出版業界誌から

第10回 海外の出版業界情報(2025年2月)

旅行ガイドブックの新たな可能性

皆さんは旅行を計画する際、どこから情報を収集しますか?
かつては、目的地のガイドブックを購入し、下調べをするのが一般的でした。しかし近年では、口コミサイトや個人ブログ、SNSなどを活用して情報を集めることが増えているのではないでしょうか。リアルタイムで生の声を得られる点で、こうした情報源は非常に便利です。
その一方で、ガイドブックにも依然として活路があると感じさせる記事を見つけましたので、ご紹介します。

身近な冒険へと導くガイドブック

アメリカの出版社Globe Pequotは、地域に根ざした視点での出版を続けており、特に食の旅行シリーズ「Food Crawls」が代表的です。今年7月には、新刊として『Rhode Island Food Crawls(仮訳:ロードアイランド州の食巡り)』を刊行予定です。同社のマーケティングマネージャーは「夜の外出や日帰り旅行にぴったりのアイデアが満載で、冒険心を刺激する内容になっています」と語っています。
また、Globe Pequotは釣り関連の書籍も多数手がけています。今年4月には、環境遺伝学者でありNative Fish Coalition(ネイティブ・フィッシュ連盟)のアドバイザーを務める著者による『Alabama’s Best Fly Fishing(仮訳:アラバマ州の最高のフライフィッシングスポット)』を刊行予定です。このシリーズは初心者にも親しみやすい内容になっており、2026年にはテキサス州版、2027年にはオレゴン州版が続く予定です。

*ロードアイランド州:アメリカ北東部に位置し、全米で最も面積が小さい州。同州のニューポート市はボストンから車で約2時間の距離にあり、アメリカ最古のリゾート地として知られている。保養地や別荘地としても名高い地域。

音楽専門の出版社による旅行ガイド

2024年にBloomsbury社が買収した音楽専門の出版社Backbeat Booksは、6月に『The Music Lover’s Guide to North America(仮訳:音楽愛好家のための北米ガイド)』を刊行予定です。本書は、政治経済学の修士号も持つミュージシャンと、旅行ライターの共著で、彼らは2021年に『Chasing the Blues(ブルースを追いかけて)』を発表しました。前作はミシシッピ・デルタ地方に焦点を当てていましたが、新作ではより広範な視点で、音楽の起源や発展、文化・歴史との関わりを探究しています。
本書では、スミソニアン博物館のような著名な音楽施設から、地方の小規模な音楽ショップまで、アメリカとカナダの音楽に関連するスポットを幅広く紹介しています。「オクラホマ州タルサのボブ・ディラン・センターは、たとえボブ・ディランの声が好きでなくても圧倒されるはずです。彼が音楽と文化に与えた影響の大きさを知ることができます」と著者は語ります。このセンターは、ディランが敬愛したフォーク歌手ウディ・ガスリーの博物館のすぐ近くにあり、彼がタルサに自身のアーカイブを永久保存することを決めた理由にもなっています。

女性の歴史を掘り下げる旅行ガイド

また、旅行専門の出版社Hardie Grant Exploreからは、2月に『Walk Her Way New York City(仮訳:女性の足跡をたどるニューヨーク・シティ)』が発売されます。本書は、政治、科学、芸術、社会運動などで功績を残した女性たちにスポットを当てています。「一般的なニューヨークのガイドでは、ブルックリン橋とその設計者が紹介されることが多いですが、病気で倒れた夫に代わり建設を指揮した女性についてはほとんど語られていません」と著者は指摘します。本書では、ハーレムからブルックリン・ハイツまで10のウォーキングツアーを提案し、歴史を新たな視点で捉えられるよう工夫されています。

アメリカの旅行ガイドブックは、デジタル情報との併用を前提としながら、特定のニーズに応じた専門的な情報提供へと進化し続けています。
日本の旅行ガイドブックには、特定の地域を詳細に紹介するものが多く見られます。しかし、音楽や文化などのテーマを軸にし、複数の地域を横断的に取り上げるスタイルは、まだ発展の余地があるかもしれません。
地域を横断的に紹介することで、旅行計画を立てる楽しさが広がるだけでなく、「読む楽しさ」を重視した新しいガイドブックの形も考えられるかもしれません。

Publishing Perspectivesの記事:
https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/new-titles/adult-announcements/article/96883-guidebooks-for-travel-close-to-home.html?oly_enc_id=9907F8442478G4T

 

<ライタープロフィール>

村山有紀(むらやま・ゆき)
IT・ビジネス翻訳歴10年以上。国内外の様々な場所での生活と子育ての
経験をふまえ、自分らしい発信のスタイルを模索中。

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