新着動画

2025年8月22日 第370号 World News Insight (Alumni編集室改め)                                                    世界に通じる英語、日本を開く日本語―その両方を学ぶ、あなたの言語戦略        バベル翻訳専門職大学院 副学長 堀田都茂樹

                                                    英語の現状とリンガフランカ化                                         現代世界において、英語は「国際共通語(リンガフランカ)」として機能している。世界人口約80億人のうち、英語を使用する人は15億人前後とされるが、その大部分は第二言語としての利用者である。母語として英語を話す人々は約4億人に過ぎず、さらにイギリスで伝統的に尊ばれてきた「キングズ・イングリッシュ」を日常的に使う人口はわずか数百万人といわれる。 

それにもかかわらず、英語が国際共通語として定着しているのは、話者人口の多さゆえではなく、歴史的・政治的・経済的な力の蓄積によるものである。しかし、その「覇権」とは別に、実際の運用場面においては、英語がますます「非ネイティブ主体」の言語となりつつあることに注目すべきである。国際会議、学術論文、外交交渉、ビジネス契約といった領域で求められるのは、もはやネイティブらしい流麗さではなく、簡潔で誤解の少ない表現である。すなわち英語は今や、「誰にでも伝わる」言葉へと進化することを宿命づけられた言語なのである。 

プレイン・イングリッシュの理念と役割                                                 こうした流れに対応するかたちで、英語圏では「プレイン・イングリッシュ(Plain English)」という運動が広まってきた。もともとは行政文書や法律文書の難解さを改め、市民に理解可能な言葉へと改革する試みとして始まったが、その本質は「簡潔・明確・正確・礼儀正しい」英語を体系的に示したルール群である。 

プレイン・イングリッシュは、文を短く区切り、能動態を優先し、平易な語を用いることを基本とする。その目的は、専門家や母語話者だけでなく、あらゆる市民や非母語話者にも理解できる文書を実現することである。結果として、プレイン・イングリッシュはリンガフランカとしての英語に最も適した規範モデルとなった。 

言い換えれば、プレイン・イングリッシュとは、リンガフランカ時代の英語の理想形を先取りして体系化したものだと位置づけられる。実際、国際機関や多国籍企業が採用する英語スタイル・ガイドの多くは、この理念を明示的・暗黙的に取り入れている。 

日本語が抱える課題                                                         では、日本語はどうか。日本語は世界的に見れば使用範囲が限定されており、国際共通語の地位を占めることは難しい。しかし国内に目を向けると、行政文書やビジネス文書の「分かりにくさ」が長年の課題として指摘されている。また、日本に住む外国人にとって、日本語は高い習得障壁をもつ言語であり、生活情報や社会制度へのアクセスを妨げる要因ともなっている。 

この現状を打破するために、バベルは日本語においてプレイン・イングリッシュに相当する「プレイン・ジャパニーズ(Plain Japanese)」を開発し、教育プログラムとしてスタートしている。 

プレイン・ジャパニーズの二重の意義                                             プレイン・ジャパニーズには、国内的意義と国際的意義の二つがある。

第一に、国内的意義。行政、教育、医療、ビジネスの領域で「誰にでも理解できる」日本語を整備することは、情報アクセスの公平性を保障し、社会的包摂を実現するために不可欠である。これは民主主義社会における言語的基盤の整備といえる。 

第二に、国際的意義。観光、留学、就労を通じて日本に滞在する外国人が増える中、非母語話者にとっても分かりやすい日本語を整備することは、日本社会の開放性を高めることにつながる。また、翻訳・通訳に依存せずとも一定程度は理解できる日本語スタイルを提供できれば、日本語自体の国際的存在感を高めることになる。10余年前に世界的に実施、普及活動を行っていた「ビジネス日本語検定」(JETRO/高見澤孟昭和女子大学教授/バベル)はその一環であった。 

このようにプレイン・ジャパニーズは、「国内の情報保障」と「日本語の国際化」という二重の目的を担う未来戦略として位置づけられる。 

英語と日本語の二重戦略                                              日本人にとっては、ここに「二重戦略」が必要となる。

  1. Plain English を習得することによって、国際社会において誤解なく通じる英語力を確保する。必要な場合は、ビジネス文書等を英訳する場合もPlain Englishを採用する。
  2. Plain Japanese を整備することによって、日本語そのものを国際社会に開き、多様な人々と共生する基盤を築く。英訳文書も必要に応じて、Plain Japaneseを採用する。 

前者は「外に向かう」戦略、後者は「内に迎える」戦略である。両者を統合的に推進することによって、日本は言語面においても世界に貢献する独自の立場を確立できるだろう。 

検定制度との関連                                          一社日本翻訳協会(元厚生労働省外郭)がスタートした「読みやすい日本語検定」や「読ませる日本語検定」は、まさにプレイン・ジャパニーズの理念を評価可能な形に落とし込む試みである。単に知識として学ぶだけでなく、文章実技を通して「誰にでも伝わる日本語」を実践し、さらに「読者を動かす日本語」へと高めていく。この二段階の検定制度は、プレイン・ジャパニーズを社会的に普及させるための実効性ある仕組みとなる。 

まとめ                                                                 プレイン・イングリッシュは、リンガフランカ時代の英語を最も合理的に設計した規範である。そして日本語におけるプレイン・ジャパニーズは、その理念を継承しつつ、日本の社会課題と国際課題を同時に解決する言語戦略となりうる。 

英語と日本語の双方における「プレーン」運動は、単なる表現技法の改善ではなく、21世紀のコミュニケーション環境を再構築する試みである。日本がこの戦略を明確に打ち出すことは、国際社会に向けて「言語文化の新しい提案」を行うことを意味するだろう。 

0
おすすめの記事