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東アジア・ニュースレター

海外メディアからみた東アジアと日本

第158 回

前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教授

中国の株式市場の低迷は構造的な成長鈍化、崩壊に向かう不動産市場、政策の不透明感を巡る懸念など実体経済の抱える問題に原因があるとメディアは指摘し、株式市場よりも不動産市場の支援のために資金を投入すべきだと提言する。株式市場への資金投入は対症療法に過ぎず、中国経済の未来にとって安定した土台となるのは、落ち込みが続く住宅市場の立て直しにあると主張する。
中国共産党は台湾総統選での民進党の勝利に不快感を示すため、台湾ビジネスに圧力をかける可能性があるとメディアが論評する。とはいえ、台湾企業の大物たちは大陸に進出している企業を含め、それほど弱気ではないようだと述べる。台湾の貿易・投資動向にも変化がみられ、台湾の対中輸出の全体に占める割合が低下し、台湾の年間対中投資も2023 年にはわずか全体の11%に落ち込んでおり、中国はすでに台湾ビジネスへの影響力を弱めていると指摘する。
韓国で徴兵制をめぐる論議が盛り上がっている。兵役の問題点としてキャリアや教育の中断による人生の時間損失、兵役免除基準の不公正、特に大財閥などの強力なエリートたちによる徴兵免れへの怒りなどが挙げられている。ただし、志願兵制になった場合、兵役回避の傾向が顕著となり、軍隊が恵まれない階層出身者ばかりとなりかねないと問題提起されている。さらに軍内部に新兵いじめの「兵営文化」がはびこり、非戦闘員の自殺者が多数出ている。こうした状況の改善が優先されるべきだと指摘されている。
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北朝鮮の金正恩総書記は「断固たる政策変更」を実行すると述べ、南北共存は不可能だと宣言し、危機に際して韓国を制圧、占領するための準備を命じたとメディアが報じる。専門家は金正恩が最後に核交渉の席に着いた 2019 年以降、外交関係の優先順位を方向転換している兆候が見られると警告する。中ロとの関係を強化し、米国との関わりは無駄だと考えていると指摘。北朝鮮が本気で戦争態勢に移行する可能性があると警告する。日本にとって、戦争勃発の危険性が台湾海峡のみならず朝鮮半島でも高まっている。
東南アジア関係では、インドネシアで次期大統領選挙が実施され、権威主義的な指導者が必要だと主張するプラボウォ・スビアント現国防相の勝利が見込まれている。背景に国民の間で絶大な人気を誇るジョコウィ現大統領による後押しがある。三選禁止のため出馬できないジョコウィが退任後も発言力を維持しようとする思惑や、長男を副大統領候補に据えて、行く末は大統領に押し上げようとする野心のためとも推測されている。
世界第3 位の人口を誇るインドネシアの民主主義が危機に瀕している。
インドのモディ政権はマネーロンダリングや汚職容疑、あるいは税務調査などの名目で反対勢力への締め付けを強化している。対象は野党幹部や現職の州首相、メディアやNGO に拡大し、反政府勢力の弾圧の様相を深めている。中国の対抗勢力となる民主主義の大国インドへの信頼を揺るがす可能性がある。締め付けは5 月総選挙を前にして特に強化されているとみられ、そうした一過性の問題なのか、選挙後も続くのか注視していく必要がある。
主要紙社説・論説欄では、2024 年のウォール街の動向を展望した。市場は景気動向、地政学、政情のリスクにさらされているとメディアが論じる。


 

北東アジア
中 国
☆ 資金支援は株式市場よりも不動産分野

政府は大規模な資金投入によって低迷する中国株市場を下支えしようとしているが、株式相場の上昇と中国の未来にとって安定した土台となるのは、落ち込みが続く住宅市場を立て直すことだと、2 月 8 日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルが概略以下のように論じる。
6 日、株式市場では政府が株価下支えを強化する考えを示したことを受け、主要株価指数の CSI300 指数(上海と深センに上場する主要銘柄で構成)は 6 日と 7 日を合わせた2 日間の上昇率が 4.5%に達し、数年ぶりの大きさを記録した。小型株を対象とするCSI1000指数も12%高と急伸した。中国政府系ファンドの傘下にある中央匯金投資は6日、上場投資信託(ETF)の保有を拡大すると発表し、それまで急落していた小型株は息を吹き返した。さらに習近平国家主席が同日に証券規制当局者らと会談した可能性をブルームバーグ通信が報じ、相場の上昇が加速した。
中国では株式市場における国家の存在感が大きく、市場で自由に売買できる株式数は比較的少ない。投資尺度ではすでに株の割安感が示されている。こうしたことを考えれば、少なくともしばらくの間は政府が市場を安定させられそうだ。また、政府が実施できる株価対策は数多くあり、大株主による売却の禁止もその一つだろう。ゴールドマン・サックスは市場を安定させるには少なくとも 2000 億元が必要だとしている。数千億元規模の資金を投入するつもりが政府にあるのかどうかはまだはっきりしないが、実際にそうであれば株式市場に資金を向けるのが一番良いのだろうか。答えはほぼ間違いなく
「ノー」だ。
政府が前回株価対策を講じた 2015 年も、現在と同様に中国の住宅市場は低迷に陥っていた。しかし、決定的な違いがある。当時は株式市場自体が大きな不安定要因だった。
2015 年初めに株式の信用取引が急拡大した。個人投資家だけではなく上場企業も市場に殺到し、国営メディアは熱狂を後押しした。CSI300指数は15年6 月にピークに達するまで1 年足らずで2 倍以上になった。信用取引残高は2 兆3000億元と5 倍以上に膨れ上がった。こうした状況で発生するのが、バブルの収縮に伴い投資家が資金を返済するために株などの資産を売却するといった悪循環だ。
足元では信用取引残高は前回ピーク時の水準を約40%下回り、減少傾向にある。今回の株式市場低迷の根底にあるのは信用取引バブルの収縮ではなく実体経済だ。構造的な成長鈍化、崩壊に向かう不動産市場、政策の不透明感を巡る懸念を映し出しているといえる。

市場を電撃的な急回復に導くためには、とてつもない規模の資金が必要になるだろう。その資金は不動産部門に投入するほうが得策といえる。中国の不動産投資は 2023 年に前年比10%近く減少し、住宅販売額は6%減少した。調査会社の克而瑞(CRIC)によると、中国の不動産開発業者上位 100 社の住宅販売額は 1 月に前年同月比 34%減少し、少なくとも2020 年7 月以降で最悪となった。
すでに購入されたものの建設が未完成のまま放置されているマンションを完成させ、購入者に早期に引き渡すことが消費者の景況感改善の鍵となる。つまり、比較的財務が健全で規模が大きい不動産開発業者の一部に対して直接資本を注入することが必要になるだろう。こうした業者に同業他社が放置した物件を完成する資金を与えれば、銀行や個人が不動産会社に対する信頼を取り戻すことが期待できる。
必要となる資金は巨額だ。調査会社ガベカル・ドラゴノミクスの昨年 11 月のリポートによると、未完成のマンションを全て引き渡すための支援に必要な金額は 2022 年時点でさえ、約1 兆元に上ると試算されていた。
保有する主要資産の価値やリスクに不透明感が漂う中でも消費者の支出や投資に対する自信は回復するとの見通しもあるが、これは信ぴょう性に欠ける。2021 年半ば以降、株式市場と床面積ベースの住宅販売はおおむね連動して下落している。株式市場に巨額の資金を投入すれば、少なくともしばらくの間は相場下落を食止められるかもしれない。
だがそれは対症療法でしかないだろう。
以上のように、記事は株式市場の低迷は構造的な成長鈍化、崩壊に向かう不動産市場、政策の不透明感を巡る懸念など実体経済の抱える問題に原因があると指摘し、株式市場よりも不動産市場のテコ入れのために資金を投入すべきだと主張する。具体的には、建設が未完成のまま放置されている購入済みマンションを完成させ、購入者に早期に引き渡すことが消費者の景況感改善の鍵となるとし、そのために比較的財務が健全で規模が大きい不動産開発業者の一部に対する直接的資本注入を提言する。株式市場への資金投入は、しばらくの間は相場下落を食止められるかもしれないが、それは対症療法に過ぎず、中国経済の未来にとって安定した土台となるのは、落ち込みが続く住宅市場の立て直しにあると主張する。政府が耳を傾けるべき提言だと言えよう

台 湾
☆ 台湾ビジネスへの影響力を弱め中国

1 月の台湾総統選で独立志向が強い民進党の頼清徳氏が当選したことで中国からのいじめが激化すると見込まれるが、中国はすでに台湾ビジネスへの影響力を弱めていると1 月15日付けエコノミスト誌が伝える。記事は、この選挙結果は今後、自治権を持つ台湾と中国政府による統治を志向する中国との関係を形作るだろうが、同時に台湾の製造業者は重要なグローバル・サプライ・チェーンの中心に位置しているため、台湾とその他の国々との間の商業関係にも影響を与えるだろうと以下のように論じる。
台湾の大企業にとって両岸の緊張関係は歓迎すべきものではない。台湾企業は 1980年代から大陸に工場を建設してきた。かつては繊維製品などの安価な製品を製造していた。今日では、その多くがチップを含む高度な電子機器を製造している。中国のデータによれば、2022 年、台湾企業は中華人民共和国に 430 億ドル相当の資産を持つことになる。それに比べ、台湾の35倍の経済規模を持つアメリカの企業は860億ドルである。
実質的な総額はもっと高いことは間違いない。台湾の企業は中国を警戒する政府の監視の目を避けるため、香港やその他の区域を経由して投資を行うことが多いからである。
中国共産党は、民進党の勝利に不快感を示すために台湾ビジネスに圧力をかける可能性が高い。台湾の海峡両岸関係を扱う機関である大陸委員会によれば、2000年から2008年まで在任した民進党出身の初代総統である陳水扁氏への企業支持者は、中国からの規制監視や投資制限に直面していた。2005年、石油化学業界の大物で陳氏の最大の後援者の一人であった許文龍氏は、中国の反分裂国家法に屈辱的な支持を表明し、台湾独立を否定する声明を発表させられた。
2016年に蔡英文政権が復活して以来、中国の商業圧力は強まっている。台湾のコングロマリットであるファー・イースタン・グループは、2021年に罰金を科せられたが、それは、中国側の報道ではダグラス・シュー会長の政治的見解に起因するものであった。
また中国寄りの実業家でさえ、こうした罰金を免れたわけではない。10月、中国の国営メディアは中国で大規模な事業を展開する台湾のフォックスコンに対する税務調査を報じた。台湾の国家安全会議は、この税務調査は、フォックスコンの創業者であるテリー・ゴウが統一派を分裂させるために総統選に出馬するのを中国が阻止するためだったと主張している。1 月、中国は台湾の様々な化学製品の輸出に関税を課したが、これは総統選を前にしたもうひとつの警告であると広くみなされている。

過去には、このようないじめによって、企業は独立を警戒する国民党を支援するか(同党は大陸との緊密な経済連携を支持)、政治から完全に距離を置くようになった(世界最大のチップメーカーで最大の企業価値を有するTSMCの例)。今回、企業の大物たちは、たとえ大陸に露出している企業であってもそれほど弱気ではないようにみえる。中には民進党と提携する企業もある。昨年初め、大手製造委託先であるペガトロンの会長を務める童子賢は、大企業の関連シンクタンクであるニューフロンティア財団の副会長に就任した。選挙を前に力晶積成電子製造の黄崇仁(フランク・ファン)会長は、公然と頼氏を支持した。
台湾企業が中国の強硬手段に抵抗するようになったのには、いくつかの原因がある。
ノッティンガム大学の李駿怡(Lee Chun-yi)氏は、中国製製品に対する米国の関税が本土での輸出製造業の魅力を低下させていると指摘する。「ゼロ・コロナ」ロックダウンや消費者技術などの分野に対する恣意的な取り締まりといった厳しい政策が、中国の魅力をさらに低下させている。最近の台湾経済の低迷は、台湾の経済的未来が大陸とそれほど結びついていないかもしれないという感覚をさらに強めている。
変化は台湾の貿易・投資動向にすでにみられる。台湾の輸出に占める中国本土向けの割合は、11月までの12ヵ月間で22%に低下し、過去最高だった2021年の30%を下回り、過去約20年間で最低となった。2010年には台湾の年間対外投資の80%以上が中国本土向けだったが、2023 年にはわずか 11%である。ペガトロンやフォックスコンのような企業は、安い労働力と米国の関税を回避できるインドやベトナムに投資している。最近のある世論調査によると、2010 年に台湾政府が中国と締結した経済協力枠組み協定よりもオーストラリアや日本を含む 12 カ国による貿易協定である環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟を重視する台湾の企業経営者の方が多い。中国が台湾のビジネスに打撃を与える力が弱まっている理由はもうひとつある。台湾の本土と香港への輸出の60%以上は、コンピューターチップを含む電気機械設備である。このような製品を切り捨てれば、台湾の売り手よりも中国の買い手にダメージを与える可能性がある。
以上のように、中国共産党は総統選での民進党勝利に不快感を示すために台湾ビジネスに圧力をかけるとみられている。事実、2016 年に蔡英文政権が復活して以来、中国の商業圧力は強まっている。しかし今回、台湾企業の大物たちは、大陸に進出している企業を含めそれほど弱気ではないようにみえると記事は伝える。

こうした変化は台湾の貿易・投資動向にすでにみられ、台湾の中国本土向け輸出の割合は、11 月までの12 ヵ月間で 22%に低下し、過去約 20 年間で最低となった。台湾の年間対外投資も 2010 年には80%以上が中国本土向けだったが2023 年にはわずか11%に落ち込んでいる。安い労働力と米国の関税回避を求めて台湾企業はインドやベトナムに投資している。ここで注目されるのは、台湾の本土と香港への輸出の60%以上は、コンピューターチップを含む電気機械関連であり、このような製品を切り捨てれば、台湾の売り手よりも中国の買い手にダメージを与えるとの指摘である。中国にとって一つの弱みであるのは間違いない。

韓 国
☆ 盛り上がる志願兵制をめぐる論議

徴兵制を敷く韓国で志願兵制への移行論議が静かに盛り上がっている。1 月 25 日付けフィナンシャル・タイムズは、議論は静かに盛り上がっているが白熱してきていると評する。記事は冒頭で、新たに徴兵された若者の母親の心境を概略以下のように報じ、「兵営文化」と称される軍隊内の新兵への過激ないじめやしごきに対する母親たちの深刻な懸念を伝える。

韓国人は北朝鮮についてあまり考えない傾向がある。しかし、私にとって今年は違う。年が明けてすぐ、私の 19 歳の息子は義務兵役のために大学の勉強を中断し、最前線の部隊に入隊した。凍てつくようなソウルの天候の中、入隊式に出席した多くの親たちは、息子たちが軍隊生活にどう適応するのか、目に見えて心配していた。前線部隊の責任者である将軍は、核武装した北朝鮮の脅威から国を守る韓国人男性の「神聖な義務」を強調した。涙ぐむ母親たちの中には短い式典の後、息子たちに別れを告げようと軍の警備員が阻止しようとするのを無視して駆け寄る者もいた。朝鮮半島では再び緊張が高まっている。しかし、私は他の親たちとともに国境のこちら側で息子を待ち受けているものをもっと心配している。新兵へのいじめやしごきによって、過去には銃乱射事件や自殺者が出たこともある。入隊の数日前、息子が夕食の席で私に尋ねた。「自殺するか、誰かを撃つかの二者択一を迫られたらどうすればいい。その質問にゾッとした私は、いわゆ
る「兵営文化」が改善されていることを願うばかりだ。多くの韓国人徴兵候補生やその両親と同じように、私はこの国が早く徴兵制を廃止し、志願制の軍隊に移行できることを願っている。

次いで記事は、韓国の徴兵制の現状について次のように伝える。徴兵制は韓国では微妙な社会問題である。兵役は国の憲法に明記されており、18 歳から35 歳までのすべての健常な男性に 18 カ月から 21 カ月の兵役を義務づけている。K-POP 界のセンセーションである BTS のメンバーでさえ、それを避けることはできなかった。兵役は韓国人男性にとって人生の節目に行われる通過儀礼とみなされているが、多くの徴兵者は兵役に参加するためにキャリアや教育を中断しなければならないことから、兵役を時間の損失とみなしている。「国家に貢献するためとはいえ、時間の無駄だと思わない徴兵者はほとんどいない」と、4 年前に兵役を終えた26 歳の男子は言う。オリンピックのメダリストや国際的に有名なクラシック音楽家、エリートアスリートなどだけが公式に兵役を免除されているが、免除基準の公正さについては定期的に論争が起きている。
韓国は約 50 万人の現役兵力を保持しているが、少子化の影響で兵力の縮小を余儀なくされている。それでも韓国の政治家にとって、志願制の軍隊を求めることは依然としてタブーである。一般の韓国人の間では、一族経営の大財閥の御曹司を含む裕福で強力なエリートたちが徴兵を免れてきたことへの怒りがある。彼らは、全軍志願制が恵まれない背景を持つ者だけで部隊が埋め尽くされることを恐れている。「それはうまくいかないだろう。この制度を導入している他の国々は、すでに兵士の採用に苦労している」と、韓国の退役中将であるチョン・インボムは言う。「特定の社会階級の人々だけが兵士になる。これは非常に危険で不健康だ」
現在の常備軍の規模を維持することが困難なため、軍当局は現在免除されている孤児(脆弱なグループと見なされる)と脱北者の採用の可能性を再検討せざるを得なくなった。また、兵役義務を女性にも適用すべきかどうかの議論が再燃している。しかし、軍事人権センターのキム・ヒョンナム(Kim Hyung-nam)コーディネーターは、徴兵制であろうと志願兵制であろうと、兵舎文化の改革が最優先事項であるべきだと述べている。

「いまだに年間 100 人前後の非戦闘員の死者が出ており、その大半は自殺です」と彼は言う。「若い男性は軍隊に入るのを嫌がり、待遇が改善しない限り志願しようとはしない」以上のように、記事はいわゆる「兵営文化」の改善や徴兵制の早期廃止を切望する母親たちの声と共に徴兵制の現状を批判的に伝える。徴兵制の問題点として、兵役はキャリアや教育の中断など人生の大切な時間の損失であること、また兵役免除基準の公正さへの疑問があり、特に社会一般に大財閥を含む裕福で強力なエリートたちが徴兵を免れてきたことへの怒りがある。

ただし、志願兵制になった場合、この傾向が一層強まり、軍隊が恵まれない階層出身者で埋め尽くされかねないなどの懸念が指摘されているのが注目される。さらに、常備軍の不足が問題視される一方で軍には自殺による多数の非戦闘員死者が出ており、若年男性は入隊を嫌がり、状況の改善がない限り志願者は減っていくとの問題も提起されている。冒頭の母親たちの声にあるように志願兵制への移行の前に「兵営文化」の是正がまず優先されるべきなのだ。

北 朝 鮮
☆ 南北統一の看板を下ろした金総書記

 1 月4 日付けロイター通信によれば、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は、年末の党中央委員会拡大総会で南北共存は不可能だと明言した。政府は「敵対国」との関係について「断固たる政策変更」を実行すると述べ、自国軍に対しては、危機に際して韓国を制圧、占領するための準備を命じたという。こうした金発言と関連して、1 月19 日付ワシントン・ポストは「北朝鮮は戦争を起こしたいのか、そうかもしれない」と、一部の専門家が言っていると以下のように報じる。
それは、北朝鮮の戦闘的な考え方からしても爆弾発言であった。祖父が定め、父親が強化した長年の原則からの急激な脱却を意味し、北の核兵器はもはや抑止力だけのものではないと宣言したのである。金総書記の演説は、極超音速弾頭を搭載した中距離ミサイルを発射したと主張した翌日に行われた。極超音速弾頭は、それが本当なら低高度を音速の5 倍で移動できる機動性の高い兵器となる。間違いなく韓国方面へ飛ばし、そのミサイル防衛システムを完璧に回避する。16 日、北朝鮮は韓国沖での米韓共同訓練に対抗して、核搭載可能な水中攻撃ドローン(無人艇)「ヘイル(津波)‐5‐23」をもう1 機テストしたと発表した。
北朝鮮政権は大げさな脅しをかけることでよく知られているが、ここ数カ月はそのレトリックは著しく攻撃的になっている。一部のアナリストは、北朝鮮が韓国に対する通常兵器や核兵器の使用を正当化する可能性があると指摘している。今、北朝鮮ウォッチャーたちはこう考えている。金正恩は戦争の準備をしているのだろうかと。

先週2人の著名な学者(どちらもタカ派的な見解を持っていないことで知られている)が、金正恩が最後に核交渉の席に着いた 2019 年以降、金正恩の計算が大きく変わっていると警告した。彼らは、金正恩から「同じことの繰り返し」を期待する米国の政策立案者たちは、金正恩が現在準備している潜在的に危険な手段への備えができていないと言う。「我々は、金正恩がある種の軍事衝突を準備し、開始し、それで逃げ切ることができる方法をどうにかして考え出した可能性に注意を払うべきだ」と、何度も北朝鮮を訪問しているアメリカの著名な核科学者ジークフリード・ヘッカーは言う。彼とかつてCIA の北朝鮮分析の第一人者で北朝鮮のプロパガンダをよく読んでいたロバート・カーリンは、本気で戦争態勢に移行する可能性があると警告する記事を書いた。

2022年以降、北朝鮮が外交関係の優先順位を方向転換している兆候が見られる。金総書記は演説を通じて、北朝鮮と中ロとの複雑な関係にもかかわらず、両国との結びつきを強化しようとしていることを示し、米国との関わりは無駄だと考えている。金・プーチン会談は、指導者たちがお互いをどれほど必要としているかを示している。今週、ちょうど崔善姫(チェ・ソンヒ)外相はモスクワを訪れ、ホスト国であるロシアは「敏感な分野を含むすべての分野で」北朝鮮との関係を発展させるというコミットメントを改めて表明した。米国との関係については、金総書記は2022年に新たな核関連法を成立させ、非核化が議題であれば会談に復帰しないことを示し「非核化や折衝はせず、取引のための交渉材料も全くない」と宣言している。

米政府は、北朝鮮とは"いつでも、どこでも、前提条件なしで"会談すると繰り返し述べてきた。しかし、多くの専門家は、北朝鮮を関与させようとする現在の米国の努力は効果がないばかりか、北朝鮮が核兵器を拡大し近代化する一方で、問題を先送りしているだけだという意見で一致している。米国平和研究所(U.S. Institute of Peace)の北東アジア上級専門家であるフランク・オウム氏は、「北朝鮮はもはや、少なくともバイデン政権が設定している条件では、米国との話し合いを求めることに何のメリットも見出していない」と語った。韓国は北朝鮮の非核化の可能性は減少の一途をたどっているにもかかわらず、それにしがみついている。

一方、朝鮮半島では緊張が高まっている。2022年に就任した韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、独自の鋭いレトリックと軍事力の誇示によって、北朝鮮の報復的なアプローチに対応している。現在、米国と韓国は定期的な軍事訓練を実施しており、昨年、米国は1980年代以来初めて核武装の弾道ミサイル潜水艦を韓国に配備した。北朝鮮はこうした動きを自国の安全保障に敵対するものとみなし、武器や核開発計画を正当化するために利用している。

「米韓両政府は、抑止力強化策やその他の圧力戦術が、高ま った緊張を緩和し、いかなる状況も危機へと発展するのを食い止めるのに十分であると考えているようだ。しかし、こうした強制的な圧力に基づく措置はリスクを悪化させ、北朝鮮が独自の抑止力開発に注力する原因となっているとオウム氏は言う。レトリックの激化が警戒を高めているのだ。またヘッカーとカーリンによれば、このような背景から、北朝鮮が戦争の準備をしていることを示唆する発言が、2023年から金総書記を含む高官から定期的にみられるようになったという。
以上のように、金総書記は南北共存は不可能だと明言し、「断固たる政策変更」を実行すると述べ、危機に際して韓国を制圧、占領するための準備を命じたという。つまり、北の核兵器はもはや抑止力だけのものではなくなったと警告する。さらにアナリストは、金正恩が最後に核交渉の席に着いた 2019 年以降、金正恩の考えが大きく変わり、外交関係の優先順位を方向転換している兆候が見られると述べる。金総書記は中ロとの関係を強化し、米国との関わりは無駄だと考えていると指摘する。従って、専門家は北朝鮮を関与させようとする現在の米国の努力は効果がないばかりか、北朝鮮が核兵器を拡大し近代化する一方で、問題を先送りしているだけだという意見で一致しているという。要は、専門家は北朝鮮が本気で戦争態勢に移行する可能性があると警告している。
日本にとって、台湾海峡のみならず、戦争勃発の危険性が朝鮮半島でも高まっている

東南アジアほか
インドネシア
☆ 次期大統領の有力候補はプラボウォ・スビアント国防相

2 月 8 日付エコノミスト誌は、物議を醸す将軍がインドネシアの次期指導者になりそうだと概略次のように報じる。昨年、シンガポールで開催されたアジア有数の安全保障会議で、インドネシアのプラボウォ・スビアント国防相はウクライナの和平計画を提案した。西洋風スーツに伝統的イスラム帽をかぶったスビアント氏は、非武装緩衝地帯を設置するための即時停戦を主張した。ロシアもウクライナも前線陣地から15km撤退する。国連は平和維持軍を派遣し、どちらの国が紛争地域を所有するかを決める住民投票を実施する。近年インドネシアに大きな投資をしている中国は、プラボウォ氏のビジョンを称賛したが、ウクライナの国防相は「ロシアの計画」であり、「奇妙」であるとした。

プラボウォ氏の演説で最も奇妙だったのは、それが即席のプーチン支持に見えたことではなかった。国連総会でロシアのウクライナ侵攻を非難決議したインドネシアの公式方針と矛盾することだった。プラボウォ氏は 2 月 14 日に行われる大統領選挙での勝利が有力視されているが、現大統領のジョコ・ウィドド(ジョコウィ)氏にもインドネシア外務省にも相談していなかった。一部のアジア戦略家にとって、プラボウォ氏の暴発的発言は、世界で4 番目に人口の多いインドネシアにおける不安定な新しいリーダーシップを告げるものだった。
元将軍の経歴は問題含みだ。1998 年に倒された独裁者スハルトの娘婿であったプラボウォ氏は、数十年にわたる軍隊での残虐行為で告発されている。また1998 年に20 人以上の民主化運動家の誘拐を命じたとされ、うち13 人が行方不明のままである。(これらの疑惑により、一時は米豪への入国が禁止されていた。過去2 回の大統領選挙でジョコウィ氏に敗れた後、プラボウォ氏は投票が盗まれたと虚偽の主張をした。2019 年には選挙結果に抗議するよう支持者に呼びかけ、8人が殺害された。彼はまた、地域指導者の直接選挙を廃止しようとしており、インドネシアには権威主義的な指導者が必要だと述べている。このことは、プラボウォが大統領になる可能性が高いインドネシアの将来について、次のような憂慮すべき問題を提起する。世界第3 位の民主主義国家は、スハルト時代後の大成功を続けるのか、それとも権威主義に戻るのか。
プラボウォ氏が選挙戦に強いのは、絶大な人気を誇るジョコウィ氏の支持に負うところが大きい。大統領の長男ジブラン・ラカブミン氏はプラボウォ氏の伴走者である。
プラボウォ氏とジョコウィ氏の間には、10 月の任期終了後も現職大統領が舞台裏で影響力を行使できるようにするための取引の噂がある。ジョコウィ氏の人気は、その堅実な経済実績にも基づいている。政権に就いてからの10年間、5%の年間成長率を導き、自由化改革を推進し、資源ナショナリズムの政策を指揮して世界の生産高の半分近くを占めるニッケル鉱業の発展に貢献してきた。
しかし、同時にインドネシアの民主主義制度を弱体化させた。昨年10 月、ジョコウィの義弟が裁判長を務めるインドネシアの憲法裁判所は、大統領の36歳の息子について、40 歳未満は大統領・副大統領に立候補できないという規則の事実上の例外とする判決を下した。

ジョコウィはまた、かつては独立していた反汚職委員会を買収した疑惑もある。彼は現在、選挙に介入しているという批判が高まっている。ライバルの選挙運動チームは、国家機関が恣意的に集会をキャンセルさせ、ジョコウィの批判者を脅迫していると非難している。インドネシアの著名な学者達も大統領は民主主義を軽視していると語る。
どの候補者も50%以上の得票率を確保できなければ、選挙は6 月下旬の決選投票に持ち越される。この場合、反プラボウォ派が結束し、プラボウォ将軍の勝利の可能性は低くなる。プラボウォ氏の2 人の主な対立候補、元教育大臣でジャカルタ知事のアニエス・バスウェダン氏と、元中部ジャワ州知事のガンジャル・プラノウォ氏は、いずれもプラボウォ氏よりも優れた資質と能力を備えている。しかし、彼らの精彩を欠いたキャンペーンは、プラボウォ大統領の誕生が危険なことを多くの人々に納得させられなかった。
エコノミスト誌の最近の世論調査集計によると、プラボウォ氏の得票率は現在約 53%。ジョコウィ内閣をクビになったアニエス氏は20%、インドネシア最大政党の候補者ガンジャル氏は19%である。
インドネシアの選挙は、政策ではなく人柄で決まる傾向がある。案の定、プラボウォ氏のチームは、元将軍がおどけたように踊る短い動画を TikTok に投稿してイメージを刷新した。このような仕掛けは、主にプラボウォ氏を支持する若い有権者の目を彼の不名誉な過去からそらすのに役立っている。その軍歴はプラスだと考える人も多い。調査によれば、インドネシアの軍隊は最も信頼されている公的機関である。

プラボウォ氏が長年探し求めてきた権力を手に入れて何をするかは不明だ。プラボウォ氏は、ニッケルを中心とした産業政策や、首都をジャカルタからボルネオ島のジャングルに移転する計画など、ジョコウィ氏の政策を維持すると公約している。しかし、プラボウォ氏の爆発的な性格と常軌を逸した行動を考えると、当選した場合、ジョコウィ氏に従うと考える理由はほとんどない。彼の他の大きなアイデアは、ほとんどが非現実的か、破滅的な費用がかかるものだ。プラボウォ氏は 2 桁成長が可能だと述べている。
彼のチームは、インドネシアが中所得国の罠に陥るのを防ぐため、年間6~7%の成長を達成することを目標としているという。しかし、アジア金融危機前の 1996 年以来、インドネシアの経済成長率は 7%に達していない。プラボウォ氏は、どのようにして経済成長を加速させるのか、その詳細をほとんど語っていない。彼の演説は激しいナショナリズムに満ちている。最近、「原材料を外国に安く売らせようとする人もいる。私たちの富はすべて、国内で川下加工を受けなければならない」と声高に宣言した。

プラボウォ氏はまた、インドネシアの輸入食糧への依存度を下げたいとも語っている。
プラボウォ氏は国防相として、米の増産に失敗した数千エーカーの森林破壊を監督してきた。彼は、5 人に 1 人が罹患している栄養失調に歯止めをかけるため、インドネシアのすべての学童に無料のミルクと昼食を与えると言う。このプログラムには1日約8300万ドルの費用がかかると、プラボウォ氏のスポークスマンで元インドネシア中央銀行総裁のブルハヌディン・アブドゥラ氏は見積もっている。プラボウォ氏のライバルたちは、発育阻害を減らすための政策は、学齢期の子どもたちではなく、妊娠中の母親や新生児を対象にすべきだと主張している。
どの候補者も外交政策について重要なことは述べていないが、その多くはメイドや乳母、建築現場の労働者として海外で働く9 百万人のインドネシア人有権者を取り込もうとしている。テレビで放映された5回の候補者討論会は、それぞれ約1億人が視聴した。
開票結果は信頼に足るものとなるだろう。そして、世界最大の列島全域で、有権者は参政権を大切にしているようだ。最近の選挙戦のある日、何万人もの有権者がジャワ島東部のマドゥラ島で支持を呼びかけるアニエス氏の姿を一目見ようと、時には何時間もかけて徒歩やバイク、トラックで移動した。アニエス氏はインドネシア全土で 20 回以上の公開フォーラムを開催しており、有権者が即興の質問を投げかけられる「デサク(インドネシア語で、権力を押しのける)・アニエス」または「チャレンジ・アニエス」として知られている。
スマトラ島北部の村人たちはアニエス氏に土地の権利について質問した。インドネシアの若者たちは、彼がマリファナを合法化するかどうかを知りたがった。このような選挙運動は、政治家がダンサーやミュージシャンに金を払って集会で有権者を楽しませていた過去とは一線を画している。アニエス氏は、これは「より良い競争方法」でもあると言う。プラボウォ氏のもとで、それよりも真剣なインドネシア民主主義のビジョンが実現されるとは考えにくい。
以上のように、残虐行為や民主化運動の弾圧で知られ、インドネシアには権威主義的な指導者が必要だと述べるプラボウォ・スビアント国防相が次期大統領として有力視されている。その背景として、国民の間で絶大な人気を誇るジョコウィ現大統領が同候補を支援していることがある。それは、ジョコウィ大統領の退任後も発言力を維持しようとする思惑と、おそらく長男のジブラン・ラカブミンを副大統領に据え、行く末は大統領に押し上げようとする野心の故かもしれない。いずれにせよ、世界第3 位の人口を誇るインドネシアの民主主義が危機に直面している。

なお選挙は予定通り 14 日に投開票され、投票所での調査に基づく非公式集計によると、プラボウォ国防相が過半数を獲得し1 回目の投票で勝利を決める見通しだと同日付けロイター通信が伝える。世論調査会社4 社の集計をまとめると、日本時間午後6 時12分時点でプラボウォ氏は58%近くの票を獲得。アニス前ジャカルタ特別州知事が約25%、ガンジャル前中部ジャワ州知事が17%で続いているという。ほぼ事前予想どおりの展開となっている。

インド
☆ 政敵の取り締まりを強化するモディ首相

ナレンドラ・モディ政権下で、主だった野党幹部に対するマネーロンダリングの捜索が多発し、過去 10 年で 27 倍に増加したと 2 月 5 日付エコノミスト誌が報じる。記事は、取締当局がモディ首相の批判者を標的にしているためのようだと以下のように伝える。
かつてインド財務省歳入局の経済活動規制課(略称ED)は、インド財務省の片隅でひっそりとしていた。マネーロンダリングや外国為替違反の調査を義務づけられているが、2004年から2014年まで政権を担っていた国民会議派が率いる前政権下では、ほとんど話題になることはなかった。特にインドで大きな問題となっているマネーロンダリングに関する実績は乏しく、わずか112件の家宅捜索を行なっただけで有罪判決は1 件も出せなかった。
ところが、ナレンドラ・モディの下でEDはインドで最も恐れられる機関のひとつとなった。2014年にモディが首相に就任して以来、3,000件以上のマネーロンダリングの家宅捜索を行い、54件の有罪判決を下している。最も物議を醸したのは5 月に予定されている総選挙を前に少なくとも5人の党幹部を含む数十人の野党政治家を標的にしたことだ。1 月31日、EDは東部ジャールカンド州のヘマント・ソーレン州首相をマネーロンダリングの疑いで逮捕した。ソレン氏は不正行為を否定しているが、主要野党連合の27 政党のひとつを率いている。野党指導者たちは、このRD の行動はモディ政権による反対意見の封じ込めと再選を目論む悪意ある活動だと評している。ソレン氏の逮捕は、インド史上初の現職州首相の逮捕であった(厳密には数時間前に辞任していたが)。同氏はまた、逮捕された最初の反与党(インド人民党。BJP)同盟のリーダーでもあるが、逮捕者はこれで終わらないかもしれない。

EDは同日、より強力な野党指導者アルヴィンド・ケジリワル(デリー州首相でアーム・アドミ党党首)に対して5 回目の召喚状を出した。彼は別のマネーロンダリング事件で指名手配され、副大臣はすでに刑務所で裁判を待っているが不正行為を否定し、容疑を否認している。EDの標的には、インド人民党の主なライバルである国民会議派の幹部も含まれている。その中には、同党の前リーダーであるソニア・ガンジーとその息子のラフールも含まれている。ソレン氏の逮捕後、ガンディー氏は X(旧ツイッター)への投稿で、ED やその他の捜査機関が野党排除に利用されていると主張した。「BJP は汚職にまみれており、権力に執着して民主主義を破壊するキャンペーンを行っている」。

これに対し、BJP 幹部は国民会議派が政権を握っていた際、国家機関、特に中央捜査局(CBI)を敵対勢力への嫌がらせに利用していたと非難している。12 月、「汚職は彼らの本性だ」と与党のアミット・シャー内相は国民会議派議員事務所の家宅捜索で 20 億ルピー(2,400 万ドル)の現金が発見された後、こう述べた。「モディ首相に対して、諜報機関が悪用されているというキャンペーンがなぜ行われたのか、今なら理解できる」。
国民会議派が統治していた時代には、接待が横行していた。また、捜査機関を悪用することもあったが、モディ氏の時代ほどではなかった。インディアン・エクスプレス紙の調査によると、前政権下では政治家に対する事件のうち野党を標的にした事件の割合は、ED が54%、CBI が60%だった。モディ氏が政権に就いてからの8 年間でこの数字は両機関で95%に上昇した。過去10 年間、汚職捜査官はBJP の何人かを標的にしたが党幹部、閣僚、首相は標的にしなかった。また、何人かの野党政治家がBJP に入党した後、調査を取りやめたり緩和したりした。モディ氏が主張する全体的な汚職の削減については、活動家や学者によれば、低レベルの汚職は減少しており、これは新しいデジタル決済システムやID システムのおかげである。しかし、BJP のインフラ・プロジェクトへの資金注入政策がしばしば癒着企業を通じて、大口の贈収賄の機会を増やしたとも言われている。

また、モディ政権はインドのメディアやNGO による監視を妨害している。メディアに対して説教を試み、贈賄や税務調査の実施頻度を増やしており、メディアは口を閉ざし始めている。世界的な汚職監視団体であるトランスペアレンシー・インターナショナルによる最近の年次調査で、インドは180 カ国中93 位と8 つ順位を下げた。スコアも0 点(非常に腐敗している)から100 点(非常にクリーン)の間で1 つ下がって39 点となった。同監視委員会はインドの腐敗が進んだか、あるいは進んだと結論づけるにはあまりに小さな変化だが、総選挙を前に「市民の言動の余地がますます狭まっている」と指摘している。

以上のように、モディ政権はマネーロンダリングや汚職容疑、税務調査などの名目で反対勢力を投獄し起訴している。標的は野党幹部や現職の州首相レベルなどの高位高官、さらにはメデイアやNGO に広がり、頻度も増加している。一連の動きは反政府活動の大規模な弾圧の様相を深めている。中国の対抗勢力として信頼感を高めている民主主義の大国インドの政治基盤を揺るがし、経済にも影響を及ぼす可能性がある。こうした締め付けの強化は5 月に予定される総選挙を前にして特に増えているとみられ、そうした一過性の問題なのか、選挙後も続くのか注視していく必要がある


 

主要紙社説論説から
世界的な選挙の年、2024 年 ― 試される民主主義陣営の真価

2024 年のウォール街の展望
今回は昨年の米ウォ-ル街を振り返りつつ、2024年の動向を展望する。まず株式市場の動きからみていく。12 月 26 日付ニューヨーク・タイムズは「Downturn or Not? At Year’s End, Wall St. Is Split on What’s Ahead (景気後退か、そうでないか、年末に際して意見が分かれるウォール街の来年の見通し)」と題する記事で、2023年は人々が景気後退に陥ると確信し、ウォール街の同業者の多くも差し迫った景気後退に警鐘を鳴らすなか、株式市場ストラテジストのトム・リー氏は、インフレ率の低下と米国の経済回復力が全般的な弱気ムードを打ち消すと予測していたと述べ、それが実現したと報じる。

次いで記事は、債務上限をめぐる政治的瀬戸際政策や 3 月の銀行危機、政府の財政赤字の資金調達コストをめぐる懸念、ウクライナ戦争の継続とイスラエルでの新たな紛争にもかかわらず、インフレ率は低下し、失業率は低水準にとどまり、S&P 500 は25%上昇したと指摘。さらに2024 年について、概略次のように報じる。

シティグループやゴールドマン・サックスのアナリストを含め、ブルームバーグが追跡した予測者たちは、リー氏の楽観論を広く共有している。ドイツ銀行の株式ストラテジストで、昨年リー氏とともにコンセンサスに反対する賭けをしたビンキー・チャダ氏も強気の反騰が続くと予測している。同時に、モルガン・スタンレーやJ.P.モルガンなどのアナリストは、2023 年に深刻な景気後退がなかったからといって、それが完全に回避されたわけではないと主張している。なぜなら、金利上昇の影響はまだ経済全体に及んでいるからだ。

どちらの見方にも中心にあるのは、インフレの行方と景気が失速する前に連邦準備制度理事会(FRB)が物価上昇ペースを目標の2%に戻せるかどうかという問題である。
最近、FRB はインフレが目標に近づいていると自信を見せている。消費者物価指数は11月までの1 年間で3.1%上昇し、2022 年 6 月までの9%超のピークから低下した。コアCPI は 4%にとどまっている。自信のない人もいる。労働市場は依然堅調だが、ここ数カ月は求職者の増加に伴い失業率が小幅に上昇するなど、早くも弱含みの兆しを見せている。クレジットカードの延滞や自動車ローンの返済延滞者数も増加している。

投資家は、学生ローンの債務免除計画の廃止後、消費者金融が厳しくなっていることに注目している。インフレ率はまだ FRB の目標を上回っているため、こうした亀裂は来年にも拡大する可能性がある。J.P.モルガンの株式ストラテジストのジェイソン・ハンター氏は、市場は来年の成長鈍化を無視しているようにみえると語った。
レストランなどのサービス業は今年も好調を維持したが、製造業は2022年に生産過剰が続いた後、苦戦を強いられている。エネルギー株は2022年に傑出したパフォーマンスを見せていたが、今年はマイナスのままだ。公益事業株は、その安定した収入源のおかげで通常、市場の他の部分が混乱しているときに避難所となっているが 1 月以来
10%以上下落している。中小企業も低迷しており、ラッセル2000指数は前回のピークから約15%下落、年初来では18%上昇した。

リー氏と強気派のグループにとって、2024年の市場にはこのような愛されない分野がチャンスとなる。製造業の不振が一転し、企業が在庫の積み残しを解消して新規発注を開始することで、2023 年に苦戦した企業が巻き返しを図る可能性がある。ドイツ銀行のチャダ氏は、エコノミストたちは一貫して今年の経済成長率を過小評価してきたと指摘する。

チャダ氏は、今年もそうなる可能性が高いと考えている。「プラス成長のサプライズがあれば、株価は上昇するだろう。弱気な見方をしている人たちは、製造業の回復はまだ確実ではなく、2023 年にこれらのセクターが下落したことは、もしS&P500 を上昇させたいくつかの巨大テクノロジー株がなかったら、株価上昇はまったく違ったものになっていただろう」という警告かもしれない、と言う。
これらのハイテク株は、「マグニフィセント・セブン」と呼ばれるほど圧倒的な強さを誇っている。市場最大級の企業を誇るグループだ。すなわち、アップル、マイクロソフト、アルファベット、アマゾン、エヌビディア、メタ、テスラである。彼らの存在がなければ、S&P500 種株価指数は今年10%程度の上昇だっただろう。モルガン・スタンレーのウィルソン氏は、「平均的な企業に改善が見られないなら、それはハードランディングのリスクだ。「不況になるとすれば、それはこれらの企業が従業員を解雇し始めるときだろう」。リー氏にとって、歴史は異なる結果を示唆している。S&P500 種指数がその年に少なくとも15%上昇したとき(1950 年までさかのぼると28 回ある)、翌年には半数の確率でさらに10%上昇し、70%以上の確率でプラスになっている、とリー氏は言う。金利が3%から5%の間であった時、株式市場の評価は現在とほぼ同じであった。これは株価反騰が行き過ぎでなかったことを示唆している。「人々は株式市場について理論的になりすぎている。カオスを受け入れることが、市場に対するより正しいアプローチなのだ」。

株式市場の動向に次いで関心を呼ぶのが債券市場の動きである。12 月26 日付フィナンシャル・タイムズは、経済ビジネス専門のコラムとして著名なレックス欄の記事「Turbulent bond market tests system (システムを試す乱高下する債券市場)」で、インフレの鈍化は金融引き締めが終わりに近づいているとの期待を高めているが、戦いは終わっていないと述べ、米国債を中心とする最近の債券市場の動きについて概略以下のように報じる。

債券の世界はかつてないほど威圧的に見えることが時折ある。2023 年 10 月、指標となる10年物米国債利回りは16年ぶりの高水準となる5%超まで上昇した。その後、低下したが2020年に1%以下だった利回りが急上昇したことは、低金利時代に国債や社債を買い集めた多くの金融セクターにとって大きな挑戦だった。また 3 月には米国の銀行セクターのひずみが明らかになった。シリコンバレー銀行の倒産である。同行は、預金逃避と債券売却損による下降スパイラルに巻き込まれ、2008 年以来最大の銀行破綻となった。
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生命保険会社も同様の問題に直面した。生命保険会社の債券ポートフォリオは通常、満期まで保有することができる。しかし、特にイタリアとフランスでは、金利上昇によって一部の顧客が保険契約を現金化したため、強制的な売り手となる恐れがあった。しかし、イタリアのゼネラリによると、経営難に陥ったイタリアの保険会社ユーロヴィータの救済措置が6 月に発表されたことで圧力は緩和された。

社債市場も金利上昇の影響を受けやすい。格付け会社のムーディーズは、2023年上半期の米国企業の債務不履行件数が前年同期を上回ったと報告している。2024年に満期を迎える投機的グレードの非金融債は約 2500 億ドルあり、借り換えは痛みを伴う可能性がある。 借入による企業買収を成功させることはますます難しくなっている。
プライベート・エクイティ業界は、その歴史上最も厳しい状況に直面している。利回りの上昇で資産価値が下がる一方、資本コストが上昇するからだ。不動産市場も二重の打撃を受けている。利回り上昇の影響は、オフィス稼働率の低下によってさらに深刻化している。
インフレ率の鈍化は、金融引き締め局面が終わりに近づいているとの期待を高めている。12 月中旬、ウォール街はジェイ・パウエルFRB 議長のハト派的な発言に陶然と反応し、10 年物国債利回りは8 月以降で初めて4%を割り込んだ。しかし、インフレとの戦いにまだ勝利していない。中央銀行はこれからも市場を面狂わせるようなことをする可能性がある。利下げは予想より遅れるかもしれない。政府、企業、家計の債務残高が平時の記録を更新するなか、金融負担をもたらす新たな証拠がまだ出てくるかもしれない。
次に上記フィナンシャル・タイムズ記事が言及したプライベート・エクイティ業界の動向について観察しておきたい。プライベート・エクイティ(非公開株式。PE)・ファンドはヘッジファンドと並んで、欧米で盛んな投資ファンドの一つである。一般にファンドとは、投資家から委託を受けた資金を専門家が代行して運用する金融商品を指し、大衆から広く資金を集める投資信託が代表とされる。その中で投資ファンドは狭義では、少数の投資家から集めた資金を企業の株式、債券、不動産などで運用して利益を分配する基金と定義されている。そして近年、存在感を増してきているのが PE ファンドである。

PE ファンドは、複数の機関投資家や富裕な個人から資金を集め、未公開企業の株式に投資して(あるいは、投資した企業を非公開として)経営に関与し企業価値を高めた後に、新規株式公開(IPO)や第三者売却により高収益を上げることを目的としたファンドとされる。ここでは、この PE ファンド市場と IPO 市場の動向についてみていく。1月8日付ブルームバーグ・ビジネスウィークは「Private Equity’s Horrible, No-Good ’23Set to Continue Into ’24 (プライベート・エクイティにとって最悪だった23 年、それが続くと予想される24 年)」と題する記事で、PE ファンド市場の最近の動向について以下のように報じる。
PE ファンドにとっても2023 年は恐るべき、良くない最悪の年となった。市場データプロバイダーのPitchBook によると、昨年、米国のPE ファンドは8,710 億ドルの資産を購入または売却したが、これは2016 年以来の最低水準であった。また、PE 投資家への分配予想額は、この四半世紀で2 番目に少なかったと投資銀行レイモンド・ジェームズは述べている。PE ファンドは借入コストの上昇、景気の不透明感、資金調達の低迷に悩まされている。また信頼できる顧客であった年金基金やその他の主要投資家への資本
還元が遅れているため、PE ファンドも投資に振り向けられる資金が限界に達している。
ケンブリッジ・アソシエイツ LLC のグローバル・プライベート投資責任者、アンドレア・アーバッハは言う。「PE ファンドは「ポートフォリオの改善に取り組み、売却して利益を上げられる資産を創出しなければならない」。
上述のようなPE ファンド業界の苦しみは、新規株式公開の動向にも表れている。2024年1 月18 日付エコノミスト誌は、「Wall Street is praying firms will start going public again (株式公開の再開を祈るウォール街)」と題する記事で、最近の新規株式公開市場について、以下のように伝える。
今、資本市場は骨の髄まで冷え込んでいる。2021 年は焼け付くように熱かった。平均して毎日少なくとも 1 社が新規株式公開(IPO)を果たした。しかし、今日の金融街は氷のようだ。この2 年間、金利の上昇で高騰したバリュエーションが崩れ、株価が乱高下
したため未上場企業は株式公開を敬遠してきた。ウォール街にとって悪夢のニュースだ。
2021 年、米国の5 大投資銀行は、Ⅿ&A 取引と新規株式公開(IPO)を合わせて四半期平均130 億ドルを稼いだ。その後2 年間はその半分にとどまる。

この状況はすぐに雪解けするだろうか。企業指導者は活況を呈する強気市場でのIPO デビューを好む。投資家も気が大きくなって、過大な買収価格を払う傾向があるからだ。
現在、市場は史上最高値に近いところまで回復しており、それは事実のようだ。また、投資家が信用懸念の問題を予想していないことを示す信用スプレッド(企業の借入金利と無リスクの米国債金利との差)が縮小していることも経営陣を勇気づけている。強い経済も追い風になっている。経済が好調であれば、資本金への需要が高まるからだ。実質金利が高い場合にもIPO によって提供される資本がより魅力的なものになるからだ。アメリカ経済の回復力、FRB の政策金利が 5.5%で基調的インフレ率が 3%前後であることを考えれば、どちらの条件も整っている。案の定、景気回復の兆しが見えてきた。2023年第4 四半期のインベストメント・バンキングの総収益は予想を上回り、前の3 ヵ月に比べて15%増加した。銀行のボスは決算説明会で2024 年について慎重ながらも楽観的な見方を示した。
とはいえ、経営幹部はボラティリティの高さに気を取られやすく、最近の株式市場の動きは予測不可能なもの以外の何物でもないのだ。IPO を申請してから実際に上場するまでに1 カ月ほどかかることが多いことを考えると、ジェットコースターのような上昇よりも着実に上昇する方がはるかに望ましい。このような状況では、待てる者は待つということになりがちだ。ほどほどの困難な時期であっても企業は低い価格を受け入れるよりもむしろ、IPO を完全に先送りすることが多く、株式公開を待っている企業の在庫が積み上がっていく。
景気ムードが急変する可能性もある。これは新規上場企業に打撃を与えかねない。ファスト・カジュアル・サラダを販売するキャバの株価は、6 月の株式公開時に 2 倍になった。他の企業も刺激を受け、8 月には、休日に野菜を売ることを専門とするインスタカートと、イギリスのチップメーカーであるアームが株式公開を申請した。だが、9 月下旬に株式公開にこぎつけた頃には金利先高観が強まり、株価は下落していた。時価総額100 億ドルで上場したインスタカートは、現在70 億ドルの価値しかない。
それでは、冬季にあるIPO が春を迎えるのはいつだろうか。これに答えようと、ノースカロライナ大学のグレゴリー・ブラウンとウィリアム・ボルクマンは数学的モデルを構築した。このモデルは、株式市場からのリターン、クレジット・スプレッド、実質金利などの変数を取り込み、これらを使って IPO の取引量を予測しようとするものである。

最初に発見したのは今日の市場は実に冷え切っているということだ。過去 3 ヶ月間のIPO 件数の平均が1975年から2020年の間の4 分の3 (すなわちIPO件数が月平均5.3件以下)よりも低い場合、IPO市場を「寒い」と定義している。この指標では、1980年以来、米国のIPO数として最長の寒波となる。また実情は、モデルが予想するよりもはるかに冷え込んでいる。モデルによれば、2023年末までには月に20社程度が株式公開してよかったのである。しかし上場したのは12月のたった1 社だけだった。

ブラウン氏とボルクマン氏は、市場が二日酔いに苦しんでいると疑っている。2021年には、彼らのモデルが想定していたよりもはるかに多くの企業が上場した。換言すれば、備蓄が枯渇したのだ。つまり、最近の小休止とその後の状況改善にもかかわらず、上場準備が整った企業はまだ多くないのだ。真の雪解けには、数四半期にわたる市場の上昇と経済の回復力だけでは不十分なのだ。熱だけでなく時間も必要だ。金利が上昇を再開するなど、予期せぬ事態が発生した場合、企業のトップは再び怯えることになりかねない。だから、熱波を予測するのは賢明ではないだろう。しかし、いずれは氷の間から緑の芽が顔を出すかもしれない。
最後に上記PE取引に関連する合併買収(M&A)取引の動向について観察する。1 月13日付フィナンシャル・タイムズ記事「Banks hope for M&A revival despite the geopolitics (地政学的要因にもかかわらず、銀行は M&A 復活に期待)」は、金利低下と経済のソフトランディングが、困難な 2023 年以降のⅯ&A の取引活動を後押しする可能性があると、以下のように伝える。

今、私たちが体験している前代未聞の地政学的不確実性を考えれば、今年Ⅿ&Aの取引が復活するかどうかを予測するのは愚かなことかもしれない。しかし、M&A活動が過去10年で初めて30億ドルを割り込んだ年の後、2024年にはディールが回復するという心強い兆候がいくつか見られる。ロンドン証券取引所グループのデータによると、昨年の世界全体の取引額は 17%減の 29 億ドルだった。サリバン&クロムウェルの企業弁護士フランク・アキラは、2 つの大きな武力紛争、急激な金利上昇でインフレと闘う FRB、米国の債務不履行が起こるかどうかの不確実性などに見舞われた1 年を経て、2024年の状況は好転する可能性が高いと述べた。現在、2024年に向けて、FRBがインフレを抑制し、低成長とはいえ成長を継続させることで、彼らが目指してきた"ソフトランディング"が実際に達成されるという楽観的な見方は正当である。「そのため、ほとんどのセクターと地域でM&A活動の回復が期待できる。

借入コストが下がることで、上場企業の最高経営責任者は株主に対して買収コストを正当化しやすくなる。金利が下がれば、プライベート・エクイティのディールメーカーにとっても、LBO(レバレッジド・バイアウト。対象企業の資産価値や将来のキャッシュフローを担保にして資金を借り入れて行う M&A 方策の一つ。leveraged buyouts)の計算がしやすくなる。投資家が金利の低下を期待しているため、今年後半は世界の株式も上昇している。株式市場が活況を呈すると、潜在的な買い手は割高になる前に資産を買い占めたいと考え、売り手は膨れ上がったバリュエーションを活用したいと考えるため、LBO市場はM&A 取引と連動する傾向がある。
復活の兆しを見せているセクターとしてはエネルギーやヘルスケアがあり、メガディールが相次いでいる。石油・ガス部門では、エクソンモービルとシェブロン、製薬業界では、アストラゼネカ、アッヴィ、ブリストル・マイヤーズ・スクイブなどの大企業が大型のⅯ&A を行っている。しかし、ディールメーカーにとっては良いニュースばかりではない。2023年におけるディールメーキングの主な阻害要因の2 つである、厳しい独占禁止法環境と世界的な地政学的不安定は、すぐにはなくならない。英国を含む米国や欧州の競争監視当局は近年、消費者や社会全体にとって有害とみなされる合併に監視姿勢を強めている。

M&A 取引にとってもう一つの潜在的なマイナス要因は、民主主義が機能していることである。LSE(ロンドン証券取引所)グループのデータによると、過去10年間、特に米国では選挙前にM&A 取引が鈍化している。選挙はM&Aの阻害要因になりがちだが、これは経営陣がディールを決定する前に誰が政権を担うかを明確にすることを好むためである。今年は世界人口の約半数が投票を行うため多少の混乱が予想されるが、米国ではトランプ新政権が誕生すれば、主に独占禁止法の執行が緩和されると予想されるため、ディール推進寄りと見なされる可能性が高い。全体的なM&Aシナリオは、特に懸念されていた景気後退が起こらなかったことで、1 年前より改善されたと感じられるが、見通しは依然としてまちまちである。とはいえ、ディールメーカー達は、最悪期は脱したと確信している。CEOや取締役会は、将来について明確なイメージを持つ必要はないがある程度の安定を必要としている。ゴールドマン・サックスのM&A グローバル共同責任者のステファン・フェルドゴイズは、「安定が戻ってくるだろうと、それなりに強気だが、明らかに、それは断続的なものだろう」と語る。

上述のようにM&A のメガディ―ルが主要セクターで起きており、今年はディ―ルが
回復すると見込まれているが、国境を跨ぐⅯ&A も増加すると思われる。その関連で注目されるのが、財務上多額の資金を積み上げている日本企業の動向である。最近では日本製鉄による米USスチールの買収案件が注目されている。1 月7 日付ニューヨーク・タイムズは、「Japanese Bid for U.S. Steel Plant Tests Biden's Industrial Policy (日本企業の米国製鉄所への入札、バイデン氏の産業政策を試す)」と題する記事で、USスチールが日本の競合企業である日本製鉄に141億ドルの株式公開買い付けで買収される計画を発表したと報じ、記事の冒頭で以下のように述べる。

USスチールは、バイデン大統領が経済政策によって米国に復活させると述べている失われた製造業の力の象徴的な例である。しかし先月、同社は日本の競合他社に買収される計画を発表した。こうした動きによって、バイデン氏は国内の産業部門を活性化する試みと、国際的な同盟関係を再構築する努力のバランスを取ろうとする中で厄介な窮地に立たされている。バイデン政権はこの取引に不快感を示しており、ホワイトハウスの国家経済会議を率いるラエル・ブレイナード氏はニュースリリースで、バイデン氏は米国の製造業への外国投資を歓迎するが、「この象徴的な米国企業を外国企業が買収するのは、たとえ緊密な同盟国によるものであっても国家安全保障とサプライチェーンの信頼性に対する潜在的な影響の観点から、真剣に精査する価値があると考えている」と述べた。ブレイナード氏は、政権は「そのような調査の結果を注意深く検討し、適切な場合に行動する用意がある」と述べた。
さらに12月22日付ワシントン・ポストは「Why there’s no reason to worry about the Japanese takeover of US Steel (日本製鉄のUSスチール買収、心配の必要なし)」と題する社説で以下のように論じる。

日本製鉄が141億ドルでUSスチールを買収することで合意した。これに対して米中西部の衰退した工業地帯でラストベルト(Rust Belt)と呼ばれる各州から選出された民主、共和両党の上院議員が警鐘を鳴らしている。「米防衛産業基盤の重要な一部が、外国人に競売にかけられ、現金を手に入れた」と J.D.バンス上院議員(共和。オハイオ州選出)は語り、ジョー・マンチン3 世上院議員(民主。ウエストバージニア州選出)は、「わが国の安全保障に対する直接的な脅威だ」と述べた。シェロッド・ブラウン上院議員(民主。
オハイオ州選出)は、この提案は「アメリカの鉄鋼労働者を侮辱している」と主張した。

彼らや他の批評家たちは、バイデン政権が外資による潜在的な安全保障上のリスクを規制する連邦法に基づき、買収を阻止することを望んでいる。そして木曜日、ホワイトハウス高官は、この取引は「重大な精査に値するようだ」と述べた。
提案されている取引は簡単に合格するはずだ。日本企業による大規模な資本投資は、米国の国家安全保障や経済安全保障に危険をもたらすものではない。ジャネット・L・イエレン財務長官が委員長を務める関連機関の対米外国投資委員会(CFIUS)が、そう結論づける十分な理由がある。この日本叩きは、1980 年代後半の日本の経済的台頭に対する行き過ぎたパニックを思い起こさせる。日本は米国の同盟国であり、相互防衛条約を結んでいる。両国はマイクロチップやその他の機密技術の生産で協力している。そして、1984 年以来米国に進出している日本製鉄が、例えば米国の兵器用鉄鋼の生産を削減するために利益を放棄することには何の得もないだろう。
この買収により、US スチールはそのブランドとピッツバーグ本社を維持し、世界第2位の鉄鋼メーカーとなる新会社の一部として統合される。世界の鉄鋼の半分以上を生産する中国に対抗するためには、統合が必要なのだ。約 1 万 1000 人の US スチール従業員を代表する全米鉄鋼労組は、最良の提案を受け入れた同社の取締役会を「貪欲」と呼んだ。同組合は取締役会に対し、オハイオ州に本社を置くクリーブランド・クリフス社への売却を望んでいたが、同社は当初、日本側の約半分となる73 億ドルを提示した。また日本製鉄は既存の組合契約をすべて尊重すると約束しており、買収が労働者に損害を与える理由はない。
皮肉なことに、新日鉄の入札に対する批判の多くは、そもそも US スチールを魅力的な買収対象とした産業政策を支持する人々から発せられている。ドナルド・トランプ大統領は鉄鋼輸入に 25%の関税を課し、バイデン大統領はそれをほぼ維持した。超党派のインフラ法案、チップス法、インフレ削減法といったバイデン氏の代表的な立法成果には、国産鉄鋼で建設された風力発電所に対する税額控除など、日本製鉄に米国の鉄鋼メーカーを買収するインセンティブを与える誘導策が含まれていた。今は、US スチールの雇用が 34 万人のピークに達し、日本を含む枢軸国(Axis powers)を打ち負かすために連合国軍の武装化に貢献した 1943 年ではない。日本は米国の最良の友好国のひとつであり、その企業はすでに全米の自動車工場で何万人もの米国人労働者を雇用している。
鉄鋼でも歓迎されて然るべきなのだ。

結び:以上のようなメディアの論調や報道について、次の各市場、すなわち株式、債券、投資ファンドと新規株式公開(IPO)、M&Aに分けてまとめてみたい。
第1 は、株式市場の動きである。メディアはまず、昨年ウォール街の関係者を含む多くの人々が差し迫る景気後退に警鐘を鳴らしたが、債務上限問題や3 月の銀行危機、政府の財政赤字の資金調達コストをめぐる懸念、ウクライナ戦争の継続と中東での新たな紛争にもかかわらず、インフレ率は低下し、失業率は低水準にとどまり、S&P 500 は25%も上昇したと指摘する。
2024 年についてもウォ-ル街の主要アナリストを含む関係者は楽観論を広く共有し強気の反騰が続くと予測していると報じる。だが、以下の諸点に留意しておきたい。まず、金利上昇の影響がまだ経済全体に及んでおり、昨年に深刻な景気後退がなかったからといっても完全に回避されたわけではないとの反論である。次いで、景気が失速する前に FRB が物価上昇ペースを目標の 2%に戻せるかどうかが問題であるとの指摘である。さらにインフレ問題は11月までの1 年間で低下傾向にあるものの、コアCPIは4%にとどまっていること、また失業率の小幅上昇、クレジットカードの延滞と自動車ローンの返済延滞者数の増加、消費者金融の厳格化の動きなど今後の成長鈍化の兆しがみられることである。景気の動き、特にインフレと失業、消費動向からは目が離せないといえよう。
他方、明るい材料もある。2023年に苦戦した分野、すなわち製造業、エネルギー、そして中小企業などのセクターにチャンスがあるとの指摘がある。製造業で在庫積み残しの解消によって新規発注が開始され、また経済成長率が昨年と同様にエコノミストたちによる過小評価の可能性が高いとそれぞれ主張されている。特に昨年の株式市場を上昇させた「マグニフィセント・セブン」と呼ばれる巨大ハイテク株は今年も健在だとの指摘に注目したい。また S&P500 種指数がその年に少なくとも 15%上昇したとき、翌年には半数の確率でさらに10%上昇し、70%以上の確率でプラスになっているとの経験則に基づく考え方も注視する必要があろう。

第2 に債券市場の動きである。FRB の急速な利上げは債券価格の急落を招いたが、メディアは、そうした債券の世界を威圧的と評する。実際、米シリコンバレー銀行破綻の一因となり、米社債の債務不履行を増加させ、欧州でも生保会社が同様の問題に直面するなど金融セクターへの脅威となった。PE 業界や不動産市場も打撃を受けている。その意味でパウエル FRB 議長のハト派的な発言にウォール街が陶然と反応したのは、当然といえよう。これからもウォール街は FRB の動きやパウエル議長の発言に一喜一憂することになろう。
第 3 に PE ファンドと新規株式公開(IPO)市場の動向である。メディアによると 23年、PE ファンドは借入コストの上昇、景気の不透明感、資金調達の低迷に悩まされた。
このためポートフォリオの改善に取り組み、売却して利益を上げられる資産を創出しなければならないと関係者は警鐘を鳴らしている。同業界も、FRB による急速な利上げと引き締め政策の影響を直接的に受けているといえよう。そして PE ファンド業界の不振は IPO にも反映している。焼け付くように熱かった 2021 年から、今は骨の髄まで冷え込んでいるとメディアは伝える。その背景について、この 2 年間、金利の上昇で高騰したバリュエーションが崩れ、株価が乱高下したため未上場企業は株式公開を敬遠してきたと述べる。
ただし状況は好転に向かってはいるようだ。経済が好調で、資本金への需要が高まるなか、投資家は信用懸念を後退させており、また実質金利が高い状況にあるためIPOによって提供される資本が魅力的になっている。気掛かりなのは、メディアが指摘するように、IPO 申請から上場までに1 カ月ほどかかることから、株式市場での株価変動が激しいと先送りの可能性が生じ、また景気観測の急変によって株価変動の危険にさらされることであろう。こうしたリスクを非公開企業の経営者や投資家などの関係筋がどのように評価するか注視していく必要がある。なお、IPO 取引量を予測するモデルが開発されているのも注目される。同モデルによっても、今日の市場は実に冷え切っているという結果になっている。2021 年の熱狂の後、上場準備が整った企業が枯渇し、その回復には時間が必要だとされている。時が解決する問題でもあるようだ。

最後の第4 は合併買収(M&A)取引の動向である。このセクターは、地政学的不確実性にもかかわらず、今後に期待される利下げと米経済のソフトランディングで取引が後押しされるとみられている。2024 年に取引の回復が予想されるのは、2 つの大武力紛争、FRB の利上げ、債務上限問題による米政府の債務不履行懸念などのために2023年に取引が急減したことの反動ともいえる。ここでは特に金利低下のもたらす複合的効果に注目したい。借入コスト低下により株主に対して買収コストを正当化しやすくなり、株式市場が活況を呈することで潜在的買い手は割高になる前に資産を買い占めたいと考え、売り手は膨れ上がったバリュエーションを活用したいと目論む。またM&A 取引と連動するLBO (レバレッジド・バイアウト)が、金利低下によって対象企業の資産価値や将来のキャッシュフローの計算がしやすくなり、増加するとされている。そうした予測を裏付けているのが、すでにメガディールが成立している石油・ガスのエネルギーや製薬業界などのセクターである。
こうした動きに対して、2 つの制約要因が挙げられている。一つは、米国や欧州の競争監視当局である。消費者や社会全体にとって有害とみなされる合併に監視姿勢を強めているとされる。もう一つは、機能する民主主義、すなわち選挙の存在である。そうした監視当局や選挙で選ばれた政権の動きは、当然の所与として受け止めていくべきであろう。特に後者については、時の政権と癒着し、腐敗しがちな独裁、専制政権よりもはるかに健全な体制である。その関連で日本製鉄の US スチール買収は、政治との接点で興味深い案件となる。ラストベルトを地盤とする超党派の議員から早速、反対の声が上がっている。バイデン政権も慎重姿勢である。最近の報道によれば、共和党の次期大統領候補として有力なトランプ前大統領も反対の姿勢を明確にしたという。米大統領選でトランプ候補が勝利すれば、このM&A は完全に葬り去られそうである。
以上、株式、債券、投資ファンド、M&A 市場の動向をみてきた。市場の動きを左右する要因としてまず、インフレや失業などの景気情勢とそれによるFRB 金融政策の動向がある。これに加えてウクライナと中東情勢そして米中関係の緊張などの地政学的要因、さらに選挙の年といわれる 2024 年の中で特に注目される米国大統領選などの政治状況が、市場に大きな影響を与えている。要すれば、2024 年の市場は景気動向、地政学的要因そして政情によって翻弄されるリスクに直面しているといえよう。


 

(主要トピックス)
2024 年
1 月16 日 北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外相、ロシアを訪問。プーチン大統領と会談。対米共闘で一致。
中国の対北朝鮮貿易、投資の企業団体「朝鮮中国商会」代表団、訪朝。
パンデミック後、中国経済団体による初めての訪朝。
17 日 中国・フィリピン両政府、上海で海洋協議を開催。南シナ海の平和と安定のための対話維持の重要性を確認。
19 日 パキスタンのジラニ外相とイランのアブドラヒアン外相、電話会談。
互いの領土攻撃を巡り緊張緩和を図る方針で合意。
20 日 韓国の保守系与党「国民の力」の元代表、李俊錫(イ・ジュンソク)氏、「改革新党」を国会内で結党。
22日 インドのモディ首相、北部のアヨドヤで催されたヒンズー教「ラーマ神」をまつる寺院の落成式に参列。5 月の総選挙に向けヒンズー教徒に成果をアピール。
23 日 中国政府、反テロリズム白書を公表。思想統制を「過激主義」の浸透を防いできたとして正当化。人権を口実にした内政干渉を批判。
24 日 中国人民銀行(中央銀行)、預金準備率を0.5%引き下げ。
26 日 サリバン米大統領補佐官と中国の王毅(ワン・イー)共産党政治局員兼外相、タイの首都バンコクで会談。台湾海峡の安定の重要性を確認。
30 日 フィリピンのマルコス大統領、訪問先のベトナムでトゥオン国家主席と会談。南シナ海における事故防止の連携、両国海上警備機関の協力拡大する覚書を交燗わした。
2 月 1 日 台湾の立法院(国会)、最大野党・国民党の推す親中派の韓国瑜氏が立法院長(国会議長)に選出。
2 日 韓国軍合同参謀本部、北朝鮮が黄海に向けて巡航ミサイルを発射したと発表。
3 日 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記、朝鮮西部の造船所を視察。
海軍強化のため「船舶工業の現代化」を指示。
4 日 中国証券監督管理委員会、中長期資金の流入促進や違法行為の摘発強化などの資本市場安定化策を発表。
7 日 中国国務院(政府)、証券行政トップとなる証券監督管理委員会主席の易会満氏を免職し、上海市共産党委員会副書記の呉清氏を任命。
東京都の小池百合子知事、台湾を訪問、与党・民主進歩党(民進党)の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統らと面会。
8 日 パキスタンで総選挙(下院、定数336)、実施。獄中のカーン元首相を支持する無所属候補者が98 議席を獲得。
10 日 中国語圏において春節(旧正月)の8 連休がスタート。中国、香港、マカオ、台湾、韓国、シンガポールなどの東南アジア諸国の祝日。中国は春節前後の40 日間で延べ90 億人が移動すると政府が予測。
12 日 上川陽子外相、太平洋に位置する 18 の島しょ国・地域との「太平洋・島サミット」閣僚会合をフィジーで開催。海の「法の支配」強化外交に取り組むと表明。
13 日 インドのモディ首相、アラブ首長国連邦(UAE)を訪問、ムハンマド大統領らと会談。中東経由で印欧を結ぶ経済回廊構想推進協定を締結。
14 日 インドネシアで大統領選挙。プラボウォ国防相が勝利宣言。
韓国外務省、キューバと外交関係を樹立したと発表。
15 日 北朝鮮の朝鮮労働党副部長、金与正(金正恩総書記の妹)氏、拉致問題は解決済みとの立場を表明、これを「障害物」とみなさなければ「岸田首相の平壌訪問日が来ることもあり得る」との談話を発表。
主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK(ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME(タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER(ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。

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