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東アジア・ニュースレター

海外メディアからみた東アジアと日本

第183回

前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座 教

 中国関係では、前号に続き軍幹部粛清の動きを取り上げた。メディアは、粛清は習主席の絶対的権力をなお強固にするものだったと指摘。それはまた、習主席がその体制的な信頼、すなわち忠誠心が安全を保証するという信念を完全に失った段階に達したことをと示すと述べ、習氏が権力を掌握して以来「中国政治で最も衝撃的な出来事」だとの見方を伝える。

 台湾関係では、米国によるイラン攻撃が中国の台湾侵攻を誘発しないかと懸念されているが、むしろ抑制する効果があるとメディアは主張する。理由として、米攻撃が収めた驚異的な成功、中国製軍事装備の性能への疑惑浮上、中東で無力化した中国外交、石油や液化天然ガスを中東に依存する中国が受けた経済的打撃などを挙げる。

 韓国国会が一連の企業統治改革を目指した商法改正案を成立させた。自己株式の1年以内の強制消却や少数株主による特定取締役候補を選出可能とする累積投票制の導入、監査役選任の分離の義務付けなどである。昨年、李在明大統領が個人投資家に対して公約した企業統治の改善と株式市場活性化などの政策を一部実現したものと言える。

 北朝鮮の金総書記は、自国を核保有国として認めることを条件として米国との関係改善を示唆した。背景に、ロシアによるウクライナ侵攻を契機に強化された北朝鮮の外交的立場があるとメディアは指摘する。ただし、韓国との関係改善は図らず、韓国を介さずに米国との関係構築を図る意向だとしている。トランプ米大統領の反応が注目される。

 東南アジア関係では、インドネシア政府が原則19%の対米輸出関税と約330億米ドル相当の米国製品の購入を公約する貿易協定を米政府と締結した。インドネシアは米農産物の関税をゼロとし、米国製品に対する非関税障壁の撤廃に合意したほか、米国の貿易制裁に協力することも義務付けられた。

 インド経済は、世界最速の成長を4年連続で続け、昨年は製造業の好調などを背景に7.5%の成長率を達成した。国際通貨基金(IMF)は、インドが2026年に日本をわずかに上回ると予測している。ナレンドラ・モディ首相は、独立100周年を迎える2047年までにインドを完全に発展した国へと変革する意向を表明している。

 主要紙社説・論説欄では自民党が圧勝した解散総選挙に関する主要英文メディアの報道と論調を取り上げた。与党圧勝の要因として、高市個人の人気、経済再興への期待、中国の威圧を挙げる。

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北東アジア

中 国

☆ 習近平主席、軍の最高幹部を粛清その2

  前号に続き首題について関連報道や論評を紹介したい。2月26日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは、習近平国家主席は軍の首脳である「兄貴分」を粛清したが、その先はどうなるかと、以下のように報じ論評する。長文だがほぼ全文を紹介する。

 中国最高位の軍人が、習近平国家主席を含む数百人の共産党高官との会議に向けて出発したのは身を切るように寒く、どんよりした冬の日だった。だが、張又侠・党中央軍事委員会副主席がその場所にたどり着くことはなかった。習氏の命を受けた治安要員が北京の中央党校での会議に向かう張氏の行く手を遮ったと、中国政府の意思決定プロセスに近い複数の関係者が明らかにした。同氏の身柄を非公開の場所で確保する一方で、自宅を捜索し、軍の研究者である息子を拘束した。1月19日の張氏の逮捕は、その政治的家系と忠誠心によって習氏を軍事面で支えてきた男にとって驚くべき転落劇となった。それは中国にとってさらに重大な意味も持っていた。世界第2位の強大な軍隊に対する習氏の優位性を改めて強調し、絶対的権力をなお強固にするものだった。

 張氏の転落は、何十人もの軍幹部を更迭し、習氏の支配力を強化した10年以上に及ぶ「粛清」の一つの到達点となった。習氏の幼なじみで「兄貴分」と呼べる存在だった張氏は、最初の一連の幹部解任の後に一躍脚光を浴び、それは信頼できる腹心を軍のトップに据える動きと見なされた。その張氏を排除したということは、全体主義的な統制を敷く中で、習氏が全幅の信頼を置ける幹部らを見つけられずにいることの表れだとアナリストらは指摘する。「張又俠氏の失脚は、習氏の『ワンマン支配』が、体制的な信頼――忠誠心が安全を保証するという信念――を完全に失った段階に達したことを示す」。季刊誌チャイナ・リーダーシップ・モニターの編集者を務める米クレアモント・マッケナ大学のミンシン・ペイ教授はこう述べた。「ここまで来ると、彼はもはや安定した幹部集団を通じて統治しているのではない。むしろ権力維持のため、終わりなき政治的粛清のサイクルに陥っている」

 張氏逮捕の数日前、習氏は首都・北京の警備を担当する精鋭部隊を率いる新たな司令官をひそかに任命していた。習氏は陸軍将校を起用する慣例を破り、上海武装警察出身の信頼できる人物をその地位に就かせた。政府の意思決定に近い関係者によると、この異例の人事は、首都防衛を粛清された将軍につながるネットワークではなく、習氏に個人的な恩義を感じる人間に確実に指揮させる狙いがあったという。張氏が姿を消した後、中国指導部は欠席の許されない行事である1月20日の習氏との「学習会」に最高位司令官がなぜ出席しなかったのかを軍幹部には秘密にしていた。文官の党幹部は張氏逮捕から24時間以内に説明を受けた。だが軍の最高司令部はこのニュースが1月24日に世界で報じられる数時間前まで知らなかった。本紙が以前報じたように、その日の朝に行われた軍高官への説明では、張氏は中国の核兵器プログラムに関する核心的な技術データを米国に漏えいした疑いをかけられた。

 同報道によると、その他の容疑には、派閥形成や軍事委員会内での職権乱用、幹部昇進に関連する収賄などがあった。

 本紙はこれらの疑惑を独自に検証できていない。党指導部は現実に必ずしも基づかない疑惑によって政敵に汚名を着せてきた歴史がある。中国国防省の報道官は、今回の調査が党の規律および国の法律違反に関するものだとの公式声明に言及した上で「根拠のない臆測」だとけん制した。習氏が直近で軍の粛清を強化したのは2023年夏のこと。その直前、戦略的パートナーであるロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、真っ向から権力への挑戦を受けたのを目にした。かつて信頼していた側近で民間軍事会社「ワグネル」を創設したエフゲニー・プリゴジン氏(現在は死亡)がクーデター未遂を起こしたことだ。ロシアの経験は中国共産党にとって反面教師だと受け止められたと、意思決定に近い関係者らは話す。巨額を投じて軍を増強したものの、ウクライナにも、その後のプリゴジン氏の動きに対しても迅速な勝利を収められなかったロシア政府の無能さは、野心的な近代化が直ちに圧倒的な戦闘力を生むわけではないことを中国指導部に示唆した。

 前出の関係者によると、習氏はすでに腐敗が自国の戦闘力を損なうことを懸念していたが、絶対的な政治的忠誠心の裏打ちがなければ、軍装備だけでは不十分だとの結論に至ったようだ。中国の革命元老の1人、習仲勲氏を父に持つ習主席は、国防体制の中枢にある恵まれたポストでキャリアを始めた。1979年、当時26歳だった習氏は、父親の親しい同志であり人民解放軍の意思決定機関である中央軍事委員会の秘書長を務めていた耿飈氏の個人秘書に任命された。キャリア初期の経験を通じ、習氏は特等席で軍事力のメカニズムを目の当たりにし、将軍らを完全に掌握できない司令官は、流砂の上に立つリーダーだと学んだ。2012年末に共産党トップに就任すると、習氏は直ちに軍の全面的な改革に着手。軍が腐敗まみれで、現代の統合作戦には構造的に対応不能だとの思いに突き動かされた。習氏は反腐敗を掲げた粛清に乗り出した。軍の頭でっかちな行政機構を解体し、自らが率いる中央軍事委員会に直属の中央集権的な統合作戦戦区に再編した。その後10年以上を経て、習氏はさらに一歩踏み込んだ。2023年半ば以降、中央軍事委員会を構成する委員7人のうち5人を解任し、補充することなく大半を空席のままにしている。張氏の失脚と同じ日、同委員会委員で軍統合参謀部参謀長の劉振立氏も調査対象となった。同委員会のメンバーは現在、主席である習氏と、伝統的な実戦派の軍人ではなく政治執行者として知られる将軍1人のみだ。このような粛清により、同委員会は事実上、意思決定機関から個人的な事務局へと変貌し、習氏が唯一の軍事力決定者としての地位を固めたと、アナリストらは指摘する。

 元米情報当局者で、数十年にわたり中国軍と中国政府の「権力の回廊」を分析してきたデニス・ワイルダー氏は、張氏の失脚を習氏が権力を掌握して以来「中国政治で最も衝撃的な出来事」だと評している。現在ジョージタウン大学の教授を務めるワイルダー氏は、その副次的影響はまだ当分終わらないと指摘する。張氏をはじめとする上級将校は拘置所で自白を強要され、広範な利益供与ネットワークを明かすよう「厳しく尋問される」可能性が高く、さらに深層部まで政治的浄化の波が起きることをうかがわせる。習氏から見ると、こうしたネットワークは自身の権威に対する深刻な脅威になっていると意思決定に近い関係者らは言う。本紙が報じているように、事の重大さの表れとして習氏は張氏が瀋陽軍区の司令官を務めた期間について徹底的な調査を行うよう命じた。同軍区は中国の中でも特に戦略的機密性が高く、歴史的に確立された軍事拠点である。中国の伝統的な重工業集積地であるこの地区は、高度な海軍・航空宇宙生産の産業的支柱となっている。また、中国の戦略的ミサイル部隊に不可欠な拠点でもある。具体的に言うと、この地区には地域弾道ミサイル網を管理する主要なロケット軍基地がある。張氏の瀋陽での任期は2007~12年の5年間に及び、その間、軍上層部に深く浸透する忠誠心を築いた。だが、習氏は最終的にそれを容認できないと判断した。調査官らが張氏の人脈が張り巡らされているであろう軍事基地内ではなく、瀋陽市内のホテルに滞在したことは注目に値する。

 中国軍の最高幹部に組織的空白が生じたことで、同軍は目下、指揮系統をどう機能させるかに苦慮していると中国内外のアナリストは指摘する。軍隊が能力を増強し、台湾への圧力を増しているさなかに習氏が専門的な軍人からの助言を受けられないリスクが高まっている。米中央情報局(CIA)の元中国シニアアナリスト、ジョン・ズィン氏は、習氏の指導スタイルが変化していると指摘した。以前の粛清は、政敵や距離の遠い同僚を標的にしていたが、今や自身のパートナーを追いやる段階に進み、張氏のような「友人を本気で狙っている」と述べた。張氏と習氏は共に「太子党」であり、両氏の父親は1940年代に肩を並べて戦った。現在72歳の習氏が権力の座に就いた際、3歳上の張氏を実質的に自身の軍事構想の立案者にした。2022年に慣例上の定年を過ぎていた張氏を、習氏が軍人の最高位にとどまらせたことで、張氏が軍の近代化に不可欠な人物であると印象づけた。百戦錬磨のベテランであり、信頼できる腹心だった張氏は、習氏が権力集中を進める上で有益な役割を果たした。中華民族の復興という習氏の「中国の夢」を第一の守護者として長年支え、党の革命的な過去と軍事のハイテクな未来をつなぐ架け橋として機能した。現在は米シンクタンク、ブルッキングス研究所のフェローであるズィン氏は、習氏が軍の意思決定機関を「骨抜き状態にまで」解体したことは、軍事機構そのものへの忍耐力が完全に失われたことを示すと述べた。習氏と張氏が「太子党」でつながっているように、革命に根ざした生涯の絆でさえ、何の保護も与えないことをこの動きは物語っている。

 調査が継続する中、今回の粛清は習氏の統治体制の一段と暗い新たな局面を浮き彫りにしている。ズィン氏はこれを「習氏の冷酷さの究極の表れ」だと評した。張氏失脚の具体的な理由は依然として謎に包まれている。ただ軍の主要な論説は、張氏が「(中央軍事委員会)主席の責任体制を著しく踏みにじり、損なっている」と非難。この珍しい表現は、今回の逮捕が通常の汚職事件ではなく、習氏の絶対的指揮権に真っ向から挑戦したことへの対応だったことをにじませている。核機密情報の漏えい疑惑は、中国の戦闘即応性を巡る戦略に思わぬ余波を及ぼしている。近年、中国の急速な核拡張に関する米研究者らの一連の報告書を通じ、その脆弱(ぜいじゃく)性の証拠が浮上していた。元米情報当局者のワイルダー氏は、甘粛省や新疆ウイグル自治区など中国西部地域にある約300基の新しい核ミサイルサイロが公に知られるところとなり、中国政府を動揺させた可能性が高いと指摘した。同氏によると、その後、広範な腐敗によって一部のミサイルが機能不全に陥っている――サイロのふたが不良品だとの主張など――という米情報機関の報告書が公表され、この緊張状態はさらに悪化した。こうした報告は、中国指導部に脆弱さを自覚させ、「疑心暗鬼」に陥らせた可能性が高いとワイルダー氏はみている。西側の情報機関がそのような屈辱的な技術的欠陥を突き止めた事実は、習氏にとって信頼の崩壊につながり、防衛産業複合体の内部から「誰かが誰かに何かを漏らしている」との疑念を引き起こしたと、同氏は言う。たとえ立証されなくてもスパイ容疑は政治的な役割を果たし、権力闘争を愛国心の問題へとすり替え、張氏が「異議を唱える忠臣」であるという見方を排除するものだと、ジョージ・H・W・ブッシュ財団のイ・ソンヒョン氏は、豪シンクタンクのローウィ国際政策研究所が最近公開した論考で述べている。

 以上のように、記事は冒頭で張又侠・党中央軍事委員会副主席の粛清は、習氏の優位性を改めて強調し、絶対的権力をなお強固にするものだったと指摘する。同時に、それはまた習主席がその体制的な信頼、すなわち忠誠心が安全を保証するという信念を完全に失った段階に達したことをと示すと述べ、習氏が権力を掌握して以来「中国政治で最も衝撃的な出来事」だとの見方を伝える。粛清の理由として、中国の核兵器プログラムに関する核心的な技術データの米国への漏えい、派閥形成、軍事委員会内での職権乱用、幹部昇進に関連する収賄など、いずれも重大な容疑を挙げる。そのうえで注目されるのは、第1に軍の最高意思決定機関である中央軍事委員会が構成委員7人のうち5人が解任され補充もなく、同委員会が事実上、習主席の個人的な事務局に変貌していたこと、第2に政治的浄化の波がさらに深層部まで及ぶとみられていること、そして第3に習氏が台湾侵攻を高々と掲げるなかで専門的な軍人の助言を受けられないリスクが高まり、かつ腐敗する軍の脆弱性が明らかになっていくとみられることである。今回の軍幹部粛清はなお奥深く続き、当然のことながら、台湾侵攻計画にも影響を及ぼしていくとみられる。

台 湾

☆ イラン戦争と台湾

 3月6日付タイム誌は、イラン戦争は米軍の注意をそらし、その戦力を消耗させている。しかし同時に、台湾を救うかもしれないと報じる。記事によると、今月5日に開幕した中国全国人民代表大会(全人代)で、李強首相は国防費を7% 増額すると発表し、同時に台湾における「分離主義活動を断固として取り締まる」と述べた。これは、単に「反対する」という昨年の約束から、明らかに強化された内容である。

 ドナルド・トランプ米大統領がイランとの戦争を継続しているため、台湾の防衛に不可欠な高度な兵器システムの在庫が枯渇しており、台湾だけでなく、ウクライナそしてもちろん米国でも関係者が神経を張り詰めている。火曜日にトランプ政権高官と議員たちが行った非公開のブリーフィングで、米国の兵器備蓄に関する疑問が提起されたと情報筋が本誌に伝えた。米軍は疲弊し、地球の反対側での紛争に気を取られているため、観察者たちは中国の独裁者である習近平氏が、台湾を「歴史の大きな流れ」と表現する「統一」を進める絶好の機会を逃すことはないのではないかと懸念している。懸念されるのは、トランプ大統領のディール選好的姿勢と「力こそ正義」の教義への傾倒が習近平にとって青信号と解釈される可能性がある点だ。「米軍が精密誘導兵器を消耗する可能性に付け込み、人民解放軍が完全な準備を整えていなくても、習近平は台湾攻撃に踏み切る誘惑に駆られるだろうか」とロンドン大学SOAS中国研究所所長のスティーブ・ツァン教授は問う。「可能性はある」。

 しかし、他の指標は逆の方向を示している。すなわち、米国のイラン攻撃は、少なくとも短米国の攻撃が驚異的な成功期的には、台湾の事実上の独立を確固たるものにしたというのだ。米当局者が戦争の根拠として提示した説明は疑わしく矛盾しており、瓦礫の中から最終的に何が生まれるかは全く不透明だが、作戦面では少なくとも米国の攻撃が驚異的な成功を収めたことは否定できない。紛争開始から4日間で、米国は約2,000の標的を攻撃。16隻の船舶(スリランカ沖約2,000マイルでイランフリゲート艦を撃沈)と潜水艦も含まれる。さらに、ベネズエラの独裁者ニコラス・マドゥロの大胆な捕獲に続き、アヤトラ・アリ・ハメネイ師とその側近に対する首脳部排除作戦の成功は、半世紀近く大規模戦争を経験していない(しかも敗北した)中国人民解放軍とは対照的な、米国の情報能力と実行力を示している。

 もう一つの要因は、イランが中国から購入したとされる特攻ドローンや防空能力を含む中国製軍事装備の疑わしい性能だ。さらにイランは中国の先進対艦ミサイルの購入交渉中だったが配備済みかは不明だ。中国が面目を保つ唯一の望みは、それらが未稼働だったことだ。もし稼働していたなら、それはさらに深刻な問題となる——特にベネズエラが購入した中国の先進レーダー・防空システムが、検知すべき米ステルス戦闘機を捕捉できなかった事例を踏まえると。「中国はベネズエラとイランの両国で自国装備が露呈した欠陥から教訓を得ようとするだろう」とシンガポール国立大学の国際関係学教授チョン・ジャ・イアンは指摘する。「そして米軍の示威行動と複雑な作戦を遂行する能力に、中国は少なからず驚いていると思う」

 さらにイラン戦争自体の影響もある。純粋に外交レベルでは、中国は屈辱を味わった。数十年にわたり、イランの代理勢力が米国の同盟国を標的にしながら比較的罰せられずにいたことは、中国にとって他人の不幸を喜ぶ材料だった。しかし、2023年にイランとサウジアラビアの外交関係回復を仲介し和平仲介役を誇った世界第2位の経済大国が、今では軽薄な非難声明を発表し「和平使節」を派遣するだけの存在に落ちぶれた事実は、中国政府の無力さを浮き彫りにしている。中国は「独裁的な同盟国にとって頼りにならない友であることが証明されつつある」と、ジョー・バイデン政権下の米国駐中国大使ニコラス・バーンズはX (旧ツイッター)に記した。

 経済的にも中国は打撃を受けている。中国はベネズエラ産原油とイラン産原油の最大の購入国であり、それぞれ輸入量の4%と13%を占めていた。しかしより広範に見れば、中国の石油輸入の半分と液化天然ガス(LNG)輸入のほぼ3分の1は中東に依存している。中東では特にイランが封鎖するホルムズ海峡で広範な混乱が生じている。中国は豊富な石油備蓄を有し、グリーンエネルギーへの移行を進めているが、短期的なエネルギー需要が米国の行動に極めて脆弱であることは明白だ。

 さらに、中国の台湾に対する野望は、米国が介入しないことに依存している。トランプ氏の外交政策は控えめに言っても分裂的であり、自身のMAGA支持基盤を疎外しているが、米国政府の最新の国防戦略は台湾を含む「第一列島線に沿って強力な拒否防衛を構築する」と明確に述べている。コンサルティング会社パーク・ストラテジーズのアジア担当上級副社長、ショーン・キング氏は「習氏は米国が台湾防衛に乗り出すと想定しているため、近い将来の攻撃は起こらないだろう」と分析する。

 確かに李強首相の政府活動報告は台湾問題で強硬な姿勢を示しているが、注意点もある。国防予算の7%増はGDP目標(4.5~5%で過去最低水準)を大幅に上回るが、過去3年間の7.2%増よりは明らかに低い。また人民解放軍(PLA)では前例のない粛清が進んでおり、全人代は同副部長リストから数名の高級将軍を含む9名の軍幹部を削除した。反腐敗対策に関して、李氏は軍の「政治的整頓」が「共産党の人民武装部隊に対する絶対的指導権を維持するため」に「深化を続ける」と述べた。軍内の粛清が継続している事実は、台湾情勢への対応における人民解放軍の指揮系統と戦闘準備態勢に重大な疑問を投げかけている。

 さらに李首相は昨年、中国の台湾政策枠組みを「改善」すると述べたが、今回は「深化」と表現しており、既にほぼ正しい方向に進んでいることを示唆している。ソン氏は「中国は台湾問題において『やり方を変える』のではなく『より多くを実行する』だけでよい」と解釈している。これは主に、台湾の与党である中国懐疑派の民主進歩党(DPP)の支持率低迷、党内抗争、立法府の機能不全、そして親中派の野党・国民党(KMT)議員を罷免しようとしたリコール運動の失敗など、完全に迷走状態にあるためだ。こうした停滞が、中国との緊密な関係に安全を求める国民党の復活を促している。そして、トランプ政権の気まぐれな性質——イラン戦争が米国による安全保障の保証に深刻な疑念を投げかけたことで浮き彫りになった——が、まさに国民党の主張に信憑性を与えている。実際、李強首相の政府活動報告で台湾が取り上げられたのは終盤のみであり、これは典型的な傾向だ。全体的な焦点は圧倒的に失業者対策、低迷する不動産市場への対応、イノベーションの促進など、中国が苦境にある経済の立て直しに置かれていた。

 昨年の目まぐるしい関税・報復関税の応酬を経て、今月末に習近平国家主席とトランプ大統領が直接会談する予定であることから、米中貿易摩擦が部分的に緩和される兆しが見えている。台湾の雰囲気が融和的に変わりつつある今、たとえ便宜上であっても、習氏が波風を立てるのは得策ではない。「米国が干渉できず、勝利が確実で比較的低コストで済むと絶対的な確信がない限り、習近平が侵攻を命じるのは無謀だ」とツァン氏は指摘する。「過去13年間、彼は無謀な行動を取ってこなかった」

 以上のように、米国によるイラン攻撃が中国の台湾侵攻を誘発するのではないかと懸念されているが、記事はこうした見方に否定的で、むしろ台湾侵攻を抑制する効果があると主張する。その理由として、米国の攻撃が収めた驚異的な成功、露呈した中国製軍事装備の疑わしい性能、中東で無力化した中国外交、石油輸入の半分と液化天然ガス(LNG)輸入のほぼ3分の1を中東に依存する中国が受けた経済的打撃を挙げ、さらに人民解放軍(PLA)内で進行する前例のない粛清、苦境にあって立て直しに迫られている中国経済、台湾内での新中派の野党復活の動き、そしてトランプ政権の気まぐれな性質がこうした効果に拍車をかけていると指摘する。台湾と中国及び世界との最新の関係を基にした分析として注目される。

韓 国

☆ 企業改革法案が成立 

 韓国は株主還元改善を目指す重要法案を可決し、今年の世界最高パフォーマンス株式市場にさらなる追い風となっている、と2月25日付フィナンシャル・タイムズが以下のように報じる。

 韓国は25日、株主還元改善を目的とした重要な企業改革法案を可決した。これにより今年、世界最高のパフォーマンスをあげた株式市場にさらなる追い風が吹く見通しだ。国会は水曜日、韓国企業に対し新たに取得した自己株式を1年以内に消却することを義務付ける商法改正案を可決した。

 この法律は、投資家が「少数株主を犠牲にしながらオーナー一族が財閥支配を維持する」と指摘する慣行を終わらせるものだ。これは与党が取り組む企業統治の欠如と、他市場に比べて韓国株の評価を抑制してきた「コリア・ディスカウント」問題への最新の対策となる。国会は7月、取締役が会社のみならず全株主の利益を考慮する法的義務を定めた法律を可決した。批判派によれば、これは経済を支配する家族経営の財閥(チェボル)の支配家族メンバーの利益を考慮していることが多いという。また、少数株主が特定の取締役候補に投票を集中できる累積投票制と、監査役選任の分離も義務付けた。

 こうした改革措置が功を奏し、韓国株式市場で総合株価指数(KOSPI)は昨年76%という世界最高の上昇率を記録した後、年初来40%以上急騰し、6,000台を超える史上最高値を更新している。投資家は長年、自己株式の強制消却を求めてきた。多くの財閥系企業は自社株買いを実施するが、グループ内合併や敵対的買収防衛策として保有することが多い。これらの自己株式は消却されないため、自社株買いが株価上昇につながらないケースが頻発している。ソウル拠点の資産運用会社Tcha Partnersのキム・HK常務は「自社株買いは株主還元を強化する最良の手段の一つだが、韓国企業は支配権保護など異なる目的で利用してきた」と指摘する。「これは正しい方向への一歩だ」。

 韓国民主党の李在明(イ・ジェミョン)大統領は昨年、個人投資家(通称「アリ」)に対し、企業統治の改善と株式市場活性化を公約に掲げて当選した。李氏は既に任期中にコスピ指数5,000達成という目標を実現している。国会を掌握する与党は、6月の地方選挙を前に改革措置を加速させる見通しだ。サムスン、SKハイニックス、現代自動車など多くの企業が議会の動きに先立って自社株消却計画を発表している。「人々は資本市場の進展を切望していた。予想より早く達成できた」と、与党のミン・ビョンドク議員は水曜日に述べた。「それでも割引問題は完全には解決されていない…プレミアム市場になるために(さらなる取り組みを)始めるのに遅くはない」。

 与党はまた、国民年金公団を含む機関投資家の受託者責任を強化し、積極的な株主関与を促す法案を推進している。「(与党の)次のステップは機関投資家向けスチュワードシップ・コードの改正になるだろう」と、ソウル拠点のアクティビストファンド「アライン・パートナーズ」のイ・チャンファン最高経営責任者(CEO)は語る。「最近の進展にもかかわらず、米国や日本と比べると、韓国はコーポレートガバナンスの改善においてまだ長い道のりがある」

 以上のように、韓国国会は今般、自己株式の1年以内の強制消却や少数株主による特定取締役候補を選出可能とする累積投票制の導入、監査役選任の分離の義務付けなど一連の企業統治改革を目指した商法改正案を成立させた。これは与党、韓国民主党の李在明大統領が昨年、個人投資家に対して公約した企業統治の改善と株式市場活性化などの政策を一部実現したものと言える。記事は、さらに与党が次のステップとして機関投資家向けスチュワードシップ・コードの改正を目指していると報じる。今後の動きを注視したい。なお、記事の中にある「コリア・ディスカウント」とは、韓国の企業株価が海外の同業他社比で低評価の傾向にあることを指す。その背景には、不透明な企業統治、同族経営の財閥、北朝鮮をめぐる地政学的リスクなどが指摘されている。

北 朝 鮮

☆ 金総書記、条件付きで 対米関係の改善を示唆

 金正恩総書記、米国との関係改善を示唆、ただし条件付きでと、2月26日付ニューヨーク・タイムズが伝える。記事によれば、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記は2月26日、米国が自国を核保有国として認めれば、米国と良好な関係を築けると表明したと国営メディアが報じた。金総書記は、7日間にわたって開催され25日(水曜日)に閉幕した与党・朝鮮労働党大会で発言した。5年に1度開催されるこの会議は、金氏が今後5年間の外交政策の骨子を明らかにする場として、地域の当局者やアナリストから注目されていた。

 金氏の外交的影響力は近年高まっている。ウクライナ侵攻中のロシアを支援するため北朝鮮軍兵士と武器を派遣し、ロシア政府との関係を再活性化させた。トランプ大統領が米朝高官級交渉再開の可能性を模索する中、金氏は同時に中国との連携も強化してきた。朝鮮中央通信が木曜日に伝えたところによると、金氏は党大会での演説で、北朝鮮の核戦力を拡大し「核保有国の地位」を固める意向を改めて表明した。トランプ氏に向けたとみられるメッセージで、金氏はまた、米国の態度次第で「平和的共存」か「恒久的な対立」のいずれかを選択すると述べた。金氏は週末の長い演説で「米国が我々に対する敵対政策を撤回し、核保有国としての現状を尊重するなら、良好な関係を築かない理由はない」と語った。北朝鮮は長年、核保有国としての承認を主張してきた。また米国主導の国際制裁の解除も求めている。党会議で金氏は、2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻を契機に強化された外交的立場を背景に、力強く自信を持ってこの姿勢を再確認したようだ。

 北朝鮮はその後、ロシアに数千人の兵士と数百万発の砲弾を提供している。その見返りとして、ロシア政府は北朝鮮に食糧、石油、兵器技術その他の支援を提供。両国は冷戦時代の相互防衛条約を復活させた。米中の競争が激化するなか、中国は北朝鮮との関係を緊密化。プーチン大統領と共に習近平国家主席主催の北京軍事パレードに賓客として招かれた。

 一方、トランプ米大統領は金総書記との交渉再開に繰り返し関心を示し、北朝鮮の独裁者との「良好な関係」を誇示し、彼を「核保有国」と呼んでいる。北朝鮮はトランプ提案に直接的な反応は示していない。しかし、金総書記はトランプ大統領について「良い思い出がある」と述べており、アナリストたちは、経済制裁の緩和など米国が適切なインセンティブを提供すれば、北朝鮮が交渉の席に戻る可能性があると推測している。金総書記は党大会で、「北朝鮮と米国の関係の展望は、完全に米国側の姿勢にかかっている」と語っている。

 2021年に開催された北朝鮮の党大会では、キム氏にとって状況は芳しくなかった。米国主導の国連制裁により、北朝鮮経済は壊滅的な打撃を受けていた。金総書記は、トランプ大統領就任後、直接外交を通じて制裁解除を図った。しかし、2019年に交渉は合意に至らず終了。その後、パンデミックにより北朝鮮経済はさらに打撃を受けた。金・トランプ会談の決裂後、北朝鮮は米国との対話を完全に断ち、核兵器の増強にさらに力を入れた。またトランプ大統領との仲介役を務めた韓国に対する深い不信感を表明。韓国を「同一民族」とは見なさず、戦争が起これば核兵器も辞さない敵として征服すべき対象と宣言した。

 党大会で金総書記は、韓国の李在明(イ・ジェミョン)新指導者が南北対話の再開を図っているにもかかわらず、韓国敵視の方針を再確認したようだ。李氏は6月の就任以来、国境沿いの宣伝放送中止など、一方的な和解措置を取ってきた。しかし金総書記は李大統領の姿勢を「欺瞞的」と一蹴した。「最も敵対的な存在である韓国と話し合う理由など決してない」と金氏は週末の演説で述べた。ソウルにある北朝鮮大学のヤン・ムジン前学長は「北朝鮮は米国との対話の可能性を閉ざしていないことを示唆している」と指摘。「ただし韓国を介さずに米国との関係構築を図る意向だ」と分析した。

 水曜日の夜、北朝鮮は党大会と金氏の指導力を祝う大規模な軍事パレードを平壌で開催した。10年以上前、金氏が経済的犠牲を払って核兵器の構築を優先するよう国民に呼びかけた際、政府は北朝鮮国民に対し「飴はなくても弾丸は欠かせない」と訴えた。「今や我々はキャンディも弾丸も両方手に入れられると確信している」と、労働党幹部である李日煥(イ・イルファン)氏は日曜日に述べた。この日、党大会は金氏を党総書記に満場一致で再選した。

 以上のように、金総書記は自国を核保有国として認めることを条件として米国との関係改善を示唆した。背景にロシアによるウクライナ侵攻を契機に強化された北朝鮮の外交的立場があると記事は指摘する。ただし、韓国との関係改善は図らず、韓国を介さずに米国との関係構築を図る意向だとしている。記事は触れていないが、この金総書記の発言のもうひとつの背景として、米国によるベネズエラやイランに対する武力行使への北朝鮮としての対応の表れとも解釈できると考えられる。トランプ大統領の反応に注目したい。

東南アジアほか

インドネシア

☆ 米国と貿易協定を締結

 インドネシアと米国が2月19日、19%の関税とコーヒーなどの品目への例外措置を含む貿易協定に署名したと、2月20日、ザ・ストレーツ・タイムズ(シンガポール)が伝える。記事は、これによりインドネシアから米国への大半の輸出品に19%の関税が適用されるほか、インドネシアの繊維製品輸出(数量は後日決定)は関税ゼロとなり、インドネシアが約330億米ドル相当の米国製品を購入する公約が確定したと、概略以下のように報じる。

 エアランガ・ハルタルト経済担当調整相は、繊維産業に従事する400万人のインドネシア人労働者にとっての勝利だと強調した。米国市場へのアクセスは良好だ。インドネシアは今後10年間で繊維産業の輸出額を約40億ドルから400億ドルに拡大する計画である」とアイルランガ氏は2月19日にワシントンで協定調印後の記者会見で述べた。繊維製品に加え、インドネシア産パーム油、コーヒー、チョコレート、香辛料、ゴム、電気部品など1,800品目以上の商品も関税免除対象となると同氏は説明した。

 見返りとしてインドネシアは、150億米ドル相当の米国産エネルギー商品(うち70億米ドルは精製石油)、135億米ドル相当の民間航空機および航空関連商品・サービス、さらに45億米ドル相当の米国産農産物を購入することを約束した。米国からより多くの燃料を購入するというこの約束は、少なくとも2017年以来、インドネシアの最大の精製石油供給国であるシンガポールにとって重要な意味を持つ。この合意は、ドナルド・トランプ米大統領が 2025年4月にいわゆる「解放記念日」関税を発動し、インドネシア製品の関税を当初32%に引き上げた後、数か月にわたる交渉を経て成立したものである。

 インドネシアも豆腐、テンペ、麺類などのインドネシア食品の必須原料である大豆や小麦を含む米国産農産物の輸入関税をゼロ%に設定した。アイルランガ氏は、これがインドネシアの消費者に利益をもたらし、食品価格のインフレを緩和すると述べた。

 予想通り、インドネシアは米国製品に対する非関税障壁の撤廃にも合意した。これには外国製品への現地部品使用義務付けが含まれる。本紙は以前、米国が「インドネシアに対し南シナ海政策の再調整」と米国製ドローンの購入を要求したが、インドネシア当局が拒否したと報じていた。これらの条項は最終的な貿易協定には含まれなかった。

 しかし協定には、インドネシアが「米国の核心的利益を損なう新たなデジタル貿易協定を他国と締結する前に米国と協議する」ことを求める条項が含まれている。インドネシア政府関係者は以前、本紙に対して、この条項が「インドネシアの対外協力に制約をもたらす」として回避を図っていると述べていた。貿易協定の調印は、プラボウォ・スビアント大統領の2月17日開始の米国訪問の一環であった。署名式に加え、プラボウォ氏は米商工会議所の夕食会にも出席。さらにトランプ氏がガザ情勢対応のために設立した「平和理事会」の初会合にも参加した。

 2月18日の夕食会では、インドネシアと米国の企業が鉱業、エネルギー、農業ビジネス、繊維、家具、技術分野での提携に向け、総額384億ドルの契約を締結した。

 同席したプラボウォ氏は、インドネシアが米国と緊密な関係を築くことを望む意向を改めて表明した。2月19日にホワイトハウス公式サイトで発表された共同声明も同様に称賛に満ちた表現を用いた。トランプ大統領とプラボウォ大統領は合意を「歴史的」と評し、米印同盟の「新たな黄金時代」の幕開けと位置付けた。

 しかしST紙の取材に応じたアナリストらは、合意の一部条項がインドネシアの外交・経済政策の選択肢を制限する懸念を表明した。特に問題視されたのは第5.2条で、インドネシア政府が米国の貿易制裁に協力することを義務付けている。「制裁などの米国経済安全保障政策への同調義務は、暗黙のうちにインドネシアの国際的対立における中立的立場を転換させる」と、ジャカルタのシンクタンク「戦略国際問題研究所」の経済研究員デニ・フリワアン氏はSTに語った。経済・法律研究センター(Center of Economic and Law Studies)のビマ・ユディスティラ事務局長もこれに同意し、この貿易協定は米国に過度の優遇措置を与えていると述べた。「インドネシアが米国のボイコットや制裁に参加することを求められるなら、それはインドネシアがもはや『自由で積極的』ではないことを意味する」と彼は述べ、同国の長年の非同盟外交政策に言及した。しかしデニ氏は、インドネシアが交渉で強い立場にないことも認めた。「大国である米国は、米国の貿易制裁に協力することを義務付けているその影響力を駆使して他国に自らの要求を順守させる圧力をかけてきた」と述べた。同氏は、協定の「非対称性」にもかかわらず、インドネシア産品に対する関税免除は依然として同国が活用できる機会を提供していると付け加えた。「これを適切に管理できれば、貿易量の拡大だけでなく、インドネシア産業の高度化に向けた出発点となり得る」とST紙に語り、米国市場へのアクセスが東南アジア諸国への外国直接投資をさらに呼び込む可能性に言及した。「結局のところ、この協定は本質的に有益でも有害でもない」と語る。「その恩恵は、実施を管理するインドネシアの国内戦略の質によって決まるだろう」

 以上のように、インドネシア政府は原則19%の対米輸出関税と約330億米ドル相当の米国製品の購入を公約する貿易協定に調印した。米国政府が昨年4月にいわゆる「解放記念日」関税を発動し、インドネシア製品の関税を当初32%に引き上げた後、数か月にわたる交渉を経て成立したものである。インドネシアの消費者に利益をもたらし、食品価格のインフレを緩和すると評価する見方もあるが、インドネシアは米農産物の関税をゼロとし、米国製品に対する非関税障壁の撤廃に合意したほか、米国の貿易制裁に協力することも義務付けられた。米トランプ政権が影響力を駆使して自らの要求を順守させる圧力をかけたと批判されていることに留意しておきたい。 

インド

☆ 日本を追い抜く勢いで成長する経済

 工業化の遅れにもかかわらず急速に成長したインド経済は、今や規模で日本に迫るほどに拡大したと、2月27日付ニューヨーク・タイムズが伝える。記事は、世界最速の成長を4年連続で続けるインドが27日、製造業の好調などを背景に昨年7.5%の成長率を達成したとするデータを発表したと概略以下のように報じる。

 多くのインド政府関係者や経済学者は、インドは2025年までに日本を追い抜き世界第4位の経済大国になると予測していた。しかし実際には、インド・ルピーがドルに対して弱含み、日本円が相対的に堅調だったため、ドル建てベースではインド経済は日本に一歩及ばなかった。ただし成長率では2025年に日本がわずか1.1%の伸び率に留まったため、日本を大きく上回ったほか、世界3大経済国である米国、中国、ドイツの伸び率よりも高かった。インドは4年前に旧宗主国である英国を抜き、世界第5位の経済大国となった。国際通貨基金(IMF)は、インドが2026年に日本をわずかに上回ると予測している。

 昨年の力強い成長は、インドが「国家近代化の方策」に関するルールを全く守らずに世界で最も重要な経済の中心地の一つとしての地位を確立したことを示している。経済規模ランキングでの上昇は地政学的な影響力をもたらし、投資家の関心を集めている。しかしその発展の様相は独特だ。人口(現在14億人超で世界最大)の増加率を上回る経済力の伸びにより、インドは独自の道を歩んでいる。数千に及ぶ中小企業が労働者の大半を雇用しているが、成長の牽引役は次第に大手企業へと移行している。

 ムケシュ・アンバニのリライアンス・グループのような複合企業から特定産業の企業に至るまで、あらゆる規模で一族経営の企業が過大な役割を果たしている。自動車分野にルーツを持つ100年の歴史を持つ一族企業の御曹司、サンジブ・バジャジは、インドの成長を間近で見てきた。56歳のバジャジ氏は2007年、バジャジ・グループの金融サービス事業をバジャジ・オートから分離した。バジャジ・フィンサーブは運用資産5億5,000万ドルでスタートし、現在では530億ドルを管理する。自社の時価総額は377倍に成長した。

 同社の成功の多くは、インドの技術近代化政策に起因する。過去10年間、政府は生体認証IDとデジタル決済を推進し、インドの成人の大半を銀行システムに取り込んだ。インド独自のデジタル決済システムは現在、月間200億件の取引を処理している。バジャジ氏によれば、金額の大半は微々たるものだが、人口の膨大さゆえに、わずかな行動の変化さえも莫大な収益機会へと変わるという。バジャジ氏は「こうしたデータにより、小さな商店主一人ひとりの日々の収入と支出を把握できる」と説明する。同社の融資判断は今や膨大な規模で行われ、数百万人のインド人を正式な信用システムに組み込んでいると語った。

 世界の経済規模では、米国と中国が他を大きく引き離しており、ドイツ、日本、インドがほぼ同水準で続くが、その差は約4~6倍に及ぶ。インドは2021年以降、最も成長の速い主要経済国としての地位を堅持している。年間6~7%超の成長率で10年ごとに規模が倍増する一方、ドイツや日本をはじめとする大半の先進国は年2%の成長率達成すら苦戦している。ドイツと日本は数十年をかけて製造業大国へと発展し、戦後の貧困から国民を救い上げた。インドは依然として貧しい。日本人の平均所得はインド人の12倍、ドイツ人の平均所得は21倍に達する。インド人の平均年収は約2,900ドルに過ぎず、経済のトップヘビー構造により大多数の国民はさらに低い所得で生活している。その対比は衝撃的だ。

 インドでは数十億ドルがデータセンター建設に投じられ、空港が至る所に建設されている一方で、約8億人が政府の無料配給米袋に依存している。インドの不平等は10億人近くを貧困状態に置き、国全体の発展を阻害している。社会的分断が深まり、公衆衛生や教育への資金調達が困難になる。そして消費者向け企業が利益を上げるのが極めて厳しくなる。しかしバジャジ・フィンサーブのような企業にとって、バジャジ氏が推計するところでは、比較的裕福な4億人のインド人自体が大きなビジネスチャンスだ。中国を除けばこれほど大規模な消費者層を抱える国はないとバジャジ氏は語る。2014年からインド首相を務めるナレンドラ・モディ氏は、独立100周年を迎える2047年までにインドを完全に発展した国へと変革する意向を表明した。しかし、同国の成長が今世紀初頭に中国が達成した水準まで加速しない限り、この目標は達成されないだろう。

 産業革命以降、工場の力以外でトップクラスの地位に躍り出た国・地域は他にない。世界の工場である中国は、経済の25%を製造業に充てている。モディ首相が2015年に「メイク・イン・インディア」キャンペーンを発表した当時、製造業は経済の16%を占めていた。その後、その割合は13%まで低下した。これは「ポスト産業経済」と呼ばれる米国とほぼ同水準だ。米国と同様、インド経済はサービス業が牽引しており、半導体設計・コンピューターエンジニアリング・多国籍企業向け事務作業といった高付加価値業務が中心で、輸送・物品貿易が原動力となっている。バジャジ家の事業変遷がこの点を如実に物語っている。

 全体として、インドは2021年以降、成長率の高い主要経済国としての地位を堅持している。バジャジ・オートは、両社が分かれた当時、バジャジ・フィンサーブよりもはるかに規模が大きかったが、現在では銀行部門の方が50%も大きくなっている。米国と同様、インドでも工場ではなく金融がより活況を呈している分野だ。しかしバジャジ・オートも、インド経済の工業部門に歩調を合わせて成長を続けている。年間450万台のオートバイとオートリキシャを生産し、その約半数はインドネシア、エジプト、メキシコなどへの輸出向けだ。インド経済の質的多様性は2008年の金融危機のような嵐を乗り切る助けとなったが、トランプ大統領との貿易交渉では弱点にもなった。自国の膨大な人口へのサービス提供に主眼を置くインドは、グローバルサプライチェーンにおいて交渉材料を全く持たない状態に陥った。

 2025年に世界で最も多くの超高層ビルが建設中だった3都市は全てインドにあった。しかし、その中最も高い 56 階建てのムンバイのパレ・ロワイヤルは、2008年から建設が停滞している。インドは、大きな約束をし、それを散発的に実現するモードにある。「方向性としては、インドは非常にエキサイティングな立場にある。確かに問題もあるが、今後10年から15年は、非常に興味深い立場にあると言える」とバジャジ氏は述べる。同氏によれば、インドの若者、特に恵まれない背景を持つ若者たちは「聡明で、意欲的」であり、間もなく世界第3位の経済大国の一員となるだろうという。

 以上のように、インド経済は世界最速の成長を4年連続で続け、昨年は製造業の好調などを背景に7.5%の成長率を達成した。IMFは、インドが2026年に日本をわずかに上回ると予測している。ナレンドラ・モディ首相は、独立100周年を迎える2047年までにインドを完全に発展した国へと変革する意向を表明している。ただしインドは独自の成長の道を歩んでいると記事は伝える。労働者の大半は数千に及ぶ中小企業が雇用し、成長を支える産業も製造業ではない。モディ首相が「メイク・イン・インディア」キャンペーンを発表した2015年には、製造業が経済の16%を占めていたが。その後、その割合は13%まで低下したと報じられている。ただしインドの強みとして、恵まれない背景を持つ「聡明で、意欲的」な若者の存在が指摘されているのが注目される。

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主要紙の社説・論説から

自民党が圧勝した衆議院選挙

 高市首相は2月8日に実施された解散総選挙で圧勝した。自民党は単独で衆議院465議席中316議席を獲得した。これは1955年の結党以来最多となる議席数である。以下は、同選挙結果に関する主要英文メディアの報道と論評の要約である。(筆者論評は末尾の「結び」を参照)

 2月8日付ワシントン・ポストは「Big win for Japan’s prime minister is good news for the U.S. (日本の首相の圧勝は米国にとって朗報だ)」と題する社説で、高市早苗は中国に対抗することが政治的に有利であることを示した(Sanae Takaichi shows that standing up to China pays politically)、と概略次のように論じる。

 高市氏は日本の大規模な軍事増強を支持している。防衛費を国内総生産(GDP)比2%以上に引き上げることに加え、攻撃的軍事能力の拡大や殺傷性兵器輸出禁止の解除を公約に掲げた。国会で圧倒的多数を確保した今回の圧勝により、高市氏は第二次世界大戦後に日本国憲法に盛り込まれた平和主義条項の廃止さえできるかもしれない。その政策が実現すれば、日本は中国に対抗する安全保障負担をより多く担えるようになる。

 また選挙結果は、中国が存立の危機をもたらす脅威だと日本国民が認識を深めていることを反映している。台湾への攻撃が日本への直接脅威だと中国指導者、習近平に真っ向から突きつけた高市氏に国民は結束したのだ。中国は軍事的威嚇、高くつく経済ボイコット、過熱した恫喝で応じた。共産党が水産物輸入を制限し、観光を阻害し、重要鉱物輸出制限をほのめかすなか、官僚や投資家は高市氏に後退を懇願したが、彼女は拒否した。

 選挙が一段落した今、首相の最大の課題は拡張的な経済政策の財源確保だ。長らく停滞する日本経済を大規模支出で活性化させたいが、積極的な産業政策は日本の公的債務を持続不可能な水準に押し上げるリスクを伴う。過去の緊縮予算は行き過ぎた面もあったが、現在の浪費は防衛投資の公約を損なう恐れがある。

 2月9日付フィナンシャル・タイムズは「Sanae Takaichi’s historic opportunity in Japan (日本の高市早苗氏の歴史的機会)」と題する社説で、高市氏は総選挙で得た信任を最も差し迫った課題に集中して生かすべきだと次のように論じる。

 高市早苗氏は再び歴史を作った。日本初の女性首相に就任してから4カ月も経たないうちに、自民党に衆議院選挙で史上最大の議席数をもたらした。日曜日の圧勝は、師匠である故・安倍晋三元首相が獲得した議席数を上回り、高市氏個人の強力な信任を示した。465議席の衆議院で自民党が記録的な316議席を獲得したことで議会運営を掌握し、立法面で参議院の権限を凌駕する力とともに米国主導で制定された日本国憲法改正に向けた動きを開始する機会を得た。

 ここからが難題だ。高市氏にこの勝利をもたらした有権者は、財政・経済・人口問題・地政学上の喫緊課題への実質的な進展を期待する。憲法改正は安倍氏同様、高市氏にとっても重要な課題だが、より差し迫った問題を犠牲にしてこれに集中すべきではない。1940年代に日本の支配者によって起草された憲法を改正したいという願望自体に本質的な不合理はない。改正は国家の進化能力を示すだろう。しかし自民党が「平和条項」を修正し自衛隊を正式に認め、緊急時に首相に広範な権限を与えることは、深刻な分断を招く恐れがある。憲法改正には参議院の3分の2以上の賛成が必要だが、自民党は現在過半数すら確保できていない。さらに有権者の過半数の支持も得なければならない。この高いハードルを考えると、高市氏は急ぐべきではないだろう。防衛費増額や同盟国・パートナー国への武器輸出規制緩和など歓迎すべき計画がある。こうした措置は、信頼性に欠ける米国への安全保障依存を減らす助けとなるはずだ。

 中国との継続的な外交摩擦は、地域の安定が日本の利益だと主張する高市氏に対して、政治的ダメージをほとんど与えていないのは明らかだ。しかし中国政府への不必要な挑発は避け、論争の的となっている戦没者慰霊施設・靖国神社への参拝は控えるべきである。首相が成長分野への財政支出の拡大を計画している点は詳細が求められる。介護者支援強化の公約は歓迎されるが、女性の経済的役割促進にはさらに努力が必要だ。特に首相自身が、才能ある女性が男性中心の硬直した社会をいかに刷新できるかを実証しているのだからなおさらである。複数年度予算措置で政府支出の予測可能性を高めようとする姿勢は正しい。ただし、財政持続可能性に既に神経を尖らせている債券投資家の信頼を維持する必要がある。食品販売に対する2年間の消費税免除計画は、再考するのが賢明だろう。高市氏はまた、記録的な移民と訪日観光客の影響に対する国民の不安を反映した、在日外国人規制強化計画にも慎重に取り組むべきだ。外国人居住者の日本語学習支援強化、難民申請の迅速化、土地取得規制などの措置は妥当である。しかし、高齢化と人口減少の影響を緩和するために移民が実際に必要である日本において、その口調が敵対的になるべきではない。

 就任後数か月間、高市氏は概して確かな政治手腕を示してきた。彼女の賭けである解散総選挙の驚くべき成果は、国民が新しく決断力のあるリーダーシップを切望していることを示している。しかし、過半数を占めているにもかわらず、彼女は依然として国民を味方につけるために懸命に努力しなければならない。今はまさしく傲慢になるべき時ではない。

 同じく2月9日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「Takaichi Rolls to a Landslide Victory in Japan The Prime Minister’s Liberal Democratic Party will have a majority on its own in a rebuke to Beijing. (【社説】高市自民圧勝、中国の威圧は裏目)」と題する社説で概略以下のように論じる。

 自由主義諸国の政治指導者は皆不人気だと誰が決めたのだろうか。日本の高市早苗首相は8日、自民党を衆院選での圧勝に導き、その固定観念を覆した。開票結果によると、自民党は単独で安定多数を確保する見込みで、これは圧勝を意味する。高市氏は新たな連立パートナーと共に3分の2議席を獲得(訳注=自民単独で3分の2を獲得)し、より権限が弱い参院の反対を覆せるようになる。この結果には、日本初の女性首相である64歳の高市氏の個人的な勝利という部分もある。67%という同氏の支持率が党全体を押し上げた形だ。野党が弱いのは事実だが、最近の自民党の前任者たちは、高市氏ほどそれを生かせていなかった。

 それはまた、中国政府のおかげでもある。高市氏は公の場で、中国による台湾侵攻は日本の安全保障を脅かすと述べた。同氏が真実を語ったことを受け、中国政府は輸出規制と渡航自粛で日本を罰しようとしてきた。中国の威圧はまたしても裏目に出た。中国が台湾やオーストラリアを威圧した時も同様だった。習近平国家主席は、「戦狼(せんろう)外交」官たちを悪名高い再教育キャンプに送り込む可能性がある。ただし、彼らは恐らく習氏の命令に従っていたと思われる。高市氏は自民党の保守・親米派に属する。同氏は防衛費の増額を支持しており、中国の大規模な軍備拡張を踏まえれば、これは喫緊の課題だ。これまでのところ、高市氏はドナルド・トランプ米大統領の予測不能な言動に誰よりもうまく対処してきた。高市氏は通商関係の安定化を図るとみられる。トランプ氏は日本をゼロサムゲームの貿易上の敵対国として扱うのではなく、安定化の実現に動くのが賢明だろう。

 不確かなのは、高市氏の政策がインフレに対する日本国民の不満を解消するかどうかだ。同氏は食料品にかかる8%の消費税を2年間ゼロにするよう提案している。しかし、日本のインフレの根本原因は金融政策にあり、日銀が長年のマイナス金利を経て政策の正常化を図っていることが背景にある。高市氏はまた、財政支出の新たな拡大を公約に掲げた。これは、日本がこれまで何度も失敗してきたケインズ主義的な景気対策の手法だ。世界的に政府債務が高水準にある現状では、非防衛分野の支出拡大はリスクを高める。日本の債務は拡大し続けており、その資金の出し手である投資家がより高い利回りを求める可能性がある。

 日本経済の問題は需要不足ではない。アニマルスピリット(企業などの強い意欲)や国内競争が不足しているという供給側の問題だ。高市氏が師と仰ぐ故安倍晋三氏は、幾つかの規制緩和を推進し経済成長につなげた。これは、政策の方向性として高市首相が追求し得る最善のものだ。最も良いニュースは、自民党の議席が過半数を優に上回ったことで、高市氏に国民の信任の下で政権運営を行う余裕が生まれることだ。米国をはじめとする自由主義諸国は、中国共産党の帝国主義的野心に対抗する同盟・友好国として、強く自信に満ちた日本を必要としている。

 2月15日付タイムは、テンプル大学東京校アジア研究教授、ジェフ・キングストン氏の論文「Sanae Takaichi Wants to Make Japan Great Again. It Won’t Be Easy. (高市早苗はメイク ジャパン グレート アゲインを目指すが、容易ではない)」を掲載している。以下はその概略である。

 高市早苗首相は数十年にわたる高齢男性による統治の後、日本で初めて女性として指導者となった。そして先週、記録的な選挙勝利を収め、かつてない強さを手にした。日本は数十年にわたるデフレ、賃金停滞、人口減少、そして国際社会における自国の地位への自信の喪失から生まれた、蔓延する停滞感と幻滅感に苦しんできた。高市氏は希望のメッセージと明るい未来像を掲げて勝利した。勤勉な指導者が再生の約束を果たすと信じたい有権者を結集させたのだ。この圧勝により高市氏は圧倒的な支持を得て、世界第4位の経済大国でありアジアにおける米国最重要同盟国である日本を変革しうる経済・安全保障改革の大胆な政策を推進する道が開けた。日本に再び朝が来た。

 高市氏は初任期において、債務による政府支出に大きく依存した「アベノミクス」の改定版を推進した。2025年度補正予算の40%を新規借入で賄った結果、国債残高は過去最高を更新した。金融市場は動揺し、国債利回りは急騰、円安が進んだ。一般国民には住宅ローン金利の上昇や物価高という形で影響が及んだ。通貨安が輸入食品や燃料のコストを押し上げたためだ。しかし首相に財政抑制の兆しは見られない。食品への減税公約は政府収入をさらに減らし、赤字を悪化させる恐れがある。彼女は「過度な緊縮財政」を放棄し、17産業への戦略的投資を約束し、経済再生と明るい未来を約束すると誓っている。高市氏はこれら施策の財源については曖昧なままだが、規律ある財政政策を追求すると市場を安心させようとしている。彼女の楽観論は、財政刺激策が成長を呼び起こし、民間部門が長期停滞していた賃金を引き上げることで税収が増えるというものだ。株式市場は巨額の公共支出を期待して急騰したが、債券市場は警戒感を維持している。戦略的投資計画についても、こうした国家介入の効果に疑問の声が上がっている。

 急速に高齢化する社会で優先課題を調整する中、予算の約3分の1を占める医療費と年金支出の急増が焦点だ。これらの費用は、高市氏が食品への適用を削減すると約束した消費税と、縮小する労働力による所得税で賄われている。他の急速に高齢化する社会も同様のジレンマに直面している。社会保障を維持するために労働者により高い税金を負担させるか、給付を削減し高齢者に医療費の負担増を求めるか。もう一つの選択肢は、将来を担保に借金をするという、政治的には最も容易な道であり、彼女が好んでいるように見える道である。

 安倍晋三の大きな夢は、日本国民に一方的な平和主義を捨てさせ、軍事強国としての地位を回復させることだった。安倍の最も成功した弟子である高市は、これを未完の事業と見なしている。防衛費の大幅増額を計画し、日本の島々に対する中国の脅威を抑止できる軍事力の構築に「全力で取り組む」と約束している。軍隊の保持と戦争遂行を禁じる憲法9条の改正に踏み切る可能性もある。しかし、改正のハードルは極めて高く、両院の3分の2の賛成と国民投票での過半数の支持が必要となる。高市氏の中国に対する強硬姿勢は支持率を押し上げた。昨年11月には、中国が武力による現状変更を試みた場合、日本が台湾支援のため軍事対応する可能性に言及。中国はこれを非難し撤回を要求したが、高市氏が明言したのは暗黙の了解に過ぎなかった。中国は修辞的に過剰反応したものの、課した経済制裁は比較的控えめだ。日中は外交摩擦から貿易関係を隔離することで利益を得られる。課題は、習近平国家主席が方針転換するための出口戦略を構築し、通常の外交交流と対話ルートを復活させることだ。高市氏が今後しばらく日本を率いる指導者であることを踏まえ、中国は外交戦略の再考を迫られるだろう。

 高市氏は3月にワシントンを訪問し、トランプ大統領と会談する予定だ。トランプ大統領は高市氏を支持しており、昨年秋には日本を訪問して良好な関係を築いた。今回の会談は友好的なものとなる見込みだが、日本政府はトランプ大統領が日本の頭越しに習氏と合意し、米中両国が世界情勢を二国間で管理する「G2 (グループ・オブ・ツー)」体制への懸念再燃を危惧している。高市氏は、日本がアジアにおける米国の不可欠なパートナーであり続けることを強調し、GDP比2%の目標達成を目指す防衛費の加速的増加と軍事力強化を指摘するとみられる。防衛費増額を支える増税に国内で抵抗があっても、強硬姿勢の日本はトランプ大統領の対中折衝における交渉力を強化する。トランプ大統領の予測不能で衝動的な行動パターンを考えると、日本を代替不可能なアジアの同盟国と位置付けることで、日本の利益を無視する可能性のある米中間の包括的合意を十分阻止できるかどうかは不確かだ。

 米国政府との関係管理に加え、高市氏は近隣諸国の感情と、保守・国家主義的な支持基盤を刺激する国内政治的パフォーマンスとのバランスを取る必要に迫られている。当選直後、彼女は東京にある戦没者慰霊施設・靖国神社を参拝する意向を示した。同神社には1978年、戦後国際軍事裁判で有罪判決を受けたA級戦犯14名が密かに合祀された。同神社と隣接する博物館は長年、日本の戦時中の行為に対する反省のない見解の拠点となってきた。靖国神社参拝は、日本の戦時遺産を免罪・美化する立場を長年主張してきた高市氏の支持基盤に格好のご馳走を配ることになる。しかし、同神社を日本の帝国主義的侵略と歴史否定主義の象徴とみなす中国・韓国を敵に回すことになる。また、安全保障と経済協力の強化を目指す日韓関係の最近の融和を危うくするだろう。彼女の意図は、共有された歴史に対する未解決の不満と重なる領土主張が、地域関係の永久凍土を構成していることを改めて想起させるものだ。

 上記のタイム記事が論じた日米中3カ国の関係に関連して、2月26日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナルは、「Beijing’s Trade War Against Japan (【社説】中国の対日貿易戦争)」と題する社説で、米国には同盟国支援で果たすべき役割があると概略次のように提言する。ドナルド・トランプ米大統領の関税措置に世界の関心が集中するなか、中国は貿易面で対日圧力を強めている。中国が今週発表した新たな輸出規制措置は、その最新の例だ。中国政府は日本企業20社への輸出について、承認プロセスが必要になると発表した。このプロセスの詳細は今後明らかにされる。これとは別に日本の20企業・団体への軍民両用(デュアルユース)品の輸出が全面禁止となる。その際の軍事利用の定義について、中国政府が寛容な姿勢を見せることを期待してはならないだろう。

 中国は日本の軍事化を抑止しようとしていると主張するが、盗人猛々しいとはまさにこのことだ。今回の措置は、昨年秋の日本の高市早苗首相の発言を端緒に中国がエスカレートさせてきた攻撃の最新の動きだ。高市氏は、中国が台湾を攻撃すれば日本の国家安全保障上の脅威になり得ると警告した。国家安全保障上の脅威であれば日本による介入が可能になる。高市氏は、こうした発言に裏付けを与えるための自国の防衛費増額を望んでいる。中国の当局者は当初、侮辱的な発言で高市氏を脅し、こうした強硬路線をやめさせようと試みた。しかし効果がなかったため経済的圧力に切り替えた。今回の輸出規制の前にも中国はレアアース(希土類)の対日輸出に関するさまざまな制限措置を打ち出し、国民に日本への渡航自粛を呼び掛けてきた。

 こうした措置は今のところ功を奏していないが、それはおそらく、中国政府の威圧的な行動によって、同国の軍国主義が地域の安全保障にもたらす危険が改めて浮き彫りになっているからだ。これは他の国々にとっても教訓となりつつある。米国にとっても、だ。日本経済には、しばらくの間この圧力に耐えられるだけの規模と強靱(きょうじん)性があるが、永続的に耐えるには助けが必要だ。日本の貿易パートナーが支援できるかもしれない。とりわけトランプ氏は、経済で日本と米国が競い合っているという時代遅れの懸念を捨てて日本を支援してもいいはずだ。中国が欧州を経済的に威圧し始める前に、欧州諸国も日本の抵抗を手助けすることは有益だ。最初の機会は、トランプ大統領の北京訪問になろう。そこでは通商政策も話し合われる見通しだ。トランプ氏が訪中にこだわるなら、せめてその機会を利用して、この地域における米国の利益には同盟国の繁栄と防衛が含まれることを中国の習近平国家主席に念押しすべきである。

結び:以上のようなメディアの報道と論調を次の3点から取りまとめてみる。第1は自民党圧勝の要因、第2はその内外政治・経済情勢への影響、第3に高市政権の今後の課題に関する見解である。 

 第1の圧勝の要因についてメディアは、新しく決断力のあるリーダーシップを切望していた国民が、勤勉な指導者が再生の約束を果たすと信じて結集したと述べ、高市氏は希望のメッセージと明るい未来像を掲げて勝利したと論評する。獲得した議席数は故・安倍晋三元首相のそれを上回り、高市氏個人への強力な信任を示しと指摘する。メディアが述べるように、日本初の女性首相として高い支持率を享受する高市氏の個人的な勝利という部分と同時に、弱い野党がその背景にあるというのが実態であろう。

 注目されるのは、高市氏が中国と対立したことが政治的に有利に働いたとの指摘である。選挙結果は、中国が存立危機をもたらす脅威だと日本国民が認識を深めたことを反映していると述べ、その意味で中国の威圧が裏目に出たとの分析である。事実、中国を意識して自民党支援に動いた有権者は少なくなかったとみられる。以上のように、自民党の大勝は、高市氏の個人的人気、弱い野党、威圧を高めた中国の存在などが主たる要因として挙げられよう。

  第2の内外政治・経済情勢への影響のうち、国内関係について、メディアはまず、憲法改正の可能性に言及する。高市氏は、米国主導で制定された日本国憲法改正に向けた動きを開始する機会を得たと述べ、平和主義条項の廃止さえできるかもしれないと指摘する。その関連で、大規模な軍事増強政策の実現、特に防衛費をGDP比2%以上への引き上げや、攻撃的軍事能力の拡大、殺傷性兵器輸出禁止の解除などの公約の実現を予想する。ただし積極的な産業政策、例えば17産業への戦略的投資計画などが日本の公的債務を持続不可能な水準に押し上げるリスクに懸念を表明、そうした浪費は防衛投資の公約を損なう恐れがあると警告する。

 確かに、2025年度補正予算の策定とその財源を新規借入で賄った結果、国債残高は過去最高を更新し、そのため金融市場が動揺し、国債利回りは急騰、円安が進んだという事実がある。今後、そうした市場との対話が欠かせないだろう。高市首相は経済再生と明るい未来を約束するが、その施策の財源については曖昧なままであり、こうした国家介入の効果に疑問の声が上がっていると報じられている。たとえば、医療費と年金支出などの社会保障費の急増にいかに対処するのか。債券市場は警戒感を解いていないのである。

 海外政治・経済情勢への影響についてメディアはまず、日本の首相の圧勝は米国にとって朗報だと述べ、日本が中国に対抗する安全保障負担をより多く担えるようになるとして歓迎する。米国をはじめとする自由主義諸国は、中国共産党の帝国主義的野心に対抗する同盟・友好国として、強く自信に満ちた日本を必要としていると主張する。特に対米関係で高市氏は通商関係の安定化を図るとみられ、トランプ氏は日本をゼロサムゲームの貿易上の敵対国として扱うのではなく、安定化の実現に動くのが賢明だと説く。

 中国は日本の軍事化を抑止しようとしていると主張しているが、これはメディアが言うように盗人猛々しいとしか言いようがないだろう。中国の威圧的行動は同国の軍国主義が地域の安全保障にもたらす危険をまさしく浮き彫りにしている。トランプ大統領としても日米貿易競争という時代遅れの懸念を捨て日本を支援すべきであろう。来る習近平国家主席との会談で、日本を含む同盟国の繁栄と防衛が米国の利益であることをまさに堂々と主張すべきなのだ。欧州諸国も次の標的が自分たちに向けられる可能性に対して今から備えておく必要がある。 

 第3の高市新政権の今後の課題では、まず注目されるのは、高市首相の最大の課題は拡張的な経済政策の財源確保であり、憲法改正は重要な課題かもしれないが、差し迫った問題を犠牲にしてこれに集中すべきではないという提言である。自民党が「平和条項」を修正し自衛隊を正式に認め、緊急時に首相に広範な権限を与えることは、深刻な分断を招く恐れがあるとの懸念を表明する。ただし防衛費増額や同盟国・パートナー国への武器輸出規制緩和などは歓迎すべき計画だとし、こうした措置は、信頼性に欠ける米国への安全保障依存を減らす助けとなると主張する。

 経済政策では、まず女性の経済的役割促進にはさらに努力が必要だと論じる。介護者支援強化は歓迎するが、食品販売に対する2年間の消費税免除計画や在日外国人規制強化計画には慎重に取り組むべきだと主張し、外国人居住者の日本語学習支援強化、難民申請の迅速化、土地取得規制などの措置は妥当だとしても、移民が実際に必要である日本において、その口調が敵対的になるべきではないと助言する。また、日本経済の問題は需要不足ではなく、アニマルスピリット(企業などの強い意欲)や国内競争が不足しているという供給側の問題だと述べ、規制緩和を推進し経済成長につなげるべきだと論じる。いずれも、的確な提言と考えられる。

 高市首相が選挙での圧勝により日本を変革しうる経済・安全保障改革の大胆な政策を推進する道が開けたことは確かであり、メディアが指摘するように、まずはこの機会を全面的に活用し、日本経済の再生と復活に全力を注ぎ、文字どおり日本に再び朝が来ることを実現すべきだろう。改憲はその後の問題だとの指摘は正しいと言えよう。

 対中政策については、メディアは中国への不必要な挑発は避け、論争の的となっている靖国神社への参拝は控えるべきだと主張する。台湾問題に関する高市首相の発言に中国は反発し、修辞的に過剰反応したものの、直後に課した経済制裁は比較的控えめだとも評する。日中は外交摩擦から貿易関係を隔離することで利益を得られるとし、課題は習主席が方針転換するための出口戦略を構築し、通常の外交交流と対話ルートを復活させることだと論じる。そのうえで、高市氏が今後しばらく日本を率いる指導者であることを踏まえ、中国は外交戦略の再考を迫られるだろうと期待を表明する。

 メディアの論評や指摘は的を射ていると言えるが、問題は中国の今後の出方である。今のところ、振り上げたこぶしを下ろす気配はなく、それどころか、主要日本企業に対して輸出禁止令を発動している。日本としてはあくまで冷静に対処する必要があるが、中国がさらに威圧行為の出るのであれば、当然、然るべき対抗措置を検討すべきだろう。中国は既に越えてはならない一線を越えたと考えられるからである。

 外交安保政策では、日本政府は日本の利益を無視して、米中両国が世界情勢を二国間で管理する「G2 (グループ・オブ・ツー)」体制への懸念にも備える必要があろう。その意味でも来月の高市訪米は貴重な機会となろう。また靖国神社参拝という高市氏の保守・国家主義的な支持基盤を刺激する国内政治的パフォーマンスも、安全保障と経済協力の強化を目指す日韓関係の最近の融和を危うくするとのメディアの警告を重く受け止める必要がある。いずれにせよ、高市首相が依然として有権者の支持を維持するために懸命に努力しなければならず、今は傲慢になるべき時ではないのは間違いない。

主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、 REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。

前田高昭


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