第12回 海外の出版業界情報(2025年4月)
オーストラリア:出版社が注目するノンフィクション作品
2025年3月11日から13日にかけて開催されたロンドンブックフェア。今回は、Publishers Weeklyの記事をもとに、同フェアでオーストラリアの出版社やライツ・契約担当者が紹介した、注目のノンフィクション作品をご紹介します。
『Chinese Parents Don’t Say I Love You』
(仮題:中国人の親は「愛してる」と言わない)Candice Chung著
言葉ではなく「食」を通じて家族の愛情を表現する文化を描いた、心に響く回想録です。
著者は13年間続いた恋愛関係の終焉後、レストラン評論家としての仕事を通じて、疎遠になっていた広東系中国人の両親との関係を再構築しようとします。両親をレストランレビューに同行させることで、食事を介して少しずつ家族の絆を取り戻していきます。
本書は、パンデミック下での新たな恋愛や移住、孤独、親密さといったテーマを背景に、文化的な違いや世代間のギャップを乗り越える手段としての「食」の役割を探ります。
出版社の担当者も、自身が広東語を話す家族の一員となった経験を持ち、食文化の壁などを体験した一人です。
「義理の両親から不器用なハグや、ぼそっとした『愛してるよ』を受け取ったこともあります」「愛する人の感情の世界に踏み込めないもどかしさを感じたことがある人なら、きっと共感できる物語です」とコメントしています。
『In the End: A Parting Gift for Your Loved Ones』
(仮題:人生の終わりに:愛する人への贈り物)Lisa Doust著
人生の終わりに向けて、愛する人々への思いやりを形にするガイド付きジャーナルです。
一般的なエンディングノートに近い構成ですが、本書の特徴は、愛する人々との絆を深めるための感情的な要素を重視している点です。楽しかった人生の思い出や家族へのメッセージを記録するためのガイドも提供されており、家族や友人が深い悲しみのなかで安心感を得られるような、「思いやりのギフト」となる一冊です。
また、遺言書や委任状、死後のデジタルアカウントやSNS対応など、現代のニーズにも対応しており、実用性も兼ね備えています。
出版社のライツ担当者は、「海外市場でも共感を呼びやすく、文章量が少ないジャーナル形式は翻訳のハードルも低いため、ライツビジネスにおいても魅力的なタイトルです」と述べています。
『Vaccine Nation: Science, Reason and the Threat to 200 Years of Progress』
(仮題:ワクチン・ネーション)Raina MacIntyre著
世界的に著名な疫学者Raina MacIntyreによる一冊で、ワクチンの歴史と未来をテーマにしています。
本書では、ワクチンが公衆衛生にもたらした歴史的成果を振り返りながら、近年の反ワクチン運動や科学への不信、偽情報の拡散が社会にもたらすリスクに警鐘を鳴らしています。
さらに、ワクチンが感染症のみならず、がんや心疾患など慢性疾患への対策としてどのように進化しているかにも触れ、新型コロナウイルスのパンデミックを通して明らかになった公衆衛生政策の課題についても議論されています。
出版社のプロダクトマネージャーは、「この本がオーストラリア、そして世界で出版されるのは、非常に意義深いタイミングです」と述べています。
『The Shortest History of AI』
(仮題:人工知能の最短史)Toby Walsh著
人工知能(AI)の発展を、わかりやすく6つの主要概念で整理した入門書です。AI研究の第一人者Toby Walshが執筆し、技術的な複雑さをシンプルかつ魅力的に紹介しています。
人間の脳の模倣、経験からの学習、意思決定プロセスといった技術的側面だけでなく、AIが社会や文化に与える影響についても深く掘り下げており、SF作品や現実の技術革新の例も交えながら解説しています。
2025年5月刊行予定で、すでに北米、韓国、台湾、インド、スペイン、ベトナムで翻訳権が販売されています。
オーディオブック:『Cult Bride: How I Was Brainwashed and How I Broke Free』
(仮題:カルト・ブライド)Liz Cameron著
本書は、平凡な若者がどのようにしてカルトに取り込まれ、そこからいかに脱出し、人生を取り戻したのかを赤裸々に描いた実話です。
高校卒業後のギャップイヤー中、著者はキャンベラのショッピングセンターで出会った女性に勧誘され、カルト教団に巻き込まれます。最初は友好的に見えたそのコミュニティは、次第に精神的支配を強め、著者は教祖の「花嫁」として扱われるようになります。
出版社の担当者は、「これは、カルトによる巧妙な支配と、そこからの解放を描く非常に力強い回想録です。現代における精神的コントロールの危険性について警鐘を鳴らす、まさに今読むべき一冊です」と述べています。
ロンドンブックフェアの模様は、世界のブックフェア「第11回 出版業界の課題と希望—2025年ロンドンブックフェアが示した未来」にも記載されていますので、ぜひお読みください。
村山有紀(むらやま・ゆき)
IT・ビジネス翻訳歴10年以上。国内外の様々な場所での生活と子育ての
経験をふまえ、自分らしい発信のスタイルを模索中。