BOOKコミュニティ

ブックコミュニティ第20回

BookTokが選書を動かす——翻訳書にとっての「映え」の力

ショート動画アプリTikTok上の読書コミュニティ「BookTok」は、いまや出版界の売上を左右する存在になっている。2025年時点で #BookTokの累計視聴数は3700億回以上、投稿数は 5200万件超とされる。特定のジャンルに限った動きではなく、英語圏全体の「本の発見装置」として定着したと言っていいだろう。

BookTok の拡散力はなぜ強いのか

BookTokで取り上げられた本は、書店とオンラインの双方で売上が急伸する例が多い。ある調査では、話題になった本の販売が、平均して600%前後伸びたという報告もある。ショート動画での紹介が、従来のレビューや帯コメントでは届きにくかったライト層の読書意欲を刺激しているのだ。

こうした動きが注目される背景には、コロナ禍による読書状況の二層化がある。自宅時間が長くなり、本を手に取る人が増えた一方、書店の閉鎖や営業時間制限により、「書店に行く」という日常的な行動は大きく制限された。特に若年層では、動画コンテンツの隆盛もあって紙の本との接点が薄れたという指摘もある。

BookTokは、そうした若い読者層にとって「読書への入口をもう一度開く役割」を果たしている。

「映える」本が選ばれる理由

BookTokの動画は、数秒〜数十秒という短時間でユーザーの関心を引く必要がある。そのため、映像として映えやすい特徴、たとえば洗練されたカバーデザインやフォント、写真映えする色使いといった視覚的に強い要素が注目されやすい。さらに、動画投稿者による「読み終わったあと泣いた」「夜寝られなかった」などの感情的なリアクションや、「この一行に刺さった」という抜き書き、読後の共感コメントなどが加わることで、視聴者の「読む気」を刺激する。

このような「視覚+感情フック」が効くことで、これまでの広告や書評ではでは届きにくかった潜在読者にリーチできる。特に、若年層やライト読者層にとって、BookTokの「映え」と「感情のリアル」は強力な入口になっている。

翻訳書にとってのチャンスと留意点

このBookTok主導の読書トレンドは、翻訳書にとって以下のようなチャンスを提供する。

  • ニッチ作品やバックリスト作品の再評価
    BookTokは、国籍・言語に関係なく「刺さる一冊」を見つけるコミュニティである。そのため、小規模言語圏の作品や、しばらく動きのなかったバックリストが突然注目されるケースも少なくない。
  • 文化背景への関心の高まり
    BookTokの読者は、物語の背景にある文化や価値観にも強い関心を示す傾向がある。翻訳作品が提供する「他者の声」「異文化の視点」は、動画世代にとって新鮮な魅力を持つ。背景解説や訳者ノートが付加価値として評価されることも多い。
  • 若年層が紙の本へ「回帰」
    BookTokの拡散力によって、「映える本棚をつくりたい」「話題の本を紙で持ちたい」という動機が生まれ、紙の本への関心が再び高まっている。これは、デジタルシフトが続くなかで翻訳書の存在感を取り戻すきっかけにもなる。

一方で、出版社や翻訳者が留意すべき点もある。BookTokで注目されるのは、主にYA、ファンタジー、ロマンスなど「映え」やすく共感を呼びやすいジャンルが中心である。この傾向に合わせすぎると、多様なジャンル、特に文学性の高い作品や実験的な作品、あるいは重厚なノンフィクションは、不利になる可能性がある。さらに、アルゴリズムの荒波で流行が加速する反面、トレンド後の落差や消費先行の懸念もある。

翻訳出版が取るべき次の一手

BookTok 時代の翻訳出版では、
・映えるデザイン重視の装丁検討
・感情に訴えるキャッチコピーやフックの再設計
・バックリスト作品の再評価
・訳者の“声”を見せる付帯コンテンツ

などが鍵になるだろう。

BookTokは単なるSNSの一文化ではなく、「読者が本を見つける場所」そのものを変えている。翻訳書にとって、この潮流は大きな追い風だ。
どの作品をどのように届けるか。その問いの先に、新しい出版戦略が生まれつつある。

 

<ライタープロフィール>

今田陽子(いまた・ようこ)
BABEL PRESSプロジェクトマネージャー。カナダBC州在住。シャワー中もシャンプーボトルのラベルから目が離せない活字中毒者。

 

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