出版業界誌から

第14回 海外の出版業界情報(2025年6月)

ペーパーバックが減少中?書籍の販売形態の変化

近年、アメリカの出版業界では紙書籍の販売形態に大きな変化が見られます。The Wall Street Journalの記事によると、新刊ノンフィクションにおけるペーパーバック版の発行点数は、2019年から2024年の5年間で42%減少したと報告されています。一方、ハードカバーは同期間で9%の減少にとどまり、出版社がハードカバーをより重視する戦略に移行していることがうかがえます。

従来は、ハードカバー(日本での四六判に相当)の刊行後しばらくしてから、価格を抑えたペーパーバック版が刊行されるのが一般的でした。しかし近年では、ペーパーバックが刊行されないケースも増えており、ある作家は「自著のペーパーバックを心待ちにしている読者がいるにもかかわらず、出版社が刊行を見送っている」と語っています(なお、当の出版社からのコメントは得られていません)。

背景の一つとして指摘されているのが、Amazonにおいてペーパーバックよりもハードカバーの方が安価で販売されるという価格の逆転現象です。これにより、従来の価格設定の意味が薄れ、出版社側がペーパーバック刊行を見直す一因になっています。また、電子書籍やオーディオブックといったデジタルフォーマットの普及も大きな要因です。

こうした変化に対応し、一部の出版社では、ハードカバー、ペーパーバック、電子書籍、オーディオブックの4フォーマットを同時に展開する戦略を試みています。編集者の中には「発売直後にできるだけ多くの読者に届くことが重要」と語る人もいる一方で、ハードカバーの売上への影響を懸念する著者もおり、フォーマット戦略の最適化には悩ましい判断が求められています。

この「ペーパーバックが刊行されない」という傾向は、日本の読者や翻訳書市場にとっても少なからず影響を与える可能性があります。というのも、ペーパーバックが刊行されず、ハードカバー版のみが流通する場合、その価格は1冊あたり30〜40ドルにも上り、円安や輸送コストの上昇といった要因も加わり、日本国内での入手コストが大幅に高騰するためです。

しかし、これは翻訳出版にとっては一つの新たなチャンスとも言えるでしょう。原書が高額で入手困難であるなかで、翻訳書を手頃な価格で紙書籍として提供することは、読者にとって魅力的な選択肢となります。また、日本語訳による読者層の拡大や、作品そのものの再評価・再発見につながる可能性もあります。

一方で、注意すべき点もあります。米国出版社がハードカバー偏重の戦略をとっている場合、翻訳権の取得コストや製作コストが上昇するリスクがあり、翻訳書の定価や収益性に影響を及ぼす可能性があります。また、原書が電子書籍やオーディオブックのみで刊行されている場合、日本市場で紙書籍化する意義や需要を慎重に検討する必要も出てくるでしょう。

では、日本の書籍を海外市場に展開する際はどうでしょうか。Amazon KDPなどのプリント・オン・デマンド(POD)を活用したペーパーバック展開が、今なお有効な選択肢といえます。リスクを抑えつつ紙媒体としての「存在感」を確保できるうえ、一定の読者層を獲得した後に、ハードカバー版やオーディオブック版へと展開を広げる道もあります。

今後は、作品のジャンルやターゲット読者、販路の特性を見極めながら、より柔軟なフォーマット展開が求められていくでしょう。販売形態の変化はリスクであると同時に、出版社にとって新たな機会でもあります。

参照:https://www.wsj.com/business/media/waiting-for-the-paperback-good-luck-7e698165


<ライタープロフィール>

村山有紀(むらやま・ゆき)
IT・ビジネス翻訳歴10年以上。国内外の様々な場所での生活と子育ての
経験をふまえ、自分らしい発信のスタイルを模索中。

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