東アジア・ニュースレター
海外メディアからみた東アジアと日本
第169 回
中国人民銀行がよりオーソドックスな金融政策へ移行しようと計画している。メデイアは、それが不良債権の発生やグローバル産業に混乱をもたらした過剰生産能力の抑制につながるとして歴史的な転換と評する。しかし、政府は依然としてこうした部門に資金を回したいと考えているために人民銀行は実施に苦慮しているとも伝える。
台湾の頼清徳総統と中国の習近平主席が新年の演説で丁々発止のやり取りをみせた。習近平主席は演説でまず台湾問題に言及し、台湾「統一」は誰も阻止できないと主張。これに対し、頼総統は権威主義的な国々からの脅威が大きければ大きいほど民主主義国家は団結すべきだと強調した。
韓国が戒厳令騒動で不安定さを増している。尹大統領を拘束しようとする捜査当局と同大統領の警護官が対峙するという異例の事態に陥り、メディアは米国にとって中国や北朝鮮に対する効果的な防衛のみならずウクライナ支援能力も妨げられていると警告する。日本としても容易ならざる事態となった。
北朝鮮ハッカーによる昨年の窃盗総額は13億ドルと世界の暗号資産ハッキングの3分の2を占めた。国連専門家委員会はミサイルや核開発計画の資金源になっており、米政府は同ミサイル計画の3分の1が賄われていると推定する。ただし、アナリストはロシアからの支援を受けるにつれ同犯罪への依存度が低くなっていると指摘する。
東南アジア関係では、マレーシアとシンガポールがマレーシアのジョホールに経済特区を設けることに合意した。ただし両国が長年抱える領空、水域、海洋境界線の画定などの複雑な問題の解決にはさらに時間が必要だとメディアは伝える。今月、日本の石破首相がマレーシアを訪問し、関係強化の動きがみられている。
長年インドからH-1Bビザによって何十万人もの高スキルの労働者がアメリカで働き、2023年にはH-1B労働者全体の70%以上を占めるに至った。こうしたインド人高スキル労働者の存在が米国内にH-1Bプログラム論争を引き起こし、それがインドにおいて「人種差別的」だとする非難を喚起している。
主要紙社説・論説欄では2024年の回顧と新年の展望をテーマとして取り上げた。民主主義と権威主義の両陣営がともに結束が試されている。
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北東アジア
中 国
☆ 政策の見直しを検討する人民銀行
経済への圧力が高まるなか、中央銀行である中国人民銀行が政策の見直しを計画していると、1月3日付フィナンシャル・タイムズ(FT)が報じる。記事によれば、人民銀行は米国連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)と歩調を合わせるためオーソドックスな金融政策へと歴史的な転換を図るとみられている。FT紙へのコメントで、人民銀行は2025年に現在の1.5%から「適切な時期に」金利を引き下げる可能性が高いと述べた。また、「金利調整の役割」を優先し、融資の伸びに対する「量的目標」から脱却することで中国の金融政策の転換を図ると付け加えた。FRBなどほとんどの中央銀行は、政策変数はベンチマーク金利のみでそれを使って信用需要や経済活動に影響を与える。これとは対照的に人民銀行はさまざまな金利を設定するだけでなく、銀行が融資残高をどの程度拡大すべきかについて非公式なガイダンスも行っている。このような指導は製造業、テクノロジー、不動産などの高成長セクターへの融資を誘導するため数十年にわたり経済管理における最も重要な手段であったが、人民銀行(PBoC)の関係者は今こそ改革が急務であると考えている。モルガン・スタンレー・香港のチーフ中国金融アナリスト、リチャード・シュー氏は、「金利改革が2025年のPBoCの真の焦点になるだろう。中国の経済発展は、(銀行の融資残高の)市場規模の拡大のみに焦点を当てた考え方から、早急に転換する必要がある。」と語る。
長引く不動産市場の低迷により信用需要は崩壊している。人民銀行はまた、信用の拡大目標がリスクを考慮しない無差別融資につながることを懸念している。同行は「質の高い発展の要求に合わせ、これらの量的目標は近年段階的に縮小されている。金利コントロールの役割にもっと注意を払い、市場志向の金利の形成と伝達を改善する」と述べる。昨年、人民銀行は体制変更の一環として主要な政策手段をこれまで依存してきた政策金利ではなく、7日物リバースレポ金利とすることを明らかにした。信用成長率に重点を置く目標を後退させれば中国国内で不良債権を生み出し、鉄鋼などのグローバル産業に混乱をもたらした過剰生産能力の横行を抑制できるだろう。しかし、人民銀行は金利シフトの実施に苦慮している。というのも、政府はハイテクや製造業に資金を回したいと考えているからだ。政策の構造改革を行おうとしても中央銀行は中国経済のリフレッシュに迫られている。
2024年、コロナ感染症の大流行以来最も積極的な景気刺激策の一環として中央銀行は7日物金利を2回、住宅ローン価格に影響する5年物金利を3回引き下げた。この動きは、習近平国家主席が不動産セクターのトラブルや米国との貿易摩擦にもかかわらず、5%の経済成長を達成するという公約を掲げた中で行われた。出席者によると、人民銀行の潘功勝総裁とその前任者である李剛氏、周小川氏は、最近の中国最大手銀行の幹部との会合でリスクに応じたローンの価格設定を推し進めたという。会議に出席した銀行関係者は、市場が人民銀行からのガイダンスに慣れているため、長期ローンの価格設定に混乱が生じる可能性があると警告し、新システムに移行することの難しさを強調した。海外の投資家にとっては、これが成功すれば中国の金融政策は米欧日で慣れ親しんでいるシステムに似てくることになる。
以上のように、人民銀行はこれまで金利政策以外に市中銀行の融資残高などに対する直接的なガイダンスを行ってきたが、今後はFRBやECBと歩調を合わせるべく、よりオーソドックスな金融政策へ移行しようとしていると記事は伝え、これを歴史的な転換と評している。そうした試みが不良債権の発生や鉄鋼などのグローバル産業に混乱をもたらした過剰生産能力の抑制につながるからである。しかし、ハイテクや製造業の育成に関心の深い政府は依然としてこうした部門に資金を回したいと考えているようであり、人民銀行は政策転換の実施に苦慮しているとも伝える。こうした試みが成功すれば、中国の金融政策は米欧日で慣れ親しんでいるシステムに似てくることになるとされるが、党や政府の方針もあり、成功の可能性は予断を許さないと思われる。動向を注視していきたい。
台 湾
☆ 新年の演説で渡り合う総統と主席
12月31日、中国の習近平国家主席は国営の中国中央テレビ(CCTV)を通じて新年に向けた演説を行ったと同日付ロイター通信が伝える。同報道によれば、習近平国家主席は演説で、台湾との「統一」を誰も阻止できないと述べ、台湾内外の独立派と見なす勢力に対して明確な警告を発した。台湾付近での軍事的圧力を強める中国はこの1年、軍艦や軍用機を台湾周辺の海域や空域にほぼ毎日展開した。台湾当局者は、これを中国の軍事的プレゼンスを「正常化」するための行動とみている。中国は民主的に統治されている台湾を自国の領土とみなしている。
一方台湾は、将来を決めることができるのは台湾の人民で中国は台湾の選択を尊重すべきだと主張している。習氏はテレビ演説で「台湾海峡両岸の人々は一つの家族だ。誰も家族の絆を断ち切ることはできず、統一という歴史的な流れを止めることはできない」と述べた。「分離主義者」と中国がみなす頼清徳氏が5月に台湾の総統に就任して以来、緊張状態が一層高まっている。12月には、頼氏が太平洋諸国を歴訪する際に米ハワイや米領グアムに立ち寄ったことを受け、中国は台湾周辺および東シナ海、南シナ海に海軍を大きく展開した。台湾周辺で今年2度実施した軍事演習について、中国は独立・分離主義活動を封じ込めるための措置で、必要であればより強力な措置を取ると言明している。
他方、台湾の頼清徳総統も1日の記者会見で次のように語ったと2日付ロイター通信が伝える。台湾は中国と対等で尊厳があり、健全で秩序ある交流を歓迎すると述べた。ただ、中国は観光のような複雑でないことも妨害しているとし、友好の意思があるのかと疑問を呈した。中国は頼総統を分離独立派と見なし、対話を拒否している。頼総統は、中国は自国の観光客の台湾への訪問や留学を制限し、正常な交流を妨げていると指摘した上で「しかし、これだけは強調したい。台湾は互恵と尊厳の原則の下、中国と健全で秩序ある交流を望んでいる」。中国人は米国や日本などには自由に旅行できるのに台湾は規制があるのはなぜか、ジャーナリストは中国に尋ねるべきだとした。これは本当に台湾に対し好意を示しているのか、全ての人を平等に扱えないのか」と語った。
習近平国家主席は新年に向けた演説で、台湾との「統一」を誰も阻止できないと述べたが、頼総統は権威主義的な国々からの脅威が大きければ大きいほど、民主主義国家は団結すべきだとし、インド太平洋で中国とロシアの軍隊が共に活動していることを指摘した。民主主義国家間の協力は、防衛と安全保障、そして「民主主義のサプライチェーン」を強化するために必要だとし、「それが適切に行われなければ、全ての国の経済や産業、そして民主主義国家の人々の生活に影響を与えるだろう。「新年には、民主主義諸国がさらに団結し、平和、民主主義、繁栄の目的を達成できることを心から願う」と述べた。
以上のように、習近平主席は新年に向けた演説でまず台湾問題に言及した。習主席は9月30日の国慶節(建国記念日)を翌日に控えた建国75年の祝賀行事で演説し、台湾統一への決意を強調しており、同主席の念頭に台湾問題が大きな比重を占めていることを示す証左として注目される。因みに国営新華社通信によると、習氏は祝賀行事での演説でも「祖国の完全統一」を不可逆的な流れと位置付け、正しい大義、人民共通の願いでもあると主張。歴史の進行を止めることはだれにもできないと強調している。
韓 国
☆ 米国の同盟構築を損なう政局の混乱
バイデン米大統領は4年間、世界的に影響力を強める中国を封じ込めるため韓国を重要なパートナーとしてきた。しかし、先月、尹錫悦大統領が戒厳令を発令しようとして失敗したことを受け、自国の民主的安定を損なった尹大統領にバイデン大統領が大きな信頼を寄せていたことが正しかったのかどうか、政府関係者やアナリストが疑問を投げかけていると1月6日付ワシントン・ポストが伝える。記事によれば、アントニー・ブリンケン国務長官は月曜日、抗議と分裂に揺れる韓国の首都で米外交官としての最後の視察を開始した。ブリンケンは韓国の高官たちを訪ねたが、首都で時間ごとに展開される出来事や逮捕の試みに抵抗して大統領官邸に立てこもった尹氏の運命をめぐる疑問を考えると、米国の緊密な同盟国への異例の訪問となった。
歴史的、地理的、政治的な理由から、韓国は何世代にもわたってこの地域における米国の重要なパートナーであった。しかし韓国は過去数十年で最悪の政治危機に直面している。それは12月3日、尹氏が40年以上ぶりに戒厳令を敷くという驚くべき決定を下し、その数時間後にそれを撤回したことから始まった。バイデン氏は尹大統領に大きく賭け、2023年にはワシントンで仲睦まじい晩餐会を催し、3月にソウルで開催された第3回民主化サミットのホストに任命した。これに対しブリンケン国務長官は韓国の趙泰烈(チョ・テヨル)外相との会談後に「民主主義国家が他のシステムと異なるのは、内部的な課題も含め問題にどう対応するかということだ」と記者団に語り、尹大統領の行動について「深刻な懸念」があると付け加えた。
尹氏は保守的な指導者で、韓国の歴史的ライバルである日本との提携に異例の寛容さを示したことにより、米政府は中国と北朝鮮に対抗する3か国の取り組みを構築するチャンスを得た。しかし、その努力は今、混沌としてきた。尹氏は先月、戒厳令を発令する前にバイデン政権に何の警告も与えず、その後の逮捕への抵抗によって、ドナルド・トランプ次期大統領の新たな動きに備える韓国は不安定を増している。ワシントンに拠点を置くスティムソン・センターの韓国プログラム・ディレクターであるジェニー・タウン氏は、「この同盟は信じられないほど回復力があったが、今はこれまでにないユニークなケースに遭遇しており、どのような結末を迎えるのか、問題だらけだ」と語る。
最近の世論調査によれば、逮捕に抵抗して以来、尹氏の人気は高まっているとのことである。同氏の運命と韓国の指導者が変わる可能性という問題が提起されていることは、米政府がソウルで予測不可能な相手に直面していることを意味する。ブリンケン長官は月曜日、韓国の記者たちから珍しく鋭い質問を受けた。そのうちの一人は、バイデン政権が世界情勢を独裁国家と民主主義国家の対立に見立てておきながら、なぜ同盟国に民主主義の原則を尊重するよう説得する「十分な強さがなかった」のかを知りたいと迫った。ブリンケン氏は、ユン大統領が日本にあまり好意的でないライバルに政権を奪われる可能性は常に認識していたが、かつての軍事独裁政権を彷彿とさせるような戒厳令を短期間で発令するとは予想していなかったと述べている。
12月14日、尹大統領は戒厳令を宣言したことを理由に弾劾された。憲法裁判所は、米大統領弾劾手続きにおける上院と同様の役割を担っており、今後、弾劾を支持して罷免するかどうかを決定する。尹氏はまた、刑事捜査を受けており逮捕される可能性もある。このようなシナリオに直面する初の韓国大統領である。トランプ次期大統領の新たな動きに備える韓国は不安定を増している。今はこれまでにないユニークなケースに遭遇しており、どのような結末を迎えるのか問題だらけだ」と語る。先週、尹大統領の警護官たちは5時間以上にわたって捜査当局と対峙し、最終的に捜査当局は尹大統領の拘束を中断せざるを得なくなった。趙外相はブリンケン長官とともに演説し、世界における韓国の地位に関する懸念を一蹴した。「拡大鏡なしで脆弱性だけに焦点を当てれば、あるいは韓国の将来に不安を感じるかもしれないが、国際社会は復元力に注目していると私は信じている」と述べた。
ソウルを覆っている機能不全は、米政府が中国や北朝鮮に対して効果的な防衛を行うだけでなく、ウクライナを支援する能力も妨げている。尹氏は、ウクライナが必要としている砲弾を間接的に支援するために自国に備蓄されている砲弾を送ることを望んでいた。他方、北朝鮮は数万の軍隊を派遣し、ロシアを支援している。こうした世界の舞台で緊急の課題があるにもかかわらず、韓国で深まる指導者の危機は何カ月も続くと予想される。月曜日にブリンケン長官も面会した崔相黙(チェ・サンモク)大統領代行は、尹大統領の弾劾後、2人目の暫定指導者となった。当初、尹大統領の後を引き継いだ韓悳洙(ハン・ドクス)首相は、尹氏の弾劾手続きを継続するために必要な憲法裁判所の司法人事を引き延ばしているという野党の批判を受け、12月27日に弾劾された。崔氏は大統領代行、副首相、財務相を含む4つの指導的地位に就いているが、その一方で韓国の通貨ウォンは約16年ぶりの安値水準まで急落し、政府は世界で最も深刻な航空事故の一つへの対応にも追われている。崔氏は月曜日に予定されるブリンケン氏との会談に先立ち、韓国を含む防衛協定に懐疑的なトランプ政権に移行する米政府に対する韓国側の準備が整っているかどうかを評議するため政府高官との会合を開いた。聯合ニュースによると、崔氏は自国の不安定化がトランプ政権との協力態勢を妨げていることを認めた。
この間、北朝鮮は月曜日に東海岸沖で弾道ミサイルを発射したと韓国軍が発表した。これは北朝鮮にとって今年初で2ヶ月ぶりの弾道ミサイル発射実験であり、韓国での指導者不在が長引く朝鮮半島の不安定な安全保障環境に注意を喚起する事件となった。尹氏の支持者たちは、1月20日のトランプ大統領就任式を見据えており、権力にしがみつこうとする尹氏の努力と、4年前にトランプ氏が敗れた選挙結果を否定する戦略を一致させようとしている。尹支持派の集会では、抗議者たちが「Stop the Steal (盗みを止めろ)」という英語の看板を振り、トランプ氏が自分たちの側に結集してくれることを期待していると語った。一方、尹氏批判派の中には、米政府が尹大統領の行動をほとんど批判していないことに不満を示す者もいる。ソウルにある韓国外国語大学のメイソン・リチー教授(国際関係論)は、「バイデン政権と相思相愛の関係にあるとはいえ、その米国の同盟国が完全に道を踏み外したという事実に対して、私たちはバイデン政権からあまり反発を受けていない。しかし、その事実はバイデン政権が発足して以来、同盟にとって非常に重要であったと彼らが言う、一連のリベラルな価値観に基づくはずの同盟の土台を損なうことになる」とリチー教授は指摘する。
以上のように、尹大統領の戒厳令騒動で韓国は大きく揺れている。本来であれば、トランプ次期大統領の新たな動きに備えなければならない状態のなか、韓国は不安定さを増している。記事は、それにより米韓同盟もこれまでにないユニークな状況に遭遇し、どのような結末を迎えるのか問題だらけだと報じる。また尹大統領を拘束しようとする捜査当局と同大統領の警護官が対峙するという異例の事態に陥っている。米国にとっては、中国や北朝鮮に対して効果的な防衛を行うことだけでなく、ウクライナを支援する能力も妨げられている。日本としても容易ならざる事態となった。
北 朝 鮮
☆ 急増する暗号資産の窃盗
北朝鮮系ハッカーによる暗号資産の窃盗が2024年に急増し、13億ドルに達したと12月19日付フィナンシャル・タイムズが報じる。記事によれば、北朝鮮系グループによる2024年の暗号資産ハッキング額は13億4,000万ドルと過去最高レベルに達し、北朝鮮にとってこの収入源が重要であることを裏付けている。
在ニューヨークのブロックチェーン研究グループであるChainalysis (チェイナリシス)のデータによると、2024年に47件発生した北朝鮮系グループによる窃盗の総額は、昨年の2倍以上となり、世界における暗号通貨ハッキングの3分の2を占めた。米国当局によれば、北朝鮮の工作員は近年、「世界有数の銀行強盗」として頭角を現している。西側の金融機関をターゲットに数十年にわたって高度な訓練を行ってハッカー軍団を育成してきたのだ。国際制裁の履行を監視する国連の専門家委員会は、北朝鮮がサイバー犯罪によって集めた資金を不正な弾道ミサイルや核開発計画の資金源にしていると指摘している。米国は北朝鮮のミサイル計画の3分の1がサイバー犯罪によって賄われていると推定している。北朝鮮は長い間、大量破壊兵器と弾道ミサイル計画を支援するために国際的な制裁を逃れようとしてきた。歴史的に北朝鮮は船積み戦術、海外労働者、ペーパーカンパニーの利用など、さまざまな手法でこれを行ってきた。暗号通貨を盗むことは、体制に資金を供給するための彼らのツールキットのもうひとつの仕組みになっている。北朝鮮ハッカーによる大胆な窃盗事件の中には、5月に日本の暗号取引所DMM Bitcoinから3億500万ドル相当の4,500ビットコインが盗まれた例がある。Chainalysisは、最終的にカンボジアの暗号取引所に行き着くまでに盗まれたビットコインの多くを仲介者の網を通して追跡した。DMM Bitcoinは今月、ハッキング後に閉鎖し、顧客の口座を他の取引所に移すと発表した。
Chainalysisのデータによると、2024年の世界における暗号資産窃盗総額は21%増の22億ドルに達し、記録されたハッキングの数は303件と過去最高を記録した。11月のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利したことで、ビットコインが10万ドル以上に高騰している。しかし、Chainalysisのデータによると、北朝鮮の指導者である金正恩とロシアのウラジーミル・プーチンが6月に戦略的パートナーシップに署名し、両国間の貿易と軍事的なつながりを深めた後、北朝鮮のハッキング活動は今年後半に鈍化した。この合意により、北朝鮮軍はウクライナでロシア軍とともに戦うことになった。アナリストたちは、北朝鮮がロシアからより多くの支援を受けるにつれサイバー犯罪への依存度が低くなっていると指摘している。協定が結ばれて以来、北朝鮮グループに起因する1日平均の暗号資産の損失額は半減したが、北朝鮮と関係のない損失はわずかに増加している。Chainalysisのフィアマン氏は、「今年後半、北朝鮮はサイバー犯罪への依存度を下げている可能性がある」と語る。
以上のように、北朝鮮系グループのハッキングによる2024年の窃盗総額は、昨年の2倍以上となり世界における暗号通貨ハッキングの3分の2を占めた。国連の専門家委員会は、北朝鮮はサイバー犯罪によって集めた資金を不正な弾道ミサイルや核開発計画の資金源にしていると指摘し、米政府は北朝鮮のミサイル計画の3分の1がサイバー犯罪によって賄われていると推定している。ただしアナリストらは北朝鮮がロシアからの支援を受けるにつれ、今年後半以降、そのハッキング活動が鈍化しサイバー犯罪への依存度が低くなっていると指摘していることに注目したい。
東南アジアほか
マレーシア
☆ 関係強化に向かうマレーシアとシンガポール
1月7日、シンガポールとマレーシアはマレーシア・ジョホール州とシンガポール間の経済連携強化を目的として越境経済特区の設立に合意した。これに関連してシンガポールの有力紙ザ・ストレーツ・タイムズは、1月8日付の「シンガポールとマレーシアの二国間問題、一定の進展も解決にはなお時間が必要」と題する記事で、1月7日、シンガポールのローレンス・ウォン首相とマレーシアのアンワル・イブラヒム首相がジョホール・シンガポール経済特区に関する合意書を取り交わしたと報じる。
記事によれば、今年は両国の外交関係樹立60周年にあたり、両氏はジョホール・シンガポール経済特区(JS-SEZ)に関する合意書の交換に立ち会い、教育、エネルギー、共有遺産などの分野での協力を約束した。ウォン首相にとっては、この訪問が2024年5月の首相就任以来、初めての息抜きの外遊となった。ただしローレンス・ウォン首相はシンガポールとマレーシア間の複雑な問題については進展が見られるが、これらの解決には双方ともにさらなる時間を必要としていると語った。ウォン首相は、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相との共同記者会見で第11回マレーシア・シンガポール首脳会議が終了したことを受け、「未解決の問題には、領空、水域、海洋境界線の画定が含まれる」と述べた。
未解決の二国間問題について、ウォン首相は両国は誠意をもって、また良き隣人として関与し続け、それらが全体的な関係を「決して」損なわないようにすると述べた。これらの問題の現状について尋ねられたウォン首相は、2024年6月の初めての訪問以来、関係者が会合を開いて議論してきたと述べた。「私たちは迅速な解決を望んでいますが関係者が会って話をし、お互いの立場を理解する時間を設けることも重要だと思います」と付け加えた。ダトゥク・スリ・アンワル氏は、これらの問題の最終的な解決は「ウィンウィンのような立場」であるべきだと述べた。これらの問題は過去数十年にわたり続いてきたが、「今後数十年が来るのを待つべきだとは思わない」と彼は付け加えた。両首脳は四半期ごとに短い会合を開き、これらの問題を検討し、それぞれの技術専門家に迅速に対処するよう求めることで合意しているとアンワル氏は述べた。ウォン首相は、アンワル氏と2024年6月以来、地域や多国間のフォーラムを含め、何度も会談してきたと述べた。「私たちは非常に強い理解、友情、信頼の上に築かれた関係を築いており、それが私たちの二国間関係も支えている。従って今回の外遊は、私たちの友好関係をさらに強化するための有益な機会となる」と語った。
なお、昨年12月24日付ブルームバーグによれば、就任から2年が経過したマレーシアのアンワル首相の支持率が54%に上昇している。これは投資誘致策が評価されたもので23日発表のムルデカ・センターによる最新世論調査で明らかになった。アンワル氏の支持率は、就任1年後の昨年記録した50%を上回った。有権者は投資誘致や行政サービス改善での同氏の実績に「おおむね満足」しているが、経済強化の取り組みには「まちまちの評価」だった。「ポジティブな評価とネガティブな評価の差が小さいのは、生活費が圧迫される根強い不安や、今後予定される補助金削減への懸念の影響が大きい」とムルデカ・センターは分析した。回答者の約65%が、同国が直面する最大の問題として経済を挙げた。アンワル首相が賃上げと生計費の押し下げ、財政赤字への対応といった課題に同時に対処せざるを得ない困難な状況が浮き彫りになった。
以上のように、シンガポールとマレーシアがマレーシアのジョホールに経済特区を設けることに合意した。ただし記事は、両国は長年、領空、水域、海洋境界線の画定などで問題を抱えているが、こうした複雑な問題については進展が見られるものの、その解決には双方ともにさらなる時間を必要としていると伝える。両首脳は、四半期ごとに短い会合を開きこれらの問題を検討し、それぞれの技術専門家に迅速に対処するよう求めることで合意しているとも報じられており、今後の動きを注視したい。なお日本の石破首相が今月10日にマレーシアを訪問し、アンワル首相と会談、海洋進出を強める中国を念頭に東南シナ海情勢などについて意見交換し、緊密な意思疎通を続けることを確認したと報じられている。今後の日本・マレーシア関係の進展についても注目したい。
インド
☆ 「人種差別的」な米国の熟練労働者ビザ
現在、米国内で反移民を掲げる「MAGA (米国を再び偉大に)」派とグローバル化推進派との間で、熟練テック労働者などの米国での就業を認めるH-1Bビザをめぐる論争が起きている。シリコンバレーのテック各社などはH1Bビザを活用し恩恵を受けているが、MAGA支持派は外国人労働者の優遇につながり、テック労働者の賃金が抑えられかねないことからその利用削減を求めている。この「争い」をインドは「人種差別的」だと非難していると1月7日付ワシントン・ポストが伝える。記事は、H-1Bのトップ受給者であるインド人は、このプログラムに対する米国の極右勢力の批判に憤慨していると概略以下のように報じる。
ここ数日、ドナルド・トランプ次期大統領支持者の間でH-1Bビザをめぐる「内戦」が起きており、米国に熟練労働者を多く送り出しているインドで、コメンテーターから鋭い反応と共に人種差別の批判が巻き起こっている。新聞のコラムやソーシャルメディアへの投稿は、ローラ・ルーマーなど米国の極右活動家によるビザプログラムへの批判を受け、米国のハイテク産業で働く合法的なインド人労働者に対する「人種差別的」な反発が起きていると非難した。『ヒンドゥスタン・タイムズ』紙は「インド系アメリカ人の権力、富、知名度が向上しているため、移民排斥主義者が在米インド人・コミュニティに怒りを向けるのは必然だったのかもしれない。ルーマーとその一派がやったことは、この反インドの人種差別への門戸を開いたことだ」と記している。
同じくインド紙でバンガロールなどインド南部のハイテク拠点で発行されているデカン・ヘラルド紙は土曜版の社説で、米国経済への外国からの貢献を認めないトランプ支持者を非難した。「皮肉なことに、かつてアメリカを偉大にしたのはアメリカで働く外国人の才能であったことに気づくことなく、極右主義者はアメリカを偉大にしようという呼びかけに応えている。H-1Bビザはその象徴であり、ツールなのだ」と報じている。またタイムズ・オブ・インディア紙とヒンドゥスタン・タイムズ紙は、見出しでこの議論を「きわめて厄介な問題」、「インド人に対する人種差別の新たな章」と呼び、両国関係に長期的な影響を及ぼすと警告した。デジタルのニュースサイトは「人種差別の爆発」を「アメリカの腐敗した政治」のせいだと、もっとあからさまに非難した。
何十年もの間、H-1Bプログラムによって、インドから何十万人ものコンピューター・プログラマーやその他の高スキル労働者が一時的にアメリカで働くことが許されてきた。米国移民局のデータによると、2023年にはインド人がH-1B労働者全体の70%以上を占めるようになった。批評家たちは、このプログラムは最高度の技術者を集めるという本来の目的を果たせず、主にハイテク企業が海外からの低賃金労働者を優先するために利用されていると言う。トランプ大統領の顧問であるイーロン・マスク氏は、自身の会社でこのプログラムを多用しており、米国は十分な熟練技術労働者を輩出していないと主張している。この問題は、バーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出)のような長年トランプ大統領に反対してきた人々にも共感を呼び、彼は先週、「広範な企業によるプログラムの乱用」に怒りを示した。
Xのインド人コメンテーターは、米国の科学、技術、工学、数学の卒業生不足を嘲笑することで反応した。何人かは、アメリカ経済を丹念に分析し、米国がいかに労働力を輸入し続ける必要があるかを示した。インド外務省のスポークスマンは3日のニュースブリーフィングで、「インドと米国の経済関係は、熟練した専門家によって提供される技術的専門知識から多くの利益を得ており、双方はそれぞれの強みと競争力を活用している」と述べた。インド政府は、熟練労働者の輸出を愛国的な問題としてとらえ、国際舞台でインドの力を高める源泉として描いてきた。ただし、かつてのインドの指導者たちは、この流出を頭脳流出と嘆いていた。ナレンドラ・モディ首相は、ジョー・バイデン大統領との複数回の会談でH-1B労働者の大義を自ら取り上げた。
トランプ次期大統領がH-1Bプログラム支持を表明したことで、この論争自体が短期的に米印関係に大きな摩擦を引き起こすことはないだろう。しかし、米印両国におけるそれぞれの政権の筋金入りの支持者の間で好戦的な傾向が強まっていることや、移民問題などの複雑な問題に関する議論においてニュアンスの余地が狭まっていることが明らかになった。
ニューデリーを拠点とする独立系ジャーナリストで、H-1Bプログラムに関する近刊『ワイルド・ワイルド・イースト』の著者であるタヌル・タクールは、この問題についてのメディアの報道が「嘆かわしいほどひどい」と憤慨している。同氏は、これは市民権の問題ではなく経済の問題だと主張している。曰く、「私は褐色の男で2年間H-1B労働者だった。このビザ制度は、職を失うアメリカ人技術労働者と、合法的な永住権(グリーンカード)を得るという希望にしがみつきながら何年も比較的低賃金の罠にはまったままのインド人H-1Bビザ保持者の双方に害を与えていると述べた。彼は、2000年代後半までは頭脳流出について声高に論じていたインドの主要ニュースメディアが、そのナショナリスト的なスタンスゆえに問題の真相に迫れていないと非難する。「H-1Bに関する大新聞やテレビ局の報道はすべてインドのITの実力というイメージに大きく関係している。しかし、多くの物語がそうであるようにそれは自己欺瞞に陥っている。」
以上のように、長年H-1Bプログラムによって何十万人ものコンピューター・プログラマーやその他の高スキルのインド人労働者がアメリカで働き、その数が2023年にはH-1B労働者全体の70%以上を占めるに至った。こうしたインド人高スキル労働者の存在が米国内にH-1Bプログラム論争を引き起こし、それがインドにおいて「人種差別的」だとする非難を喚起している。ハイテク企業による低賃金海外労働者の採用に利用されているという批判や、それにトランプ次期米大統領の顧問であるイーロン・マスク氏が絡んでいるという事情もあり、米国内の状況は複雑と言えるが米印関係への影響という観点からも目が離せない問題となっている。
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主要紙の社説・論説から
2024年の回顧と新年の展望―結束が試される民主主義と権威主義の両陣営
選挙の年であり、戦乱と異常気象そして災害の年であった2024年が過ぎ、波乱と激動が続くと予感される新年が始まった。そうした去年と今年の動向について、12月19日付エコノミスト誌の「What to make of 2024 (2024年をどう捉えるか)」と題する社説、及びトランプ氏を「今年(2024年)の人」に選び、その理由について報じる12月12日付米タイム誌が記事、そして12月1日付フィナンシャル・タイムズの「The global inflation battle is stalling and diverging (行き詰まり分裂する世界的なインフレとの戦い)」と題する社説から観察した。以下はその要約である。
12月19日付エコノミスト誌の「What to make of 2024 (2024年をどう捉えるか)」と題する社説は、世界はガザ、レバノン、ウクライナを最も注視していたがスーダンでの戦闘は最も致命的だったと指摘する。また災害が人々の命を奪い破壊したが、その間、米中の対立は深まり、アメリカは同盟へのコミットメントが疑わしい人物を大統領に選び、これらのことは、2024年は第2次世界大戦から生まれた多国間秩序が崩壊しつつあるという感覚を明らかに増幅させたと述べる。政府は力こそ正しいかのように行動し、独裁者はルールを無視したが視野を広げれば2024年には希望に満ちたメッセージがあったとし、アメリカを含む資本主義に基づく民主主義の回復力が再確認され、同時に中国を含む独裁主義がいくつかの弱点を露呈したと指摘する。
次いで、アメリカの強さは紛争の可能性を低下させると主張する。民主主義の回復力の1つの尺度は、今年の選挙がいかに平和的な政治的変化をもたらしたかにあるとし、2024年には世界の人口の半分以上を占める76か国が投票箱に向かい、ロシアとベネズエラの選挙は茶番劇だったが、英国が14年間に5人の首相を擁立した保守党を追い出した時、その多くは現職への譴責だったと指摘する。さらに選挙は悪い結果を回避する良い方法だと述べ、ナレンドラ・モディ政権が支配力を強化すると思われていたインドでは、有権者はモディ氏にヒンドゥー教のナショナリズムよりも自分たちの生活水準に焦点を当ててほしいと考え、連立政権を組ませ、南アフリカではアフリカ民族会議が過半数を失い、改革志向の民主同盟と政権を組むことを選び、アメリカでは、ドナルド・トランプが明確に勝利したことでアメリカは選挙暴力の運命を逃れたと報じる。アメリカの政治は進化を遂げていき、アメリカ人がこれから何年もそのような危険な状況に直面することはないかもしれないと述べ、多くのアフリカ系アメリカ人とヒスパニックが共和党に投票したことは、民主党の分裂的で負けつつあるアイデンティティ政治がピークに達したことを示唆していると指摘する。
こうしたアメリカの力の永続的な性質は経済にも現れており、2020年以降、G7の他の国々の3倍のペースで成長している。中国経済も追い上げてきたが、名目GDPは2021年のピーク時のアメリカの約4分の3から現在では3分の2にまで落ち込んでいると述べる。アメリカの成功は、パンデミックに触発された政府支出のおかげでもあるが根本的な理由は民間部門の活力にあり、アメリカの巨大な市場とともにこれは資本と才能を引き付ける磁石だと論じる。バイオテクノロジー、先端材料、特に人工知能などの革新的な技術を生み出し、そのリードは驚異的であり、保護主義の高まりがなければアメリカの見通しはさらに明るいものになっていただろうと主張する。
中国と比較すると2024年以降、中国経済の減速は単に周期的なものではなく、政治体制の産物であることが明らかになったと述べる。習近平国家主席は、債務過多を恐れ、消費主義が米国との競争から目をそらすものだと考えているため、消費刺激策に抵抗し、若者にカンフー修行のような「苦味を食べる」よう指示しているが、盲目的な行動は経済判断をさらに悪化させると予想する。
権威主義の失敗はロシアでさらに明らかになったと述べ、国内ではインフレが進み、ロシアの将来に投資されるべき資源が戦争に浪費されており、イランが断言しているように力で世界を変えようとする試みは持続が難しいと指摘する。シリアのバッシャール・アル・アサド大統領を政権にとどめるため、ロシアとイランは数十億ドルを費やしたがイラン経済が崩壊し、外国によるイラン離間策に対する厭感が高まるとテヘランの法学者たちは国民に拒絶された独裁者を支える余裕がなくなったと述べ、シリアで人民の力が勝利したのは、イランの代理人であるハマスとヒズボラがイスラエルによって壊滅的打撃を受けた後だったと指摘する。
ただし民主主義にも脆弱性があり、それはヨーロッパで最も顕著でロシアの侵略や将来の産業における弱点に政府が対処できず、政治の中心が崩壊しつつあると述べ、ヨーロッパが衰退すればアメリカも苦しむだろうが、トランプ氏はそうは考えていないかもしれないとし、トランプ氏には多くの疑問がつきまとうと警告する。イランの撤退とガザでの停戦の約束はイスラエルとサウジアラビアの関係構築、さらにはイランとの妥協点を見出すチャンスをトランプ氏に与え、ウクライナがロシアの支配から逃れるチャンスを与える和平を監督することもできるがリスクは山積していると述べる。市場は、技術革新やスタートアップを推進するイーロン・マスク流の規制緩和とAIによる成長を織り込んでいるがトランプ氏が縁故主義に陥ったり、移民の大量国外追放を追求したり、敵を迫害したり、見せかけではなく本気で貿易戦争を仕掛けたりすれば、深刻な損害をもたらすだろうと懸念を表明する。
しかし、トランプ氏が自己破壊を選ばなければ25年以降もテクノロジーと政治の変化は人類の進歩にとって素晴らしい機会を生み出し続けるだろうと展望し、2024年、民主主義は悪いリーダーを解任し、時代遅れの考えを捨て、新たな優先事項を選ぶことでそうした機会を生かすように構築されていることを示したと指摘。そのプロセスは往々にして混乱をきたすが永続的な強さの源泉となると論じる。
次に、新年に旋風を巻き起こす中心人物であるトランプ氏に関して、米タイム誌が同氏を「今年の人(パーソン・オブ・ザ・イヤー)」に選んだ。同誌はその理由を「過去12ヶ月間に世界と見出しを形作るのに最も貢献した人物で、この人選は難しいものだが2024年は違った」と述べ、トランプほど政治と歴史の流れを変える大きな役割を果たした人物はいないだろうと指摘する。パンデミック元年や全国的な抗議の期間を含む混沌とした任期を経て米国を導き、連邦議会議事堂への暴力的襲撃を誘発することで幕を閉じたが、今日、私たちは頂点を極めた彼を目の当たりにしていると述べ、私たち全員がトランプの時代に生きていると強調する。主にニューヨークの法廷からキャンペーンを展開し、ジョー・バイデン大統領を退場に追い込み、暗殺未遂事件から生還し、7つのスイング・ステートをすべて制覇、彼自身、ほとんど信じられなかったようなクレイジーな選挙結果を成し遂げてアメリカ政治を作り変えたと論じる。出口調査によれば、トランプはジェラルド・フォード以来最大の割合の黒人を獲得し、ジョージ・W・ブッシュ以来の共和党候補者の中で最も多くのラテン系有権者を獲得した。リプロダクティブ・ライツ(生殖に関する権利)の制限に対する怒りがあると思われていた郊外の女性たちも共和党に接近した。20年ぶりに共和党が民主党を上回る票を獲得し、アメリカの10郡中9郡が2020年からトランプ支持を増やした。そして今、私たちは議会、国際機関、世界の指導者たちが再びトランプ氏の気まぐれに同調するのを見ていると指摘する。
記事はさらに次のように主張する。支持者たちは敵に対する復讐、政府の解体、輸入品関税、数百万人の強制送還、報道陣への脅迫などのトランプ公約さえも応援する。RFK (ロバート・フランシス・ケネディ)ジュニアをワクチンの責任者に据え、イランとの戦争もあり得る。「何でも起こりうる」と彼は言う。選挙後、『TIME』の取材に応じたトランプは以前より落ち着いていた。彼は戦っているときが一番幸せで、勝利した今は自分が最後の選挙に立候補したことを認識し、ほとんど悲嘆に暮れているようにみえた。「ある意味、悲しいことだ。二度とないことだから」とトランプは語った。そして、アメリカ人にとって、また世界にとって、その章がどのように終わったかを考えている一方で、それはまた新たな章の始まりでもある。トランプは再び世界の中心に立ち、かつてないほど強い立場にある。
時を経て、モハンダス・ガンディーやウォリス・シンプソンのようなリーダーによって定義された世界大戦の間の時代から、技術革命によってもたらされた大きな変化に特徴づけられる時代である21世紀の第1四半期へと変化してきた。アメリカの大統領職はこれらの時代を通じて進化し、その影響力は衰えていない。今日、私たちはポピュリズムの復活、前世紀を決定づけた制度への不信の拡大、リベラルな価値観が多くの人々にとってより良い生活につながるという信頼の喪失を目の当たりにしている。トランプはそのすべての代理人であると同時に受益者でもある。歴史的な大逆転で返り咲き、一世一代の政界再編を推進、アメリカの大統領職を再構築し、世界におけるアメリカの役割を変えた。だからこそTIMEの2024年「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたのだ。
次に永続的な力が表れていると評された米国経済の動向についてみていこう。12月1日付フィナンシャル・タイムズは「The global inflation battle is stalling and diverging (行き詰まり分裂する世界的なインフレとの戦い)」と題する社説で、世界的なインフレ動向と米金融政策との関連から概略次のように論じる。
世界的なインフレとの戦いは新たな段階に入っている。昨年物価圧力が急激に低下した後、今夏、先進国の中央銀行は本格的に金利を引き下げ始めたが、インフレ率を2%の目標に引き戻すのは粘り強く行っても困難であることが分かってきた。年末が近づくにつれ新たなインフレの脅威が迫っており、金利の今後の動向はますます不透明になっている。11月6日、FRBは金利を25ベーシスポイント引き下げたがERBの見通しでトレーダーらは現実を突きつけられた。投資家は来年も金利とインフレの正常化が続くと予想していた。しかし、委員会の2025年の金利予測の「ドットプロット」によれば、米国選挙前の予測よりも利下げ幅が小さかった。インフレ率の予測もわずかに上昇した。
インフレの「最後の一マイル」は、FRBにとって特に厄介な問題となっている。FRBのインフレ指標である年間コア個人消費支出は、6月に2.6%に低下した後、ゆっくりと上昇している。しかし、上昇自体はそれほど心配するものではない。これは経済の回復力と他の要素に遅れをとる傾向があり、現在は緩和しつつある住宅関連のインフレ率の高さによって推進されてきた。政策金利も4.25~4.5%と比較的抑制的である。それより大きな懸念は、今後どのような新たな物価圧力が来るかということだ。ドナルド・トランプ氏の大統領選挙での勝利はFRBの計算を変える。米国の貿易相手国への関税、税金の大幅削減、移民の削減など、彼の政策の重要な要素はインフレ圧力をもたらすだろう。次期大統領は、特に貿易に関する不確実性を武器にしているため彼が計画をどのようにどの程度実行するのかを知ることは難しい。ここ数日の政府機関閉鎖の差し迫ったリスクも状況を悪化させている。ジェイ・パウエルFRB議長は、委員会メンバーが予測においてトランプ氏の影響を考慮し始めたことを認めた。
トランプ氏の政策は他の中央銀行の見通しにも影響を及ぼす。英国ではイングランド銀行が木曜日、貿易の不確実性が「大幅に」高まったと述べ、金利を据え置いた。ECBはこの傾向に逆らっている。ECBは今月、金利を25ベーシスポイント引き下げ、新年にさらなる引き下げを示唆した。実際、インフレ率は2%近くで抑え込まれている。ユーロ圏の課題は経済全般の弱さであり、トランプ氏が関税引き上げの発言を実行に移せばさらに落ち込むだろう。金曜日、次期大統領はソーシャルメディアを通じて、ユーロ圏が米国の石油とガスを大量に購入しない場合は課税すると警告した。財政政策の軌道も不透明でフランスとドイツの政情不安が税制と支出計画に影響を及ぼしている。金利の上昇はおおむねスムーズで協調的だったが、利下げサイクルは停滞期を挟み、乖離が目立つ形になりつつある。
中央銀行は、2021~2022年の世界的なインフレショックの最悪期を乗り切った功績をある程度評価されるべきである。しかし、今は国内の方が問題であり、トランプ2.0の多様な経済への影響が彼らの心に重くのしかかっている。中央銀行とりわけパウエル議長の仕事は、2025年も楽にはならないだろう。
結び:エコノミスト誌が指摘するように2024年は第2次世界大戦後の多国間秩序が崩壊しつつあるという感覚が高まった一年だった。ガザ、レバノン、ウクライナそしてスーダンでの致命的な戦争と多くの人の命を奪い、破壊した災害、そして深まる米中の対立に加え、米国で同盟へのコミットメントが疑わしいトランプ氏が大統領に再選された。しかし、その米国を含む多くの国で実施された選挙で、資本主義に基づく民主主義の回復力が再確認されると共に中国を含む独裁主義が弱点を露呈したことも確かである。その意味で2024年には希望に満ちたメッセージがあったと言えよう。
2024年の選挙は世界の人口の半分以上を占める76か国で実施され、平和的な政治的変化をもたらした。メディアは、選挙が良い結果をもたらした例としてインド、南アフリカ、英国さらには米国を挙げ、米国ではトランプ氏再選で選挙暴力が避けられ、以後、米国での選挙は進化し、米国民は選挙暴力の脅威に遭遇することはないかもしれないとの楽観的見方を示す。そして、こうしたアメリカの力の永続的な性質は民間部門の活力と巨大市場に裏打ちされた経済にも表れており、アメリカの強さは世界の紛争可能性を低下させると主張する。一つの見方として注目したい。
ただし懸念材料もある。トランプ新政権による自国優先の内向き政策によって、米国の潜在力が毀損されるリスクである。とりわけフィナンシャル・タイムズが警告するように世界的なインフレとの戦いが新たな段階に入っており、今後どのような新たな物価圧力が来るかということが問題となる。トランプ新政権の政策は、保護主義的貿易政策や減税、移民政策などインフレを助長する方向にある。このためFRBをはじめとする世界の中央銀行はますます難しいかじ取りを迫られている。英国では、イングランド銀行が貿易の不確実性の大幅な高まりを受けて金利を据え置き、経済全般の弱さが指摘されているユーロ圏経済も大きな影響を受ける可能性があり、それは最終的には米国経済に跳ね返ってくる。さらにメディアは民主主義にも脆弱性があり、それはヨーロッパで最も顕著だと述べ、ヨーロッパが衰退すればアメリカも苦しむはずだと警告する。トランプ新政権は今一度、米欧関係の重要性に思いを馳せ、民主主義陣営の結束を緩めないよう自制すべきだろう。それには、「何でも起きうる」と豪語する新大統領が「自己破壊」を思いとどまることに期待する他はない。
同時に、メディアは中国とロシアが抱える問題の大きさも指摘する。中国経済の減速は単に周期的なものではなく政治体制の産物であると述べ、消費刺激策に抵抗し、若者にカンフー修行を迫る習近平国家主席の盲目的な行動は経済をさらに悪化させると予想する。ロシアについても権威主義の失敗が明らかになったと述べ、国内ではインフレが進み、ロシアの将来に投資されるべき資源が戦争に浪費されており、イランが断言しているように力で世界を変えようとする試みは持続が難しいと警告。さらにシリアのアサド政権の瓦解やイラン経済の崩壊にも言及する。泥沼化したウクライナ戦争と経済が停滞するなかでロシアを背後から支援する中国という構図は、中ロに代表される権威主義陣営もまた結束が試されていると言えよう。
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(主要トピックス)
2024年
11月17日 中国の資産運用大手ノア・ホールディングス、日本に進出。不動産市場の低迷が続き、日本で顧客開拓の狙い。
18日 中国の王毅共産党政治局員兼外相、インドのドバル国家安全保障補佐官と北京で会談。国境管理に関する規則の改善など6項目について合意。
19日 フィリピン中央銀行、政策金利の翌日物借入金利を0.25%引き下げ年5.75%へ。利下げは8月から3会合連続。
26日 トランプ次期米大統領、ほぼ全ての中国輸入品に10%の追加関税をかけると表明。
12月4日 韓国、一時「非常戒厳」発令。民主化後初、国会決議受け解除。
北朝鮮、ロシアと結んだ「包括的戦略パートナーシップ条約」の批准書を交換、同日発効。
6日 台湾の頼清徳総統、外交関係のある太平洋3カ国歴訪。
8日 内戦下のシリアで反体制派勢力が大規模攻勢、アサド政権が崩壊。
10日 韓国検察、戒厳令関連で金龍顕前国防相を内乱と職権乱用の容疑で逮捕。
12日 中国の習近平国家主席、訪中したロシアのメドベージェフ前大統領と会談。
14日 韓国国会、「非常戒厳」を3日に宣言した尹錫悦大統領の弾劾訴追案を可決。
16日 米政府、北朝鮮軍幹部や国防相らを含む11個人・8団体を制裁対象に指定。ロシアとの軍事協力の深化と核・ミサイル開発の継続が理由。
19日 石破茂首相、韓国の尹大統領の権限を代行する韓悳洙(ハン・ドクス)首相と電話協議。日韓両国の緊密な連携を確認。
20日 米ホワイトハウス、台湾に対する最大5億7,130万ドル(約900億円)の軍事支援を発表。
25日 岩屋毅外相、就任後初めて中国を訪問、李強首相と会談。
26日 韓国の韓悳洙首相、国会で罷免決議、可決。
27日 北朝鮮の金正恩総書記、朝鮮労働党の中央委員会総会で「最強硬対米戦略」を表明。
ロシアのプーチン大統領、アゼルバイジャンの航空機墜落に関し、同国のアリエフ大統領に「謝罪」。
25年1月1日 台湾の頼清徳総統、新年のあいさつで台湾海峡の平和と安定のために防衛予算を増強し防衛力を強化すると宣言。
韓国の独立捜査機関「高官犯罪捜査庁(高捜庁)」、尹錫悦大統領を内乱容疑で拘束令状を6日の期限までに執行すると表明。
3日 韓国の独立捜査機関、高捜庁と警察、尹氏拘束令状執行のため大統領公邸に進入、大統領の警護組織と対峙するも令状執行を中止。
6日 米国のブリンケン国務長官、訪韓。韓国の趙兌烈外相、ソウルでと会談。
インドネシア政府、BRICSに正式に加盟したと発表。
7日 韓国の独立捜査機関「高官犯罪捜査庁(高捜庁)」、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の拘束令状が裁判所から再発行されたと発表。シンガポールとマレーシア、マレーシア南部のジョホール州に経済特区の建設で合意。
8日 中国人民解放軍の劉振立統合参謀部参謀長、マレーシアを訪問、アンワル首相と会談。両国の軍事交流拡大や安全保障協力の深化で一致。
10日 石破首相、マレーシアを訪問、アンワル首相と会談。中国を念頭に東南シナ海情勢で緊密な意思疎通を続けることを確認。
インドネシア中央銀行は15日、政策金利(7日物リバースレポ金利)を0.25%引き下げ、5.75%にすると決めた。利下げは2024年9月以来、4カ月ぶり。インフレ懸念が後退するなか、国内景気をてこ入れする狙い
13日 中国税関総署、2024年通年の貿易黒字が前年比21%増の9921億ドルと過去最大になったと発表。
14日 欧州連合(EU)のコスタ大統領、中国の習近平国家主席と電話協議。ウクライナにおける「公正で永続的な平和」への貢献を促す。習氏は同意を表明。
15日 韓国の高捜庁と警察の合同捜査本部、内乱首謀容疑で尹錫悦大統領の拘束令状を執行。
インドネシア中央銀行、政策金利(7日物リバースレポ金利)を0.25%引き下げ、5.75%に決定。利下げは2024年9月以来、4カ月ぶり。
主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、 REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。
バベル翻訳専門職大学院 国際金融翻訳(英日)講座教授
前田高昭
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