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NY からひとこと 相容れない隣人

知求図書館 12月22日号WEB雑誌「今月の知恵」コラム

古代から、なぜか隣人間では、“喧嘩”が頻繁に起こるようだ。面白い現象であるが、距離が近すぎて、お互いの言動が気になりすぎるのだろうか。隣家の木が軒先を超えて延びてきたという他愛ない喧嘩から、隣人を殺害してしまうケースさえあるのだから、人間の心理は容易に計り知れない。憎悪が増せば、個人間でもこの醜さであるので、これが国家間の紛争となると、覇権争いなどが背後で複雑に絡みあい、その被害も甚大となる。土地は破壊され、勝者/敗者にかかわらず、否応なしに多数の国民が巻き添えとなり命を落とすこととなる。
10 月 7 日に、イスラエル、ガザ地区で、ハマース(通称:イスラム原理主義過激派)が、イスラエル支配下とされる領土に侵入し奇襲攻撃を行った。これを発端にパレスチナ人とイスラエル人の闘争に再び火が付き、戦闘状態に突入した。この民族間の争いは今に始まったことではなく、歴史上、(通称)中東戦争とされる民族間紛争は、今回が 5 回目とされるが、執拗な攻撃が今世紀でも最大級とされ、過激かつ醜悪な戦いとみなす各国の世論も数多い。近辺のアラブ諸国や世界経済への波及などから、これを第三次世界大戦ととらえる向きもある。すでに 6 週間以上に渡るイスラエル軍のハマースへの反撃により、一般市民の死者数は 1 万人をゆうに超え、その半数近くは子供たちという悲惨さである。
そもそも、アラブ人(パレスチナ人)とイスラエル国(ユダヤ人)この人種間の争いはどこに端を発しているのか、どうしてここまで行き違い、相容れないのだろうか。袖を分かつようになった発端は、2 千年近く前の創世記(旧約聖書/新約聖書に書かれた民族の成り立ち)まで遡ることとなるようで、その根源は深い。言い換えれば、人間の英知で解決できる問題ではないのかもしれない。イスラエルにはエルサレムという”聖地“があり、(イスラム教/ユダヤ教/キリスト教が、それぞれ聖地としての本山(寺院/教会)を置いている。彼らの神は元をたどれば同一である為、その生誕地も同じなのである。この聖地で、一見、隣人として仲良く共存しているようにも見えるが、実際には、武力行使のあげく、土地を奪い合っている。

自分たちの神の身元で住み続けている信心深いパレスチナ人、迫害の末、安住の地を求めて戻ってきたユダヤ人、彼らが繰り返しているのは、土地をめぐる所有権争いである。ユダヤ人がこの場所に拘るのには理由がある。神との契約で”住むことを許された場所“であること、迫害や国外追放などで世界に散りじりとなった彼らには、安住の地=「自分たちの国」を作り直すという思い入れが強いことである。過去にも、他国や国連が仲裁し、土地の分配など一時的に合意を取り付けたりもしてきたが、隣国を含んでこの隣人たちを根底から納得させるまでに至っていない。言い争いと武力抗争が続いているのである。アラブ諸国と欧米列強国の覇権・支配権の企みが複雑に絡まり、反発するハマースのようなイスラム主義過激派が暴徒化、それぞれの糸が複雑に絡みあったまま現在まで紛争が続いている。力弱きものは居住地を追われ難民化し生きる場を求めて彷徨う、武器を持てる方は武力行使で支配権を主張する、そんな悪循環をひたすら繰り返す。
では、キリスト教徒がイスラエルに安住の地を求めないのはなぜか。キリスト教は、布教や改宗に柔軟性があり、現在まで着実に世界中で信者数を増やしてきた。一方、ユダヤ教は、戒律の保守性、他民族排他的、選民思想主義の為、同族種の保存にのみ熱心である。改宗者への布教など行わず、同族間での信頼性に圧倒的な付加価値を付け、相互援助、結婚による世襲、高等教育補助など、内での発展と存続に固執している点も、キリスト教とは大きく異なる。この思想のせいか否かは定かではないが、過去に移住した中東から欧州各地で迫害の対象とされてきたユダヤ人は(ナチスによるホロコースト殺戮など)、歴史上でも奴隷や難民と蔑まされてきたことも数多く、国を追われ続けた彼らは、(時には武力行使してでも)自分たちの国「安住の地」を持つという執着心が他の民族よりも圧倒的に強い。(シオニズム主義)迫害を受けながらも世界中で生き延びてきたユダヤ人であるが、彼らの頭脳の明晰さ、忍耐強さ、種の存続に熱心な人種であることは周知で、また、世界中に散った彼らが、金融業や人脈を巧みに駆使して、様々な国に移民し、時にはその国の発展に寄与してきたという事実も諫めない。中東から欧州を経て、近年では米国がそれにあたる。(米国の歴史は浅いが)米国の建国と発展にはユダヤ人マネーが大きく貢献した。その後押しが必須だったことは事実であり、米国が何かにつけてイスラエル(ユダヤ人)をサポートしているのも、裏返せばこの利権のせいともいえる。ユダヤ人の存在価値、米国での地位は高い。例えば、ユダヤ人は、彼ら独自のカレンダーを使っており、(旧約聖書に書かれている通りの戒律を厳守、未だに安息日や休日もその通りに行われている)米国では、Jewish Holiday を休日として運用している会社も数多い。特に、米国内でもニューヨーク州は、ジュ―ヨーク(発音が似ている所から、Jewish と New York をかけたスラング)と陰口をたたかれるほどに、ユダヤ人口が多い。

金融業/弁護士/医者/学者という高収入の職業に携わっているものが圧倒的に多く、ニューヨーク市内にも、ユダヤ人学校、シナゴーク(ユダヤ教会堂)、食料品店を併せ持つ、ジューイッシュ・コミユニティー(居住地)が多く存在する。一方で、人種のるつぼと言われるこの街では、当然、アラブ人(パレスチナ人系)の移民も数多い。
紛争勃発以来、米国内の各州で抗議デモが多発、ヘイト・クライム(人種差別を元にした犯罪行為)も件数が増え続けている。特に、人種がミックスするニューヨークでは、NYPD(ニューヨーク警察署)も犯罪抑止に神経をとがらせている。圧倒的に強い軍事力を持つイスラエル軍だが、攻撃によるパレスチナ一般市民殺害をジェノサイド行為(一定の国民だけを殺戮の対象とする)として捉える向きも多い。(もちろん、国際法でこの行為は禁止条項となっている)米国内でのイスラエル企業へのボイコットなども懸念点となっている。
ガザでは頭上から爆弾が落ちてくる怖さがあるが、米国では、何々人種である、どの国出身者である、というだけで、ヘイト・クライムの標的とされたりする。これも、実に怖い側面である。紛争勃発以来、パレスチナ人の幼子殺害、ラビ(ユダヤ人教会の総監督)殺害、(留学生を抱える)大学キャンパス内ではアラブ人/ユダヤ人に向けた嫌がらせや挑発行為など、米国内のあちこちの州で多発している。中東戦争の火花は即時に米国内へと飛び散る。
落ちてくる爆弾で命を落とすガザの子供たちと、米国内に居ても醜い人種差別思想から殺人標的とされる子供たち、命を落とすという意味では大差はない。どちらにしても人間が持つ憎悪や偏見の犠牲であろう。ガザ住民が、幼子を爆撃で失い埋葬する様子が連日のように報道されている。家族を失った彼らの絶望を思うと、実に胸が痛む。家族を殺されたという悲しみや憎しみに考えを及ぼす時、彼らが抱く負の連鎖は今後どこへ向けられていくのだろう。憎悪や暴力行使では何も解決しない、将来の安住も生み出さない。戦争や殺略を繰り返す人間たちは、緑の地球をも破壊し続けている。今後、我々は一体、どこへ向っていくのか、人間の持つ叡智を、偏った利益や殺戮・破壊行為に使うべきではない。世界中が一つになって協力・再考の上で平和な国作りを目指すこと、それは今からでも決して遅くはないと願いたい。

(書籍紹介):Light in Gaza: Writings Born on Fire : Johad Abusalim/ Jennifet Bing/ Michael
Merryman-Lotze(Author) Publisher: HaymarketBooks (published 2022)

パレスチナ出身のジャーナリストとパレスチナ支援活動家による共同監修。
イスラエル地区に居住するパレスチナ人や現地支援を行う人々によるエッセイや詩を監修した書籍。支援活動家、学生、芸術関係者、ジャーナリストなど 16 名からの体験を元にした執筆を通して、パレスチナが直面している問題点を浮き彫りにしている。ガザは、「天井のない監獄」(未来の展望や希望を持てずにゆっくりと死に向かう場所と揶揄される表現)とも言われる。支配権力の下で、紛争の絶えないこの場所に住むことを余儀なくされている難民たちの生活はどういったものなのか。日常の生活、食事や電気はどのように供給されているのか、空爆からはどのように逃れてシェルターへ行くのか。破壊された家の再建プロジェクトを進める建築士や精神面の生活支援を行う活動家達などの視点を通して、現実に起こっている事の貴重な記録ともなっている。難民支援や再建に尽力する活動家たちは、人間としての尊厳(生きる価値)を示すと共に世界平和を訴える。如何なる状況下でも、次のステップに向かおうとする人間としての信念もくみ取れる内容となっている。
(著者紹介)ジョハド・アブサリム米国移住したパレスチナ人、(NY 大学博士号過程在学中)パレスチナ人支援活動家。
書籍の筆頭監修に携わった彼は、イスラエルで起こっている悲惨な人種差別や紛争による殺戮を世界へ向けて発信することで、パレスチナ人救済と彼らの地位向上を目指す。
最悪の状況下でも、多くの支援活動家(自身を含む)が、生活再建、精神面での安定のために様々な面からサポート支援活動を行っていることを世界へ向けて報道する。著者自身も米国内から自身の学業や支援団体を通じてジャーナリズムへ訴えるなどの活動を行っている。

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谷口知子
バベル翻訳専門大学院修了生。NY 在住(米国滞在は 35 年を超える)。米国税理士(本
職)の傍ら、バベル出版を通して、日米間の相違点(文化/習慣/教育方針など)を浮彫り
とさせる出版物の紹介(翻訳)を行う。趣味:園芸/ドライブ/料理/トレッキング/(裏千
家)茶道/(草月)華道/手芸一


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