BOOKコミュニティ

ブックコミュニティ第15回
静けさを共有する読書 ——「Read 25 Day」に見る欧米読書文化の新たな潮流

2025年6月25日、アメリカ全土の独立系書店や図書館、オンライン読書クラブで一斉に「Read 25 Day」が開催されました。このイベントは「25分間、ただ黙って本を読む」という “サイレント読書” を、静かに共有する試みです。正式な統計は未発表ですが、SNS投稿などによれば、全米190カ所以上でイベントが開催され、リアル参加は数千人規模、オンラインも含めると数万人に達したとも推測されています。

発案者は、作家であり幸福研究者としても知られるグレッチェン・ルービン氏。彼女が自身のポッドキャストや著書を通じて提唱してきた「Quiet Time(静かな時間)」の考えを、読書というかたちで具現化したものです。

イベントは、その場に集まった読者たちが声を出さずに、ただ黙って一斉にページをめくる時間を共有する、という実にシンプルな内容。従来の読書会のように意見交換や批評を主目的とするのではなく、“読む” という行為そのものに集中します。イベント後には「どこまで読んだ?」「どの場面が印象に残った?」といったカジュアルな会話も交わされますが、強制ではなく、あくまで “読書体験の余韻” として位置づけられています。

このスタイルは、かねてより注目を集めていた ”Silent Book Club”(2006年にサンフランシスコで誕生)の思想とも通底しています。Silent Book Clubは、世界各地のカフェや書店、そしてZoomなどのオンライン空間で、同様に「ただ静かに読む」ことを目的とした集まりを展開しており、コロナ禍以降その参加者は急増しています。重要なのは「読むのは一人でも、その時間を誰かと一緒に過ごすことに意味がある」と捉える姿勢なのです。

背景にあるのは、現代人の情報疲れへの静かな反発だと言われています。スマートフォンやSNSによって絶えず刺激に晒される生活のなかで、読書という“受け身でありながら能動的な行為” に立ち返る動きが生まれているのです。特にZ世代やミレニアル世代のあいだでは、こうした静かな時間の共有が「精神的な回復」や「自己との再接続」の手段として受け入れられつつあります。

また、出版・書店業界にとってもこの動きは見逃せません。Bookshop.orgをはじめとする独立系書店支援プラットフォームは、「Read 25 Day」の開催に合わせて参加書店の情報やおすすめ書籍を特集し、“イベントをきっかけに書店に足を運ぶ”という動線づくりに成功しました。これにより、単なる“読書推進”を超えて、読書空間と地域コミュニティの再構築という文脈も帯びはじめています。

翻訳出版の観点から見ても、この流れは示唆に富んでいます。感情を言葉で語らず、行為や空気の共有に重きを置く「沈黙の文化」は、文学表現としても一定の支持を得ており、たとえば日本文学や北欧文学の“静けさ”への関心と地続きのものといえます。欧米の読者が「声なき感動」に価値を見出しつつある今、そうした感性に響く作品——内省的で静謐な世界観をもつ物語やエッセイ——が、今後ますます翻訳の対象として注目される可能性があるのではないでしょうか。

「Read 25 Day」は、イベントとしてはごくシンプルなものです。しかし、そのシンプルさこそが読書の原点を思い出させてくれます。「何かを語る」前に、「ただ読む」ことを大切にする——この姿勢は、今の時代にこそ必要とされているのかもしれません。

<ライタープロフィール>

今田陽子(いまた・ようこ)
BABEL PRESSプロジェクトマネージャー。カナダBC州在住。シャワー中もシャンプーボトルのラベルから目が離せない活字中毒者。

 

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