
世界の出版事情―各国のバベル出版リサーチャーより第69回
アメリカ書籍レポート - 6月
Bay Area Book Festival 2025 現地レポート
柴田きえ美(バベル翻訳専門職大学院生)
5月最終の週末に、カリフォルニア州バークレーのダウンタウンにて「Bay Area Book Festival」(BABF)が開催されました。2015年に始まり、今年で第11回目を迎えたこの催しは、読者、作家、出版社、書店、教育機関などが一堂に会し、文学とことばの芸術を祝う大規模な文学フェスティバルです。
BABFは、文学とリテラシーの未来を支援する非営利団体「Foundation for the Future of Literature and Literacy」が運営しており、多様な文学の声を紹介し、地域社会と国際的な文学交流を促進することを目的としています。特に、現代的な課題に向き合う作品に光を当てる姿勢が特徴です。
地域の出版社や教育機関との連携を軸にしつつ、屋外イベント『Bookworm Block Party』を中心に、多様なプログラムが展開されます。並行して、近隣の劇場・図書館・ライブハウス・コミュニティスペースなどでは、著名作家による講演、パネルディスカッション、ワークショップ、詩の朗読会などが開催され、毎年200人を超える登壇者が参加します。イベントは無料または低料金で提供され、誰もが参加できる開かれた場であることを大切にしています。
あらゆる世代・背景の人々がアクセスしやすい場作りを重視しています。家族連れ向けのエリアや多言語での展示もあり、特に多様性・包摂性を重んじる姿勢が評価されています。地元住民から出版関係者、読書好きまで、多くの人々が集まるこのフェスティバル。今年もその熱気あふれる現場に足を運び、会場の様子をレポートします。
歩行者天国に広がる本の街
イベントの中心は、バークレーのダウンタウンを舞台に繰り広げられる「Bookworm Block Party」と呼ばれる屋外フェア。数ブロックにわたって車両通行止めにし、小規模出版社、インディペンデント著者、書籍関連の団体やグッズ販売店など、100近いブースが道沿いにずらりと並びます。多くの出展者が書籍を直接販売し、著者サイン会も盛んに行われています。エリアはおおまかにジャンル分けされていました。最も活気があったのはファミリー層向けのエリア。バンを改造した幼児向けプレイエリアやクラフト体験など、子どもたちが楽しめるコンテンツも充実していました。また、Half Price Booksという古書店も参加しており、子どもからティーン向けまでの書籍を自由に持ち帰れるサービスを提供していました。
他にも、近郊地域、カリフォルニアを拠点とする小規模出版社、インディペンデント著者、ライター向け互助会、書籍関連グッズの販売店なども参加していました。中には自社の出版書籍を無料配布している出版社や、大幅なディスカウント価格で販売しているブースもありました。また、著者によるサイン会や記念撮影の場面も見られました。
著者との交流の場
ブースを巡る中で、数人の著者と直接言葉を交わす機会にも恵まれました。
印象的だったのは、Lucy Holmes-Higgin氏とMelissa Erin Jackson氏の2名です。
Holmes-Higgin氏は、サンフランシスコ在住で地域社会とのつながりを大切にしながら創作をしています。様々な考え方、感じ方を認めること、人と違うことを誇りに思えるようにと訴える作品『Galaxy Brain』を出版しました。
一方のJackson氏は、スーパーナチュラル・ミステリーを得意とする作家です。大学入学後から創作活動を開始し、物語を書くことに非常に高い情熱を持っています。『Pawsitively Poisonous』のコージーウィッチ・シリーズは特にAmazonでの評価も高く、今後注目したい作家の一人です。
出版社ブースでは
また、会場では複数の出版社の担当者とも会話する機会がありました。
- Hardie Grant Books(オーストラリア系の出版社)は、サンフランシスコにも拠点を置き、ノンフィクションや体験型の児童書を主に取り扱っているようです。本のデザインが全体的にシンプルで洗練されたものが多く、アートとしても手元に置きたくなるようでした。
- Dragon Feather Booksは、これまで着目されなかった独創的な女性の声を後押しする独立系出版社です。ファンタジーや若年層向けフィクションに注力し、多様性や包摂性といった現代的テーマにも積極的に取り組んでいます。ギリシャ神話の幻獣キメラ(Khimaira)をシンボルにした文芸誌『Khimairal Ink Magazine』を2005年から2011年まで刊行。2015年には詩や短編、ノヴェラに特化したインプリント「GusGus Press」も立ち上げ、個性的な文学の発信を続けています。
- Stone Bridge Pressは日本関連書籍を多く扱っており、並べられた書籍の中には太宰治の『人間失格』や、
日本のマンガを開設しながらその文化や慣習について解説する書籍もありました。現在米国で人気の高いライトノベルなど、サブカルチャー系書籍の扱いは少ないようでしたが、一般的な英語読者層に向けた日本の文化をより詳細に解説するノンフィクションが多かったです。今回の短い対話の中でも、翻訳出版に関しては抵抗感がなく、今後の接点が期待されます。
執筆支援・ライターズグループ
執筆者を支援する各種団体も今回のフェスティバルに参加していました。特に印象に残ったのは以下の4団体です:
- Society of Children's Book Writers and Illustrators (SCBWI):児童書に特化した作家・イラストレーターの国際的なネットワーク。定期的に大規模な国際カンファレンスを開催しています。加えて、プロ向けから初心者向けまで幅広いイベントも行っています。
- Mystery Writers of America:ミステリージャンルを支える執筆者たちの非営利団体です。
エドガー賞の授与やカンファレンスの開催、奨学金・教育プログラムの提供などを通じて、犯罪文学の評価向上と作家支援を目的としています。会員は世界中から参加でき、地域ごとのチャプターを通じて交流や学びの機会を提供しています。
- California Writers Club(CWC)/South Bay Writers Club:California Writers Club(CWC)は1909年創設の、アメリカでも最も歴史ある作家団体のひとつです。モットーは「Writers Helping Writers(作家が作家を支援する)」。月例会やセミナー、ワークショップ、執筆コンテスト、年次アンソロジー発行などを通じて、あらゆるジャンルや経験レベルの作家に教育と交流の機会を提供しています。今回はそのサンノゼ支部である、South Bay Writers Clubもブースを設けていました。サンノゼを中心に活動する地元ライターの会で、プロ・アマ、ジャンルを問わず草の根的な創作活動を支援。
- Left Margin LIT Writers' Workspace:バークレーにあるクリエイティブライティングセンターおよびワークスペース。初心者から経験者まで、真剣に学びたい人々のための実践的な学びの場を重視し、執筆ワークショップやマンツーマン指導、対面・オンラインでのクラスやプログラムを提供しています。さまざまな執筆目的に寄り添いながらサポートを行っています。
こうした団体の活動内容は、日本のライターズグループや翻訳者ネットワークにも応用可能な要素が多く、今後の協業やリサーチにも活かせる発見がありました。
柴田きえ美 カリフォルニア在住。2017年1月からバベル翻訳大学院生として法律翻訳を勉強中。これまでに4冊の翻訳出版に参加。JTA 公認リーガル翻訳能力検定試験2級を取得し、フリーランスで翻訳をしながら課題にも取り組む。
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