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2025年3月7日 第359号 World News Insight (Alumni編集室改め)                                                    翻訳賞の行方                                    バベル翻訳専門職大学院 副学長 堀田都茂樹

 近年、世界各国で翻訳文学が再評価され、それに伴い翻訳賞の数も増加しています。翻訳文化の発展は、単なる言語の変換を超え、異文化間の架け橋としての役割を果たしています。特に出版市場の国際化が進む中で、優れた翻訳を称える賞が設立され、翻訳者の重要性が高まっています。本稿では、最近の翻訳賞の動向と、それらの審査基準における原作と翻訳の評価のバランスについて考察します。

世界の翻訳賞の現状
 翻訳文学への関心の高まりを受け、各国で新たな翻訳賞が誕生しています。その中でも特に注目される賞として、以下のようなものが挙げられます。

・グレイトブリテン・ササカワ財団翻訳賞(The Great Britain Sasakawa Foundation Translation Prize)
2022年に英国で設立されたこの賞は、日本文学の英訳作品を対象とし、翻訳の表現力や文化的伝達の精度を重視して選考が行われます。
・日本推理作家協会 翻訳部門賞
2025年に新設予定のこの賞は、ミステリー作品の翻訳を対象とし、優れた翻訳者の努力を評価することを目的としています。
・国際ブッカー賞(The International Booker Prize)
世界的に権威のある文学賞であり、原作の文学的価値だけでなく、その翻訳が原作の魅力をどれだけ忠実に伝えているかも評価の大きなポイントとなっています。

 このように、翻訳文学を対象とした賞が増加していることは、翻訳の質が読者にとって重要視される時代に入ったことを示しています。ちなみに、わが社、51周年を迎える、バベルでは30余年前から、約20年に亘り、翻訳の新人賞【翻訳奨励賞】を日本、韓国、米国で行い。国際翻訳賞も同時に開催しておりましたので、この分野の先駆けでした。

翻訳賞の審査基準
 翻訳賞の審査では、原作と翻訳の両方が評価されますが、そのウエイトは賞によって異なります。一般的な傾向として、原作の文学的価値が一定以上であることが前提とされ、その上で翻訳の質が問われるケースが多くなっています。

原作の評価
 原作のテーマ性、文学的価値、社会的影響力などが審査の対象となります。ただし、翻訳賞の場合、原作の評価はあくまで翻訳の質を評価するための前提であり、純粋な文学賞ほど原作の内容が直接的に影響を及ぼすわけではありません。

翻訳の評価
 翻訳の完成度は、以下の観点から評価されることが多いです。

・原作のニュアンスやスタイルを正確に再現しているか
・文化的背景や歴史的文脈を適切に伝えているか
・翻訳としての自然な表現力が備わっているか
・読者にとって分かりやすく、魅力的な文章になっているか
これらの要素を総合的に判断し、翻訳者の技術や解釈力が評価されます。

翻訳者の役割と翻訳の行方
 翻訳は単なる言語の置き換えではなく、文化的背景や文脈を考慮しながら意味を伝える作業である。そのため、翻訳者の役割は非常に重要であり、原典の著者と翻訳者の関係性によっても、訳文の質や方向性が大きく変わることがある。

 特に、原典の著者自身が翻訳を行うケースについて考えてみると、それがどの程度一般的なのか、またその特徴についても興味深い点がある。歴史的に見ても、著者自身が別の言語に翻訳する例は存在するが、それほど多くはない。例えば、ウラジーミル・ナボコフは自身の代表作『ロリータ』を英語からロシア語へ翻訳した。また、サミュエル・ベケットも自身の作品を英語とフランス語の間で翻訳した例がある。

 著者自身が翻訳を行うことの利点として、原文の意図を最も忠実に再現できる点が挙げられる。しかし、逆に翻訳者が第三者である場合、原文に対して客観的な視点を持ち、異なる文化圏の読者に適した表現を選択できる可能性がある。翻訳の行方は、こうした要素によっても左右される。

翻訳賞が果たす役割と今後の展望
 翻訳賞の増加は、翻訳文学が単なる「原作の二次的存在」ではなく、独立した文化的価値を持つものとして認識されるようになったことを示しています。また、翻訳者の表現力や創造性が重要視されることで、翻訳の質も向上し、より多様な文学作品が異なる言語圏で楽しまれるようになっています。

今後の展望としては、
・より多様なジャンルや言語の作品が翻訳賞の対象となる

・AI翻訳の発展により、翻訳者の役割が変化する可能性

・翻訳賞が国際的な文学交流を促進する場として機能する

 特に、AI翻訳の進化が進む中で、人間の翻訳者が持つ「創造的な解釈力」や「文化的知識」の価値が再認識されることが期待されます。また、今後、原典の著者が翻訳を手掛ける機会が増えるのか、それとも翻訳者の役割がより専門的になるのか、その行方にも注目が集まります。

まとめ
 翻訳賞の拡充は、翻訳文学の重要性が高まっていることを反映しています。審査においては、原作の評価も重要ではありますが、最終的には翻訳者が原作の魅力をどれだけ忠実かつ効果的に伝えているかが最も重視されます。翻訳の質を高め、異文化間の交流を促進するためにも、今後の翻訳賞の動向に注目が集まることでしょう。

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