世界のブックフェアー

第 17 回 世界のブックフェアー

フランクフルト・ブックフェア2025:出版の新たな循環


 10月15日から19日までの5日間にわたり開催された第77回フランクフルト・ブックフェア(Frankfurter Buchmesse 2025)は、コロナ後の完全回復を印象づける結果となりました。来場者は約23万8,000人(業界関係者11万8,000人、一般来場者12万人)、出展社は約4,350社、報道関係者は7,800人を超え、前年比でいずれも増加。出版産業の国際的な中心地としての存在感を改めて強く示しました。

今年の主賓国はフィリピン。文学にとどまらず、アートや音楽、交通文化までを織り交ぜた多彩な展示が高く評価されました。中でも注目を集めたのが、フランクフルト市中心部のロスマルクト広場で展開された文化プロジェクト「ジープニー・ジャーニー」です。ジープニーとは、アメリカ軍の払い下げジープをもとにフィリピン独自の交通手段として発展したカラフルな乗合バスで、同国の庶民文化とコミュニティ精神を象徴する存在です。会場に設置された実物のジープニーは、朗読やワークショップの舞台として使われ、来場者が作家・翻訳者・アーティストと直接語り合う空間となりました。このプロジェクトは、「文学とは移動し、混ざり合うものである」というフィリピン文学の多声性を象徴しており、ドイツ国内メディアでも高く評価されました。


2025年は出版業界が明確な再生の兆しを見せた年でもあります。AIやオーディオブック、BookTok発のヒット作など、新しい読者接点が市場の回復を後押ししました。「文学が人をつなぎ、新しい視点を開く」というJuergen Boos代表の言葉に象徴されるように、人間的創造性への回帰が今年の基調となりました。

開催3日目の金曜日からは、それまで業界関係者のみに限定されていた会場が一般にも開放され、若い世代や家族連れの来場者が大幅に増えました。サイン会ゾーン「Meet the Author」では人気作家をひと目見ようと長蛇の列ができました。

版権交渉の中心である「LitAg(Literary Agents & Scouts Centre)」は、例年以上に活況を呈しました。会期前に全席が完売し、翻訳文学、女性作家の作品、映像化権などの取引が盛んに行われました。特に注目を集めたのは、SNS発の「ロマンタジー(ロマンス×ファンタジー)」系作品です。BookTokから生まれた作品がAmazon Prime Videoへと展開するなど、出版と映像の連携がさらに進んでいます。
会場では「女性の表現」「言語の多様性」「デジタル・コロニアリズムへの批判」といった社会的テーマが多く取り上げられ、特に、巨大プラットフォームが文化的主権や表現の多様性を侵食する危険性が強調されました。Boos氏は閉幕スピーチの中で「文学とは境界を引くのではなく、共通の語りを再発見する場だ」と語り、分断が進む世界における文学の意義を改めて強調しました。

また、今年はアジア地域の出展が大きく拡大しました。「アジアステージ」と呼ばれるセミナー・展示ゾーンでは、日本、韓国、中国、インド、ベトナム、カザフスタンなどの出版社や翻訳者、エージェントが集まり、「翻訳出版を通じた対話」や「多言語市場の連携」をテーマに連日ディスカッションが行われました。

2025年のフランクフルト・ブックフェアは、来場者数・商談件数の増加、アジア諸国との文化的対話、デジタル出版をめぐる成熟した議論などを通じて、文学と市場、アジアと欧州、伝統とデジタルが再び交わり、出版の新たな循環が生まれた年となりました。

<ライタープロフィール>

荒木智子(あらき・さとこ)
立命館大学英米文学専攻卒業。バベル翻訳専門職大学院法律翻訳専攻修士課程修了。
特許翻訳歴約 10 年。心も体も健康に 150歳まで生きるのが目標。完全菜食主義で、野菜は自然農で自給を目指す。自然の美に感動しながら田舎で楽しく暮らしています。

 

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