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ブックコミュニティ第13回

翻訳書発掘の新潮流 「BookTok」が作るベストセラーの波

近年、英語圏を中心に出版業界で急速に存在感を増しているのが「BookTok(ブックトック)」と呼ばれるブックコミュニティです。これはTikTok内のハッシュタグ #BookTokを軸に広がる、書籍を紹介・推薦し合う動画投稿文化で、特に若年層の読者を中心に爆発的な影響力を持っています。

 BookTokへの投稿は、ショート動画で行われます。感動したシーンをTikTokのバズ曲や流行のエフェクトで演出した動画や推しキャラ動画、また「心が壊れた」といった強烈な印象を与える短文レビューなど、視覚的、感覚的に訴える感情表現が強い共感を呼んで拡散を促し、特定の作品が瞬く間にベストセラーに押し上げられる現象が頻発しています。

 そうした現象は新作に限らず、出版から数年を経て再注目されるケースも少なくありません。実際に、Colleen Hoover の『It Ends with Us』(2016)はBookTokをきっかけに再評価され、全世界で数百万部の売上を記録。Madeline Miller『The Song of Achilles』(2011)や、Hanya Yanagihara『A Little Life』(2015)といった過去作も、読者の共感を呼ぶ動画により再ブームを巻き起こしました。さらに、TikTok上で「心をえぐられる」と話題になった Adam Silvera『They Both Die at the End』(2017)も、遅れて人気が爆発した代表的な例です。

 BookTokで注目されるジャンルは比較的明確です。恋愛、YA(若年層向け小説)、ダークファンタジー、LGBTQ+をテーマにした作品など、読者が感情移入しやすい物語構造やキャラクター描写を持つ作品が多く取り上げられています。物語の抒情性、キャラクターの関係性、葛藤の深さといった要素がショート動画で表現されることで、より直感的に共感を呼ぶ仕組みとなっています。

 また、BookTokの大きな特徴として、書店や出版社を巻き込んだ販売の連動性も挙げられます。米国の大手書店Barnes & Nobleでは「#BookTokで話題」のコーナーが常設されており、動画で紹介された本が店頭で平積みされるなど、プラットフォームを超えた流通モデルが形成されています。

 翻訳出版を手がける側にとって、BookTokは単なるSNS上の流行ではなく、「読者が自ら物語を発見し、共感し、拡散する新たな読書文化」として注視すべき情報源です。特に、従来の書評や文芸賞とは異なる「共感ドリブン」の作品が発掘されやすいため、これまで見過ごされがちだった新人作家の秀作や、ジャンル横断的な良書が発見できる可能性があります。

 実務的には、TikTok上で #BookTok や派生タグ(#romancebooks #emotionalreads など)を定期的に検索・分析することにより、まだ邦訳されていない話題作の洗い出しが可能です。また、翻訳出版後のプロモーションにもTikTokを活用することで、従来とは異なる層への波及効果が期待できるでしょう。

 BookTokは、読者の心を直接動かす新しい口コミ文化です。編集者や翻訳者にとって「作品の熱量」をリアルタイムで把握できるBookTokは、翻訳書発掘の情報源として目が離せません。

<ライタープロフィール>

今田陽子(いまた・ようこ)
BABEL PRESSプロジェクトマネージャー。カナダBC州在住。シャワー中もシャンプーボトルのラベルから目が離せない活字中毒者。

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