第2回海外の出版業界情報 2024年6月
2024/6/22
オーディオブックの多様な販売戦略
先月の報告でも触れましたが、アメリカのオーディオブックの売れ行きは右肩上がりです。Audio Publishers Association(オーディオ出版協会)の調査によると、2022年の出版社のオーディオブック収入は前年に比べて10%増の18億ドルに達し、11年連続の二桁成長を記録しました。
Publishers Weeklyでは、オーディオブック業界に関する詳細な記事がありました。そこでは、30近くのオーディオブックの出版社や出版部門、プラットフォームが紹介されており、その数の多さに驚かされます。業態も多様で、大手出版社のオーディオ部門から独立系出版社、音楽配信サービスから派生したものまで幅広く存在します。多数のスタジオを備え、著名な俳優、演出家、プロデューサーが制作に関与しているケースもあります。
この記事からわかる様々な販売形態の一部を紹介したいと思います。
【オーディオブックの書き下ろし作品】
Simon & Schuster(サイモン&シュスター)Audioは、オーディオブックのみでの出版や、オーディオブック先行の出版を積極的に推進してきました。最近では、オーディオブックの書き下ろしプロジェクトにも注力しています。例えば、『The Honeymoon Crashers』(Christina Lauren著)は、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー小説の続編として、オーディオブック用に書き下ろされたものです。著者が得意とするウィットに富んだ会話や軽妙なやりとりを耳で楽しむことができます。
【著者自身のナレーション】
Penguin Random House(ペンギン・ランダムハウス)Audioは、クリントン、ブッシュ、オバマ元大統領、ミシェル・オバマ元大統領夫人、ミュージシャンのボノ、ヒップホップ・グループのビースティ・ボーイズなど、著名人が執筆した本を著者自身の声で録音することをプロデュースし、オーディオブックを提供しています。
人気ポッドキャストのホストが書いた作品を、ホスト自身がナレーションする例も多く見られます。『How to Chase Change』の著者Alexis Fernandez-Preiksaは、脳科学から自分改革のヒントを伝えるポッドキャストを発信していますが、オーディオブックではマインドセットを変えるための30日間プログラムを、彼女の声で体験できます。
【分野に特化した出版社】
Naxos(ナクソス)AudioBooksは1994年に設立された英国の出版社で、西洋古典文学のオーディオブックが取り揃えられており、シェイクスピアやダンテなどのファンにとっては宝庫です。著名な俳優によるナレーションを提供することで、早い時期にオーディオ市場での地位を確立しました。同社の最新の動向として、作品のオーディオ完全版と、詳しい学習ガイドを組み合わせた製品(Naxos AudioBooks Educational Editions)が販売される予定です。最初は『Pride and Prejudice(高慢と偏見)』や『Frankenstein(フランケンシュタイン)』を含む8つの作品が予定されています。
【プラットフォーム、サブスクリプションの提供】
多くの出版社が、独自のオーディオブック・プラットフォームを構築し提供しています。2022年には音楽配信サービスSpotifyがオーディオブックの提供を始めました。過去の既刊本のリストも豊富で、多彩なナレーターにより新しいバージョンとしてリリースしています。TikTokで人気の声優のナレーションによる『二都物語』(チャールズ・ディケンズ著)や、受賞歴のあるナレーターによる『宇宙戦争』(H・G・ウェルズ著)などがあります。
【ナレーターの育成】
Macmillan(マクミラン)Audioは、より多様な物語体験をオーディエンスに提供するため、新しいナレーターを発掘し育成するオーディオブック・ナレーションのワークショップを開始しました。このプログラムを通じて20人以上のナレーターを雇用しており、今後も多くの人材が発掘されることが期待されています。
【学校と図書館を対象にしたオーディオブック
Penguin Random House(ペンギン・ランダムハウス)Audioの「Books On Tape」は、学校と図書館を対象に、書籍の完全版オーディオブックを提供する先駆けとなりました。
Princeton University Press(プリンストン大学出版局)は、2018年に大学出版局として初のオーディオブックのブランドを立ち上げ、美術史、自然、政治、経済などの分野で150冊以上のオーディオブックを提供しています。9月にはカール・マルクス著『資本論 第一巻』が編集・翻訳され、数々の受賞歴を持つナレーターの声で発売されます。21世紀のオーディエンスに最適な新訳が期待されています。
Playaway Productsはオーディオ・プレーヤーやタブレットの製造会社ですが、Wi-Fiや特別なダウンロードを必要としないデバイスを学校や図書館に提供しています。また、学習アプリとビデオのコレクションが年齢別に表示されて簡単に選べるタブレットもあり、学校や図書館の棚から取り出してすぐに再生できるようになっています。
オーディオブックは、新しい作品から既刊本の掘り起こしまで、様々な可能性が秘められていることがうかがえます。日本では「紙で読みたい」という読者も多く、オーディオブックはまだそれほど盛況になっていませんが、一つの選択肢として、日本でのさらなる普及を模索する価値はありそうです。
参照:Publishers Weekly “Sound Off: What’s New in the Audio Market”
https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/specials/promotional/article/95157-pw-studio-sound-off-what-s-new-in-the-audio-market.html
村山有紀(むらやま・ゆき)
IT・ビジネス翻訳歴10年以上。国内外の様々な場所での生活と子育ての
経験をふまえ、自分らしい発信のスタイルを模索中。