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東アジア・ニュースレター

海外メディアからみた東アジアと日本

第171 回

前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教

 中国で全人代が開催され、指導部は引き続き5%の経済成長という目標を掲げた。消費刺激策や失業対策も打ち出したが詳細に欠けて実現性に疑問が提起されている。財源についても税収が減少傾向にあるなかで楽観的に見積もっていると批判されている。今後の政府対応が注目される。

 台湾は、昨年の対米貿易黒字が739億ドルに拡大し、米国が多額の貿易赤字を抱える国々に「相互関税」を課す計画を発表するなか対米調達と投資の促進を宣言した。対米貿易黒字の拡大は、米国における最先端人工知能チップの需要急増が背景にある。このため頼総統は、「グローバル半導体民主化サプライチェーン構想」を打ち出す。

 韓国の財閥グループが中国との競争激化やトランプ関税の脅威が迫るなか、リストラを強化している。リストラ旋風が吹き荒れるなか景気も落ち込んでいるが、財閥主導のM&A件数は増加しており、財閥企業による選択と集中の過程と捉える見方も提示されている。

 北朝鮮が西側観光客の受け入れを再開した。今のところロシア以外の旅行者には羅先しか開放しておらず、どこへ行くにも北朝鮮人ガイド付きで西側からの観光客も旅行好きやユーチューバーなどに限られている。ただしメディアは彼らの印象として、北朝鮮は快適だった、極めて安全で良かったなどの言葉を伝える。

 東南アジア関係では、フィリピン中央銀行が市場予想に反して政策金利の引き下げを見送った。トランプ米政権の発足にともなう世界的な不確実性の高まりのためとされる。引き下げていれば4回連続の利下げとなっていた。ただし、フィリピン経済は好調であり、中央銀行総裁は緩和サイクルは変わらないと断言している。

 インドのモディ政権が2026年以降に実施される国勢調査データを使って、長く凍結されてきた選挙区の区割りを変更しようとしている。区割りが復活すれば、与党の地盤である人口の多い北部が議席を増やし、経済的にダイナミックな南部の政治的影響力が弱まり、メディアは南北亀裂の拡大と連邦分裂の恐れがあると強く警告する。

主要紙社説・論説欄では、石破首相の訪米と日米関係の今後を展望した。石破首相はとりあえず手持ちカードによるディールで乗り切ったが、これからが正念場である。 

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 北東アジア 

中 国 

☆ 細部に欠ける楽観的経済計画

 3月5日、中国で全国人民代表大会(全人代)が開幕した。同日付ロイター通信は、政府は技術革新や工業生産よりも低迷する個人消費の喚起を重視する姿勢を示したと報じる。李強首相は恒例の政府活動報告で、今年の経済成長率目標を昨年と同じく5%前後に設定するとともに、内需刺激と消費拡大に向けた「特別行動計画」を約束したと述べる。これまで中国当局は、消費者の懐にカネを入れるような政策を取ることをためらってきたが米中貿易戦争再発の様相を呈する中、自国製品を海外ではなく国内で買ってもらうためにも、そうした政策の重要性は増すとみられていると伝える。昨年は、習近平国家主席が提唱した先進的な製造業や技術発展への投資を意味する「新たな質の生産力」の発展と産業システムの近代化が最優先課題だったが、今年の政府活動報告では「消費」が31回出てきて昨年の21回から増加したと述べる。

 こうした政府の経済計画について、3月5日付ニューヨーク・タイムズは、 貿易戦争が激化する中、中国の経済計画は細部に乏しいと次のように論じる。中国の首脳は楽観的な成長目標を掲げたが、輸出主導の戦略が中国製品に対する関税の上昇によって挑戦的なものとなっており、達成方法についてのヒントはほとんど示されなかった。この数ヶ月間、政府は経済好転のために国民がもっと消費できるようにすると約束してきたが具体策はほとんど実施しなかった。全人代で中国首脳は「精力的に」支出を増やすと約束したが裏付けとなる具体的内容はまたしても限られ、資金もほとんど用意されていない。全国人民代表大会で発表された政府の予算と年次業務報告は、5%成長という楽観的な目標を掲げたが今年も輸出が急増しない限り、経済がどのようにそこに到達するのかについてはほとんど示唆されなかった。米国をはじめとする多くの国々が対中関税を引き上げているため、貿易依存の中国の経済成長は新たな課題に直面している。成長への逆風は依然として非常に強い。不動産市場は安定しておらず、消費者信頼感も低いままだ」とUBSのチーフ・チャイナ・エコノミストのタオ・ワンは言う。「今、新たな関税の波が押し寄せている。政策が困難な力仕事をする必要がある。

 上記のように報じた記事は、全人代で発表された今年の予算について、予算から得られたいくつかの重要なポイントとそれが中国にとって何を意味するのかという観点からまとめて以下のように伝える。

 第1に、政府は消費者に対してお金を使って、使って、使ってと要請している。中国は世界で数少ないデフレの国のひとつである。高額の請求書に苦しんでいるアメリカ人にとっては魅力的に聞こえるかもしれないが、これは致命的な問題である。デフレはまた、債務の支払いコストを上昇させ、消費者が将来の物価下落を期待して買い物を先延ばしにすることを助長する。この問題への対応として水曜日、中国指導部は消費者インフレ率の目標を過去20年間で最低の2%に設定した。しかし目標を達成するには、家計に豊かさを感じてもらう必要がある。その方法のひとつが、国の社会的セーフティネットを拡大することであり、政府関係者は、老齢基礎年金の最低額を毎月一人当たり2.75ドル引き上げると述べた。また家計にとって大きな負担となる育児補助金や高齢者向けサービスの充実も約束されたが、詳細は明らかにされなかった。賃金改善についても言及があった。政府は、家電製品やスマートフォンなどの購入、映画や外食の誘致を望んでいる。上海のようにケータリングや観光、スポーツで30%もの割引が受けられるクーポン券を配布している都市もあるが、中国の指導者は全国的なクーポン券の配布を発表しなかった。その代わり、古い車や家電製品、炊飯器まで下取りに出す消費者への補助金増額に焦点が当てられた。

 第2に失業率を5.5%程度に抑えるため、1,200万人の都市部での雇用創出を目標とした。DeepSeekのような企業がもっと増えてほしい。国産の人工知能スタートアップ企業DeepSeekの目覚ましい成功は、国家に誇りをもたらし、政府を民間セクターの力に目覚めさせた。中国の最高指導者である習近平は先月、4年間も傍観していた中国で最も著名な起業家ジャック・マーと会談し、長年にわたるテックセクターへの取り締まりに一服の兆しを見せた。水曜日、政府は技術革新を優先すると述べた。この政策は、中国を技術的に自立させ、米国に匹敵する国にするという習近平氏の野望の一部である。中国のハイテク部門は政府が消費を強化し、雇用を創出する上で重要な要素であるというより広範な認識の一部でもある。習近平氏が馬英九氏や他の企業首脳と会談し、「共通の繁栄を促進する手助けをするように」と伝えた数日後、中国最大の雇用主であるデリバリー企業の美団(Meituan)と京東(JD.com)の2社は、多くのライダーに社会保険を提供すると発表した。

第3に中国政府にはあまりお金がない。過去40年間、国や地方政府は税収の増加の波に乗り続けてきたが、そんな時代は終わった。デフレは政府の財政基盤と大きなプロジェクトを実施する能力を蝕み始めている。財政部の予算には、昨年の税収が予想よりかなり少なかったことを示す一連の開示情報が含まれている。その結果、中国の財政赤字は拡大している。国家政府にとって最大の税収源は付加価値税である。付加価値税は一種の売上税であり、中国では実質的にすべての取引に対して徴収される。予算書によれば、付加価値税の税収は予想に反して昨年3.9%減となり、同省の計画を8%近く下回った。それでも同省は付加価値税からの収入は今年回復し、3.8%伸びると予測している。

 以上のように、中国で全人代が開催され、指導部は「精力的に」支出を増やすと約束したが裏付けとなる具体的内容は限られており、また5%の経済成長という楽観的な目標を掲げたが輸出が急増しない限り、経済がどのようにそこに到達するのかについてはほとんど示めされなかったとメディアは酷評する。政府は消費刺激策や失業対策を打ち出しているが詳細に欠けて実現性に疑問が提起されている。また財源についても税収が減少傾向にあるなかで、政府は楽観的に見積もっていると批判する。いずれも中国経済の現状を示す苦渋の計画の結果と考えられ、今後の政府対応を注視したい。 

台 湾 

☆ 対米投資と対米調達を急ぐ政府

 頼清徳総統は、ドナルド・トランプ米大統領の世界的な関税の脅威と台湾半導体産業への圧力への対応を急ぐなかで、対米調達と投資の促進を宣言したと、2月14日付フィナンシャル・タイムズが報じる。

 記事によれば、頼総統は金曜日に記者団に対し、「二国間貿易のバランスを取るため、米国への投資と米国からの購入を増やす」と語った。この発言があったのは、トランプ大統領が、米国が多額の貿易赤字を抱える国々に「相互関税」を課す計画を発表したわずか数時間後のことである。第7位の貿易相手国である台湾との貿易赤字は、昨年261億ドル拡大し739億ドルとなった。これは最先端の人工知能チップの需要が急増しているためで、輸入品のほとんどは世界最大のチップメーカーである台湾積体電路製造(TSMC)が製造している。しかし頼総統は、台湾が世界のチップ製造において主導的な役割を担っていることを指摘し、台湾が「盗んだ」とアメリカ大統領が非難している半導体事業をアメリカに返還するよう求めるトランプ氏の要求に反発した。「世界で最も強力な半導体(製造)大国として、台湾は新しい状況に対応する能力があり、意欲的であることを強調したい」と述べた。

 頼氏は「グローバル・サプライチェーンにおける台湾の不可欠性を確保する」ことを誓い、米国が強靭なサプライチェーンを構築するのを支援するために「グローバル半導体民主化サプライチェーン構想」を提案した。第一次トランプ政権とバイデン政権、そして米国の顧客からの圧力を受け、TSMCはアリゾナ州にある3つの製造工場に650億ドルを投資することを約束した。工場が完成してもTSMCの総生産能力の5分の1にも満たないが、同社にとって最大の海外投資となる。しかしトランプ大統領は、前任者の下で認められた米政府の補助金を覆すと脅しており、この動きによってTSMCへの60億ドル以上の資金援助が危険にさらされる可能性がある。トランプ大統領はまた、米国でのチップ製造をより大規模に再構築したいと考えている。木曜日に最新の関税計画を発表した際、トランプ大統領は台湾が「我々のチップ・ビジネスを奪った」という非難を繰り返した。「我々はそのビジネスを米国に取り戻したいと思っている」。

 台湾の国家安全保障担当の高官は、台湾政府はTSMCによる米国へのさらなる投資を支持すると述べた。「評価の結果、TSMCのグローバル化に役立つと判断すれば、もちろん米国側との話し合いを支援し、可能な限り最良の結果を得られるよう交渉する」と同氏は述べた。しかし、米国との話し合いは、共通の土台を見つける必要があると同高官は付け加える。「わが国のハイテク産業、特にTSMCは、わが国の国家安全保障にとって非常に重要である。TSMCの株式6.4%を保有し、取締役会にも議席を持つ台湾政府としては、TSMCが最先端の半導体サプライヤーとして準独占状態にあることが、中国の侵略に反対する民主主義諸国の支援を確実なものにしていると考えている。」

 しかし、トランプ政権の当局者は、このTSMCへの依存度は高すぎると述べる。これに対して頼総統は、台湾の国防費をGDPの2.5%から3%以上に引き上げることを約束し、米政府の好感度を高めようとしている。また台湾はアメリカにとって「最も信頼できる貿易パートナー」であると指摘する。だがその一方で、トランプ政権は「過去とは全く異なる戦略と政策」を追求しており、台湾を含む他のすべての国に課題を突きつけていると付け加えた。

 以上のように、対米貿易黒字が昨年739億ドルに拡大した台湾は、米国が多額の貿易赤字を抱える国々に「相互関税」を課す計画を発表するなか、対米調達と投資の促進を宣言した。対米貿易黒字の拡大は、米国における最先端人工知能チップの需要急増が背景にある。このため頼総統は、「グローバル半導体民主化サプライチェーン構想」を提案し、世界最大のチップメーカーTSMCも650億ドルの対米投資計画を打ち出した。だが、トランプ大統領は台湾がチップ・ビジネスを奪ったと非難し、そのビジネスを米国に取り戻したいと主張している。トランプ政権は中国の直接的脅威にさらされている台湾にも容赦ない課題を突き付けている。 

韓 国 

 競争激化と貿易戦争懸念でスリム化を図る財閥

 韓国の有力財閥SKグループ、ポスコ、ロッテなどが事業の合理化と資金調達のため、事業部門の合併や売却を進めていると、3月4日付フィナンシャル・タイムズが伝える。記事によれば、中国との競争が激化し、米国の関税の脅威が迫るなか、韓国最大のコングロマリットがリストラを強化している。鉄鋼、石油化学、小売、半導体、電気自動車用バッテリーなどを手掛ける産業グループは、事業の合理化と資金調達のため、事業部門の合併や売却を行っている。コンテンツ、分析、テクノロジーを金融企業に提供するグローバルプロバイダーであるディールロジックによると、韓国におけるM&Aの件数は2023年の817件から昨年は930件へ、金額では508億ドルから683億ドルへと増加した。

 金融業者やアナリストは、トランプ米大統領の保護主義的な貿易政策に企業が対応し、韓国の経済状況が悪化するなか、今年加速するとみられるリストラクチャリングがM&A取引の多くを牽引したと述べる。「韓国で行われているリストラとM&Aは、韓国経済が大きな困難と逆風に直面している結果、主に防衛的な考え方によって推進されている」と、米国の企業法律事務所Ropes & Grayのソウルオフィスは述べる。「このような経済的逆風が韓国企業の弱気な見通しにつながっており、多くの企業が難局に備えるという状態に陥っている」と語る。

 韓国第2位の資産規模を誇るコングロマリットのSKグループは、2024年1〜9月期に事業部門の数を716から660に減らし、レンタカー、特殊ガス、ポリウレタンの子会社をプライベート・エクイティの買い手に売却した。「世界の地政学的環境が急速に変化するなか、人工知能を含む将来の成長分野への投資を拡大するため、適切な事業を選択し、集中しようとしている」と同グループは述べ、リストラが収益性の改善に役立ったと付け加えた。鉄鋼大手のポスコは昨年、「成長分野に投資するため」に不採算事業や非中核事業の45件を売却した。化学品製造と小売グループのロッテは、「国内消費が低迷し人口が減少するなか、財務状況を改善するため」に、海外の化学品部門や現金自動預け払い機事業などの非中核資産を売却する予定だと述べた。

 公式データと韓国産業技術振興協会の調査によると、製造業の雇用と研究開発投資マインドは12年ぶりの低水準にあり、2025年1~2月の輸出は前年同期比で4.7%減少した。アナリストによるとEV、石油化学、建設セクターは低迷しており、企業は社債販売で投資家を引き付けるのに苦労しているという。韓国銀行は先週、2025年のGDP成長率見通しを1.5%に引き下げ、1年前の2.3%から下方修正した。李昌永総裁は、トランプ大統領の関税脅威を引き合いに出しながら、基準金利を4分の1ポイント引き下げると発表した。米大統領は鉄鋼とアルミニウムの輸入品に25%の関税を課すと公言し、韓国の輸出品である自動車とチップへの関税も示唆した。EV購入補助金の廃止や自動車排ガス規制の撤廃も要求している。

 ソウルにある企業調査会社リーダーズ・インデックスのパク・ジュグン代表は、特にSKグループは欧州と米国でのEV販売不振の影響を受けていると語る。SKグループのポートフォリオには、EV用バッテリーメーカーのSKオンや、NvidiaのAIチップに使用されている広帯域メモリ製品を製造するチップメーカーのSKハイニックスが含まれる。「SKのリストラは、AIからのチャンスに集中する一方で、SKオンを救済するために他の部門から資金を動員するという、主にビジネス上の合理性によって推進されている」とパク氏は語る。米国の関税は、中国の輸出急増による問題をさらに深刻化させ、韓国の鉄鋼、石油化学、eコマース部門を直撃していると付け加えた。

 メモリーチップ企業のCXMTやAIの新興企業DeepSeekの台頭に脅かされ、韓国のビジネスリーダーたちは、韓国の主要輸出品である半導体などの重要技術における中国に対する競争力の低下にも頭を悩ませている。全国経済人連合会によると、韓国のテク・グループは2023年の研究開発費で中国に1,500億ドル以上の遅れをとっており、10年前の90億ドルの差から拡大している。先週、全国経済人連合会の柳津(ユ・ジン)会長は、「成長エンジンを復活させる絶好のチャンスは尽きつつある」と警告し、国内のチップ産業への支援強化を議員に呼びかけた。ソウルにある中央大学のウィ・ジョンヒョン教授は、国内最大の企業グループであるサムスンがリストラに取り組んでいる財閥の中に入っていないのは「憂慮すべきこと」だと述べた。サムスンの22の関連会社は昨年、合計で時価総額が23%減少している。

 しかし、SKグループのような高度に多角化されたコングロマリットとは異なり、サムスンの運命は、2,660億ドル規模のチップとスマートフォン事業を展開するサムスン電子という一企業の業績に大きく左右されるため、より広範なグループ再編のケースはそれほど切迫したものではないと指摘する者もいる。サムスン電子は、ロボット、AI、バイオテクノロジーなどの成長分野への投資を拡大しており、「長期的な視野に立ち、基本的な事業競争力の強化に注力している」と同社は声明で述べる。ロープス・アンド・グレイのリー氏は、今回のリストラの波を「ある種のファイヤーセールだと決めつけるのは間違っている」と強調した。「プライベート・エクイティの買い手には潤沢な資金があり、市場に出てくる魅力的な企業の数はまだ比較的限られている。企業は、市場に出している資産に対して良い評価額を得ており、その価格に満足できない場合は、取引を引き揚げている。不安はあるが、絶望はしていない。」

 以上のように、韓国の財閥グループが中国との競争激化やトランプ関税の脅威が迫るなかリストラを強化している。そうしたなか、製造業の雇用と研究開発投資マインドは12年ぶりの低水準に落ち込み、輸出も2025年1~2月に前年同期比で4.7%減少した。経済成長率についても、韓国銀行は先週、2025年のGDP成長率見通しを1.5%に引き下げ、1年前の2.3%から下方修正した。リストラ旋風が吹き荒れるなかで財閥主導のM&A件数は2023年の817件から昨年は930件へと増加し、そうしたリストラとM&Aは、韓国経済が大きな困難と逆風に直面している結果、主に防衛的な考え方によって推進されていると記事は伝える。ただし、今回のリストラの波をある種のファイヤーセールだと決めつけるのは間違っているといった指摘もあり、財閥企業による選択と集中の過程と捉える見方も提示されており、こうした動きに注目する必要もありそうだ。 

 

北 朝 鮮 

☆ 西側諸国の観光客受け入れを再開

 3月7日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルによれば、北朝鮮が西側諸国からの観光客受け入れを再開し、世界各国を訪れたい旅行好きやユーチューバーが北朝鮮に向かっているという。「北朝鮮の観光再開、誰が行く?」と題する記事は概略次のように伝える。

 コロナ流行前の2019年に北朝鮮が受け入れた外国人旅行者は約35万人で、その約9割は中国人だったことが一部の独立した推計で示されている。北朝鮮は1年前にロシアの団体旅行客の受け入れを開始した。受け入れが拡大したのは今年2月になってからだ。米国務省は2017年以来、米国市民の北朝鮮入国を禁止している。ただ、二重国籍保持者は北朝鮮への渡航は禁じられていない。イタリアとアルゼンチンのパスポートを持つニコラス・パスクアリさん(32)は、全ての国を訪問するという目標を達成するには北朝鮮に行く必要があった。パスクアリさんは戦争中の国を少なくとも20カ国訪問し、モーリタニアではテロリストグループに誘拐され、イラクではスパイ容疑をかけられたという。そうした経験と比較すると、北朝鮮は快適だったという。「極めて安全で、とても良かった」

 金正恩総書記の独裁体制下の北朝鮮に西側の観光客が少しずつ戻ってきている。彼らは目標達成に情熱を燃やす旅行好きであったり、北朝鮮マニアであったり、世界でも特に閉鎖的で――そして危険もひそむ――秘境を何が何でも訪れようとするユーチューバーであったりする。観光客らが目にしたのは、例えば、空からミサイルが降ってくるアニメーションが映し出された大型スクリーンの前で北朝鮮の生徒が歌ったり、金正恩氏を「世界最高」と称賛したりする様子だった。ツアーには伝統的な豆餅作りの実演やビール醸造所の見学のほか、冷麺やキムチ、さらには火であぶったカタツムリを味わうことなども含まれた。

 北朝鮮は今のところ、ロシア以外の旅行者には羅先しか開放していない。国内の観光地として最も人気の高い首都の平壌は対象外だ。最近の西側旅行者による北朝鮮観光を手がけたツアーオペレーターの高麗ツアーズとヤングパイオニアツアーズは、需要は堅調だとしている。ヤングパイオニアツアーズの共同創設者ローワン・ビアード氏は「こちらから電話をかけることはない。向こうから連絡してくる」と話した。西側の旅行者は、ツアーに約725ドル(約11万円)を支払った。これには宿泊費と食事代が含まれるが、経由地の中国に行く旅費は含まれなかった。どこに行くにも、北朝鮮人ガイドがついてきた。旅行者は中国元を使うように言われた。彼らが購入したのは、プロパガンダアートや、「7.27」というたばこなどだ。このたばこは金正恩氏のお気に入りのブランドとされ、朝鮮戦争の休戦協定が調印された1953年7月27日にちなんで名付けられた。

 上記のように報じた記事は、さらに個別の事例を次のように幾つか伝える。英国のパスポートを持つユーチューバーのマイク・オケネディさん(28)は、旅行中ずっと興奮と緊張が入り交じった気持ちだったと話す。彼の不安は北朝鮮とロシアの関係を祝う「友好の家」でピークに達した。現地ツアーガイドはオケネディさんに対し、ゲストブックにサインをするかどうかを尋ねた。ペンを手に取り、頭が真っ白になったとオケネディさんは振り返る。子どもがホリデーカードに書きそうなメッセージにしようと思い、「世界に平和を」と書いた。北朝鮮側の人々は凍りつき、1人は「このようなことを書くのは適切だと思いますか」と尋ねた。オケネディさんは謝罪の言葉を述べた。数秒の沈黙が流れた。やがて彼は友好の家をそそくさと出て、タバコに手を伸ばした。厳重注意はなかった。オケネディさんは「今思えば、ばかなことを書いたと思う」と話した。

 フランス人のピエール・ビオさん(30)は、ホテル滞在中に金正恩氏の公式発言を集めた「名言集」の珍しい英語版とフランス語版や、正恩氏の祖父の故金日成主席に関する「偉人」と題された赤い本が売られているのを見つけた。ビオさんは「買いあさった」という。元サーカスのパフォーマーであるルカ・プフェルドメンゲスさん(23)は、旅行ブロガーとして「TikTok」で300万人のフォロワーを持つ。彼は、訪れた国ではいつも自身がジャグリング(ボール、クラブ、リングなど複数のアイテムを同時に扱い、連続的な投げ返しを行う技)をする様子を撮影してきたが北朝鮮では問題に突き当たった。羅先でジャグリングの動画を撮影することを現地ツアーガイドは当初は許可せず、旅の間はずっとガイドの信頼を得ようと努力したという。旅行最終日になってようやくガイドは折れた。「ツアー中はばかなまねは一切しなかった」とプフェルドメンゲスさんは話す。「ガイドと争うのは得策ではない」

 羅先で高麗ツアーズのツアーグループを先導したベンジャミン・ウェストンさんは、英国とニュージーランドの二重国籍者で朝鮮語を話す。北朝鮮のバーでカラオケ機のマイクを握ったが洋楽を選ぶことはできなかった。そうした曲はなかったためだ。そこでウェストンさんは、感傷的なバラード「明けるな、平壌の夜よ」を選んだ。歌の途中でウェストンさんは北朝鮮の地元の人々がスマートフォンで彼を録画し始めたことに気づいた。「ちょっと緊張した」という。コンピューターサイエンスを学ぶ大学生のケイル・グラウさん(21)は、彼に対して北朝鮮人ツアーガイドの1人が英語を学習した方法を実演してくれたと言う。そのガイドはスマートフォンでディズニー映画の場面を探し出し、映画「アナと雪の女王」の「Let It Go」の歌詞を歌った。グラウさんと他の旅行者は中学校を訪れ、北朝鮮の生徒たちと英語で話をした。1人がグラウさんの出身地を尋ね、彼はオーストラリアだと答えた。「オーストラリアに行ってみたい」と女生徒の1人は返事をした。「でも、行けないのですごく悲しい」

 以上のように、北朝鮮が今年2月に西側観光客の受け入れを再開した。ただし今のところロシア以外の旅行者には羅先しか開放していない。人気の高い首都の平壌は対象外である。西側からの観光客も今のところ旅行好きやユーチューバーなど限られている。彼らの印象として記事は、北朝鮮は快適だった、極めて安全で良かったなどの言葉を伝えているが、同時にツアーでは金正恩氏を「世界最高」と称賛したり、豆餅作りの実演を見せられたりとプロパガンダ的、かつ伝統的な見世物が中心となっているようである。また、どこに行くにも北朝鮮人ガイド付きで、中国元の使用やプロパガンダアート、「7.27」という金正恩総書記お気に入りのたばこなどの購入を求められたり、「世界に平和を」と書いただけでガイドから注意を受けたりしている。ただ、ガイドがスマートフォンでディズニー映画「アナと雪の女王」を呼び出して「Let It Go」の歌詞を歌ってみせた、旅行者たちが中学校を訪れて北朝鮮の生徒らと英語で話をした、など意外な側面も報じられていて興味深い。とはいえ記事が「北朝鮮の観光再開、誰が行く?」と疑問を提起しているように、当面、西側からの旅行者は限られ、中国やロシアからの観光客が主体となると思われる。 

 

東南アジアほか 

フィリピン 

☆ フィリピン中銀、市場予想に反して政策金利を据え置き

 フィリピン中央銀行は、特に貿易政策をめぐる世界的な不確実性の著しい高まりを理由に緩和サイクルを一時停止し、政策金利を据え置いて市場を驚かせたと2月13日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルが報じる。

 記事によれば、フィリピン中央銀行は木曜日、指標となる翌日物リバースレポレートを5.75%に据え置くと発表し、基準貸出金利も6.25%に据え置いた。イーライ・レモロナ中央銀行総裁は、リスクと先行き不透明感から金利の据え置きは正当だと述べた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙が世論調査を行ったエコノミストたちは、この決定は予想していなかった。東南アジア経済は昨年低調な成長を遂げ、インフレ率も管理可能で目標に達している。レモロナ総裁は、「通常であれば、さらに減額するところだが、何かが変わった。その変化とは不確実性だ。」

 同中央銀行の懸念は他の中央銀行も同じで、ボラティリティの高まりの中で政策を決定することの難しさを強調している。トランプ米政権による関税措置の発表は変遷が激しく、予期せぬことも多いため、エコノミストにとって次に何が起こるのか、それが貿易や成長にどのような影響を及ぼすのかを予測するのは難しい。フィリピンやインドのような内需主導型の国々は、中国のような外需依存型の国々に比べれば関税ショックに対する脆弱性は低いが無縁ではないとINGのディーパリ・バーガヴァはメモの中で述べている。フィリピンの対米輸出は、他の国々と比べて洗練された商品の輸出は少ないが、サービス輸出の割合が大きいため、トランプ大統領の関税がサービス貿易をターゲットにした場合、フィリピンはリスクにさらされるとレモロナ総裁は言う。

 同氏は記者ブリーフィングで、貿易政策の不確実性は少なくとも1960年代以降で最も高いと語った。「不確実性そのものが影響を及ぼしており、それを分析するのは非常に難しい。新しい現象なので判断が難しい。他の中央銀行の友人たちと話し合っているところだ」。しかし中央銀行は、さらなる利下げはまだ可能だと強調し、フィリピン中央銀行としてはより制限の少ない金融政策設定への慎重な移行を続けると述べた。

 木曜日の一時停止に先立ち、BSPは昨年8月から着実に利下げを続けてきた。米連邦準備制度理事会(FRB)による緩和の鈍化と縮小が予想される中、フィリピン・ペソに下落圧力が加わるリスクを見越してのことだった。パウエルFRB議長は今週、米中央銀行は利下げを急ぐ必要はないと述べていた。キャピタル・エコノミクスのガレス・レザー氏はメモの中で、米国の通商政策がまだしばらく不透明であることから、フィリピン中銀が対応策を決定するまでに時間が必要であることは明らかだと述べた。同氏は、フィリピンは10%の共通関税によって打撃を受けるが、その影響は比較的小さいと予想している。「インフレが抑制されたままであれば、今後数ヶ月の間にさらなる引き下げが行われる可能性がある」と同エコノミストは述べた。

 レモロナ総裁は、フィリピン中央銀行は物価の安定を確保するためにデータに依存し続けると強調し、中央銀行はまだ緩和サイクルにあり、利上げについては考えていないと述べた。中央銀行は引き続きフィリピン経済の堅調な成長見通しを示しており、今年の成長率は6%に達する可能性がある。インフレ見通しはほぼ横ばいで2025年のリスク調整後インフレ見通しは3.5%に引き上げられ、2026年の予測は3.7%に据え置かれた。「生産高を減らすことなくインフレ率を下げたい。それはバランスをとることであり、今回はいつもより難しい」とレモロナ総裁は語る。

 以上のように、フィリピン中央銀行は大方の予想に反して政策金利の引き下げを今回見送った。理由は一言でいえば、トランプ米政権の発足にともなう世界的な不確実性の高まりのためである。引き下げていれば4回連続の利下げとなっていた。これはFRBの動きとほぼ歩調を合わせていると思われるが、中央銀行総裁は緩和サイクルは変わらないと断言している。インフレも収まり、好調を維持しているフィリピン経済を考えれば妥当な方針と言えよう。

 

インド 

☆ 選挙地図を塗り替えるモディ首相

 ヒンドゥー・ナショナリストのモディ首相が政治的に有利な北方へと権力をシフトさせ、政治的緊張をエスカレートさせるリスクが高まっていると、3月9日付英ガーディアン社説が警鐘を鳴らしている。社説は、昨年のインド選挙でナレンドラ・モディ政権の与党連合が僅差で過半数を獲得したが、このことは10年間政権を担ってきたモディ首相の人気が衰えつつあることを示したと述べ、次の2029年の選挙での勝利があり得ない可能性が出てきたなかで、モディ政権は2026年以降の国勢調査データを使って選挙区の区割りの変更を試みようとしていると、以下のように報じる。

 区割りと呼ばれるこのプロセスは、民主主義の公平性の原則に則って各議員が等しい数の有権者を代表することを保証しようとするものである。しかし1976年以降、人口増加を抑制したインド各州へのペナルティを避けるため、区割りは凍結されている。区割りが進めば、モディ氏の人口が多い北部の拠点が議席を増やし、経済的にダイナミックで文化的に異なるインドの南部地域の政治的影響力が弱まることになる。南部5州は異なる政党によって統治されているが、決定的に重要なのは、モディ氏率いる与党でヒンドゥー教ナショナリストのインド人民党(BJP)に属する州はないということだ。南部の州は、連邦政府の資金援助やプロジェクト承認に偏りがあるとして、モディ政権を長い間非難してきた。先週、南部の政治指導者たちがデリーに集まり、モディ氏の動きに抗議したことは、反発のリスクを浮き彫りにしている。

 インドの北部と南部はまるで別世界である。北部の6大州は南部の2倍にあたる6億人の人口を抱えているが、大きく遅れをとっている。タミル・ナードゥ州は産業、教育、社会的流動性で栄え、貧困率はわずか6%であるのに対し、ビハール州は23%である。ケーララ州の子どもはアメリカよりも生存確率が高いが、BJPが運営するウッタル・プラデーシュ州(UP州)ではアフガニスタンよりも低い。貧困を緩和するために資源を再配分するのは理にかなっている。しかし、ウッタル・プラデーシュ州(UP州)だけで、南部の5州すべてを合わせたよりも連邦税収が多い。たとえ南インドより早く成長したとしても、一人当たりの所得で追いつくには数十年かかるだろう。南部インドにとって、境界画定は経済的・政治的疎外を意味する。つまり課税が増え、代表者が減り、国の政策決定から見放されるのだ。

 パリのシンクタンク、モンテーニュ研究所の最近の論文は、経済的、人口統計的、政治的格差によってインドの南北格差がいかに深まっているかに焦点を当て、南部の不快感をあおっている。この状況をEUのギリシャ債務危機と比較し、裕福な北部諸国が貧しい南部諸国への補助金に憤慨しているという。報告書は、モディ氏の出身地であるグジャラート州(裕福だが不平等が激しく、人口増加が緩やかな西部地域)について考察しているが、ヒンディー語を話す北部は人口が多く、社会経済的進歩がないため、緊張が深まり、国の足を引っ張るだろうと警告している。

 インドの経済学者ジャン・ドレーズ氏は、与党のBJPは2024年に北部で議席を減らしたが、南部では議席を増やしたと指摘する。州ごとの政党占有率を維持したまま人口で議席を再配分した場合、モディ連立政権は543議席中294議席ではなく309議席を獲得することになり、拮抗した選挙戦の中で優位に立つことができたと主張する。ドレーズ教授は、モディ氏は、不満の高まりが政権維持を脅かしかねない2029年にリードを固めるために区割りを推し進める可能性があると指摘する。

 南部の懸念は、北部が追いつけるようにする議席割り当てを数十年間凍結することで対処できるだろう。しかしモディ氏は、どの州も代表権を失わないように議会を拡大する一方で、南部の影響力を縮小することを望んでいるようだ。インドの国勢調査のタイミングに多くのことがかかっている。国勢調査はエビデンスに基づく政策立案の重要な手段なのだ。すでに2021年の新型コロナ感染症のために延期されているが、これ以上の延期を正当化することはますます難しくなっている。福祉の分配を妨げ、女性の議会代表権を向上させる努力を停滞させ、政治的な動機があるように見えるからだ。2029年以前に区割りが進めば、インドの政治情勢はBJPにとって有利なものに変わるかもしれないが、その代償として南北の亀裂が拡大し、インド連邦が分裂する恐れがある。

 南部の懸念は、数十年間議席割り当てを凍結して北部が追いつけるようにすることで対処できるだろう。しかしモディ氏は、どの州も代表権を失わないように議会を拡大する一方で、南部の影響力を縮小することを望んでいるようだ。多くのことが、証拠に基づく政策立案の重要な手段であるインドの国勢調査の時期にかかっている。すでに2021年のコロナ感染症の流行のために延期されているが、これ以上の延期を正当化することはますます難しくなっている。福祉の分配を妨げ、女性の議会代表権を向上させる努力を停滞させ、政治的な動機があるように見えるからだ。2029年以前に区割りが進めば、インドの政治情勢はBJPにとって有利なものに変わるかもしれないが、その代償として南北の亀裂が拡大し、インド連邦が分裂する恐れがある。

 以上、モディ政権は2026年以降に実施されると予想される国勢調査データを使って、長く凍結されてきた選挙区の区割りを変更しようとしている。仮に区割りが復活すれば、モディ氏が拠点とする人口の多い北部が議席を増やし、経済的にダイナミックな南部地域の政治的影響力が弱まる。州ごとの政党占有率を維持したまま人口で議席を再配分した場合、モディ連立政権は543議席中294議席ではなく309議席を獲得すると試算されている。インド北部と南部はまるで別世界で、南部は連邦政府の資金援助やプロジェクト承認に偏りがあるとして、モディ政権を長い間非難してきたという背景もあり、モディ首相は、不満の高まりで政権維持が脅かされている次回2029年の総選挙でのリードを固めるために区割りを推し進める可能性があると専門家は予測する。記事は、その場合、南北の亀裂が拡大し、インド連邦が分裂する恐れがあると強く警告する。ただし区割り実行までには、いくつかの障壁がある。まず国勢調査が予定どおり実施されるかという問題がある。力をつけてきている南部諸州や最大野党の国民会議派などの野党勢力の動きからも目が離せない。区割り問題はインド政局の不安定要因として注視していく必要がある。 

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主要紙の社説・論説から 

石破首相の訪米と日米関係の今後-とりあえず手持ちカードでディールした石破首相 

 石破茂首相は2月6日から2月8日にかけて米国を訪問し、ワシントンにおいてトランプ大統領と初めて会談した。以下は、その関連報道と論調を幾つか取りまとめたものである。 

 2月6日付エコノミスト誌は「Donald Trump and Japan’s Ishiba Shigeru make for an odd couple (ドナルド・トランプと石破茂は奇妙なカップル)」と題する記事で、利害を共有する日米はいすれにしても距離を縮められると以下のように論じる。

 2月7日にホワイトハウスで初対面を果たすアメリカの気まぐれなドナルド・トランプ大統領との関係構築では、ショートゲームが得意であることが武器になるだろう。前任者の一人である安倍晋三氏はトランプ氏の1期目の任期中にゴルフでトランプ氏を魅了した。石破氏とトランプ氏の間の力関係でも異なるだろう。トランプ氏が就任した当初、国際舞台では「安倍首相はベテランで、トランプ氏は新参者だった」と日本の与党自民党の議員は言う。「今は逆だ。安倍首相は国内でも権力を掌握しており、それがトランプ氏の尊敬を集めるのに役立った。石破氏は不安定な少数派政権を率いて、この夏を越えられるかどうかはわからない。

 潜在的な相性について尋ねられると、日本の政府関係者は当惑して口を閉ざし、同僚たちは石破氏を控えめで尊敬に値する、内気な人物だと評する。しかし、アメリカ人にはオタクに見えるかもしれない。あるアメリカ人元政府高官は「風変わりな人物」と言う。「不器用で奇妙な人だ」とも言う。鉄道模型、アニメ、「キャンディーズ」と呼ばれる1970年代のガールズ・ポップ・バンドなどに対する首相の永遠の情熱は、トランプ氏や側近たちには絶望的にかっこ悪いと映るかもしれない。安倍首相が魅力的な人物だったのに対し、石破氏は「どちらかといえば思想家、哲学者」だとある日本政府関係者は言う。

 石破氏は、アメリカからLNGをさらに購入する計画など、政策的な贈り物を持っていくだろう。2027年までに国防費をGDPの2%に引き上げるなど、日本の防衛力強化のための努力を思い出させるだろう。日本は最大の対米直接投資国で、日本企業が約100万人のアメリカ人の雇用に直接関わっていることに触れる。米国の貿易赤字に占める日本の割合は90年代初頭のピーク時の65%から10%未満に減少していることをトランプ氏に思い起こさせるだろう。アメリカは現在、中国、メキシコ、ドイツ、さらにはベトナムに対して大きな貿易赤字を出していることを指摘するかもしれない。

 緊迫した話題も多くなろう。トランプ関税はまだ日本に向けられてはいないが、カナダとメキシコに大きな生産拠点を持つ日本の自動車メーカーの株価は、ここ数日で下落している。石破氏は、新日鉄のUSスチール買収を阻止したジョー・バイデン氏を批判しているが、バイデン氏の決定をトランプ氏も支持すると公約している。トランプ氏は日本の防衛費公約が不十分だと感じ、GDPの3%を要求するかもしれない。日本が最近、中国との対話再開に開放的なことは、トランプ氏周辺のタカ派を怒らせるかもしれない。アメリカがウクライナを見捨てれば、日本は落胆するだろう。

 上記のように論じた記事は、それでも日本の政府関係者は、トランプ第2期政権の下での日米関係について比較的楽観的だと述べ次のように結ぶ。利害を共有することで、たとえ指導者がそうでなくても両国は緊密な関係を保つことができる。中国と対立するアメリカにとって日本は最も重要な同盟国である。「今日の環境では、アメリカと日本は友人である必要がある」と別の日本政府関係者は言う。「トランプでさえそれを理解している」。 

 石破首相は2月7日、予定どおりトランプ大統領とワシントンで会談した。会談結果にていて2月9日付ロイターは、「Japan PM Ishiba, after meeting Trump, voices optimism over averting tariffs (石破首相、トランプ大統領との会談後、関税回避について楽観的な見方を表明)」と題する記事で次のように伝える。

 石破茂首相は9日、ドナルド・トランプ大統領が日本の対米巨額投資とそれによって生み出されるアメリカの雇用を「認識している」と述べ、日本としてアメリカの関税引き上げを回避できることに楽観的な見方を示した。石破氏は、トランプ大統領の相互関税を日本が受けるかどうかは分からないとしながらも、両首脳は特に自動車関税について話し合わなかったと語った。

 トランプ大統領がホワイトハウスに復帰して以来、貿易摩擦が激化しており、世界経済が崩壊する恐れがある。石破氏は、トランプ氏が「日本が5年連続で世界最大の対米投資国であり、それゆえ他の国とは異なるという事実を認識した」との見方を示した。「日本は多くの米国の雇用を生み出している。米国政府は高関税という考えをすぐには実行しないと信じている」と語った。石破氏は、日米が関税戦争の応酬を避けられると楽観的な見方を示し、関税は「双方に利益をもたらす」形で導入されるべきだと強調した。「相手を利用したり、排除したりするような行動は長続きしない。問題は、より高い関税を課すに値するような問題が日米間にあるかどうかだ」と付け加えた。米商務省の最新データによると、2023年の対米直接投資額は日本が7,833億ドルで最も多く、カナダとドイツがこれに続いた。

 トランプ大統領は石破氏に、日本の対米年間貿易黒字685億ドルの解消を迫ったが、石破氏は日本の対米投資を1兆ドルにすると約束し、黒字はすぐに解消できるとの楽観的な見方を示した。石破氏は、日本企業が投資できる分野として液化天然ガス、鉄鋼、AI、自動車を挙げた。石破氏はまた、新日鉄は、USスチールを買収するのではなく、投資するというトランプ大統領の約束にも触れた。「アメリカ企業であり続けるための投資だ。アメリカ人の経営者のもと、アメリカ人の従業員で運営され続ける」と石破氏は語った。「重要なのは、いかにしてアメリカ企業であり続けるかということだ。トランプ大統領の立場からすれば、これは最も重要なことだ」。トランプ大統領が同盟国に増額を迫っているもうひとつの分野である軍事費について、石破氏は、日本はまず国民の支持を得ることなしに防衛予算を増やすことはないと述べた。 

 次いで2月7日付ワシントン・ポストは「Japanese leader tries flattering Trump in bid to avert tariffs (日本の指導者、関税回避のためトランプに媚びを売る)」と題する記事で、概略以下のように報じる。

 トランプ大統領は金曜日、石破茂首相との会談後、日本が米国からより多くの製品を購入するための措置を講じなければ、近いうちに米国の関税に直面する可能性があると語った。石破氏はトランプ氏と会談した2人目の外国人指導者である。石破氏は、2022年に暗殺された安倍晋三首相との親密な関係を再び築こうとするためにワシントンを訪れた。安倍首相は外向的で熱心なゴルファーであり、その趣味を生かしてトランプ大統領と純粋に温かい関係を築いた。石破氏はゴルフの腕前もカリスマ性も、同じようにはいかない。それでも石破は金曜日にベストを尽くし、トランプに賛辞を惜しまず、お世辞で笑いを誘った。緊張を招きかねない関税関連の質問を徹底的に封じ込め、トランプにこう返させた。「ワオ、とてもいいね。彼は自分が何をしているのかわかっている」。この会話は、トランプ大統領が米国の緊密な同盟国であり、中国に対抗するワシントンの戦略の柱である日本をどう扱うかを示す最初の指標となった。アメリカの指導者は関税について一般的な言葉で警告しながらも、自身が嫌う対米貿易黒字を長く続けてきた日本を非難することは控えた。

 中国の野心を抑えるために日本や韓国と協力するというアメリカの戦略は、バイデン政権からの稀有な一貫した方針のひとつである。トランプ大統領によれば、バイデン政権時代の日韓を結びつける努力に大きな変更はないだろうという。日韓は歴史的な敵対国でありながら、近年は中国と北朝鮮の脅威を懸念して互いに協力するようになっている。現在の政府関係者は、この戦略はトランプ大統領の最初の任期中にも実施されていたと指摘する。トランプ大統領は、会談後の記者会見で石破氏の第一印象について聞かれた際、「彼は首相として素晴らしい仕事をすると思う。とても強い人だ。私は彼がそれほど強くなければいいと思う。もうちょっと弱くてよいのだ。でも私は常に強い人を必要としてもいる」と答えた。

 しかしトランプ大統領は、「関税をかけるつもりだ。ほとんどは相互関税だ。彼らが我々に請求し、我々が彼らに請求する。誰も傷つかない」と語った。正式な発表はおそらく来週初めになるだろうと述べ、特別に日本に対してではなく、広く適用される関税について言及しているようだった。石破氏は、貿易黒字を削減するためにアメリカからもっとエネルギー輸出品を買うことを約束し、トランプ大統領のお気に入りの米輸出製品の熱心な顧客であることを強調した。日本政府関係者にとって、首脳会談は日米安全保障条約第5条に基づく米国の安全保障上の約束を再確認する機会だった。日本はトランプ大統領が中国の習近平国家主席と直接交渉し、その過程で日本に影響を与えるような譲歩をする可能性を警戒しているとアナリストは指摘する。日本はまた、地域における安全保障上の緊張の高まり、ロシアによるウクライナ侵攻、北朝鮮の核開発の野心、中国の軍事的脅威の増大とも闘っている。

 日本の指導者は、台湾に対する中国の脅威の深刻さとアメリカが台湾を守るべき理由をトランプ大統領に強調し、日本がアジア太平洋地域におけるアメリカの主要パートナーであることをアピールして、両国の利益の増進に役立てようとした。それでも、トランプ大統領の2期目が何をもたらすか、特に日本が経験している政治的混乱の異常な時期を考えると、深い不安がある。石破氏が10月に首相に就任した直後、与党は15年ぶりに議会の過半数を失った。自民党が70年近くほぼ揺るぎない政権を掌握してきた日本では、政治的不安定は珍しいことだ。日本の政府関係者やビジネスリーダーたちは、トランプ大統領の関税戦争を警戒している。日本への新たな関税の可能性と他国への新たな関税の影響の両方が考えられるからだ。例えば、日本の自動車メーカーはメキシコとカナダに工場を持っており、トランプ大統領が脅す25%の関税が発動されれば影響を受けるだろう。 

 アジアの有力英字紙のひとつであるシンガポールのThe Straits Timesは、「No ‘Donald’ or ‘Shigeru’: Leaders’ arm’s-length interactions signal obstacles for US-Japan ties (ファーストネームで呼び合はなかった首脳会談。日米首脳のあうんの距離感をおいた交流が日米関係の障害に)」と題する2月7日付記事で、ややシニカルな論評を展開する。日米初のサミットで両首脳はファーストネームで呼び合うことはなく、ビジネスライクなアプローチが日米関係の「新たな黄金時代」を阻害する可能性があることを示唆したと次のように報じる。

 ファーストネームの使用は、特に日本人にとっては親密な信頼関係を象徴するものだ。今回、どちらの首脳もその橋を渡らなかったことは、今後の障害を予感させる。石破氏が24時間かけてワシントンを訪れた今回の首脳会談では、多くの重要な成果があったにもかかわらず、1つのハードルがすぐにやってくるかもしれない。2024年に685億米ドルの対米貿易黒字を計上する日本が関税を免除されるという約束は、トランプ氏からは得られなかった。石破氏は、日本が標的にされた場合、相互関税を課すかどうかという質問に不意を突かれたようにこう答えただけだった。「仮定の質問には答えられない」というのが、日本の国会での標準的な答えだ。トランプ氏は「とても良い答えだ」と笑い飛ばした後、突然会見を打ち切った。石破氏との握手も軽い談笑もなく、日本の指導者だけを壇上に残して舞台を降りた。

 石破氏はトランプ氏にごまをすることは考えていないと主張したにもかかわらず、サミットの主要な公約はすべて日本から出された。石破氏は、貿易不均衡を是正し、対米投資を前例のない1兆ドルに拡大することを誓ったが、日本はすでに2019年以降、アメリカの対外直接投資トップの座にある。ただしアメリカも同じ程度のことを約束した。核戦力の使用を含む日本防衛のコミットメントは、中国が釣魚島と呼んでいる係争中の尖閣諸島にも適用されることを再確認した。さらにトランプ氏はまた、新日鉄が計画しているUSスチール買収について、USスチールを所有するのとは対照的に、「USスチールに多額の投資をする」と発言し、釘を刺した。石破氏も次のように述べた。「買収ではなく投資であり、日本の技術を提供することで、より質の高い製品を米国で製造する。これは一方的なものではなく、相互互恵的で米日そして全世界の利益となる」。世界第4位の鉄鋼メーカーである日本製鉄と、現在第24位と色あせた巨大企業であるUSスチールは、2023年12月にこの取引を発表し、USスチール従業員からは経済的な生命線として、オブザーバーからは中国に対する「フレンド・ショアリング」の典型例として支持された。

 また、日本はアラスカからの液化天然ガス輸入に合意した。気候変動に敏感なバイデン政権下では不可能だったが、日本のエネルギー不安への対処には不可欠だ。これは、貿易赤字問題を「非常に迅速に」解決できると述べたトランプ氏にとって特筆すべき勝利である。石破氏は、日本は米国からのバイオエタノールやアンモニアなどの資源の適正価格での購入も考えていると付け加えた。専門家によれば、トランプ氏が就任以来、イスラエルのネタニヤフ首相に次いで2人目の世界的指導者として石破氏をホワイトハウスに招待したことは、安倍首相夫妻の遺産といえるつながり、そして米国が中国との競争において日本が果たす役割を考慮していることを物語っているという。

 両国はまた、「中国の経済的侵略に対抗するためにさらに緊密に協力する」と述べ、平和で安定した台湾海峡が「国際社会にとって安全と繁栄の不可欠な要素」であると強調した。トランプ氏は自らを中国タカ派に囲い込んでいるが、同時に日中関係も石破氏の下で融和に向かっている。このことは、石破氏が安倍氏と同じように、激化する米中競争のなかで日本がバラスト(安定装置)の役割を果たしながら、大国関係をどのように管理し、果たしてうまく管理できるのか、という疑問を投げかけている。「日本はソフトランディングを望み、中国との完全なデカップリングが起こらないことを願っている」と専門家は言う。「しかし石破氏がトランプ氏を苛立たせるようなことになれば、日本自身がターゲットになってしまうかもしれない。しかし中国との関係強化はある意味、日本が中国と話し合うためのコミュニケーション・チャンネルを提供するという意味で、プラスに働く可能性がある」。 

結び:上述のようなメディアの報道や論調について、まず石破氏の人となりについての報道からみていこう。日米首脳会談に先立ち、エコノミスト誌はドナルド・トランプと石破茂は奇妙なカップルだと述べたうえで、石破氏について、控えめで、尊敬に値する、内気な人物と思われていると述べる。だが、アメリカ人にはオタクにみえるかもしれない「風変わりな人物」で、「絶望的にかっこ悪いと映るかもしれないとも評する。安倍首相が人懐っこい人物だったのに対し、石破氏は「どちらかといえば思想家、哲学者」だという。いずれも、石破氏のプロファイルをかなり的確に活写していると思われる。またワシンポスト紙が、トランプ大統領の石破氏に関する第一印象について、「彼は首相として素晴らしい仕事をすると思う。とても強い人だ。私は彼がそれほど強くなければいいと思う。もうちょっと弱くてよいのだ」と答えたと報じている。これもトランプ氏が率直に印象を吐露したと受け止められる。

 次に、こうした石破氏に対してメデイアが試みる興味深い助言を幾つか観察する。トランプ大統領との関係構築では、ショートゲームが有効であること、つまりゴルフでいうグリーン周りでの小技が大事だと述べる。大仰に構えるな、肩から力を抜けというような趣旨の助言とみられ、大真面目なタイプの石破氏には適切なアドバイスと思われる。また安倍首相とトランプ氏との緊密な交流との比較で、石破氏とトランプ氏の間の力関係の違いを持ち出す。1期目のトランプ氏が就任した当初、安倍首相は国内では権力を掌握し、国際舞台でのベテランでトランプ氏は新参者だったが、今はトランプ氏がベテランで石破氏は不安定な少数派政権を率いる新参者だと指摘する。しかし最後に、利害を共有する日米はいすれにしても距離を縮められるだろうと救いの手を差し伸べる。

 さらに具体的な助言として、石破氏に対して、政策的な贈り物を持っていくことを挙げる。一例として、米国からのLNGの購入増や2027年までに国防費をGDPの2%に引き上げる計画の確認などを挙げ、日本が最大の対米直接投資国で日本企業が約100万人のアメリカ人の雇用に貢献していること、米国の貿易赤字に占める日本の割合はピーク時の65%から10%未満に減少していることなどもトランプ氏に思い起こさせるべきだと示唆する。いずれも日本政府にとって貴重な助言だ。同時に緊迫する話題もあるとして、カナダとメキシコに対するトランプ関税の日本の自動車メーカーに与える影響や新日鉄のUSスチール買収案件、中国との対話再開に開放的な最近の日本政府の姿勢、ウクライナ問題などを挙げる。いずれも日本政府として留意しておくべき課題である。

 最後に、上記のような提言や問題提起が石破訪米の結果とどのような接点を持ったのかをみていこう。日米サミットの結果に関連してロイター通信は、石破首相が日米は関税戦争の応酬を避けられるとの楽観的な見方を示したと伝える。根拠として石破氏は、トランプ氏が「日本が5年連続で世界最大の対米投資国であり、それゆえ他の国とは異なるという事実を認識した」と述べたことを伝える。またトランプ大統領は石破氏に日本の対米年間貿易黒字685億ドルの解消を迫ったが、石破氏は日本の対米投資を1兆ドルにすると約束し、これをかわしたと報じる。石破氏は、日本企業が投資できる分野として液化天然ガス、鉄鋼、AI、自動車を挙げ、新日鉄・USスチール案件も買収ではなく投資案件であるというトランプ大統領の約束に言及したと伝える。また防衛予算について石破氏は、日本は国民の支持を得ることなしには増やせないと説明している。

 以上を要約すると、石破訪米の最大の成果は、日本が最大の対米直接投資国で雇用創出に貢献しており、引き続き投資を増額していくという論拠で最大の対米貿易黒字国である日本への批判を回避し、日本に対するトランプ関税賦課も当面回避できたことであろう。論議の過程で日本製鉄によるUSスチール買収案件も投資案件として延命に成功したことも一つの成果であろう。では、これらの成果は如何にして得られたのか。端的に言えば、ディールによる交渉術を好むトランプ氏に対して、石破氏がとりあえず手持ちのカードを使ってディールしたためと言えよう。その意味で、主要な公約はすべて日本から出されたとザ・ストレーツ・タイムズが報じる、その公約とは、まさしく石破氏が手にしていたカードを意味していたと言える。またアラスカからの液化天然ガス輸入の合意も、同紙はトランプ氏の特筆すべき勝利と評しているが、これも日本側のカードのひとつだったのである。

 注目すべきは、対中政策と軍事費が主たるテーマとならなかったとみられることである。だが、日中関係も石破氏にとっての大きなカードなっていたとみられ、しかも今後の日米関係で大きな比重を持つ問題であることに変わりはないと思われる。この間の経緯については、ワシントン・ポスト記事が参考になる。記事によれば、石破氏は金曜日にベストを尽くし、トランプに賛辞を惜しまず、お世辞で笑いを誘った。緊張を招きかねない関税関連の質問を徹底的に封じ込め、トランプにこう返させた。「ワオ、とてもいいね。彼は自分が何をしているのかわかっている」。この会話は、トランプ大統領が対中戦略の柱である緊密な同盟国、日本をどう扱うかを示す最初の指標となった。トランプは関税について警告しながらも、自身が嫌う対米貿易黒字を続けてきた日本への非難は控えた。中国抑止のために日韓両国と協力するという米戦略は、バイデン政権からの稀有な一貫した方針のひとつだ。現政権関係者は、この戦略はトランプ第1期政権中にも実施されていたと指摘する。

 つまりアメリカ側からみると、対中戦略はすでに確立され、既定路線どおり進めればよく、初の首脳会談での主たるテーマは経済に絞られるべきだったのである。しかし日本から見ると、台湾有事を含む中国の脅威は深刻であり、トランプ流の習近平国家主席との直接交渉という頭越し外交の懸念や、日本のみならず米戦略で重要な一角を占める韓国も政治的混乱状態にあるという異常な状況もあり、日本は不安感を深める立場に置かれていたと言えよう。しかし、エコノミスト誌が指摘するように中国の脅威への対処という日米共通の利益は両国を緊密に結びつけたと言える。日米は中国の経済的侵略に対抗し、平和で安定した台湾海峡が「国際社会にとって安全と繁栄の不可欠な要素」であるとの認識の下でさらに緊密に協力することを確認したのである。

 ザ・ストレーツ・タイムズは、激化する米中競争のなかで日本がバラストの役割を果たしながら大国関係をどのように管理し、果たしてうまく管理できるのかという疑問を提起したが、中国との関係強化は同紙が示唆するように日本が中国と話し合うためのコミュニケーション・チャンネルを提供し、プラスに働く可能性があるのである。それはまた日本にとって対トランプ折衝上のカードとして今後の日米関係を大きく規定していく問題となると考えられる。今回の首脳会談では石破首相はとりあえず手持ちのカードで初対面のトランプ大統領との会談を乗り切ったが、これからが正念場である。ディールに成功するには有効なカードが欠かせない。対中戦略を含め日本は持てるカードを研ぎ澄ましておく必要がある。                       

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(主要トピックス)
2025年
2月15日 韓国政府、中国の生成AIスタートアップDeepSeekのアプリ について「個人データ取り扱いについての徹底的調査 」 のため新規ダウンロードを遮断。
17日 中国の習近平国家主席、アリババ馬氏らと座談会。
民間企業支援を強調。
米国務省、米台関係についての政府文書から「台湾独立を支持しない」との文言を削除。中国政府、反発。
19日 経団連の十倉雅和会長ら日本の訪中代表団、日程終了。
中国の何立峰(ハァ・リーファン)副首相との会談で公正な 貿易環境の重要性を共有。
22日 ミャンマー軍事政権トップのミンアウンフライン国軍総司 令官、首都ネピドーでタイのマーリット外相と会談。
両国国境のミャンマー側を拠点とする詐欺集団一掃への連携で一致。
24日 アジア開発銀行(ADB)、第11代総裁に神田真人前財務官が 正式に就任したと発表。
25日 台湾当局、台湾南部・台南沖で海底通信ケーブルが断線し たと発表。
海巡署(海上保安庁に相当)は付近の海域にいた中国とつながりのある貨物船を拿捕(だほ)。
韓国銀行(中央銀行)で、政策金利を0.25%引き下げ、2.75% にすると発表。
27日 インドのゴヤル商工相、訪印した英国のレイノルズ・ビジ ネス貿易相と会談、中断していた自由貿易協定(FTA)締結 交渉の再開で合意。
トランプ米大統領、中国からの輸入品に3月4日から10%の 追加関税を課すと表明。
28日 訪印した欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長、 モディ首相と会談、EUとインドの自由貿易協定(FTA)の年内交渉妥結を目指すことで合意。
3月 3日 トランプ米大統領、関税引き上げの理由として中国と日本 による通貨安の誘導を問題視すると発言。
4日 中国政府、米国から輸入する小麦やトウモロコシなどに最大15%の追加関税を課すと発表。米国の対中追加関税への報復措置。
5日 中国で全国人民代表大会(全人代)、開幕。
李強(リー・チャン)首相は2025年の実質経済成長率の目標を前年と同じ「5%前後」と設定。
6日 香港の大手複合企業、長江和記実業(CKハチソンホールディングス)、中米パナマのパナマ運河周辺2港などの運営権の売却に合意。
8日 韓国の尹錫悦大統領、ソウル拘置所から釈放。
ソウル中央地裁、拘束の取り消しを求めた尹氏側の申し立 てを認める。
11日    中国の全国人民代表大会(全人代)、閉幕。
アジア金融危機以来となる中国国有銀行に対する巨額の公的資本注入を決定。
トランプ米大統領、東アジア・太平洋担当の国務次官補に 元駐タイ大使のマイケル・デソンブレ氏を指名。
12日 ベトナム最高指導者のトー・ラム共産党書記長、シンガポ ールでローレンス・ウォン首相と会談。
再生可能エネルギーなどの分野で協力を深化。
シンガポールとの外交関係を最上位の包括的戦略パートナ ーシップ(CSP)に格上げ。
13日 石破茂首相、首相官邸でマーシャル諸島のハイネ大統領と 会談。
「太平洋強靱(きょうじん)化ファシリティ」への拠出など によるマーシャル諸島支援を表明。
14日 香港の長江和記実業の株価、急落。パナマ運河周辺2港運 営権の売却を巡り中国当局との関係悪化懸念が浮上。

 

主要資料は以下の通り。電子版を原則使用。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。 

バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教授     前田高昭


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