2026年1月7日 第379号 World News Insight (Alumni編集室改め) 創訳とは何かーAI時代のバベル方式翻訳出版
バベル翻訳専門職大学院 元副学長 堀田都茂樹
来年、バベルは創立52年目を迎える。半世紀におよぶ歩みは、「翻訳とは何か」という問いへの挑戦であった。私たちはこの歴史を四つの段階に整理してきた。第一期は翻訳を「語の変換」として体系化し、第二期は翻訳を「コミュニケーション」と再定義し、第三期では翻訳を「智の共有」と位置づけ社会化した。そして今、第四期として見据えるのが、翻訳と創作の中間領域――創訳である。
創訳とは、既存の作品や古典を現代に「再生」させるための編集知であり、単なる翻訳の応用技法ではない。人類が積み重ねてきた過去の知的資産を、現代の文脈に接続し、未来の思考へ手渡す縦軸の営みである。翻訳が“現在の情報を横へ運ぶ”行為だったとすれば、創訳は過去の智を未来へ縦に運ぶ行為だと言える。
ここにAI時代の文脈が生まれる。脳科学者・茂木健一郎氏はこう述べている。
1. AIは正解を出す。
2. 人間は意味をつくる。
3. 経営は「意味が生まれる場」を設計する仕事へ変わる。
この言葉を翻訳出版に引き寄せれば、次のように読み替えられる。
1. AIは原典を正確に解釈し、素材として整える。
2. 人間はその素材に価値判断と意味付与を行う。
3. 創訳は、その意味が編集され再構築される「場」である。
つまり創訳とは、AIと人間が役割分担することで成立する新しい知的共同作業である。AIは情報収集・要約・構造把握・文体模写といった分析工程で力を発揮し、人間は価値判断・文脈再設計・批評性・作品の倫理的整合性を担う。AIが「正確に読む」時代だからこそ、人間は「意味を再構成する力」を失ってはならない。
このバベルのプロジェクトリーダー、eトランステクノロジー室主宰の小室の原稿が示すように、創訳には三段階の思考がある。
1. 読み取る(Understanding)
2. 解釈する(Interpreting)
3. 再構築する(Rewriting)
このプロセスは、単に文章がうまくなるためではない。情報や物語を「再編集する力」を鍛える訓練であり、そこにバベル方式の核がある。創訳とは、原典を一度分解し、文体と視点を設計し直し、読者の入口に合わせて再構築する再生技法である。忠実さよりも誠実さを基準に据え、作者と現代読者の橋渡しを行う。
ここで、理念上やや異なる表現に見える部分がある。私は創訳を「過去資産の再生装置」と表現し、小室は「文化装置」と述べている。しかし両者は別物ではない。むしろ、こう統合できる。
創訳とは、文化を受け渡す装置であり、同時に過去の知的資産を再生する装置である。
その両機能が重なる地点に、AI時代のバベル方式が成立する。
文化は再生なくして持続せず、再生は文化の器を失えば根を張れない。創訳はこの二つを循環させる知的回路であり、翻訳の未来形である。
この営みを社会実装する場として、バベルは「Books & Rights Marketplace」を推進する。世界へ日本の作品を送り出し、世界の智を日本に迎え入れる。翻訳者・編集者・創作者・読者・権利ホルダーが接続される新しい出版生態系をつくる。ここでは翻訳は一方向の運搬ではなく、多方向の循環と往還へと進化する。
最後に定義するならば、
翻訳は「伝える」技術であり、創訳は「蘇らせる」技術である。
そして、その二つを統合し、AIと人間の協働によって未来へ開く営みこそが、バベル方式の翻訳出版である。
「翻訳は創造である。」
この原点を、次の50年の出発点としたい。




















