ブックコミュニティ第12回
読書は“居場所”をつくる
──LGBTQ+ブックコミュニティという小さな文学空間
書店に足を踏み入れ、本を手に取り、物語の中で自分に似た誰かと出会う──それは、多くの読者にとって何気ない経験かもしれません。しかし、それが人生ではじめて「自分が肯定された」と感じる瞬間になる人たちもいます。LGBTQ+の読者にとって、読書とは時に“自己承認の場”であり、そしてブックコミュニティとは“居場所”そのものとなることがあります。
ロンドンの老舗書店Gay’s the Wordは、その象徴的存在といえるでしょう。1979年に開店したこの書店は、ヨーロッパで初めてのLGBTQ専門書店として誕生し、現在も地域の文化的拠点として根強い支持を受けています。併設されている読書会では、同性間恋愛を描いたフィクションから、ジェンダー理論の古典、詩や自伝まで多様な作品が取り上げられています。書籍の選定は、文学性と時代性の両立を意識したものが多く、ここでの議論は単なる感想共有にとどまりません。読書を通じて社会的・政治的背景を理解し、自身の立場を言葉にするトレーニングの場にもなっています。
「読書会では、自分の体験を言葉にすることが大事だと気づかされました。初めて“自分の物語”を話す勇気をもらえた気がします。」
――ある読書会参加者の声
アメリカでも、LGBTQ+読書会はさまざまな形で実践されています。とりわけ注目すべきは、地域に根ざした教育機関や図書館の取り組みです。たとえば、ワシントン州のBallard High Schoolでは、「Pride Book Club」が定期的に開催されており、生徒たちがクィア文学を読み、自分の考えや感じたことを自由に語り合う時間を大切にしています。
▲若者たちが語り合う読書の時間
また、シアトル公共図書館など多くの都市の公共図書館では、LGBTQ+コミュニティのための特設コーナーや書籍リストを整備しています。たとえば、Seattle Public Libraryは、年齢別・ジャンル別に選書された「Pride Reads」を提供し、読書会やパネルディスカッションと連動する形で、継続的な発信を行っています。
📚 読まれている作品たち
- 『The Miseducation of Cameron Post』(エミリー・M・ダンフォース)…思春期のアイデンティティの揺らぎを描くYAフィクション。
- 『The Velvet Rage』(アラン・ダウンズ)…ゲイ男性の心理と自己肯定を探るノンフィクションの古典。
- 『Last Night at the Telegraph Club』(マリンダ・ロー)…1950年代を舞台に、クィアと移民の交差を描く歴史小説。
- 『Hijab Butch Blues』(ラムヤ・H)…宗教とセクシュアリティを見つめる内省的メモワール。
LGBTQ+ブッククラブに共通するのは、読書を通じて「社会の中に自分の居場所を見つける」プロセスが存在するという点です。当事者にとっては自己の物語の再発見となり、非当事者にとっては他者理解を深める読書体験となる──その双方向的な価値が、ブッククラブという場で最大化されているのです。
また、近年はオンラインでの開催も一般化しており、国境を越えた「読書の連帯」も生まれています。翻訳出版を考える上でも、こうした現場で「どんな物語が今、響いているのか」を観察することは、読者目線を養う貴重な手がかりとなるはずです。
ブックコミュニティは、ただ本を語るだけの場ではありません。
物語と読者が出会い、そして読者同士が出会いなおす場所──
そこでは、翻訳や出版の意味もまた、静かに問い直されているのです。