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東アジア・ニュースレター

海外メディアからみた東アジアと日本

第189回

前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座

 中国政府は、大手保険、銀行に対して総額540億米ドル(3,600億元)の大規模支援策の実施を決めた。目的は金融強国化に向けた取り組みの一環であり、「リスク耐性」の強化やリスク予防における強靭性の向上などと説明されているが、大手金融機関の抱える不動産関連の不良債権処理に当てられるのは間違いないと思われる。

 台湾が自衛訓練における米国の役割を公表し、米国も台湾との軍事面での協力関係を強調している。メディアは、米台当局が米国の秘密裏の役割を認めることは異例だと指摘。背景として、中国に向けた米台協力関係の誇示の他に、近年台湾人の間で高まっている対米不信感の払しょくと対米信頼感の回復の試みとの見方を伝える。

 韓国の李大統領は、AIブームに沸く経済を背景に急増する税収を基にして巨額の歳出増を計画している。すなわち、AIや半導体産業、データセンター向けの投資などに加えて、苦境にある地域や若者、家族などへの支出増などポピュリスト的政策を約束している。しかし沸騰状態にある経済をさらに加熱させる危険が大きいと批判されている。

 北朝鮮関係では、トランプ米大統領が唐突に米韓軍事演習の縮小を一方的に命じた。これに対して、北朝鮮に対する抑止力を弱め、脅威を増大させる深刻な過ちだとメディアが批判する。北朝鮮の歓心を買うことはイランの姿勢を強固にさせるだけで、対北朝鮮関係を一層緊密にするだろうと述べ、中ロの枢軸を利することになると警告する。

 東南アジア関係では、マレーシアがローエンドのマイクロチップ製造とデータセンターの開発や半導体製造サプライチェーンにおける「バックエンド」工程の主要拠点として、ひっそりと繁栄しているとメディアが伝える。事実、経済は第2四半期に前年同期比6%成長し、今年第1四半期の5.4%成長から加速している。

 インドは中国の資金と技術を必要とし、中国にはインドの急成長する巨大市場が魅力的である。双方は対立、反目しているがお互いを必要としている。いわばラブ・アンド・ヘイトの関係にある。力関係では中国が今は優位にあるようにみえるが、双方に切り札があり、インドがどのように切り返していくかが注目されている。

 主要紙社説・論説欄では、最近の円相場動向を取り上げた。日米当局は7月末に円買いの協調介入に踏み切った。メディアは、これを「通貨アクティビズム」の新時代と評す。 

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北東アジア

中 国

☆ 大手金融機関向けに大規模支援策を実施
中国当局は、金融強国化に向けた取り組みの一環として保険会社・銀行向けに540億
米ドルの大規模支援策を実施することを決めた。この類を見ない規模の資本注入は、支払能力への圧力が高まり、規制上の要求が迫る中、保険会社や銀行の基盤強化を図るものだと、9月6日付サウス・チャイナ・モーニング・ポストが概略以下のように伝える。

 中国は6日、国内最大の国有保険会社および国有銀行に対し、総額約3,600億元(540億米ドル)に上る資本注入策を打ち出した。これは、世界的な金融大国へと成長するという中国政府がかねてから掲げてきた計画に向けた一歩となる。アナリストによると、今回の措置を主導した財政省がこれほど大規模な資本注入を金融機関に対して行ったことは極めて稀だという。中国生命保険は、自社のウェブサイトを通じて「リスク耐性」の強化を目的として350億元の資本注入を受けると発表した。銀行については、証券取引所への提出書類によると、中国農業銀行が財務省、国家タバコ総公司および関連子会社に対する新規A株の私募を通じて、最大1,600億元を調達する計画である。中国工商銀行も同様の投資家グループから最大1,000億元の調達を目指していることが明らかになった。最近の最高レベルの会議では、成長への圧力に対抗するためより積極的な財政政策を求める声が相次いでおり、金融機関への資本注入はその財政政策の一環である。

 国営通信社・新華社によると、中国輸出入銀行(通称「エクシムバンク」)は、「実体経済と対外開放を支援する能力を大幅に強化するとともに、リスク予防における強靭性を高める」ため300億元の資金を受け取る予定とされている。中国人民保険(グループ)は、6日に上海証券取引所に提出した届出書によると、国内市場で新株を発行し、最大150億元を調達する計画であり、財務省が現金で引き受けることになっている。中国輸出信用保険公司(通称:Sinosure)は、自己資本比率の改善と保険債務履行能力の拡大を目的として、中核資本を補充するために100億元の資本注入を行うと発表した。中国太平保険グループのウェブサイトによると、同社はリスクに耐えられるよう70億元の資金を受け取る予定だ。中国再保険は香港証券取引所に提出した届出書によると、新規A株を発行する計画であり、財務省が現金で総額30億元を引き受ける予定である。「最近の最高レベルの会議では、成長への圧力に対抗するため、より積極的な財政政策を求める声が相次いでおり、金融機関への資本注入はその財政政策の手段の一つである」と、北京に拠点を置く投資会社Chanson & Co.のシェン・メン取締役は述べた。「こうした資本注入は、金融機関の業務上および規制上のリスクを軽減するだけでなく、金融セクターの乗数効果を通じて、より広範な投資や消費を刺激するものである。」

 シェン氏は、財務省が「これほど大規模な資本注入を金融機関に対して行ったことはめったになく、数少ない前例も主にバランスシートの健全化やリスク削減を目的としたものだった」と述べた。今回の資本注入は、中国を金融大国へと変革するという中国政府の野心に裏打ちされたものである。この目標は、中国人民銀行が今年、史上初めて単独で策定した5カ年計画に正式に盛り込まれており、同計画では、人民元の国際的な利用拡大とそのビジョンを推進するための「強力な中央銀行」の構築が約束されている。S&Pグローバル・レーティングスの推計によると、中国四大国有銀行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行)は、総損失吸収能力(TLAC)の要件を満たすためには、2025年までに最大3.7兆元の資本不足に直面するとみられている。TLACとは、国際的な規制当局が世界の大手銀行に対して要求する資本バッファーを指し、危機発生時に政府の救済措置を必要とせずに損失を吸収できるようにするためのものだ。

 中国の国有大手銀行6行は今年、上半期の収益と純利益が2022年以来初めて同時に増加した。これは、純金利マージン(銀行が貸出で得る利息と預金に支払う利息の差額)が緩やかに回復したことが要因だ。このマージンは過去2年間にわたり着実に縮小しており、2026年第1四半期には業界平均が過去最低の1.4%近くまで低下していた。中国の国有金融機関を強化しようとする政府の取り組みは、香港の役割を高めようとする努力と相まって進められている。規制当局は、中国本土の保険会社に対し、香港上場の上場投資信託(ETF)への投資を促しており、これにより香港のグローバル金融センターとしての地位が強化されている。平安保険の取締役会秘書によると、中国最大の民間保険会社である同社は、今年上半期に36%の利益増を記録した後、香港のETF事業への進出について規制当局の承認を求めていた。また、中国本土の金融機関は、人民元の国際化を支援するため海外での資金調達を加速させている。昨年だけでも中国太平洋保険、中国工商銀行、中国光大銀行などが香港その他のオフショア市場でそれぞれ3億~20億米ドルを調達した。

 以上のように、中国政府は6日に大手保険、銀行に対して総額540億米ドル(3,600億元)の大規模支援策の実施を決めた。狙いは、金融強国化に向けた取り組みの一環であり、「リスク耐性」の強化やリスク予防における強靭性の向上などといった説明がなされている。同時にこうした施策が金融セクターの乗数効果を通じてより広範な投資や消費を刺激し、成長への圧力に対抗する効果があるとされている。記事は、明確には述べていないが今回の資本注入が大手金融機関の抱える不動産関連の不良債権処理に当てられるのは間違いないと思われる。(因みに本年6月11日付日経新聞は、中国は今年3月の全国人民代表大会で国有大手銀行に3,000億元(約7兆1,000億円)の公的資本を注入すると決めたと報じている。)また、それを裏打ちするように記事は、中国四大国有銀行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行)は、TLACの要件を満たすためには、2025年までに巨額(最大3.7兆元)の資本不足に直面するとみられていると報じている。しかし、同時に中国を金融大国へと変革し、人民元の国際化のビジョンを推進するためとの見方も紹介している。かなり過剰な目標を掲げていると言えよう。

台 湾

☆ 米国との協力関係を誇示する台湾
 台湾当局が自衛訓練における米国の役割を公表し、中国に対して米台協力関係を誇示していると、8月5日付ウォール・ストリート・ジャーナルが概略以下のように報じる。

 台湾は長年秘密にしてきた米軍の訓練を公表し始めており、米国側も台湾との協力関係を強調している。これは、ドナルド・トランプ大統領の発言が双方の関係を危うくしかねないとみられるなか、米台関係が依然として強固であることを中国に示すメッセージだ。台湾の顧立雄国防部長(国防相)は少数の記者団に対し、米国との軍事協力は「想像以上に緊密だ」と述べた。台湾の防衛強化と中国への抑止力向上に向けた米国の秘密裏の役割を認めることは異例だ。米国は法律に基づき、台湾に自衛手段を提供する義務を負っており、これまでに数十億ドル規模の武器を売却している。「公衆の目に映るのは武器売却だけだが、実際には多面的でそれ以上のものが含まれている」と顧氏は7月31日に述べた。「軍事交流を通じて、私たちは米国から非常に多くの実践的な戦闘経験を学んでいる」。米国防総省と米太平洋軍はコメントを控えた。

 顧氏はさらに、中国との潜在的な紛争に備えた台湾の計画には米軍の介入は含まれていないと付け加えた。台湾での部隊訓練は非常に繊細な問題であり、中国政府からの報復を避けるため、米台双方が長年にわたり公にしてこなかった。海上での法執行における協力でさえデリケートな問題だった。しかし、台湾における事実上の米国大使館である米国在台湾協会(AIT)は先週、台湾と米国の沿岸警備隊の巡視船が並んで航行する写真を公開した。投稿では「米国沿岸警備隊と台湾沿岸警備隊は、共通の海洋目標に向けて連携を深めている」と説明されていた。また、米国は「海洋安全保障と安全に関する台湾のパートナーシップを高く評価しており、海洋法執行交流や国際協力を含むグローバルな問題に対する台湾の意義ある貢献を支援する」とした。

 米国と台湾の沿岸警備隊は軍とは「かなり異なる」が、台湾政府は両者の協力関係をより公にすることを望んでいると、ワシントンを拠点とするシンクタンクのジャーマン・マーシャル財団・インド太平洋プログラム担当マネジングディレクターのボニー・グレイザー氏は述べた。台湾沿岸警備隊を管轄する台湾海洋委員会の管碧玲主任委員は、AITの投稿に対してフェイスブックページで「この発表は非常に重要な意味を持ち、西太平洋の平和と安全の維持に対する米国のコミットメントを反映した同国の新たな一歩だ」と応じた。こうしたより開かれた姿勢に先立ち、トランプ氏は台湾に対する米国の支援に疑問を呈する発言をしている。また、中国から台湾への圧力は着実に高まっている7月31日、中国の沿岸警備隊である海警局の船舶2隻が中国本土から遠く離れた台湾東方の海域で通常業務とする法執行パトロールを実施した。中国の沿岸警備隊は事実上の軍事資産となっており、侵攻や封鎖シナリオの訓練や台湾への威嚇を目的とした演習に定期的に参加している。5月と6月に台湾当局が報告した同様の沿岸警備隊の目撃件数は85件に上り、昨年同期比で約90%増加した。

 外交問題評議会のアジア研究フェローであるデービッド・サックス氏によると、北京での習近平国家主席との首脳会談後のトランプ氏の発言、特に「9,500マイル(約1万5,000キロメートル)先まで戦争をしに行きたくない」という発言が米国のコミットメントの信頼性について台湾に懸念を生じさせたという。「米政府と中国政府の間でデタント(緊張緩和)が語られているのにトランプ氏と習氏の会談以降、台湾に対する中国の威圧はむしろ増しているというのが事実だ」とサックス氏は述べた。「トランプ大統領の発言は、近年台湾人の間で高まっていた米国への不信感にさらに拍車をかけた」。トランプ氏が北京を離れた後に放映されたインタビューで、同氏は台湾向けの140億ドル(約2兆2000億円)の米国の武器パッケージを中国との「非常に良い交渉カード」と呼んだ。ホワイトハウスがこの武器売却を承認するかどうか、またいつ承認するかは依然として不明だ。「米台安全保障協力の一部、例えば沿岸警備隊の合同パトロールなどを公表することは、こうした見方に対抗し、米国への信頼を回復しようとする試みである可能性が高い」と、かつてAITで政務・軍事問題を担当していたサックス氏は述べた。

 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は2021年、少数の米軍部隊が少なくとも1年間台湾に駐留し、中国軍に対抗するための防衛訓練を秘密裏に実施していたと報じた。台湾に駐留する米軍関係者はしばしば「米国人英語教師」と呼ばれる。これは米軍の存在を明示的に言及することを避けるための表現であり、台湾における彼らの存在は長年公然の秘密となっている。「より多くの『米国人英語教師』が必要な場所に現れるだろう」と顧氏は述べた。「しかし、彼らが活動する場所を見つけることはできないだろう」。台湾が5日から始まる年次軍事演習の準備を進める中、他の上級軍事当局者も米国の役割についてこれまでよりも率直に語っている。「『米国人英語教師』は多くの実際の戦闘経験を私たちと共有してくれている」と、台湾軍の報道官である孫立方陸軍中将は7月31日に述べた。「私たちが実際に何を学んだかを知りたければ、この実戦的な戦闘訓練を通じて私たちの部隊がどれほど変化したかを見ればいい」と、軍の戦略計画部門を率いる黄文啓陸軍中将は述べた。「ただし、そのどれもが公に話せるような内容ではない」。

 以上のように、台湾当局は自衛訓練における米国の役割、すなわち「米国人英語教師」の存在を公表し、米国側も台湾との軍事面での協力関係を強調している。記事は、こうした米国の台湾防衛のための秘密裏の役割を認めることは異例だと指摘し、背景として、中国に向けた米台協力関係の誇示の他に前回の米中首脳会談後のトランプ氏の発言、特に「9,500マイル(約1万5,000キロメートル)先まで戦争をしに行きたくない」という発言を挙げ、近年、台湾人の間で高まっていた米国への不信感を払しょくし、米国への信頼を回復しようとする試みという見方を紹介する。記事の中でひとつ気になるのは、顧立雄国防部長(国防相)の「中国との潜在的な紛争に備えた台湾の計画には米軍の介入は含まれていない(原文は、Koo added that Taiwan’s planning for potential conflict with China doesn’t include U.S. military intervention.)」という補足発言である。これは米軍の介入、つまり軍事支援を期待してはいるが、それがなくとも自衛できるように計画は立てているという趣旨と理解できるだろう。

韓 国

☆ 過熱の危険ある経済
 韓国政府はAI主導の半導体ブームによる税収増をAIやその他の未来産業に再投資する計画を明らかにしたと、9月1日付フィナンシャル・タイムズが報じる。李在明(イ・ジェミョン)大統領は、同国史上最大規模の歳出増を打ち出した。李政権は9月1日、2027年度予算として820.9兆ウォン(5,980億ドル)を公表した。これは前年比12.8%増となる。これには、サムスン電子やSKハイニックスなどの半導体メーカーからの税収急増を主な財源とする基金形式の「未来対応基金」への162.3兆ウォンが含まれている。この数字は、世界金融危機に対応して韓国政府が支出を10.6%増額した2009年以来、予算の増加率が初めて2桁を記録したことを示している。朴洪根(パク・ホングン)企画財政相は、政府が「成長主導の好循環」を目指していると述べた。この好循環では、公共支出が経済成長の「起爆剤」となり、それがひいては財政を強化することになるという。

 世界的なAIブームのおかげで韓国経済は絶好調にある。このブームにより、韓国のメモリチップに対する需要が爆発的に高まり、大手半導体メーカーの利益が押し上げられ、国内市場では目まぐるしい上昇が続いている。その収益の一部は従業員にも還元され始め、半導体業界の従業員には臨時ボーナスが支給されている。新予算では、半導体業界に2.6兆ウォン(19億ドル)が割り当てられるほか、データセンターやロボット産業への資金も計上される。さらに3.4兆ウォン(25億ドル)が原子力潜水艦計画を含む戦略兵器に充てられる。「未来対応基金」は、来年度に45.4兆ウォン(331億ドル)を投入することから始まる。また政府は、首都圏以外の経済的に苦境にある地域への配分に加え、特に若者や家族向けの社会支出も増額する。李大統領は、少子化による危機に直面している地方の大学への投資拡大を約束している。企画財政省は、2027年の政府歳入が過去最高の880.8兆ウォンに達し、計画支出を60兆ウォン近く上回ると予測している。

 公的債務のGDP比は、2026年の51.6%から来年は48.3%に低下すると予測されている。「韓国の債務水準は他の先進国に比べて比較的低いため、人口危機などの構造的課題に対処するために潜在成長率を高めるのは悪くない考えだ」と、ソウルにあるスタンダードチャータード銀行のリサーチ責任者、パク・チョンフン氏は述べた。公共支出の急増は、半導体ブームなどが一因となっているインフレ圧力を鎮めるため、中央銀行が金融引き締めを行っている中で起きている。韓国銀行は先週、政策金利を3%に引き上げ2回連続の利上げとなった。李総裁は1日、利上げは「避けられない」と述べた一方で「財政政策は、利上げによって脆弱な層が被る痛みを最小限に抑え、潜在成長率が損なわれないよう、慎重に調整された役割を果たす必要がある」と付け加えた。韓国銀行はまた、2026年の成長率見通しを3.3%、2027年を2.9%に上方修正した。しかし、インフレ率が韓国銀行の目標を上回り、ソウルの不動産価格が高止まりし、家計債務が拡大している状況下で大規模な財政拡大の妥当性について疑問を呈するアナリストもいる。「経済は単に『熱い』だけでなく、『沸騰している』状態だ」と、ソウル大学のキム・ウチョル税務学教授は述べた。「この規模の財政拡大は、現在の状況には全く不適切だ」。明知大学の政治学教授、シン・ユル氏は次のように付け加えた。「半導体ブームがいつまで続くかは誰にも分からない」。

 李大統領はまた、低下の一途をたどる支持率の回復にも苦戦している。先月末に発表された世論調査によると、李大統領の支持率は7月の第2週の48.9%から38.9%へと低下し、過去最低を記録した。先週末に行われた内閣改造で新財務相と新国防相が就任したことを受け、2日には最高政策顧問のキム・ヨンボム氏が辞任した。予算案は国会の承認を必要とするが、李大統領率いる与党「共に民主党」は国会300議席のうち161議席を占めており、与野党の合意が得られなくても可決させることができる。

以上のように、李在明大統領はAIブームに沸く経済を背景に急増する税収を基にして巨額の歳出増を計画している。すなわち、AIや半導体産業、データセンター、ロボット産業向けの支出、さらには苦境にある地域や若者、家族、地方大学などへの投資拡大などポピュリスト的政策を約束している。しかし経済は暑いだけでなく沸騰状態にあり、インフレ圧力も高まり、中央銀行である韓国銀行は連続利上げに踏み切っている。こうした状況では、公共支出は経済成長の「起爆剤」になるよりも加熱させる危険が大きいと批判されている。しかし、支持率の低下に悩む李大統領と与党は過半数を占める国会で強行採決を図ろうとしている。韓国も内政面で悩ましい状況に直面している。

北 朝 鮮

☆ トランプ米大統領が助長する北朝鮮の脅威
 元米国連大使国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン(John Bolton)氏が、8月20日付ウォール・ストリート・ジャーナルに「【寄稿】高まる北朝鮮の脅威、トランプ氏の譲歩が助長」と題する論文を掲載している。同氏は、米韓軍事演習の縮小を同盟国は懸念していると以下のように論じる。

 ドナルド・トランプ米大統領は8月16日、北朝鮮とその核兵器開発プログラムの脅威を再び注目の的にした。トランプ氏は米国防総省に対して、北朝鮮による攻撃の可能性に備えるために17日から予定されていた定例の米韓合同軍事演習について、「大幅に縮小するよう」命じた同氏は1期目にも同様の一方的な譲歩を行っており、これは当時でも過ちであり、今でははるかに深刻な過ちだ。2018年にシンガポールで行われた米朝首脳会談では北朝鮮の核兵器計画に関する話し合いがなされ、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(現総書記)は年次の米韓軍事演習を批判した。その後、私が指摘したようにトランプ氏は「演習が挑発的であり、時間と金の無駄だ」との見方に同意した。トランプ氏は「双方が誠意を持って交渉している限り、演習は行わない」ことを決めた。トランプ氏は16日のソーシャルメディアへの投稿で基本的に同じ主張を繰り返し、演習について「費用がかかる」ものであり、自身の大統領在任中には「脅威を与えず、敬意を持っている」北朝鮮に対し、「完全に不適切かつ敵対的」であると書き込んだ。

これらは全て誤りだ。北朝鮮が敵対的だと感じているのは韓国の存在そのものであり、非武装地帯(DMZ)の北側にある独裁国家の悲惨な状況と比較した際の韓国の政治的・経済的成功だ。米韓合同軍事演習は完全に防衛を目的としたものであり、在韓米軍の兵士約2万8,000人と韓国軍の安全と即応能力にとって不可欠だ。北朝鮮軍がウクライナでロシアと共に戦うことで戦闘経験を得ていることを踏まえると、この演習は今日において極めて重要になる。韓国軍にはベトナム戦争以来、実戦経験がない。

 在韓米軍と韓国国防省の共通のスローガンは「今夜にも戦う!」であり、これは北朝鮮による攻撃を受けた場合、味方の防御要員には時間的猶予がないことを強調している。合同演習への支出は、使われるドルやウォンに見合う価値のある投資だ。トランプ氏は全ての説明を受けていたが理解しなかったようだ。在韓米軍と韓国による他の形態の共同活動や協力は継続されるが、「机上」演習は野外演習の大きく見劣りする代用でしかない。トランプ氏の行動は、北朝鮮に対する抑止力を弱め脅威を増大させた。そして、16日の命令の影響は軍事面だけにとどまらず、韓国政府や他の同盟国政府へ送られている政治的シグナルは深刻なものだ。

 合同演習の縮小という形で示された一方的な譲歩には、国家間の関係はほぼ完全にトップ同士の個人的な関係によって決まるというトランプ氏の考えが表れている。2018年のシンガポールの米朝首脳会談で、金氏を信頼しているかと質問されたトランプ氏は、「信頼している」と答えた。北朝鮮の核兵器・弾道ミサイル開発計画に関する米朝間交渉は全く進展せず、約7年間にわたり「誠実な」交渉は行われていない。こうして交渉が停滞している間に北朝鮮は核・ミサイル開発計画を進めた。2022年にジョー・バイデン前大統領が米韓合同軍事演習を再開したが、北朝鮮の反発は言葉によるものだけだった。

 北朝鮮がトランプ氏の関心事に再び登場したのは、イランとの紛争から注意をそらすための策だという見方もある。トランプ氏は、(軍事演習縮小命令と)ほぼ同時にオマーンに対して攻撃も辞さないとの脅しをかけた。ペルシャ湾のこの紛争でオマーンが本当に仲介役となり得るのかは疑わしいものの、この脅しは世界の同盟国を動揺させ、敵対勢力を勢いづかせるという正反対の効果をもたらした。トランプ氏は、内部で亀裂が生じているイラン政府のどこにも「愛」を見いだせず、金氏と合意することによって自身が長年望んできたノーベル平和賞が手に入るかもしれないと考えたのかもしれない。北朝鮮は公式にコメントしていないが、トランプ氏は、金氏から反応があり「非常に前向き」だったと述べている。ただし、証拠となるものは示していない。

 トランプ氏の北朝鮮に関する発言は、今回の唐突な言動の前から朝鮮半島をはるかに超える範囲に影響を与えてきた。2025年の大統領就任式の日、トランプ氏は金氏について「彼は今や核兵器を保有している。私の返り咲きを見て喜ぶと思う」と述べた。しかし、北朝鮮の歓心を買うことは、実戦に投入可能な核兵器の生産を長年の戦略目標としてきたイランの姿勢を強固にさせるだけだ。それはまた、交渉には応じないというイラン革命防衛隊(IRGC)の決意を強める。イランの現体制内の強硬派は、トランプ氏の金氏に対する一方的な好意を弱さと見なして、間違いなく北朝鮮との関係を一層緊密にするだろう。こうした状況は全て中国とロシアの枢軸を利することになる。また、この枢軸の従者だったイランと北朝鮮が中核グループに加わる可能性もある。韓国、日本、台湾、オーストラリアなど、アジア太平洋で米国と同盟・友好関係にある国と地域は既にトランプ大統領の信頼性に疑念を抱いている。これら諸国・地域の当初のコメントは控えめなものだったが、強い懸念があることは明らかだ。韓国との関係には、すでにひずみが生じている。韓国の左派大統領は、朝鮮戦争を正式に終結させるとともに北朝鮮の核兵器開発問題を解決するための甘すぎる外交努力を進めている。ペルシャ湾を巡る危機的状況に関する役割を担うことに消極的な韓国をトランプ氏が批判していることや、関税と韓国の対米投資の約束を巡る米韓のあつれきは両国関係をさらに複雑にするだけだ。ホワイトハウスの関心が北朝鮮から別の何かにそれることを願うばかりだ。そうでなければ、次のトランプ氏のソーシャルメディアへの投稿は、世界でただ一人の世襲制共産主義の独裁者との緊密な関係を再確認するため平壌に飛ぶと発表するものになるかもしれない。

以上のように、論文は米韓軍事演習の縮小というトランプ大統領による一方的措置は、北朝鮮に対する抑止力を弱め、脅威を増大させる深刻な過ちだと述べる。米韓合同軍事演習は完全に防衛を目的としたもので、在韓米軍と韓国軍の安全と即応能力にとって不可欠だからだと指摘し、合同演習への支出は価値のある投資だと主張する。さらに中東情勢にも言及し、北朝鮮の歓心を買うことはイランの姿勢を強固にさせるだけで、間違いなく北朝鮮との関係を一層緊密にするだろうと述べ、こうした状況は全て中国とロシアの枢軸を利することになると警告する。今般の米韓軍事演習の規模縮小というトランプ大統領の決断については批判が多いが、肝心の北朝鮮が今のところ関心を示していない。しばらく事態の推移を見守る必要があろう。

東南アジアほか

マレーシア

☆ データセンターブームの恩恵を受けるマレーシア
東南アジア諸国が経済を牽引する主要なAIハブとして台頭するなか、マレーシアがデータセンターブームの恩恵を受けていると、8月16日付けフィナンシャル・タイムズが次のように報じる。AIブームにより、台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)、韓国のサムスン、SKハイニックスなど、アジアの一握りの企業が世界的なスーパースターへと躍進した。これらの企業は、最高性能の半導体に対する需要の急増に伴い企業価値が急騰している。しかし、その陰でマレーシアはひっそりとAI分野での勝者となっている。同国はローエンドのマイクロチップ製造やデータセンター開発の拠点としての役割を果たしており、近隣諸国の多くが米国の関税や中東戦争によるエネルギー価格の高騰に翻弄されるなか、繁栄を遂げる立場を築いている。

金曜日に発表された政府統計によると、マレーシア経済は第2四半期に前年同期比6%成長し、今年第1四半期の5.4%成長から加速した。これは、その多くが半導体製造に関連する製造業の7.5%成長と、データセンター開発に支えられた建設業の6.6%拡大が牽引したものだ。シンクタンク「ローウィー研究所」の研究員、ロバート・ウォーカー氏は、「マレーシアは、AIサプライチェーンの多様性から機会をどのように活用すべきかという模範的な事例だ」と述べた。「マレーシアは現在、その戦略の成果を享受している。」マレーシア南部のジョホール州は、この地域で最も急成長しているデータセンター拠点の一つとなっている。

 マレーシアの半導体産業の歴史は半世紀に及ぶ。インテルをはじめとする国際企業は、1970年代に自由貿易地域や世界で最も交通量の多い航路の一つであるマラッカ海峡に面した港に惹かれて相次いで工場を設立し始めた。同国は「東洋のシリコンバレー」と呼ばれた。その後、台湾や韓国が自国で支配的なメーカーを育成するにつれ、マレーシアはそれらの国々に地位を奪われた。しかし、マレーシアは半導体製造サプライチェーンにおける「バックエンド」工程――主にパッケージング、組み立て、テスト――の主要な拠点としての役割を確立した。

政府によると、マレーシアはこれらのバックエンド工程の市場で13%を占めており、中国に次ぐ第2位であるほか、半導体輸出額では世界第6位となっている。この産業は同国の輸出の40%を占めている。キャピタル・エコノミクスのアジア担当シニアエコノミストのガレス・レザー氏は、「需要が最も高い商品[半導体]がマレーシアで製造されているのは幸運だ」と述べた。「ハイエンド製品ではないが需要が非常に強いため、依然として大きな利益を上げている」また、マレーシアは過去10年間、地政学的な影響から身を守るために中国から製造拠点を移転しようとするグローバル企業から恩恵を受けてきた。これは「チャイナ・プラス・ワン」として知られる戦略である。ドナルド・トランプ米大統領の2期目において緊張が高まる中、マレーシアは引き続き国際投資の恩恵を受けている。マレーシア統計局によると、2025年の外国直接投資額は前年比41%増の660億リンギット(160億ドル)に達した。シンガポールの銀行UOBのグループ対外直接投資アドバイザリー部門責任者であるサム・チョン氏は、「地政学的な不確実性により、信頼でき中立的な立地が重要視されるようになった」と述べた。「戦略的ハブであるシンガポールへの近接性、貿易関係、規制環境、そしてルールに基づく商取引への取り組みは、確実性が乏しいこの時期に投資家に自信を与えている。」

マレーシアも米国の関税措置の影響を受けているものの、その税率は東南アジアの近隣諸国と同程度であり、中国に比べればはるかに低い。先月発表された最新の米国関税措置には、半導体に対する適用除外も盛り込まれており、マレーシアの半導体産業が保護されている。「中国に対する関税引き上げは貿易の多角化を促しており、マレーシアはそのサプライチェーンの再編から恩恵を受けている」と、レザー氏は述べた。その主な受益者のひとつがマレーシア南部のジョホール州であり、同州はデータセンター開発の巨大な拠点として台頭している。同州は近年、TikTok、Nvidia、Microsoftなどの企業から、かつてのパーム油プランテーション跡地にデータセンターを建設するための数百億ドル規模の投資を受けている。調査会社バクステル(Baxtel)によると、マレーシア国内の稼働中および計画中のデータセンター187カ所のうち76カ所がジョホール州にあり、同州はアジア太平洋地域で6番目に大きな市場となっている。昨年、ジョホール州はシンガポールとの間で経済特区を立ち上げ、770億リンギットの投資を呼び込んだ。しかし、エネルギーや水の消費に関する懸念から、ジョホール州やマレーシアの他の州では抗議活動が発生しており、地元の活動家たちはデータセンター開発のスピードに懸念を表明している。また、半導体貿易におけるマレーシアの役割は、別の地政学的緊張の要因、すなわち米国製チップの中国への違法な流出に対して同国を脆弱な立場に追いやっている。

 マレーシアは、輸出規制の対象となるハイエンドチップが中国へ流出する「裏口」となっているとして、米国の政治家たちから度々非難されてきた。昨年、シンガポールはマレーシア経由で中国へNvidiaのチップを販売した疑いがある。3億9,000万ドル規模の詐欺事件で3人の男を起訴した。NVIDIAは今年、マレーシアにおける自社チップの購入者に対するデューデリジェンスを強化した。米国の圧力を受け、マレーシアも半導体の流通に関する規制を強化し、データセンターでの使用状況の監視を強化している。アナリストらは、違法な半導体取引によるマレーシアの公的収入はごくわずかであり、リスクに比べてはるかに小さいと指摘している。しかし、米中両国との良好な関係維持に依存している国にとって、この取引はマレーシアを危うい立場に追い込んでいる。「これは重大な脆弱性だ」と、ローウィー研究所のウォーカー氏は述べた。「もし長期にわたり流出が続けば、米国が忍耐の限界に達するだろう」。同氏はさらに、「マレーシアはこうした密輸行為の取り締まりに真剣に取り組むべきだ」と付け加えた。

 以上のように、韓国や台湾の企業がAIブームで躍進する中で、マレーシアがローエンドのマイクロチップ製造とデータセンターの開発や半導体製造サプライチェーンにおける「バックエンド」工程の主要拠点として、ひっそりと繁栄を享受していると伝える。事実、経済は第2四半期に前年同期比6%成長し、今年第1四半期の5.4%成長から加速している。また米中対立が激化し、地政学的な不確実性高まるなか、マレーシアの中立的立地が重要視されるようになり、国際投資の恩恵を受け外国直接投資額も急増している。ただし、マレーシアが輸出規制の対象となるハイエンドチップの中国への流出「裏口」となっており、米国から非難されていることを弱点として指摘する。マレーシア当局の対応を注視したい。

インド 

☆ 中国と愛憎関係にある経済と貿易
 インドは中国からの輸入を減らしたいが必要性は増すばかりだと、9月13日付ニューヨーク・タイムズが報じる。記事は、インドと中国の貿易額は5年間でほぼ2倍に膨れ上がり、インド政府は貿易赤字の拡大に直面するとともに、将来の産業構造をどう築くかという難しい選択を迫られていると述べ、さらに概略以下のように伝える。

 インドと中国の貿易不均衡を理解するには工場の中を見てみるといい。大型機械の多くは中国製であり、それらを動かす電子部品や原材料も同様だ。電気自動車(EV)工場には中国産のレアアース磁石が必要であり、インドの製薬会社は中国の医薬品原料に依存している。インドは長年にわたり、この巨大な隣国への依存度を低減しようと努めてきた。しかし実際には、輸入は増加の一途をたどっている。両国間の貿易総額は過去5年間でほぼ2倍に膨れ上がり、年間1,510億ドルに達した。しかし、貿易の不均衡はかつてないほど深刻化している。現在、インドの対中輸出額に対し、輸入額は約7倍にも上る。インドにとってこの不均衡は深刻な問題となっている。同国の産業発展の野心は中国製品に大きく依存しているが、その依存はインドを戦略的リスクにさらすとともに、インド企業が中国のライバルと競争するために必要な規模を拡大することを困難にしている。現在、米国とイスラエルによるイランとの戦争がエネルギーコストを押し上げているなか、中国からの輸入はインドの対外貿易赤字を拡大させ、通貨安を招いている。

 低価格な中国製品の流入に苦慮しているのはインドだけではない。中国の貿易黒字は昨年、過去最高の1.2兆ドル近くに達し、あらゆる産業において中国企業の支配力が高まっていることに対し、貿易相手国間の懸念が深まっている。こうした緊張は今月、G20の経済担当高官による会合で表面化した。スコット・ベッセント米財務長官は、中国が「過度かつ持続的な対外黒字を抱える国々」を批判する共同声明の採択を阻止したと非難した。中国企業はインドの若い労働力を活用したいと考えている。中国がインドとの貿易に課している制限の一部は、その優位性を維持することを目的としているように見える。今週末、インドがBRICSサミットで中国を迎えるにあたり、アナリストらは、両国間の国境紛争と並んで貿易が緊張の大きな要因となるだろうと予想している。双方は今のところ、国境沿いの平穏を望んでいるようだ。より困難な問題は、両国の経済関係にあるかもしれない。

 インドにとって、中国製品を締め出すことは選択肢にはならない。「我々は彼らと関わっていく必要があるだろう」と、シェカール・アイヤール所長は述べた。インドは「中国企業を積極的に招き入れるべきだ――特に中国が世界をリードするグリーンテクノロジー、半導体、製造といった重要分野において」とアイヤール氏は述べた。同氏の見積もりによると、バッテリーと太陽光発電の分野だけでも中国は他のどの輸出国よりも30%のコスト優位性を持っているという。2020年の国境紛争後、インドは中国に対して強硬な姿勢を示した。報復措置として、TikTokやその他数十の一般消費者向け中国アプリを禁止し、中国企業によるインドのスタートアップへの投資を制限した。当時、多国籍企業はサプライチェーンの一部を中国から移転させようとしており、インドはその恩恵を受けるのに好位置にあるように見えた。短期間ながらインドは「世界の工場」としての中国の地位に挑戦できるかのように見えた。しかし、それは実現しなかった。ベトナムやその他の東南アジア諸国が投資の多くを獲得した一方で、中国は依然としてほとんどのサプライチェーンの中心に位置し続けた。

 パイ氏は、中国への経済的依存度を低減しようとするインドの取り組みは、複雑な結果をもたらしたと述べた。表向きは他の国からの輸入品であっても、実際には東南アジアで加工または再包装された中国製品であるケースが少なくない。「貿易措置の意図は良いとしても、すべてが期待通りに機能しているわけではない」と同氏は語った。「中国には供給過剰が、インドには需要過剰がそれぞれ多く存在している。」そこには取引の余地が残されている。インドは中国の資金と技術へのアクセスを求めている。中国はインドの潜在的に巨大な市場を望んでいる。インドは電気自動車用に中国産のレアアース磁石を必要としている。しかし、どちらの側もその取引で損をする側になりたくはない。中国の企業は、たとえインドの平均的な消費者の可処分所得が依然として比較的少ないとしても、急成長するインド市場で自社ブランドを確立するチャンスを逃したくない。一方、インドははるかに効率的な競合他社から自国企業を守りたいと考えている。

 この緊張関係は、高付加価値・ハイテク製造業において最も顕著だ。インドは中国からの投資を望んでいるが、それはインドの産業基盤の構築に寄与するものでなければならない。アップルのiPhone製造(その約4分の1がインドに移管されている)は、その典型的な例だ。個々の中国企業がインドの若い労働力や政府の補助金を利用したいと考えているとしても、中国としては世界にとって不可欠な製造国としての地位を維持することに明らかな利害関係がある。インドとの貿易に対する中国の規制の一部は、その優位性を維持することを目的としていると思われる。対立は人の往来にまで及んでいる。2020年の衝突後の5年間の大半において、インドが中国のビジネスビザや観光ビザの発給を停止したことを皮切りに中国も同様の措置で応酬するなど、報復的な制限によって渡航が制約されていた。さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による制限も渡航をさらに困難にしていた。インドは昨年、ビザの発給を緩和し始めた。しかし、中国は出国規制を強化しており、自国の産業や技術の安全保障に対する脅威とみなされた場合、一部の中国国民がインドなどへの渡航を禁じられている。パイ氏によると、ビザ問題は習近平国家主席とインドのナレンドラ・モディ首相がサミットで取り上げる可能性のある実務的な争点の一つだという。「インドは、中国へのビジネスビザと中国からの技術者の受け入れの両方について、何らかの保証を求めてくるだろう」と同氏は述べた。

インドにも交渉の切り札はある。アップルの主要な受託製造業者の一つである台湾のフォックスコンなどの企業と提携することで、中国の産業的優位性を徐々に削ぐことができる。また、14億人の国内市場へのアクセスを制限することも可能であり、インドの平均所得が上昇するにつれて、この市場はさらに価値の高いものとなるだろう。しかし、中国は戦略的分野における支配力を交渉の切り札として使う意思を示している。電気自動車やその他多くの高成長産業に必要なレアアース磁石は、その一例に過ぎない。また、中国は多くの医薬品原料の生産においても絶大な影響力を獲得しており、世界トップクラスのインドの製薬企業を中国の供給に依存させている。

 ムンバイのASKウェルス・アドバイザーズの最高投資責任者(CIO)であるソムナート・ムカジー氏は、インドの対外貿易赤字を懸念している。同氏は、インドの輸出より輸入の方が上回っている限り、インド・ルピーは圧力を受け続けるというのは「単純な算術」だと述べた。原油価格の高騰や米国におけるAI関連株への資金流入により、その対応はより困難になっているものの、中央銀行ならこれを管理できると同氏は語った。「中国をはじめ、現在では米国も加わり、多くの国が貿易を『武器化』し始めているのは事実だ」とムカジー氏は述べた。「中国による製品アクセスの『武器化』は、大きな懸念材料となっている。」

 以上のように、インドは貿易や製造業、製薬業などの産業面で中国への依存度が高く、これがインドの対外貿易赤字の増大原因となり、産業規模の拡大を阻み、通貨安を招いている。インドにとって、こうした中国依存度の削減が国境紛争と並んで大きな課題となっている。しかし、インドは中国の資金と技術を必要とし、中国はインドの急成長する巨大市場を逃したくない。双方は需要と供給の補完関係にある。対立、反目しているがお互いに必要としている。いわばラブ・アンド・ヘイトの関係にあると言えよう。力関係では中国が今は優位に立っているようにみえるが、双方に切り札がある。インドがどのように切り返していくかに注目したい。

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主要紙社説・論説欄から

最近の円相場動向―新時代に入った日米の「通貨アクティビズム」
 日本政府と日銀は7月31日、米国財務省と協調して大規模な円買いの為替介入を実施した。これにより円は一時、150円台半ばまで上昇したが、円安基調は変わっていない。今回はこの協調介入を中心にして、最近の円相場動向を観察した。筆者論評は末尾の「結びを参照。

 まず、今般の協調介入の背景やその持続性について報じた8月4日付タイム誌記事「Why the U.S. Stepped In to Prop Up Japan’s Yen Currency (米国がなぜ日本の円相場を支えるために介入したのか)」からみていく。記事は、今回の日米協調介入について、円が対ドルで40年ぶりの安値をつけたことを受け、米国と日本は連携して円相場を支える措置を講じたと概略以下のように伝える。

 月曜日の朝に発表された声明の中で、片山さつき財務大臣は、今回の措置が「2025年9月に発表された日米財務大臣共同声明に基づき、ここ数ヶ月間の円相場の過度な変動や無秩序な動きに対処するため」に行われたと述べた。同大臣は、金曜日に実施された介入を振り返り、「両国は、さらなる共同介入を行うことを躊躇しない」と強調した。この異例の措置は、2011年に日本が壊滅的な地震と津波に見舞われ、米国が他のG7諸国と協調して円安誘導を行った以来、初めての共同介入となる。円が歴史的に弱含んでいる主な理由は、日本の中央銀行の政策金利が他の主要経済国に比べて著しく低いことにある。ブルームバーグが中央銀行のデータを分析したところによると、日本は円を支えるために為替市場で約340億ドルを投じて介入した可能性が高いという。

 スコット・ベッセント米財務長官は日曜日、「経済的安全保障は国家安全保障そのものである。そして日米同盟は、その両方に基づいて築かれている」と述べた。ベッセント氏はまた、米国が一時的なドル流動性を供給する連邦準備制度理事会(FRB)のレポ・ファシリティの規模拡大を検討する可能性を示唆した。「FIMAレポ・ファシリティは重要なセーフティネットである。今後数ヶ月のうちにその規模を拡大することを推奨したい」と同氏は述べた。米国がなぜ日本円を支えるために介入したのかと問われた際、ドナルド・トランプ米大統領は週末、エアフォースワン機内で記者団に対し、米国は日本のために「常に支援する」と語った。「日本円は下落傾向にあり、彼らは少しの助けを求めていた」と彼は述べた。米国が「その取り決めから何を得ているのか」と問われると、トランプ氏は「経済的利益」と答えたが、それは「世界経済にとっても良いことだ」と強調した。

 日本は3月、円の急激な下落に対しすでに「深刻な懸念」を表明しており、4月28日から5月27日にかけて一方的な為替介入を行った。こうした取り組みにもかかわらず、円安は続き、木曜日には1ドル=163.73円まで下落した後、金曜日には157.57円まで反発した。円安が問題となる理由の一つは、日本がエネルギー輸入に依存している点にある。国際エネルギー機関(IEA)によると、日本は依然として特に中東からの石油・ガスの輸入に大きく依存している。1月の日本銀行金融政策決定会合における意見の要約では、「円安は大企業の利益や賃金を押し上げる一方で、中小企業のもの押し下げる。これに加え、円安による物価上昇が相まって、格差の拡大につながる恐れがある」と警告されていた。

 日本の比較的低い金利が引き続き円安圧力となる主因となっている。日本銀行の政策金利1%は、FRBの目標金利である3.5%~3.75%を下回っており、国際通貨基金(IMF)は以前、円・ドル為替レートはこうした金利差の変動によって左右されてきたと指摘していた。2000年代から2010年代にかけて、日本銀行は、数十年にわたる経済停滞である「構造的デフレ」からの脱却に向けた取り組みを阻害する恐れがあるとして、利上げに消極的だったと2021年から2022年まで米国通商代表部(USTR)の上級顧問を務めた外交問題評議会(CFR)のシニアフェロー、ブラッド・セッツァー氏は指摘する。「円安の根本的な理由は、日銀が設定する名目政策金利がFRBの金利を大幅に下回っており、これがドルを保有するインセンティブを生み出していること、またインフレ率よりも低い水準にあることにあると、同氏は『TIME』誌に語っている。しかし、円安が進んだことで、投資家が日本への投資を控える傾向が強まり、それがさらに円安を加速させる要因となっている。「日本は金利が低いだけでなく、その金利がインフレ率を下回っているため、投資家が円建て資産を多く保有しようという意欲を削いでおり、これが円安の背後にある大きな要因の一つだ」とセッツァー氏は述べる 。

 それでは、円は回復する見込みがあるだろうか。『TIME』誌が入手したオックスフォード・エコノミクスの報告書によると、日米による協調介入は、日本がこれまで行ってきた単独介入に比べてより長期的な効果をもたらす可能性が高いと分析されているが、それでも円安の傾向を逆転させるには不十分であると予測している。「協調介入により、円安は一時的に止まるだろうが、円安の根本的な問題を解決するものではない」と研究者らは主張した。「過去数年間の介入は短期的には円相場に動きをもたらしたが、根底にある円安傾向を持続的に逆転させることはできず、今回も同様のパターンが繰り返される可能性が高い」。セッツァー氏も同様に、今回の介入の主な目的は「日本銀行の次回会合まで円をこの水準、この範囲内に維持すること」に過ぎないだろうと主張している。

 では、円高は米国にとってプラスになるのだろうか。専門家によると、米国が日本の通貨を支えるための協調措置に踏み切る前に、さまざまな要因を考慮した可能性があるという。セッツァー氏は、円安が「世界中の企業に米国ではなく日本への投資を促す」と主張し、その潜在的な経済的根拠について詳しく説明している。「それが通貨安のもたらす効果だ。ここで生産した方がより多くの利益が得られるというメッセージを送ることになり、結果として米国への投資意欲を削ぐことになる」と彼は言う。また、日米両国が政府の借入コスト上昇に直面している中、円安が長期化すれば、日本が保有する米国債の売却を誘発し、債券市場にさらなる圧力をかける可能性もあると彼は指摘する。トランプ氏と日本初の女性首相である高市早苗氏との間に深まりつつある連携も考慮すべきもう一つの要因だ。「トランプ氏は政治の達人であり、高市氏を気に入っている。そして高市氏は通貨高を望んでいた」とセッツァー氏は『TIME』誌に語った。

 次いで8月5日日付フィナンシャル・タイムズは、「The real message in the yen intervention (円相場介入の真の意味)」と題するカリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイケングリーン教授の論文を掲載している。以下は同論文の概略である。

 先週、米国財務省と日本財務省が共同で実施した円相場への介入の背後には、重要なメッセージが隠されている。ただ、それは市場が受け取ってきたものとは異なる。日本当局による2日間にわたる推定14兆円(880億ドル)の介入は、市場の規模からすれば依然として微々たるものだ。円高を後押しするかもしれないが、それは一時的なものに過ぎない。財務省の指示の下、日本銀行は円や有価証券を買い入れ、円高を誘導することができる。しかし、投資家はファンダメンタルズが変化したと考える理由がなければ、同額の円建て有価証券を売却して円相場を再び押し下げることもできる。より持続的な効果を得るには、こうしたファンダメンタルズの変化が必要だ。日銀の予測によれば日本のインフレ率は2%の目標を上回る可能性があるため、日銀が利上げペースの加速を確約すれば、多くの投資家はこれを望ましいと見なし、円安に対抗する一助となるだろう。

 その代わりに、日本銀行は消費需要の低迷を懸念し、基準金利を1%という必ずしも引き締め的とは言えない水準に据え置くことを選択した。為替市場への介入は、日本が為替レートをどれほど懸念しているかを示しており、この懸念が将来、円相場を支えるために日本銀行がより早いペースで利上げを行うことにつながる可能性があると主張する人もいるだろう。これがいわゆる介入の「シグナリング効果」である。しかし、円安が植田日銀総裁にとって重大な懸念事項であるならば、彼はこれまで以上に強い口調でそう述べ、言葉を行動で裏付けるはずだ。もちろん、日本当局が円為替市場に介入したのは今回が初めてではなく、直近でもわずか3ヶ月前のことだ。

 したがって注目すべきは、米国財務省もこの介入に参加したこと――これは15年以上ぶりの日本との協調操作である――、そしてドルと交換するのではなく、ユーロを用いて円を購入したという点である。したがって、先週の介入にはドルに関する懸念すべき情報が含まれている。そのメッセージとは、スコット・ベッセント米財務長官らが円相場を支えるためにドル建て証券を売却すれば、米国債市場の長期債にさらなる負担がかかることを懸念していたということだ。先週、ケビン・ウォッシュFRB議長による記者会見が市場から不評を買ったことを受け、同市場はすでに圧力にさらされていた。

 ユーロの売却は、米国が財務省の緊急予備資金である為替安定化基金(Exchange Stabilization Fund、ESF)で手元に持っていたユーロ建て資産を一部売却したものであった。しかし、これは同時にドルで円を買い支えた場合に発生するドル流動性を吸い上げるために追加で売却される米国債を市場に押し付けることを避ける方策でもあり、そうしなければ、すでに微妙な状況がさらに悪化する恐れがあった。同様に、日本が「外国・国際通貨当局向けレポ・ファシリティ(FIMA)」と呼ばれるFRBの手段を活用すると表明したことにも同様のシグナルが込められていた。これは、米国債を直接売却するのではなく、代替的ではあるが限定的な流動性を供給することを目的としている。これらの動きはいずれも、準備通貨としてのドルの地位がかつてのようではないことを示唆している。中央銀行は、米国債の市場流動性が高いため外貨準備をドル建てで保有することに慣れている。中央銀行が米国債を保有するのは、自由に売買でき、為替介入にも活用できるからだ。しかし、今はそうではない。少なくとも無制限の量ではそうではない。その代わりに、米国財務省が介入の一環としてユーロの売却に乗り出し、それによって日本当局が必要とするドル売却の規模を制限しているのが現状だ。

 スコット・ベッセント氏による円相場介入は、米国の「通貨アクティビズム」の新時代を告げるものだ。米国財務省による今回の介入は、日本当局があえてドル準備高の売却を増やした場合、例えば関税などの「報復措置」をちらつかせて威嚇するという、いわゆる「トランプ流」の対応よりも望ましい。ベッセント氏は、両政府が協調介入した理由を説明する中で、日米両政府間の友好関係を強調した。しかし、通貨を支えるための介入がワシントンの当局者がそれほど好意を抱いていない政府によるものとなった場合、米国は牽制策としてトランプ流の形態をとる可能性がある。要するに、ワシントンは米国の金融市場への影響を懸念し、海外の中央銀行がドル準備高を使うことを快く思っていないのだ。これは、ドルがかつてのような魅力的な準備通貨ではなくなっていることを示唆している。このメッセージが浸透すれば、他国はより魅力的で即座に活用できる代替通貨の探求をさらに強化するだろう。準備通貨の分散化は勢いを増すことになるだろう。

 8月13日付エコノミスト誌は、「Japan buys yen, it unwinds a dangerous trade (日本が円を買い入れると、危険な取引が解消される)」と題する記事で、今回の協調介入により世界最大のキャリートレーダーである日本の当局がポジションを解消し始めたと、以下のように報じる。

 米国のスコット・ベッセント財務長官は、中央銀行を相手に大胆な賭けをすることに慣れている。かつて、1992年の英ポンド危機の際にイングランド銀行を「破綻」させたことで有名なヘッジファンド、ソロス・ファンド・マネジメントに勤務していた。しかし7月下旬、これまでとは逆の賭けに出た。ある中央銀行と手を組み、その通貨を守るために動いたのだ。彼は米国の外貨準備を投入し、1986年以来初めて1ドル=163円を割り込んだ円を日本銀行(日銀)が買い支えるのを支援した。ベッセント氏は今回の取引について、隠す気は全くなかった。彼の上司もこの介入を誇りに思っていた。「我々は……財政的に非常に、非常に強い」とドナルド・トランプ大統領は誇らしげに説明した。「彼らは少しばかりの助けを求めていたのだ」。日本が感謝していたことは間違いない。しかし、日本を無力な素人だと考えるのは誤りだ。それどころか、日本政府と手を組むことで米国は史上最大級の通貨トレーダーの一つと力を合わせることになったのだ。それは、どんなヘッジファンドも震え上がるほどの規模で賭けを行うことに慣れた機関である。

 日本は外貨準備を1ドルあたり約160円で売却した。外貨準備の大部分は、1ドルが100円未満で買えた時代に蓄積されたものだった。したがって、この取引を行うことで、日本政府は莫大な利益を得たことになる。ざっと計算すると、その利益は最大で5.7兆円(360億ドル)に達した可能性がある。ジョージ・ソロスは、ポンドの暴落に賭けて約10億ドル(現在の価値で約24億ドル)を稼いだと報じられている。政府の海外資産保有は、財政にとって有益であった。セントルイス連邦準備銀行のイリ・チェン、ペンシルベニア大学のハロルド・コール、スタンフォード大学のハノ・ルスティグによる論文「What About Japan?」では、政府、日銀、日本の公的年金基金が合わせてGDPの56%以上に相当する海外資産を保有していると試算されている。2023年までの四半世紀にわたり、これらの資産は年平均5.8%のリターンを生み出した(そのうち取引を通じて実現されたのはごく一部に過ぎない)。

 では、貸借対照表のもう一方の側面はどうだろうか。公共部門の負債は、主に利回りが比較的低い円建てである。政府は自国通貨建ての国債を発行しており、その多くは中央銀行によって買い入れられている。一方、中央銀行は、同銀行に口座を持つ商業銀行に対して円建ての債務を負っている。したがって、公的部門のバランスシートは、為替相場の好転に加え、保有する外貨資産と負っている円建て負債との間の利回り差、いわゆる「キャリー」の恩恵も受けてきた。ハーバード大学のチェン氏、ルスティグ氏、およびウェンシン・ドゥ氏は別の論文で、「日本の公的部門の保有資産の規模の大きさは、同国を世界最大のキャリートレード投資家たらしめている」と述べている。

 日銀は、意図せぬ形でキャリートレードを行ってきたとはいえ、その成果は決して劣るものではなかった。過去25年間にわたる為替介入の目的は、利益を上げることにあったわけではない。むしろ、円相場を安定させ、為替レートの極端な歪みを是正することを目論んできた。1990年代の資産価格バブル崩壊後、過度に強い円は日本の輸出企業に打撃を与え、デフレ傾向をさらに悪化させた。対照的に過度に弱い円は、その大部分が輸入に依存している食料や燃料のコストを押し上げる。日本が需要の停滞やデフレ圧力と闘っていた限り、その巨大なキャリートレードは持続可能だった。そうした状況下では、日銀は常に低金利と円安を維持せざるを得なかった。しかし、現在、基調的インフレ率は上昇しており、日銀の年間目標である2%に近づいている。政策金利決定委員会の数名の委員は、インフレ率が目標を上回ってしまうことを懸念している。

市場予測では、同委員会が2027年7月までに3回の利上げを行うと見込まれている。世界最大のキャリートレーダーにとって、これは厄介な見通しだ。ルスティグ氏の試算によれば、これにより日本の公的部門全体の借入コストはGDP比0.75%分が急速に上昇することになり、長期債務の借り換えが行われる際にはさらに上昇が見込まれる。こうした危険性は、日本の為替介入を新たな視点で捉えさせる。利上げが迫る一方で通貨は依然として極めて安価な状況にあり、政府にとって円建て負債を削減する絶好のタイミングとなった。ドルを売却して円を購入することは、事実上、政府が発行した借用証書の一部を買い戻すことに他ならない。また、日本の通貨がまだ決定的な上昇を見せていないため、日銀は1ドルを売却するごとに大量の円建て負債を解消することができる。こうした通貨防衛が行われるたびに、世界最大のキャリートレードは少しずつ縮小していく。

 その仕組みは少々複雑だ。日銀が商業銀行にドルを売却すると、中央銀行にあるそれらの銀行の円預金が減少するため、公的部門が銀行に対して負っている債務額が減少することになる。しかし、話はそれだけではない。日銀の介入は通常「ステリライゼーション(不胎化)」が行われるからだ。つまり、日銀は銀行から国債(通常は財務省が発行する短期国債)を購入し、それによって銀行の円残高を元に戻すのである。しかし、最終的な結果は依然として財務省、ひいては日本の連結公的部門が懸念すべき円建て負債が減少することになる。この繊細な調整によって危険が取り除かれるわけではない。先月の買い入れ額が実際に950億ドルに達していたとしても、それは公的部門の利付負債の1%未満を解消したに過ぎない。とはいえ、この介入は適切なタイミングで正しい方向への一歩であった。また、為替市場が円に対して確信を持てずにいる状況から判断すると日銀は米国の協力の有無にかかわらず、今後この取引を繰り返す機会が何度かあるかもしれない。「円買い」は当分の間、日本政府の「やるべきことリスト」に残り続けるだろう。

結び:以上のようなメディアの報道や論調を次の4つの観点から整理してみたい。第1は今回の日米当局による協調介入の背景、第2にその内容、第3に介入の効果の持続性、そして第4に円相場についての今後の展望である。

 第1の協調介入の背景について、メディアはここ数ヶ月間の円相場の過度な変動や無秩序な動きを挙げ、その結果、円が対ドルで40年ぶりの安値をつけたと指摘。2025年9月に発表された日米財務大臣共同声明に基づき協調介入が実施されたと報じる。協調介入は、2011年の東日本大地震以来15年ぶりとなる。介入の前日には1ドル=163.73円まで下落した円は、翌日157.57円まで反発した。円安の主因について、メディアは日本銀行の政策金利が他の主要経済国に比べて著しく低いことにあるとし、日本にとって円安が問題となる一因は、日本がエネルギーを全面的に輸入に依存している点にあると指摘する。さらに、円安は大企業の利益や賃金を押し上げる一方で、中小企業のそれらを押し下げることに加え、それによる物価上昇が格差の拡大につながる恐れがあるとの懸念を伝える。

 他方、米国のスコット・ベッセント財務長官は「経済的安全保障は国家安全保障そのものである。そして日米同盟は、その両方に基づいて築かれている」と語り、今回の協調介入が主として経済や国家の安保上の考慮から実施されたと説明している。また米国が「その取り決めから何を得ているのか」と問われたトランプ米大統領は、「経済的利益」と答え、それは「世界経済にとっても良いことだ」と強調したと報じる。

 さらに円安が世界中の企業に米国ではなく日本への投資を促し、結果として米国への投資意欲を削ぐことになるとの見方も伝える。また、円安が長期化すれば、日本による保有米国債の売却を誘発し、米国債市場にさらなる圧力をかける可能性もあるとの指摘も伝える。トランプ大統領と日本初の女性首相、高市早苗氏との間に深まりつつある連携ももう一つの要因だとし、「トランプ氏は高市氏を気に入っている。そして高市氏は通貨高を望んでいた」との関係者のコメントも伝える。

 第2に協調介入の内容について、メディアは米国財務省が円買いに際してドルと交換するのではなく、ユーロを用いたことに注目する。すなわち、米財務省は円買いに際して為替安定化基金で保有していたユーロ建て資産を一部売却したのである。これは、ドルで円を買い支えた場合に発生するドル流動性を市場から吸い上げる(不胎化する)ために、追加で売却される米国債を市場に押し付けることを避ける方策だったとメディアは解説する。同様に日本が「外国・国際通貨当局向けレポ・ファシリティ(FIMA)」と呼ばれるFRBの手段を活用すると表明したことにも同様のシグナルが込められていたとメディアは報じる。こうした観点から先週の介入は、日本が円相場を支えるためにドル建て債券を売却すれば米国債市場の長期債にさらなる負担がかかるとのベッセント米財務長官らの懸念を反映していたと述べる。そのうえでメディアは、米国政府は自国の金融市場への影響を懸念し、海外の中央銀行がドル準備高を使うことを快く思っていないと指摘。これは、ドルがかつてのような魅力的な準備通貨ではなくなっていることを示唆しており、このメッセージが浸透すれば、他国はより魅力的で即座に活用できる代替通貨の探求をさらに強化し、準備通貨の分散化は勢いを増すだろうと警告する。メディアはまた、ベッセント財務長官が米国がFRBのFIMAの規模拡大を検討する可能性を示唆したと伝える。そして、これらの動きはいずれも、準備通貨としてのドルの地位がかつてのようではないことを示唆しているとし、米国財務省による今回の円相場介入は、米国の「通貨アクティビズム」の新時代を告げるものだと締めくくる。

 またメデイアは協調介入の効果や影響に関連し、次の3点を指摘する。第1点は、この為替介入により日本が莫大な利益を上げたことである。日本は外貨準備を1ドルあたり約160円で売却したが、外貨準備の大部分は1ドルが100円未満で買えた時代に蓄積されたものであり、日本政府は最大で5.7兆円程度(360億ドル)の巨額の利益を得た。第2点は、日本政府、日銀、日本の公的年金基金は世界最大のキャリートレード投資家であること。すなわち、3者合わせてGDPの56%以上に相当する海外資産を保有していると試算されており、2023年までの四半世紀にわたり、これらの資産は年平均5.8%のリターンを生み出した。貸借対照表のもう一方の側面、つまり公共部門の負債は主に利回りが比較的低い円建てである。政府は自国通貨建ての国債を発行しており、その多くは日銀によって買い入れられている一方、日銀は同銀行に口座を持つ商業銀行に対して円建ての債務を負っている。したがって、公的部門のバランスシートは為替相場の好転に加え、保有する外貨資産と負っている円建て負債との間の利回り差、いわゆる「キャリー」の恩恵も受けてきた。日本の公的部門の保有資産の規模の大きさは、同国を世界最大のキャリートレード投資家たらしめている。日本が需要の停滞やデフレ圧力と闘っていた限り、その巨大なキャリートレードは持続可能だったのだと述べる。

 第3点は、為替介入が公的債務の減少につながることである。日銀が円買い操作のため市中銀行にドルを売却すると日銀にあるそれらの銀行の円預金が減少するため、公的部門が銀行に対して負っている債務額が減少することになる。すなわち、日銀は通常「ステリライゼーション(不胎化)」のために、市中銀行から国債(通常は財務省が発行する短期国債)を購入し、それによって銀行の円残高を元に戻す。その最終的な結果は、財務省、ひいては日本の連結公的部門が懸念すべき円建て負債の減少に結び付く。ただし、この調整によって危険が取り除かれるわけではない。先月の買い入れ額が実際に950億ドルに達していたとしても、それは公的部門の利付負債の1%未満を解消したに過ぎない。とはいえ、この介入は適切なタイミングでの正しい方向への一歩となる。「円買い」は、当分の間、日本政府の「やるべきことリスト」に残り続けるだろう。

 第3に、今回の協調介入の効果の持続性についてメディアは、今回の介入の主な目的は「日本銀行の次回会合まで円をこの水準、この範囲内に維持すること」に過ぎないだろうとの指摘や、オックスフォード・エコノミクスの報告書によると、「過去数年間の介入は短期的には円相場に動きをもたらしたが、根底にある円安傾向を持続的に逆転させることはできず、今回も同様のパターンが繰り返される可能性が高い」との見方を伝える。2日間にわたる推定14兆円(880億ドル)の円買いドル売り介入は、市場の規模からすれば依然として微々たるもので円高を後押しするかもしれないが、一時的なものに過ぎないと述べ、投資家はファンダメンタルズが変化したと考える理由がなければ、円相場を再び押し下げることができると強調する。したがって、持続的な効果を得るには、こうしたファンダメンタルズの変化が必要であると主張する。ただし、介入には「シグナリング効果」、すなわち、介入は日本当局が為替レートをどれほど懸念しているかを示しており、日銀による利上げを加速させる可能性を伝える効果があり、円安をけん制すると補足する。

 第4の円相場の今後の展望について、メディアは日本の比較的低い金利が引き続き円安圧力になると述べ、日銀の政策金利1%は、FRBの目標金利である3.5%~3.75%を大きく下回っていると指摘する。さらに金利は低いだけでなくインフレ率を下回っているため、投資家による円建て資産の保有意欲を削いでいるのも大きな円安要因の一つだと主張する。メディアは、それでは円安は回復する見込みがあるだろうかと疑問を提起し、日本の片山財務相が7月31日に実施された介入を振り返り、「日米両国は、さらなる共同介入を行うことを躊躇しない」と強調したと伝える。協調介入は単独介入に比べてより長期的な効果をもたらす可能性が高いと分析されているが、それでも円安の傾向を逆転させるには不十分だと述べる。

 以上、要すれば、協調介入はここ数ヶ月間の円相場の過度で無秩序な動きの結果、円が対ドルで40年ぶりの安値をつけ、エネルギーを全面的に輸入に依存し、かつ円安による物価上昇が相まって格差の拡大につながる恐れがあることから日本当局が動いたと言えよう。他方、米国も円安が対米投資意欲を削ぎ、日本による保有米国債の売却を誘発しかねないなどの経済や国家安保上の考慮から実施に動いたと言える。こうした米政府の対応には、自国の金融資本市場や準備通貨としての米ドルの動揺を防止、抑制しようとする意図があり、メディアは、これを米国が「通貨アクティビズム」の新時代に入ったことを示すと指摘する。さらにメディアは協調介入に関連した効果や影響に関連して、日本当局は世界最大のキャリートレード投資家として為替介入によって莫大な利益を手に入れ、また円建て公的債務を一部減少できたと報じる。

 介入効果の持続性については、推定14兆円(880億ドル)の円買いドル売り介入は、市場規模からすれば微々たるもので円高を後押しするかもしれないが一時的なものに過ぎず、持続的な効果を得るには円安のファンダメンタルズを変える必要があると主張。ただし、介入には「シグナリング効果」があり、円安をけん制するかもしれないと補足する。そのうえで、円相場の今後の展望について、メディアは日本の比較的低い金利が引き続き円安圧力になっており、また金利が低いだけでなくインフレ率を下回っているため、投資家による円建て資産の保有意欲を削いでおり、大きな円安要因の一因だと指摘する。今後の展望では、片山財務相が「日米両国は、さらなる共同介入を行うことを躊躇しない」と力説したと伝え、協調介入の持続性を強調する。

 このように日米当局はそれぞれの目的や思惑、そしてメリットを勘案して今回の協調介入に踏み切り、そこには経済・国家安保という大義名分があった。その意味で、メディアのいう「通貨アクティビズム」の新時代は日米ともに当てはまると言えよう。ただし、円安対策については根底にある円安傾向、つまり円安のファンダメンタルズを持続的に逆転させることが必要であり、協調介入の継続性を確保するだけでは不十分であることはいうまでもない。日銀の金融政策に加え、市場と向き合った政府の財政政策が欠かせないと言えよう。

主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。韓国聯合ニュース、中国人民日報(日本語版)も参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。

   前田高昭   


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