東アジア・ニュースレター
海外メディアからみた東アジアと日本
第179 回

バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教
中国の習主席とトランプ米大統領が10月末に首脳会談を開催し、中国はレアアースの輸出制限、米国は対中100%関税適用の1年間延期などで合意した。メディアは内容詳細が不明瞭な砂上の楼閣の一時的な合意だと評する。中国は一大消費市場として期待ができなくなったばかりか、両国は相互不信による対立を続けるなか、いずれ衝突が避けられないと論じる。
台湾は中国の侵攻に備え、国防費のGDP比3%超への引き上げ、ドローンと移動式ロケット発射装置や沿岸ミサイル向けの投資拡大を指向している。他方、中国は国防費を台湾の約10倍に増やし、サイバー戦争ツール、宇宙兵器、新型上陸用舟艇の開発に注力している。ただし、習主席は米中サミットでトランプ氏在任中は行動を起こさないと述べたと報じられている。
韓国による原子力潜水艦の建造を米国が支援すると宣言した。狙いとして、核兵器開発を大胆不敵に進める北朝鮮とその背後に存在する中露への対抗、韓国自体の核兵器開発への野望の抑止、同盟国に自力対応を求める米政府の方針などが挙げられている。ただし、実現へのハードルが高く、地政学的影響も懸念されている。
北朝鮮がミサイル実験連発で世界の注目を集める方針を転換している。年間20~30回の発射回数を今年は約12回にとどめている。これは、核保有国の地位強化に注力する北朝鮮がロシアの支援などで軍事力を高め、米国に圧力をかけるための継続的なミサイル発射の必要性が低下したためとされ、一例として極超音速弾道ミサイルの発射成功が挙げられている。
東南アジア関係では、インドネシア政府がパンダ債の起債を検討している。中国国内での人民元建て資金調達となる狙いは低利の人民元活用にあるが、中国は朝野を挙げて人民元の国際化を目指して取り組んでおり。インドネシアによるパンダ債発行も最近における両国の関係緊密化を背景にした動きとみられる。
インドの近隣諸国が混乱と不振にあえぐなか、インドは安定している。その理由としてメディアは、好調な経済成長、十分な外貨準備、国内銀行の健全化、好調なサービス輸出、財政と経常の二重赤字の改善、弱点だった石油問題の解決などを挙げる。他方、問題点として政府ポストの不公平な割り当てや高い大卒者失業率などを指摘する。
主要紙社説・論説欄では、高市政権の発足と今後の日本の針路への影響に関する主要英文メディアの報道と論調を観察した。内外政策の右傾化を懸念する一方、アベノミクス信奉者として第3の矢である新成長戦略を打ち出すことを期待する。
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北東アジア
中 国
☆ 砂上の楼閣の米中合意
米国のドナルド・トランプ大統領と中国の習近平国家主席は10月30日、韓国の釜山で首脳会談を開催した。11月5日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは「貿易戦争では変えられなかった中国経済」と題する記事で、両首脳はこの会談で再び崖っぷちから引き返してきたが、米政府は、中国政府に経済構造改革を迫るという長年の目標をついに諦めざるを得なくなるかもしれないと、次のように論じる。
米国では中国の政治改革への期待が何年も前に薄れ、今や経済自由化への期待も消えつつある。米国の戦略立案者たちは、関税が輸出を圧迫し、中国に国内で新たな成長の源泉を見つけるよう促すと想像していた。恐らく医療・社会福祉制度改革によって消費者が支出を増やし、貯蓄を減らせるようにすることで、そうした現象が起きるだろうと考えていた。中国政府に消費の拡大を迫ることによって、中国が米国などの国・地域からより多くの商品を購入し始め、中国の貿易黒字が縮小し、米国の企業や農家は、比類ない潜在力を持つ消費市場を開拓できるというのが戦略立案者らの狙いだった。第1次トランプ政権の関税攻撃は、米国産品の輸入拡大という約束を中国から引き出せたが、より大きな構造的目標の達成には一切つながらなかった。
今回も、トランプ氏は中国に極めて高い関税を課したものの、同国を動かせなかった。関税の対象となった他のほぼ全ての貿易相手国と異なり、中国は独自の厳しい対抗策で報復に出た。レアアース(希土類)市場での支配力を利用して、それに依存する米企業に打撃を与え、米国産大豆の輸入を停止して米国の農業分野を苦しめもした。中国の「衝撃と畏怖」手法により、2つの超大国は何カ月にもわたって戦術的な報復合戦を繰り広げることとなった。これはドラマのような瀬戸際外交につながり、10月30日にはトランプ氏と習氏の会談が実現したものの、中国の経済構造全般に対する米国側の懸念は取り上げられないままだった。かつて米国の通商交渉を担当し、現在は米シンクタンク「アジア・ソサエティー政策研究所」に在籍するウェンディ・カトラー氏は、「今回の通商協議は構造的問題への対処による関係の進展ではなく、関係の安定化の方に重きが置かれた」と述べた。カトラー氏は、関税と重要鉱物を巡る駆け引きで双方が泥沼にはまったため、構造的問題が完全に脇に置かれたと指摘し、「新境地を開くのではなく、緊張を緩和することが通商交渉の目的になったのが現実だ」と述べた。今も一部の中国当局者は、同国の消費の勢いが弱過ぎるとし、経済のリバランス(再調整)がいくらか必要と考えていることを認めている。しかし、その取り組みは断片的なものにとどまっている。それらの取り組みは、工業生産が繁栄の源だという考えへの固執や、(経済モデルの)長期的な移行のために必要とされる税制・医療・社会福祉分野での痛みを伴う改革への慎重姿勢によって阻まれている。
2016年の第1期トランプ政権の時、この問題の解決を迫るため、より強硬な手法を採用し、中国の経済モデル変更などを目的とした貿易戦争も辞さない姿勢を示した。ところが、中国は西側諸国の解決策を採用するのではなく、トランプ大統領退任のチャンスに乗じ、米国の圧力の影響を受けにくくすることに力を注いだ。中国政府は、国内経済のチョークポイント(急所)と思われる分野、つまり米国を中心とする西側諸国への依存度が大きかった分野を組織的に特定し、同分野での米政府の影響力をそいでいった。そのために中国は、国内産業の育成や生産に投入すべき資源のうち不足していたものの代替供給源の確保など、中国が支配できる可能性があると考えられた分野での強みを慎重に管理したりした。
調査・コンサルティング会社トリビアム・チャイナの市場調査部門責任者ディニー・マクマホン氏によると、中国はより広範な対応として、製造業のモデルを完成品だけでなく部品も重視する方向へシフトさせた。この政策転換によって中国は、世界のサプライチェーン(供給網)の中により深く浸透することになったという。マクマホン氏は「習近平氏は少なくとも2019年から世界のサプライチェーンの強化といった表現でこうした政策について語っていた」とし、今では「人々が購入するほとんど全ての製品は、どこで生産されたものでも、何らかの形で中国のサプライチェーンの影響を受けている」と述べた。
米国に効果的に反撃する手段を得た習氏は、それを利用して何度もトランプ氏を守勢に追いやってきた。こうした過程を通じて習氏は、長年世界の超大国の座にあった米国を貿易・技術面で脅かせる対等なライバルへと、中国の地位を押し上げてきた。そして中国は、地政学面でも次第に米国を脅かすようになってきた。中国に特化したコンサルティング会社ロジウム・グループのディレクター、オリバー・メルトン氏は「中国のマクロ経済戦略に対する米国の影響力は極めて小さい。中国は経済成長・発展の原動力に関して、イデオロギー的にわれわれと異なる考えを持っている」と語る。
製造・技術分野を何が何でも支配しようとする現在の政策を中国政府が続けるかどうかによって生じる影響の範囲は、中国国内にとどまらない。中国の輸入の伸びは既に鈍化しており、モノの貿易黒字は1兆ドル(約154兆円)超に膨れ上がっている。中国は、自動車・航空機・半導体など付加価値の高い製品に関する専門技術を高めているにもかかわらず、付加価値の低い製品についても、開発が遅れている他の諸国に大きなシェアを譲り渡すことを拒んできた。米コーネル大学教授(通商政策)で、国際通貨基金(IMF)中国部門の責任者を務めたエスワー・プラサド氏によれば、その結果、中国は他国の製造業を圧迫している。影響を受けるのは、国内製造業の育成を目指しているより貧しい国であろうが、競争の脅威の高まりに直面している先進国であろうが同じだという。中国製品に対する貿易障壁は高まっており、過剰生産の結果、中国経済自体がデフレに脅かされている。ロジウム・グループのメルトン氏は「経済再構築の改革を積極的に行わなければ、中国の成長は鈍化し、貿易相手国との摩擦は増すだろう」と述べる。
中国は今月、次期5カ年計画の基本方針を発表し、極めてうまく行っていると考える従来路線をほぼ維持する考えを明らかにした。中国指導部はテクノロジーの自給自足に力を注ぐと改めて強調し、先進的な製造業への投資拡大と輸出の促進を誓った。どちらかというと貿易戦争は、中国に米国の思惑とは逆の示唆を与えた。米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院のヘンリー・ファレル教授(国際関係論)によれば、貿易戦争は中国に経済のリバランスを促すどころか、半導体などの重要分野における米国への依存度減少やレアアース支配力といった中国の反撃を可能にする経済的武器の開発が自国にとっていかに重要かを習氏に認識させた。それには何より産業主導の成長が必要になる。中国の目標は「米国に中国の命運を握らせることなく、自国がやりたいようにできる自由を最大化する」ことだとファレル氏は言う。
以上のように社説は、米国は何年も前に中国の政治改革への期待をあきらめたが、経済分野では米国の戦略立案者たちは高関税が中国の輸出を圧迫し、中国国内で消費支出が増え、米国にとって比類ない潜在力を持つ消費市場を開拓できると期待してきたと指摘。しかし、関税と重要鉱物を巡る駆け引きで双方が泥沼にはまったため、そうした期待も裏切られたと述べる。貿易戦争は、中国に経済のリバランスを促すどころか、半導体などの重要分野における対米依存度の低下やレアアース支配力といった中国の反撃を可能にする経済的武器の開発の重要性を習主席に認識させたと主張する。
こうした悲観的な見方をさらに進めたのが、同じく11日付のエコノミスト誌社説である。社説はトランプ・習会談の結果について、米国と中国は貿易の武器を格納しただけだと述べ、相互不信に苛まれる米中が対立を続けるなか、いずれ衝突は避けられないと以下のように論じる。
ドナルド・トランプ大統領は首脳会談について彼らしい強気な発言をして、10点満点中12点と自ら評価した。世界は、世界最大の2つの経済大国が台湾の地位をめぐって争うことはもちろん、互いにデカップリング(経済関係の切り離し)を望んでいないようであることに確かに安堵すべきだろう。どちらの結果もアジアと世界に多大な犠牲を強いることになったと思われるからだ。しかし、両者の合意は大まかで一時的なものに過ぎないようである。つまり、地球上で最も重要な関係が、今後も砂上の楼閣のままであるということを意味している。
本稿執筆時点で、釜山で合意された合意は大まかで一時的なものに過ぎない。内容の詳細は依然として不明瞭だ。今回の合意は主に武器を収めたことに過ぎず、中国は重要なレアアースの輸出制限を1年間延期することに合意し、米国は中国製品に対する100%の関税と、ブラックリスト入りした中国企業の子会社に対する輸出規制の脅威を保留する。また、両国は海運をめぐる対立からも一歩後退した。会談は進展も見せた。中国は再び米国産大豆の購入を開始する。米国は、フェンタニルの化学成分を規制する中国の追加的取り組みに対して、すべての商品に対する20%の懲罰的関税を半減することで報いる。トランプ大統領は、最先端ではないものの一部の半導体チップの輸出には前向きな姿勢を見せている。米国政府の一部で中国に対する敵意が強いことを考えると、この合意はもっと悪いものになった可能性も十分にあった。彼らは、米国にとって最大の地政学的ライバルである中国とのデカップリングを切望しているが、今回の首脳会談でトランプ氏は、中国との商業的関係を非常に重視しており、それを捨て去ることはないことを示した。同時に大統領は大豆の取引のために台湾を犠牲にすることもなかった。
残念ながら、この首脳会談は多くの問題点も浮き彫りにした。まず、この合意により中国製品に対する米国の関税は47%のままとなる。トランプ政権以前の世界では、これは異常な保護水準だっただろう。合意条件は一時的なものでもある。多くの条項が1年後に見直されるという明示的な意味でも、また暗示的にもである。トランプ氏はほぼあらゆる問題について、いつでも関税や非関税障壁で報復する権限を自らに認めているからだ。
潜在的な対立要因は、他国とは異なり中国が米国に十分対抗し得る点にある。釜山サミット前、トランプ氏はアジア各国を歴訪し、指導者から称賛を浴び、贈り物(金色のゴルフボールや王冠のレプリカなど)を受け取った。日本、マレーシア、韓国は市場アクセスや米国への数千億ドル規模の投資約束などの譲歩を行い、その見返りにわずかな関税猶予を得た。安全保障と市場を米国に依存する立場では、後退するしか選択肢がなかった。
しかし中国は異なる。米国の圧力に耐えられ、米国が脆弱な分野——レアアースや大豆が好例——で報復している。新たな貿易システムの対立的性質を受け入れる中、習近平氏の中国をより強靭にする構想は正当化された。こうした状況が、釜山サミットを「決着」ではなく「一時停止」に留めている。相互不信に苛まれる米中が対立を続ける中、いずれ衝突は避けられない。幸いなのは、少なくとも現時点では双方が対立よりも寛容の道にこそ利益があると信じ続けている点だ。
以上のように、社説は首脳会談による合意は大まかでその内容の詳細は不明瞭で一時的なものに過ぎないと論評する。その一方で、中国は重要なレアアースの輸出制限を1年間延期することに合意し、米国は中国製品に対する100%の関税とブラックリスト入りした中国企業の子会社に対する輸出規制を保留、また大豆取引のために台湾を犠牲にすることもなかったと述べる。米国政府の一部で対中敵意が強いことを考えると、合意はもっと悪いものになった可能性も十分にあったとも指摘する。そのうえで、今回の合意は武器を一時的に収めたのに過ぎず、いわば砂上の楼閣の合意だと評し、両国は相互不信に苛まれ対立を続けるなかでいずれ衝突は避けられないと論じる。ウォ-ル・ストリート・ジャーナル社説が指摘するように中国は一大消費市場として期待ができなくなったばかりか、米国にあらゆる分野で対抗する力をつけつつある。両国はまさに針路を変更しなければ衝突が避けられない衝突針路(コリジョン・コース)を進んでいると言えよう。
台 湾
☆ 台湾侵攻と防衛の準備を進める中台両政府
中国と台湾の双方が戦争に備えて戦略を練っていると11月2日付ニューズウィークが次のように伝える。台湾海峡の両岸で、中国による侵攻の可能性に備えた軍事準備が進められている。中国が台湾侵攻の可能性に備えているように見え、自治を続ける台湾がこれに対応して防衛態勢を強化するなか、本誌は台湾海峡の両岸における準備状況についてアナリストらに話を聞いた。米国防・情報当局者は、習近平国家主席が2027年までに台湾への軍事行動を実行可能な状態にするよう人民解放軍に命じたと警告している。米インド太平洋軍司令官のサミュエル・パパロ提督は、封鎖作戦を含む中国政府の高度化する軍事演習を「本番前のリハーサル」と評した。中台両軍の軍事力格差は膨大で拡大を続けている。中国の国防費は台湾の約10倍に達し、世界最大の海軍を保有、拡大を続けるミサイル兵器庫と約600発の核弾頭を保持する。習近平国家主席は2050年までに「世界トップクラスの軍隊」を構築すると宣言しており、これは米国と対抗可能な軍隊を意味すると広く見られている。
米国政府は長年、台湾政府に対し戦車や大型軍艦などの重兵器への投資を減らし、ドローンや移動式ロケット発射装置、沿岸ミサイルなど非対称システムへの投資を増やすよう促してきた。これらははるかに大規模な侵攻部隊の進行を遅らせることができる。他方、「中国人民解放軍(PLA)の動向は、彼らが何かを準備していることを示している。それは確かだ」と、台湾国防安全研究院のシュウ(Jyh-Shyang Sheu)上級研究員はニューズウィークに語る。しかし侵攻には、中国は幅80マイル(約130キロ)の台湾海峡を渡る必要がある。シュウ氏は、第二次世界大戦時にはるかに狭い英仏海峡が障壁となった事例を挙げ、これが中国による台湾上陸作戦を深刻に阻害すると指摘する。「英仏海峡はフランスからドーバーまでわずか約30キロメートル(19マイル)だが、それでもナチス・ドイツの(イギリス)侵攻に重大な困難をもたらした」とシュウ氏は述べる。アナリストによると、台湾の海岸のうち水陸両用上陸作戦が可能なのは14箇所ほどしかなく、そのすべてが厳重に防御されている。再び第二次世界大戦に言及し、シュウ氏は、中国政府はノルマンディー式の上陸作戦ではなく、水陸両用作戦、パラシュート部隊、ヘリコプターによる空挺作戦を組み合わせて、後続部隊の侵入拠点となりうる空港、港湾、橋梁を占領する可能性が高いと指摘する。
中国は、この種の任務のために陸軍航空部隊の訓練を行っており、英国のシンクタンクRUSIの2023年の報告書によると、ロシアの支援を求めている可能性がある。漏洩した契約書に基づくこの報告書は、ロシア政府が中国の空挺大隊の訓練と対戦車砲および軽車両の供給に合意したと述べている。「それは、ロシアがこの種の任務のためにより高度な装備を所有しているためだ」と、シュウ氏は述べる。中国にとって鍵となるのは速度だとシュウ氏は指摘し、米主導の介入を阻止するミサイルなどの兵器システムに焦点を当てている。「おそらく数日、あるいは数時間以内」とシュウ氏は述べ、米国や同盟国が対応する前に中国が完了させる必要がある迅速な作戦のタイプを説明した。この目的のため、中国人民解放軍は台湾の早期警戒システムを無力化し、通信を妨害し、紛争初期に重要インフラを破壊するサイバー戦争ツールと宇宙兵器を開発してきた。その狙いは「サイバー攻撃で台湾の社会と政府システムを機能停止に追い込むこと」にある。
中国の増強計画のもう一つの要素は、「水上橋」を意味する「水橋」と呼ばれる新型上陸用舟艇である。各艦は122メートル(400フィート)の展開式ランプを搭載しており、戦車や車両が海岸線の道路に直接乗り上げられる。「昨年はこれらに関連する活動が大幅に増加した」と、シンクタンクGLOBSECの安全保障アナリスト兼アソシエイトフェローのブライス・バロス氏は述べる。「これらの艦艇が効果的に運用できるかどうかは、台湾周辺の海域と空域を中国が完全に掌握しているかどうかにかかっている」と同氏はニューズウィーク誌に語った。さらに、旧式075型を大型化した076型強襲揚陸艦(ユラン級)は小型空母としての機能を持つ。中国人民解放軍が現在保有するのは076型1隻のみだが、同艦は軽固定翼機用の電磁カタパルトと着艦装置を装備しているとバロス氏は指摘した。中国はまた、海峡紛争時にはほぼ確実に徴用され、兵員や装甲車両を載せて海峡を越える民間船の「ローロー(Ro-Ro)艦隊」も拡大している。しかし、中国の巨大な侵攻部隊を動員するには「海と空、特に海の支配が不可欠だ」と同氏は述べた。「そして、その動きを察知しやすければ、無人水上艇(USV)のような装備が台湾にとって非常に有効になる。多くの船舶や艦艇を標的としやすくなるからだ。」
台湾では最近の演習で沿岸防衛と対上陸作戦に重点が置かれ、改革では予備役動員の改善や義務兵役期間を4ヶ月から1年に延長する措置が講じられている。賴清徳総統は来年度、国防費をGDP比3%超に引き上げる方針を示している。先月には、中国による台湾侵攻の先駆けとなるミサイル集中攻撃に対抗するため、「T-Dome」と呼ばれる多層防空システムの構築を進めていると発表した。バロス氏は、台湾が中国軍を牽制する非対称戦略の一環として、水中・水上・空中の無人システムを開発中だと指摘した。「UUV (無人水中艇)、USV (無人水上艇)、UAV (無人航空機)、特に長距離UAVの開発に全力を尽くすことが、台湾の総合的な防衛態勢を維持する上で極めて重要だ」と同氏は述べた。バロス氏は軍事訓練の改善、特に下級将校や下士官が独自に戦術判断を下せるよう権限付与する必要性を強調した。「台湾は部隊戦術を可能な限り末端レベルまで浸透させることに注力すべきだ」と述べ、こうした改革がウクライナ軍のロシア軍に対する戦場での成功の鍵となったと付け加えた。
以上のように、記事は習近平国家主席が2027年までに台湾侵攻を可能とするよう人民軍に命じ、このため中国の軍事演習が「本番前のリハーサル」のように高度化しているとの米高官の論評を伝える。中台両軍の軍事力格差は拡大を続け、中国の国防費は台湾の約10倍に達しているが、これに対し台湾は戦車や大型軍艦などの重兵器への投資を減らし、ドローンや移動式ロケット発射装置、沿岸ミサイルなど非対称システムへの投資を増やしていると報じる。中国はまた、サイバー戦争ツールと宇宙兵器や新型上陸用舟艇の開発に注力しているが、これに対し台湾は賴総統が来年度国防費のGDP比3%超への引き上げ方針を示し、台湾侵攻の先駆けとなるミサイル集中攻撃に対抗するため「T-Dome」と呼ばれる多層防空システムの構築を進めていると報じる。なお、こうした状況のなか、11月3日付ブルームバーグは、CBSのインタビュー記録として、トランプ氏は習主席や中国当局者が会談で自分が米国大統領である間は台湾に対する行動を起こさないと述べたと明かし、「彼らは結果を承知しているからだ」と語ったと報じる。トランプ大統領による説明が真実とすれば、少なくとも中国政府はトランプ氏在任中の2028年末までは台湾に侵攻しないことを約束したことになる。
韓 国
☆ トランプ米大統領、原子力潜水艦の建設を容認
トランプ米大統領が韓国の原子力潜水艦の野望を後押ししていると、10月31日付フィナンシャル・タイムズが以下のように報じる。
ドナルド・トランプ米大統領は、韓国政府がフィラデルフィアの韓国系造船所で原子力潜水艦を建造すると発表した。これにより韓国の原子力潜水艦配備の野望は現実へと一歩近づいたようだが、この発表は地域安全保障と世界的な核拡散の両方に対する影響に関連して、多くの疑問を投げかけた。トランプ大統領は自身のソーシャルメディア「Truth Social」で、韓国が「古き良き米国、フィラデルフィアの造船所で原子力潜水艦を建造する」と宣言した。「我々の軍事同盟はかつてないほど強固であり、それに基づき、私は彼らが現在保有する旧式で機動性に劣るディーゼル潜水艦ではなく、原子力潜水艦の建造を承認した」と自身のSNSに記した。トランプ氏の宣言は、水曜日に李大統領がトランプ大統領に金の冠と韓国最高の勲章を授与した後、李大統領が直接要請した、そのような潜水艦に必要な高濃縮核燃料へのアクセスに対する応答と見られる。しかし重大な障壁は残っており、李大統領の国家安保室長である魏聖洛(ウィ・ソンラク)氏は今週、両国の現行核合意が軍事目的を排除していることを認め、「プロセスを完了するには調整が必要だ」と述べた。
原子力潜水艦は、北朝鮮や中国の潜水艦を追跡する上で韓国を支援し、「米軍の負担を大幅に軽減できる」と、李氏は韓国南東部の慶州(キョンジュ)市でAPECサミットに出席していたトランプ氏に伝えた。濃縮ウラン燃料へのアクセスは、従来型潜水艦よりはるかに長期間・長距離を静かに航行できる原子力潜水艦の開発において長年最大の障壁となってきた。米国との合意に基づき、韓国は米政府の同意なしに核燃料の再処理や濃縮を行えない。水曜日、李氏はトランプ氏への公の場で自国が求める潜水艦は原子力推進だが核兵器を装備しないことを強調した。韓国は1990年代から自国による原子力潜水艦の建造に関心を示しており、北朝鮮の核兵器計画が着実に進展し、中韓関係が悪化する中、近年その意欲は高まっている。3月に北朝鮮国営メディアが、金正恩(キム・ジョンウン)総書記による自国原子力潜水艦の船体視察の映像を公開したことで韓国のディーゼル潜水艦が性能で劣るのではないかという懸念が生じていた。
先週、最新鋭の3,600トン級ディーゼル電気攻撃型潜水艦の初号艦を進水させた韓国が、原子力潜水艦の代替艦を必要とするかについて、一部の専門家は疑問を呈している。「研究によれば、朝鮮半島周辺の浅い近海で対潜水艦戦を行うには、より効果的で安価な方法が数多く存在する」と、核不拡散政策教育センターのヘンリー・ソコルスキー事務局長は述べた。しかしソウルにある世宗(セジョン)研究所のピーター・ウォード研究員は、北朝鮮がロシアのウクライナ侵攻支援の見返りにロシアの原子力推進技術を入手する可能性が新たな脅威を生み、米政府には「対処能力が限られている」と指摘した。「トランプ大統領は同盟国に自力での対応を求めたい」とウォード氏は述べる一方、李氏は韓国が「脅威に対抗できるだけでなく、独自に意思決定できる自給自足」を望んでいると語った。
李氏は潜水艦に核兵器を搭載しないと主張しているが、非拡散活動家らは、北朝鮮への懸念が高まり、韓国の米同盟国としての信頼性に疑問が生じている中、国内で核兵器開発支持が拡大していることに懸念を示している。ワシントンの軍備管理協会(ACA)のダリル・キンボール事務局長は、トランプ氏と李氏がどのような合意に達したかは不明だが、潜水艦推進用の濃縮ウラン使用には「非常に複雑な」国際原子力機関(IAEA)の保障措置が必要だと指摘する。「米国が世界的な核兵器拡散を阻止しようとするなら、トランプ政権は敵対国がこうした二重用途技術にアクセスするのを阻止するのと同じくらい強く、同盟国からのこうした働きかけに抵抗すべきだ」とキンボール氏は語る。
韓国の参考モデルとなり得るのが、米英両国がオーストラリアの原子力潜水艦艦隊を支援する三カ国間協定「オーカス」だ。米国が供給する核燃料は密封ユニットでオーストラリアに搬送され、運用期間中の燃料交換は不要となる。ソウルにあるアサン政策研究院のピーター・リー研究員は「オーカスモデルでは、核拡散リスクを低減するため、溶接済みの完全な原子炉を移転し、濃縮ウラン燃料のオーストラリア側での取り扱いを一切行わない」と述べた。「多くの点で、この提案は韓国を米国により緊密に結びつけ、それによって独立した核開発の選択肢を封じ込めることになる」と同氏は語った。
また、昨年韓国の大手財閥ハンファが買収したフィラデルフィア造船所が先進潜水艦を生産できる能力にも疑問が呈されている。世宗研究所のウォード氏は「米国の造船所は既存の潜水艦艦隊の建造・維持に苦戦しており、中国との競争激化でますます手一杯になっている」と指摘した。「フィラデルフィア造船所はこれまで民間船と海軍の水上艦のみを建造しており、新たな労働力投入による潜水艦造船所への転換は重大事業となる」と李氏は指摘。「この計画が実際に機能しない場合、あるいは米国内で超党派の支持を得られない場合、長期的には韓国の野心を大きく損なう恐れがある」と語る。
以上のように、米国政府は韓国による原子力潜水艦の建造を支援する方向に舵を切った。狙いは、核兵器開発を大胆不敵に進める北朝鮮とその背後に存在する中露への対抗、韓国自体の核兵器開発の野望抑止、同盟国に自力対応を求める米政府の方針などが挙げられているが、実現へのハードルも高い。まず米韓両国の現行核合意は軍事目的を排除しており、濃縮ウラン燃料へのアクセスという問題がある。濃縮ウラン使用には「非常に複雑な」国際原子力機関(IAEA)の保障措置が必要とされている。韓国のハンファが買収したフィラデルフィア造船所の建造能力への疑問が提起されている。米国内での超党派の支持獲得も問題点とされている。韓国国内では核兵器開発支持が拡大していると報じられているが、そうした流れを抑止する効果が期待できるのか。日本にとっても対岸の火事の問題ではなくなってきた。
北 朝 鮮
☆ ミサイル実験を縮小する金政権
金正恩政権は核兵器を増強しつつもミサイル実験を抑制しており、それは大きな進展を遂げている金政権の自信に満ちた時代を暗示していると、10月24日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルが以下のように報じる。
41歳の独裁者はミサイル実験の回数を大幅に減らしたが、北朝鮮にとってより自信に満ちた時代の到来を示唆した。ロシアや中国と並ぶ存在感を増す北朝鮮は、核保有国としての地位を固めることに注力し、ミサイル発射の連発で世界の注目を集める方針から転換しつつある。北朝鮮は今年約12回の公開兵器試験を実施したが、これは近年年間20~30回行われていた発射回数から減少している。北朝鮮政府は8月以来初となる発射について、前日(木曜日)に短距離極超音速ミサイル2発の発射実験を行ったと発表した。
金正恩総書記は、2021年初頭に初めて詳細が示された5カ年兵器計画の期限が迫っている。この計画には極超音速技術、固体燃料大陸間弾道ミサイル、偵察衛星が含まれる。北朝鮮はほぼ全分野で成功を誇示しているが、これは過去数年間に実施した膨大な数の発射実験も含まれている。新型コロナウイルス・パンデミックが発生した2020年は兵器実験は控えめだったが2022年は記録的な年となり、40回以上の実験を実施。そのうち1日だけで23発のミサイルを発射した例もあった。
現在、金総書記は北朝鮮の軍事力を示す新たな手法を選択している。トランプ大統領の最初の任期中はミサイル発射が主力の示威手段だったが、現在は軍事工場への頻繁な視察や軍需物資の大量生産命令、自国の核保有国としての地位宣言を好む。ソウルにある政府系シンクタンク、韓国統一研究院のホン・ミン上級研究員は、特にロシアの技術支援による北朝鮮の能力向上で、その核計画をめぐる米国との潜在的な交渉において多くの交渉材料を得られるようになったと指摘する。これは、米国に圧力をかけるために継続的にミサイルを発射する必要性が低下したことを意味する。「実験の質的側面が発射の単純な数よりも重要になってきている」とホン氏は述べる。
しかし、発射頻度の低下は大きな進歩を物語っている。金正恩氏は今年、史上最大の軍艦を披露し、同艦からのミサイル発射を視察。北朝鮮が核搭載可能な「超音速」巡航ミサイルを開発中であることをほのめかした。5月の短距離システム発射では、米韓軍に対する核攻撃を模擬。8月には新型・改良型防空ミサイルの発射実験を視察した。10月23日、北朝鮮は前日に2発の極超音速弾道ミサイル発射に成功したと発表し、新ミサイルが内陸の標的を攻撃する写真を公開した。極超音速ミサイルは音速の少なくとも5倍の速度で飛行し探知が困難であり、加えて日本の政府筋によれば、北朝鮮の極超音速滑空弾頭は迎撃を回避するよう設計されているため特に脅威が高く、米国とその同盟国の防衛を複雑化させる可能性がある。
ただし、こうした技術的進展にもかかわらず、試験された兵器の多くは実戦配備には程遠く、その成功は金政権による一方的な主張に過ぎないと安全保障専門家は指摘する。追加制裁から中露両国によって守られた北朝鮮は、事実上の核保有国としての国際的承認を要求し、金正恩氏は来年、旧式の通常戦力の近代化に軸足を移す意向を示した。また北朝鮮は既に短距離弾道ミサイルの精度を向上させており、ロシアへの供給と戦場での発射から得た知見を活用している。政府系シンクタンク「韓国国防研究院」のチョン・ギョンジュ研究員は「ロシアの石油供給(大半が制裁違反)により、北朝鮮は大量生産のための兵器工場をさらに稼働させている」と指摘する。「北朝鮮は次の兵器目標リストに向けた準備を進めている」と同研究員は述べた。
東南アジアほか
インドネシア
☆ インドネシア政府、パンダ債の起債を計画
来年、インドネシア政府が初の「パンダ債」発行を検討していると11月11日付フィナンシャル・タイムズが伝える。関係筋によると、インドネシア財務省は人民元建て債券発行の条件について協議中で、これは中国が国際金融における人民元の役割拡大とドル離れ推進に注力する中での動きである。インドネシアがパンダ債(海外発行体が中国本土市場で人民元建ての資金調達をする仕組み)に関心を示す背景には、中国政府が国際貿易・金融における人民元利用を推進し、世界的な影響力を拡大するとともにドル依存を減らそうとしていることがある。また中国の低金利は、企業や債券投資家が安価な資金調達を確保し、米中関係の緊張をヘッジしようとする中で人民元を魅力的な資金調達手段にしている。
今年に入りブラジル、パキスタン、スロベニアも同債券の発行を計画していると表明している。OCBCアジアマクロ調査責任者のトミー・シェイ氏は「国際的な発行体の観点からは、資金調達の選択肢が広がり、長期的には投資家としても基盤が拡大する。国の立場でも資金調達コスト削減にも有効だ」と指摘する。「人々はドル離れを進め、異なる市場に目を向けている」中国の人民元建て海外融資は急増しており、今年中国国外での人民元建て債務発行(通称「点心債」)は、過去最高を更新する見込みだ。パンダ債は中国政府による規制改革と資金調達コストの低減により、2023年以降人気が高まっている。
金融情報サービス会社Windデータによると、昨年のパンダ債発行額は過去最高の1,950億元(270億ドル)に達したが、依然として中国債券市場のごく一部に過ぎない。発行体の大半は海外企業だが地方政府の関心も高まっている。国際金融協会(IIF)が今年初めに発表した報告書によるとパンダ債の発行額は今後数年間で大幅に増加し、人民元の国際化における主要な要因となる見込みだ。インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領は、中国との関係強化に伴い人民元の利用拡大を進めている。10月にはインドネシア政府が初の点心債(60億元相当)を発行した。関係者によると、インドネシアは来年さらに点心債を発行する計画だ。中国証券監督管理委員会、国務院、インドネシア財務省はコメント要請に応じなかった。
企業筋の発表によれば、中国の格付け機関や金融機関は、市場はソブリン債を受け入れる姿勢を示していると指摘し、外国政府に対しパンダ債の発行を働きかけている。上海に拠点を置く信用調査会社ファーイースト・クレジットは、今年ジャカルタを訪問した際、インドネシア財務省、国家計画庁、その他複数の省庁に対しパンダ債発行の提案を行ったと関係者が明かした。同社によれば、インドネシア当局者と人民元建て債務の他の形態の調達についても協議した。ファーイーストはラオスやその他の東南アジア諸国に対してもパンダ債発行を提案している。インドネシアの関係筋によれば、国有の中国銀行もインドネシア政府高官と人民元の国際化について協議している。
以上のように、インドネシア政府は中国国内での人民元建て資金調達となるパンダ債の起債を検討している。狙いは低利の人民元活用にあるとみられ、同政府は既に点心債と呼ばれる中国国外での人民元建て債券も発行している。パンダ債はインドネシアの他にブラジル、パキスタン、スロベニアも検討中で、さらに中国はラオスその他の東南アジア諸国に対してもパンダ起債を提案していると報じられている。中国は人民元の国際化を目指して朝野を挙げて取り組んでおり、インドネシアによるパンダ債発行も最近における両国の関係緊密化を背景にした動きと言えよう。
インド
☆ 厳しい近隣環境の中で安定する経済
11月6日付エコノミスト誌は、インドの特異な安定性を説明するものは何か、と題する記事で近隣諸国がそろって困難な政治経済環境に置かれるなかで、なぜインドは平静を保っているのかと、疑問を提起する。記事はまず、そうした近隣諸国の状況について不平等に抗議する「Z世代」のデモが発生した北東の隣国ネパール、学生が革命を起こし2009年から首相を務めていたシェイク・ハシナを退陣に追い込んだ東のバングラデシュ、国民がゴタバヤ・ラジャパクサ大統領を逃亡に追い込んだ南のスリランカ、そして、またもやIMFによる救済に直面しているインドの西にあるパキスタンの例を挙げ、以下のように論じる。
しかし、インドは例外だ。南アジア最大の経済大国は驚くほど安定している。今年、インドはドナルド・トランプ大統領の貿易戦争の犠牲となり、ロシア産石油を購入していることを理由に特に厳しい関税の対象となったほか、核兵器を保有するパキスタンとの武力紛争にも巻き込まれた。しかし、その経済はほとんど影響を受けていない。バングラデシュ、ネパール、スリランカは、パキスタンとともにIMFのプログラムに参加している。一方、インドの10年物国債の利回りは7%未満で年初からわずかに低下し、パキスタンやスリランカが支払いを強いられている12%を大きく下回っている。インドの外貨準備高は約7,000億ドル、GDPの18%に相当し、11カ月分の輸入に十分な額である。成長率は年間6~8%で推移している。インドはこれまで今日のように安定していたわけではない。1947年に英国から独立して以来、同国は度重なる国際収支問題に苦しんできた。1965年には壊滅的な干ばつに続くパキスタンとの戦争で食糧援助に依存せざるを得なくなり、その見返りとして米国はルピーの切り下げを要求した。1991年には湾岸戦争による原油価格の高騰とクウェート在住労働者からの送金急減が新たな危機を招いた。政府は融資の担保として英国へ金地金を空輸せざるを得なかった。しかし当時のマンモハン・シン財務相はこの危機を機に政府ライセンスによる企業の営業許可制度「ライセンス・ラージ」の撤廃と通貨の変動相場制導入に着手した。これが経済安定化に寄与した。
それでもインドは2013年まで国際資本によって翻弄されていた。モルガン・スタンレー銀行はインドをブラジル、インドネシア、南アフリカ、トルコと並ぶ新興市場国「脆弱な5カ国」に分類し、いずれも米国利上げの影響を受けやすい状態だった。米国が金融危機後の量的緩和政策の縮小(テーパリング)を開始し、金融市場が混乱した「テーパータントラム」期には、ルピーは5月から8月にかけて20%下落した。政府はこれに対し、国内銀行の健全化を進め、貸し手に対し不良債権の認識を強制し、破産法を改正した。不良債権比率は2018年の15%から今年は3%に低下した。財政保守主義も寄与した。スリランカの最近の危機は、通貨発行による資金調達なしの減税と赤字財政が引き金となった。国内銀行の健全化を進め、貸し手に対し不良債権の認識を強制し、破産法を改正した。不良債権比率は2018年の15%から今年は3%に低下した。財政保守主義も寄与した。インドは財政赤字と経常赤字の二重赤字を抱えるが、予算赤字をコロナパンデミック開始時の9%から5%未満に縮小させた。政府は2031年までに債務対GDP比率を57%から50%に引き下げる計画だ。製造業輸出は期待外れだったが、サービス輸出(主にビジネスプロセス・ITアウトソーシング)による収入はGDPの15%に達し、10年前の11%から増加。これによりインドの海外資本流入への依存度は低下した。
長年インドの弱点だった石油問題も近年はさほど深刻ではなくなった。過去数年間の原油価格が比較的低水準だったことも一因だが、政府と産業界が経済の石油依存度を低下させたことも大きい。戦略的石油備蓄と新たな製油所能力が効果を発揮しているほか、安価なロシア産原油の輸入も貢献している。昨年は約80億ドルの外貨を節約したが、トランプ氏の怒りを買った。2021年に導入されたガソリンへのエタノール混合義務は、エンジンへの懸念からドライバーの反感を買ったがサトウキビ農家を喜ばせ、化石燃料輸入費をさらに削減した。
国際収支危機が発生していないことだけがインドの若者が街頭に出ない理由ではない。ネパールと同様、ソーシャルメディア上では多くの不平等に関する記述が目につく(ただしその多くは、少なくとも自らの努力で富を得たボリウッドスターによるものだ)。バングラデシュと同様に、政府職へのアクセスが不満の原因となっている。ポストの半数以上が「後進」カーストやその他の弱者層に割り当てられており、他の層の反感を買っている。昨年の大卒者失業率は29%に達したが、これは多くの者が公務員試験に繰り返し挑戦しているためでもある。その他にはギグワークで不完全雇用状態にある者や、「タイムパス」(インド英語で「無為に時間を潰す」を意味する)に従事する者もいる。おそらくインドの不満は他の形で政治から逸らされている。3月にはマハラシュトラ州の350万人都市ナグプールで暴動が発生したが、標的は現政権ではなく、17世紀にヒンドゥー教徒を弾圧したムスリム皇帝オーランゼブの墓だった。しかし抗議活動が少ないことには、より楽観的な説明も可能だ。経済が明らかに成長を続けるインドでは、より良い未来が確実に訪れるという感覚を育んでいるようだ。インド人の生活満足度を1~10点で評価しているデータ調査機関「インド経済監視センター」の報告によれば、現時点では大半が4~5点を選ぶものの、将来についてはより希望的だ。5年後には6~7点に達すると予測している。たとえ激動する南アジア経済における生活のストレスや負担であっても、それが永遠に続くと考えなければどんなことにも耐えやすくなるのだ。
以上のように、近隣諸国が政治、経済の両面で混乱と不振にあえぐなか、インドの政治、経済は安定している。その理由や背景として記事は、年間6~8%で推移する経済成長率、十分な外貨準備、破産法の改正などによる不良債権比率の低下とそれによる国内銀行の健全化、好調なサービス輸出、財政赤字と経常赤字の二重赤字の改善、経済の石油依存度の低下などによる弱点だった石油問題の解決などを指摘する。その一方で問題点として、大半が「後進」カーストやその他の弱者層に割り当てられている政府ポスト、昨年29%に達した大卒者失業率などを挙げる。ただし成長を続けるインド経済がより良い未来を約束するという感覚を育み、生活のストレスや負担があっても、それが永遠に続くと考えなければ耐えやすくなる、という見解を提示する。インドが抱える問題は多様であり、経済分野でも友好国のはずの米国からトランプ高関税などの厳しい通商問題が突き付けられている。インド安定の主因は好調な経済にあるとみられるが、記事が述べるような楽観的環境が何時まで続くのかどうか、十分注目していく必要がありそうだ。
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主要紙社説・論説から
高市政権の発足と今後の日本-右傾化懸念の払拭と構造改革の推進に期待
前号で自民党総裁選について、その国内政局上の意義や国際的影響、後継候補者の顔ぶれと当選者の見通しなどについて主要英文メディアの報道と論調をまとめた。その後、総裁選で高市早苗氏が新総裁に選出され、さらに紆余曲折を経て国会で首相に指名された。本号では初の女性首相の下での新政権発足に関する主要メディアの報道や論調を観察した。以下は、その要約である。(筆者の論評は末尾の「「結び」を参照)。
まず自民党が高市氏を総裁に選出したことについて10月4日付エコノミスト誌は、「Victory for Japan’s polarising Iron Lady, Takaichi Sanae (日本の分断を招く鉄の女、高市早苗の勝利)」と題する記事で以下のように論じる。
高市早苗氏は、自民党が危機に直面し、主要同盟国である米国との関係が流動化し、地域の安全保障環境が混乱する中で登場した。日本における対立的な政治の新たな時代の幕開けを告げるものだ。自民党は近年、政治資金や選挙戦術をめぐるスキャンダルが有権者の離反を招き、生活費高騰への懸念への対応にも苦慮している。自民党保守派にとって高市氏の選出は勝利を意味する。党内外のよりリベラルな批判者にとっては、不吉な右傾化の兆しだ。少なくともこれは、分極化・ナショナリズム・文化戦争的政治という世界の民主主義潮流に日本が加わる新たな兆候である。
高市氏は複数の点で型破りな指導者となるだろう。多くの自民党重鎮とは異なり、彼女は政治家一家の出身ではない。世界有数の男女格差を抱える日本において、高市氏は待望の象徴的変化を体現している。とはいえ、女性のエンパワーメントを推進する活動家というわけではない。堅固な保守派として、夫婦別姓の法的承認や皇室における女性継承権の容認に反対している。これらは日本の男女平等における試金石となる問題だ。彼女は英国の「鉄の女」マーガレット・サッチャーを政治的ロールモデルと称する。しかし真の師は安倍晋三元首相だ。政策方針は安倍と多くの共通点を持つ。恩師に倣い「日本が戻ってきた」と宣言。自衛隊の強化を支持し、戦後憲法の改正という安倍の遺志を完遂したい意向だ。また安倍氏の経済政策「アベノミクス」の継続を約束している——主に拡張的な財政・金融政策の部分だ。
高市氏はまた、日本の戦時史に関する安倍氏の修正主義的見解を共有しており、最近の日韓間和解や対中関係安定化への試みを複雑化させるだろう。自民党を「日本の伝統と歴史への誇りを促進する政党」とすることを訴え、靖国神社にも定期的に参拝している。首相として参拝した場合、10 年以上ぶりの日本の指導者となり、近隣諸国を確実に怒らせるだろう。もう一つの試練も間もなく訪れる。ドナルド・トランプ米大統領が韓国で開催されるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議に向かう途中、10月27日に東京を訪問する予定である。高市氏は、石破氏がトランプ氏と締結した大規模だが曖昧な関税・投資協定について、その条件が日本に不利であると判明した場合、再交渉が必要になるかもしれないことを示唆している。しかし、米国との同盟関係が日本の安全保障の「礎」であり続けると述べている。
しかし高市氏の最大の課題は国内にある。彼女の拡張的な経済政策は、安倍政権以降日本の借 入コスト上昇をもたらした新たなインフレ時代の現実と衝突するだろう。また高市氏は党内での基盤が弱く、少数与党の党首として現行連立を拡大するか、野党と臨時の連合を組んで法案成立を図る必要がある。自民党は、最近の選挙で台頭した新興ポピュリスト政党との対峙も迫られている。高市氏を選んだことで自民党は、外国人労働者や海外観光客の増加に対する怒りを煽る極右団体・参政党に流れた右派有権者を取り戻す意図を示した。高市氏はこうした懸念に迎合する姿勢を示し、選挙運動の初日に故郷・奈良で外国人観光客が神聖な鹿を蹴ったという根拠のない話を繰り返した。党を急激に右傾化させることで、高市氏は自民党内の保守派と穏健派の亀裂を拡大させるリスクを負う。よりリベラルな野党勢力に中道層の票を奪われる機会を与えることになる。
その後、自民党は長年の連立相手であった公明党との関係解消に追い込まれ、新たに維新の会との連立政権を組成、高市総裁の国会での首班指名に漕ぎつける。これを踏まえて10月21日付ニューヨーク・タイムズは「Japan Has a New Leader, and She’s a Heavy Metal Drummer (日本に新たな指導者が誕生、彼女はヘヴィメタルのドラマー)」と題する記事で、ヘヴィメタルのファンである高市早苗は、予想外の出世を遂げ、師匠と仰ぐ安倍晋三と同様に日本を右派へ導くとみられると以下のように報じる。
10月21日、高市氏は日本の首相に選出された。日本の歴史上初の女性首相である。これは女性が長年影響力を求めて苦闘してきた国における金字塔となった。古都・奈良の近くで育った64歳の高市氏は、簡単には決めつけられない人物だ。かつて日本の女性政治家としての困難を率直に語った一方で、現在は保守的で男性中心の自民党のトップに立つ。米国の依存度への懸念を示しつつも、トランプ大統領との緊密な連携を望むとも述べている。アマチュアドラマーとしてアイアン・メイデンやディープ・パープルを崇拝する一方、もう一人の英雄である英国の元首相マーガレット・サッチャーへの敬意を表すため、青いスーツを着用することもある。
高市氏は、トランプ氏のMAGA運動と類似点のあるポピュリズムの波に応え、日本を右傾化させると予想されている。対中強硬策を推進し、第二次世界大戦中の日本の残虐行為を軽視、移民と観光の規制強化を約束している。多くの政治家が富裕層やエリート層の出身であるのに対し、高市氏は奈良県で質素な環境で育った。警察官の母親と自動車部品メーカーで働いていた父親は、彼女が東京のエリート私立大学に合格していたにもかかわらず、国立の神戸大学に進学させた。卒業後、松下政経塾に入塾。1980年代後半には米国に関心を持ち、熱心なフェミニストだったコロラド州選出の元民主党下院議員パトリシア・シュローダー氏の事務所でインターンシップを獲得、1987年にシュローダー氏が涙ながらに大統領選出馬を断念した演説に心を動かされた。高市氏は電報を送り、いつか再出馬するよう励まし、支援を申し出た。
ワシントンでは、高市氏は精力的に存在感を示し、議会内部の仕組みや米国の外交政策について補佐官たちに次々と質問を浴びせた。帰国後、高市氏は著述家やテレビタレントとして活動し、論客として名声を確立した。1993年、奈良県から政治改革を掲げて無所属で国会議員に当選し、政治家としてのキャリアをスタートさせた。議員の初期、安倍氏と永続的な同盟関係を築いた。安倍氏はエリート家系の出身で、国家主義的な世界観を持つ議員だった。両者は軍事費増額や歴史教科書への愛国的な表現追加といった課題で共通認識を見出した。2006年に安倍氏が首相に就任した際、高市氏を閣僚に任命、政界で最も目立つ女性の一人にした。2012年の第2期政権発足時にも再任され、安倍政策の強力な擁護者となった。安倍氏が奈良で暗殺された時、高市氏は打ちのめされた。「これほど心身ともに落ち込んだことはない」と語った。「今日から必死に働かなければ、彼に申し訳ない」とSNSに記した。2004年に自民党の山本拓議員と結婚したが、2017年に離婚した。高市氏は「家庭内で激しい政治論争があった」と述べている。その後2021年に再婚し、今回は山本氏が高市氏の姓を名乗るという、日本の家父長制文化では珍しい選択となった。
10月21日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルも「Japan Gets Its First Female Leader, a Conservative Who Favors a Stronger Military (日本、初の女性首相を選出 より強力な軍事力を支持)」と題する記事で、トランプ氏の訪日前に高市早苗氏が首相指名選挙で勝利し、軍事力向上に向けた支出拡大への支持を表明していると以下のように論じる。
高市氏は首相指名選挙で、新たな連立パートナーである日本維新の会の協力を得て、1回目の投票で衆議院の過半数をわずかに上回る票を獲得した。しかし参議院では過半数に届かず、決選投票が必要となった。このつまずきは、高市氏が直面する可能性の高い課題の予兆かもしれない。与党、自民党は連立パートナーの支援を得ても、両院で過半数をわずかに下回っているためだ。高市氏と日本維新の会は、これまでの一部の政権と比べ軍事支出の増強に前向きな政権になりそうだとアナリストは指摘する。高市氏と日本維新の会はいずれも、敵対的な世界で日本の軍事力向上に向けた支出拡大への支持を表明しているが、米国が同盟国に求めている水準まで支出を引き上げる意思があるか、あるいは可能かどうかはまだ明確ではない。米国防総省は、米国の同盟国が年間国内総生産(GDP)の5%を防衛費に支出することを求めているとしている。この数字は、2028年3月に終わる年度までに支出をGDPの2%まで引き上げるという日本政府の現在の目標の2倍以上だ。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、日本は2024年に約550億ドル、GDP比約1.4%を防衛費に費やした。ユーラシア・グループの日本アジア貿易担当ディレクター、デービッド・ボーリング氏は「日本は、トランプ政権から防衛費により多くの資金を支出するよう圧力をかけられることを十分に予想している。最終的に、この問題に対する圧力が強まるだろう」」と語る。
保守派の高市氏を新指導者に選ぶことで、中道右派の自民党は、反移民を掲げて7月の参院選で複数の議席を獲得した参政党などの右派ポピュリスト新興勢力に流れた保守系有権者を取り戻し、選挙での支持回復に賭けている。日本の株式市場は高市氏の台頭を歓迎し、同氏が自民党総裁に選出されてから約8%上昇している。高市氏は長年、政府の借り入れと支出を拡大し、成長を促進して日本の産業を活性化することを提唱してきた。日本維新の会は減税や規制緩和を含む自由市場の理念を支持しており、実施されれば経済をさらに刺激する可能性がある。
高市氏の経済政策について10月8日付フィナンシャル・タイムズも社説「Japan’s next PM needs Takanomics, not Abenomics (新首相にはアベノミクスではなくタカノミクスが必要)」で、高市早苗氏が自民党総裁に選出されたことでアベノミクスが復活する可能性が出てきたと以下のように論じる。
まず留意すべきは、安倍政権時代からの変化の大きさだ。アベノミクスはデフレ脱却を目指した。高市氏の差し迫った政治課題は、物価上昇による家計への影響緩和と、現在の緩やかなインフレ水準が生活水準の低下と結びつかないよう国民に働きかけることである。また、2012年に安倍氏が2度目の首相就任を果たした当時と比べ、高市氏の政治的な手札ははるかに弱い。深く分裂し不人気な自民党は両院の支配権を失っている。これを受けて、総裁選で景気刺激策のトーンを和らげていた高市氏は、野党が求める現金給付や減税を受け入れる可能性もある。しかし債券市場は既に日本の財政持続可能性への懸念を示しており、最も困窮する層と最も生産性の高い分野に支援を限定するのが賢明だろう。また、近く再び利上げを行う可能性が高い日本銀行の金融正常化に障害を設けるべきではない。
残るは成長促進の改革、アベノミクスの「第三の矢」だ。高市氏は企業統治の改善やスタートアップ支援の進展を基盤にできる。日本初の女性首相として、女性の経済活動への参画拡大に注力するのも有益だろう。この目標は安倍氏の労働市場活性化策の中核だったが、日本は2012年以降、世界経済フォーラムの男女格差ランキングで順位を落としている。高市氏は男性中心の自民党でトップに上り詰めた功績を評価されるべきだ。彼女の師である英国のマーガレット・サッチャー元首相と同様、これまで女性全般の昇進を容易にする取り組みはほとんど行わなかったが、「北欧並み」の女性閣僚登用を公約に掲げたことは歓迎すべき目標設定だ。退任する石破茂首相の内閣で女性閣僚はわずか2名である。高市氏がホームヘルパーへの支援強化を訴えていることも評価できるが、ベビーシッター費用や企業内保育所に対する税制優遇措置の提案は女性を労働力に組み入れ、出生率を高めるための措置としては不十分である。
人口減少による経済的な逆風を和らげる一つの方法は、外国人労働者の受け入れ拡大である。しかし、高市氏はこれまで、既存の移民の受け入れ水準や急増する外国人観光客について懸念を強調してきた。移民問題に関する右派的な発言は、少なくとも高市氏がドナルド・トランプ氏と良好な関係を築く上で役立つかもしれない。彼女の師である安倍氏は、トランプ大統領の最初の任期において、同大統領と最も親しい国際的指導者の一人と見なされていた。
高市氏は、トランプ氏が今年、日本に押し付けた屈辱的な貿易・投資協定について、再交渉が可能かもしれないとほのめかした。しかし安倍氏とトランプ氏の相性の良さを再現できたとしても、米国は依然として最も信頼できない同盟国であり続けるだろう。国際的にも国内的にも、高市氏は「安倍 2.0」になろうとするべきではないし、なれるはずもない。彼女がその価値ある後継者になりたいのであれば、おそらく「タカノミクス」という新しいアプローチが必要になるだろう。
高市首相は就任後間もなく来日するトランプ米大統領と早速、会談する。これについて10月28日付タイムは、「Why Japan’s New, First-Female PM May Actually Be Able to Win Over Trump (日本初の新女性首相が実際にトランプ氏を味方につけられる理由)」と題する記事で以下のように肯定的に論じる。
日本初の女性首相が早くも重大な政治的試練に直面している。世界中の指導者たちを震撼させてきたトランプ大統領がマレーシアでのASEAN首脳会議で2期目のアジア訪問をスタートさせた後、今週、日本に立ち寄る予定なのだ。同氏は既に電話で高市氏と会談し、彼女を高く評価していることを示唆していた。先週、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で彼女を「非常に尊敬される人物で、深い知恵と強さを兼ね備えている」と称賛し、彼女の当選を「素晴らしいニュース」と投稿している。
戦略コンサルティング会社アジア・グループの日本担当マネージングディレクター、Tokuko Shironitta氏は本誌に「高市首相の存続にはトランプ氏との会談成功が必須だ」と語る。選挙ごとに支持率を落としている少数与党の高市氏にとって任期中に失敗の余地はほとんどない。「実行力ある指導者としてのイメージを強化する必要がある」と、テンプル大学東京校のアジア研究教授ジェフ・キングストン(Jeff Kingston, a professor of Asian studies at Temple University, Japan)は指摘する。これまでの外交経験が限られている中、トランプ氏との会談はその証明に決定的に重要となる。キングストン教授は「彼女はあらゆる手段を尽くすだろう」と語り、贈り物、お世辞、そして華やかな儀式が伴うことは確実だと指摘する。高市氏はまた、米国との造船契約を発表すると見られている。さらに政府は、米国産大豆とガスの輸入拡大を盛り込んだ最終的な購入パッケージの策定に着手したと報じられている。米国産大豆とガスの輸入はトランプ大統領にとって重要な二つの分野だ。
「彼女は大統領に対し、日本が『アメリカを再び偉大にする』ための重要なパートナーであることを説得しなければならない」と東京の国際基督教大学国際関係学教授で日本国際問題研究所客員研究員のスティーブン・ナギー氏は語る。高市氏はトランプ氏を公然と称賛し、ガザ戦争終結に向けた不安定な停戦仲介を称え「ノーベル平和賞候補に推す」と表明。さらに「非常に感銘を受け、勇気づけられた」と伝えている——「彼女は『お世辞に度はない』と理解している」とキングストン氏は指摘する——が、前任者が失敗した分野で成功するには、お世辞以上のものが必要だと認識している可能性もある。ナギー氏によれば、高市氏の強みは、石破氏の弱点とされた部分を補えると同時に、自身とトランプ氏の共通点を強調することにあるという。石破氏は英語を話せなかったが、高市氏は話せる。1980年代後半に当時のパット・シュローダー下院議員(民主党・コロラド州)の議会補佐官を務めた経験から、米国への深い理解を持つ。また石破氏が中国に対してより穏健な姿勢を示したのに対し、高市氏は中国強硬派と見なされている。移民政策、対中貿易、人工知能といった問題では、高市氏の思想はトランプ氏に近い。
しかし、高市氏とトランプ氏との関係には課題がないわけではない。ナギー氏によれば、日本国内では米国との関税合意条件の再交渉を求める圧力があり、特に5,500億ドルの対米投資の使途について日本政府に対してもっと強い監視権限を与えるよう求める声があるという。高市氏が早期に問題の詳細を議論するかは不透明で、専門家の中には可能性は低いと見る向きもある。しかし時が経てば、日米双方に利益をもたらす経済安全保障、サプライチェーン、資材協力への資金投入を推進する可能性がある。トランプ氏も既に日本にとって有利な貿易協定交渉への柔軟な姿勢を示している。
結び:以上のようなメディアの報道と論調を次の4つの観点から論評してみたい。第1に、高市新首相の人となりに関する評価、第2に、高市氏が女性初の自民党総裁、さらに首相に指名されたことの意義、第3は、新首相の政策と任務について、そして最後に今後の政策課題に関する見方である。
第1の新首相の人となりについてメディアは、簡単には決めつけられない人物であり、幾つかの点で型破りな指導者となるだろうと評する。英国の元首相マーガレット・サッチャーへ敬意を表する一方、アマチュアドラマーとしてアイアン・メイデンやディープ・パープルを崇拝すると指摘し、また女性初の首相として喧伝されているほどの女性権利拡張論者ではなく、夫婦別姓の法的承認や皇室における女性継承権の容認に反対するなど、男性政治家を上回る保守的な主張を展開していると述べる。富裕層やエリート層出身が多い政治家のなかで、高市氏は奈良県で質素な環境で育ったと指摘、国立の神戸大学や松下政経塾での学習、フェミニストの元米民主党下院議員事務所での勤務体験を挙げ、1993年に奈良県から政治改革を掲げて無所属で国会議員に当選する前には、著述家やテレビタレントとしても活動していたと報じる。つまり高市氏は女性初の首相ではあるが、女権拡張論者ではなく、また世襲政治家でもなく、著述やタレントの経験を持ち、米政界の一端をも知る日本の政治家として異色の存在なのである。
第2の高市氏が女性初の与党総裁、さらに首相に指名されたことの意義についてメディアはまず、世界有数の男女格差を抱え、女性が長年苦闘してきた国における金字塔であり、その対立的政治における新時代の幕開けだと評する。同時に、高市氏の選出は自民党保守派にとっては勝利だが、党内外のリベラル派には不吉な右傾化の兆しであり、分極化・ナショナリズム・文化戦争的政治という民主主義の世界的潮流に日本が加わる新たな兆候だとも指摘する。高市氏は待望の象徴的変化を体現しているとはいえ、女性のエンパワーメントを推進する活動家ではなく、堅固な保守派として日本の男女平等における試金石となる問題を提起していると論じる。換言すれば、高市氏は女性ではあるが、中身は堅固な保守派の政治家であり、その限りでは保守派の男性政治家が首相に就任したのと同様だと論じ、真に女性初の政権といえるかどうかに疑念を提起していると言える。
第3の高市氏の政策方針についてメディアは、師と仰ぐ安倍晋三元首相の政策と多くの共通点を持ち、戦時史に関する修正主義的見解を共有し、最近の日韓間和解や対中関係安定化への試みを複雑化させる可能性があると懸念を表明する。具体的事例として、自民党を「日本の伝統と歴史への誇りを促進する政党」とする訴えや、自衛隊の強化、戦後憲法の改正、靖国神社への定期的参拝などを挙げる。対米関係では、MAGA (米国を再び偉大にする)運動と類似点のあるポピュリズムの波に応え、日本を右傾化させるリスクがあるとし、米国が同盟国に対して求めるGDP比5%の防衛費支出への対応も喫緊の課題と述べ、また移民や増加する外国人労働者と海外観光客については規制強化を約束していると指摘する。
ただしメディアは最大の課題は国内にあるとし、経済政策について、「アベノミクス」と同じ拡張的な財政・金融政策を主張しているが、新インフレ時代の現実と衝突するだろうと危惧する。また党内基盤が弱く、少数与党の党首として現行の連立拡大や野党との臨時連合、また新興ポピュリスト政党との対峙の必要性に言及する。ただし急激な右傾化は党内の保守派と穏健派の亀裂を拡大させるリスクがあると指摘する。上述のように高市政権の政策は対外、国内の両面で保守的指向とポピュリズムへの傾斜が見て取れる。そこからさまざまな課題が浮上してくると言えよう。
第4にその課題についてみていく。党内基盤が弱く少数与党のトップである高市氏にとって、持論とする政策方針の前に立ちはだかる壁は高い。メディアは、最大の課題は国内にあると指摘するが、外交安保分野でも課題は山積みである。ただし高市氏は就任早々、トランプ米大統領や中国の習近平主席、韓国の李在明大統領、それにアセアン諸国首脳と会う機会があり、それぞれとの外交初デビューを一応、無難にこなしたと言える。試練はこれからだが、世界の中心で咲き誇る日本外交という持論とする目標を摩擦や対立なしに達成できることに期待したい。当面の課題は、対米外交であろう。貿易・投資協定について国内に条件の再交渉を求める圧力がある。特に5,500億ドルの対米投資の使途について日本政府としてより強い監視権限を求めるべきだとの声に応える必要があろう。
国内分野では、経済問題、とりわけ物価対策が喫緊の課題だが、同時に大局的見地から中長期的な経済政策を打ち出すことが必須である。財政出動や金融緩和策への依存は財政の持続可能性や日本銀行の金融正常化の必要性を考えれば、もはや不可能である。アベノミクスの信奉者である新首相は、新たな「第三の矢」として成長戦略を打ち出すべきだ。メディアが提言するように、企業統治の改善やスタートアップ支援の促進、それに日本初の女性首相として女性の経済活動への参画拡大などに注力すべきだ。特に女性の参画拡大は、日本が男女格差ランキングで順位を落としている現状、優先度の高い問題である。また新たに連立を組んだ日本維新の会が主張する減税や規制緩和を含む自由市場の理念の徹底も重要であり、その経済刺激効果に期待したい。因みに両党の連立合意書には、国民の生活が経済成長によって向上されることの認識を共有し、そのために、責任ある積極財政に基づく効果的な官民の投資拡大を進めつつ、肥大化する非効率な政府の在り方の見直しを通じた歳出改革を徹底することによって、社会の課題を解決することを目指す、とある。特に、責任ある積極財政に基づく効果的な官民の投資拡大に期待したい。
以上を要するに、高市氏は女性初の首相ではあるが女権拡張論者ではなく、また世襲政治家でもなく、著述やタレントの経験を持ち、米政界の一端をも知る日本の政治家として型破りで異色な存在である。その出現は、女性が長年苦闘してきた国における金字塔であり、新時代の幕開けを告げる可能性があるがリベラル派には不吉な右傾化の兆しであり、戦時史に関する修正主義的見解を有し、最近の日韓間和解や対中関係安定化への試みを複雑化させる可能性が懸念される。特に内政面では、現状には不適なアベノミクスを強行することで財政の持続性に疑念を生じさせる恐れもある。その意味で、内外の政策方針に警戒を要する。外交政策では右傾化の懸念を払拭し、内政面では当面注力する必要がある経済政策で、維新の会との連携による一連の構造改革の推進にそれぞれ期待したい。
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主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名)THE WALL STREET JOURNAL(ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES(フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES(ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST(ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN(ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK(ブルームバーグ・ビジネスウイーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、 REUTER(ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教授 前田高昭



















