トランプ関税をめぐる日米交渉
-対米交渉の先頭に立った日本の役割と責任
前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教授
発足して100日が経ったトランプ米政権は、この間に数十カ国に「相互関税」を課し、各国と交渉することになった。その初の対面協議に日本を選んだ。以下に、交渉に臨む日本の置かれた立場に関するメディアの論調からみていく。(要約は後述の「まとめ」、筆者の論評は同「結び」を参照)
4月3日付ニューヨーク・タイムズは「Japan Lacks a ‘Viable Option’ for Retaliating to Trump’s Tariffs(トランプ関税に報復する「有効な選択肢」に欠ける日本)」と題する記事で、日本は米国の関税に反撃するという話を控えてきたと述べ、それは通商専門家によれば、インフレに苦しむ日本経済が選択肢を狭めているからだと報じる。
トランプ関税に対して融和的な戦略をとる日本:記事によれば、米国から2桁パーセントの関税(double-digit percentage tariffs)をかけられた日本は、報復の選択肢がほとんどない(few retaliatory options)ことに気づいているという。トランプ大統領が1月に広範な関税をかけると脅し始めて以来、日本は融和的な戦略をとってきた。石破茂首相は2月、アメリカの投資を1兆ドルに引き上げると公約した。水曜日にトランプ氏が関税を発表する前日まで、日本の著名な企業経営者たちは、日本が関税を免れることを期待していたという。その期待は、トランプ氏が日本からの輸入品に24%の関税を課すと発言したことで打ち砕かれた(dashed)。先週には、日本の対米輸出品のトップにある自動車に25%の税金がかかると通告された。欧州連合(EU)、カナダ、中国など、アメリカの関税の影響を受けている他の国々は、アメリカ製品への課税で報復する意向を表明しているが、日本の政府関係者は同様の動きについて語ることを控えている。それは日本経済の現状と対米貿易の重要性から、そうすることが難しいからだ、とアナリストは言う。
自滅的な対米輸入品への報復関税:ここ数年、日本ではエネルギーと食料品の高騰を主因とするインフレが急伸し、日本経済を圧迫している。日本がアメリカから輸入しているのは、天然ガスや農産物など、ほとんどが日用品(commodities, including natural gas and agricultural products)である。ムーディーズ・アナリティックス東京のシニアエコノミスト、ステファン・アングリック氏は、対米輸入品への報復関税は「自滅的」であり、「全く実行可能な選択肢ではない(retaliatory tariffs on U.S. imports would be “self-defeating” and “simply not a viable option”)」と語る。「唯一残る戦略は、シナリオを転換し(The only remaining strategy is to shift the narrative)、日本がより多くの商品を輸入する意欲があることを強調することだ」。トランプ氏を含む米政府高官は、日本の非関税貿易障壁について繰り返し懸念を表明してきた。具体的には、米のような農産物の輸入制限や自動車規格を挙げている。木曜日の記者会見で、林芳正官房長官は日本が対米貿易交渉で譲歩すること(conceding in trade negotiations)についてコメントを避け、首相を含む他の政府高官は報復措置について言及を避けた。日本が国内で使用する自動車認証基準(Japan’s standards for certifying automobiles for use in the country)は、国連が定めたものに基づいていると林長官は述べる。また日本の米輸入政策の背後にある詳細と論理を米政府のカウンターパートに説明したと語り、「にもかかわらず、アメリカ政府が今回の米の相互関税措置を発表したことは非常に遺憾だ。いずれにせよ、日本は米国に対し、その措置を見直す(to review its measures)よう引き続き強く求めていく」と付言した。
さらにニューヨーク・タイムズは4月23日付記事「Japan in a Tight Spot(窮地に立たされた日本)」で、日本は長い間、米中両方と深い経済的関係を維持してきたが、貿易戦争が激化するなか、このアプローチが覆されるかもしれないと以下のように指摘する。
ジレンマに直面する日本:日本は米国に大量の自動車を、中国にはコンピューター・チップとチップ製造装置を販売し、過去20年間、日本の輸出先は米国と中国が交互に上位を占めてきた。それに匹敵する国は他にない。今、トランプ大統領が米国の貿易相手国を中国に対抗させようとし、中国がその呼びかけに応じる国々を脅すなかで、日本はジレンマに直面している。どちらの側にも背を向けることは、日本経済を深く動揺させる危険性がある。先週行われた初の対面関税協議に、トランプ政権は日本を選んだ。トランプ氏は、数十カ国に課した「相互関税」の脅威を維持し、7月上旬まで一時停止している。日本の場合、その関税は24%で、政府高官は日本経済に危機をもたらすだろうと述べている。過去10年間、日本は2つの経済大国の間に挟まれ、微妙な道を歩んできた。中国への依存をヘッジする一方で、ワシントンの政治から距離を置くというステップを踏んできたのだ。専門家たちは、日本を急速に追い込んだり、中国との経済的なつながりを強引に縮小させようとしたりすれば、大きな抵抗に直面するだろうと指摘する。
米関税猶予を得るための対中貿易抑制に報復宣言する中国:最近、スコット・ベッセント財務長官をはじめとするトランプ政権の高官は、中国とそのいわゆる経済的強制力に対抗するためのアメリカの政策に沿った貿易相手国との合意を目指すことを示唆している。こうしたトランプ政権の動きに注目している中国政府は月曜日、他の国々に対し、米関税からの猶予を得るために中国との貿易を抑制しないよう警告し、そのようなことをした国には報復すると宣言した。人口減少を背景に、日本企業は海外進出の必要性に迫られているが、そのため中国に代わる選択肢を見つけることが難しくなっている。一方、エコノミストたちは、米国が脅す24%の関税は、日本の経済成長と国内産業に壊滅的な結果をもたらすだろうと警告している。米国と中国が互いに100%をはるかに超える水準まで関税を引き上げる中、日本が貿易関係を維持できるかどうかは、世界第4位の経済大国である日本の経済にとって重大な意味を持つ。
以上のように報じた記事は、日本経済は米国と中国の両方と深く統合されており、「一つのカゴにすべてを入れるという選択肢はない」(Japan’s economy is deeply integrated with both the United States and China, and “we do not have the option of putting everything in a single basket,”)との専門家のコメントを伝える。
4月9日付フィナンシャル・タイムズ記事「Japanese market walks a geopolitical tightrope(地政学的な綱渡りをする日本市場)」は、日本がライバル同士の米中の間で、それぞれから忠誠を求められて不安定な状態に陥っている(Japan finds itself caught precariously between two rivals, each demanding its loyalty)と以下のように論じる。
1980年代以来の対米圧力にさらされる日本:世界的な貿易摩擦のドラマが展開されるなか、日本は再び米国の圧力にさらされている。しかし、日本からの自動車や電子機器の輸出によって増大するアメリカの貿易赤字が対立の中心であった1980年代とは異なり、今日の利害関係ははるかに複雑である(today’s stakes are far more complex)。当時は対米関係の境界線が明確(the lines were clear)で、中国はその枠外にいた。今、日本は、それぞれが忠誠を求める2つのライバルの間で不安定な状態に陥っている。ここ数日の日本株の乱高下は、楽観と失望の波が交互に押し寄せている(alternating waves of optimism and disappointment)。月曜日に石破茂首相とドナルド・トランプ米大統領が電話会談を行い、関税交渉の突破口が開かれるとの期待が高まった(sparked hopes of a breakthrough in tariff negotiations)。米国の通商当局トップは日本との正式な交渉開始の準備を進めており、貿易摩擦の緩和に向かって潜在的に進展の気配がある。しかし、円高が輸出企業のセンチメントに重くのしかかり、市場の意欲を削ぎ、(tempering broader market enthusiasm)先行きに新たな不透明感をもたらしている。
日本にとって米国は安保面の同盟国、中国は最大の貿易相手国:中国とのぎくしゃくした関係とは対照的に、米国と日本の関係はおおむね協力的(largely co-operative)である。しかし、日本はますます居心地の悪い立場に立たされている。経済的には、最大の貿易相手国であり、特に機械や電子機器などの高価値輸出品(high-value exports)の買い手である中国と深く結びついている。しかし戦略的には、日本は最も重要な安全保障上の同盟国である米国と強固な関係にある。人工知能チップの需要が急増した昨年第1四半期、日本のチップ製造装置輸出の約半分は中国向けだった。公式データによれば、8月の輸出は60%以上も急増した。市場データを提供する台湾の調査会社トレンドフォースによると、チップ生産に関連する機械類の多くは、日本の対中輸出総額の4分の1近くを占めており、日本が中国の製造業サプライチェーンにいかに深く組み込まれている(embedded in China’s manufacturing supply chain)か、を浮き彫りにしている。
米中間の戦略的要衝として身動きできない日本:こうした利害のバランスはより複雑になっている。米国政府は日本に対し、先端チップ製造装置や関連部品(advanced chipmaking equipment and related components)を含む中国への技術輸出を制限するよう圧力をかけている。米中の緊張が深まるにつれ、日本は難しい選択を迫られている。要求に抵抗すれば米国との戦略的同盟関係を危うくしかねない。一方、米国に譲歩すれば中国との経済関係にひずみが生じかねない。日本経済は現在より脆弱になっており、外圧に特に敏感になっている(particularly sensitive to external pressure)。米国への主要自動車輸出国として、自動車や自動車部品への関税が小幅であっても、企業収益に打撃を与えかねない。政府が需要を刺激し、貿易ショックをより効果的に吸収できる中国とは異なり、日本は低成長、低インフレの環境で数十年を過ごしてきたため、政策決定者の柔軟性ははるかに低い。日本は米国と中国の間に位置する戦略的要衝であるため、市場はメディアの人質となり、ファンダメンタルズは軽視され、ボラティリティが新たな常態(new norm)となるだろう。
そうした状況のなか、各国が一斉に対米関税交渉に乗り出すが、日本がその交渉の先頭に立つことになる。4月16日付フィナンシャル・タイムズは「Japan set for ‘guinea pig’ trade talks with US after Donald Trump’s tariffs(トランプ関税発動後、米国との「モルモット」貿易交渉に臨む日本)」と題する記事で、日本が最初に臨む対米交渉(first in line for negotiations)は米国政府の貿易戦争戦略のテストケースとして注視されていると以下のように論評する。
トランプ関税を国難として捉え憤慨する日本:日本の貿易交渉担当トップ、赤沢亮正氏がトランプ関税をめぐる交渉のためにワシントンを訪れた。トランプ大統領の関税発動による貿易への打撃の可能性について石破茂首相が「国難」(“national crisis” )と表現し、赤沢氏の2日間の訪米が実現した。米国大統領が日本に24%の「相互」関税を課したことは、日本が強固な軍事同盟国(staunch military ally)であり、過去5年間米国への最大の外国投資国であったことから、に本を憤慨させた(rankled)。トランプ大統領は「相互」関税を一時停止したが、日本はアメリカへの自動車輸出に25%の関税を課され、アメリカの貿易相手国のほとんどに課される10%の基本税率(baseline 10 per cent levy )にも直面する。
注目される日本の「モルモット」としての地位:日本との交渉はホワイトハウスが貿易相手国と関税に関する協定を結ぶ意思があるかどうかの最初のテストのひとつとなる。米大統領が今月初め、数十カ国に対する厳しい「相互」関税(onerous “reciprocal” tariffs)を発表し、その後90日間同関税を一時停止した後、日本はトランプ政権との直接会談(face-to-face talks)を認められた最初の国となった。水曜日、トランプ大統領は自身のプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」(Truth Social platform)に、スコット・ベッセント財務長官とハワード・ラトニック商務長官とともに、自ら会談に出席すると書き込んだ。日本は今日、関税、軍事支援費用、そして 「公正な貿易 」について交渉するためにやってくる」と書き、こう付け加えた。「日米とって良い(素晴らしい!)何かが達成されることを願っている!」。外交関係者は、トランプ政権が何を達成したいのか不透明なままではあるが、協議における日本の「モルモット」としての地位(Japan’s status as a “guinea pig” in the talks)は、他の国よりも有利になるかもしれないと述べた。日本の対米貿易黒字は世界で10本の指に入る。「ここ数週間のすべての不確実性、関税の武器化、貿易戦争という言葉、これらすべてにおいて、トランプ大統領が何を望んでいるのか、きちんと見えていない」と、会談の準備に近い人物は語った。「日本はこの立場を喜んでいないかもしれないが、状況が明らかになったときに最前線に立つことは大きな貢献になるかもしれない(“Japan may not enjoy this position, but its big contribution may be to be in the front line when that is clarified,”)」と、その関係者は付け加えた。
優先事項をいくつか示す米国:経済同友会(Japan Association of Corporate Executives)の新浪剛史代表幹事は、アメリカの交渉責任者(lead US negotiator)にベッセント氏が選ばれたことは、米政府が円安に対処するよう日本に圧力をかけることを示唆していると語る。アメリカはまた、日本が外貨準備として約1兆1000億ドルを保有している米国債市場の安定化を望んでいる。事情に詳しい関係者によれば、アメリカは日本が液化天然ガスの輸入を増やす方法を話し合うなど、会談での優先事項をいくつか示した(signalled several priorities for the talks)という。また、米や小麦のような米国産農産物の日本市場参入を促進し、米国が日本での販売を困難にしていると考えている自動車安全基準に対処することも望んでいるという。
自動車関税の一時停止を最優先するとみられる日本:日本政府関係者によると、日本はアメリカからの武器購入、日本へのインフラ投資、造船に関する協力など、様々な問題について話し合う用意があるという。2019年、日本の安倍晋三首相(当時)は、大統領との親密な関係から「トランプの耳元でささやく人(心が通じ合える人)」( “Trump whisperer” )として知られるようになり、米国との貿易協定を締結した。安倍首相が実現できたのは、一部の米国産農産物に対する規制緩和と、デジタル商取引に関する合意だけだった。複数の専門家は、日本はアメリカの自動車関税を優先リストの上位に置くだろう(Japan would put the US car tariffs high on its priority list)と語った。「日本はおそらく、自動車関税を一時停止させることに集中するだろう」と、外交問題評議会の日米経済関係専門家マット・ グッドマン氏は言う。「しかし、自動車関税はおそらくトランプ大統領に撤回させるのが最も難しいものになるだろう。ポリティカル・リスク・アドバイザリー・ジャパン・フォーサイトの創設者であるトビアス・ハリス氏は、会談におけるアメリカ側の目標が明確でないため、日本と石破氏は安倍政権下と比べて難しい立場に置かれていると指摘した。「手っ取り早いものはないだろう。日本側には、日本にとって不利な取引に応じようという気持ちは感じられない。石破氏にとっては、本当に難しい一線だ。もしアメリカの意向に沿うなら、国内的には代償を払うことになるだろう」。テンプル大学のアメリカ外交専門家、ジェフ・キングストン氏は、アメリカに対する日本国内の不安によって、会談の利害関係がさらに高まっている(stakes in the talks were further raised by anxiety in Japan over the US)と語った。
こうした日本政府の対米交渉に臨む姿勢について4月18日付ワシントン・ポストは、「Trump’s trade war leaves China’s neighbors walking a fine line(トランプ貿易戦争によって微妙なラインを歩くことになった中国の近隣諸国)」と題する記事で、同様の立場に置かれている韓国と対比しつつ、以下のように論評する。
米国に対して関税措置の再考を求める日韓:日本と韓国はトランプ大統領に対して統一戦線(a united front against Trump)を張ろうとの中国政府の提案を拒絶した。トランプ大統領が世界貿易システムの再構築を目指し、同盟国も敵対国(allies and foes)も関税の対象とするなか、中国は隣国である日本と韓国、そして安全保障上の同盟国である米国の間にくさびを打ち込む(to drive a wedge)チャンスだと考えている。しかし、日本と韓国は、少なくとも今のところはその気にならず、代わりにトランプ政権に新たな措置を撤回するよう説得することに集中している(focusing instead on convincing the Trump administration to roll back the new measures)。日本の加藤勝信財務相は木曜日、ワシントン・ポスト紙のインタビューで、「関税が日本経済、企業、国民生活、さらには世界経済に大きな影響を与えることを深く懸念している。日本の基本的なスタンスは、アメリカに対して一連の関税措置の再考を強く求めることだ」と語った。日本と韓国は、交渉が行われている間、10%の一律関税と、鉄鋼、アルミニウム、自動車輸出に対する25%の課税に直面している。
米中間でバランスを取る必要がある日韓両政府;日本の代表団は今週、ワシントンで協議を行っている(holding talks in Washington)。トランプ大統領は木曜日、会談に直接介入し、その後双方は「大きな進展」を得たと主張した。韓国の通商代表団は来週、トランプ大統領と会談する予定だ。日韓両政府は、米中の間でバランスを取る必要がある。 安全保障の面で米国に依存しているが、最大の貿易相手国である中国にも依存している。中国は近隣諸国を自国の方向に向けさせようとしている(Beijing is trying to tilt its neighbors in its direction)。中国国営メディアは今週、北京は各国が米国と交渉することに反対はしないが、自国を犠牲にして交渉することには警告を発している(it warned against doing so at its expense)と伝えた。中国国営放送CCTVのブログ「Yuyuan Tantian」によれば、「中国の立場は非常に明確である。誰かが中国の利益をアメリカへの忠誠の証として利用するなら、中国は決してそれを受け入れないだろう」。
トランプ関税の影響について慎重に分析する日本:アナリストは、日韓両政府はトランプ政権との交渉に臨むにあたり、アラスカでの大規模な天然ガスパイプラインプロジェクトへの投資や、非関税貿易障壁の引き下げ(to invest in a major natural gas pipeline project in Alaska and to lower nontariff trade barriers)を提案する可能性があると指摘する。加藤財務相は、中国の魅力攻勢(China’s charm offensive)についてコメントを避け、米国の関税政策の影響について他の7カ国グループや他のアジア諸国と連絡をとりたいと述べる。関税の直接的・間接的な影響は、日本全体、そして世界全体に波及する可能性がある(The direct and indirect impacts of the tariffs could have ripple effects throughout Japan and globally)という。日本はまた、米中貿易戦争が国内市場に与える影響を分析する必要がある、と加藤氏は語る。日本も韓国も、中国が毎年4000億ドル以上の製品を米国に販売しているため、安価な中国製品の氾濫を懸念している。日韓両国の専門家は、トランプ大統領の関税措置が、グリーン・テクノロジーや共同研究、先端技術への投資など、いくつかの分野で日中両国がより緊密に協力することにつながる可能性があることを認めている。そして、日韓の中国製品の氾濫に関する計算が現実のものとなる可能性も指摘する。
中国との協調的対応を否定する日韓:しかし、日韓が米国を疎外するのではなく、米国と協定を結びたいと考えている今、三国間の協調的な対応(coordinated trilateral response)は政治的・安全保障的リスクとなり、米政府に誤ったメッセージを送ることになるという。「韓国、中国、日本が力を合わせてアメリカに対抗するというメッセージを送れば、韓国だけでなく日本にとっても重荷になる。私たちはバランスを保つ必要がある。韓国にとって、一方に傾けば外交的、経済的リスクは甚大だ」と語った。日本の外務省は声明でこう述べた。「米国による関税措置に中国と共同で対処するつもりはない」。韓国の 韓悳洙(ハン・ドクス)大統領代行も今月、CNNの取材に対し、中国や日本と経済的に手を組むという考えを真っ向から否定した。「そのようなルートは取らない」。政府系機関である対外経済政策研究院の韓中貿易専門家、チェ・ウォンソク氏は「われわれはバランスを保つ必要がある。韓国にとって、一方に傾けば外交的、経済的リスクは甚大だ」と語る。日本の外務省は声明でこう述べた。「米国による関税措置に中国と共同で対処するつもりはない」。
なお4月9日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは、ドナルド・トランプ米大統領が4月8日、米政権が日本および韓国と関税を巡り「高度にテーラーメードされた協定」について交渉する方針だと述べたと報じる。記事によれば、同大統領は最近、鉄鋼業界幹部らと協議したことも明かにすると共に、ホワイトハウスのルーズベルトルームで行われた石炭採掘関連のイベントで、日本および韓国との協定について「既製のものではなく、テーラーメードの取引だ」と語ったという。米国側の日韓交渉に対する姿勢を示すニュースとして参考になろう。
こうした状況の中で第1回目の日米関税交渉が開かれるが、その結果について4月17日付フィナンシャル・タイムズは「Donald Trump weighs in on Japan trade talks but Tokyo team leaves without deal(ドナルド・トランプ氏、日本の通商協議に参加するも東京チームは合意なしに退席)」と題する記事で概略以下のように報じる。
関税免除を求める日本の要求を拒否する米国:日米協議(US-Japan talks)は、世界貿易戦争をエスカレートさせるトランプ大統領の戦略を探る手がかりとして、世界中の政府によって注視されている(being closely scrutinised by governments around the world)。アメリカにとって最大の対外投資国であり、アジアで最も親密な同盟国である日本は、ワシントンとの関係が悪化すれば(if relations with Washington sour)、経済面でも安全保障面でも大きなリスクを抱えることになる。アメリカはすでに日本の自動車、鉄鋼、アルミニウムに25%の関税を課しており、日本政府による免除要求を相次いで拒否している。トランプ大統領の相互関税体制の下、24%の追加徴収が行われるとの見通しは日本企業を震撼させ、石破茂首相は「国家的危機」を宣言するに至った。 財務省が木曜日に発表した3月期の日本の対米貿易黒字は630億ドルで、前年比1.3%減少した。またトランプ大統領は会談に先立ち、日本が米軍基地の財政負担を増やすべきかどうかという問題を提起することを示唆した。トランプ大統領は同盟国の安全保障条約を繰り返し「不公平」と表現している。因みに日本は米軍駐留経費として年間約14億ドルを支払っている。
トランプ大統領の飛び入り参加は同盟国との協定締結意欲の表れ:日本の貿易交渉代表(Japan’s chief trade negotiator)は、米国の厳しい関税撤廃交渉の一環としてドナルド・トランプ大統領と会談したが、その後直ちに合意することなくワシントンを離れる予定だ。米大統領は水曜日に赤沢亮正氏と会談し、ソーシャルメディア上で「大きな進展があった!」と述べた。日本は、世界経済に混乱を引き起こした(sparked turmoil in the global economy)トランプ大統領の関税からの猶予を確保する最初の主要経済国になろうとしていた。日本政府関係者は、トランプ大統領との予期していなかった個人的な会談は、中国が世界貿易への関与を深めようとしているなか、大統領が同盟国との貿易協定を打ち出そうとする意欲の表れである可能性がある(possible sign of the president’s keenness to hammer out trade deals with allies)と述べた。赤沢代表は会談後、記者団に対し、双方は今月中に2回目の会談を開き、早期解決を目指すことで合意したと語った。同氏はトランプ関税について「極めて遺憾だ」と述べ、ホワイトハウスに対し、両国経済を強化するような合意を追求するよう求めた。また、スコット・ベッセント米財務長官、ジェイミーソン・グリア通商代表とも会談した。ベッセント長官は木曜日、Xに「貿易に関する話し合いは非常に満足のいく方向に進んでいる」と記し、「日本の友人たち」とのさらなる話し合いを楽しみにしていると述べた。
まとめ:以下は上述の内容の要約である。まず交渉に臨む日本の置かれた立場に関して、4月3日付ニューヨーク・タイムズ記事「Japan Lacks a ‘Viable Option’ for Retaliating to Trump’s Tariffs(トランプ関税に報復する「有効な選択肢」に欠ける日本)」は、対米輸入品への報復関税はインフレに苦しみ選択肢が限られている日本経済にとって自滅的であり、日本は融和的な戦略をとると以下のように論じる。
米国から2桁パーセントの関税をかけられた日本は、報復の選択肢がほとんどないことに気づいている。トランプ大統領が1月に広範な関税をかけると脅し始めて以来、日本は融和的な戦略をとってきた。石破茂首相は2月、対米投資を1兆ドルに引き上げると公約した。水曜日にトランプ氏が関税を発表する前日まで、著名な企業経営者たちは、日本が関税を免れることを期待していたが、その期待は、トランプ氏が日本からの輸入品に24%の関税を課すと発言したことで打ち砕かれた。先週には、日本の対米輸出品のトップにある自動車に25%の税金がかかると通告された。欧州連合(EU)、カナダ、中国など、米関税の影響を受けている他の国々は、米国製品への課税で報復する意向を表明しているが、日本の政府関係者は同様の動きについて語ることを控えている。それは日本経済の現状と対米貿易の重要性から、そうすることが難しいからだ、とアナリストは言う。
ここ数年、日本ではエネルギーと食料品の高騰を主因とするインフレが急伸し、経済を圧迫している。日本がアメリカから輸入しているのは、天然ガスや農産物など、ほとんどがコモディティである。ムーディーズ・アナリティックス東京のシニアエコノミストは、「対米輸入品への報復関税は自滅的であり、全く実行可能な選択肢ではない。唯一残る戦略は、シナリオを転換し、日本がより多くの商品を輸入する意欲があることを強調することだ」」と語る。トランプ氏を含む米政府高官は、日本の非関税障壁について繰り返し懸念を表明してきた。具体的には、コメのような農産物の輸入制限や自動車規格を挙げている。木曜日の記者会見で、林芳正官房長官は日本が対米貿易交渉で譲歩することについてコメントを避け、首相を含む他の政府高官は報復措置について言及を避けた。日本が国内で使用する自動車認証基準は、国連が定めたものに基づいていると林長官は述べる。また日本のコメ輸入政策の背後にある詳細と論理を米政府のカウンターパートに説明したと語り、「にもかかわらず、アメリカ政府が今回のコメの相互関税措置を発表したことは非常に遺憾だ。いずれにせよ、日本は米国に対し、その措置を見直すよう引き続き強く求めていく」と付言した。
さらにニューヨーク・タイムズは4月23日付記事「Japan in a Tight Spot(窮地に立たされた日本)」で、日本は長い間、米中両方と深い経済的関係を維持してきたが、貿易戦争が激化するなか、このアプローチが覆されるかもしれないと以下のように指摘する。
日本は米国に大量の自動車を、中国にはコンピューター・チップとチップ製造装置を販売し、過去20年間、日本の輸出先は米国と中国が交互に上位を占めてきた。それに匹敵する国は他にない。今、トランプ大統領が米国の貿易相手国を中国に対抗させようとし、中国がその呼びかけに応じる国々を脅すなかで、日本はジレンマに直面している。どちらの側にも背を向けることは、日本経済を深く動揺させる危険性がある。先週行われた初の対面関税協議に、トランプ政権は日本を選んだ。トランプ氏は、数十カ国に課した「相互関税」の脅威を維持し、7月上旬まで一時停止している。日本の場合、その関税は24%で、政府高官は日本経済に危機をもたらすだろうと述べている。過去10年間、日本は2つの経済大国の間に挟まれ、微妙な道を歩んできた。中国への依存をヘッジする一方で、米国の政治から距離を置くというステップを踏んできたのだ。専門家たちは、日本を急速に追い込んだり、中国との経済的なつながりを強引に縮小させようとしたりすれば、大きな抵抗に直面するだろうと指摘する。
最近、スコット・ベッセント財務長官をはじめとするトランプ政権の高官は、中国とそのいわゆる経済的強制力に対抗するためのアメリカの政策に沿った貿易相手国との合意を目指すことを示唆している。こうしたトランプ政権の動きに注目している中国政府は月曜日、他の国々に対し、米関税からの猶予を得るために中国との貿易を抑制しないよう警告し、そのようなことをした国には報復すると宣言した。人口減少を背景に、日本企業は海外進出の必要性に迫られているが、そのため中国に代わる選択肢を見つけることが難しくなっている。一方、エコノミストたちは、米国が脅す24%の関税は、日本の経済成長と国内産業に壊滅的な結果をもたらすだろうと警告している。米国と中国が互いに100%をはるかに超える水準まで関税を引き上げる中、日本が貿易関係を維持できるかどうかは、世界第4位の経済大国である日本の経済にとって重大な意味を持つ。
4月9日付フィナンシャル・タイムズ記事「Japanese market walks a geopolitical tightrope(地政学的な綱渡りをする日本市場)」は、日本がライバル同士の米中の間で、それぞれから忠誠を求められて不安定な状態に陥っていると以下のように論じる。
世界的な貿易摩擦のドラマが展開されるなか、日本は再び米国の圧力にさらされている。しかし、日本からの自動車や電子機器の輸出によって増大するアメリカの貿易赤字が対立の中心であった1980年代とは異なり、今日の利害関係ははるかに複雑である。当時は対米関係の境界線が明確で、中国はその枠外にいた。今、日本は、それぞれが忠誠を求める2つのライバルの間で不安定な状態に陥っている。ここ数日の日本株の乱高下は、楽観と失望の波が交互に押し寄せている。月曜日に石破茂首相とドナルド・トランプ米大統領が電話会談を行い、関税交渉の突破口が開かれるとの期待が高まった。米国の通商当局トップは日本との正式な交渉開始の準備を進めており、貿易摩擦の緩和に向かって潜在的に進展の気配がある。しかし、円高が輸出企業のセンチメントに重くのしかかり、市場の意欲を削ぎ、先行きに新たな不透明感をもたらしている。
中国とのぎくしゃくした関係とは対照的に、米国と日本の関係はおおむね協力的である。しかし、日本はますます居心地の悪い立場に立たされている。経済的には、最大の貿易相手国であり、特に機械や電子機器などの高価値輸出品の買い手である中国と深く結びついている。しかし戦略的には、日本は最も重要な安全保障上の同盟国である米国と強固な関係にある。人工知能チップの需要が急増した昨年第1四半期、日本のチップ製造装置輸出の約半分は中国向けだった。公式データによれば、8月の輸出は60%以上も急増した。台湾の調査会社トレンドフォースによると、チップ生産に関連する機械類の多くは、日本の対中輸出総額の4分の1近くを占めており、日本が中国の製造業サプライチェーンにいかに深く組み込まれているかを浮き彫りにしている。
こうした利害のバランスはより複雑になっている。米国政府は日本に対し、先端チップ製造装置や関連部品を含む中国への技術輸出を制限するよう圧力をかけている。米中の緊張が深まるにつれ、日本は難しい選択を迫られている。要求に抵抗すれば米国との戦略的同盟関係を危うくしかねない。一方、米国に譲歩すれば中国との経済関係にひずみが生じかねない。日本経済は現在より脆弱になっており、外圧に特に敏感になっている。米国への主要自動車輸出国として、自動車や自動車部品への関税が小幅であっても、企業収益に打撃を与えかねない。政府が需要を刺激し、貿易ショックをより効果的に吸収できる中国とは異なり、日本は低成長、低インフレの環境で数十年を過ごしてきたため、政策決定者の柔軟性ははるかに低い。日本は米国と中国の間に位置する戦略的要衝であるため、市場はメディアの人質となり、ファンダメンタルズは軽視され、ボラティリティが新たな常態となるだろう。
そうした状況のなか、日本が対米関税交渉の先頭に立つことになる。4月16日付フィナンシャル・タイムズは「Japan set for ‘guinea pig’ trade talks with US after Donald Trump’s tariffs(トランプ関税発動後、米国との「モルモット」貿易交渉に臨む日本)」と題する記事で、日本が最初に臨む対米交渉は米国政府の貿易戦争戦略のテストケースとして注視されていると以下のように論評する。
日本との交渉はホワイトハウスが貿易相手国と関税に関する協定を結ぶ意思があるかどうかの最初のテストのひとつとなる。米大統領が今月初め、数十カ国に対する厳しい「相互」関税を発表し、その後90日間同関税を一時停止した後、日本はトランプ政権との直接会談を認められた最初の国となった。水曜日、トランプ大統領は自身のプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」に、スコット・ベッセント財務長官とハワード・ラトニック商務長官とともに、自ら会談に出席すると書き込んだ。日本は今日、関税、軍事支援費用、そして 「公正な貿易 」について交渉するためにやってくる」と書き、こう付け加えた。「日米とって良い(素晴らしい!)何かが達成されることを願っている!」。外交関係者は、トランプ政権が何を達成したいのか不透明なままではあるが、協議における日本の「モルモット」としての地位は、他の国よりも有利になるかもしれないと述べた。日本の対米貿易黒字は世界で10本の指に入る。「ここ数週間のすべての不確実性、関税の武器化、貿易戦争という言葉、これらすべてにおいて、トランプ大統領が何を望んでいるのか、きちんと見えていない」と、会談の準備に近い人物は語った。「日本はこの立場を喜んでいないかもしれないが、状況が明らかになったときに最前線に立つことは大きな貢献になるかもしれない」と、その関係者は付け加えた。
経済同友会の新浪剛史代表幹事は、アメリカの交渉責任者にベッセント氏が選ばれたことは、米政府が円安に対処するよう日本に圧力をかけることを示唆していると語る。アメリカはまた、日本が外貨準備として約1兆1000億ドルを保有している米国債市場の安定化を望んでいる。事情に詳しい関係者によれば、アメリカは日本が液化天然ガスの輸入を増やす方法を話し合うなど、会談での優先事項をいくつか示したという。また、コメや小麦のような米国産農産物の日本市場参入を促進し、米国が日本での販売を困難にしていると考えている自動車安全基準に対処することも望んでいるという。
日本政府関係者によると、日本はアメリカからの武器購入、日本へのインフラ投資、造船に関する協力など、様々な問題について話し合う用意があるという。2019年、日本の安倍晋三首相(当時)は、大統領との親密な関係から「トランプの耳元でささやく人(心が通じ合える人)」( “Trump whisperer” )として知られるようになり、米国との貿易協定を締結した。安倍首相が実現できたのは、一部の米国産農産物に対する規制緩和と、デジタル商取引に関する合意だけだった。複数の専門家は、日本はアメリカの自動車関税を優先リストの上位に置くだろうと語った。「日本はおそらく、自動車関税を一時停止させることに集中するだろう」と、外交問題評議会の日米経済関係専門家マット・グッドマン氏は言う。「しかし、自動車関税はおそらくトランプ大統領に撤回させるのが最も難しいものになるだろう。ポリティカル・リスク・アドバイザリー・ジャパン・フォーサイトの創設者であるトビアス・ハリス氏は、会談におけるアメリカ側の目標が明確でないため、日本と石破氏は安倍政権下と比べて難しい立場に置かれていると指摘した。「手っ取り早いものはないだろう。日本側には、日本にとって不利な取引に応じようという気持ちは感じられない。石破氏にとっては、本当に難しい一線だ。アメリカの意向に沿うなら、国内的には代償を払うことになろう」。テンプル大学のアメリカ外交専門家、ジェフ・キングストン氏は、アメリカに対する日本国内の不安によって、会談の利害関係がさらに高まっていると語った。
こうした日本政府の対米交渉に臨む姿勢について4月18日付ワシントン・ポストは、「Trump’s trade war leaves China’s neighbors walking a fine line(トランプ貿易戦争によって微妙なラインを歩くことになった中国の近隣諸国)」と題する記事で、同様の立場に置かれている韓国と対比しつつ、以下のように論評する。
日本と韓国はトランプ大統領に対して統一戦線を張ろうとの中国政府の提案を拒絶した。トランプ大統領が世界貿易システムの再構築を目指し、同盟国も敵対国も関税の対象とするなか、中国は隣国である日本と韓国、そして安全保障上の同盟国である米国との間にくさびを打ち込むチャンスだと考えている。しかし、日本と韓国は、少なくとも今のところはその気にならず、新たな措置を撤回するようトランプ政権を説得することに集中している。日本の加藤勝信財務相は木曜日、ワシントン・ポスト紙のインタビューで、「関税が日本経済、企業、国民生活、さらには世界経済に大きな影響を与えることを深く懸念している。日本の基本的なスタンスは、アメリカに対して一連の関税措置の再考を強く求めることだ」と語った。日本と韓国は、交渉が行われている間、10%の一律関税と、鉄鋼、アルミニウム、自動車輸出に対する25%の課税に直面している。
日本の代表団は今週、ワシントンで協議を行っている。トランプ大統領は木曜日、会談に直接介入し、その後双方は「大きな進展」を得たと主張した。韓国の通商代表団は来週、トランプ大統領と会談する予定だ。日韓両政府は、米中の間でバランスを取る必要がある。 安全保障の面で米国に依存しているが、最大の貿易相手国である中国にも依存している。中国は近隣諸国を自国の方向に向けさせようとしている。中国国営メディアは今週、各国が米国と交渉することに反対はしないが、自国を犠牲にして交渉することには警告を発していると伝えた。中国国営放送CCTVのブログ「Yuyuan Tantian」によれば、「中国の立場は非常に明確である。誰かが中国の利益をアメリカへの忠誠の証として利用するなら、中国は決してそれを受け入れないだろう」。
アナリストは、日韓両政府はトランプ政権との交渉に臨むにあたり、アラスカでの大規模な天然ガスパイプラインプロジェクトへの投資や、非関税貿易障壁の引き下げを提案する可能性があると指摘する。加藤財務相は、中国の魅力攻勢についてコメントを避け、米国の関税政策の影響について他の7カ国グループや他のアジア諸国と連絡をとりたいと述べる。関税の直接的・間接的な影響は、日本全体、そして世界全体に波及する可能性があるという。日本はまた、米中貿易戦争が国内市場に与える影響を分析する必要がある、と加藤氏は語る。日本も韓国も、中国が毎年4000億ドル以上の製品を米国に販売しているため、安価な中国製品の氾濫を懸念している。
日韓両国の専門家は、トランプ大統領の関税措置が、グリーン・テクノロジーや共同研究、先端技術への投資など、いくつかの分野で日中両国がより緊密に協力することにつながる可能性があることを認めている。そして、日韓の中国製品の氾濫に関する計算が現実のものとなる可能性も指摘する。しかし、日韓が米国を疎外するのではなく、米国と協定を結びたいと考えている今、三国間の協調的な対応は政治的・安全保障的リスクとなり、米政府に誤ったメッセージを送ることになるという。「韓国、中国、日本が力を合わせてアメリカに対抗するというメッセージを送れば、韓国だけでなく日本にとっても重荷になる。私たちはバランスを保つ必要がある。韓国にとって、一方に傾けば外交的、経済的リスクは甚大だ」と語った。日本の外務省は声明でこう述べた。「米国による関税措置に中国と共同で対処するつもりはない」。韓国の 韓悳洙(ハン・ドクス)大統領代行も今月、CNNの取材に対し、中国や日本と経済的に手を組むという考えを真っ向から否定した。「そのようなルートは取らない」。政府系機関である対外経済政策研究院の韓中貿易専門家、チェ・ウォンソク氏は「われわれはバランスを保つ必要がある。韓国にとって、一方に傾けば外交的、経済的リスクは甚大だ」と語る。日本の外務省は声明でこう述べた。「米国による関税措置に中国と共同で対処するつもりはない」。
なお4月9日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは、ドナルド・トランプ米大統領が4月8日、米政権が日本および韓国と関税を巡り「高度にテーラーメードされた協定」について交渉する方針だと述べたと報じる。記事によれば、同大統領は最近、鉄鋼業界幹部らと協議したことも明かにすると共に、ホワイトハウスのルーズベルトルームで行われた石炭採掘関連のイベントで、日本および韓国との協定について「既製のものではなく、テーラーメードの取引だ」と語ったという。米国側の日韓交渉に対する姿勢を示すニュースとして参考になろう。
こうした状況の中で第1回目の日米関税交渉が開かれるが、その結果について4月17日付フィナンシャル・タイムズは「Donald Trump weighs in on Japan trade talks but Tokyo team leaves without deal(ドナルド・トランプ氏、日本の通商協議に参加するも東京チームは合意なしに退席)」と題する記事で概略以下のように報じる。
日米協議は、世界貿易戦争をエスカレートさせるトランプ大統領の戦略を探る手がかりとして、世界中の政府によって注視されている。アメリカにとって最大の対外投資国であり、アジアで最も親密な同盟国である日本は、ワシントンとの関係が悪化すれば、経済面でも安全保障面でも大きなリスクを抱えることになる。アメリカはすでに日本の自動車、鉄鋼、アルミニウムに25%の関税を課し、日本政府による免除要求を相次いで拒否している。トランプ大統領の相互関税体制の下、24%の追加徴収が行われるとの見通しは日本企業を震撼させ、石破茂首相は「国難」を宣言するに至った。 財務省が木曜日に発表した3月期の日本の対米貿易黒字は630億ドルで、前年比1.3%減少した。またトランプ大統領は会談に先立ち、日本が米軍基地の財政負担を増やすべきかどうかという問題を提起することを示唆した。トランプ大統領は同盟国の安全保障条約を繰り返し「不公平」と表現している。因みに日本は米軍駐留経費として年間約14億ドルを支払っている。
日本の貿易交渉代表は、米国の厳しい関税撤廃交渉の一環としてトランプ大統領と会談したが、その後直ちに合意することなくワシントンを離れる予定だ。米大統領は水曜日に赤沢亮正氏と会談し、ソーシャルメディア上で「大きな進展があった!」と述べた。日本は、世界経済に混乱を引き起こしたトランプ大統領の関税からの猶予を確保する最初の主要経済国になろうとしていた。日本政府関係者は、トランプ大統領との予期していなかった個人的な会談は、中国が世界貿易への関与を深めようとしているなか、大統領が同盟国との貿易協定を打ち出そうとする意欲の表れである可能性があると述べた。赤沢代表は会談後、記者団に対し、双方は今月中に2回目の会談を開き、早期解決を目指すことで合意したと語った。同氏はトランプ関税について「極めて遺憾だ」と述べ、ホワイトハウスに対し、両国経済を強化するような合意を追求するよう求めた。また、スコット・ベッセント米財務長官、ジェイミーソン・グリア通商代表とも会談した。ベッセント長官は木曜日、Xに「貿易に関する話し合いは非常に満足のいく方向に進んでいる」と記し、「日本の友人たち」とのさらなる話し合いを楽しみにしていると述べた。
結び:以上のようなメデイアの論調を次の4つの観点から論評してみたい。第1は対米関税交渉に臨む日本の置かれた立場、第2は日本の対中関係における立ち位置、第3は日本に対する米国政府の対応、第4は日本として考えるべき戦略である。
第1は、米国との関税交渉に臨む日本の置かれた立場である。日本は基準関税の10%と相互関税24%、それに対米輸出品のトップにある自動車に25%の関税が課されている。メディアは、欧州連合(EU)、カナダ、中国など他の国々は、米国製品への課税で報復する意向であるが、日本政府関係者は同様の動きについて語ることを控えていると指摘し、それは日本経済の現状と対米貿易の重要性から報復措置が難しいからだ、との見方を紹介する。日本がアメリカから輸入しているのは、天然ガスや農産物など、ほとんどがコモディティである。対米輸入品への報復関税は自滅的であり、インフレに苦しむ日本にとって融和的な戦略をとる以外に選択肢はないと論じる。こうしたメディアの論調は、そもそも報復関税そのものが、米国のみならず自国や他国、そして世界経済にとって有害な結果をもたらすことを考えれば、日本固有の理由があるとしても、報復措置を控えるのが得策であるのは間違いない。
第2は、日本の中国との関係における立ち位置である。メディアは、日本は長い間、米中両方と深い経済的関係を維持してきたが、貿易戦争が激化するなか、このアプローチが覆されるかもしれないと警告する。日本は米国に大量の自動車を、中国にはコンピューター・チップとチップ製造装置を輸出し、過去20年間、米国と中国が交互に日本の輸出先の上位を占めてきた。トランプ大統領が米国の貿易相手国をして中国に対抗させようとする一方、中国がそうした呼びかけに応じる国々を脅すなかで、どちらの側にも背を向けることは、日本経済を深く動揺させる危険性があり、日本はジレンマに直面していると述べる。人口減少を背景に、日本企業は海外進出の必要性に迫られているが、そのため中国に代わる選択肢を見つけることが難しくなっている。一方、エコノミストたちは、米国が脅す24%の関税は、日本の経済成長と国内産業に壊滅的な結果をもたらすだろうと警告している。専門家たちは、日本を急速に追い込んだり、中国との経済的なつながりを強引に縮小させようとしたりすれば、大きな抵抗に直面するだろうと指摘する。
確かに日本は米中の間で地政学的な綱渡りをする不安定な状態に陥っている。1980年代におけるアメリカとの対立は貿易赤字が中心にあり、中国は埒外にあった。しかし今は、日中は経済で互いに深く結びついている一方で、中国が地域で存在感を増し、日中はぎくしゃくした関係となっている。米国と日本の関係はおおむね協調的であるとはいえ、米国政府は貿易面で日本に対し、先端チップ製造装置や関連部品を含む中国への技術輸出を制限するよう圧力をかけている。その中国は隣国である日本と韓国、そして安全保障上の同盟国である米国の間にくさびを打ち込むチャンスだと考えている。しかし日本と韓国は今のところ、統一戦線を張ろうとの中国政府の提案を拒絶していると報じられている。だが、日本は対米交渉に当たり対中関係にも配慮した難しい対応に迫られているのは間違いない。
第3は、対日交渉に臨む米国政府の方針である。トランプ大統領が日本および韓国とは「高度にテーラーメードされた協定」について交渉する方針だと述べたと報じられている。米国側が対日交渉を自国に有利なモデルに仕立て上げようと手ぐすね引いている様子が端的にみてとれる。現に、自ら会談に出席するという予想外の行動に出ると共に、自身のプラットフォームに、日本は、関税、軍事支援費用、そして 「公正な貿易 」について交渉するためにやってくる、と書き込み、議題の枠組みを自ら提示したのである。メディアは、こうした日本の立場を「モルモット」と表現するが、それが他国よりも有利になるかもしれないと述べると共に、状況が明らかになったときに最前線に立つことは大きな貢献になろうと評する。そうしたパオニア的役割を担うことになった日本だが、トランプ政権の意図や目標が不透明な中で具体的な交渉事項は、次のようなことが考えられよう。
日本からは、トランプ関税からの除外、とりわけ自動車関税の免除、米国からは、米国債市場の安定化への協力、対米投資増、液化天然ガスの輸入増大、コメや小麦のような米国産農産物の日本市場参入の促進、自動車安全基準の修正変更、造船に関する協力、アメリカからの武器購入増、米軍駐留経費負担増など。米国側の要求事項が多く、交渉は明らかに朝貢的要素が強い。米国は高関税という脅威を振りかざし、それを一旦先延ばしし、これを梃子にして交渉上の優越的立場を確保したといえよう。かつての北朝鮮が核の脅威を作り出して、その脅威を軽減することで代償を得た歴史を思い起こさせる。なお第1回の話し合いで、米代表のベッセント長官はXに「貿易に関する話し合いは非常に満足のいく方向に進んでいる」と記したと報じられているが、具体的な成果に言及はなかった。第2回交渉もすでに開催されたが、取引成立には至っていない。交渉は長引くとみられる。
最後に第4として、上記のような立場に置かれた日本は、いかなる戦略で対米交渉に臨むべきか。日本は融和的な戦略を基本としており、石破首相は2月の訪米時に対米投資を1兆ドルに引き上げ、対米輸入の増大などを強調、米政府に対しては、一連の関税措置の再考を強く求め、両国経済を強化するような合意を追求するよう促したとされる。コメのような農産物の輸入制限や自動車規格などの日本の非関税障壁については、日本のコメ輸入政策の背景や論理の詳細、日本の自動車認証基準は国連制定のものに基づいていることなどを説明して対応しようとしている。それで米国を納得させられるかは極めて疑問だが、双方にメリットがある結論を対話によって実現しようとする努力は欠かせないだろう。当然のことだが、不合理な譲歩は絶対に避けるべきだ。また日本としては中国との貿易への影響を極力避ける戦略となろう。
一つの鍵は、加藤財務相が米国の関税政策の影響について他の7カ国グループや他のアジア諸国と連絡をとりたいと述べていることや、米中貿易戦争が国内市場に与える影響を分析する必要がある、と語っていることにある。中国が毎年大量の製品を米国に輸出しているため、米国市場を失った安価な中国製品が押し寄せてくるという懸念がある。その一方で、専門家はトランプ大統領の関税措置が、グリーン・テクノロジーの共同研究や、先端技術への投資など、いくつかの分野で中国との緊密な協力につながる可能性も指摘している。ただし中国との協調は政治的・安全保障的リスクとなり、米政府に誤ったメッセージを送ることに注意すべきだろう。その意味で日本政府が「米国による関税措置に中国と共同で対処するつもりはない」と述べているのは当然だろう。
以上のような状況を考慮しつつ今後、日本の方針として大きく次のような3つの方向性が考えられると思われる。
第1は、米国が自由貿易の旗手としての地位を投げ捨てるなかで、日本がそうした役割を果たすべきではないか、ということである。事態を放置すれば、その役割は中国が独占することになりかねないのである。日本は、東南アジア諸国、インド、韓国、台湾、それに地理的には離れているとしても欧州連合などの自由諸国との連携を緊密にして、その先頭に立てる立場にある。第1次トランプ政権下で米国が環太平洋経済連携協定(TPP)から撤退した後、それを引き継いで包括的先進的TPPの成立に導いた安倍元首相の努力を思い起こすべきだろう。
第2に、その具体化策として、低関税連合の組成が考えられる。米国の高関税で苦しむ諸国、例えばインドなどのグローバルサウスと呼ばれる諸国を巻き込み、関税を相互に引き下げて米国外に一つの関税圏を組成するのである。すなわち、米国の関税を無視して米国を回避する道を探し、世界貿易システムの再構築に取り組むことである(注)
第3に米中の今後の動きに対する備えである。米中は目下、激しく対立し互いに100%以上の関税を課す貿易戦争の状態にあるが、これは持続不可能である。現にトランプ大統領は再三にわたって中国に対話を呼びかけている。中国は今のところ慎重姿勢を崩さないが、これは米国の関税作戦がいずれ自壊し、米国が譲歩に迫られると見越して最適の話し合いのイミングを探っているためと思われる。いずれにしても米中は対話を開始するだろう。そのときに二つの超大国が、それぞれの利益だけを考慮した主張を他国に押し付けてくるリスクがある。それに対抗する方策としても、第1、第2の施策が欠かせないであろう。
世界は10年毎に経済危機に見舞われてきた。すなわち1998年のアジア通貨危機、2008年の米国発世界的金融危機(いわゆるリーマンショック)や欧州のユーロ危機、そして2019年に発生した新型コロナウイルス感染症に端を発する経済危機である。今回のトランプ関税に起因する経済ショック、トランプ・ショックとも言うべき衝撃は今後数年のうちに、早ければ来年にも世界的大不況を引き起こすかもしれない。そうなると、10年毎の危機襲来の時期が早まることになる。それはリーマン・ショックに次ぐ、「トランプ・ショック」と呼ぶべき米国発のまぎれもない世界的経済危機の再来となろう。それを防止し、あるいは、それによるダメージを最小限に止めるためにも日本が自由貿易の旗印を高く掲げていくことが求められる。(2025年5月4日)
(注)この提言は、本年2月号の本シリーズ(「英文メディアで読む」第2次トランプ米国政権の発足)で、1月16日付ワシントン・ポストが「There’s another way to fight a trade war(貿易戦争に対抗するには別の方法がある)」と題する社説を参考にしている。同社説は、米関税の標的となっている国々は報復や譲歩に打って出るのではなく、アメリカ市場に代わる選択肢を見つけるべきだと次のように論じる。「自分で自分の足をすくうよりも、中国がトランプ大統領の第1次政権時代に関税を課された際に取った行動を真似たほうがよい。中国は他国からの輸入品に対する関税を引き下げたのだ。これによりアメリカの輸出企業は不利になり、中国経済は世界から安い輸入品を引き寄せて利益を得た。2018年以降、中国の対米輸出は激減しているが、輸出全体は持ちこたえている。その教訓は明確だ。米国が暴走するなら、他の国々は互いに緊密な貿易関係を築くのが賢明なのだ。このような戦略は、トランプ大統領が手を緩める可能性さえある。米国は大きな市場だが、世界の輸入の13%を占めるにすぎない。多くの国々は、米国へのアクセスを失っても、かなり簡単に埋め合わせできるだろう。そうすれば、トランプ大統領が始めようとウズウズしている貿易戦争の無意味で自滅的な性質を納得させられるかもしれない。」