2025年1月22日 第356号 World News Insight (Alumni編集室改め) 核兵器の理想と現実―日本の安全保障のジレンマ バベル翻訳専門職大学院 副学長 堀田都茂樹
日本は世界で唯一の被爆国として、核兵器廃絶を訴える立場にあります。しかし、現実を直視した際、この理想と現実の間には大きな乖離が存在することが明らかです。本稿では、日本が核兵器および防衛産業を取り巻く現状について、理想主義的な観点と現実的な視点を比較し、日本の安全保障政策の方向性を考えます。
核兵器廃絶は多くの人々が抱く理想であり、国際社会においてもその実現が求められています。しかし、現実には世界中に12,000発以上の核弾頭が存在し、それらを所有する国々(アメリカ、イギリス、フランス、イスラエル、インド、パキスタン、中国、ロシア、北朝鮮)が自発的に核兵器を手放す兆しは見られません。
例えば、ウクライナはかつて核兵器を放棄しましたが、その結果としてロシアによる侵攻を許す事態に陥りました。また、ガザ紛争ではイランの核開発を巡る問題が火種となり、イスラエルが先制攻撃を行うに至りました。これらの事例は、核兵器が持つ「抑止力」の現実的な重要性を浮き彫りにしています。
さらに、日本は日米安全保障条約による「核の傘」の下で守られていますが、核兵器廃絶を主張し続ける姿勢には矛盾が含まれると言わざるを得ません。「核の傘」を離脱することは、日本の安全保障を根底から揺るがす自殺行為に等しいからです。
2024年、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)がノーベル平和賞を受賞しました。この受賞は、核兵器廃絶の理想を再認識させる契機となりましたが、その背景には国際的な政治的意図も考えられるように思えます。
一例として、アメリカのトランプ大統領は、日本の核武装を容認する発言をしたことがあり、今後、日本との「核シェアリング」の議論が浮上する可能性も指摘されています。このような状況下でのノーベル平和賞の授与は、日本の核武装を牽制する狙いがあるのかもしれません。核保有に慎重な姿勢を求める国々の存在を踏まえると、日本が抱える課題はますます複雑化しています。
核兵器問題と並行して、防衛産業に対する国内の批判も考慮すべき重要な課題です。「防衛産業は“死の商人”」というステレオタイプが根強く存在する中、日本国内では防衛産業の存在そのものが否定的に捉えられることも少なくありません。しかし、これは日本の安全保障にとって致命的な影響を及ぼしかねない問題です。
防衛品は食料やエネルギーと同様に、自国で一定の供給能力を持つことが重要です。他国からの輸入に過度に依存する場合、いざという時に安全保障の基盤が揺らぐ危険性があります。一方で、防衛装備品を輸出することは、国際関係において影響力を高める可能性を秘めています。2022年の安保三文書改定により、防衛装備品の海外移転(輸出)が可能となったことは、その一例です。
現在、日本の防衛産業は「正念場」を迎えていると言えるでしょう。国内市場の縮小や技術革新への対応が課題とされており、国策としての支援が求められています。防衛産業を国内で維持・発展させることは、日本の安全保障にとって欠かせない戦略的課題であると考えられます。
核兵器廃絶や防衛産業の是非について、日本は理想と現実の間で揺れ動いています。核兵器のない平和な世界は理想である一方で、現実には核抑止力が依然として重要な役割を果たしています。また、防衛産業を「死の商人」とみなす風潮がある中で、国内産業を維持する必要性は無視できません。
これらの課題に向き合うためには、国際的な視点と現実的な対応の両立が求められます。日本が将来的にどのような安全保障政策を選択するのかは、国内外の情勢や社会的価値観の変化によって左右されるでしょう。重要なのは、理想を掲げつつも現実を直視し、持続可能な安全保障体制を構築することでしょう。