,600万票を獲得し、58%以上の得票率で地滑り的に勝利し、10月20日に就任することになっている。選挙後の8月に彼は貧困地帯のムアラ・アンケを再訪した。プラボウォが最後にここに立ち寄ったのは投票日の2週間前だった。人糞と捨てられたムール貝の殻でいっぱいの洪水に腰まで浸かる貧困にあえぐ住民に「心を痛めた」と彼は言う。(海産物の収穫が地元の主な産業なのだ)。プラボウォは直ちに国防大学に命じて、ソーラーパネル、屋内バスルーム、ろ過された飲料水を備えた低コストの浮き家屋と高床式住居を200棟建設させた。
この8月の再訪は視察程度のものだったが、彼が足を踏み入れる前から「プラボウォ!」という耳をつんざくような3つの音節のチャントが地元の反応を伝えていた。プラボウォは6時間を超える本誌とのインタビューで「心温まる」と語った。「でも、この人たちの生き方は悲しいことでもある。やるべきことはまだたくさんある」。
次いで記事は、次のように新指導者の課題を指摘する。ムアラ・アンケを泥沼から引きずり出したプラボウォの成功は印象的だが、インドネシアの2億8,000万人すべての人々を向上させるという、より厳しい課題に直面している。17,000以上の島々からなる群島国家であるインドネシアは、東南アジア最大の経済大国であり、ジョコ・ジョコウィ・ウィドド前大統領の2期にわたって大きな発展を遂げてきた。ジョコウィは、貧困層のために医療や教育サービスを強化し、有料道路、海港、空港などの大規模なインフラプロジェクトを立ち上げた。外資の投資を妨げる無駄な仕事を削減し、インドネシアの豊かな資源の果実を地元に残す「川下」政策を提唱した。
ジョコウィの熾烈なライバルから擁護者へと変貌を遂げたプラボウォは、自身の大胆なアイデアを持ちながらも継続候補と目されていた。前任者がF1レースやオリンピックのような大イベントを開催するという壮大な計画を立てていたのとは対照的に、プラボウォは生活を即座に改善する直接的な行動を優先している。彼は300億ドルを投じて学校給食を無料にする計画を展開し、公務員の給与を引き上げ、AIなどのテクノロジーを活用することで蔓延する汚職と戦うつもりだ。一方、貧困は2年で根絶する計画だ。「全能の神とインドネシア国民が私に授けた使命だ。「私はいつも、権力は必要だが、その権力で善をなすことが必要だと言っている」と彼は言う。
しかし、プラボウォは控えめに言っても物議を醸す人物である。独裁者スハルト政権下で最も恐れられていた将軍の一人であり、スハルトの娘婿であったことは言うまでもない。人権問題で深刻な非難を浴び、2019年に国防相に任命されるまで訪米を禁じられていた。過去に2度大統領選に出馬したが、イスラム右派を大胆に取り込んだキャンペーンで落選した。彼は最終的に「ジェモイ」つまりかわいくてキュートなおじいちゃんとして再起を図り、トレードマークとなったダンスの演出は、歴史的な重荷に縛られていない若い有権者の間で、またソーシャルメディアで何百万ものビューを集めた。しかし、活動家たちは、プラボウォの台頭が民主主義を侵食し、少数民族の居住地域ですでに深刻な虐待で告発されている軍部を強化することになるのではないかと懸念している。
東南アジア最大の国であり経済大国であるインドネシアは、常に戦略的に重要な地域の要であった。しかし、世界の鉱物資源の4分の1以上を供給するインドネシアは、グリーン・トランジションとハイテク経済に不可欠な銅、金、ニッケルをめぐる米中の争奪戦の場としても浮上しているが、米中どちらも地位を確立していない。中国が定期的にインドネシアの領海に侵入することは国民の怒りをかき立て、ガザ危機における米国のイスラエル支援は、イスラム教徒の多いこの国では有害であることが確かである。その中にあってプラボウォは全方位に動いている。選挙で勝利した後の最初の外遊先は、中国の習近平国家主席との会談だった。7月にはモスクワでウラジーミル・プーチンに会い、ロシアを「偉大な友人」と表現した。プラボウォは遊説先で、欧米の「二重基準」を非難し、EUの輸入制限に対して「欧州はもう必要ない」と主張した。
プラボウォは軍人でも政治家でもないインドネシア初の指導者だ。祖父はインドネシアの中央銀行を設立し、父は初代スカルノ大統領の下で経済大臣を務めた。しかし、父は反乱に参加して失敗し、亡命させられた。そのため、プラボウォは幼少期をシンガポール、マレーシア、香港、スイス、イギリスで過ごした。インドネシアに戻ったプラボウォは、陸軍の特殊部隊コパススに入隊し、その後、米陸軍のフォート・ブラッグとフォート・ベニングで訓練を受けた。スハルトの娘の一人と結婚したことでプラボウォは権力に接近し続け、軍事的な頂点に上り詰めた。しかし、1998年にスハルトが倒された後、プラボウォは民主活動家の拘束に関する人権侵害の疑いで軍を除隊させられ、ヨルダンに亡命するという体験を味わった。
インドネシアに戻ったプルボウオは民主政治への関与を目指して2014年と2019年の大統領選に出馬するが2度とも失敗、その後、大統領選で争ったライバルのジョコウィの後ろ盾もあってついに勝利を収める。こうしたプラボウォの態度の軟化は、戦闘に精通したコパスのコマンドーとしての手ごわい評判を裏切るものだった。しかしプラボウォは単に「虐殺将軍」という言葉で片づけるには複雑すぎる人物である。地元のバハサ語とベタウィ語の方言に加え、英語、フランス語、ドイツ語も流暢に話す。ポレオン戦争における地図製作者の重要性、1994年に出版された『ベル・カーブ』における人種と知能の関連性、ヨーロッパ・ルネサンスにおける宗教的宗派主義の役割などについて長々と語るのだ。現在はカトリーヌ・デ・メディチの伝記を夢中になって読んでいる。「私は歴史の熱心な研究者です」と彼は言う。
健康への意識が非常に高い彼は、朝6時に起床し、音楽を聴きながら泳ぐ。喫煙を嫌うが、これは男性人口のほぼ4分の3が喫煙者であるこの国では問題であり、プラボウォのチームの喫煙者たちは、気づかれずに一服するために常に外に出ようとしている。教育とIQに執着し、歴史上の人物の知能指数を引き合いに出したりする。ジョコウィのチームの一員であったプラボウォは、かつての敵を貶める機会はいつも避ける。間違いなく勤勉で揺るぎない同僚である。2024年の選挙が近づくと、ジョコウィは自分の党の同僚の立候補を避け、代わりにプラボウォを支持した。プラボウォはジョコウィの長男で、現在は副大統領を務めるジブラン・ラカブミン・ラカとともに出馬することに同意した。
しかし、多くのインドネシア国民は、ジョコウィが舞台裏から影響力を保持しようとする大胆な試みに不安を感じている。彼の末っ子を中部ジャワ州の副知事に出馬させるために選挙規則を変えようとして失敗し、ジャカルタのデモ隊は国会の門を壊そうとさえした。ジョコウィはまた、警察や司法の要職に忠実な人物を据え、国の反汚職委員会の権威を失墜させた。プラボウォには王朝を築く野心はなく、一人息子はパリのファッションデザイナーで受賞歴もある。ジョコウィの策略が対立を予感させるという考えも否定する。「インドネシア国民の大多数は継続を望んでいる」とプラボウォは言う。「ジブランが私と一緒にいることで、その絆が強まる」とプラボウォは言う。
プラボウォは民主主義規範の破壊を指揮しているわけではないが、リベラル派はジョコウィが遺そうとしているより中央集権的な権力構造で彼が何をするか恐れている。また、彼の一族が持つビジネス上の利益の網が接待や便宜を図る機会を提供すると考える者もいる。メルボルン大学アジア研究科のヴェディ・ハディズ教授は、「プラボウォはスハルト新秩序の中枢にいた。(プラボウォは汚職撲滅を最優先課題に掲げていると反論する)。インドネシアの新首都ヌサンタラ構想は、ジョコウィの代表的な計画だ。9月までに1万2,000人の公務員が入居する予定だったが、彼らの宿泊施設はまだほんの一部しか建設されていない。プラボウォはこのプロジェクトの継続を誓い、息苦しく沈没しそうなジャカルタから首都を移転することが、スカルノ以降のさまざまな大統領によって提案され、2014年の自身の選挙綱領の一部でさえあったことを強調した。「それは非常に崇高な理想であり、国民の統合にとって正しい」と彼は言う。
しかし300億ドルという金額は高価な賭けである。しかも、このプロジェクトは2024年末までに予定されている64億ドルの投資のうち約35億ドルしか受けていない。それが先月、中国の不動産会社デロニックス・グループがヌサンタラに3,300万ドルのホテルとオフィスの複合施設を着工したことで一変した。ジョコウィ大統領は式典で、「これは、他の投資家が新首都に参入する自信をもたらすだろう」と述べた。欧米の外交関係者の間で懸念されているのは、ヌサンタラによってインドネシアが中国からの影響を受けやすくなることだ。ヌサンタラはすでにいくつかの革新的なインフラプロジェクトに取り組んでおり、特にジャカルタ-バンドン間の高速鉄道はその代表的なものだ。しかし、大国を取り込むにはそれなりのコストがかかる。ジョコウィ政権下、インドネシアは2020年にEVバッテリーの主要部品であるニッケル原鉱石の輸出を禁止し、原材料を現地で加工して付加価値をより多く保持する「川下」政策を追求することになったが、プラボウォは「完全に同じ考えだ」と主張している。
しかし、インドネシアのニッケル製錬所の90%以上が中国企業によって建設されているという事実は、米国との摩擦につながっている。昨年10月、米上院議員9人はバイデン政権に対し、「弱い労働保護、インドネシアの採掘・精錬における中国の支配、生物多様性への重大な影響」などの懸念から、インドネシアとの自由貿易協定を拒否するよう求める書簡を提出した。すでに2022年インフレ削減法では、中国製のバッテリーや金属部品を含む電気自動車は7,500ドルの税還付の対象外と規定されている。このような地政学的な障害により、インドネシア政府はすでに採掘産業への投資先を多様化させようとしている。
プラボウォにとって最優先事項は、「米国の地政学的共同体の一員でありながら、経済的には中国に取り入る」ように見せることだと、メルボルン大学のハディズ教授は言う。「ジョコウィのように、彼はインフラや首都プロジェクトへの中国からの投資を望むだろう」。プラボウォは、たとえ地政学がこの綱渡りをますます狭めることになっても、インドネシアの非同盟を維持することが自分の目標だと主張する。「私たちは常に中立を保ってきた歴史がある。インドネシアの指導者がこの伝統から離れると私たちは災難に見舞われる。だから私たちは米国人を尊敬し、ここでの米国の参加をもっと望んでいるが中国も尊敬している」。
問題は、プラボウォがついにこの眠れる巨人を眠りから覚ますことができるかどうかだ。「人々は常にインドネシアがもっと活発になることを望んでいる」とプラボウォは言う。ムアラ・アンケで住宅建設に成功したように、プラボウォはカフカが描いたような不条理なインドネシアの官僚主義を直接行動で回避したいと考えている。最初の任務は学校給食の無料化でその後、農民に持続可能な農業技術を教え、応用技術を通じて中小企業の成長を支援する。プラボウォは、ジョン・F・ケネディの平和部隊と彼の「ベスト・アンド・ブライテスト」哲学からコンセプトを「借用」したと言う。「私は行動する男だ。苦しみ、貧困、不正義を目の当たりにして、何もしないわけにはいかない」。スラムの息子」ジョコウィの10年に続くプラボウォの復活は、国家の貴族階級の権力復帰を象徴しているが、今日の情報通で洗練されたインドネシア人は、彼の愛犬のように食卓のくずでは満足しないだろう。プラボウォは、自分の経歴が物議を醸すことを承知している。しかし、長年荒野にいた彼は、時間を無駄にしたくないと決意している。「社会の成功は国民の幸福にかかっている。私の仲間になるか、邪魔になるか、どちらかだ」。
以上のように、新大統領のプラボウォは、前任者のジョコウィ大統領がF1レースやオリンピックのような大イベント開催という壮大な計画を立てたのとは対照的に生活改善に直結する行動を優先する。中央銀行を創設した祖父とスハルト政権で経済大臣を務めた父親を持ち、スハルトの娘の一人と結婚し権力に接近、軍事的な頂点に上り詰めた。しかしスハルト政権崩壊後に民主活動家に関する人権侵害の疑いをかけられ「虐殺将軍」の汚名を付けられる。とはいえ語学に堪能で、歴史に興味を持つプラボウォは単なる「虐殺将軍」ではないと記事は主張する。一方、リベラル派はジョコウィが遺した中央集権的権力構造で何をするか恐れている。特に新首都ヌサンタラがらみで中国資本を導入したことから、インドネシアが中国からの影響を受けやすくなることが懸念されている。現に米上院議員の一部からインドネシアとの自由貿易協定を拒否するよう求める動きが起きている。また世界の鉱物資源の4分の1以上を供給するインドネシアは米中の争奪戦の場となっている。これに対しプラボウォは全方位に動き、すでに中国、ロシアを相次いで訪問している。こうした新大統領の経歴や考え方と行動、そして中露を即座に訪問し、習近平国家主席やプーチン大統領に接近する動きからみると、独裁者的な体質が感じ取られる。インドネシアは東南アジアの大国で日本とも親密な関係にあり、新大統領の動静から目が離せない。
インド
☆ 最近の経済情勢について
10月10日付ブルームバーグは、最近のインド経済について成長鈍化と高金利、そして資金の流れがインドから中国にシフトしたことで、世界で最も急速に成長している主要経済のインドが、突然エキサイティングでなくなったように見えるとの悲観的見方を伝える。筆者はブルームバーグ・インディアのシニア・エディターのメナカ・ドシ氏。週刊ニュースレター「インド版」の執筆やブルームバーグTVでのG20や選挙などの報道、インド経済やビジネスに関するデジタルビデオのホストを務めている。
記事は、水曜日(10月9日)に中央銀行であるインド準備銀行(Reserve Bank of India、以下、RBIと略称)の金融政策委員会はスタンスの変更を発表したが、基準金利は6.5%に据え置いたと述べ、金利の現状維持は大方予想されていたことだがエコノミストは経済の短期的見通しについてRBIとは異なる見方をしていると述べ、以下のように報じる。
経済の短期的な見通しについては、エコノミストの間でも意見が分かれ、利下げのタイミングについても意見の相違がある。シャクティカンタ・ダスRBI総裁は、「インドの成長ストーリーは、基本的な原動力である消費と投資需要が勢いを増しているため無傷のままである。消費と投資需要が勢いを増しているからだ」と語り、さらにインドはディスインフレのラストワンマイルにあるものの悪天候や地政学的紛争による大きなリスクがあると指摘し、そのうえで25年度のインフレ率見通しを4.5%、実質GDP成長率を7.2%と予想した。
この成長予測は「楽観的すぎるかもしれない。バンク・オブ・アメリカ・セキュリティーズ・インディアのインド・アセアン担当エコノミスト、ラーフル・バジョリア氏は、25年度のGDP成長率については6.8%と予想し、成長の減速が12月までに判然として来て、12月に利下げが行われると予想する。HSBCのプランジュル・バンダリとアーユシ・チャウダリー氏はリポートでRBIはインフレの上振れリスクは完全に認めたが、成長率見通しの下振れリスクは認めなかったと評し、利下げを12月の政策決定会合での行われると予想する。これに対してアクシス銀行のチーフエコノミストであるニールカント・ミシュラ氏は水曜日のレポートで、最初の利下げは来年2月か4月になるだろう」との見方を示した。
しかし、すでに製造業とサービス業の指数は今月低下し、自動車販売台数も3ヵ月連続で落ち込み、ディーゼル車の販売台数と電力生産量も減少している。農村部の消費はようやく上向きつつあるが都市部の需要は先細りのようだ。企業収益の伸びも勢いを失っている。証券会社のエララ・キャピタルは7~9月期の企業利益は前年同期比で減少すると予想している。これは7四半期ぶりの減益となる。グローバルな多角化金融サービス会社のモティラル・オズワル・フィナンシャル・サービシズは、インド国立証券取引所に上場する50銘柄から構成されるニフティ50の利益がわずか2%増にとどまり、過去17四半期で最低になると予想する。これは昨年の高水準のベースが一因であるとブルームバーグは報じている。
マイクロファイナンスや無担保ローンなど、一部の分野では信用の質に対する懸念が高まっているが、国内総生産(GDP)に対する新規貸し出しの伸びを示す信用インパルスは全体的にマイナスだとミシュラは言う。バジョリア氏は、インドはここ1年から1年半の間に非常に好調な業績を上げた後、平均に戻りつつあると述べ、今年後半には政府支出が回復し、一部のセクターでは企業投資が増加するだろう。しかし、所得と消費の増加および世界的な経済成長の拡大がなければインドの成長率は6.5〜7%程度にとどまるだろうと予想する。それでも他の新興市場よりは高い成長率であり、準備銀行としては政策を検討する数ヶ月間の余地があり、新たな供給ショックが価格を押し上げるかどうかを見極めることができるだろうとバジョリア氏は語る。
以上のように、RBIのダス総裁はインドの成長ストーリーは変わらないとの強気の見方を示し、経済の原動力である消費と投資需要は勢いを増していると主張しているが、エコノミストの間では今後のインフレ動向や成長率見通しおよびRBIによる利下げのタイミングなどについて意見が分かれている。RBIは25年度のインフレ率見通しを4.5%、実質GDP成長率を7.2%と予想しているが、記事は成長予測について楽観的すぎるかもしれないと批判し、エコノミストたちは6.8%や6.5〜7%程度などと予想していると報じる。RBIによる利下げのタイミングについても、成長の減速が判然としてくる今年12月ごろとの予想や最初の利下げは来年2月か4月との見方などを伝える。記事が報じるように製造業とサービス業の指数低下や自動車販売台数の3ヵ月連続での落ち込み、電力生産量の減少などは経済の前途に赤信号が点灯していることを示している。都市部の需要の先細りや上場50銘柄から構成されるニフティ50の利益の低迷、マイクロファイナンスや無担保ローンなどでの信用の質に対する懸念の高まりは、そうした不安感を裏付けている。インフレ動向と共に政府支出の動きも注視していく必要がありそうだ。
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主要紙の社説・論説から
レアルポリティークの荒波に揉まれる日本製鉄のUSスチール買収案件
昨年12月18日、日本製鉄(Nippon Steel、以下、日鉄)は米鉄鋼大手ユナイテッド・ステーツ・スチール(United States Steel、以下、USスチール)を買収し、完全子会社化すると発表した。同日付ロイター通信は、買収総額は141億ドル(約2兆円)で、これにより日本製鉄グループは世界粗鋼生産量1億トン体制の目標へ大きく前進すると伝える。以下は主要メディアの報道と論調の要約である。メディアの資料は下記のとおり。
記
12月18日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルの「Nippon Steel to Acquire U.S. Steel for $14.1 Billion (日鉄、USスチールを141億ドルで買収)」と題する記事、
9月5日付ロイター通信の「US warned Nippon its U.S. Steel bid poses a national security risk (米国、日鉄のUSスチール入札に国家安全保障上のリスクを警告)」と題する記事、
3月21日付ニューヨーク・タイムの「It Hurts to See Biden Imitating Trump on Trade (貿易問題でトランプの真似をする痛々しいバイデン)」と題する論説記事、
9月12日付フィナンシャル・タイムズの「Japan has learnt a hard lesson about US friendship (米国との友好関係について厳しい教訓を学んだ日本)」と題する東京支局長、レオ・ルイス氏の記事、
9月23日付フィナンシャル・タイムズの「There are no easy answers for US Steel (簡単には答えが出せないUSスチール)」と題する論説記事。
要約:上記メディアの報道と論調を次の5つの観点からまとめてみる。第1は、買収案件の内容と背景についてである。第2は、その目的と動機について、第3は米政府や当局の反対論、第4は、それに対する両社の反論とそれを支持するメディアの論調、そして第5は、案件の成立見通しについてである。
第1の買収案件の内容と背景についてメディアは、日本製鉄は、J.P.モルガンやアンドリュー・カーネギーらによって創設され、20世紀の米国工業化に不可欠な役割を果たした名門企業、USスチールを総額141億ドル(約2兆円)で買収し、完全子会社化すると発表したと伝える。ただし合併後もUSスチールの社名、ブランド、ピッツバーグにある本社は維持されると述べる。世界鉄鋼協会の数字によると、年間2,000万トンの鉄鋼生産能力を持つUSスチールを買収することで、日鉄は中国宝武鋼鉄集団に次ぐ世界第2位の鉄鋼生産能力となると報じる。
またメディアは、この買収案件を同盟国や友好国との間でのサプライチェーン構築を目指すフレンド・ショアリングの一例として捉え、貿易関係の将来と同様、その複雑さを示す顕著な案件だと指摘する。保護主義か自由貿易かという単純な問題ではなく、先進諸国における金融化の動きと企業の人質取り、外国企業による米企業買収と対米貿易取引の歴史、そして国家安全保障にかかわる現実の経済原理が関係していると指摘する。実際、バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領、そしてトランプ前大統領は国家安全保障を理由反対し、取引はさらに3ヶ月間精査されることになったと述べ、USスチールの本社があるペンシルベニア州では鉄鋼労組が反対しているにもかかわらず、一部の労働者は取引不成立の場合、失職すると心配していると伝える。
さらに取引には巨額の金銭的利害も絡んでいると指摘する。取引が成立した場合、USスチールのCEOは7,000万ドルのボーナスを受け取り、規制当局の承認を得られなかった場合、日本製鉄はUSスチールに5億6,500万ドルの逆解約料を支払わなければならず、両社が徹底抗戦の構えを見せるのも無理はないと述べる。投資や年金の約束が将来変更されたらどうなるか、紛争発生の場合の管轄裁判所や国境を越えた紛争への対処にかかわる問題なども指摘する。労組加盟施設で製造される鉄鋼製品は戦時の大量生産能力として使用されており、本取引は、そうした米国内の一貫製鉄生産を弱体化させるような形で、日本の過剰生産能力をさらに米国市場に持ち込む可能性があると懸念する声があると報じる。また日本企業が最も戦略的分野で長期的に米国内の鉄鋼生産を引き上げることを期待できるだろうか、さらには日本の米国子会社が親会社と対立するような貿易裁判を起こすだろうかとの疑問も提起する。
背景についてメディアは、鉄鋼市場における合併買収(M&A)の動きは、パンデミックに関連した供給不足とサプライチェーンの問によって引き起こされた鉄鋼価格の高騰と合致していると述べる。米国では、インフレ抑制法の支援を受けて電気自動車用バッテリーや半導体などを製造する工場が急速に建設され、鉄鋼需要を押し上げており、日鉄は投資家向けプレゼンテーションで米国鉄鋼市場の成長の可能性を強調したと報じる。他方、日本国内市場で日鉄は自動車メーカーやその他の産業向けの需要低減に直面し、東南アジア、インド、アメリカといった海外市場での成長を狙っており、買収により米国の自動車産業へのトップ・サプライヤーの一つとなり、電気自動車用モーターに使われる特殊鋼や電化製品、建設資材に使われる鋼材を米国で入手できるようになる。日鉄の森高弘副社長はUSスチールについて、「世界をリードする最高の鉄鋼メーカーとしての大志を加速させるための人生のパートナーを見つけたと信じている」と語った。
第2の買収の狙いと動機について、メディアは、これにより世界をリードする最高の鉄鋼メーカーを目指す日本製鉄グループは世界での粗鋼生産量1億トン体制の目標へ大きく前進すると報じる。日鉄の動機は他の多くの日本企業とほぼ同じである。日本株式会社の将来は自国以外での成長と投資能力にかかっており、米国は日本が最も成長と投資を望んでいる場所だと伝える。そのため米国を圧倒的に重視するM&Aブームが持続しており、日本の住宅メーカーやハイテク大手、銀行が最近行った取引は、米国の資産に対する依然として飽くなき欲望を実証していると指摘する。
第3の案件に対する米政府、当局そして労組などの関係筋の反対論については、買収案件はUSスチールの株主と規制当局の承認を経て10月までに完了する予定だったが、案件発表直後からドナルド・トランプ前大統領、上院議員などが反対を表明していた。トランプ氏は当選したらこの取引を阻止すると公言し、一部議員、例えばJ.D.バンス上院議員(共和。オハイオ州選出)は、鉄鋼生産の国内所有は米国の国家安全保障と軍事生産に必要であり、USスチールは米国の防衛産業基盤にとって不可欠だと主張した。メディアはまた、米政府や規制当局、多くの民主・共和両党員、そして全米鉄鋼労組も反対姿勢を明確にしたと報じる。米政府はUSスチールの買収は、米国の鉄鋼業に損害を与え、国家安全保障上のリスクになると警告し、国家安全保障上の観点から反対を表明、副大統領のカマラ・ハリスもUSスチールが「米国人が所有し運営」され続けることを望んでいると報じ、案件は失敗する運命にあるようにみえるが、それは価格や条件、株主のためではなく、選挙の年のせいだと指摘。日鉄は買収価格として分厚いプレミアムを上乗せしたが、選挙の年には外国企業として、それを上回る分厚いディスカウントを受けることを過小評価したと分析する。
USスチールの約1万1,000人の時間給生産労働者を代表する全米鉄鋼労組も、日鉄とUSスチールが取引発表前に組合と交渉しなかったと批判し、貪欲で近視眼的取引だと非難していると伝え、USスチールのCEOは取引が成功すれば7,000万ドルのボーナスが貰えると報じる。また対米外国投資委員会(CFIUS)は、この取引は米鉄鋼生産に損害を与えると述べ、委員会関係者の一人は、この取引の結果として生じる米国の国家安全保障に対するリスクを特定したと伝える。さらに注目されるのは、ライバル企業であるクリーブランド・クリフスもUSスチールの買収を提案していたことである。ただしクリーブランド・クリフスとUSスチールは高コストの生産者とみなされ、製鉄所のほとんどの施設は他のライバル企業よりも古く、操業コストが高く、その工場のほとんどが全米鉄鋼労組の組合員によって運営されている。USスチールは8月、クリーブランド・クリフスからの同意なき買収提案を拒否したが、同社は引き続き買収を追求し、全米鉄鋼労組はその入札を支持していた。
第4に、こうした反対論に対し日鉄、USスチールの両社は、「この取引の拒否は、USスチールの高炉施設の休止につながり、おそらく数千人の雇用を犠牲にし、最終的には米国産業への鉄鋼供給の質と弾力性を弱めると警告。米国は、この問題において事実や法律、米国の国家安全保障上の利益に基づいて行動しているのではなく、政治と第三者による皮肉な利用に基づいて行動していると反論する。また組合を代表する労働者との既存の契約を尊重し、従業員への投資の重要性で合意したと述べる。メディアも早い時期から買収反対論を批判する記事を発表する。3月21日付ニューヨーク・タイムズはUSスチールは業界内で米国では3位、世界では27位、フォーチュン誌で186位の企業にランクされているに過ぎず、日本製鉄の非敵対的買収提案は、労働者だけでなく米国の利益になるのは明らかだと主張する。
米国や中南米、アジア全域で鉄鋼を生産している日鉄はクリーブランド・クリフスの約2倍の金額を提示することで取締役会で売却の同意を勝ち取り、USスチールの競争力を高めるために必要な資本と技術の投入を約束し、米国内での鉄鋼生産と本社のピッツバーグ設置継続に同意していると指摘する。クリーブランド・クリフス社は、USスチールの買収は、対米外国投資委員会による国家安全保障上の審査対象となると示唆しているが、米国外資本による米国企業の所有は規制の対象外だとし、米鉄鋼工場の外国企業による所有が国家安全保障上のリスクであるとの考え方は馬鹿げていると主張。鉄鋼は不足していないし、日本は敵国ではなく友好国だと述べ、こうした否定的な決定は将来の対米投資を冷え込ませ、重要さを増す米国のパートナーとの関係を傷つけると批判する。
さらに米政府の動きについて、日鉄が障害を克服するための様々な努力をするなかで米国はアジアで最も近い同盟国であり、世界最良の同盟国である日本の地位を尊大な態度で疑うという一線を越える重大な行為に走り、日本企業、ひいては日本の米国資産の所有者としての信頼性へ疑問を提起したと非難する。そして、この行為はよく言ってもタイミングが悪く、最悪の場合、米国とその同盟国が敵対視している国への贈り物になると指弾する。
日本製鉄は、こうした選挙がらみの政治動向を予見しておくべきだったが、それが恫喝的な理屈に従って進んだと述べ、日本企業としては、2つの問題が出てきたと指摘する。1つは、選挙に影響される時期が基本的に4年毎に(日鉄の経験に基づけば)1年近く続くと思われること。もうひとつは、選挙後、ハリス政権もトランプ政権も過去12ヶ月が異常であったとして早急に日本企業を安心させる兆しを未だみせていないことを挙げる。また、声高に宣言された同盟国重視の外交政策とこの取引がどのように扱われてきたかという現実政治(realpolitik)との間の矛盾がなくなる気配もないと指摘、米国は選挙民に対して、日本のような親密な友好国には、疑わしきは罰せずの恩恵に値することを伝えるか、あるいは、少なくともこれまでよりも寛大に聴く耳を持つべきだと主張。日本企業は日米友好関係の何たるかについて重要な教訓を得ることになったと強調する。
第5の今後の見通しだが、結局、案件は規制当局であるCFIUSに再申請され、決定は大統領選後に持ち越されることになった。バイデン大統領は買収に反対してきたが中止させるまでには至らず、代わりにCFIUSによる審査に委ねていたが、その判断期限は9月23日だったため、日鉄は取引を延命させるために計画の再申請を要請し、CFIUSが受け入れたのである。CFIUSとしてもサプライチェーンの強靱性を含め、今回の取引を巡る国家安全保障上の重要度を十分把握し、当事者との意思疎通を図るために時間をさらに必要としていたとされる。審査期間は90日間だが判断はそれよりも早く下される可能性があると報じられている。しかし政治対経済という単純な案件ではなく、多くの難しい問題を孕んでおり、法的に実施することは不可能に近く、今のところ簡単な答えはないとの見方も提示されている。
結び:この買収案件は、世界での粗鋼生産量1億トン体制の目標を掲げ、世界をリードする最高の鉄鋼メーカーとしての地位を獲得しようとする日本製鉄の願望に端を発している。事実、買収によって日鉄は中国宝武鋼鉄集団に次ぐ世界第2位の鉄鋼生産能力を持つことになるとされる。従って、本来は純粋なM&A取引であり、フレンド・ショアリングの一例であったはずの取引だが米大統領選の年と重なり、国家安全保障上の問題が持ち出され、政治問題化したことが不運だったと言えよう。USスチールの本社があるペンシルベニア州が大統領選の激戦地であることが、そうした雰囲気を煽ったとも言える。まさに現実政治(realpolitik)に翻弄されたのである。取引は9月に米政府によって葬り去れる危険があったが、再申請が受理されたことで息を吹き返し、大統領選後の決定に希望を託することになった。
また本取引は、先進諸国における金融化の動きなどの市場環境に沿った案件であることも間違いない。同時に買収総額が異例に過大と思われるほかに、取引が不成立の場合には工場閉鎖などによる多数の失業者発生の懸念、CEOに支払う巨額のボーナスへの反発などの社会問題も抱えており、その意味でも複雑な様相を呈している。USスチールがJ.P.モルガンやアンドリュー・カーネギーらによって創設され、20世紀の米国工業化に不可欠な役割を果たした名門企業であり、その過去の栄光が今でも米国を象徴する企業として米国民の郷愁を誘っているかもしれない。
しかし日本企業にとって米国市場は鉄鋼のみならず、成長の可能性を秘めた一大市場であることに変わりがない。日鉄に限らず、本案件の帰趨に重大な関心を払わざるを得ないだろう。その意味で、日本企業による対米M&A案件の今後を占う象徴的案件であり、日米友好関係の何たるかについて重要な教訓を得ただけでは済まされないのである。米政府は、メディアが指摘するように日本企業、ひいては日本の米国資産の所有者としての信頼性へ疑問を提起している。この行為はタイミングも悪く、米国と日本などが敵対視している国への贈り物になりかねないのは、まさにそのとおりなのだ。
そうした米政府の行動や日本企業の立ち位置を勘案すると、日本政府が日鉄案件を一企業の問題として距離を置き、静観する態度をとっているのは問題である。日本政府は米国の最重要同盟国の一つとして、本案件をサプライチェーンの強靱化に向けたフレンド・ショアリングの一例として、かつ米国労働者だけでなく、米国の安全保障上の見地からも利益になることを強調し、広く対米外交の一環として米政府と折衝し、米規制当局と交渉に当たって然るべきではないだろうか。米メディアが伝えるように日鉄はクリーブランド・クリフスの約2倍の金額を提示し、取締役会で売却の同意を勝ち取り、USスチールの競争力を高めるために必要な資本と技術の投入を約束、米国内での鉄鋼生産と本社のピッツバーグ設置継続に同意しているのである。本案件を葬り去れば、将来の対米投資を冷え込ませる懸念もある。おりしも米大統領選も終わり、新大統領が決まった。日本政府は米新政権に対して、過去12ヶ月が異常であったとして早急に適切な措置をとるよう迫っていくべきだ。
§ § § § § § § § § §
(主要トピックス)
2024年
10月16日 台湾当局、インドに在ムンバイ台北経済文化弁事処(領事館に相当)を設置。
フィリピンとタイの中銀、政策金利をそれぞれ0.25%引き下げ。
18日 日米韓、高官会議をワシントンで開催。
北朝鮮の人権問題を巡り共同声明で拉致問題の即時解決を要求。
21日 インド外務省、中国と事実上の国境にあたる両国の実効支配線(LAC)付近の
パトロールについて合意したと発表。
ベトナム国会、ルオン・クオン書記局常務(67)が国家主席(党序列2位)に就く
人事を決議。
インドネシアのプラボウォ政権、閣僚就任式。スリ・ムルヤニ財務相など
主要経済閣僚の多くが留任、
22日 国連安全保障理事会で韓国やウクライナの代表、北朝鮮がロシアに兵士派遣を
始めたと指摘、米国や日本などは懸念を表明。
ロシアや中国など有力新興国で構成するBRICS首脳会議、ロシア西部カザンで
開幕。
23日 インドのモディ首相と中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席、BRICS会議で
首脳会談。
28日 北大西洋条約機構(NATO)、北朝鮮によるロシアへの兵派遣を受け、
韓国代表団を招いた会合を開催。
中国人民銀行、公開市場操作(オペ)に期間1年までの中期資金に対応する
新型オペを開始したと発表。
31日 北朝鮮、最新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を日本海に向けて発射。
11月 1日 北朝鮮の朝鮮中央通信、10月31日に発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)は
最新型の「火星砲19」型だと解説。
4日 日本の秋葉剛男国家安全保障局長、訪中。王毅(ワン・イー)共産党政治局員兼外相と
会談。石破茂首相と習近平(シー・ジンピン)国家主席の会談実現に向け調整。
5日 韓国国防省、北朝鮮兵1万人以上がロシアに入国、その相当数が西部クルスク州を
含む前線地域に移動したと発表。
7日 中国の習近平主席、訪中したマレーシアのアンワル首相と北京で会談。
保護主義への反対、発展途上国の共通利益確保を表明。
中国の習近平主席、米大統領選で勝利したトランプ前大統領に祝電。
安定して健全な中米関係は両国の共通利益と強調。
8日 中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会、今後5年間で地方債務対策に
10兆元(約210兆円)を投じる追加財政を承認。
フィリピンのマルコス大統領、南シナ海での自国権益確保のための新法案に署名。
9日 インドネシアのプラボウォ大統領、北京で習近平国家主席と会談。
外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)の実施と安全保障を協力分野に加えることに合意。
10日 中国政府、実効支配する南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)の領海基線を発表。
13日 韓国の国家情報院、北朝鮮兵がロシア西部のクルスク州でロシア軍の戦闘作戦に
参加していると報道。
14日 中国の習近平主席は14日、訪問先のペルーの首都リマ郊外にあるチャンカイ港の
開港式でオンライン演説。
15日 アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議、ペルーの首都リマで開幕。
日米中など21カ国・地域が参加。
主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座教授
前田高昭
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