さて、今回から実践編が始まります。AIを活用して、文章づくりに新しい工夫を試していきましょう。本稿では、その第一歩として「名文の香りを移す」という方法をご紹介します。

1. 香り”を移す発想の背景

他人の文章を真似ようとすると、つい「そっくり再現すること」を目指してしまいがちです。しかし、それでは精巧なコピーになってしまい、自分の声を失う危険があります。

そこで提案したいのが「文体の香りだけを移す」という発想です。お気に入りの名文から、味(語彙選択)香り(リズム)後味(情緒・比喩)といった風味成分1020%だけ抽出して、自分の文章にブレンドする。そうすることで、原文の余韻を残しながらも自分らしい表現を保つことができます。AIを活用すれば、この調整を手軽に行うことができます。

2. 名文の“風味成分”とは何か

文章に香りを移すには、まずその香りを形づくる成分を知る必要があります。ここでは文体を3つの要素に分けて考えます。

  1. 味(語彙選択)
    形容詞や動詞の種類、日常的か文学的か、繰り返し使われる語の傾向。
     例:村上春樹作品における「不思議な」「静かに」の反復。
  2. 香り(文のリズム)
    文の長さの揺らぎ、句読点や改行のタイミング、間の使い方。
  3. 後味(比喩・情緒)
    メタファーの頻度、読後に残る感情のトーン、描写の濃淡。

こうして整理しておくと、AIに「どの要素を何%移すか」を具体的に指示しやすくなります。

3. 技術背景 — AIで“香り”を抽出する

この手法は、AI研究分野で「テキストスタイル転写(TST)」と呼ばれる技術と近い考え方です。TSTは「意味は保ちながら、文体やトーンだけを変える」手法です。例えば「事務的な報告文」を「柔らかく丁寧な案内文」に変えることも可能です。

近年は、大規模言語モデル(LLM)を活用したゼロショット/フューショットの文体変換が注目されています。これは、長時間の追加学習なしで、わずか数文のサンプルを与えるだけでスタイルを再現できるからです。

さらに2025年には、Style Knowledge GraphSKG)」という技術も登場しました。これは文体の語彙やリズムを知識グラフ化し、生成時に参照させることで、より精確かつ自然に香りを移せる仕組みです。初期実験では、文章の自然さと文体の再現度が大幅に向上したと報告されています。

4. 実践 — “香りだけブレンド”する手順

AIで文体の香りを移す手順は次の通りです。

  1. サンプル選定
    好みの作家や記事から13段落を選びます(著作権に注意)。
  2. 成分分析
    語彙、リズム、比喩の使い方を分析します。表形式にするとAIへの指示が明確になります。
  3. プロンプト作成
    例:「以下の文体特徴を20%だけ取り入れて、次の文章を書き直してください。」
  4. 生成と比較
    自分の文章とAIが生成した文章を並べて、変化の度合いを確認します。
  5. 微調整
    読み手や目的に合わせて、強さを1020%から段階的に調整します。
5. 応用例 — 創作・学習・翻訳
  • 創作
    小説やエッセイに憧れの作家の風味を加え、新しい響きを与えます。
  • 翻訳
    原文の意味を保ちながら、読者が好む文体に整えます。強すぎる脚色は避け、1020%から試すのが安全です。
  • 語学学習
    成分分析と再構成を繰り返すことで、自然な語彙や構文が身につきます。

 

プロンプト例と生成サンプル

日本語サンプル(漱石『草枕』を参考)

山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

成分分解

  • :漢語と和語を交ぜ、格言的な響き。
  • 香り:短文を句点で区切り、テンポを作る。
  • 後味:抽象概念を短い断言で並べ、余韻を残す。

プロンプト例

あなたは文章の文体模倣に長けた作家アシスタントです。
以下のスタイル特徴を20%だけ取り入れて、次の文章を書き直してください。

【スタイル特徴】

  • 語彙選択:漢語と和語のバランス、格言調の響き
  • 文のリズム:短文を句点で区切る
  • 情緒:抽象的な概念を断言形で表現

【元の文章】
私は朝のコーヒーを淹れながら、今日の予定を考えた。やるべきことは多い。だが時間は限られている。

 

それでは、どのような文章が生成されるか見てみましょう。

生成結果(20%ブレンド)
コーヒーを淹れながら、今日を思う。仕事を急げば心が荒む。ゆっくり過ぎれば日が暮れる。世の常は、ままならぬ。

変化ポイント

  • 漢語(仕事・常)と和語(ゆっくり・ままならぬ)の混在。
  • 短い断定文の連続でテンポを近づけた。
  • 意味を保持しつつ、格言調の香りを加えた。
別パターン(50%ブレンド)
コーヒーを淹れつつ、今日を思案した。急げば心が尖る。怠れば日が暮れる。人生は、まことに住みにくい。

変化ポイント

  • 「住みにくい」を引用的に用い、原文に寄せた。
  • 文調全体が漱石寄りに。
  • オリジナリティは減少。

 

英語サンプル(ジョン・キーツ「A Thing of Beauty」)

A thing of beauty is a joy for ever:
Its loveliness increases; it will never
Pass into nothingness.

成分分解

  • 味(語彙選択):古風で詩的な語(loveliness, nothingness
  • 香り(文のリズム):韻を踏み、行末に感情を置く
  • 後味(比喩・情緒):永続性・普遍性を示す抽象的表現

元の英文(翻訳対象)

I took a walk in the park this morning. The sunlight felt warm, and the air was fresh.

プロンプト例

You are a skilled writer's assistant.
Rewrite the following text in English, incorporating 20% of the style features below.[Style Features]
  • Poetic and slightly archaic vocabulary
  • Gentle rhythm, pausing for emphasis
  • Abstract tone suggesting timelessness
[Original] I took a walk in the park this morning. The sunlight felt warm, and the air was fresh.

 

生成結果(20%ブレンド・英語)
This morning, I walked the quiet paths of the park. The sunlight was gentle, a warmth that lingers; the air, fresh as if it had no end.

対応する日本語訳
今朝、私は静かな公園の小径を歩いた。陽光は優しく、いつまでも続くような温もり。空気は、終わりのない清らかさをたたえていた。

変化ポイント

  • as if it had no end」のように、永続性を感じさせる余韻を追加。
  • 日本語でも「いつまでも続くような」「終わりのない」といった持続表現を加えた。
  • テンポをやや緩やかにし、詩的な香りを20%漂わせた。
別パターン(50%ブレンド・英語)
This morning, I wandered through the park as if in a gentle dream. The sunlight was a golden hymn, the air a breath of eternity.

対応する日本語訳
今朝、私は穏やかな夢の中を歩くように公園をさまよった。陽光は黄金の讃歌、空気は永遠の息吹だった。

変化ポイント

  • golden hymn」「breath of eternity」といった象徴的比喩で香りを濃厚化。
  • 日本語訳でも詩的構文を多用し、原文直訳より文学的に寄せた。
  • 意味の飛躍が増え、20%よりも原文の骨格から遠ざかる傾向。

 

実験コーナー

最後に、実際に文体模倣による翻訳の実験をしてみましょう。

スタイル特徴は、漱石『草枕』で抽出したものを使います。この文体でコナンドイルの「THE ADVENTURE OF THE COPPER BEECHES」の冒頭を訳してみます。
https://www.gutenberg.org/cache/epub/1661/pg1661-images.html#chap12

プロンプト:

あなたは文章の文体模倣に長けた翻訳者です。
以下のスタイル特徴を20%だけ取り入れて、次の英文を日本語に訳してください。
【スタイル特徴】

  • 語彙選択:漢語と和語のバランス、格言調の響き
  • 文のリズム:短文を句点で区切る
  • 情緒:抽象的な概念を断言形で表現

英文:“To the man who loves art for its own sake,” remarked Sherlock Holmes, tossing aside the advertisement sheet of The Daily Telegraph, “it is frequently in its least important and lowliest manifestations that the keenest pleasure is to be derived. It is pleasant to me to observe, Watson, that you have so far grasped this truth that in these little records of our cases which you have been good enough to draw up, and, I am bound to say, occasionally to embellish, you have given prominence not so much to the many causes célèbres and sensational trials in which I have figured but rather to those incidents which may have been trivial in themselves, but which have given room for those faculties of deduction and of logical synthesis which I have made my special province.”

 

生成結果(20%ブレンド)

「芸術そのものを愛する者にとっては」──シャーロック・ホームズは『デイリー・テレグラフ』の広告欄を投げ捨てながら言った──「しばしば、その最も取るに足らぬ、卑小な姿にこそ、最上の悦びが宿るものだ。私には嬉しいことだよ、ワトスン。君がすでにこの真理をよく理解していることが。君が好意をもって記した我々の事件の記録において、しばしば潤色まで加えてくれたそれらの記事において、君は、私が関わった数々の大事件や世を騒がせた裁判よりもむしろ、些末で取るに足らぬ出来事に光を当ててくれた。その些事こそが、私の専門とする推理や論理的統合の能力を存分に働かせる場を与えてくれたからだ。」

これだけだと、どの程度「テキストスタイル転写」ができているかわからないので、比較できるように0%、50%、100%も挙げておきましょう。

0%適用(直訳寄り・特徴なし)
「芸術そのものを愛する人にとっては」──シャーロック・ホームズは『デイリー・テレグラフ』の広告紙を放り投げながら言った──「しばしば最も重要でない、取るに足らない表れの中に、最も鋭い喜びが見いだされるものだ。ワトスン、君がこの真実を理解しているのを私は嬉しく思う。君は親切にも我々の事件を記録にまとめ、ときには飾りまで加えてくれた。その中で君が重きを置いたのは、私が関わった数々の有名事件や派手な裁判ではなく、むしろ些細な出来事だった。それらこそが、私の専門とする推理や論理的な統合の能力を発揮する余地を与えてくれたのだ。」
50%適用
「芸術をその本質ゆえに愛する者にとって」──シャーロック・ホームズは『デイリー・テレグラフ』の広告紙片を放り捨てながら語った──「至高の歓びは、しばしば最も卑小にして瑣末な形にこそ潜んでいる。これが真理である。嬉しいことに、ワトスン、君はすでにこの理を体得している。君が労を惜しまず綴った我らの記録において、時に彩りを添えさえしたその筆において、君は大事件や世を騒がせた裁判に重点を置くよりも、むしろ一見些末に過ぎぬ出来事を取り上げた。その些事こそ、私の専科とする推理と論理的総合の力を発揮する舞台であった。」
100%適用
「芸術をその本質のみにて愛する者にとりて」──シャーロック・ホームズは『デイリー・テレグラフ』の広告紙片を無造作に捨てつつ宣した──「至高の歓喜は、卑小にして瑣末なる姿にこそ顕れる。これ真理にして永劫に変わらず。ワトスン、汝はすでにこの理を悟りし者なり。汝の筆は、世を驚かせし大事件や裁判を顕揚するにあらず。むしろ些事を取り上げ、そこに我が専科たる推理と論理的総合の力の発露を示した。されば、それは小にして大を照らす証左であった。」

比べてみると、確かに風味が大きく異なるのが実感できますね。100%適用の文章は、いかにも漱石がシャーロック・ホームズを翻訳したような感じが出ています。

 

まとめ — “香り”は創作の隠し味

文章に香りを移すのは、模倣ではなく「隠し味」です。強すぎれば原文を覆い隠し、弱すぎれば消えてしまう。その中間に、読む人の心に残る余韻があります。

まずは一文から。好きな名文を手元に置き、その香りをほんの少し移してみてください。あなたの文章に、新しい息吹が宿るはずです。

 

小室誠一:Director of BABEL eTrans Tech Lab
https://www.youtube.com/@eTransTechLab

 

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