東アジア・ニュースレター
海外メディアからみた東アジアと日本
第159 回
中国で全国人民代表大会(全人代)が開催され、習近平氏ら党・国家指導者が出席し、府活動報告や全人代常務委員会活動報告などが承認された。メディアは、政府は多くの課題を抱えるなかで野心的な経済成長目標を打ち出したが目新しさに欠けると述べ、習一強体制について批判的論調を展開する。
台湾でも上場投資信託(ETF)の取引が活発化し、当局はこの機をとらえてアクティビ型ETF を導入する予定。アジアでは日本、シンガポールに続く動きであり、市場の今後の発展動向が注目される。因みに日本でアクティビ型ETF が解禁されたのは2023 年6月である。
韓国では人口減少による輸入労働力が不可欠となっており、東南アジア諸国から未熟錬労働者を導入している。その数は30 万人以上とされるが、さらに約43 万人がビザをオーバーステイして不法就労していると見込まれている。彼らは日常的に略奪的な雇用主や非人道的な条件、虐待に直面しており、政府の対応が注目されている。
北朝鮮の金総書記が韓国に対して何らかの軍事的挑発を行うのではないかという見方とともに、金総書記の最近における発言には憂慮すべきものがあるとメディアが伝える。そうした懸念の背景として、金総書記の南北統一方針の放棄宣言や海洋境界線を越える領海の主張、対ロ関係の緊密化、トランプ前米大統領再選の可能性などを挙げる。
東南アジア関係では、米FRB による利下げが迫るなかASEAN の大手銀行の利ざやが縮小し、貸出業務収益が不安定化しそうな状況にあるとメディアが報じる。銀行は、金利環境が変化する中で成長維持のための戦略を練ることが重要になっており、今後の情勢推移を注視していく必要がある。
メディアは、インドにおける第 3 の問題として経済上の南北分断を挙げ、モディ政権に対応を促している。モディ首相も 4~5 月に予定される総選挙への対策を兼ねてこうした要望に沿うような動きをみせている。選挙ではモディ政権と与党が圧勝するとみられているが、勝利を収めた政権と与党がその後にどのような動きを示すかが問題である。注視したい。主要紙社説論説欄では、世界的な選挙の年である今年に関する主要メディアの報道と論調を観察した。民主主義と権威主義の対決になるとセンセーショナルに論じる。
メディアは、インドにおける第 3 の問題として経済上の南北分断を挙げ、モディ政権に対応を促している。モディ首相も 4~5 月に予定される総選挙への対策を兼ねてこうした要望に沿うような動きをみせている。選挙ではモディ政権と与党が圧勝するとみられているが、勝利を収めた政権と与党がその後にどのような動きを示すかが問題である。注視したい。
主要紙社説論説欄では、世界的な選挙の年である今年に関する主要メディアの報道と論調を観察した。民主主義と権威主義の対決になるとセンセーショナルに論じる。
北東アジア
中 国
☆ 全国人民代表大会を開催
第 14 期全国人民代表大会(全人代)が 3 月 5 日から 11 日まで開催され、習近平氏ら党・国家指導者が出席した。会議では政府活動報告や全人代常務委員会活動報告などが承認されたほか、改正国務院組織法が可決されたと人民日報(日本語版)が報じる。会議には出席すべき代表2956人のうち2900人が出席し、法定数を満たした。
同会議の内容について3 月 5 日付ワシントン・ポストは、中国は多くの課題を抱えるにもかかわらず、野心的な経済成長目標を掲げていると伝える。以下は、その要約である。詳細は注1(p.5-6)を参照。
中国政府は不安定な経済状況のなかで、野心的な経済成長目標を掲げた。だが、経済に巨額の政府資金を投入することなく景気減速を乗り切るための、そして目先の成長よりも安全保障を優先させるための、政府としての比較的控えめな計画を示した。同時に李首相は、外国企業に対するビジネス環境の改善、科学技術や国防費への予算増などの施策も発表したが、苦境にあえぐ家計や不動産セクターに対する救済措置は示さなかった。習主席はマルクス主義に回帰し、経済政策というよりも過去の強権的な支配者の例に倣うことで時代を画する指導者としての地位を確立しようとしている。
3 月 5 日付ニューヨーク・タイムズ記事も、今回の全人代で中国の指導部は、昨年と全く同じ野心的な成長目標を掲げたがその新しい経済アジェンダは古いものと酷似し、高い目標を掲げながらもほとんど内容には目新しいものはなかったと述べる。記事は、不動産危機、消費者信頼感の喪失、債務を抱えた地方政府の財政的圧力などの問題を挙げ、それらにより打撃を受けた経済を復活させるための思い切った対策を打ち出す用意がないことを示したと批判する。
こうした見方を3 月7 日付フィナンシャル・タイムズも「China lacks a credible policy to meet its own growth target (信頼できる達成政策を欠く中国の成長目標)」と題する社説で引き継ぎ、次のように論じる。以下は社説の要約である。詳細は注2(p.6-7)を参照。
中国政府は「質の高い発展」を重視し、技術的自立や経済安全保障などを優先事項へ引き上げ、もはやGDP成長だけを追求していないことを示した。李首相は、自らを「執行者」と「実践者」と表現し、経済問題の責任者は習氏であるという明確なメッセージを送ったが、これは共産党総書記が政治を担当し、首相が経済を監督するという改革主義的な体制とは相容れず、全人代後の首相のテレビ記者会見を廃止したことと合わせて卑屈さを露呈した。経済政策では、李首相の発言に個人消費を支援する詳細な計画は含まれず、それを上回ったのは、「産業システムの近代化」と「新しい質の高い生産力」の開発という 2つの産業政策目標だった。財政支援の面でも新しい推進策として 10億人民元(1390億ドル)の特別国債の発行が目に付く程度だった。しかしGDP成長よりも安全保障、技術、自立を優先させることには現実的なリスクがある。不動産市場の低迷、地方政府の多額の債務、デフレの深刻化、若者の失業率の高さなど、中国の脆弱性はすべてさらなる成長を必要としている。イデオロギーの経済への過度の介入は急激な逆転を引き起こし得るという自国の歴史からの警告に深刻に耳を傾けるべきだ。
さらに 3 月 6 日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは社説「China Pays for Its Economic Mistakes (日本版記事:【社説】経済失政の代償を払う中国)」で、以下のように論じる。ここも要約を紹介し、詳細概略は注3(p.8)を参照。
社説は、不動産バブル、人口の急速な減少と高齢化を挙げ、中国は共産党政権が犯した過ちの影響に苦しんでいると述べる。この難題の組み合わせに直面する国として日本を挙げるが、中国は日本と違い輸出主導で経済成長を加速させるという最新戦略が困難になっていると指摘。日本からの教訓として、政府が国内経済改革を追求したことで状況が回復したことを挙げる。これに対して習氏は国有不動産開発企業の強化など、共産党国家の下で経済統制を強めていると批判する。また共産党は「新たな質の生産力」という新概念を打ち出し、人工知能(AI)やグリーンテクノロジー(環境技術)などで積極的な産業政策を推進しようとしており、それには積極的な景気刺激が必要となるが、成長の鈍化よりも物価の急上昇を警戒する習近平政権は、こうした方向に動こうとしていないと指摘する。そのうえで、新たな民間の起業家精神主導型の手法への転換もできなければ、結果的に成長は鈍化するだろうと論じる。
結び:以上のようなメディアの報道と論調から、重要な事実が幾つか浮かび上がる。一つは、政治のみならず経済も党総書記である習主席に集約されたこと、その習氏の大きな政策方向は、過去の強権的な支配とマルクス主義への回帰である。経済政策では、成長よりも「産業システムの近代化」と「新しい質の高い生産力」の開発という2 つの産業政策目標の優先である。この「質の高い発展」を重視する姿勢から、技術的自立や経済安全保障などを経済成長より優先させるという経済政策の方向転換が生じた。その背景には、米国との経済紛争の影響や電気自動車、半導体から生成AI、グリーンテクノロジー(環境技術)さらには航空宇宙産業など最先端分野での技術開発競争があると言えよう。その結果、個人消費の低迷、不動産市場の悪化、地方政府の多額の債務、デフレの深刻化、若者の失業率の高さなど、中国経済の脆弱性への対応は棚上げされてしまったのである。つまり、GDP 成長よりも安全保障、技術、自立を優先させるのは、メディアの指摘を待つまでもなく当然こうしたリスクを内包しているのである。とはいえ、習氏には選択肢がまだ残されていると思われる。一つは日本の教訓を生かし、国内の経済改革の追求という改革開放の精神を復活させることである。それには国家主導ではなく、民間の起業家精神を鼓舞し、活用することが不可欠となろう。
注1: 3 月5 日付ワシントン・ポスト記事概略:今年は、中国にとって困難な年になりそうだ。巨大な不動産大手の清算、外国直接投資の30年ぶりの低水準への落ち込み、株式市場は10%の下落という状況の中で年明けを迎えた。中国はまさに不安定な経済状況にある。中国が直面しているのは内需の低迷、信頼感の低下、そして買い手が望む以上の生産を行っている産業部門である。このことが相まって中国の消費者も国際的な投資家も動揺している。
李氏は全国人民代表大会の冒頭で「中国経済の持続的な回復と成長の基盤は十分に強固ではない」と述べた。経済的な課題を繰り返し認識しながらも、李氏は経済に巨額の政府資金を投入することなく景気減速を乗り切るための、そして目先の成長よりも安全保障を優先させるための、政府としての比較的控えめな計画を示した。「安定は全体的に重要であり、われわれが行うすべてのことの基礎である」と言った。李氏は「政府活動報告」で「安全保障」という言葉を 28 回使った。安全保障は、特に中国の台頭に対する米国の脅威の念を和らげることに執着する中国指導部にとって一般的表現となっている。また安全保障は抑制のきかない地方政府の債務水準から、半導体のような重要技術を標的にした米国の貿易制限まで、あらゆるものへの対応について話す際に使われている。そして、その解決策は概ね国家による管理の強化と外部からの影響の抑制とされている。
李首相は電気自動車、人工知能、水素発電、商業宇宙飛行などの主要産業を支配するという目標に沿い、「全国的に資源を動員する新しいシステムをフル活用」することで中核技術の突破口を開くよう促した。安全保障に重点を置いたアプローチは、深刻な経済的・財政的リスクを軽減する一方で、主要新興産業における国産の技術革新に重点を置こうとしている。
すでに中国の電気自動車会社BYDは、テスラを抜いて世界最大のEVメーカーとなった。コンサルタント会社エノド・エコノミクスの創設者であるダイアナ・チョイレバは、習近平は国家安全保障の目標を中心に中国経済を再編成することに指導力を賭けているが、その計画は簡単に信頼を回復するものではないと述べた。外国企業は中国に対する懸念を明らかにしている。海外直接投資は 2023 年に 30 年ぶりの低水準に落ち込んでいる。上海の元党委であった李氏は、国際企業が政府調達に参加する機会を増やし、製造業への投資規制をすべて撤廃するなどビジネス環境の改善を約束した。また国家的に重要な基礎研究を推進するため、科学技術への予算を10%増の520億ドルとし、国防費は7.2%増の2310億ドルとすると述べた。国防費は過去 5 年間で最大の伸びだが、バイデン米大統領が 12 月に署名した年間8860 億ドルの軍事費法案にはまだ程遠い。しかし、苦境にあえぐ家計や不動産セクターに対する救済措置はなかった。政府が地方自治体に対して「ベルトを締めるように」と警告を発したことから、企業支援や社会的ケアの拡充のための追加支出は限られるだろうとアナリストは指摘した。
首相の記者会見は、1980 年代以来全人代の最後に開かれ、共産主義体制の中で比較的開放的な数少ない瞬間のひとつであったが今年は中止された。これは、昨年末に遅れて開催された党大会で党幹部が打ち出すと期待されていた経済政策が示されなかったことに続くものだ。
党大会の遅れや不透明な状況さは、政府が大胆な成長促進策を導入せず、景気後退への対応を曖昧なままにするつもりのためではないかという懸念を煽っている。メルカトール・インスティテュート・フォー・チャイナ・スタディーズ(中国に特化したドイツのシンクタンク)主席アナリストのニス・グリュンベルグ氏は、「党大会の大幅な遅れは、少なくとも公開の場では経済改革ロードマップが存在しないことを意味する」と述べ、政府幹部の一貫したメッセージは、自由化という経済改革よりも国家統制が優先されることを示唆していると付け加えた。
実際、習近平は共産党のルーツであるマルクス主義に回帰しているように見える。12 月、習近平は急激な景気減速を防ぐために「新たな生産力」を発揮するよう当局者に指示したが、外国人投資家はこの言葉が市場や企業にとって何を意味するのか理解するために何ページにもわたる専門用語に頭を悩ませることになった。中国政治をよく観察している人たちによれば、習近平の発表は経済政策というよりも、過去の強権的な支配者の例に倣うことで時代を画する指導者としての地位を確立しようとするものだという。習近平は今、経済を浮揚させ、クリーンエネルギー、人工知能、半導体といった戦略的に重要な新興産業での優位性を確保できるようなハイテク・アップグレードを労働者に求めている。だが国内では、習近平政権が国家の介入を強く推し進める政策は行き過ぎでイノベーションに水を差していると警告する声が目立っている。
注 2: 3 月 7 日付フィナンシャル・タイムズ社説概略:中国政府は、富を生み出すことよりもイデオロギーによって活気づけられているようにみえる。首相として初めての演説で李氏は今年の国内総生産(GDP)成長率の目標を「約 5%」に設定したものの、その目標を達成するための大規模な景気刺激策を発表しなかった。政府の「質の高い発展」を重視する姿勢は、技術的自立や経済安全保障などを優先事項へ引き上げ、もはや GDP 成長だけを追求していないことを政府は示した。さらに、李首相は昨年の就任以来、公式の発言で自らを忠実な「執行者」と「実践者」と表現し、経済問題の責任者は李氏ではなく習氏であるという明確なメッセージを送っている。これは共産党総書記が政治を担当する一方で、首相が経済を監督することになっていたここ数十年の改革主義的な体制とは相容れない。
また李首相は、2023 年の成果は「習近平が『中国の特色ある社会主義思想』の新時代に向けた健全な指導のもと舵取りをし、道筋を描いているおかげだ」と述べた。このことは、全人代後の首相のテレビ記者会見を廃止したことと合わせて卑屈さを露呈している。総合的にみると、中国政府を本当に突き動かしているのは繁栄よりもイデオロギーであるという感じになる。こうした認識の変化は、国際資本に中国から日本、インド、東南アジア、その他の市場でリターンを求めるという方向転換を促している。
李首相のスピーチは、昨年の公式成長率 5.2%に続き、今年も中国が「5%前後」の目標を達成するとの楽観的な見通しを許す内容とは言えなかった。消費者物価のデフレが 2008~09年の金融危機以降で最も深刻であるにもかかわらず、李首相の発言には個人消費を支援する詳細な計画は含まれていなかった。コンサルタント会社ガベカル・ドラゴノミクスの分析によると、内需拡大という目標は昨年の報告書の最優先事項から今年は 3 位に降格した。それを上回ったのは、「産業システムの近代化」と「新しい質の高い生産力」の開発という 2 つの産業政策目標だった。どちらの目標も中国の技術的台頭を促進するものである。財政支援の面ではささやかな新しい推進策が発表された。10 億人民元(1390 億ドル)の特別国債の発行が予定されており、「重要分野の安全保障能力」に資金を供給するためである。これは未定義のままだったが、おそらくインフラストラクチャーを意味する。安全保障の重要性を示すもうひとつの兆候として、李首相は国防費を 7.2%増の 16 億人民元に引き上げると発表した。中国は米国に次いで世界第 2 位の国防予算を持っており、李首相は「外部からの干渉」に反対すると宣言した。
中国が GDP 成長よりも安全保障、技術、自立を優先させることには現実的なリスクがある。不動産市場の低迷、地方政府の多額の債務、デフレの深刻化、若者の失業率の高さなど、中国の脆弱性はすべて、さらなる低迷を避けるための成長を必要としている。しかし、中国政府が宣言した成長目標を達成するための政策を証明するものはほとんどない。政府は、イデオロギーが経済に大きく介入すると急激な逆転が起こり得るという自国の歴史からの警告にも っと深刻に耳を傾けるべきだ。
注 3: 3 月 6 日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナル社説:目標が「野心的」と表現されていることは、中国が直面する経済的困難の兆候だ。習近平国家主席がこの目標すら達成できるかどうか不透明になっている。中国は共産党が犯してきた過ちの影響に苦しんでいる。あまりにも高い経済成長は、公共事業に伴う持続不可能な建設ブームなど巨大な不動産バブルにけん引されていた。習氏はこのバブルをできるだけ穏やかに沈静化させようとしたが、その取り組みの一つの結果として自分たちが中産階級であり、その地位は安定していると考えていた中国の持ち家世帯が苦境に陥った。人口動態的な崩壊も進んでいる。出生率は急低下し、人
口は急速に高齢化している。兄弟姉妹やいとこがいないままに成長した数世代が社会的な災難に見舞われているのに加え、同国の経済と国庫に新たな圧力がかかっている。
中国以外でこの難題の組み合わせに直面する唯一の国は日本だが、比較しても明るい気持ちにはなれない。違いは、日本がバブル崩壊時に既に富裕国だったことと、平和を好む民主主義国である日本が、他の経済大との間で地政学的な緊張が高まる事態を招かなかったことだ。この点は中国に当てはまらない。したがって、輸出主導の経済成長、とりわけ工業製品の輸出に頼って成長を加速させるという最新戦略を習氏が実行するのは困難になるだろう。
中国は世界を電気自動車(EV)であふれさせようとしているが、新たな関税やその他の貿易障壁によって壁にぶつかる公算が大きいとみられる。
習氏にとっての一つの教訓は、日本の場合、政府が国内経済改革を追求したことで自国の状況が回復したということだ。そのような改革例としては、小泉純一郎元首相による銀行の不良債権処理を推進する試みや、部分的成果にとどまった安倍晋三元首相による民間投資を刺激するための規制緩和などが挙げられる。習氏は中国共産党国家の管理の下で経済統制を強めようとしている。その対象には不動産分野も含まれており、こうした政策転換の一つの表れは、国有不動産開発企業の強化だった。共産党は「新たな質の生産力」という新概念を打ち出しており、このキャッチフレーズは、人工知能(AI)やグリーンテクノロジー(環境技術)といった分野での積極的な産業政策を網羅するものとみられる。
大半のエコノミストは、こうした戦略の限界を理解している。そのため中国ウオッチャーたちは、同国政府が信用供与と財政支出の新たな大盤振る舞いに乗り出すことを期待している。
しかし、中国政府は現段階でのこうした「刺激策」の導入が主にインフレを誘発することを懸念しているように見える。そして成長の鈍化よりも物価の急上昇の方が共産党にとってより大きな政治的脅威になるとの結論を下した。この点については、習氏の判断が正しいかもしれない。
従来の信用供与急拡大型の手法で経済を活性化できず、新たな民間の起業家精神主導型の手法への転換もできなければ、結果的に成長は鈍化するだろう。それは、依然として貧困状態にある多くの中国人にとって悲劇であるばかりか、中国経済がより健全かつ自由であれば恩恵を受けるはずの世界に困難な課題を突き付ける。
台 湾
☆ 発展する上場投信(ETF)市場
台湾では上場投資信託(ETF)の運用資産が昨年60%以上急増した。そうしたなか、金融監督管理委員会(Financial Supervisory Commission. FSC)は、今年、アクティブETFを認める提案をまとめる予定であり、今般、活況を呈する小売市場に対して、アクティブ上場投資信託(特定の指標と連動させないアクティブ型ETF)への参入を認めたと2月7 日付フィナンシャル・タイムズが伝える。記事は、FSCは目下、業界関係者の意見を収集し、さまざまな市場におけるアクティブETFの規制動向を調査しており、「より明確な方向性」は後日発表されると金融管理監督委員会(Securities and Futures Bureau.SFB)の陳チェン・シャン主任委員が記者会見で語ったと報じる。同氏は、FSC は 6 月までにアクティブ ETF を認める提案をまとめることを目指しているが、それ以前に決定が下されるとは予想していないと補足している。
記事は、この発表により台湾は日本とシンガポールに次いでアクティブ ETF の上場を許可する最新のアジア市場となるとコメントし、さらに次のように報じる。しかし本発表の重要な点は、ETF への参入熱が高まっているなかで新たなチャネルを開くことにある。国立政治大学のロビン・チョウ教授(金融学)は、アクティブETF の承認後、世界の資産運用会社が市場に参入する新たな機会を提供するため、台湾に再び「血みどろの」競争の波が押し寄せると予想していると述べる。台湾の ETF 市場は近年大きな成長を遂げており、昨年のETF 総資産は64%以上急増し、38 億5000 万台湾ドル(1231 億ドル)に達した。ETF 資産は、2023 年末までに台湾のオンショアファンド市場全体の57%のシェアを占め、過去最高を記録している。
規制当局はまた、仮想資産サービスプロバイダーに対する規制の設定を計画し、そのフィージビリティ調査を委託し、9 月に発表される予定である。FSC は以前、仮想資産サービスプロバイダー向けの「業界の自己規律」ガイドラインを発表したが、これらの現行ルールが投資家を保護するのに十分かどうかについては疑問が提起されていたのである。
FSCの黃天牧(Huang Tien-mu)会長もFSC は「自主規制が仮想通貨業界を管理するための究極の枠組みであるとは考えていない」と述べ、仮想通貨業界に規制を設けることの利点を強調している。黄氏は、今、規則の制定を進めることは、他の市場におけるそのような規制の範囲と深さに言及できることになると語る。台湾の仮想通貨企業は、業界団体として台湾仮想資産プラットフォーム・トランザクションビジネス協会の設立を申請しており、第1 四半期に承認される予定である。しかし、黄氏の任期は5 月に終了し、仮想通貨規制に関する最終決定は新しい議長に委ねられることなる。FSCはまた、証券・先物仲介業と投資信託の合計税引き前利益が国内の株式市場の活況を背景に2022年の661億台湾ドル(約3100億円)から2023年には998億台湾ドル(約4700億円)へと前年比51%増を記録したと発表した。
以上のように、台湾でも上場投資信託(ETF)の取引が活発化しており、当局はこの機をとらえてアクティビ型ETF を導入しようとしている。実現すれば日本、シンガポールに続くことになると記事は伝える。市場の今後の発展動向に注目したい。ETF は日本では日経平均株価やTOPIX といった日本株指数に運用成果が連動するインデックスETF として2001 年7 月に創設された。その後、連動対象は日本株式以外の資産、不動産投資信託(「REIT」)、外国株式、外国債券、金などのコモディティに拡大されたが、投資家ニーズの多様化を受けて2023 年6 月29 日、日本取引所グループ(JPX)が東京証券取引所(東証)におけるアクティブ運用型ETF(アクティブETF)の上場制度を解禁した。同年9 月に6 銘柄が新規上場した。
韓 国
☆ 酷使される外国人労働者
韓国は外国人労働者を必要としているが、しばしばその保護に失敗していると 3 月 2日付ニューヨーク・タイムズが伝える。記事は、韓国は人口減少により輸入労働力が不可欠となっているが、移民労働者は日常的に略奪的な雇用主や非人道的な条件、その他の虐待に直面していると概略以下のように報じる。
サムスンの携帯電話や現代の自動車、LG のテレビなど韓国の輸出品は事実上、世界のあらゆる場所で手に入る。しかし韓国は、工場や農場を活気づけるために外国人労働者という輸入品にかつてないほど依存している。この変化は、人口減少・高齢化という人口危機の影響である。今週発表されたデータによると、韓国は昨年、世界最低の合計特殊出生率を更新した。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は、ベトナム、カンボジア、ネパール、フィリピン、バングラデシュなどの後発開発途上国からの未熟錬労働者の受け入れ枠を2 倍以上に増やすことで対応してきた。現在、韓国ではそうした労働者が何十万人も働いており、典型は小規模工場や遠隔地の農場、漁船など地元の人々が汚く危険で低賃金だと考える仕事に従事している。雇用主を選ぶことも変えることもほとんどできず、多くの外国人労働者は略奪的な上司、非人道的な住居、差別、その他の虐待に耐えている。
バングラデシュ出身のチャンドラ・ダス・ハリ・ナラヤンもその一人だ。昨年 7 月、ソウル北部の森林公園で作業をしていた彼は、高い木の伐採を命じられた。法律ではこのような作業には安全ヘルメットの着用が義務付けられているが、彼には与えられなかった。落下した枝が頭を直撃し、気を失い、鼻と口から血を流した。上司が救急車を呼ぶのを拒否したため仲間の出稼ぎ労働者が彼を病院に運んだところ、医師が彼の頭部に内出血があり、頭蓋骨が3 か所骨折しているのを発見した。雇用主は、チャンドラ氏の承認を得ずに労災を申請した書類によれば、当局には軽い打撲傷しか報告していなかった。「もし私が韓国人だったら、このように扱わなかったでしょう」とチャンドラ氏(38歳)は言う。「彼らは移民労働者を使い捨てのように扱う。最近の調査によれば、外国人労働者が労働関連事故で死亡する確率は、全国平均の約3 倍であった。このような調査結果は権利団体や外国政府を憂慮させている。1 月、フィリピンは自国民が韓国で季節労働に就くことを禁止した。
しかし、韓国は依然として魅力的な移住先であり、30万人以上の未熟練労働者が一時的な就労ビザで滞在している。(この数字には、中国や旧ソビエト連邦からの数万人の韓国人移民は含まれていない)政府のデータによれば、さらに約43万人がビザをオーバーステイして不法就労し、こうした移民労働者は毎年 9100 万ドルの未払い賃金を申告している。労働省は、これらの労働者の労働・生活条件を改善するために「全力を尽くしている」と語る。職場に派遣する検査官を増やし、通訳を増員し、労働者を酷使する雇用主への罰則を強化しているという。
政府が十分な住宅計画を持たずに外国人労働者を入国させていると地元の農家が苦情を申し立てたため公共寮を建設している町もある。政府はまた、家族を呼び寄せることができる「模範的な」労働者ビザを提供している。当局者は、韓国は「私たちの社会
に不可欠な外国人だけを受け入れる」「不法滞在者の取り締まりを強化する」つもりだと述べている。しかし、今年過去最高の16 万5000 人の臨時就労ビザを発給する予定の当局は、9 つの移民支援センターへの資金援助を打ち切るなど、いくつかのサービスを縮小している。
朝鮮戦争後の数十年間、韓国は建設労働者を中東に、看護師や鉱山労働者をドイツに輸出していた。1990年代初頭には、電子機器や自動車を生産する経済大国として台頭した韓国は、豊かになる地元の労働力が敬遠する仕事を埋めるために外国人労働者を導入し始めた。しかし、「産業研修生」に分類されるこれらの移民は、過酷な労働条件にもかかわらず労働法で保護されていなかった。政府は2004年に雇用許可制度(E.P.S.)を導入し、中間業者を排除して未熟錬移民労働者の唯一の就職斡旋業者となった。E.P.S.は16カ国から 3 年ビザで労働者を募集し、2015 年には外国人への季節雇用も開始した。しかし、深刻な問題はまだ残っている。「E.P.S.の最大の問題は、雇用主と外国人労働者の間に主従関係が生まれていることです」と、抱川移住労働者センターを運営するメソジスト派のキム・ダルスン牧師は言う。
それは非人道的な状況を意味する。農業労働者のチェトリ氏に約束された「住居」は、黒いビニールで覆われたボロボロの温室のような建物の中に隠された中古の輸送用コンテナであることが判明した。2020年12月の厳しい寒波の中、カンボジア人出稼ぎ労働者のヌオン・ソッキェンが暖房のない小屋で死亡した。政府は新たな安全規制を設けたが、抱川では多くの労働者が標準以下の施設に住み続けている。E.P.S.労働者が雇用主から虐待を受けている場合、彼らの選択肢は2 つしかないことが多い。上司がビザの延長や更新を助けてくれることを願いながら試練に耐えるか、他の誰かのために不法就労し、入国審査に常に怯えながら暮らすかだとキム牧師は言う。
移民たちはまた、韓国では人種差別や排外主義的な態度に直面していると言う。「彼らは肌の色によって人を区別して扱います。混雑したバスの中で、彼らは私の隣の空いている席に座るよりも、むしろ立っていたがります。私は"私は臭うのか"と自問自答しています」。
以上のように、韓国は人口減少により輸入労働力が不可欠となっている。このためベトナム、カンボジア、ネパール、フィリピン、バングラデシュなどの後発開発途上国から未熟錬労働者を導入している。その数は30 万人以上とされ、政府のデータによれば、さらに約 43 万人がビザをオーバーステイして不法就労しているとされる。彼らは日常的に略奪的な雇用主や非人道的な条件、虐待に直面している。たとえば、労働関連事故での死亡確率は全国平均の約 3 倍で、しかも毎年 9100 万ドルの未払い賃金があるという。このため政府は2004 年に雇用許可制度(E.P.S.)を導入し、中間業者を排除、移民労働者の唯一の就職斡旋業者となったが、E.P.S.の最大の問題として「雇用主と外国人労働者の間に主従関係が生まれている」ことが指摘されている。このほかにも移民労働者は人種差別や排外主義的な態度に直面しているとされる。
上記の労働者は産業研修生として受け入れられているが、この制度の前身は 1991 年に定められた「産業技術研修制度」で、その後、1993 年に対象を中小製造業まで拡大し、記事が言及した「産業研修生制度」として整備された。この制度は日本の「技能実習制度」に類似しているとの指摘があるが、日本の技能実習制度も韓国とほぼ同様の問題を抱えていた。こうした事態を踏まえて政府は2019 年4 月、特定実習制度を導入したが、これはむしろ韓国の雇用許可制度(E.P.S.)に類似しているといえよう。しかしE.P.S.についても上述のように主従関係の発生、加えて人種差別や排外主義などの問題が指摘されている。韓国政府による更なる対応を注視したい。
北 朝 鮮
☆ 憂慮される金総書記の最近の発言
金正恩氏は挑発するのが好きだ。北朝鮮はロシアに武器を与え、韓国との戦争をちらつかせているが誤算のリスクが高まっていると、3月5日付エコノミスト誌が警告する。
記事は最近の北朝鮮の動きについて概略以下のように論評する。
北朝鮮の国営通信を信じるならば、ロシアのプーチン大統領は間もなく 20 数年ぶりに北朝鮮を訪問する。両国は関係を緊密化しており、北朝鮮はウクライナ戦争でロシアを助け、ロシアは北朝鮮の体制を勇気づけている。時あたかも、北朝鮮の世襲独裁者である金正恩総書記が韓国に対して新たな好戦的な態度に出ようとしている。金正恩氏は近いうちに韓国に対して何らかの軍事的挑発を行うのではないかという見方があるのだ。
これに対して韓国の政治家たちは、強力な対応をみせる構えである。北が核兵器を保有していることを考えると、戦争に関するいかなる話もこの地域全体に動揺をもたらす。
金正恩氏は以前にも軍事力を誇示する行動に出たことがある。2010 年に後継者になった直後、韓国船を撃沈し、半島西岸沖の韓国が支配する島を砲撃した。また自国の軍事力を強化してきた。弾道ミサイル発射実験は1997年から2011年までの16回に比べ、過去 10 年間では 224 回以上に達している。米シンクタンク「科学と国際安全保障研究所」によれば、北朝鮮は現在35~63 個の核兵器に必要な核分裂性物質を保有しており、2005 年の5~13 個から増加している。また、ソウルを射程に収める長距離砲を1000 門近く保有している。
幾つかの動きからみて、金総書記の最近における発言が憂慮される。まず12 月31 日の演説で、北朝鮮が数十年にわたって少なくともリップサービスしてきた南との協力による統一が体制の最終目標であるという方針を放棄したことがある。それ以後、南北関係は「敵対する2 つの国家の関係」となり、以後、金総書記は南を「永遠の敵」に分類するよう求めている。韓国が北の領土、領海、領空を「0.001mm でも侵犯すれば、戦争の挑発とみなされる」と警告した。2 月、金総書記は海洋境界線を「ゴーストライン」と表現し、北朝鮮の領海は境界線を越えて広がっていると主張した。金氏は、この境界線を力ずくで主張することを望んでいるのだろう。政策研究大学院大学(東京)の道下徳成教授などのアナリストは、今年、北朝鮮は韓国の船舶や領土を砲撃するなどの危険な行動に出るかもしれないとみている。それは、韓国で議会選挙が行われる 4 月 10 日の前か米国の選挙を控えた時期に起こる可能性がある。
金正恩政権は口先だけの好戦的な態度を示すが、それを裏付けるように兵器の実験と改良を続けている。11 月には初の軍事スパイ衛星を打ち上げ、今年中にさらに3 基の衛星を打ち上げると約束した。12 月には、液体燃料よりも素早く発射できる固体燃料を使用した大陸間弾道ミサイルの発射実験を行い、1 月と2 月には5 回の巡航ミサイル発射実験を行った。さらに1 月には、米韓の防空網をかいくぐるのに有利な固体燃料で操縦可能な「極超音速」ミサイルの発射実験を行ったと主張している。衛星画像によれば、北朝鮮は7 回目の核実験のために核実験場を準備している。おそらく、戦場で使用可能な低弾頭の核実験を行うだろう。
2つ目の動きは、金総書記とプーチン大統領の仲が深まっていることだ。ロシアの大統領は砲弾をはじめ、北朝鮮が惜しみなく提供できるあらゆるものを求めている。先月、米国は北朝鮮がロシアにコンテナ1 万個分の「軍需品または軍需関連物資」を送ったと発表した。北朝鮮はその見返りに現金、食料、石油を得ているのだろう。さらに心配なのは予備部品からミサイル技術に至るまで軍事援助を受けている可能性があることだ。
金正恩氏は北朝鮮が「反帝国主義」ブロックの一員であることを自慢できるようになった。かつてロシアも中国も核開発計画を進める北朝鮮への制裁に署名していたが、今では制裁逃れを手助けしている。金氏の核能力に対する不安にもかかわらず、中国は最近のミサイル発射実験への批判を控え、北朝鮮の「合理的な安全保障上の懸念」を口にする。中国は北朝鮮から制裁対象の石炭を買い続けており、それを密輸するための古い船まで提供している。
第3 は、ドナルド・トランプが1 月にホワイトハウスに入った場合である。2018年、トランプ氏は現職の米大統領として初めて北朝鮮の指導者と会談し、半島が首脳会談の渦に巻き込まれるなか北朝鮮の好戦的な態度を一時停止させた。この会談は 2019 年に
決裂し、金氏は兵器実験に戻ったが、トランプ氏は悪意を持っていないように見える。
1 月には独裁者との仲の良さを自慢していた。金氏はトランプ大統領の 2 期目によって交渉が再開されることを望んでいるのかもしれない。しかし、金委員長の姿勢や新しい友人たちの支持にもかかわらず、北朝鮮の軍隊は米韓の軍隊に比べ、あらゆる面で大きく劣っている。北朝鮮の軍人・軍属の数は110万人を超え、膨大である。しかし、その多くは戦闘部隊としてではなく労働力として雇用されており、最近では国内の貧しい地域で労働に駆り出される者もいる。韓国は航空戦力、海上戦力、ミサイル防衛において非常に優れている。北朝鮮は核兵器を持っているが、米国はそれ以上に多くの核兵器を持っている。そしてこの1 年、韓国を安心させるためにこの地域での核戦力の誇示を強めてきた。
道下氏は、北朝鮮が攻撃的で威勢がよいのは不安からくる政権の根深い防衛意識のためであり、戦術的な隠れ蓑になっていると主張する。その不安は、韓米日の安全保障上の結びつきが強まっているという文脈で見なければならない。北が 12 月に固体燃料のICBM を実験した翌日、3 カ国は「リアルタイム」の軍事情報共有を開始したと発表した。米韓両国は定期的に空・海・陸の共同訓練を実施しており、最新の訓練は3月4 日から11日間にわたって行われた。
道下氏は、北朝鮮が同盟国の演習への対応が必要と感じるのは、その軍事的資源を圧迫しかねないと指摘する。一方、ロシアへの弾薬の輸送は本格的な攻撃の差し迫った意図を示唆するものではない。しかし、全面戦争の可能性を否定するのは、限定的な軍事的冒険主義の可能性を否定することではない。このような動きによって金総書記は米韓の間にくさびを打ち込むことを望んでいるのかもしれない。1 月、韓国の保守派である尹錫悦大統領は、自国は「何倍も厳しい懲罰で」対応すると述べた。
最近、韓国と北朝鮮は一触即発の事態を抑えるための軍事協定を破棄し、両軍を結ぶホットラインは昨年4 月以来沈黙している。ワシントンのシンクタンクであるブルッキングス研究所のアンドリュー・ヨーは、ガードレールがあまりにも少ないため、事態が急速にエスカレートする可能性があると警告する。それはこの地域にとってだけでなく、世界にとっても良くないことだ。
以上のように、記事は金総書記が近いうちに韓国に対して何らかの軍事的挑発を行うのではないかという見方を伝えると共に、金総書記の最近における発言には憂慮すべきものがあると指摘する。そうした懸念の背景として、金総書記の南北統一方針の放棄宣言や海洋境界線を越える領海の主張などを挙げ、軍事的な挑発の具体例として、韓国の船舶や領土への砲撃などを報じる。注目すべきは、そうした行動の時期として韓国で議会選挙が行われる4月10日の前や米国の選挙を控えた時期を挙げていることであろう。
また金政権の口先だけの好戦的な態度を裏付けるように兵器の実験と改良を続けていると指摘し、軍事スパイ衛星の打ち上げ、固体燃料による「極超音速」大陸間弾道ミサイルの発射実験、さらには対ロ関係の緊密化を挙げるが、特に北朝鮮がロシアからミサイル技術などの軍事支援を受けている可能性が懸念される。トランプ前米大統領が再選されると、米国の対北朝鮮政策の転換などの予測不可能な要因となり要警戒であろう。いずれにせよ、次期米政権には米韓間にくさびを打ち込むことを狙う金総書記にその隙をみせないような特段に慎重な政策と行動が望まれる。
東南アジアほか
☆ 利鞘縮小が懸念されるASEAN の銀行
米国で利下げの動きが進むなか、東南アジアの銀行の利ざやが縮小し、シンガポール、タイ、インドネシアなどで貸出業務収益が不安定になりそうだと、3 月 7 日付けフィナンシャル・タイムズが伝える。記事によれば、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の銀行は、低金利が迫るなかで現在の高金利時代における融資による潤沢な収益は見納めになるかもしれないとみられている。米連邦準備制度理事会(FRB)はインフレ懸念の低下を受けて利下げを示唆しており、徐々に資金が借りやすくなっているが、シンガポールを拠点とする ASEAN の大手銀行にとって融資収益の伸びは今後数カ月で鈍化する可能性がある。コーポレート・アドバイザリーのKCコンサルティングでウェルス・コンサルタントを務めるカヴァン・チョクシ氏は、「この環境が変わるのは避けられない。銀行は金利環境が変化する中で成長維持のための戦略を練ることが肝要になって」と語る。
シンガポールの3 大金融機関(DBS銀行、ユナイテッド・オーバーシーズ銀行(UOB)、オーバーシーズ・チャイニーズ銀行(OCBC)は、貸出金利を設定する際、FRBの金利を参考にしており、利ざやの伸びはピークを付けたのではないかという見方が広がっている。水曜日のOCBCの発表によると、2024年の純利鞘(NIM。銀行が貸出から得る利子と預金者に支払う利子の差額)は 2.2%から 2.25%の範囲となり、昨年第 4 四半期の2.29%を下回っている。10~12月期の純利益は16億シンガポールドル(12億米ドル)で、前年同期比12%増となったが、同行のヘレン・ウォン最高経営責任者(CEO)は水曜日の決算説明会で「2024 年は 2023 年よりも厳しい年になると予想している」と語った。
OCBCと同業のUOBは、最新の決算発表で利ざやがピークに達したと指摘した。先週、同行は10~12月期の純利鞘(NIM)が2.02%で、2023年の全四半期で最低だったと発表した。昨年の NIM は 1~3 月期に 2.14%を記録しており、四半期ごとに着実に減少している。UOBのリー・ワイファイ最高財務責任者(CFO)は先週の決算説明会で「金利が低下する環境では、預金コストを管理する能力が利回りを管理する能力よりも重要になることは明らかで、我々の課題はNIMを維持することだ」と語った。
シンガポールの銀行は競争力を維持するため資金調達コストが上昇しているなかで、預金者への利払いは引き上げている。その一方で、高コストによって一部の顧客は借入金の増加や新規借入を控えており、金融機関は融資の収益性が低下する立場に追い込まれている。UOB の投資調査部門アナリストのカルメン・リー氏は、今月のレポートで融資の伸びの鈍化とUOBの主要なASEAN市場におけるマクロ環境条件の予想外の低下が銀行のリスクとなっていると記している。「純利鞘は 22 年会計年度の 1.86%から 23年会計年度には2.09%に改善した」と前回の上昇について記す一方、今後の見通しはあ
まり明るくないと指摘した。「UOB の経営陣は、24 会計年度のNIM を2%前後と予想している」。
ASEAN の他の地域では、タイとインドネシアの金融機関も収益圧迫に苦しんでいる。
フィッチ・グループのシンガポール信用調査会社クレディサイト(Credit Sights)は、クルンタイ銀行、TMB タナチャート銀行、バンコク銀行を含むタイの金融機関に関する1月のレポートの中で、アナリストはタイの銀行の四半期純利鞘はピークに近いか、またはピークを打ったと述べている。「景気回復がいまだ緩慢で一様でないなか、家計負債が増加し、中小企業の業績が悪化しているため、融資の伸び率は(10 月から12 月にかけて)またもや低調な四半期となった。銀行は 24 会計年度に向けて慎重な姿勢を崩していない」。インドネシアでは、2 月、クレディサイトは金融機関のマンディリ銀行とバンクネガラインドネシア(Bank Negara Indonesia)が昨年「力強い業績を上げた」と指摘したが、両行ともNIM の圧力に直面していた。「資金調達コストは第4 四半期に再び上昇したため、両行ともNIMは前四半期比で圧縮された。「両行とも24 年会計年度のNIM は
全体として横ばいか、やや低下するとの見通しを示している」。
今月、総資産で東南アジア最大の銀行である DBS は 10~12 月期の NIM が 2.13%と、1~3 月期の2.12%を辛うじて上回り、昨年に次ぐ低水準となったと発表した。2023年のピークを記録したのは7~9 月期でNIM は2.19%だった。DBS のピユシュ・グプタ最高経営責任者(CEO)は今月の決算説明会で「第3 四半期末から第4 四半期にかけて、意識的に固定金利資産を積み増した」と述べた。グローバルなフルサービスを提供する投資銀行および資本市場会社であるジェフリーズのエクイティ・リサーチ部門は今月、DBS が決算を発表した後、世界マクロ経済見通しの悪化をリスクとして指摘した。「現在、同社はバランスシートにストレスはないと見ている。コストがわずかに上昇し、NIMはわずかに軟化している」。
しかし、FRB が今後の利下げに慎重な姿勢を示しているため、DBS のような銀行が高い資金調達コストを最大限に活用するのにまだ時間が残されているかもしれない。以上のように、FRBによる利下げが迫るなかASEANの大手銀行の利ざやが縮小し、特にシンガポール、タイ、インドネシアなどで融資収益の伸びが今後数カ月で鈍化す
る可能性があり、貸出業務収益が不安定化しそうな状況にある。このため銀行は、金利環境が変化する中で成長維持戦略を練ることが重要だと指摘されている。ただしFRB が今後の利下げになお慎重な姿勢を示しているため、シンガポールの DBS のような銀行は高い資金調達コストを最大限に活用するのにまだ時間が残されているとも報じられている。今後の情勢推移を注視していく必要がある。
インド
☆ 増大する南北の経済格差
2 月 29 日付エコノミスト誌社説は、インドの将来を観察するには南部に行くべきだと述べ、増大する南北の経済格差について概略以下のように論じる。
インドが台頭する経済大国であることは、ほとんどの人が知っている。またインドのナレンドラ・モディ首相がここ数十年で最も権力を持ち、経済発展だけでなく、そのアジェンダには排外主義や権威主義に傾きかねないヒンドゥー第一主義のポピュリズムが含まれていることもよく知られている。あまり知られていないのが開発とアイデンティティ政治という競合するトレンドが加速させている 3 つ目のトレンドである。それは南北分裂の増大である。裕福な南部には、新興企業とその敷地、きらびやかな iPhone の組み立て工場など、洗練された新しいインドがある。しかし、モディ氏の政党はそこからの得票率が低く、貧しく人口が多い農村部でヒンディー語を話す北部に依存している。この南北分断は、モディ氏が 3 期目を獲得すると予想される 4 月と 5 月の選挙で決定的な争点となるだろう。この分裂が長期的にどのように運営管理されるかは、インドの将来にとって極めて重要である。ある憂慮すべきシナリオでは、憲法上の危機が生じ、インドの単一市場が分裂する可能性がある。より穏やかな未来では、この分裂を解決することでインドの厳しいアイデンティティ政治を緩和できるだろう。
地理的分裂は、しばしば国の発展に影響を与える。アメリカの政治と経済は、いまだに内戦の遺産を反映している。1992 年、中国経済の開放を目指した鄧小平は、広東省を「南巡」した。その起業家文化と開放の歴史を支持した彼は、共産党の保守派を挫き、中国の経済大国としての台頭を後押しする好景気につなげた。インドの分断を理解するには、まず経済から始めなければならない。南部は以前から豊かで都市化が進んでいる。インド 28 州のうち南部の 5 州(アンドラ・プラデシュ州、カルナータカ州、ケララ州、タミル・ナードゥ州、テランガナ州)は人口の 20%を占めるが、融資の 30%を占め、過去3 年間の外国投資の流入の 35%を占めている。政府、教育、財産権の向上が企業や洗練された金融システムの育成につながり、好業績を支えている。1947 年の独立以来存在していた格差は、数十年の間に拡大した。
1993年当時、インドの GDPに占める南部の割合は24%だった。最新の数字は31%である。
グローバル・サプライチェーンの中国からインドへのシフトを考えてみよう。インドの電子機器輸出の 46%はインド南部からだ。インドの有名なスタートアップ・シーンでは、技術系「ユニコーン」の 46%が南部出身者で、特にバンガロールから生まれている。南部の 5 つの州は、ITサービス産業の輸出の 66%を供給している。最近の流行は「グローバル・ケイパビリティ・センター」で、多国籍企業がグローバルな公認会計士、弁護士、デザイナー、建築家などの専門家を集めている。こうしたハブの 79%が南部にある。南部がインドの経済エンジンとして機能しているとしても、その政治は南部とは別の北の惑星にある。そこではヒンディー語、マッチョなヒンドゥー教のアイデンティティ政治、そしてしばしばイスラム教徒が悪者扱いされている。モディ氏の率いるインド人民党(BJP)は、イデオロギー的な熱意と選挙に勝つためもあって、国家開発というマントラと共にこれらすべてを推進している。南部ではBJPの方式はあまりうまく機能していない。1960年代以降、有権者は英語、タミール語、その他の現地語を推進し、ヒンドゥー教の価値観をあまり主張しない地域政党を支持してきた。2019年、BJP の有権者のわずか 11%、議席のわずか 10%が南部出身者だった。カルナータカ州は BJP の南部での唯一の砦であるが、2023年の選挙で州議会の主導権を失った。モディ氏の夢は、ハイテクを駆使した近代的な中央政府を運営し、国全体に行き渡らせることだ。しかし選挙で勝利したとはいえ、モディ氏は真の意味での国民的支持はまだ得ていない。
こうした地理的な緊張はどのように解消されるのだろうか。繁栄する国内単一市場は、インドの成長にとって極めて重要である。それによって企業は初めて規模の経済を達成し、エネルギーから労働力まで、国家資源のより効率的な配分が可能となるためである。州間貿易は2017年のGDPの23%から2021年には35%に上昇し、成長を下支えしている。モディ氏は、統一税制から交通、デジタル決済制度に至るまで全国的なインフラ整備に目覚ましい成果を上げている。しかし、インドの憲法では、これらの改革のほとんどは中央政府と州の協力が必要だった。次の改革も同様だ。より深い改革が必要な教育は、共同責任である。雇用の乏しい北部に住む多くの若いインド人が、南部で仕事を見つけるために移動できるようにしなければならない。インド経済を活性化し、排出量を削減するためには、真に国家的なエネルギー市場が必要だ。
悲観論者は、モディ氏が再選されれば憲法上のバランスが崩れると懸念している。南部の指導者たちはすでにモディ氏が自分たちを標的にするほか、汚職捜査をでっちあげ、中央政府からの資金も出し惜しみし、北部に補助金を出すために不当な税金を徴収していると非難している。また南部では 2026 年以降、議会の選挙区割りが変更される予定である。南部の意向に反して、BJP がヒンディー語を国語として押し付ける可能性もある。今後 10 年間、このような対立が本質的な経済改革の妨げになる可能性がある。最悪のシナリオでは、インドを解体しようという声さえ上がりかねない。分離独立の話が表面化したのは独立後で、1963 年
にそれを提案する政治家が禁止されたことで抑え込まれた。
幸いなことにインドとモディ氏にははるかに良いもう一つの選択肢がある。BJP が南部で競争力を持つためにヒンドゥトヴァ(Hindutva。インド語でヒンズー性の意。ヒンズー至上主義を唱える与党の中核概念とされる)のメッセージを控えめにし、経済発展に比重を置き、穏健な後継者を擁立することだ。まだ始まったばかりだが、今週 BJP の南部指導部のそばで取材したところ、こうした変化がいくつか起きつつあるようだ。南インドはすでにインド経済の未来像を提示している。モディ氏とその党が賢明な選択をすれば、南部は政治面でも吉兆となるかもしれない。
8 日、ロイターによれば、5 月までに予定される総選挙を前に再選を狙うインドのモディ首相はインド各地を訪問し、総額150 億ドル規模のインフラ事業を発表した。モディ氏は4~6 日に南部テランガナ州とタミルナド州、東部のオディシャ州、西ベンガル州、ビハール州を訪問した。インド経済を現在の世界第5 位から3 位の規模に押し上げるとし、各地でインフラ事業を発表した。モディ氏は過去2 回の政権で高成長とインフラ整備を主要政策に掲げてきた。インドを現在の低中所得国から 2047 年までに先進国にすると表明している。
以上のとおり、社説はインドにおける第 3 の問題として経済上の南北分断を挙げて、これへの対応をモディ首相に促している。モディ氏も総選挙対策を兼ねてこうした要望に沿うような動きを見せているが、問題は総選挙で勝利を収めた政権と与党がその後にどのような動きを示すかであろう。注視したい。なお 3 月 8 日付ロイター通信は、再選を狙うモディ首相は5 月までに予定される総選挙を前にインド各地を訪問し、総額150 億ドル規模のインフラ事業を発表したと報じる。記事によれば、4~6 日に南部テランガナ州とタミルナド州、東部のオディシャ州、西ベンガル州、ビハール州を訪問、インド経済を現在の世界
第5 位から3 位の規模に押し上げるとし、各地でインフラ事業を発表した。同氏は過去2 回の政権で高成長とインフラ整備を主要政策に掲げ、インドを現在の低中所得国から2047 年までに先進国にすると表明している。
主要紙社説論説から
世界的な選挙の年、2024 年 ― 試される民主主義陣営の真価
今年は世界で重要選挙が目白押しである。以下に紹介するフィナンシャル・タイムズ社説やエコノミスト誌記事が伝えるように、世界の成人の約半数に及ぶ人々が 70 カ国以上にわたって投票に参加すると見込まれている。まず1 月6 日付フィナンシャル・タイムズの「The world goes to the ballot box (投票箱に向かう世界)」と題する社説からみていく。(後述のエコノミスト誌記事と合わせた要約は末尾の「まとめ」を参照)
社説はまず、この偉大な国民投票、すなわち民主主義を象徴する大いなる選挙が、皮肉にも政治的自由が全体として 20 年近くにわたって後退している「民主主義の不況」の中で行われるとし、この逆説は民主主義にとって問題は選挙に限られていないことを意味していると指摘する。民主主義は投票以上のものであり、自由な社会の不可欠な条件であるが唯一の条件ではなく、人権の尊重、法の支配、強固な制度や独立したメディアを含むチェック・アンド・バランスも不可欠だと論じる。
次いで、危機に瀕する民主主義の現状について次のように言及する。世界の自由は17年連続で縮小し、多くの国・地域で自由が後退しているか守勢に回っているが、政治的・市民的自由が減少した国と改善した国との差は、この期間で最も縮まったと報じる。改善例として、台湾の総統選と立法院選、減少例として 1994 年のアパルトヘイト撤廃後初めて与党アフリカ民族会議(African National Congress)が過半数を確保できない可能性がある南アフリカや3 月に行われるロシアの大統領選挙、さらにモディ首相と与党が表現の自由を抑制し、少数派イスラム教徒との緊張を煽っているインドを挙げる。
さらに先進国についても民主主義のガードレールが脅かされているとし、米国でドナルド・トランプ前大統領が再選されれば米国のみならず世界中の民主主義にとって危険だと述べ、6 月の欧州議会選挙でも強硬右派と反体制政党が躍進する見通しだと警戒感
を示す。そのうえで、民主主義のガードレールを脅かしているのは、移民や格差といった問題に対して単純あるいは非現実的な解決策を約束するポピュリストたちだと指摘する。しかしポーランドでは、ドナルド・トゥスク前首相率いるリベラル連合が非自由主義的な「法と正義」党から政権を奪還しており、2024 年は民主主義国家にとって自由民主主義を復活させることが責務となると論じる。
2 月11 日付エコノミスト誌は、「2024 is a giant test of nerves for democracy (2024年は民主主義の真価を試す大いなる年)と題する国際版記事で今年の世界的選挙は民主主義の健全性についての大いなる試練となると述べ、インドネシアで投票が行われた 2月14 日までの選挙結果について、民主主義のテストは「特段うまく行ってはいない」と評する。その理由について、アゼルバイジャンやエルサルバドル、パキスタンでの例を挙げて、驚くべき数の選挙が妨害されていると伝える。次いで 11 月における米国の選挙に触れ、今年が民主主義の後退の年になるかどうかは、この選挙とそれにまつわる出来事に大きく左右されると指摘する。
そのうえで今年の選挙結果は、「自由と公正」、「大失敗と茶番」、「不明瞭」の3 つに分類されると論じる。第1 の分類に当てはまる例として台湾とフィンランドでの選挙を挙げる。第2 のカテゴリーとして、最もクリーンでなかったパキスタン、事実上の一党支配の状態にあるバングラデシュ、リベラル派とみなされていた現大統領が独裁に傾いたセネガル、選挙が中断されたマリ、最近クーデターが起きた西アフリカのブルキナファソや中央アフリカのチャド、ニジェール、「世界一クールな独裁者」が再選されたエルサルバドル、不正選挙が行われたアゼルバイジャンなどを挙げる。第 3 の「不明瞭」には、インドネシアが分類されている。ジョコ・ウィドド現大統領が憲法を曲げて息子を新大統領のプラボウォ・スビアント氏の副大統領候補とし、王朝の支配力を行使しようとしていることが背景にある。総じて、2023 年の民主主義指数が示すように独裁体制が力を増していると指摘する。
さらに社説は、こうした民主主義のさらなる落ち込みを説明するものは何だろうかと問題提起し、ひとつの可能性は新しいテクノロジー・プラットフォームが果たす役割にあると述べる。読み書きのできない人々がプロパガンダを受け取ることを可能にしているとし、政治的な議論は個人的なメッセージング・グループに移行しており、そこでは誤報の度合いや仕組まれたことを確認するのが難しくなっていると指摘する。このような変化は、強権者や独裁者が監視されることなくコミュニケーションできるようにすることで、彼らに有利に働く可能性があると述べる。彼らはまた、偽情報を広めるためにプロキシやボッツ軍団を使うことでプライベートメッセージンググループを操作する資源を持っているとしたうえで、それでも当局はネット上の言論統制を失うことを懸念していると述べる。
また今日、独裁者は自作自演の立憲民主主義を維持し、その代わりに例えば裁判所が野党候補を失脚させるなどの「法を逆手に取った戦い」を用いているとし、バングラデシュ、パキスタン、セネガルなどでの例を挙げ、法の支配の名の下に対立する政治家が
裁判所によって資格を剥奪されていると述べる。さらにグローバルな環境が独裁者に寛容になっていることを挙げる。戦争が激化するなかで国連は超大国の分裂によって無力化し、西側諸国は中国、イラン、ロシアを抑制することに注力しているため、民主主義の維持は後回しにされていると指摘する。
今後について記事は、まだ 60 以上の選挙が人口 34 億人の国々で控えていると述べ、民主的とは言い難い選挙としてベラルーシやロシア、イランの例を挙げ、欧州での選挙については強硬右派政党が躍進する可能性や現職政党が自ら選んだ後継政党を勝利しやすくする可能性に懸念を示す。最後にインドと米国での2 つの大きな選挙が民主主義のあり方を試す試金石となると述べ、インドで3 期目を目指すナレンドラ・モディ首相が急成長する経済を指揮する人気政治家で、選挙戦では法の支配が圧迫されていると懸念を示す。米国ではトランプ氏が 11 月に勝利すれば、海外の独裁者に対する批判を放棄することはほぼ間違いなく、米国の制度がそうしたトランプ氏の下で耐えられるかどうかという疑問が高まると述べる。そのうえで、今年は民主主義にとって重要な年であり、これまでのところその動向に懸念があり、来年はさらに大きな試練となる可能性があると警告する。
結び:以上、選挙の年である2024年についてフィナンシャル・タイムズ社説とエコノミスト誌記事から観察してきた。フィナンシャル・タイムズ(FT)社説が、民主主義を象徴する偉大な国民投票が皮肉にも政治的自由が全体として20年近くにわたって後退している「民主主義の不況」の中で行われると述べ、この逆説は民主主義にとって問題は選挙に限られていないことを意味していると論じているのがまず注目される。選挙は自由社会の不可欠な条件であるが唯一の条件ではなく、人権の尊重、法の支配、強固な制度や独立したメディアを含むチェック・アンド・バランスも必須だとの指摘は、危機に瀕する民主主義に対して改めて発せられた警告と言えよう。
次いで社説は、世界の自由は17 年連続で縮小し、多くの国・地域で自由が後退しているか守勢に回っているが、政治的・市民的自由が減少した国と改善した国との差は、この期間で最も縮まったと指摘する。ここでは、特にナレンドラ・モディ首相と与党が表現の自由を抑制し、少数派イスラム教徒との緊張を煽っているインドの現状が懸念され注視していく必要がある。
さらに先進国についてもメディアが米国でドナルド・トランプ前大統領が再選されれば、米国のみならず世界中の民主主義にとって危険だと述べ、6 月の欧州議会選挙でも強硬右派と反体制政党が躍進する見通しだと警戒感を示している。民主主義のガードレールを脅かしているのは、移民や格差といった問題に対して、単純あるいは非現実的な解決策を約束するポピュリスト政治家だとの指摘も、特に欧州でポピュリスト政権が増えていることから十分留意していく必要があろう。
最後に社説は、2024 年は民主主義国家にとって自由民主主義を復活させることが責務となると論じる。その場合、欧州情勢からも目が離せないがトランプ再選を占う米大統領選の帰趨が一番の問題であろう。トランプ再選後の世界で民主陣営の日本が、いかにメディアが主張するような自由民主主義の復活維持に貢献できるかが大きな課題となろう。
エコノミスト誌記事ではまず、今年の世界的選挙が民主主義の健全性についての大いなる試練になると述べ、今年が民主主義の後退の年になるかどうかは 11 月の米国大統領選が左右すると指摘する。次いで今年の選挙結果は「自由と公正」、「大失敗と茶番」、「不明瞭」の3 つに分類されると論じる。ここでは、第2 のカテゴリーにアジアを中心とする中小国家が名を連ねていること、また特にインドネシアが第3 の「不明瞭」に分類されていることに注目したい。
さらに社説は民主主義後退の一因として、新しいテクノロジー・プラットフォームが果たす役割を挙げる。読み書きのできない人々がプロパガンダを受け取れるようになり、政治的な議論が個人的なメッセージング・グループに移行することで誤報の度合いや情報操作を確認するのが難しくなっていると警告する。問題は、このような変化が強権者や独裁者が監視されることなくコミュニケーションすることを可能にし、彼らに有利に働く可能性があることであろう。ほかにも独裁者は自作自演の立憲民主主義の維持や「法を逆手に取った戦い」を通しての政敵打倒など、民主主義の健全性を脅かす多様な手段を行使している。加えてグローバルな環境がこうした独裁者に寛容になっていることも大きな問題である。また超大国の分裂による国連の無力化や西側諸国がロシア、中国、イランの抑制に注力するあまり民主主義の維持が後回しにされているなどの問題はすべて早急な対策が必要である。
これから 60 以上の選挙が人口 34 億人の国々で控えている。その中で注目されるのは、米欧印での選挙であろう。欧州については強硬右派政党の躍進可能性や現職政党が自ら選んだ後継政党を勝利しやすくする可能性が懸念されているが、民主主義のあり方を試す試金石として注目すべきは、やはりインドと米国での選挙であろう。インドでは3 期目を目指すモディ首相が選挙戦で法の支配を圧迫していると批判されている。米国ではトランプ前大統領が勝利した場合、米国の制度が耐えられるかという疑問が提起されている。いずれも民主主義の真価が問われる問題である。
総じて 2024 年は歴史に名を留める選挙の年となろう。そこで試されているのは、公正な選挙のみならず、人権の尊重、法の支配といった民主主義の価値と健全性であり、民主主義のガードレールに挑戦してくるポピュリスト政治家や独裁者らとの対決である。
これに立ち向かう日本を含む民主主義陣営の真価が問われている。
(主要トピックス)
2024 年
2 月17 日 中国の王毅外相、ドイツ南部ミュンヘンで開催中の「ミュンヘン安全保障会議」で演説、「台湾独立は断固として拒否する」と主張。
18 日 タイのタクシン元首相、仮釈放、今後セター現政権への関与を深める見通し。
20 日 中国人民銀行(中央銀行)、住宅ローン金利の目安となる事実上の政策金利を0.25%引き下げ。
22 日 米下院の中国共産党に関する特別委員会のマイク・ギャラガー委員長(共和)ら超党派議員団、台湾を訪問。5 月に総統に就任する頼清徳・副総統と会談。
24 日 世界最大の半導体受託生産会社(ファウンドリー)の台湾積体電路製造(TSMC)、日本初の生産拠点となる熊本工場(熊本県菊陽町)の開所式を開催。
28 日 中国の不動産大手、碧桂園控股(カントリー・ガーデン・ホールディングス)、債権者が香港高等法院(高裁)に同社の法的整理を申し立て。
韓国統計庁、2023 年の合計特殊出生率(1 人の女性が生涯に産む子どもの数、暫定値)を「0.72」と発表。22 年の「0.78」からさらに低下。
3 月 5 日 中国の第14 期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)、開幕。
李強(リー・チャン)首相が政府活動報告。
7 日 ベトナムのファム・ミン・チン首相、オーストラリアを訪問、アルバニージー首相と会談。両国関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げする協定に署名。
上川陽子外相、都内でインドのジャイシャンカル外相と「外相間戦略対話」を開催。両国が協調して第三国での開発協力促進のための枠組み設定で一致。
11 日 中国の第14 期全国人民代表大会、閉幕。2024 年の実質経済成長率目標を「5%前後」とした政府活動報告、前年比 7.2%増の国防費とした24 年予算案などを承認。
インドのモディ首相、迫害を逃れてきた人たちに市民権を与える市民権改正法(CAA)の施行を発表。
14 日 中国外務省、王毅(ワン・イー)共産党政治局員兼外相が17〜21 日にニュージーランドとオーストラリアを訪問すると発表。中豪外相の戦略対話を開く。
主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON
POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教授
前田高昭